ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート3 最後のトラブル(後) ☆

 精神的に疲れ果てて帰宅した花歩は、部屋に戻ってベッドに倒れ伏した。

 

「自分がここまで嫌な人間とは思わへんかった……」

 

 こんな事をさらけ出せるのは、生まれたときから一緒の妹だけだ。

 そして当の妹も、取り繕うことなく正直な感想を言う。

 

「あんなにいい子の勇魚ちゃんを邪魔者扱いなんて、いくら実の姉でも引くで」

「うわあああんクズでごめんよおおおおお!」

「私は部長のお気に入りなんやって、どこかで思い上がってたんとちゃうの」

「生きててごめんなさいいいい!!」

「ま、嫉妬や独占欲をどうにかするのが、簡単でないのは分かるけど」

 

 芽生は読んでいた本を閉じて、姉に寄り添って語りかける。

 

「それでも花歩、早く何とかせなあかん。

 天王寺福音でも、Westaの人気は日に日に上がってる。聖莉守と違って、全国は決して不可能やないんや。

 なのにこんなことで足踏みしたら、きっと一生後悔するで」

「うう……うん、そうやな。一番大事な時期なんや……」

 

 ゆっくりと身を起こす。

 はっきり言ってもらえて、少し気が楽になった。

 そして前から気になっていたことを、名前が出たのを機に思い切って尋ねる。

 

「聖莉守は……最近どうなん?」

「ボロボロやで。熱季は退部して、副部長は落ち込んでて、蛍は相変わらず上達しない」

「そ、そう……」

「それでも部長は、最後まで聖莉守の道を貫けるよう頑張ってる。

 私はステージには上がらへんけど、精一杯サポートするつもりや」

「芽生……」

 

 どの学校も、ラストスパートを懸命に走っている。

 下らないことに気を取られず、今はラブライブに集中しよう。

 この決意が、本人たちを前にしても揺らがないといいけど……。

 

 

「よし、ええで勇魚。その調子や!」

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 駄目だった。

 勇魚が立火に誉められてるだけで、胸に黒いもやもやが生まれる。

 今日のランチで、夕理からも注意されたというのに。

 

『さすがに今回は、勇魚がデリカシーに欠けるとは言えへんと思う。

 花歩の気持ちを察して練習を辞退しろなんて、そんな要求は度が過ぎてる』

『うん……』

『……なんてことは、花歩なら言われなくても分かってるんやろな。

 ごめん、友達やのに、実りのあることが言えなくて』

『う、ううん! 私こそごめん、つまんないトラブル起こして』

 

 分かってるのに度し難い、そんな心を抱えて花歩は思う。

 どうして夕理は、あそこまで自らを律することができるのだろう。

 夕理や勇魚のような、身を犠牲にしても誰かの幸せを願える人間に、どうして自分はなれないのだろう……。

 

 

「おつかれー。さて帰るでー」

 

 夜七時前。居残りの時間も終わり、桜夜と姫水が部室に戻ってきた。

 桜夜が残る理由はもうないのだが、姫水が友達を待つのに乗じて、二人で勉強会を続行している。

 何も気付いてない先輩を少し羨みつつ、姫水は立火に近寄り小声で尋ねた。

 

「どうですか。状況は」

「どうにもあかん……花歩もどうにかしようともがいてるんやけどな」

 

 視線の先、屈託なく笑う勇魚の前で、花歩の笑顔はやはり固い。

 考え込んでいた立火は、すまなそうな顔を隣の後輩に向けた。

 自分が卒業した後まで考えるなら、これが一番だと信じて。

 

「姫水、二人をお願いしてええか」

「え……」

「私の立場やと、どうしても上からになる。あいつらの親友であるお前だけが頼りや」

「! は、はい、お任せください!」

 

 そうだった。今まで何をしていたのだ。

 二人なら大丈夫などと言って、放置して済む話ではなかった。

 どちらも大事な友達と思っている、自分以外の誰が解決するのか!

