ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート8 命運のセンター ☆

 勇魚は単純に喜んだ。

 

『わ、二人がセンターなんてすごいで! 姫ちゃんもつーちゃんも頑張って!』

 

 が、その言葉が口から出ることはなかった。

 固まった空気の中で、幼なじみの瞳が氷点下になっているのに気付いたから。

 

「天名さん、あなたには幻滅したわ」

「藤上さん……」

「私とあなたは特に仲良くはないけど、スクールアイドルに対して真摯なところは尊敬してた。

 なのにこんなこと、いくら彩谷さんが好きだからって……。

 作曲の立場を利用して、センターにゴリ押ししようなんて!」

「ま、まあまあ姫水ちゃん、そこまで悪く取らなくても」

 

 なだめる花歩だが、作詞の自分も初耳だ。

 戸惑いの視線を受けて、夕理は膝の上でぎゅっと手を握る。

 

「確かに私はつかさが好きやけど、それだけで言うてるのとちゃう。

 今日のライブを見て分かった。やっぱり三年生たちは仲が良すぎて、決闘というテーマには合ってへん。

 その点つかさは、本気で藤上さんに勝とうと思ってるから……」

「最初からそのつもりで、彩谷さんに合う曲を作っただけじゃないの?」

「私だって他にも色々な曲を考えた! せやけどこれ以上のものはなかったんや!

 つかさの願いを叶えたい気持ちはある。それは認める。

 それでも、これが私に作れる最高の曲であることは信じてほしい……」

「話にならない!

 彩谷さんも最近は頑張ってるけど、さすがに三年間努力してきた先輩たちにはかなわない。

 わざわざセンターの実力を下げて、それでどう勝てって言うの?」

「それは……」

「小都子先輩、どう思われますか」

 

 夕理を説得するなら小都子だと、姫水は上級生に話を振った。

 振られた方は先ほどから苦渋の表情だったが、逃げるわけにもいかず正直に話す。

 

「ごめん夕理ちゃん、今回ばかりは賛成できひん」

「小都子先輩……」

「次が最後かもしれないんや。負けたら先輩たちはそこで引退。

 センターを一年生に譲って、脇で踊るのを最後の花道にせえ言うん?」

「さ、最後にはしません! 必ず全国へ行って、そこで三年生にセンターを……」

「それが確実なことなら、私たちは最初から苦労してへん。

 どのグループも一生懸命頑張ってるって、夕理ちゃんが言うたんやないの。

 それを無視するのは傲慢や。夕理ちゃんらしくもない」

 

 小都子がこう言うのは予想できた。

 後輩を深く思ってくれる人だけど、それと同じくらいに先輩のことも思っているのだから。

 夕理にだって、立火と桜夜に申し訳ない気持ちはある。が、その当人たちに恐る恐る目を向けると……

 二人して、呑気にコーヒーを飲んでいた。

 

「うーん、いい香りや」

「ちょっ、二人とも! まったりしてないでくださいよ!」

「せやけどなあ、桜夜」

「そうやなあ」

 

 花歩のツッコミに、他人に通じない会話をしてから、立火の目はもう片方の当事者へ向いた。

 

「で、つかさは何も聞かされてなかったわけやな」

「あ……は、はい」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、先ほどから固まっていたつかさがようやく起動する。

 その視界の中で、夕理は押し潰されそうになりながらも毅然と言った。

 

「その通りです。全て、私が勝手に考えたことです」

「夕理……」

 

 器用な頭は即座に理解する。

 却下された場合は、自分一人で責任をかぶるつもりなのだ。

 全ては自分のわがまま、つかさは何も悪くないと、そのために。

 

(なんで……夕理……)

(なんでいつもいつも、あたしなんかのために……!)

 

 誰にも賛同してもらえず孤立無援の夕理は、なのに諦めず必死で頭を下げた。

 

「現時点での実力で、つかさが劣るのは確かです。

 でも、想いの強さでならつかさは誰にも負けへん!

 それが奇跡を起こすって私は信じてる。皆も信じてもらえへんやろか!」

 

 自分の方が無茶なのを夕理は承知していた。

 そもそもつかさが断るなら無意味な話で、本人の許可も得ないこの行動が、間違いであることを承知していた。

 本来なら、曲がったことが大嫌いな夕理に……

 これ以上、こんな事をさせるわけにはいかなかった!

