ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート2 「嫌い」 ☆☆

『ATCの海側で待ってる。

 つかさが来てくれるまで帰らへんから』

(こういうことしてくるかあ……)

 

 翌朝、しばらくゴロゴロしてから遅めに起床したつかさは、スマホを見て溜息をつく。

 頑固な夕理がこう言った以上、本気で絶対に帰らないだろう。

 

(しゃあない、どのみち夕理とはお別れするんや。早目に済ますか)

 

 朝食を片付けてから、通学路の途中にある商業施設に向かう。

 最初のPVが完成したとき、部活帰りに二人でお茶して帰った場所。

 自分に似つかわしくない、正しい学生生活と正しい夕理との時間は、もうすぐ終わりだ。

 

 

「つかさ!」

 

 座りもせずうろうろしていた夕理は、つかさの姿を見るや子犬のように駆け寄ってきた。

 広いデッキの向こうには、薄曇りの大阪港が広がっている。

 

「あ、ありがとう。来てくれて」

「うん。部は辞めるけど」

 

 先制パンチを食らって立ち尽くす彼女を、つかさは促してベンチに座る。

 二人の間の微妙に空いた隙間が、今の関係を示している気がした。

 

「あ、あのね、あの……」

 

 話を考える時間は十分にあったろうに、夕理は苦しそうに口ごもる。

 結局切り出したのは、退部とは別のことだった。

 

「私と一緒にいてくれたのはつかさや!」

(先にそっちの話かあ……)

 

『部長さんなら、他の誰かなら夕理を裏切らなかった』

 何であんな話を花歩にしてしまったのだろうと、つかさは今さらながら後悔する。

 でも姫水から特別視された花歩が、こんな自分を特別視することに耐えられなかったのだ。

 

 そういう事情は知らず、最も幸せだった一年間を否定され、夕理は抗議交じりに訴える。

 

「他の誰かやったらなんて、そんな仮定に何の意味があるの!?

 私と初めて友達になってくれたのも。

 色んな楽しいことを教えてくれたのも。

 全部つかさであって、他の誰でもないんや!」

「……でも結局裏切ったやろ」

「恨んでないって、あの時はっきり言うたやないか!

 あれから二年半経った今でも、私はつかさが好きや。

 それは、つかさがしてくれた事がほんまに尊いことやったからって、思ってもらえへん!?」

「その『好き』だって、たまたまあたしだっただけや」

 

 投げやりに放たれた言葉に、夕理は言葉を失った。

 全てを投げ出しつつあるつかさは、夕理の中の最も大切な気持ちまで否定する。

 

「初めての友達があたしやったから、雛鳥みたいに刷り込まれただけ。

 それこそ、他の誰かだったら良かったのにね」

「な……な……!」

「ちゃうん? ならあたしを好きな理由、他に何かある?」

 

 少し寂しそうに笑いながら、つかさはボールを放ってきた。

 社会に適合できない自分を、いつも器用に助けてくれて、どんどん好きになった。

 最近は少し成長して、助けられることもあまりないけど……。

 だから好きでなくなるなんてことは絶対ない。

 そんな実利ではなく、つかさのその心の有り様を好きになったのだ。

 

「友達思いなところ! この前だって、花歩に協力してくれたやないか!」

「ああ――」

 

 乾いたつかさの表情に、夕理はなぜだか心臓が冷える。

 何か逆効果なことを言ってしまったのではと。

 

「あたし、花歩のこと下に見てた」

「え……」

「協力したのも、今思うと『助けてやろう』って上から目線やった。

 ……やっぱり、夕理にだけは話さなあかんか。

 桜夜先輩から聞いたんやろ? 藤上さんが関係してるって」

「う、うん……」

 

 諦めたように、つかさは文化祭の日のことを話し始める。

 

 

『勝手に人の話を盗み聞きして』

『見下してた花歩が、姫水から特別扱いされたから』

『何もかも嫌になって退部する』

 

「――我ながらアホみたいやな」

 

 自嘲する彼女に、悪いけれど夕理も少しそう思う。

 だって姫水の方は何も気付きもしないままの、つかさ一人の空回りなのだ。

 とはいえ傷ついた気持ちも分かるので、懸命に励ましにかかる。

 

「私だって人のことは言われへん。最初は花歩のこと、モブみたいな奴って思ってた。

 でも今は大切な友達で、根性のある子やって思ってる。

 人の評価なんて変わるもんや。つかさから花歩も、藤上さんからつかさだって……」

「それは夕理が変わったからやろ。あたしには無理や。あたしは――」

 

