ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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第24話 彼女に届く唯一の道
パート1 つかさ、部活やめるってよ ☆


「なんで、本気でやらへんの……?」

 

 

 その問いに、つかさは皮肉めいた笑いを返す。

 必要以上に唇が歪んでいるように、花歩には見えた。

 

「気軽に楽しめばいいって話やったのに、結局そういうこと言われるんやな。

 あたし、ますます部に居辛くなるなあ」

「ち、ちゃうっ……! 責めてるのとちゃうねん!」

 

 夕暮れの中、花歩は慌てて弁解する。

 

「純粋に疑問なだけ!

 だってつかさちゃんが本気になれば、私なんて簡単に突き放される。

 きっとファンも大勢ついて、大人気になって……」

「買い被りすぎやって」

「でもっ……!」

「買い被りすぎ」

 

 つかさは花歩を見ようとはせず、暗い目で校庭を眺めていた。

 祭の後の、線香花火のような時間を精一杯楽しむ生徒たちを。

 

「花歩とは人種が違うんや。

 ううん、あたし以外のWestaのみんなとは、あたしは人種が違う。

 何かに打ち込んだり、目標に向かって頑張るなんて、あたしには一生できない」

「でもつかさちゃん、クラス中を敵に回しても夕理ちゃんと友達になったやないか!」

 

 花歩は必死で食い下がる。

 三年前のことを持ち出して主張する。憧れのあなたは、輝きを持った人のはずだと。

 

「私が最初に憧れたのは、その話を聞いたときや。

 そんな子と同じ部活になれて、私はほんまに嬉しくてっ……」

「ちゃんと、夕理の話聞いたの?」

「う、うん。一年間、二人きりで過ごして」

「その後の話」

「??」

 

 混乱している花歩に、つかさは苛立たしげに紙コップを潰す。

 吐き捨てるように言った声は、悲鳴のようにも聞こえた。

 

「あたし、最終的には夕理を裏切ったんやけど!?」

 

 

 ――数秒間固まってから、花歩は弱弱しく反論した。

 

「そっ……それは仕方ないやろ。クラスが別になったから……」

「仕方ない? 自分の保身を優先させたことが?」

 

 完全に地雷を踏んだことを花歩は自覚する。

 早口になったつかさは、矢継ぎ早に仮定を並べていく。

 

「アンタが大好きな部長さんやったら、絶対に夕理を裏切ったりしなかった。

 小都子先輩でも、藤上さんでも、勇魚でも、絶対に裏切ったりしなかった。

 だいたいクラス中を敵に回したって、まるで良いことみたいに言ってるけど。

 敵に回さずに、夕理とクラスの子を取り持った方がずっと良かったやろ!?」

「い、いやでも夕理ちゃんは難しいと思うで……まして中一の時に……」

「部長さんならきっとできた!」

 

 見事な反論の封じ方だった。

 花歩に立火を下げることなんて言えるわけがない。

 いや、それ以前に、悲痛な顔のつかさを見たら何も言えない。

 いつも器用で、飄々として、悩みなんてなさそうだった彼女が、そんなことを考えてたなんて……。

 

「……ずっと気に病んでたの? 罪悪感持って……」

「まさか! あたしそこまで善人とちゃうわ。

 ただ、自分の限界を思い知っただけ。

 あたしは、しょせんその程度の人間なんやって。

 できもしない背伸びをするより、最初から身の丈に合うことだけしてたらええんやって……」

 

 つかさの語尾が消えていく。

 喋りすぎた、と後悔しているようだった。

 

『別にフツーで良くない?』

 

 あの言葉の裏にあったのが、そんな想いだったのなら。

 それは悲しいこととしか、花歩には思えない。

 

「ね、ねえ。夕理ちゃんのためにも、そういう考えはやめない?

