ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

120 / 190
第26話 小都子の神無月
パート1 後輩と私(前) ☆


 

「頑張って今日中に完成させよう!」

 

 京都戦翌日の日曜日。

 暇やったらうちに来て曲作りせえへん? という夕理のお誘いに、花歩は乗る一択だった。

 何気に初めてのお宅訪問である。

 

「小都子先輩のセンター曲、必ず最高のクオリティにするで」

 

 そう答える夕理の方も、ごく自然に花歩を迎え入れられた。

 親とのことを説明しないわけにはいかなかったけれど。

 深く突っ込まずに流してくれる花歩は、本当に付き合いやすかった。

 

(勇魚もそのうち、家に呼ぶことになるんやろか……)

 

 今はボランティアに行っている友達のことを考える。

 花歩と違って性格に少し難ありだが、三年間スクールアイドルを続ける者同士、ちゃんと仲良くなりたい。

 

 夕理お手製の天丼でお腹を満たしてから、午後も創作活動に励む。

 小都子の意見は既に取り入れているので、きっと喜んでもらえるものが作れるはずだ。

 花歩の鉛筆が、ノートに次々と歌詞を埋めていく。

 

「私の手もだいぶ早くなったよね」

「うん。四日でここまで書けるのは大したものや」

「そういやこの前のSaras&Vatiの曲、誰が作詞したの?」

「つかさ」

「え、何日で?」

「二日」

「………」

「いちいち人と自分を比べて落ち込まない!」

 

 と、玄関のチャイムが鳴る。

 噂をすれば何とやらで、つかさが小さなバスケットを掲げて入ってきた。

 

「よっ、頑張ってる? これ差し入れや」

「あ、ありがとう!」

「わ、クッキーや。もしかしてつかさちゃんが焼いたの?」

「一応ね」

「ほんまに何でもできるなあ」

 

 本当なら高級パティスリーのケーキでも差し入れたかったが、懐が厳しいのでお手製である。

 コーヒーを入れた夕理が、申し訳なさそうな顔を向ける。

 

「今日はSaras&Vatiの活動はできなくてごめん」

「いやいや、当然Westaの方が優先やって。曲の調子はどう?」

「もう八割方できてるから、ちょっと聞いてくれる?」

 

 近所迷惑にならないよう、夕理と花歩の抑えめの歌声が流れる。

 

『懐かしい思い出の色は 淡くて遠いパステルカラー

 薄曇から差す柔らかな光が 少しずつ優しく照らすの』

 

「ええやん! セレナーデって感じ」

「大当たりや! 小都子先輩なだけに小夜曲(セレナーデ)

「『小』しか合ってへんやないか。

 よし、あと一息や。つかさも何か意見があったら言って」

「おっけ~」

 

 

 そうして曲は三時頃に完成した。

 一安心した三人娘が、クッキーの残りを胃に収めていると、花歩が思い出したように言う。

 

「そうそう、午前中に話してたんやけど。

 夕理ちゃん、小都子先輩を激励するために何かしたいんやって。つかさちゃん、アイデアない?」

「ち、ちょっと花歩!」

「おお、ええやん」

 

 恥ずかしそうな夕理だが、つかさは諸手を上げて大賛成だった。

 

「最近あたしにばかり付き合わせて悪かったしね。ぜひ先輩にサービスしてあげて」

「で、でも私にできることなんて……」

「デートに誘ったらええやろ。小都子先輩、絶対大喜びやから」

「デート!?」

 

 飛び上がりかける夕理に、花歩も大いに納得する。

 

「そうやなあ。ほんまは私を誘って欲しかったけど、ここは先輩に譲るで」

「い、いや、あと半月で中間テストやし! その後はすぐラブライブで、誘う暇なんか」

「普段から勉強してるんやから大丈夫やろ。青春は一度きりやで!」

 

 つかさに言われて、夕理もだんだんその気になる。

 思えばUSJの帰りに言われた通り、誰かを誘うことは宿題として残っていた。

 勇気を出してセンターに立候補した先輩のように、自分も勇気を出すべき時なのだ。

 

「うん……なら駄目元で誘ってみる」

「よーし! 早速みんなでデートプランを……」

 

 つかさが言いかけたとき、三人のスマホが同時に鳴った。

 桜夜からのメッセージが届いている。

 

『ねー、グランフロントに新しいスイーツの店ができたんやって。

 誰か一緒に行かへんー?』

 

 花歩とつかさは顔を見合わせて、思わず困り笑いを浮かべる。

 が、夕理は無表情でスマホを持ち直し、猛然と文章を打ち始めた。

 

『先輩は受験生ですよね? 今がどういう時期か分かってるんですか。

 あと三ヶ月で今年は終わりです。危機感がなさすぎます!