 つかさの声が途切れる。

 急に立ち上がって、海側に突き出たテラスへ歩いて行った。

 慌てて後を追う夕理の前で、くるりと振り返る。

 曇った空と海と、恋人たちが柵にかけた南京錠へ背を向けて。

 

「あたしが、夕理のことも下に見てないと思った?」

「つか……さ……?」

 

 呆然とする夕理の前で、つかさはとうとう二人の関係すら棄て始めた。

 

「いつも助けてあげて、尊敬の目で見られて気分良かったで。

 友達のいない可哀想な夕理。

 一年で飽きたから、その後は距離を置いたけど。

 依存されない程度になら、助けてやるのもやぶさかじゃなかった」

「ま、待ってつかさ。嘘や……」

 

 手を伸ばす夕理を無視して、視線を落としたまま喋り続ける。

 

【挿絵表示】

 

「でも最近、そういう目で見てくれなくなったよね。

 藤上さんのことといい、菊間先輩の時といい、心配するような目ばかり向けられてる。

 あたしのプライド、どれだけ傷ついてたか分かる?」

「ご、ごめ……私、そんなつもりじゃ……」

「しゃあないけどな。最近のあたし、ほんま情けないし。

 夕理から見下されるのも当たり前やな」

「そんなつもりとちゃう!」

「――もう、あたしのこと見ないでほしい」

 

 再び身をひるがえし、つかさは夕理に背を向ける。

 海風に乗って、泣きそうな声が耳に届いた。

 

「あたしを視界に入れてほしくないし、あたしの視界に入ってほしくない」

「つかさ……」

「何度も言わせないで」

 

 夕理の手が震え、体は崩れ落ちそうになる。

 どこかで甘く考えていた。

 万が一に部活を辞めても、友達は続けてくれると。

 

 でも、それすら拒否された。

 姫水やスクールアイドルと一緒に、夕理のことも切り捨てようとしている。

 目に入れるのも嫌な存在として。

 

(……私が部活に誘ったせいで、そこまで傷ついたのなら)

(言う通りにする以外に、私にできることなんてない……)

 

 つかさに背を向け、足を引きずるように歩き出す。

 視界に入れるなと言うのだから、もう振り返ることもできなかった。

 三年半の付き合いが、こんなに簡単に終わってしまうなんて。

 

 それでも泣くことだけは必死に堪えて、去っていく夕理の足音を背後に聞きながら。

 つかさはいつまでも、身じろぎせずに海を眺めていた。

 

 

 *   *   *

 

 

 スマホで文字を打てる程度に回復するまで、夕方までかかった。

 

『絶交されました』

『ごめんなさい』

『ごめん、花歩』

 

 夕理がどれだけダメージを受けているのか、部員たちには想像もできない。

 皆が必死に慰め励ます中、晴は自室で天井を見上げた。

 今日も四人で集まってあれこれ考えていたが、何の妙案も浮かばなかった。

 

(明日にはつかさは退部届を出してくる)

(ここまでなのか……)

 

 晴が撤退戦略を考え始めたところで、電話がかかってきた。

 この件では蚊帳の外になっている勇魚からだった。

 

『晴先輩、お時間ありますか!』

「ある。そっちは昨日も今日もボランティアやったんやろ? お疲れ様」

『はいっ! 姫ちゃんが一緒やったから、文化祭の疲れも何ともないです!』

(あまり酷使するなよ……つかさがいなくなったら、結局姫水が頼りなんや)

 

 その姫水も来年は東京に去るかもしれない。

 Westaはこれからどうなるのだろう……と頭の半分で考えつつ、もう半分で受け答えする。

 

「で、何の用や」

『あ、はい。帰りの電車で、姫ちゃんと話したんですけど。

 つーちゃんに、姫ちゃんの病気のことを教えるのはどうでしょう!』

(!?)

 

 つかさの退部の話は知らないはずなのに、何でこのタイミングで。

 と問う前に、勇魚の方から説明が続く。

 

『花ちゃんには文化祭の後に話したそうなんです!