 

「お願いします! あたしにセンターをやらせてください!」

「彩谷さん!?」

 

 テーブルに手をつき、額をこすりつけて、つかさは心から懇願した。

 考えてみれば、これが最後のチャンスなのだ。

 一度も姫水に勝てなかった自分が、最後に勝つための最高の舞台を、夕理が用意してくれた。

 

(つかさ……)

 

 その夕理が涙ぐむ前で、つかさはお願いします! どうか! と部員たちに訴え続ける。

 カップを置いた立火が、桜夜と顔を見合わせた。

 

「まあ、ここまで言うんやったらなあ」

「可愛い後輩のお願いなら、やさしー桜夜ちゃんとしては聞いてあげたいで」

「正気ですか!?」

「私たちのセンターでは、Worldsに勝てへんかったのも事実やからな」

 

 抗議の声を上げた姫水は、立火にそう言われて言葉に詰まる。

 かといって納得などできない。

 そんな姫水に、桜夜は人差し指を立てて突き出した。

 

「た・だ・し」

 

 と、その指をつかさへと向ける。

 

「当たり前やけど、姫水が嫌なんやったらこの話は無しやで。

 つかさ、姫水を説得できる?」

 

 

 *   *   *

 

 

 この先は大声になりそうだからと、コーヒーを飲み干して店を出た。

 港に向かう途中、夕理は花歩にも頭を下げる。

 

「隠し事したまま作詞をさせて、ほんまごめん……」

「い、いいって。聞いてたとしても詞の内容は変わらへんかったろうし」

 

 夕理だって一人でぎりぎりまで悩んだのだろう。今日Worldsに勝てていたら、提案せず胸に秘めたままだったのかもしれない。

 立火がセンターを降ろされるというのは、花歩も諸手を上げて賛成はできないけど……。

 二人の目が、前を歩く少女のロングヘアに向いた。

 

「藤上さんからすれば、完全にいい迷惑でしかないやろな……」

「い、いや~、まあ。でも姫水ちゃんも、自分のことは割と後回しやから。

 何よりも先輩たちに全国へ行ってほしくて、あんなに怒ってるんやろな」

 

 本当に勝つ確率が上がる方法なのか、花歩にも全く確信が持てない。

 勇魚の意見を聞こうとしたが、親友は幼なじみを見つめたまま、一度も口を開かなかった。

 

(姫ちゃん……)

 

 

 一方の立火は、隣を歩く参謀に話しかけていた。

 

「晴は何も言わへんてことは、反対ではないんやな」

「先ほど言った通り、理詰めでは十位以内が限界です。

 その先どうするかは部長にお任せしますし、部長の判断を信じます」

「なんやもう、丸投げやないか」

「お互い様です」

 

 笑い合っている二人の少し後ろを、小都子が複雑な顔で歩いている。

 桜夜にまあまあとなだめられながら。

 

 

 岸壁までやってきた。

 港の対岸には、ポートタワーや海洋博物館が見える。

 気温は低いけれど、運命の分岐点に立つWestaには、寒さを感じる余裕もなかった。

 

 海を背に、足を止めたつかさは振り返る。

 ずっと想ってきた女の子に対して。

 

「お願いや姫水。地区予選であたしと勝負して」

「あなたはどれだけ思い上がってるの」

 

 もはや容赦もなく、姫水の言葉は辛辣だった。

 こんな下らないことに時間を取られるなら、もっと実のある議論をするべきなのに!

 

「あなたが真面目に練習し出したのは文化祭の後よね?

 まだ二ヶ月と少し、予選当日まで続いたとしても三ヶ月。

 ラブライブにはあなたの何倍も、地道に努力してきた人が大勢参加する。

 その人たち相手に、あなたはどんな顔で勝つつもりでいるの?」

「そうやな……もっと早く本気になってればって、いくら後悔してもし足りひん」

 

 姫水は真剣な努力を尊ぶ子で、だからこそ花歩のことも評価したのだろう。

 チャラくて冷めてて、夏休みの練習もサボったつかさの態度は、たった二ヶ月で拭えるものではない。

 けれども時間は決して戻らないし、今のつかさにはこの道しかないのだ。

 

「実力が足りてない分は、先輩たちにフォローしてもらわなあかんとは思う。

 せやけど夕理の言う通り、想いの強さだけは先輩たちにも負けへん。

 姫水をライバルと思う、姫水に勝ちたいって思う、この気持ちは本物や!