 本気で大学行く気はあるんですか?』

 

 凍る空間に、少しして返信が届く。

 

『うっさいわ! 私知ってんねんで。

 最近は少子化のせいで、入学金さえ払えば入れる大学がいくらでもあるって』

 

 クズとしか言いようのない反論は、夕理をますます怒らせただけだった。

 花歩たちが止める間もなく、文字の奔流はネットを行き来する。

 

『そんな低レベルの大学に高いお金と貴重な四年間を捧げて、それで満足なんですか!?

 その大学が四年後に残っているかも怪しいですよ!』

『え、廃校になるってこと? スクールアイドルで阻止しないと』

『スクールアイドルはゴミ大学を延命させるためのものとちゃうわ!

 ほんまに最低! いつも失望してるけど今日も失望しました!』

 

 送信後も血管が切れそうになっている夕理に、もう返信は来なかった。

 つかさと花歩が呆れた目を向ける。

 

「あーあ、桜夜先輩黙っちゃった」

「夕理ちゃん言い過ぎ」

「一生黙っててほしいわ!!」

 

 夕理と桜夜が出会ってからそろそろ半年。ここの人間関係だけは一向に進歩がない。

 どうしたものやら、と目で訴える花歩に、つかさは肩をすくめるばかりだった。

 

 

 *   *   *

 

 

「ほんっっっまにムカつく夕理のやつ!!」

 

 スマホをベッドに叩きつけても、桜夜の怒りは収まらない。

 これでも勉強しようとはしていたけれど、気が散るばかりで一向に進まなかっただけなのだ。

 だから甘い物でも食べて気合いを入れようと思ったのに、この仕打ちである。

 

 もう出かける気もなくして台所に飲み物を取りに行くと、一人の青年が入ってきた。

 

「ただいまー……ってなんや、機嫌悪そうやな」

「お兄ちゃんかあ」

 

 昨日から帰省中の兄である。

 朝からこっちの友達に会いに行っていたが、今帰ってきたらしい。

 手頃な相手が来たとばかり、桜夜はさっそく愚痴り始める。

 

「聞いてよもー! 後輩がほんまに生意気なんや!」

「ふむふむ」

 

 テーブルの前に座って、妹は切々と訴え始めた。

 一年生のうち四人は可愛いのに、一人だけ先輩を先輩とも思わない奴がいることを。

 腕組みしてうなずいていた兄は、重々しく同意する。

 

「確かに、年上にはきちんと敬意を持たなあかんな」

「そうやろ!? 先に生まれた方が偉いに決まってるやないか!」

「ところで俺、お前から敬われた記憶が全くないんやけど……」

「あ゛」

 

 盛大なブーメランを食らった桜夜は、自らの罪の重さにわなわな震え出した。

 

「た、確かに私も人のことは言えへんわ……」

「そうやろそうやろ。これからは心を入れ替えて兄を尊敬するんやで」

「………」

「………」

「年上なだけで偉そうなのっておかしくない……?」

「おいっ!」

 

 思い切りツッコんだ兄は、麦茶を飲んで溜息をついた。

 急に真剣な顔になって、アホな妹にとうとうと語る。

 

「お前、もうすぐ卒業やろ? ほんまにそれでええんか。

 このままやと卒業した後に陰口叩かれるで。

『あー、いなくなってせいせいした』『あの先輩ほんまにムカついてた』って」

「ううっ、それは確かに辛いなあ。

 ていうかお兄ちゃん、ずいぶん実感こもってるんやな」

「………」

 

 いきなり兄は突っ伏すと、拳でテーブルを叩き始めた。

 

「ちくしょう、俺は後輩と上手くやれてると思ってたのに!

 いなくなった途端にそんなん言い出さなくてもええやろ!?

