ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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第5話 Paradise found & lost
パート1 ふたりきりの世界 ☆


 大阪は嫌いだ。

 

 大阪市港区に生まれた天名夕理の胸には、ずっとその感情があった。

 その場のノリだけで生きてる、騒々しくていい加減な人ばかりの街。

 それでも中学校に上がれば、少しはまともになると思っていた。

 

 でも違った。ここも動物園だった。

 当初は少し大人になろうと我慢していた夕理も、自習中にノートも広げず騒いでいる連中に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 

「ええ加減にして! 中学生にもなって、自習のひとつも静かにできひんの!?」

 

 怒鳴り声に教室中が一瞬静まったところで、さらに追い打ちをかける。

 

「アンタ達は猿の集団か!」

 

 言うだけ言って、荒々しく着席してから、少し反省する。

(あかん、猿に対して失礼やった)

 案の定、注意された側は猿以下で、夕理の悪口を言い始めた。

 

「何やねんアイツ偉そうに!」

「天名やろ、小学校の時からあんな感じやねん」

「せやからいっつも一人なんやな。かっわいそー」

 

 頭にきて睨みつけようとしたところで、他の生徒とはどこか一線を画した声が届く。

 

「まあまあ、この空気でお喋りも続けられへんやろ。大人しく自習しとこ」

「つかさがそう言うなら……」

 

 毒気を抜かれたように、クラスメイトたちが渋々と自分の席につく。

 夕理の後ろの席でも気配が動いた。

 

「ごめんねー天名さん、うるさくして」

「反省してるんやったら、口先やなくて行動で示して」

「おお怖っ」

 

 茶化すような声に怒って振り向くが、彼女はさっさと自習に取り組んでいたので、何も言えず引き下がるしかなかった。

 

『あまな』と『あやたに』。

 苗字のせいで座席は前と後ろだけど、性格は正反対だ。

 彼女はいつもクラスの中心にいて、大勢の友達に囲まれている。

 不真面目なくせに要領はよくて、先生に怒られないギリギリで遊んでいる。

 

(チャラチャラして、軽薄な人!)

 

 それが夕理から見た印象だった。

 とはいえ座席の関係で、プリントを配る時などは、どうしても顔を合わせることになる。

 

「ありがとー」

「……うん」

 

 それが一日の中で、唯一の会話だったこともしばしばあった。

 時々、後ろからじっと見られている気がしたのだけれど……

 自意識過剰なら恥ずかしいので、考えないようにしていた。

 

 

 *   *   *

 

 

 それは五月も半ばの、何でもない日だった。

 そろそろクラスの人間関係もこなれて、大勢で放課後に遊びに行くことになったらしい。

 もちろん夕理に声なんてかからない。

 夕理としても、そんな下らないことに費やす時間はない。

 あんな風に群れて、何が楽しいんだろう。

 

「どこ行くー?」

「超楽しみー」

 

 そんな会話を意識からシャットアウトし、鞄に教科書を詰めて、帰ろうと立ち上がった時だった。

 

「ごめん。あたし、やっぱり今日はパスするわ」

「え、つかさ!?」

 

 大勢の動揺する声が聞こえる。

 何かトラブルでもあったのだろうか。

 自分には関係のないことだけど。

 そう考えながら、教室を出ようとすると……

 

「天名さん」

 

 思わぬ近い距離からの声にびくりとした。

 

 焦って振り向くと、クラスで唯一の見知った顔が眼前にある。

 さっきまで皆の中心にいた少女が、なぜかその輪を外れ、夕理の目の前に立っている。

 

「よかったら一緒に帰らへん?」

 

 鞄を持って、にこにこと笑いながら。

 

(え……?)

