ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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第30話 終点と始点
パート1 焼肉の宴 ☆


 南へ走る電車の中で、九人はスマホを触っていた。

 晴はWestaのサイトとSNSへ、取り急ぎ感謝の文章を掲載。

 それ以外は方々から来ているお祝いメッセージを読んだり、他地区の結果を確認したり。

 姫水が嬉しそうに顔を上げる。

 

「ネオμ'sも東京予選を突破しました!」

「おお! お互いにめでたいことや」

 

 立火が喜ぶ一方で、同じ情報を確認した夕理は渋い顔だ。

 

「曲はSnow halation……。ここまで過去の資産頼りなのはどうなんや」

「天名さん、元々そういうコンセプトのグループなのよ。それで支持を得られたんだから別にいいでしょう」

「……まあ、いいけど。

 でも全国大会までKiRa-KiRa Sensationやったら、さすがに予想の範囲内すぎるで」

「まあまあ夕ちゃん、実際見るまで分からへんやん。

 あ! 考えてみたら、うちAqoursに会えるんや!」

 

 今さら現実味を帯びたように、二週間前に東海予選を突破したグループ名を挙げる。

 そんな勇魚へ、晴が冷静に指摘した。

 

「会うだけやなくて勝負するんやで」

「はわわ! う、うちからしたら雲の上みたいな存在で……」

「せやけど三人は、お前と同じ一年生なんやからな」

 

 静真高校の新人三名を加え、再び九人となったAqoursはもちろん優勝候補だ。

 日本中の強豪が集まるアキバドームで、Westaに何が待ち受けるのだろう――

 

 という話は当面棚上げして、電車は目的地に到着した。

 駅から出れば、そこは焼肉屋がひしめく鶴橋である。

 

 

 *   *   *

 

 

『かんぱーーい!!』

 

 九杯のコップが掲げられ、笑顔の部員たちの前で、部長はしみじみと語り出した。

 

「改めて、皆にはほんまに感謝の気持ちしかないで。

 ここまで来るのに苦労もたくさんあったけど、全てはいい思い出や。

 そう、思い起こせば一年前。泉先輩から部長を受け継いだ私が、大阪城の石垣で苦悩していると……」

「お待たせいたしました」

 

 店員が肉を運んできて、わっという歓声とともに一同は焼き始めた。

 立火までトングを操るのに夢中で、花歩は思わず尋ねてしまう。

 

「あの部長、去年何があったんですか?」

「ん? よく考えたら、わざわざ辛かった時の話してもしゃあないわ。まずは肉や!」

「は、はい。そのうち聞かせてくださいね」

 

 実際、皆はかなり空腹である。

 午後は観戦していただけなのに、とんでもなくエネルギーを使った気がする。

 と、皿のひとつに対して桜夜が呆れた目を向けた。

 

「誰やねん、焼き野菜なんか頼んだの」

「私ですが。悪いですか」

 

 少しむっとする夕理に、桜夜は純粋に不思議そうに言った。

 

「焼肉屋でわざわざ野菜食べるってアホちゃう?」

「栄養バランスって言葉を知らないんですか!?」

「えー、だって一枚でも多く肉を入れたいやん」

「別に木ノ川先輩は食べなくて結構です!」

「もう、めでたい日くらいケンカはやめとき」

 

 制止した立火が、焼けたカルビを口に入れる。

 胃が満たされて一安心したところで、今後の予定について伝達した。

 

「とりあえず明日明後日は部活も休みにする。

 終業式の日も軽いミーティングで済ますから、みんなクリスマスを楽しんでや」

『はーい』

 

 明日は日曜、明後日は祝日兼クリスマスイブで、翌25日が終業式である。

 ようやく訪れた休息に、勇魚が嬉しそうに手を上げる。

 

「うち、明日と明後日は子供会のクリスマスでボランティアです!」

「勇魚は相変わらず偉いなあ。

 ずっとこっちの部に出ずっぱりやったから、向こうの部長にもよろしく伝えてや」

「はいっ」

「その子供会の子、めっちゃラッキーやん。全国レベルのスクールアイドルが来るなんて」

 

 桜夜に言われて、勇魚はいえいえうちなんて……と恐縮している。

 その前でハラミを食べながら、花歩も散らかった部屋を片付けないと、なんて考えていた。

 

(ほんま神戸戦以来、脇目も振らずに走ってきたからなあ。期末テストは挟んだけど)

(そういやテストの結果、鞄に入れっぱなしや)

 

 と、テスト前の会話を思い出して先輩に尋ねる。

 

「小都子先輩は期末でトップやったんですか?」

「―――」

(あ゛)

 

 いきなり地雷を踏んだようだった。

 小都子は焼けた肉を次々ご飯に乗せると、がふがふとヤケ食いを始めた。

 

「あんな大見栄切っておいて、結局二位や! 情けない先輩でごめんね!」

「ま、まあまあ。学年二位ってすごいじゃないですか」

「何や、そんな下らない勝負してたんか」

「くそー、ほんま憎たらしい晴ちゃんやで! 肉だけに!」

 

 渾身のギャグは、冷静にホルモンを焼く晴にスルーされた。

 本気で嘆いてるわけではないので、小都子も流す。この先もチャンスはあるのだ。

 それより勝負といえば、もっと重要なことがあったような……。

 

「つかさちゃんと姫水ちゃんの勝負は、結局どっちが勝ったん?

