ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 最後の休日(後) ☆☆

 再びロープウェイに乗って山頂駅まで行くと、ヨーロッパ風の建物が出迎える。

 展望台から見えるのは、街の向こうにポートアイランドと神戸空港。

 売店でハーブを物色したり、資料館で様々な香りを嗅いでから、一同は園内を下り始めた。

 桜夜が小脇に抱えた上着を邪魔そうに持ち直す。

 

「山は寒いって思ったのに、めっちゃ暖かいやん」

「下界が二十度近くまで上がってますからね。でも明日からは一気に冷え込むようですよ」

 

 晴の情報に、立火は頭上の紅葉を眺めながら内心呟く。

 

(いよいよ冬の到来ってわけや……)

 

 十二月まであと一週間。冬のラブライブの決戦までもうすぐ。

 気の早いクリスマスの飾りを眺めつつ、花壇に目を向けるとハーブが植えられている。

 

「クリーピングタイム……うーん知らへん」

「チコリ……聞いたことあるかも!」

「ワイルドストロベリー……スクールアイドルのグループ名になりそうね」

 

 長居組の取り留めない会話の中、前方に温室が見えてきた。

 ハーブティーの喫茶店があるとの晴情報に、せっかくだからと立ち寄ることにする。

 

 

 九つのカップから、ハーブの香りが立ち上る。

 落ち着いた空気の喫茶店でも、勇魚は変わらず元気だった。

 

「ちょっと明日の話をしていいですか!」

「勇魚なら重い話にはならなさそうやな。ええでー」と部長。

「ありがとうございます! うち、もう一人の留学生に会えるのが楽しみです!」

 

 皆も先方のサイトにあった部員紹介を思い出す。

 インドネシア人の一年生。ヴィクトリアたちが卒業した後は、彼女がWorldsの顔になるのだ。

 

「言うてもまだ一度もライブしてへんよね。最近入部したんやったっけ?」

「そやで花ちゃん! 日本の生活に慣れるのが大変で、二学期になってから入ったんや。

 外国から来て苦労しながら頑張ってるなんて、うちも応援したいで!」

「勇魚ちゃんの気持ちが届くとええね。明日はライブに出るのかなあ」

 

 小都子の疑問に、晴がルイボスティーを揺らしながら見解を述べる。

 

「三年生が引退する前に、一度共演はしておきたいやろな。出る可能性は高い」

「ふうん。未熟な新人を使うとしたら、私たちにとっては有利やろか」

「とはいえデビューのご祝儀もあるからな。一概には言えへん」

「こらこら、二人とも」

 

 戦略的な話を始める二年生たちを、立火は苦笑いしつつ止めた。

 来年を思うと頼もしい限りだが、今はまだその時ではない。

 

「今日はリラックスの日やでー」

「あ、あはは……失礼しました」

「ついでにすみません、少し声量を落としてもらっていいですか」

 

 不意に夕理がささやき声で言う。

 何事かと目を向けると、隣でつかさがうつらうつらしていた。

 桜夜が微笑みながら、姫水に小声で話しかける。

 

「つかさ、早起きして一生懸命お弁当作ったんやろな」

「……そのようですね」

「よーし写真写真……」

「っ!」

 

 身の危険を感じたつかさが、はっと目を覚ました。

 夕理の恨みがましい視線を受けて、スマホを持った桜夜はごまかし笑い。

 立火が落ち着いて後輩をねぎらう。

 

「朝から大変やったんやろ。少し寝ててもええで」

「い、嫌っすよもったいない! こんな機会もうないのに!」

 

 眠気覚ましにレモングラスティーをあおる彼女に、他のメンバーも確かにと同意する。

 幾多のハーブに囲まれて、お喋りをしながら過ごす午後。

 神戸ならではの優雅な時間だった。

 

 

 *   *   *

 

 

「ちょっと長居しすぎた?」

「そうですね」

 

 満開のコスモスに見送られ、再びロープウェイで降りてきた時には、既に四時を回っていた。

 立火に答えた晴は、狂った予定をどうしたものか思案する。

 

「ほんまはUCCのコーヒー博物館に行くつもりやったけど」

「何それ晴ちゃん、面白そう」

「今から行っても間に合わへん」

「コーヒーも飲んでみたかったけどねぇ」

 

 とはいえハーブティーの後に実際飲んだら、お腹がタプタプになっていたかもしれない。

 晴は予定を変更し、立火へと提案した。

 

「異人館は除外と言いましたが、ここからなら近い。一館だけ行って締めにしましょう」

「おっ、それなら行きたいのがあるんやけど」

「分かってます」

 

 部長の考えはお見通しというように、晴は微笑んで名前を挙げた。

 

「英国館ですね」

 

 

 北野異人館のひとつ、明治42年にイギリス人技師の設計で立てられた英国館。

 洋風の通りを歩いて向かいながら、桜夜は昔の記憶を引っ張り出していた。

 

「前に来たとき行ったかなあ。大きいのに行ったのは覚えてるんやけど」

「風見鶏の館とうろこの家ですかね? あと覚えてるのは動物の……あ」

 