 

「彩谷さん、天名さん、ちょっといい?」

 

 ちょうど部室に戻ってきた二人も巻き込み、姫水はさっそく動き始める。

 

 

 *   *   *

 

 

「急にごめんね。早く行きたいなんて」

「ううん、土曜やからええけど……」

「姫ちゃん、何か面白いことでもあるん?」

「面白くはないけど……大切なことよ」

 

 今日は土曜日。

 部活は十時からだが、十五分早く学校に到着した。

 部室の前に行くと、既に二人の生徒の姿がある。

 

「おっはー」

「三人とも、おはよう」

「あれ、つかさちゃんと夕理ちゃんも早く来たんや」

「私が呼んだのよ。花歩ちゃんの問題は、一年生の間で解決したいから」

 

 罠にかかったことに気付いたように、花歩の体が固くなる。

 姫水の鋭い視線が逃すまいと捕らえた。

 

「花歩ちゃん。あなたの心は、抑えたり隠したりして何とかなるものではないと思う。

 私にも覚えはあるもの。

 この場で皆に話すしか、結局は解決の方法はないの」

「ま、待って姫水ちゃん! そんな殺生な……」

 

 花歩の横目に映るのは、まだ理解できていない勇魚の無垢な顔。

 こんなに心が綺麗な親友の前で、自分の醜く勝手な中身を明かせというのか。

 いや、それより姫水にも覚えがあるとは一体……。

 混乱している花歩の前で、姫水は静かに言葉を続ける。

 

「あなたにだけ言わせるのはフェアではないわよね。

 花歩ちゃん、正直に言うわね。中学生のとき、私はあなたが羨ましかった」

「え……」

 

 花歩はもちろん、他の三人も驚きに目を見張る。

 完璧な優等生の彼女がそんなことを!?

 

「勇魚ちゃんのすぐ近くにいて、勇魚ちゃんと楽しく毎日を過ごせるっていう、それだけの理由でよ。

 身勝手が過ぎるわよね。私の方からメールを無視しておいて」

「姫ちゃん、それは……!」

「彩谷さんと天名さんには、急に意味不明な話をしてごめんなさい」

「あ、うん……」

 

 つかさとしては詳細が気になるが、今の本題ではない。黙って続きを聞くしかない。

 友達のために過去の恥をもさらした姫水は、手をゆるめず花歩に迫る。

 

「それでも勇魚ちゃんは私を許してくれた。そういう子だって花歩ちゃんなら分かるでしょう?」

「……せやから余計に嫌なんやって、姫水ちゃんなら分かるやろ」

「でも、あなたは勇魚ちゃんの親友じゃない」

 

 それは、花歩の方こそ勇魚を受け入れねばならないと、そういうことなのだろうか。

 つかさと夕理もじっと見ている。ここで逃げたら二人に追いつくことも、友達を名乗ることもできなくなる。

 だからこそ姫水は、二人をここに呼んだのだろう……。

 花歩は苦汁の面持ちで、やむなく口を開いた。

 

「ごめん、勇魚ちゃん」

 

 先ほどから不安そうに見ている親友に、恥をさらすために。

 

「居残り練習で、私は勇魚ちゃんを邪魔に感じてた」

「え……」

「部長と二人きりでいたかったんや。

 もうすぐ卒業って考えたら、一秒でも部長との時間を失いたくなかった。

 自分のことしか考えてへんで、ほんまにごめん」

「あ……あー! なんや、そういう事やったんや!」

 

 ようやく得心がいったように、勇魚は手を打った。

 内心で邪険にされていたことも、それを隠されていたことも一切怒らず。

 友達を信じ切ったまま、笑顔で残酷な言葉を吐いた。

 

「それやったら、うちは立火先輩に教わるのやめるで!

 何やったらもう話もしない!

