ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 つかさの理由 ☆☆

 翌朝も、バスは三人を乗せて長居公園通りを走る。

 

(つかさちゃん、どうするつもりなんやろなあ……)

(つーちゃん、悩みがあるならうちに相談してや……)

(京都戦のセトリ、そろそろ決めないとまずいんじゃないかしら)

 

 文化祭が終わって日常が戻ったのに、皆どこか上の空でバス停で降りる。

 そして目の前にいた人物に、勇魚と花歩の声は思わず上ずった。

 

「ふ、二人ともおはよ!」

「ど、どないしたん? バス停まで来て」

 

 つかさと夕理がバス停で待っていた。

 直接は答えず、つかさは無言で勇魚の前に行くと、深々と頭を下げる。

 

「ごめん勇魚。昨日のは完全に八つ当たりやった。

 勇魚のこと決して嫌いとちゃうから、撤回させて」

「そ、そうやったん!? うちこそごめんね! つーちゃんのこと傷つけたみたいで……」

「あたしは何ともないから、昨日の醜態はマジで忘れて」

 

 続いて、花歩に向かっても頭を下げる。

 

「花歩もごめん。あたし、部活辞めへんから。

 今日はバイトで行かれへんけど、先輩たちにも伝えてくれる?」

「う、うんっ! そっか、そっかあ!

 あーもう、ここ数日生きた心地がせえへんかったで……」

「ほんまにごめん。明日出席したら色々話そう」

 

 笑顔満面の花歩だったが、初耳の勇魚は飛び上がる。

 

「辞めるってどういうこと!? そんな話してたん!?」

「ま、まあまあ。結局辞めないんやからもうええやん……」

 

 花歩がなだめている間に、つかさの目はキッと姫水に向いた。

 

「アンタに謝ることは何もないで!」

「別に謝ってほしいとも思わないけど」

「え、な、なんや? どういうこと?」

「あのね花歩ちゃん。彩谷さんって、私のこと嫌いなんだって」

「えええええ!?」

 

 一難去ってまた一難。

 仲良し五人組の崩壊の危機に、花歩は信じられずにつかさを問いただす。

 

「う、嘘やろつかさちゃん? みんなで楽しくUSJ行ったやん!」

「あ、あんなの表面的に仲良くしただけや! 女子あるあるやろ!」

「知らないよお! 初体験やで!」

 

 女同士のドロドロなんて漫画の中だけと思っていた花歩は、焦り顔で姫水にも詰め寄る。

 

「ひ、姫水ちゃんは? 姫水ちゃんもつかさちゃんのこと嫌いなの!?」

「それは……」

(あ、そっか。現実感ないんやった)

 

 困り顔の姫水に思い出す。今の彼女は、相手が好きか嫌いかも分からないのだ。

 そして昨日それを知ったつかさは、ぎゅっと唇を噛んでから指を突きつけた。

 嫌ってすらくれない相手に対して。

 

「覚えとき! いずれ分かるようにしたるから!」

 

【挿絵表示】

 

 それだけ言って、先に校門へと歩き出す。

 慌てて後を追いながら、勇魚は今の言葉を反芻した。

 

(つーちゃん、もしかして姫ちゃんの壁を壊すために……?)

 

 限りなく善意に解釈して、幼なじみに笑いかける。

 

「つーちゃん、いい人やね!」

「……そうかしら」

(つかさちゃんも聞いたのかなあ、姫水ちゃんの事情……あ、そうなると夕理ちゃんだけ知らないことに)

 

 仲間外れになるのでは……と花歩は横目で見たが、当の夕理は姫水なんてどうでもいいらしく、つかさだけを目で追っていた。

 疎遠な二人は相変わらずだ。

 

(ううう……一年生の結束は幻やったん?)

「花歩、そうやって周りばかり気にしてるとハゲるで」

「誰がハゲや!」

 

 抗議に笑いながら、夕理は吹っ切れたようにつかさへ駆け寄る。

 濃淡に彩られた人間関係の中、一年生たちは今日も高校生活を開始する。

 

 

 *   *   *

 

 

「つかさちゃん。今日はお客さん少ないから、上がってええで」

「あ、はい。お先に失礼しまーす」

 

 夜七時半の串カツ屋。

 おばさんに言われて引っ込むつかさの後ろから、常連客の声が聞こえてくる。

 

「つかさちゃん、ホンマよく働く子やなあ」

「そうやろ? 気ぃ利くしえらい助かってるで」

(ううう……そういうこと言われると切り出しにくい……)

 

 しかし週一のバイトで、今日言わなかったら次は来週になってしまう。

 着替えを終えてから、おばさんに奥に来てもらって頭を下げた。

 なんだか謝ってばかりだ。

 

「すみません! バイト、辞めさせてもらえませんか」

「ええ!? な、何か気に障ることでもあったん!?」

「ち、ちゃうんです。そういうことではなくて……」

 

 本当に良くしてくれたバイト先なだけに、つかさは必死になって釈明する。

 

「あたし、部活やってるんですけど」

「ああ、すくーるあいどるやったっけ?」

「はい。それで同じ部に負けたくない奴がいまして……。

 あたしがバイトしてる間もあいつは練習してて、このままやと差が開く一方で。

 なのであの、らしくないとは思うんですけど、一念発起して真面目にやろうって」

「あれまあ、そうやったの! ちょっとあんた、聞いて聞いて!」

 