 ちょっと俺がイケメンで女にモテてたからって!」

「可哀想なお兄ちゃん……」

「憐みの目で見るなあ!」

 

 高校の時の兄はテニス部で、毎日楽しく過ごしていたように見えた。

 それが卒業後にそんな仕打ちを受けたのでは、楽しかった思い出もぶち壊しだろう。

 自分にもそんな未来が待っているのだろうか……。

 

「はぁ……憂鬱や」

「ていうかそもそも卒業できんの? 大学はどこ受けるんや」

「立火が名古屋の大学行くって言うから、そのへんで……」

「お前ほんまに立火ちゃん好きやなあ」

「ほっといて!」

 

 

 *   *   *

 

 

 衣替えの日だが、上着を着るほどではない十月一日。

 発表されたその曲に、小都子は目を潤ませるばかりだった。

 

『パステル色のセレナーデ』

 

 優しく温かで、パステル画のような懐かしさを感じる一曲だ。

 

「もう言葉もないで……二人とも、ほんまにありがとうね」

『いえいえ!』

「つかさちゃんも手伝ってくれたんやって?」

「いやー、横から茶々入れただけっすよ」

「さすがつーちゃんや! 夕ちゃん、次はうちも手伝うで!」

(勇魚は気持ちだけで十分やから)

 

 内心で固辞しつつ、夕理の目は部長へと向く。

 立火の得意なジャンルではないが、それを覆すほどに心に沁みた。

 

「ううっ、何とも泣ける曲やないか。

 サブセンターは私がやる! 小都子、一発ぶちかますで!」

「はいっ! ぶちかましましょう!」

「それはええけど、曲だけでなくてセンターまで聖莉守とかぶらへん?」

 

 桜夜が三年間競ってきた相手を思い出し、横からツッコむ。

 和音と凉世。聖女と騎士になぞらえられて、小都子は慌てて手を振った。

 

「わ、私は小白川先輩みたいな聖女様ではないですよ」

「またまたー。小都子の性格の良さも負けてへんって」

「ま、あいつらともいよいよ最後のラブライブや。正面から対決するのもええやろ」

 

 聖莉守の名に晴の眉毛がぴくりと動いたが、特に触れずに話を変える。

 

「京都戦が注目されたおかげで、関西でのランキングは最高で九位まで上がりました。

 今は離されていますが、一時はナンインにも肉薄したほどです」

「おお! だいぶ上り調子やないか」

「とはいえ文化祭、Saras&Vati、京都戦と三週連続で発信して、ようやく一瞬だけ九位です。

 四位以内はまだまだ遠いですね」

「そうか……けどまだ時間はある。まずは予備予選、確実に突破するで」

 

 聞かせる曲なだけに、歌唱力が問われるところである。

 練習に入る前に、小都子は自分より優れた後輩に頭を下げた。

 

「姫水ちゃん、私の一世一代の大舞台や。ご指導よろしくお願いします」

「小都子先輩なら十分歌いこなせると思いますが……分かりました。私にできることでしたら」

 

 微笑む姫水に、歌唱力最低の勇魚も泣きついてくる。

 

「姫ちゃん、うちもお願いや~! また補欠に戻るのだけは嫌や~!」

「ふふ、もちろんよ。家でも練習しましょうね」

 

 いよいよ冬のラブライブに向けてWestaは走り出す。

 まずは皆の心に歌声を届けるのだ!

 

 

 *   *   *

 

 

「よし、今日の活動はここまで。

 来週の水曜から部活禁止期間やから、それまでに形にするで!」

『はいっ!』

 

 帰る準備をしながら、小都子は晴を横目で見る。

 夏休みの陶器市後の一件から、もうすぐ初めての定期テスト。

 晴に勝って一位を取りたいが、しかしセンターと二兎を追えるだろうか……なんて考えていると。

 

「あ、あの、小都子先輩」

 

 夕理が少し緊張気味に話しかけてきた。

 つかさと花歩が、いけ! ゴー! と拳を握っている。

 

「なあに? 夕理ちゃん」

「今度の日曜、良かったら二人でどこかへ出かけませんか……?」

 

 一瞬、小都子の頭が真っ白になった。

 帰りかけていた他の部員たちも、足を止めて注視する。

 後悔に襲われた夕理が撤回に走る。

 

「す、すみません、テスト前なのに!