 あたしなら必ず、あの曲を最高の形で表現して……」

「それは私のことが嫌いだからじゃない!」

 

 現実感がないはずの姫水が、なぜか苛立ちを抑えられない。

 

「あなたにスクールアイドルへの愛はない。

 まあ……その点は私も人のことは言えないけど……。

 でもあなたの言う想いって、私のことが気に入らない、負かしたいってことでしょう!?

 そんな歪んだ想いがいくら強くたって、ラブライブで勝てるわけが……」

「姫水」

 

 海の香りを感じながら、つかさは少し息を吸った。

 本当なら、彼女に勝ってから言いたかったけれど。

 

 その機会を今得るためなら、もうためらう事はなかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「好きや、姫水」

 

 

 姫水はもちろん、他の部員たちも唖然としている。

 痛みを受け入れた夕理と、肩をすくめる晴を除いては。

 

 一語一語しっかりと、つかさは自分の気持ちを伝える。

 紅潮した頬と、爆発しそうな心臓を抱えながら。

 

「初めて会った時から好きやった。

 ほんまはずっと、仲良くなりたかった」

「な…… な……」

 

 思わず目をつぶったつかさは、どれだけ冷たい反応も覚悟していたけれど。

 実際に返ってきたのは、疑問交じりの抗議だった。

 

「おかしいでしょう!? 私のこと大嫌いって言ったじゃない!」

「嫌いにもなるわ! あたしがこんなに想ってるのに、そっちは眼中にないんやから!」

 

 言い返してから、もう止まらずにつかさの声は次々と流れる。

 

「けど以前のあたしを考えたら、その扱いも仕方ない。

 せやからこうして、必死で生まれ変わろうとしてるんや。

 大阪城ホールで、今度こそアンタに認めさせてやる!」

「ま……待って、待ってよ……」

「そして、もしあたしが勝てたら。あたしと……友達に、なってほしい」

 

 姫水の表情からは、すっかり険がなくなっていた。

 いきなり好きと言われて、どうしろと言うのだろう。

 曖昧なままに、ごまかすような笑みを浮かべてしまう。

 

「さ……最初から言ってくれれば良かったのに。

 ううん、今からでも遅くない。友達ね。いいわよ、喜んで。

 だから別に地区予選を犠牲にしなくても……」

「そんな上っ面だけの友達になりたいんとちゃうわ!」

 

 今度はつかさの方がぶち切れた。

 部員たちが息をのむ中、ずんずんと近づいて、両手で姫水の肩をつかむ。

 周りが止める間もなく、溢れ出す想いを浴びせかけていた。

 

「あたしは姫水にとっての特別になりたい!

 大勢の友達の一人やなくて、あたしだけを見てほしい!

 でも今のアンタの中で、あたしが毛ほどの軽さしかないのは分かってるんや!

 だったら大舞台の上で、アンタに勝つくらいの事はするしかないやろ!?」

「なっ……何で、私なんかにそこまで……」

「さっき言うたのに分からへん!?

 だったら何度でも言うたるわ! 姫水のことが――本気で好きなんや!」

 

 晴れた神戸港の片隅で、姫水の精神は逃げ出そうとした。

 現実に壁を作り、他人事のように空中から見下ろす、いつもの安全地帯へ。

 なのに今日に限って、脳はそのように動いてくれない。

 間近な距離で、自分だけを瞳に映すつかさを、どうしても非現実と思ってくれない……。

 

 つかさの手の力が弱まり、だらりと下がる。

 そのまましゃがみ込んだ彼女は、岸壁のコンクリートの上で土下座した。

 

「お願い、この通りや……。

 あたしに、あなたへ想いを届けるチャンスをください」

 

(つかさちゃん……)

 

 花歩は先ほどからずっと考えていた。

 自分だったらこんな風にできただろうか。

 地区予選のセンター。主役になりたい自分にとっては、喉から手が出るほど羨ましいはずだけど。

 でも実際やれと言われたら、一切怖じ気づかずに受け取れるだろうか。

 