 おばさんが大声で話したせいで、おじさんはおろか常連客たちにも伝わってしまった。

 

「そういや聞いたことあるで。住之江女子って強いんやろ?」

「ええまあ……一応全国目指してます」

「へええ! 俺ぁね、つかさちゃんはタダ者やないって、前から思とったで」

「大将、これは認めてやらなあかんやろ」

「おお、もちろんや。大会はいつなんや?」

「あ、来月の下旬です」

「もうすぐやないか! もう今日まででええから、練習頑張りや」

「え、でも替わりのバイトとかは」

「そんなんええから! 子供が心配することやないで!」

 

 何も言えず、子供らしく素直にお礼をするしかできなかった。

 再度奥に引っ込み、電卓をはじいたおばさんが封筒を差し出した。

 

「はい、今日までのお給料。ほんまに助かったで」

「す、すみません。突然こんなことになって……」

「……つかさちゃん、ええ顔してるねえ」

「え……」

「器用で大人びたつかさちゃんも良かったけど。

 年相応で頑張ろうとしてる今のつかさちゃんも、おばちゃんは好きやで」

 

 つかさは涙をこらえながら、今日最大の角度で頭を下げた。

 

「お世話になりました!

 大会の結果が出たら、必ず報告に来ます!」

 

 

 

 夜の歩道で、街灯に照らされながら少し深呼吸する。

 

(さあて……これでもう後戻りはできひんで)

 

 立ち止まってスマホを出した。

 さらに後戻りできなくする文章を、部のグループへと送る。

 

『バイト辞めました。これからは練習頑張ります!』

 

 すぐに反応したのは晴だった。

 

『非常にありがたいけど、狐につままれた気分や。

 いったい何がどうしてそうなったんや』

 

 晴には悪いが、つい笑ってしまう。

 あんなに頭のいい先輩でも、乙女の複雑なハートは分からない。

 でも、続いて届いた立火からの言葉には胸が痛んだ。

 

『ありがとう! 嬉しくて本気で泣いてる。

 私は非力な部長やけど、ほんまにつかさのこと大事に思ってるから。

 それだけは信じてや』

 

(今回は心労かけちゃったなあ……)

 

 今はまだ言えないけど、部長が卒業するまでには全てを話そう。

 その時に、姫水とどんな関係になっていたとしても。

 

 他のメンバーからも次々と喜びの声が届く中、夕理のメッセージが目を引いた。

 

『思い切ったんやね。

 やっぱりつかさには、本質的にそういうところがあると思う』

 

(そう……なのかな)

 

 中学一年生の自分は、あのとき何を考えていたのだろう。

 

『天名さん。よかったら一緒に帰らへん?』

 

 あれは一生で一度きりの気まぐれだと思っていた。

 俗っぽくて打算的な自分が、ただ一度だけ行えた真心からの行動。

 でも、違ったのかもしれない。

 その気になれば、何度だって起こせるのかもしれない――。

 

 

 家に着く頃には、つかさの機嫌は一気に悪くなっていた。

 

(藤上さ……姫水だけ何も送ってこないやんけ!)

(ほんまムカつくわあの女! ……あ、来た)

 

 部屋に入りながら、少し緊張してメッセージを読む。

 

『私への宣戦布告と受け取っていいの?』

 

 思わず頬が緩んでしまう。

 認識してくれている。

 姫水を好きな人は大勢いても、嫌いと言ったのは自分だけ。

 我ながらひねたやり方だけど、これだけが彼女の特別になれる道だ。

 

『コテンパンにしたるわ! 覚悟しとき!』

 

 鼻息荒く送ったはいいが、桜夜と小都子から心配そうな返信が届いた。

 

『え、ど、どういうこと?』

『二人とも、ケンカしてるん?』

(あ、しまった)

 

 確かに他人から見たら、物騒以外の何物でもない。

 どう言い訳しようか考えていると、夕理がフォローしてくれた。

 

『ライバル関係ということです』

『なるほど! ええなあライバル!

 互いに高め合い、夕焼けの河原で殴り合うんやな!』

 

 昭和なことを言っている部長には悪いけど、そんな爽やかなものではない。

 ただ振り向いてほしいだけの、どうしようもない執着。

 でも生まれて初めて持った、全てを懸けられるほどの感情だ。

 

 

「よし、完成」

 

 ネグリジェ姿のつかさは満足そうにうなずく。

 帰りに買ってきた接着剤で、ブローチは綺麗に元通り。

 手に取って眺めながら、翡翠の向こうに姫水を思い浮かべる。

 世界一大嫌いで、世界一大好きな女の子。

 

(いつかあたしが、あいつに勝てたときは)

 

 そのときは、彼女に素直な本心を告白しよう。

 苦労の末に結局振られるだけだとしても――それでも構わない。

 

【挿絵表示】

 

 スクールアイドルはそれなりには楽しいけど、やはり皆のような情熱は持てそうもない。

 だから、頑張る理由は一つだけ。

 

 この胸にある、たった一つの恋のために。

 ただそれだけのために。

 彩谷つかさは、これから青春を捧げるのだ。

 

 

<第24話・終>

 


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