 寂しいけど、花ちゃんのためやったら平気や!」

「何で勇魚ちゃんっていつもそうなの!?」

 

 

 予想はできたのに、実際に聞くと限界だった。

 怒鳴った花歩は悔し涙を浮かべ、姫水は下唇を噛んでうつむく。

 そして勇魚は、全く訳が分からずに戸惑っていた。

 

「え、な、何で……。花ちゃん、何で怒ってるん?」

「どう考えても悪いのは私の方やろ!? 何で勇魚ちゃんが大事なものを捨てなあかんねん!」

「だ、だって友達のためやから……。うちは友達のためならどんな事だって……」

「そんなん本当の友達とちゃうわ!!」

「ち、ちょっと二人とも、落ち着いて……」

 

 どちらも悪くない状況に、止める夕理も歯切れが悪い。

 姫水の予想以上にこじれてしまったけど、それでも必要なことなのだ。

 ここからまた時間はかかるかもしれないが、お互いぶつかることで必ずや真の友達に……。

 

「あーもう、どいつもこいつも不器用すぎや!」

 

 不意に響いたのは、つかさの呆れた声だった。

 

「あ、彩谷さん?」

「時間かけてる余裕なんかないやろ! 花歩、根本的に勘違いしてるで」

「え……」

 

 花歩が予想もしていなかった言葉が、つかさの口からはっきり告げられる。

 

「勇魚に嫉妬しても何の意味もないやん。

 

 だって部長さんの本命って、どう考えても桜夜先輩やろ?」

 

 ………。

 

 そんな……身も蓋もないことを……という姫水と夕理の表情の前で、花歩はその場に崩れ落ちる。

 冷たい床に両手をついて、引きつった笑いを浮かべた。

 

「そ、そうやね……そうや……」

「なのに勇魚と取り合うって、正妻を前に愛人の座を争うようなアホさを感じるで。

 おっ、痛いとこ突いちゃった?」

「は、はは、あはは……」

 

 間の抜けた空気が流れる中、勇魚だけが状況を理解できずおろおろしている。

 少しだけ恨みがましい目で、姫水がつかさに耳打ちした。

 

「こういう強引な解決方法はどうなの……」

「ええの! もう夢を見る時間は終わったんや」

「桜夜先輩の立場はどうなるのよ……」

「部長さんを手に入れるんや。代わりに少しは花歩の役に立つべきやろ!」

「あれ、一年生みんなでどうしたんや」

 

 花歩が顔を上げると、立火と小都子が廊下を歩いてきた。

 二人の心配そうな表情を見て、かけていた心労を理解する。

 バネのように飛び起きた花歩は、ひたすら皆に平謝りするしかなかった。

 

「私がアホやったせいで、いっぱい迷惑かけてすみません!

 もう大丈夫です。練習に集中します!

 姫水ちゃんも、つかさちゃんも、夕理ちゃんも、ほんまにありがとう!

 勇魚ちゃん、後でじっくり話そう!」

「う、うん。せやったら花ちゃんち泊まっていい?」

「もちろんや!」

「おっ、何の話? 勇魚、私んちにも泊まってや~」

 

 呑気な声がしたと思うと、何も知らない桜夜が笑顔で歩いてくる。

 勇魚とは、夜を徹してでも理解し合えるまで話そう。

 でも、その前に――。

 

 

 *   *   *

 

 

「……というのが、今朝起きた出来事です」

「へ……へぇー」

 

 喫茶店で向かい合いながら、暗い目の花歩の前で、桜夜は冷や汗を流していた。

 今日も一時間延長し、午後四時まで練習した後。

 花歩がお茶していこうというので、嬉々としてついていったらこのザマである。

 

 今までただ素直な後輩と思っていた子が、今は苦悩に満ちた瞳でこちらを見ている。

 花歩の中での自分は、恋敵、として扱われてしまうのだろうか――。

 

「単刀直入にお聞きします。桜夜先輩は、部長のことをどう思ってるんですか」

「い、いややなあ急に! あいつとは相方、漫才コンビやって!」

「それだけですか!? ほんまに!?」

「それは……そのぅ……」

「ぶしつけなことを聞いてすみません。私が立ち入れる話とちゃうのは分かってます。

 でも、そこがハッキリしないと私は前に進めないんです……!」

「あ、ね、ねえ花歩。このケーキおいしいで」

「………」

 

 花歩は鞄を持ち上げ、何かを取り出そうとする。

 一瞬見えた紙片に、桜夜は大慌てで制止した。

 

「ままま待って! こんな下らないことに使わなくてええから!」

「だって……!」

「も……もう! 私、真面目な話は苦手やのに……」

 