 というかつかさちゃん、さっきから静かやね?」

「そ、そうっすか?」

 

 縮こまってロースを咀嚼しているつかさに、立火も心配そうな目を向ける。

 

「もっと調子に乗ってもええんやで? お前が勝利の立役者なんやから」

「い、いえいえ。やっぱ申し訳なかったですし……」

 

 正直、運が良かっただけなのはつかさも自覚している。

 歯車が少しずれていたら、今頃どれだけお通夜だったかと思うと背筋が凍る。

 

(……けど、これは祝勝会なんや)

(暗い顔している方が、逆に申し訳ないか……)

 

 肉を飲み込むと、開き直ったつかさは姫水に指を突き付けた。

 

「勝負はあたしの勝ちやな! 恐れ入ったか!」

「そうなの? 動画を見る限り、後半は私が盛り返してたと思うけど」

「いやいや、菊間先輩も言うてたやろ。勝ったらあたしがMVPやって」

「夏休みに会った頃との落差でそう見えただけじゃない? でも、まあ……」

 

 姫水はそっと箸を置いた。

 本当に病気が治ったのかは、まだ分からない。

 だとしても今このとき、彼女に抱く現実感は本物だった。

 

「舞台上はともかく、心の上では私の負けかもね。

 だって私、ライブが終わってからずっと、あなたのことが気になってるんだから」

「え……」

「ごめんなさい花歩ちゃん。座席替わってもらえる?」

「あ、うん、どうぞどうぞ」

 

 ぽかんとしているつかさの隣に、姫水は皿とコップを持って移動した。

 赤らんでいく彼女の顔を見て、自然と胸は熱くなり笑みがこぼれる。

 

「これからは、つかさって呼んでいい?」

「え、あ、うん、いいけど」

「なんて、私、手のひら返しすぎかしらね」

「い、いーやいーや! こういう手のひら返しなら大歓迎やから!」

 

 ぶんぶんと首を横に振るつかさに、とうとう声を出して笑ってしまう。

 こんなに可愛い人を、どうして今まで見ようとしなかったのだろう。

 後悔もあるけど、だからこそ正直な気持ちを伝えた。

 

「あのライブは、私の心を奪うのに十分だった。つかさ、あなたと仲良くなりたいの」

 

 

 いぇーい! ひゅーひゅー! と部員たちが大盛り上がりの中、つかさも徐々に実感が湧いてくる。

 が、はっとして夕理へ視線を向けた。

 いくら何でも、あれだけ助けてくれた夕理の真ん前でイチャつくのはいかがなものか……

 とも思ったが、当の本人はピーマンをかじりながらジロリとにらむ。

 

「何のために私が協力してきたと思ってるんや。そこで気を使われるなら、手伝った意味がないやろ」

「あ、うん、そうやな……」

 

 この瞬間のために、今まで二人で頑張ってきたのだ。

 つかさは少し深呼吸すると、胸を高鳴らせながら想い人に向き合った。

 

「姫水は、クリスマスの予定は空いてる?」

「24日は野暮用があるけど、25日なら」

「その日、奈々たちとクリスマス会なんや。予選突破のお祝いもしてもらえると思う。

 良かったら姫水もどう?」

「お邪魔じゃない?」

「全然! 特に奈々なんて大感激やから!」

 

 ずっとずっと、この子を遊びに誘いたかった。

 ようやく叶った願いに、つい間近へ身を乗り出してしまう。

 

「夜になったら中之島のイルミネーションを見に行くんや。

 あ、あたし……姫水と一緒に、クリスマスを過ごしたい!」

「つかさ……」

 

 先輩たちが、特に桜夜がニヨニヨと見ている。

 完璧でありながら、ずっと問題を抱えていた後輩は……

 見守られながら、ようやく演技でない、素直な笑顔を返すことができた。

 

「うん……私も、クリスマスはつかさと一緒にいたい。私でよかったら、喜んで」

「……ううう……」

「もう、泣くことないじゃない。本当、泣き虫なんだから」

「だ、だって……あたし、頑張ってよかったなって……」

「ほら、そのお肉焼けてるわよ」

 

 つかさは胸がいっぱいでそれどころではないのか、手に取ろうとしない。

 仕方なく、姫水が箸にとって息で冷ますと、タレをつけて差し出した。

 