 結果がどうあれ、夕理ちゃんは今でも深く感謝してるやないか。

 あの出来事をつかさちゃんの限界にしちゃうのは、夕理ちゃんも不本意やろ……」

「別にどうでもええわ。あたしもう部活辞めるし」

「!!?」

 

 投げやりな爆弾発言に、花歩は自分の耳を疑った。

 

「な、何言うてんの!? 冗談やろ!?」

「冗談でこんなん言えると思う? 休み明けに退部届を出すつもり」

「わ、私のせい!? ごめん、謝るから!」

「……別に花歩のせいとちゃうって。前から考えてたことやから。

 もう飽きたんや。あたしにしては長く持った方やろ」

「夕理ちゃんは知ってるの!?」

「言ってない。言う必要もないし」

 

 絶句している花歩の前で、つかさは立ち上がって土を払う。

 上から見下ろす目は、もう何の熱も持っていなかった。

 

「デビューの余韻をぶち壊しにしてごめん。

 でも花歩も悪いんやで。無神経にずかずか踏み込んでくるから」

「ま……待ってよつかさちゃん! 考え直して! 何でもするから!」

「なら花歩に何ができんの」

 

 足にすがりついてくる花歩の手を、つかさの冷ややかな声が蹴り飛ばす。

 

「デビューに成功して皆から愛された花歩ちゃんは、あたしの退部を止めるために何ができるんや?」

「それ……は……」

「何もできひんやろ。だから身の程をわきまえろっての。

 前にも言うたけど、スクールアイドルなんかいくら頑張ったって、実生活の役には立たへんねんで」

 

 悔しくてどうにかなりそうだった。

 今日まで必死で頑張ってきたことを、頭から馬鹿にされて否定された。

 ようやく同じステージに立てた仲間から!

 

 だが怒っている場合ではない。自分に力がないのはその通りだ。

 花歩は歯を食いしばって、懸命に頭を巡らせた。

 立ち上がり、プライドを投げ捨てて言い放つ。

 

「ゆ……夕理ちゃんに言うからね! 先輩たちにも!」

「はあ!?」

 

 立ち去ろうとしていたつかさの目が、振り向いて花歩をにらみつける。

 

「何それ、チクるってこと!?」

「どう思われても構わへん! 私が今できることをするだけや!」

(こいつ――!)

 

 結局最後まで、花歩を見くびっていたのかもしれない。

 何もできない奴だと思ってたのに。自分の手に負えないと見るや、即座に他人に振ると決断した。

 こういうのが花歩の怖いところなのだと、今さら気付いたが……

 

「か、勝手にしたらええやろ! 知るのが早いか遅いかだけや!」

 

 きびすを返し、つかさは足早にその場を離れていく。

 花歩の目から逃れるように、夕闇の中へ消えた。

 

 

 つかさが見えなくなってから、花歩はぱしんと両手で頬を叩く。

 まずは夕理を探そう。一番に知る権利があるはずだ。

 が、校庭を探し始めた途端、まず会ったのは晴だった。

 後夜祭に興味はなく、もう帰るところのようだ。

 

「晴先輩! 夕理ちゃん見ませんでした?」

「あっちの方で、小都子と線香花火に興じてたで」

「あ、そうですか……」

「……何かあった?」

「い、いえ……」

 

 頭が少し冷静になる。

 せめて祭の最後くらいは、夕理には心静かに楽しんでほしい。

 他の先輩たちも同じこと。ずっと楽しみにしてきた文化祭なのだから……。

 

「後でメールします。絶対読んでください」

「分かった。委細漏らさず報告するように」

 

 事の重大性を察したのか、晴は厳命して帰っていった。

 ほうと息をついていると、手を振って近づいてきたのは1-3の生徒たちだ。

 

「丘本さーん、駄菓子ちょっと余ったから食べる?」

「あ、うん。もらおうかな」

「縁日、なかなか楽しかったよね」

「丘本さんのライブも良かったで」

「えへへ、どうもありがと……」

 

 駄菓子の中からきなこ棒を選んでいると、一人が不思議そうに質問した。

 

「ていうか私たち、いつまで丘本さんを苗字で呼んでるん?」

「言われてみれば……」

 

 きょとんとする級友たちには、特に悪意や隔意はない。

 今までは呼び方も気にされない程度の存在だったのが、今日変わっただけだ。

 花歩は思わず笑いながら、冗談めかして言う。

 