 花歩は可愛い後輩で、今まで立火と仲良くしていても、別に気にはならなかった。

 でもそれは、真面目に考えることから逃げていただけだったのだろうか。

 卒業が近づき、真剣な後輩と二人きりの状況で……

 いくら桜夜でも、これ以上は逃げられないのを悟った。

 

「……あのね、花歩」

「はい」

「立火への気持ち、自分でもよく分からへんねん。

 少なくとも、漫画に出てくるようなキラキラした恋とはちゃう。

 けど、私は……

 卒業した後も、いつまでもあいつと一緒にいたいって、ずっと思ってる」

 

「そう……ですか」

 

 恐る恐る上目遣いで見ると、花歩は穏やかに微笑んでいた。

 穏やかすぎて、何だか泣きたくなるくらいに。

 

「つまり、同棲したいってことですよね」

「いやっ、そのっ、言い方によってはそうなるかもやけど!

 ……でも、もう十二月やのに、言い出す勇気が持てへんねん。

 だって私と立火っていつもお笑いみたいな感じで、なのに急にこんな重い話して、もし今までの関係が壊れたらって……!」

「桜夜先輩」

 

 止める間もなく、花歩は紙片を取り出していた。

『何でも言うことを聞きます券』

 この子の誕生日に頑張って考えた、自分の文字が目の前にある。

 

「取っておいて良かったです。

 クリスマスには少し早いですけど……

 最近悪い子だった私に、良い子になるチャンスをください」

「花歩……」

 

 花歩は一瞬だけ、苦しそうに息継ぎをした。

 耐えられなくなった桜夜の瞳から、一粒二粒と涙が落ちる。

 それを目にして、後輩はどこか断ち切れたように、ただひとつの願いを告げた。

 

「先輩。この券を使って、私からお願いします。

 勇気を出して、部長に本当の気持ちを伝えてください」

 

 

 *   *   *

 

 

「花歩はこんな終わり方でいいの?」

「いいの!」

 

 姉に断言されながらも、妹の方は不服そうだった。

 勇魚と仲直りするだけと思ってたのに、何でこんな急展開になるのか。

 四月からずっと続いていた、花歩から立火への想いが、こんな簡単に――。

 

「いいの? その程度の気持ちやったの?」

「元からそういうんやなかったんやって!

 私の部長への気持ちは、ただの憧れ! それだけ!」

「そう言い聞かせてるとしか思えへん。

 あんな歌詞を書いておいて、戦わずして負けるの?」

 

 机に突っ伏していた姉は、そう言われて黙ってしまった。

 言い過ぎたかと、芽生は近寄って横顔を覗き込む。

 姉が一人で貧乏くじを引いた気がして、妹として悔しいだけなのだ。

 

「花歩……」

「……私は、精一杯やれることをやった。

 私だって一度くらい、誰かの幸せの手伝いをしたかったんや」

「そう……ごめん。花歩はちゃんと戦って、目的を達したんやね」

 

 いたわるように、芽生の手が姉の髪を撫でたとき。

 玄関の方から母の声が響いた。

 

「花歩ー、勇魚ちゃん来たでー」

 

 

 家に鞄を置いてきた勇魚が、パジャマを持って丘本家にやって来た。

 何度も泊まっていて慣れたもので、花歩が戸を開けると同時に部屋に飛び込んでくる。

 

「花ちゃんめーちゃん! 今夜はよろしく!」

「うん! 色々とよろしく」

「外、寒かったやろ? 先にお風呂入ったら?」

「そうやね! 今日から十二月やもんね、ほんま一年って早い!」

「あの……勇魚ちゃん」

 

 花歩は少し躊躇しつつも、照れ笑いを浮かべて素直に提案した。

 

「よかったら、一緒に入らへん?」

 

 

「わーい! 初めて花ちゃんとお風呂やー!」

 

 勇魚が小さいおかげで、狭い湯舟でも何とか並んで入れた。

 

「いつもは断られてばかりやったもんね!」

「私たちが友達になったのって中学生やろ。普通恥ずかしいって」

 

 実際今も少し恥ずかしいのだが、二人きりで話したい気持ちが勝った。

 お湯に体の芯から温められながら、それを推進力に真っすぐに説明する。

 