 

 まず思ったのは、『何を企んでるのか』ということだった。

 小学校でもたまにあったのだ。

 一人ぼっちの夕理を晒しものにするために、善意を装って近づいてくることが。

 けれどすぐに、様子がおかしいことに気が付く。

 

(違う、これ……)

 

 敵意。

 彼女の背後にいる大勢の生徒たちの目が、驚きの時間を過ぎ、敵意そのものに変わった。

 夕理ごと、彼女を射抜くかのように。

 

「何か用事あった?」

「な、ないけど……」

(後ろ後ろ! 気付いてへんの!?)

「ならええやん。行こ」

 

 強引に手を引かれる。

 無数の反感を残し、何がなんだか分からないまま、夕理はつかさと一緒に学校を出た。

 

 

 なぜか今、ゲームセンターにいる。

 彼女はというとUFOキャッチャーに熱中していて、自分はそれを隣で見ている。

 状況が理解できない。

 

「ど、どうして……?」

「何が? あ、これやっぱ無理や」

 

 二百円を費やしたが諦めたらしく、つかさは軽く肩をすくめた。

 

「お近づきのしるしに取ってあげたかったんやけどなー」

「いや別に欲しくないし! そんな事より、何で私なんか誘ったの!?」

「だめ?」

 

 甘えるような声で言われて、思わず返事に詰まる。

 と、軽い冗談だったようで、すぐに彼女の顔が砕けたものに変わった。

 

「まー言いたいことは分かるで。ほんまに、何でなんやろうね」

「私に聞かれても困るわ!」

「あたしも、自分がこんな事できるなんて意外やったけど」

 

 そう言ってゲーセンの中を歩き出したので、慌ててついていくしかない。

 電子音の響く騒々しい場所なのに、不思議と彼女の声はよく聞こえた。

 

「でも天名さんって周りに媚びないっていうか、我が道を行く感じやん?」

「別にそんなカッコいいものとちゃうけど……」

「そういう子って普段どんなこと考えてるのかなとか、仲良くなる方法ないのかなとか、前から思ってて……」

 

 やっぱり、後ろの席から見られていたのだろうか。

 でも、他にいくらでも友達のいる彼女に、なぜそんな必要があるのだろう。

 

「で、クラス中で遊びに行くときに天名さん選ぶって、最悪のタイミングやなって。そう思ったらつい実行しててん! それだけ!」

「なるほど……ってあかんやろ! 最悪のタイミングは!」

「あはは、やっちゃったー♪」

 

 笑いながら、両腕を広げてくるくると回る彼女。

 器用な人だと思ってたのに、器用な人だからこそ、時には破滅的なことをしたくなるのだろうか。

 夕理にはさっぱり分からない。

 

 結局その後はモグラ叩きに付き合わされ、暗くなる前に手を振って別れた。

 帰宅して宿題をしてから、お手伝いさんが作り置きしていった夕食を食べる。

 

(何やったんやろ、さっきの……)

 

 一人きりの食卓で、消えない疑問符とともに食物を口に運ぶ。

 両親は仕事が忙しくて帰ってこない。

 ここしばらくは顔を合わせてもいない。

 

(――はよ離婚したらええのに)

 

 とっくに家族の形なんて失っているのに、体裁だけ保とうとしている欺瞞の家。

 私は違う、と夕理は考える。

 自分に嘘をついて、周りに合わせるなんて絶対しない。

 ……今日あの子が言ったことは、どこまで本当だったのだろう。

 普段の彼女からすれば、信じられないようなことばかりしていたけど。

 

(でも、嘘ついてるようには見えへんかったな……)

 

 

 *   *   *

 

 

 翌朝、予習をしていた夕理の頭上に、いきなり声が降ってきた。

 

「おはよ、天名さん」

「お、おはよう……」

 

 時間ぎりぎりで登校してきたつかさが笑っている。

 昨日のあれは夢ではなかったようだ。

 ますます意図が分からず首をひねる夕理の後ろで、再度つかさの声が響く。

 

「みんなもおはよー」

 

 その挨拶に返事はなかった。

 