「いやあ、私もいつ名前で呼んでもらえるんやろなーって思っててん」

「もー、言うてくれたら良かったのに」

「花歩ちゃん。あの本気のMC、心に響いたで」

「私たちも花歩のこと応援するから!」

「う、うん……ありがとう……!」

 

 つかさのことは心配だけど、今だけ。

 今だけは許してほしい。

 ようやく手に入った成果なのだから。

 胸を詰まらせながら、明るく声を張り上げる。

 

「次は勇魚ちゃんのデビューや! 再来週のライブ、みんなも応援してあげてや!」

「もっちろん!」

「うちのクラス、アイドルが二人もいるなんてお得やなー」

 

 つかさが辞めるなんて聞いたら、勇魚がどれだけショックを受けるか分からない。

 親友が笑顔でデビューするためにも、絶対何とかしないと。

 決意の中で、激動だった文化祭は幕を下ろしていく。

 

 

 *   *   *

 

 

 翌朝、起きたつかさはスマホを見てうんざり顔をする。

 花歩は宣言通りに、夕理に全てを告げたようだ。

 

『つかさ、話がしたい』

『お願い、返事をして』

 

 昨日の夜から、これで三度目のメッセージ。

 夕理としては本当ならこの十倍は送りたいところを、自制心で押さえつけているのだろう。

 さすがにブロックは可哀想なのでしないが、かといって話すことなどない。

 

(先輩たちからは、今のところコンタクトはなしか……)

 

 今日は日曜で、明日は敬老の日。

 本来なら文化祭の疲れを癒す期間なのに、もし悩ませているなら申し訳なくなる。

 でも自分は休み明けに伝えるつもりだったのだから、花歩が全部悪い。

 

(ていうか、もうスマホから離れたい)

(誰もいない遠くに行きたい……)

 

 どのみち家にいたら、いずれ夕理が押しかけてくるだろう。

 スマホの電源を切って机の上に放置し、財布だけ持って部屋を出る。

 玄関で靴を履いていると、後ろから姉が声をかけてきた。

 

「つかさ、どこか行くん?」

「ちょっと能勢(のせ)にでも……」

「えらい遠くに行くんやねえ。……車に気いつけるんやで」

「うん……夕ご飯までには帰るから」

 

 つかさに元気がないのは気付いただろうけど、姉は何も言わずに見送ってくれた。

 

(能勢って行くの初めてやけど……確かケーブルカーか何かがあったっけ)

 

 漠然とした頭で、傷心のつかさは大阪府北端の田舎へ向かう。

 

 

 *   *   *

 

 

 上級生四人は、難しい顔で立火の家に集まっていた。

 文化祭の楽しかった気分は吹っ飛び、まさに天国から地獄である。

 スクールアイドル部最大のピンチに、桜夜が現実逃避気味にへらへら笑う。

 

「な、何かの間違いとちゃうの? いくら何でも唐突すぎるやろ?」

「でも、花歩ちゃんがここまで詳細に書いてくれてますし……」

 

 小都子が示したスマホには、花歩が送ってきたテキストがある。

 自分にできる精一杯として、後夜祭での会話を記憶の限り書いてきたのだ。

 つかさのやさぐれた発言の数々には驚かされたが……

 逆に言えば自分たちは、今までつかさを何も分かっていなかったということだ。

 

「ううぅ……」

「立火!?」

 

 それまで耐えていた立火が、糸が切れたように畳に突っ伏す。

 桜夜が訪れた時から、目に見えて憔悴していた。

 部長として居場所を作ってやれず、熱くさせることもできず、とうとう退部を決意させてしまって。

 ずっと頑張ってきたことが全て無意味だったようで、立火は力なくうめく。

 

「私はどうすれば良かったんや。

 つかさともっと話をすれば良かった?

 つかさが喜びそうなところに連れて行けば良かった?

 もっと練習を減らせば良かった?