 今のつかさのように、全てを投げ打ってでも求められるだろうか……。

 

(……ほんま、つかさちゃんにはかなわへんな)

(今の私の想いでは、まだかなわへん……)

 

 土下座している憧れの女の子は、そんな姿でもカッコ良かった。

 だから今は甘んじよう。

 彼女たちの背中を押す、脇役に――。

 

「姫水ちゃん、私からもお願いや。つかさちゃんの気持ち、応えてもらえへん?」

「花歩ちゃんまで……」

「つかさちゃん、ずっとあなたのことだけを見てきたんや。せやから……お願い」

 

 頭を下げる花歩から、姫水は逃げるように視線を逸らす。

 その先では先輩たちも、花歩と似たような顔をしていた。

 いつの間にか小都子まで、つかさの行動に情が移っているように見える。

 

(どう考えてもおかしいわよ)

(彩谷さんの気持ちは分かったけど、結局は私的な感情でしょう!?)

(そんなことに、今までの部活動の成果を委ねるなんて……)

(確かに今のままで全国へ行ける可能性は低いけど、だからってこんな自殺行為……)

(ああ……なのに部のみんなは、そうなることを期待している)

(私の方がおかしいの……?)

(勇魚ちゃん……私、どうしよう……)

 

 恐る恐る、最愛の幼なじみに目を向ける。

 彼女は優しく微笑んでから、ゆっくりと首を横に振った。

 

(あかんで、姫ちゃん)

(たとえ病気でも、今の姫ちゃんは考えなあかん)

(自分が本当にやりたいことは何なのか……)

 

 

 どれくらいの間そうしていたのだろう。

 遊覧船が港に戻ってきた頃、ぽつりと声が漂った。

 

「……いいわよ、彩谷さん」

「ほんまっ!?」

 

 おお! と部員たちからも声が上がる。

 満面の笑顔で顔を上げるつかさを、姫水は真っすぐは見られない。

 本当にこれで正しいのか、まるで自信は持てない。

 

 でも少しだけ、思ってしまったのだ。

 もし彼女が自分を打ち負かしたとき。

 本当に彼女を特別と思えるのか、確かめてみたいと――。

 

「ただし!」

 

 夕理の手を借り立ち上がるつかさに、姫水は特大の釘を刺した。

 

「私は全国を諦めたわけじゃない。

 あなたもそこまで言うなら、全国へ行けるだけの力を絶対に見せなさい。

 もしこんなことで先輩たちの夢が潰えたら、私は一生許さない。

 あなたも天名さんも、こんな選択をした私自身のことも!」

「ち、ちょっと姫水。何もそこまで……」

「いいんす、桜夜先輩。もっともな話です」

 

 つかさは一瞬だけ、背後にある海を振り返る。

 まさに背水の陣。けど自分みたいな適当な人間には、それくらいで丁度いいのだ。

 

「あたしが姫水に、後悔するような選択をさせるわけないやろ。

 だってあたし、ほんまに姫水のこと好きなんやから!」

 

 にかっと笑うつかさに、困った姫水は目を左右させてから、ぷいと後ろを向いた。

 

「か、勝手になさい!」

「おー、勝手にさせてもらうで!」

「よしよし、盛り上がってきたで! みんなちょっと整列してやー」

 

 立火に言われて、皆は海に面して横一列に並ぶ。

 つかさの両隣には夕理と花歩が、良かったね、頑張って、と言いながら。

 姫水の方には桜夜と小都子が、二人とも可愛ええなあ、まあ先輩たちが納得してるなら、と。

 そして勇魚に手を繋いでもらい、姫水の表情もようやく和らいだ。

 

 晴が端に並んだのを確認し、立火は高らかに宣言する。

 

「次のセンターを発表する。まずは藤上姫水!」

「はい!」

「そして彩谷つかさ!」

「はい!!」

「お前たち二人に、Westaの命運を託すで!」

『はいっ!!』

 

 

 この選択を後で笑えるようになるのか、それとも愚行だったと苦く振り返るようになるのか。

 今は誰にも分かりようはない。

 決戦の日まであと一ヶ月。

 二人の一年生を中心に、今年最後の決闘が始まる。

 

 

<第28話・終>

 

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