 花歩の目がつい姫水に向き、?という反応を返されて慌てて戻す。

 

(あの剥製だらけの館、動物好きの姫水ちゃんにはショックかもしれへんなあ)

(今は現実感がなくても、後で思い出したときにね)

 

 その『ベンの家』を通り過ぎ、二つ隣が英国館。

 入口ではユニオンジャックと、シャーロック・ホームズの看板が出迎える。

 

「わ、みんな見てや!」

 

 勇魚が大声を出して見上げた先では、大きなサンタの人形が二階の窓を覗き込んでいた。

 部員たちは喜ぶが、夕理だけは複雑な表情だ。

 

「ハーブ園でも思いましたが、十一月からクリスマスモードなのはどうかと思います」

「ははは、おかげで見られたんやからええやん。入るでー」

「広町先輩はここへ、ハンセルさんへの対策を練りに来たわけですね」

「いやあ、そこまでは考えてへんけど……でも多少でも、あいつの背景を知れたらええかなって」

 

 館の入口には仮装用に、五人分のインバネス・コートと鹿撃ち帽が用意されていた。

 一年生たちが五人のホームズになり、記念撮影。

 館内に入るとヴィクトリア朝時代の調度品が並び、夜には実際に使われるパブもある。

 きょろきょろ周りを見回しながら、勇魚は大いに感動した。

 

「ヴィッキー先輩はこういうところで暮らしてたんや!」

「いやいや。それ日本の古民家を見て、『日本人はこういうとこで暮らしてるんや』って思うようなもんやで」

「えへへ、そっか。花ちゃん頭いい!」

「せやけど、普通のマンションとかで暮らすあいつも想像できひんなあ」

 

 イギリスの空気に包まれながら立火が言う。

 それだけキャラが立っているということなのだろうが……。

 

 二階はベーカー街221Bを再現したホームズの部屋。

 推理道具や資料が散乱する部屋で、ホームズとワトソンの人形が生活している。

 窓の外にはさっきのサンタが張り付いていて、つかさが思わず苦笑した。

 

「こんなんワトソン君も腰抜かすで」

「姫水はそれは知ってる?」

 

 晴が指した先には、壁に白い跡がいくつもある。

 姫水は微笑んで、いつぞやのハリーポッターに続いてイギリス文学の知識を披露した。

 

「『愛国的なV.R.』ですね。

 ホームズが気まぐれでピストルを撃って、弾痕でヴィクトリア女王のイニシャルを作ったという」

「え、アパートの中で撃ったの!? 敷金返って来いひんやん」

「大家さんのハドソン夫人がどう対処したかは、原作には書かれてませんけどね」

 

【挿絵表示】

 

 桜夜と姫水が話すのを聞きながら、立火はじっと壁を見る。

 ここでもヴィクトリア。イギリスでは一般的な名前。

 根性だけが自慢の立火も、一人で遠い異国に来る根性に勝てるかどうか。

 しかしいくら総力戦とはいえ、自分もせめて善戦はしないと話にならないのだ。

 

 隣の部屋には食卓にアフタヌーンティーのセット。

 外に出れば、自然をそのまま生かしたイングリッシュガーデン。

 特に小都子は気に入ったようで、熱心に写真を撮っていた。

 

「ええなあイギリス。行ってみたいなあ」

「いいですよね! うち、ヨーロッパの色んな国も行きたいです!」

「それも近くにあるけど、またの機会やな」

 

 晴の言う通り空は暗くなり始め、オランダ館やデンマーク館へ行く時間はなさそうだ。

 最後にサンタへ挨拶してから、一同は観光を終えた。

 

 目の前のバス停から、ループバスで三宮へ戻る。

 日が落ちていく街の中、立火がお腹をさすって部員たちに尋ねた。

 

「夕飯どうする? 入る?」

「最高のお昼で十分満足しました。明日はライブなんですから、帰って軽食を取る程度でいいと思います」

 

 弁当を作りすぎたつかさが気まずい思いをしないよう、夕理が即座に答えた。

 が、例によってブーブー言うのは桜夜である。

 

「えー? せっかく神戸に来たんや。軽食ならここで食べてこ~」

「晴ちゃん、何か軽い食べ物はある?」

「豚まんがある」

 

(豚まん!)

 

 姫水を除き、大阪人たちの目の色が変わる。

 豚まんの発祥地は神戸。

 しかし今や大阪のソウルフードでもある。

 明日の勝負を前に最適の食べ物と、つかさが不敵に笑う。

 

「いいっすね。551とどちらが上か、判定してやりましょうよ」

「私は二見の方が好きやけどな。

 それはともかく、豚まん発祥の老祥記(ろうしょうき)は並ぶ。三宮一貫楼(いっかんろう)でええやろ」

 

 晴が言っている間に三宮に着いた。

 本日特に料理の役には立たなかった二人が、せめてこれくらいはと買いに行く。

 日没後の駅のガード下で、豚まんが包まれるのを待ちながら、花歩は夕理に笑いかけた。

 