 あの、センターを務める小都子先輩のために、何かできないかと思ったんですが。

 でも私の勝手な押し付けですし、ご都合が悪かったら……」

「夕理ちゃんっ!」

 

 がっしと後輩の手を握る小都子の頭からは、晴との勝負は全力で放り投げられた。

 どうせテストはこの先何度もあるのだ。

 

「行く! 絶対行くで! たとえ天変地異が起ころうと!」

「そ、そうですか……良かったです。

 あの、実は当日のプランも考えたんですが」

「あらまあまあ! どこへ連れて行ってくれるん?」

 

 浮かれまくっている先輩に、友達二人の協力で作ったデートプランを発表した。

 まず小都子はお笑いが好きなので――

 

「繁昌亭の朝席があるので、午前はそこへ行くのはどうでしょう」

 

 夕理が挙げた場所は、大阪天満宮の隣にある寄席である。

 吉本も別に嫌いではないが、高い金を払ってまで見たいとは思わない。

 その点上方落語なら文化の香りがするし、何より学生の前売りは千円と安い。

 うんうん、とすごい勢いでうなずいている小都子に、続けて説明する。

 

「近くに日本茶と陶磁器で有名なカフェがあるので、そこでお昼にしましょう。

 そして午後は市立図書館に行って、勉強や調べものを一緒にするのはいかがですか」

 

 だいぶ仲良くなったとはいえ、一日中会話を続けられるかは自信がない。

 現に堺に行ったときは、途中で話題が途切れてしまった。

 その点図書館ならお喋りは禁止だし、何よりテスト前にデートする罪悪感が軽減される。

 

(……と思ったんやけど、やっぱりもっと遊べる場所の方が良かったやろか)

 

 不安になる夕理だが、それを吹き飛ばすように小都子は親指を立てた。

 

「夕理ちゃん……パーフェクトなプランや!」

「あ、ありがとうございます! では当日、よろしくお願いします!」

 

 さっさと帰った晴を除き、残った部員の大半が祝福の拍手を送った。

 立火が手をマイク代わりにして、つかさに向ける。

 

「どうですかお姉さん、今のお気持ちは」

「ううっ、あの人見知りやった子がこんなに成長して……涙がちょちょ切れる思いっす」

「も、もう、つかさ!」

 

 顔を赤くして抗議する夕理に、周囲に笑いが起こる。

 そんな中で桜夜だけが、面白くなさそうにそっぽを向いていた。

 

(何やねん夕理のやつ。小都子と私で態度違いすぎやろ。今さらやけど)

(私だってデートしてくださいって頭下げられれば、行ってやらなくもないのに……)

「桜夜先輩?」

 

 気付いた姫水が、つつと近づいて小声で話しかける。

 

「自分も勇魚ちゃんとデートしたいとか考えてるんでしょう。

 駄目ですよ、勇魚ちゃんは衣装作りがあるので。日曜は私のデザイン講座です」

「何で姫水が管理してんねん……。

 け、けどそうやなー。やっぱり遊ぶなら勇魚か姫水やな」

 

 実は夕理とデートすることを考えてた、なんて言ったら、部員全員が引っくり返っただろう。

 もやもやを抱えながら、幸せそうな二人を背に桜夜は帰っていく。

 

 

 *   *   *

 

 

 日曜日を楽しみに、小都子は特訓の日々を過ごす。

 休憩時間中、前から考えていたことを桜夜に相談した。

 

「やはりセンターとなると、この髪型は変えた方がいいと思うんですが」

「おお! ようやくその気になったんやな!」

「具体的な案が思いつかなくて……。やっぱりこういうことは、桜夜先輩が頼りです」

「ええでええで、色々試してみよ!」

 

 盛り上がる桜夜に、立火は首をひねって言う。

 

「別にそのままでもええんちゃう? 似合うんやし」

「もー、ほんまに乙女心が分かってへん!