「あのね勇魚ちゃん。何で私が怒ったかっていうとね」

「う……うん」

「いやそんな脅えなくても。別に勇魚ちゃんは悪ないんや。

 でもいくら友達のためやからって、勇魚ちゃんが何でも捨てるのが辛くて、心配やった」

 

 肩が触れ合う距離で、勇魚は心底不思議そうな顔をした。

 やっぱり何かが欠落しているとしか、花歩には思えない。

 

「うちは別に無理してるのとちゃうで? 友達が笑ってくれるなら喜んで……」

「それやから余計に心配やねん。

 晴先輩のときは、その方が都合よかったから黙ってたけどね。

 でも今回は、もし私のせいで勇魚ちゃんと部長が話せなくなったら、私は罪悪感でもう笑えなかった」

「そ、そっか……。そこまで気が回らへんで、ごめん。

 これからは、相手を心配させないかも考えるようにするで!」

「あーもう! 結局私は自分の都合で、勇魚ちゃんは他人の都合ばかりなんや!」

 

 やるせなくて、花歩は顔面を湯船につける。

 だがどうしたって、勇魚はこういう子で、自分はこういう人間なのだ。

 顔を上げて、皮膚を流れ落ちていく湯の中で微笑む。

 

「せやから、勇魚ちゃんの善意がやり過ぎと思ったら、私はまた怒るかもしれへん。

 でないと勇魚ちゃん、そのうち人のために自分の命だって捨てそうやからね」

「い、いくらうちでもそこまではしないと思うけど!

 ……うん、でもちょっと自信ない。花ちゃんが見守ってくれるなら安心や」

 

 だったら死ぬまで友達でいないとね。

 どちらからともなくそう言って、二人で笑い合った。

 

 それから花歩は、桜夜との一件をぽつぽつと話した。

 恋とか愛とか、不慣れな勇魚には気の利いたことは言えなかったけど。

 ただ、黙って真剣に聞いてくれていた。

 話し終えてから、花歩の空元気が浴室に響く。

 

「まっ、これで部長のことはきっぱりすっぱり諦められたで!

 もう勇魚ちゃんに嫉妬したりなんて、見苦しいこともしなくて済むんや!」

「花ちゃん……」

 

 まだ顔が濡れたまま、泣いているのかも分からない親友の。

 その肩の上に、こてん、と勇魚の頭が寄り掛かった。

 ほどいた髪を触れさせながら、いつもと違って落ち着いて言う。

 

【挿絵表示】

 

「明日、一緒にライブしよう」

「え……二人で?」

「ザ・ハリセンズが、奈良の一回きりなのは寂しいと思うんや。

 Saras&Vatiみたいに、うちらも外に出て思いっきり歌おう」

「うん……そうやね。

 私にはまだ、スクールアイドルが残ってるんやなあ」

 

 想いを離して終わらせても、あの日あの人に誘ってもらった世界は、宝物として残り続ける。

 湯船の中で勇魚の手を握って、花歩は自分の頭も寄り掛からせた。

 

「……ちょっとだけ、練習しとこうか」

「花ちゃん、やる気やね!」

 

 そうして笑いながら、鼻歌は浴室に響き始めた。

 早く出ろと親に怒られるまで、親友たちの小さなライブは続いた。

 

 

 *   *   *

 

 

「そろそろライブの時間とちゃう?」

「まだ三十分もあるやろ。集中して勉強!」

 

 十二月最初の日曜日。立火と桜夜の受験勉強は、今日は木ノ川家で実施中。

 何とか三十分を乗り切り、スマホでWestaの配信チャンネルを開く。

 まずは海遊館前で、Saras&Vatiのライブだ。

 

『今日で私たちのライブはいったん最後です』

『この先は地区予選に集中します!