 この調子でどんどん教えていったらええかなって。

 なら次はつーちゃんかなって!』

「姫水はなんて言うてるんや」

『積極的ではないけど、嫌でもない感じでした。

 なので頭のいい先輩に相談しようと思ったんです!』

(……ううむ)

 

 姫水の休業理由を話したところで、退部が撤回されるとは思えない。

 だが詳細は不明とはいえ、姫水が何か絡んでいるのは確かだ。

 激突させてみて、何らかの化学反応に期待するしかないのかもしれない。

 

「ちょっと待て。部長と相談する」

『はいっ!』

 

 立火の了解を取ってから、晴は後輩に望みを託した。

 

「いいと思う。明日さっそく話してくれ」

『明日ですか!? えらい急ですね!』

「少し事情があるんや。部活には遅れてきてええから」

『よく分からへんけど、分かりました!

 つーちゃんなら、きっと姫ちゃんの力になってくれますよね!』

 

 屈託なくつかさを信じている勇魚に、何も言えずに会話を終える。

 勇魚まで傷つくことにならないように、と祈りつつ。

 

 

 *   *   *

 

 

 翌日の学校は、文化祭の名残も夢のように消えた、いつもの学び舎だった。

 昼休み、つかさは退部届の用紙をもらいに生徒会室へ向かう。

 

(これでもう全てから解放されるんや)

(明日からは気楽に遊んで……って明日はバイトやった)

(明後日から、あたしに相応の適当で楽しい日々が戻ってくる)

(夕理やみんなは、あたしみたいなのに足を引っ張られず、まっすぐに全国を目指せる……)

 

 生徒会室の扉をノックしようとした時、スマホが鳴った。

 勇魚からのメッセージだ。

 

(なんや、結局勇魚にも話したの?)

 

 また引き留められるのかと、うんざりしながら画面を開き……

 その顔色が変わっていく。

 お喋りな本人のままに当を得ない文章だったが、要約すると以下の通りだった。

 

『今日の放課後、姫ちゃんの休業理由を聞いてほしい』

 

(退部のことは知らないっぽい?)

(まあ花歩は『夕理と先輩に話す』って言うたんやし……花歩なら言ったことは守るやろな)

 

 ならば、ただ純粋に聞いてほしいということだ。

 扉から後ずさり、廊下の端に行って逡巡する。

 

(今さら聞いてどうするんや。あたしと藤上さんはもう関係ないんや!)

(……でも、あたしを指名して聞いてほしいって……)

(………)

(教えてもらえば、その点では花歩と同等になれる……)

 

 こんな時でもヒエラルキーを気にする自分に嫌気が差しつつ。

 苦悩の末、短く返事を送る。

 

『ええよ。聞くだけなら』

 

 聞くだけだ。どうせ何も変わらないし、聞き終えたら退部届を出す。

 でも、もしも、もしも。

 姫水が抱えている困難が、自分が解決できるようなことだったら。

 大逆転で、姫水の特別になれるのだろうか……?

 

 

 科学部が今日は休みだそうで、場所は化学室を指定された。

 OGが来て居場所が崩れ始めた部屋なので、あまり良い思い出はない。

 ごくりと唾を飲み込んで、そろそろと扉を開ける。

 

 薬品の匂いが漂う部屋に、既に二人が来ていた。

 

 既に諦めたはずの想い人が、相変わらず美しく、どこか無表情で。

 そしてその幼なじみが、嬉しそうに手を振っている。

 

「つーちゃん、来てくれておおきに!

 晴先輩には伝えてあるから、部活は遅れても大丈夫やで!」

「ああ……うん」

 

 勇魚には悪いけど、もう部活は関係ないのだ。

 実験机に向かい合って座り、姫水だけを瞳に映した。

 思えば、ここまで正面切って向き合うのは、これが初めてかもしれない。

 少し固くなりながら、つかさの方から口火を開く。

 

「前置きはええから、話してくれる?」

「そうね。時間を取らせるのも悪いから、単刀直入に言うわね。私は――」

 

 姫水の綺麗な声が、放課後の化学室に流れ出した。

 

「全てに現実感を持てないの。

 自分を含む何もかもが、遠く壁の向こうであるように感じる」

 

 

 ずっと想ってきた相手から、とうとう明かされた真実に。

 つかさの顔は徐々に強ばっていく。

 

 

 *   *   *

 

 

(あ、あれっ?)

 

 話が進むにつれて、勇魚は戸惑っていた。

 姫水の口から、『病気』という単語が出てこない。

 精神病とも離人症とも言わない。

 これでは単に姫水がそういう性格であるように、つかさに聞こえないだろうか。

 

「性格の良い優等生として振る舞っていたのは全て演技。

 実際は何に対しても、他人事のように思ってるのが私なの……幻滅されても仕方ないわね」

(ひ、姫ちゃん、どうして……?)