 夕理の息が止まる。

 意図的な無視。

『裏切者』に対する、それがクラス中の回答だった。

 

「ああ……やっぱこうなっちゃうか」

 

 ある程度覚悟はしていたものの、どこかで友達なら大丈夫と楽観視していたのだろう。

 それが現実はこの通りで、つかさはうなだれ気味に席に着く。

 その前の座席では、夕理が小さく震えていた。

 

「ご、ごめ……」

「ん? 何で天名さんが謝るん?」

「だ、だって私なんかと仲良くしたから……」

「しゃあないよ。誰でも友達選ぶ権利はあるんやから」

「でもっ……!」

「それやったら」

 

 思わず振り返る夕理の前で。

 頬杖をついたつかさが、微笑んで口にした言葉を、夕理は一生忘れない。

 

「天名さんが責任取って、あたしの友達になってくれる?」

 

 

 *   *   *

 

 

 手始めに海遊館。

 自転車で行ける距離にある世界最大級の水族館を、初めて楽しいと思った。

 相変わらず混んでいたけど、器用に人の波をかき分けるつかさは、まるで魚みたいだった。

 そのまま隣の観覧車へ。

 さすがに一人で乗ったことはないので、景色を見るのは初めてだ。

 これ乗ったカップルは別れるジンクスがあるんやって、とつかさに言われて少し複雑な気分になったけど、すぐに忘れた。

 そして天保山のマーケットプレースに、大阪港を遊覧するサンタマリア号。

 一日中遊び回ってクタクタになって、それでもまだまだ足りなかった。

 こんな近くに、こんな楽しい場所があったなんて!

 

 ほぼ誰とも話すことのなかった学校は、毎日挨拶を交わす場に生まれ変わった。

 

「おはよ夕理」

「おはよう、つ、つかさ」

「もう、まだ名前で呼ぶの慣れへんの?」

「だ、だって初めてやし……」

「ほら、ちゃんとあたしの目を見て言う! はい!」

「つ……つかさ」

 

 よくできました、とつかさが頭を撫でてくれる。

 少し赤くなって、されるがままになっている自分を、信じられないながらも受け入れる。

 その光景を、クラスメイトたちが白い目で見ていたとしても。

 

 お昼の風景も一変した。

 ちょうど大阪市のまずい給食がニュースにもなった頃で、二人で遠慮なく文句を言い合った。

 

「まずくても感謝して食べろって!? それやったら自分たちが365日食べたらええねん!」

「ほんまになー。偉い人は温かくて美味しいランチ食べてるくせに、説得力ないわ」

 

 しかし味はともかく、つかさが一緒に食べてくれるだけで幸せだったのだ。

 そうして放課後にはゲームセンターに寄ったり、いまいち流行ってないオーク200で店を覗いたり。

 ふたりきりの世界は、順調に生育していった。

 

 

 友達状態にも慣れた六月半ば、夕理は思い切って一つの行動に出た。

 

「つかさは、今度の土曜は空いてる?」

「空いてるよ。何か用事?」

 

 空いているに決まっているのだ。夕理のせいで、他に遊ぶ友達はいないのだから。

 少し心の痛みを感じつつ、昨晩何度も練習した言葉を口にする。

 

舞洲(まいしま)のゆり園が見頃やから、良かったらどうかなって」

「ゆり園かー、開園した時に行ったきりやな。ええよ、行こ」

 

 そう言ったつかさの顔が、笑顔にほころぶ。

 

「夕理から誘ってくれたの初めてやね」

「う、うん、たまにはって……」

「すごく嬉しい」

 

 その言葉が、夕理にとっては百倍嬉しかった。

 もっともっと喜ばせたくて、お弁当作ってくから、などと言ってしまう。

 作ったことなんてなかったが、必死で練習して何とか当日に間に合わせた。

 

 弁天町から一駅先の西九条へ行き、シャトルバスに揺られて25分。

 人工島である舞洲で、年に一ヶ月しか開かない植物園に足を踏み入れる。

 