「今日、楽しかったね」

「……そうやな。三か所とも文化的やったし」

「欲を言うたら、もっと何度もみんなで遊びたかったな」

「うん……って何言わせるんや! そんなことが目的の部活とちゃうで!」

「あはは、そうやね。……これくらいが、丁度いいのかもね」

 

 駅の入口の方へ目をやると、部員たちと談笑する立火が遠くに見える。

 たまに遊ぶくらいが丁度いいのかもしれない。

 だって今日この日を、一生忘れることはないだろうから。

 

 

「むむむ、甘い……どっちが上やろ……」

「つーちゃん、どっちもおいしいで!」

「うんうん、いつだって勇魚の言う通りや!」

「桜夜先輩まで姫水みたいなこと言わないでくださいよ」

「彩谷さん、何か言った?」

「あの、岸部先輩……今日行った場所、どこも良かったです」

「なんや夕理にしては珍しい」

「晴先輩、カラシつけないんですか? うちのあげますよ!」

「私は豚肉そのままを味わいたいんや」

 

【挿絵表示】

 

 駅前で豚まんを頬張る部員たち。

 さすがに外は冷えてきたので、湯気の立つ饅頭は天国の食べ物のようだった。

 そんな仲間たちを眺めながら、小都子は花歩に小声で尋ねる。

 

「花歩ちゃん、さっき夕理ちゃんと何話してたん?」

「あ、はい。えっと……」

 

 正直に話してから、立火に向けて弁解する。

 

「決して遊び足りなかったとか、不満があるわけではないですよ!」

「あはは、まあバランスも難しいからな。小都子、来年はどうするんや?」

 

 こんな休日を増やすのかどうか。

 玉ねぎと豚肉の具を味わいながら、次期部長は穏やかに言った。

 

「どうしましょうねえ。

 新入部員の中には、こういうの歓迎しない子もいるかもしれませんし。

 でも、お花見だけは絶対やりたいです」

「ああ、今年はそれどころとちゃうかったからなあ」

「せっかく隣に住之江公園がありますしね!」

 

 その時にはもう立火と桜夜はいないけれど、今さら湿っぽくなったりはしない。

 豚まんの包み紙を握りしめ、部長はイベントの終わりを告げた。

 

「ほな、帰るとするか! さらば神戸、また明日来るけど!」

「締まらへんなあ」

 

 桜夜に笑われながら、皆を率いて三宮駅に入っていく。

 笑顔の勇魚が、本日の案内人と並んで歩いた。

 

「神戸ってこんなに色々あったんですね! 晴先輩のおかげで勉強になりました!」

「あとは須磨や有馬温泉も神戸市やな。あまり神戸感はないけど」

「え、有馬ってだいぶ山の中ですよね。あんなとこまで神戸なんや!」

「そもそも面積が大阪市の倍以上やからな」

 

 へーと感心しながら、部員たちは改札をくぐる。

 帰りの電車に乗りこんで、ボックス席ふたつと補助シートに座って……

 発車する中、何か考えていた立火が皆に話し始めた。

 

「みんな、今日はほんまにありがとう。私の思いつきに付き合ってくれて」

「いえいえ! 部長が誘ってくれたおかげで、最高の一日でした」

「うちらの絆も、今まで以上に深まりましたよね!」

 

 花歩と勇魚がそう言ってくれる。

 目に見えない絆が、この一日でどれだけ深まったのかは分からないけど。

 部員たちの満足そうな顔を見れば、良い休日だったのは明らかだった。

 でも――これが最後だと、部長として言わねばならなかった。

 

「こういう気軽な楽しさは今日で終わりや。

 明日から地区予選当日まで、死闘と特訓の連続になる。

 辛いこともあるかもやけど、でも……。

 そこには別の楽しさもあると思うんや。

 どうか本当の最後まで、一緒に走っていってほしい!」

「全くもう……何ですか今さら」

 

 不満そうに口をとがらせる夕理だが、その目はどこか笑っていた。

 四人の先輩たちを真っ直ぐに見て、一年生を代表してはっきりと告げる。

 

「いいですか、私たちは好きで部活を続けてるんです。

 練習が苦しくても、戦いが厳しくても、やりたくてやってる事なんです。

 それを決して忘れないでください!」

 

 つかさは苦笑しながら、姫水は微笑みながら、代弁してくれたことに感謝する。

 色々抱えている自分たちでは、ここまで素直には言えないから。

 そして花歩と勇魚も笑顔でうなずくのを見て、立火は言葉もなく、小都子はそっと涙をぬぐった。

 桜夜の手が、立火の髪をわしゃわしゃかき混ぜる。

 

「今日の休みと今の話とで、完全にフル充電や! 明日は思いっきり放電するで!」

「……ああ! 必ずWorldsに勝つ!」

 

 背後に皆の声を聞きながら、晴は補助シートでフッと微笑む。

 孤独で自由な休日を、今日だけは捨てたかいがあったのだと。

 

 

 改めての決意とともに、電車は一路大阪へ戻る。

 九人の最後の休日は終わった。

 明日からは、九人の死闘が始まるのだ。

 

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