 

 そういう病気と知れば、つかさだって幻滅はしないだろうに。

 だが姫水が言わないことを、自分が口を挟むわけにもいかない。

 勇魚はぎゅっと唇を横に結んで、とにかく幼なじみの声を聞き続ける。

 

「仮想を現実に変えるのが役者の仕事。現実が分からない私にはその資格はない。

 だから今はお仕事を休んでる。

 ――以上が、私の状況よ」

 

 話が終わり、つかさの方こそ現実感がないように、しばし呆然していた。

 ようやく口を開いて、姫水と目は合わせずにぼそりと言う。

 

「あたしのことも?」

「え?」

「あたしもそうなの? ドラマか何かの登場人物みたいにしか思えへんの?」

「それは……」

 

 口ごもる姫水を、つかさは顔を上げてにらみつける。

 勇魚が思わず身震いするほど、冷たい視線だった。

 

「この期に及んで嘘をつく気?

 余計な気遣いはええから、正直に言って」

 

 嘘つきと言われては――実際そうだったのだから――姫水もこれ以上偽ることはできない。

 諦めたように、客観的な事実を相手に告げた。

 

 

「そうね。彩谷さんに対して、私は何の現実感も持っていない。

 あなたに比べたら、まだ天名さんの方が印象に残ってる」

 

 

 つかさからは完全に血の気が失せ、頭もグラグラしてくる。

 花歩以下どころか、夕理以下だった。

 一年生の中で最下位。それが姫水の中での自分の立ち位置だった。

 

 それでも、何とか逃げ出さずに耐えたのは……

 一つだけ望みがあるからだ。今ここに自分がいるということ。

 それだけにすがって、机に手をつき、体を浮かせて必死に詰め寄る。

 

「でも、あたしに聞いてほしかったんやろ!?

 他の誰でもないあたしに! 聞いてほしいから呼び出して!」

「それは」

 

 さっきの今で姫水も取り繕いはせず、正直に答える。

 

「勇魚ちゃんがそうしろって言うから」

 

 

 つかさの体は完全に固まった。

 錆びた人形のように、ぎぎぎ、と勇魚に顔を向ける。

 その先には、憎らしいほど純粋な笑顔があって――

 

「だってつーちゃん、いつも姫ちゃんのこと見てたやろ?」

 

 満面の善意が、つかさの僅かに残ったプライドも粉々にした。

 

「うちも姫ちゃんばっか見てたから分かるんや!

 うちが入部してからずっと、つーちゃんは姫ちゃんをちらちら見てたで。

 きっと姫ちゃんのことが大好きなんやね!」

「そうだったの? 全く気付かなかったけど……」

 

 半信半疑の姫水の目からは、下を向いたつかさの顔は見えない。

 真っ赤になり、涙目になり、小刻みに震える彼女の表情は。

 

(何これ拷問? あたし何か悪いことした?)

 

【挿絵表示】

 

 世界一好きな人から、お前に何の現実感もないと言われ。

 その当人の前で、いつも見ていたことをバラされるという。

 ここまでの屈辱と恥辱を味わわされるほどの罪を、何か犯したというのだろうか?

 

 

「彩谷さん? もし不快な思いをさせたならお詫びを……」

「謝られても意味ないやろ……。

 結局……あたしにどうしろって言うの……?」

「あ、うん」

 

 何とか声を絞り出したつかさに、姫水は落ち着いた声を返す。

 

「強い感情を見せてほしいの。プラスでもマイナスでも。

 私の壁を壊すような強い想いを……その、気が向いたらでいいから」

 

 およそ期待していない口調だった。

 当たり前だ。何にも熱くなれないつかさには、最も期待できないことだ。

 ただ一つ、いま胸に渦巻く黒い気持ちを除いては。

 

(ああ……部長さんが言ってたのって、これのことかあ……)

 

『中途半端に仲良くするくらいなら、いっそ思いきり嫌った方が姫水のためなのかなあ』

 

 マイナスでも構わないなら。

 姫水に対してできることがある。ゆっくりと机を回り込み……

 座ってこちらを見上げている彼女に、魂の全力を叩きつけた。

 

 

「アンタのことが大っ嫌いや!!」

 

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