 もう……何が正しいのか、私には分からへん……」

 

 桜夜と小都子が言葉を失う一方、晴はいつものように冷たく答える。

 

【挿絵表示】

 

「つかさ一人のための部ではないし、媚びたところで仕方ないでしょう。

 私たちの目標は全国大会であり、ついて来られないなら切り捨てるしかない。

 ……が、そう諦めるのは誰でもできることです」

 

 おっ、と桜夜が期待に満ちた目を向け、立火も少しだけ顔を上げる。

 つかさを諦める気のない参謀は、座布団の上で居ずまいを正した。

 

「前向きに考えましょう。

 どのみちつかさの退部は、いつかは避けられなかった。

 ステージを降りたら雑用するなんて言ってましたが、私がいる限り雑用の仕事はあまりない。早晩来なくなったでしょう」

「そういえば……天神祭の日にも言うてたで。飽きっぽいから、来年まで続くかは分からないって」

「小都子、そんな重要な話は先に言ってくれ」

「ご、ごめんね。でも当分先の話で、冬のラブライブは頑張ろうとも言うてたんや。なのに何でこのタイミングで……」

「やっぱり、文化祭で何かがあったんやと思う」

 

 それが何かは晴にもさっぱりだが、原因があるなら糸口にもなるはずだ。

 

「徐々にフェードアウトされるくらいなら、今みたいに明確に表面化した方がいい。

 上手く解決さえできれば、逆につかさは部に定着してくれるかもしれない」

「解決いうてもなあ……結局原因は何なんや……」

 

 立火は何とか身を起こすが、未だに顔は浮かない。

 花歩との会話では『飽きた』の一言で、それだともう解決のしようがない。

 だが晴の言う通りなら、他に言ってない何かがあるのだ。

 どこかにヒントはないかと、目を皿にして会話録を読み直す。

 

『部長さんなら夕理を裏切ったりしなかった』

 

(こう評価してくれてるなら、少なくとも嫌われてはいなかったんやろか)

(まあ、花歩への当てつけで言うただけかもしれへんけど……)

 

 立火が内心ひとりごちていると、全員のスマホが鳴る。

 一番に反応した小都子が叫んだ。

 

「夕理ちゃんからや!」

 

 まず夕理が話させてくれというので、自分たちは連絡を控えていたのだ。

 ……が、ようやく来た報告には特に進展はなかった。

 

『つかさのスマホは電源が切られています。

 直接訪問しましたが、お姉さんの話では能勢に行ったそうです』

 

「つかさにしては渋いとこ行ったんやなあ」

 

 桜夜は呑気に言うが、他の三人はますますいぶかしむ。

 シティガールのつかさが、何故このタイミングでそんな山の方へ行ったのか。

 単に面倒になって辞めるだけなら、むしろせいせいしたと都会で遊ぶはずでは――。

 

「やっぱり、直接話さな分からへん。夜に帰ってきたら私も行ってくる!」

「部長はやめてください。そう思いつめた顔で行ったら向こうも構えます」

「……そんな顔してる?」

「してます。それに以前もバイト帰りを待ち構えて話したそうですが。

 今の状況を見る限り、つかさの深層には全く立ち入れなかったという事ですよね」

「ぐあああ……私はダメな部長や……」

「し、しゃあないですよ、つかさちゃんて気持ち隠すの上手そうやし。も~晴ちゃん~」

「悪いが部長の心情に配慮する余裕はない。ということで、桜夜先輩を推薦します」

「私!?」

 

 思わず自分を指さす桜夜に、立火はすがるように手を伸ばす。

 

「頼む桜夜、つかさの話を聞いたってや。たぶんアホの方が話しやすいはずや」

「アホは余計やろ! うーん、つかさ、私に心を開いてくれるかなあ」

「桜夜先輩、つかさちゃんと趣味が合ったやないですか。よくおしゃれの話をしてましたし」

「まあねえ」

 

 小都子にも保証されて、桜夜も仕方なくうなずいた。

 正直に言うと訳も分からず辞めると言われ、立火をここまで傷つけられて、何やねん!と思う気持ちもある。

 とはいえ可愛い後輩に違いはないし、このままサヨナラだけは絶対に嫌だ。

 立火の母が出してくれた麦茶を飲んで、桜夜はひとまず息をつく。

 