 ま、その前に期末テストもあるんすけどねー。

 今までありがとうございました!』

 

 ええー、という残念そうな声の後で、ねぎらいと激励の拍手が大きく響く。

 最初に比べると、現地も配信もずいぶん客が増えた。

 つかさと夕理の、決戦を期待させる堂々としたライブに、見終わった立火はしみじみと言う。

 

「ほんま、私たちはいい後輩を持ったで」

「う……うん」

 

 桜夜は少し口ごもる。

 その後輩の一人が、自分を犠牲にしてまで頼んできたことを、まだ実行できていない。

 ポケットに忍ばせた例の紙片を、ぎゅっと握りしめる。

 今、言わないと。

 だってこの後の花歩のライブを、澄んだ気持ちで鑑賞したいから――。

 

「あ、あのね、立火!」

「うん?」

 

 ごくりと唾を飲んで、桜夜はなけなしの勇気を総動員した。

 

「その……そのね。

 卒業したら、二人で一緒に暮らさへん……?」

「ええでー」

 

「………」

「………」

 

 しばしの静寂の後、桜夜は思いきり両手でテーブルを叩く。

 

「いやいやいやいや!!」

「もー、何やねん。真面目に勉強しいや」

「軽っ! めっちゃ軽っ! 私がずっと迷ってようやく告白したのに!」

「そう言われてもなあ……」

 

 立火は鉛筆の尻で頬をかくと、少し照れくさそうにそっぽを向いた。

 

「桜夜とは多分そうなるんやろなって、前から思ってたから」

「え……あ、そう……」

「……うん」

「………。やっぱり嫌や! もっとロマンチックにOKして!」

「やかましいわ、そういうキャラとちゃうねん!

 あ、言うとくけど大学に受かればの話やからな。浪人生と暮らす気はないで」

「ええー」

 

 現実に引き戻されて、桜夜は溜息をついて天井を見上げる。

 そしてすぐさまテーブルに手をついて抗議した。

 

「って、何で私が落ちてそっちが受かる前提やねん! 逆になる可能性もあるやろ!」

「うわあ……そんなんなったら私、恥ずかしさで道頓堀に身を投げるで」

「そこまでかーい!」

 

 結局いつもの二人になって、いつもの笑みが浮かんできた頃。

 花歩と勇魚のライブの時間になった。

 

『こんにちは! ザ・ハリセンズの小さいほう二名です!』

『立火先輩は受験勉強を頑張ってるので、今日はうちらでミニ・ハリセンズです! 楽しんでいってやー!』

 

 子供も多い長居公園で、道行く人たちが振り返る。

 撮影は姫水と芽生がしているのだろう。

 Saras&Vatiのような質の高さはないけれど、心底楽しそうなライブが繰り広げられる。

 

『Laughing! Laughing! なにわLaughing!』

 

 スマホのこちら側で見つめながら、もう聞くことはないと思った曲を、純粋に観客として楽しんだ。

 終了後のアイドル二人は、MCで地区予選の宣伝。

 姫水もちょっと出てきて挨拶する。

 そして再び切り替わったカメラに、ミニ・ハリセンズはずずいと近寄ってきた。

 

『部長、桜夜先輩、見てますかー!』

『うちらは応援しかできひんけど、勉強頑張ってください!』

『今からエールを込めて、この曲を歌います。

 どうか――どうかお幸せに!』

 

 花歩の少しだけ震えた声に、画面のこちら側の二人は胸が詰まる。

 素直に喜ぶことは許されるのだろうか。あの後輩はどんな涙をこらえて、ああして笑っているのだろうか。

 

 でも決して、花歩を入部させたことを、花歩と過ごしてきた時間を、間違いとは思わないし後悔もしない。

 同じ思いを持った三年生たちの耳に、一年生たちの声は元気に届く。

 

『聞いてください! ”フラワー・フィッシュ・フレンド”!』

 

 二人のための曲が、二人だけで舞い歌われる。

 自由に使える最後の日曜。何の憂いもなく、心から楽しそうに。

 鼻をすすった桜夜が、思わずぽつりと言った。

 

「勝手な言いぐさかもしれへんけど……花歩に勇魚がいてくれて良かった」

「ああ……お前たちこそ、どうか末永く親友で、や」

 

 立火の小さな祈りの向こうで、サビに入った親友たちは歌で答える。

 

『フラワー・フィッシュ・フレンド 出会いは宝物』

『フラワー・フィッシュ・フレンド いつまでも友達!』

 

 

 よく晴れた十二月。クリスマスへ向け走り出した大阪の街で。

 祝福と願いは、透き通った冬の空気に吸い込まれていった。

 

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