 髪型を変えるのは、女の子の最大の決意表明なんやで!」

「そういうもん?」

 

 とりあえずツインテとか、という感じで、桜夜の手は自在に後輩の髪を変えていく。

 他の部員も微笑ましく見守る中、今度は夕理だけが面白くなかった。

 

(何であんなアホな先輩に頼るんや)

(私に相談してくれれば髪型くらい……まあ、自分では一度も変えたことはないけど)

(やっぱり私みたいに可愛くない人間は、こういうことでは役に立てへんのかな……)

(って、いちいち下らないことで悩まない! 今は練習や!)

 

 

 そうして一週間は過ぎ、土曜の練習も終了。

 特に勇魚が頑張っていて、今まで停滞していた分、成長度は著しかった。

 もちろん小都子の気合いも負けておらず、十分な手応えを持って明日のデートを迎える。

 

「ほな夕理ちゃん、明日はよろしくね」

「はいっ、楽しみにしています!」

 

 今日も幸せそうな二人を横目に、桜夜は帰宅する。

 ……つもりだったが、立火の部屋に寄り道して愚痴り始めた。

 

「ほんま小都子は心が広すぎ! 夕理なんかと遊んで何が楽しいっちゅーねん!」

「……何かあった?」

「う……」

 

 立火の目はごまかせなかった。

 兄はとっくに仙台へ帰ったが、その経験談はずしりと胸に残っている。

 仕方なくかいつまんで話すと、相方は深々と溜息をついた。

 

「ホンマお兄さんの言う通りやで。

 夕理なら陰口は言わへんやろうけど、確実にせいせいはされるで」

「ううう……私は何も悪くないのに……」

「悪いやろ! いい加減に歩み寄ったらどうなんや。

 うちの部で仲悪いの、お前ら二人だけやないか」

「ひ、姫水とつかさだってそうやない?」

「あれは強敵と書いて友と読むんや。

 キン肉マンで言うなら正義超人と悪魔超人の熱いライバル関係が……」

「あーもういい!」

 

 脱線する立火を遮って、桜夜は体育座りで地団駄を踏む。

 

「何で私が責められるんや! 歩み寄るとしたら夕理の方やろ!

『今まで舐めた口きいてすみませんでしたお美しい桜夜先輩』って謝りさえすれば、いくらでも仲良くしてやるのに!」

「何を子供みたいなこと言うてるんや……。

 三年生やろ。後輩に大人の姿を見せるのが仕事やろ!」

「ううー……」

 

 まだむくれている桜夜に、立火は小さく息をつくと、窓の外へ目を向けた。

 部活が終わったばかりなのに、外はすっかり暗い。

 

「日い落ちるのも早なったなあ。

 私たちに残された時間も、いよいよ少なくなってきた。

 一度でいい、真剣に考えてみたら? 卒業してから後悔しても遅いんやで」

「立火……」

 

 送っていくという言葉を断って、桜夜はひとり帰路についた。

 楽しいまま終わる予定の高校生活で、唯一苦い思い出になりそうな後輩。

 そのくせ、小都子のことはあんなに慕ってる。

 小都子と自分は、何が違うのだろう……。

 

 

 *   *   *

 

 

「あら可愛い! そういう服もええねぇ」

 

 夕理のきっちりしたジャケットを見て、地下鉄で落ち合った先輩はそう言った。

 いつものワンピースで臨むつもりだったが、昨日つかさに無理やり服屋に連れていかれたのだ。

 自分も誉め返そうとして、服よりも頭が目に入る。

 今日の小都子はサイドテール。桜夜と模索していた髪型の一つだ。

 

「さ、小都子先輩も素敵です。その髪も……」

「ふふ。夕理ちゃん、ほんまはそういう社交辞令苦手なんやろ」

「え! いやその」

「私の前では無理しなくてええからね。私は夕理ちゃんと一緒なだけで幸せなんやから」

 

 にこにこしている小都子は、本当に嬉しそうだ。

 服は疎いのでよく分からないが、髪型は本当に素敵だと思う。

 ただ、桜夜の勧めというのが引っかかるだけだ……。

 

 

 地下鉄を降りた後、商店街の中を少し歩く。

 天満宮への矢印を左折した先にあるのが、天満天神繁昌亭(てんまてんじんはんじょうてい)

 一時は漫才に押されて衰退した上方落語だが、多くの人の尽力で命脈を保った。

 その聖地として、13年前に建てられた常設の寄席である。

 