「わあっ……」

 

 百合の花々は今まさに盛りで、斜面いっぱいに咲き誇っていた。

 そのすぐ向こうには大阪港の海。

 いい時期に来たね、と二人で話して、写真を撮りつつ園内を巡る。

 

【挿絵表示】

 

 と、半分くらい回った時だった。

 

 不意に夕理の目が険しくなる。

 少し前を歩いていた男が、ちり紙で鼻をかんだかと思うと、その紙を道に放り捨てたのだ。

 

「ちょっと、そこのおじさん!」

「ん、何や?」

 

 つかさが止める間もなく、夕理はずかずかと歩いて行って糾弾する。

 

「何てところにゴミを捨ててるんですか! こんな美しい場所に、恥ずかしくないんですか!?」

「お、おお、スマンスマン」

 

 男は慌ててちり紙を拾い、連れの男たちに笑われている。

 

「ははは、女の子に怒られとるわ」

「すまんなあお嬢ちゃん、堪忍したってや!」

「分かればいいんです!」

 

 ふんっ、と腰に手を当てている夕理を、つかさはあわあわと見ているしかなかった。

 

 

「そういえば夕理ってそういう性格やったね。最近見ないから忘れてた」

「う、うん……」

 

 休憩コーナーでジュース片手に並んで座り、つかさからしみじみそんなことを言われる。

 さっきの勢いはどこへやら、夕理はすっかりしょぼんとしていた。

 

「つかさもいるんやから、危ないことはしたらあかんかった。ごめん……」

「まあ、話の分かるおっさんで良かったやん」

 

 しばらく黙ってジュースを飲みながら、色とりどりの花たちへ目を泳がせる。

 夕理が眺めていたのは、入口近くの白百合の一群だ。

 目の前には黄色の百合が咲き誇っているが、そちらにはあまり目が向かない。

 

「夕理は白が好きなの?」

「うん、純粋な感じがする。まあ園芸詳しないから、どっちが本当の色かは知らへんけど」

「そっか」

 

 空になったジュースの缶を置き、つかさの視線は夕理の横顔に集中する。

 見られているのを意識しながら、何となく見返すことができずその場で固まっていた。

 

「要するに夕理は、純粋なものや綺麗なものが好きで、そうでないものは許せへんのやな」

 

 少しの間を置いてから、夕理はこくりと頷き、目を合わせないままおずおずと聞いた。

 

「小学校の通知表でも、潔癖すぎるって何度も書かれた。つかさは、直した方がいいと思う?」

「別にええんやない? さっきだって、夕理のおかげでゴミ散らかされずに済んだんやろ」

「そ、そうかな」

「あ、でも」

 

 初めて肯定してもらえて、嬉しそうに顔を上げた夕理の前を、つかさの言葉が遮る。

 

「それならあたしは、そのうち夕理に嫌われちゃうかもね。あたしなんて純粋とは程遠いねんし」

「そんなことない!」

 

 思わず立ち上がって叫んでいた。

 驚いているつかさに構わず、浮かんだ言葉をまくし立てる。

 

「つかさは心が綺麗やもん。嫌いになるなんてあり得へん! 私、私は……」

 

 まったく冷静ではなくなっていた。

 夕理の体全体から、初めて経験する何かが湧き上がって……

 そのまま叫びとなって、舞洲の空気を震わせた。

 

「私は未来永劫、つかさのことが好きやから!」

 

 周囲の客たちが、何事かと振り返る。

 ようやく状況を理解して、耳まで真っ赤になった。

 きょとんとしていたつかさも、それを見てさすがに笑い出す。

 

「あはは。夕理は大げさやなあ」

 

 軽く笑い飛ばしてくれたのが、せめてもの救いだった。

 何も言えず座った夕理の胸は、全力疾走後のように早鐘を打っていた。

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