「じゃあ夜までどうする? いったん解散?」

「せっかく集まったんですし、お勉強会にしませんか」

「ええー!? 文化祭が終わって休めると思ったのに」

 

 小都子の提案に桜夜は渋い顔だが、立火の目には決意が戻る。

 

「逆や逆! 今まで文化祭で忙しかったからこそ、遅れた分を取り戻さな。

 ……私はまだ全国を諦めてへん。後で部活に注力できるよう、今は勉強や」

「うー……分かった」

「私も手伝いましょう」

「え、晴も見てくれるの? 珍しい」

「私も全国は諦めてませんので。お二人の受験が上手くいってもらわないと困ります」

 

 無表情でさらりと言う晴に、他の三人に少しだけ笑顔が戻る。

 不安を押し殺して、今はできることを進めていく。

 

 

 *   *   *

 

 

 能勢電鉄の終点から20分歩いて、ケーブルカーに乗る。

 山の中腹の広場に降りて、リフトに乗り換え空中を散歩した。

 周りはハイキングの家族連ればかりだ。

 

(女の子一人でリフトに乗ってて、変に思われるやろか……)

(藤上さんと一緒やったら楽しかったのになあ)

(藤上さんなら、こういう場所も似合いそうやし……)

(って、あかんあかん! もう、あいつのことは忘れるんや!)

 

 勢いよく頭を振ったせいで揺れるリフトに、慌ててしがみつく。

 この五か月間、あの女に振り回され、ひたすら空回りして、本当に馬鹿げた日々だった。

 過去に戻って自分に忠告してやりたい。

『このまま進んでも、あいつが他の子を特別扱いするのを見るだけやで』って。

 

(最初から会わなければ良かった)

(会わなかったことにしたい……)

 

 リフトを降り、北極星を祀る能勢妙見にお参りすると、もうやることがなくなってしまった。

 仕方なくリフトで戻ってきて、広場の隅に腰を下ろす。

 観光用のミニ列車で、子供たちがはしゃいでるのが見える。

 

(藤上さん……)

(あたしが辞めたら、少しは残念がってくれるやろか……)

 

 膝に顔を埋め、時に肩を震わせながら、誰も知る人のいない場所で夕方まで過ごした。

 

 

「ただいまー……」

 

 電車で一時間揺られ、家に帰ってきてみると……

 

「こんなに可愛い先輩がいて、つかさは幸せ者やねえ」

「もーおばちゃん、お上手なんやから!」

 

 ツインテールの先輩が、居間で両親と談笑していた。

 

「何してんすか!?」

「あ、おかえり。お邪魔してるでー」

「桜夜ちゃん、夕ご飯食べてったらええわ」

「ほんま? やったー!」

(厚かましすぎやろ!)

 

 夕理なら遠慮して来られない時間帯に、平然と乗り込んできた。

 これだからアホは恐ろしい。

 親も親だ。ゆるい両親なのでいつもは助かってるが、こういう時は厳しくしてくれても……

 

「桜夜ちゃん、砂糖いくつ?」

「飲み物はいいから! 後にして!」

 

 コーヒーを持ってきた姉をすり抜けて、桜夜を自室まで引きずっていく。

 部屋に入れたくはないが仕方ない。

 翡翠のブローチは……大丈夫、しまってある。

 

「ここがつかさの部屋かあ」

「ジロジロ見ないでください。用が済んだらすぐ帰ってくださいね!」

「もっと早く来てれば良かったなあ。

 ……私、一年生大好きなのに。まだ姫水の部屋にしか行けてへんねんな」

(くっ……!)

 

 本人にその気はないのだろうけど、精神攻撃を食らわされた。

 ここで部を辞めたら、姫水を部屋に招くことも招かれることも永久になくなる。

 ……だが続けたところで、どうせそんなイベントはないのだ。

 嫌そうな顔のつかさを見て、桜夜はおずおずと聞いてくる。

 

「まだ信じられへんけど。ほんまに本気なん?」

「本気ですし説得しても無駄ですよ。

 去年だって大勢辞めたんでしょう? いいじゃないですか一人くらい。

 無理に引き留めて辞めさせないのって、一種のブラック部活なんですけど?」

「……ぐすっ……」

(いきなり泣く!?)