 初めて来た夕理は天井の提灯を興味深そうに見ていて、三回目の小都子にほっこりされる。

 二百席ほどのこじんまりした館内は、落語好きの人たちでほぼ満席だった。

 千円のチケットの半券を握りながら、並んで座る。

 

「吉本も調べたんですが、高くて……」

「なんばグランド花月の値段を見たんとちゃう?」

「あ、はい」

「道路を挟んだ側によしもと漫才劇場いうのがあるんやけどね。

 そっちは若手芸人さん主体で、二千円くらいで見られるんよ」

「そ、そうやったんですね」

「また機会があったら行ってみようね」

 

 とはいえ今は落語に集中である。

 時間になり、拍手の中で噺家が登場した。

 

「朝も早よから大勢ありがとうございます。

 近頃は外もだいぶ涼しなってきまして……」

 

 上方落語は噺家も関西弁である。

『おます』『でんがな』といった、普段聞かないコテコテの表現もよく使われる。

 軽妙な語り口のまま、四つん這いになって虎の物真似をする姿に、館内は笑いに包まれた。

 

 一人目が終わり、着物のお姉さんが舞台の座布団を交換している。

 口をへの字にして肩を震わせていた夕理に、小都子はくすくすと言った。

 

「夕理ちゃん、別に笑いをこらえなくてもええんやで」

「い、いえっ。素直に笑おうとは思ってるんですがっ」

「リラックスリラックス。娯楽は気楽にね」

「は、はい……」

 

 次こそ笑おうとした夕理だが、続いて話した若手の噺家はクスリともできなかった。

 

「やっぱりベテランとは上手さが違いますね」

「ま、まあまあ。みんなこうして成長していくんやで」

 

 『色物』と呼ばれる落語以外の演芸は、今日は津軽三味線の演奏。

 天之錦を思い出しながら、しばし耳を傾ける。

 そうこうしている間にトリになり、話の枕は『言葉の移り変わり』という話題。

 

「この前見かけた女子高生、どうも東京の友達を案内しているようでして。

『今度マックに行こうじゃん』なんて言うてるんですわ。

 最近の若い子は標準語なんやなあ、なんて思てましたら、友達と別れた途端にどこかへ電話をかけてはる。

『あーもしもし? 今度マクド行かへん?』」

 

 あはははは、と観客は笑うが、リアル女子高生の二人は苦笑いである。

 

「使われなくなった言葉いうたら、『親にかごをかかせる』というのがございまして」

 

 江戸時代に流行った歌舞伎が元ネタで、『親不孝者』という意味なのだそうだ。

 ふうんと思いながら枕は終わり、本題の噺を笑って聞いていた小都子だが……

 そのオチが、まさに『親にかごをかかせる』を使ったものだった。

 

(ああ、なるほど! これは事前に説明してもらわな分からへんわ)

(古典落語って、昔の人とは前提になる知識がちゃうから大変やなあ)

 

 とはいえ話の上手さもあって、大いに納得して拍手を送った。

 噺家さんたちに見送られながら外に出ると、夕理も興奮している。

 

「なかなか知的な体験でした!」

「ほんま、面白かったねぇ」

 

【挿絵表示】

 

 なんて充実したデートだろう。

 二人きりの時間を満喫しながら、隣の天満宮で予選突破を祈る。

 それに三年生たちの合格祈願を、小都子は心から、夕理は一応。

 

 お昼の店に行くべく商店街に戻ると、小都子が思い出したように言った。

 

「そういえば、ここを真っすぐ行けば桜夜先輩のおうちなんやねぇ」

 

 天神橋筋商店街。ここは天二こと天神橋筋二丁目。

 桜夜と姫水が歩いたのはこの北の天四から天六である。

 夕理はむっとして眉をひそめる。

 

「こんな素敵な日に、あんな先輩なんか気にしなくていいと思います。

 というか、小都子先輩はあの人のどこがいいのか大いに疑問です」

「うーん、やっぱり見ていて楽しいからかなぁ。

 余計な気苦労を抱えるたびに、私もあんな風にアホになれたらって思うで」

「嫌ですよアホの小都子先輩なんて!」

 

 話しながらランチに向かう二人は知る由もなかった。

 その桜夜が、今まさに何を考えているかなんて。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。