 

 躊躇なく最大の武器を使ってきた。

 しかも計算ではなく、本能で泣いてくるのだからタチが悪い。

 

「うちの部、そんなに嫌? 私たちと一緒に過ごしてきて、何も楽しくなかった?」

「……それなりには楽しかったですよ。先輩たちのこともまあまあ好きです。

 でも、それだけっす」

「立火、めっちゃ悩んでる。自分が部長としてあかんかったんやないかって……」

「それは……あたしがチャラいだけですってば!

 全国目指すんでしょう? 先輩たちみたいな立派な人とは違うんです!」

「わ、私も練習嫌いやし、辞めようと思ったこともある。つかさの気持ちも分かるで?」

「でも続けてるのって、部長さんのためですよね?」

「……うん……まあ」

「あたしには……そういう相手はいませんので」

 

 ぐすん、と鼻をすすって、桜夜は後輩の顔を覗き込んでくる。

 本当に可愛らしいのが無性に腹が立つ。

 

「夕理はちゃうの?」

「今の夕理は、あたしより花歩の方が好きなんじゃないですかね」

「そうは見えへんけどなあ……。

 そうや、だったらつかさは私を好きになったらええやん!

 部活続けてくれたらデートしてあげるで! これならやる気になるやろ!」

「どんだけ自意識過剰なんですか! ああもう、何でこんな人が藤上さんと仲良く――」

「え?」

「!!」

 

 しまった! 慌てて口をふさぐがもう遅い。

 桜夜は不思議そうな顔をしてぐいぐい詰め寄ってきた。

 

「姫水? 姫水が何か関係してるの?」

「何でもないです気のせいです! もういいでしょ帰ってください!」

「やっぱり仲悪かったん? 姫水めっちゃいい子なのに……」

「関係ないですってば!」

 

 背中を押して、どうにか桜夜を部屋の外に追い出した。

 やはりというか、部員たちは情に訴えて引き留めにかかってくる。

 絶対流されるわけにはいかない。粛々と退部届を出さないと……。

 と、階下から桜夜の声が聞こえてくる。

 

「おばちゃーん、今日の夕ご飯なに?」

「おでんやでー」

「やったー!」

(食べてくんかい!)

 

 

 *   *   *

 

 

桜夜『姫水が原因とすると、やっぱりマウント取られるのが嫌やったんやろか』

立火『上手くやってくって言うてたし、やれてるように見えたんやけどなあ』

小都子『内心で積もり積もったものがあったんでしょうか……』

晴『だとしても何故このタイミングで? という疑問は残りますね』

 

 桜夜からの情報に、トーク上の先輩たちは見当違いの推理を繰り広げている。

 唯一正解の分かる夕理としては心苦しいが、つかさの許可なく明かすわけにもいかない。

 ずっと姫水が好きだった、なんて。

 

(それにしても、やっぱり文化祭で藤上さんと何かあったんやな)

(明日、絶対聞き出さないと)

 

 そう決意していると、花歩から夕理だけにメッセージが来た。

 

『私も何かしたいんやけど、何も思いつかへん……』

『ごめん夕理ちゃん、つかさちゃんのことお願いや』

 

 友達から頼られて、意気込んで返信を送る。

 

『当たり前やろ、つかさを何とかするのは私の役目や』

『誰にも譲る気なんてないから、安心して待ってて!』

 

 そう大口を叩いたものの、後から不安になってくる。

 理はつかさの方にある。

 部活動は自主的にやるもので、いつどんな理由で辞めようが個人の自由だ。

 まして夕理には、無理に入部させたという負い目もある。

 

 だが今それを考えても仕方ない。

 つかさが入部してからの五か月間が、自分たちの間で無意味だったなんて思いたくない。

 とにかく今の気持ちを、正直にぶつけてみよう――。

 

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