「はい、あーん」

「ええええええええ!?」

 

 いきなり天国へ昇りすぎではないだろうか。

 恐る恐る開いたつかさの口に、優しく焼肉が提供される。

 涙を浮かべながらじっくりと味わった。

 

(ううう、最高級神戸牛よりおいしい……食べたことないけど……)

 

 こうなったら、行くところまで行くまでである。

 もう一枚の焼けた肉を、つかさが同じように冷ましてプレゼントした。

 

「ひ、姫水も、あーん」

「はい……うん、おいしい」

「え、えへへー」

「ふふっ、つかさったら」

『………』

 

 温かい目で見ていた上級生も、あまりのイチャつきっぷりに砂を吐き始めた。

 小都子と立火は引きつり笑いを浮かべている。

 

【挿絵表示】

 

「あ、あはは。若いっていいもんやねぇ」

「こ、これも青春やな! うん!」

「姫ちゃん、つーちゃん、良かったね!」

 

 勇魚は純粋に喜んでいて、花歩も嬉しくはあるが隣の夕理に冷や冷やする。

 その夕理は、黙々と塩タンを食べるばかり。

 そして羨ましそうにしていた桜夜は、自分もやろうと後輩を呼び寄せた。

 

「勇魚~、ちょっとおいで。トントロあげるから」

「はいっ、いただきますっ!」

「ええっ!?」

 

 姫水が思わず声を上げるが、自分がやっている以上は文句も言えない。

 結局、言い訳のように注意するしかなかった。

 

「ち、ちゃんと焼いてくださいね! 豚は中まで火を通さないと!」

「焼いてるってば。はい勇魚、あーん♪」

「もぐっ。えへへ、ありがとうございます!」

(……やっぱり姫水は、勇魚が大事なのかあ)

 

 つかさとしては夢見心地から、少し現実に引き戻された気分である。

 仕方ないと苦笑するしかなかった。

 

(ま、いいけどね……別にこの二人に仲違いしてほしいわけとちゃうし)

 

 

 *   *   *

 

 

「晴先輩、ホルモンばかりですね!」

「鶴橋いうたらホルモンやからな」

 

 移動したまま居座った勇魚は、隣の晴の網を覗きこんだ。

 赤々とした火の上で、内臓が踊っている。

 

「その白い毛の生えたヒモみたいなのは何ですか? 初めて見ました!」

「これはウルテ。牛の気管部分の軟骨や。

 こっちはプップギ。牛の肺。

 この白くて固いのは……さすがに知ってるやろ」

「ミノですね! でもどの部分かは知らないです!」

「胃や」

「ほえー」

 

 隣で聞いていた桜夜が、少し気味悪そうな目を向ける。

 

「ホルモンもおいしいんやけど、具体的に内臓の名前聞くと生々しいなあ」

「舌や肝臓は平気で食べるのに何言うてるんですか」

「いやあ、そうなんやけど」

「晴先輩晴先輩! 一つだけもらっていいですか!」

(……まあ、こいつも頑張ったからな)

 

 おねだりしてくる勇魚に、仕方なくウルテを一個渡す。

 あーんと口を開けてきたので、調子に乗るなと軽く額を突っつく晴だった。

 

 

(さて……宴もたけなわや。そろそろ話そう)

 

 箸を置いて、花歩はオレンジジュースで口をゆすぐ。

 つかさと姫水は相変わらずベタベタしているが、少しは真面目な話も聞くべきだ。

 花歩の瞳が立火へと向き、電車内で妹から届いた情報を話し始めた。

 

「24日に、天王寺福音でクリスマスミサがあるそうです。

 芽生に誘われたのでちょっと行ってきます」

「ほうほう」

「小白川先輩と剣持先輩は、そこで聖歌を歌うのが最後の活動になります。

 部長、何か伝言があるならお伝えしましょうか」

「!」

 

 皆の箸が止まり、最下位となったライバル校に思いをはせる。

 立火も受験生でなければ、直接伝えに行きたかったけれど……。

 少し寂しそうに、もう会うこともないだろう彼女たちへの言葉を託した。

 

「それやったら二人に言うといてや。

 お前たちは最後まで信じる道を貫いたんや。堂々としてたらええやろって」

「は、はい! 必ず伝えておきます!」

「ま、あいつらなら、私に言われるまでもないやろうけどな」

「いえいえ、やっぱり三年間を共にした相手は特別でしょうし」

 

 それを聞きながら、桜夜も神妙な顔でメロンソーダを飲んでいる。

 と、小都子が小さく手を上げた。

 

「花歩ちゃん、私からも。もし熱季ちゃんに会えたら、楽しみにしてるって伝えてくれる?」

「はいっ、分かりました! でも熱季ちゃん、ミサとか来るのかなあ」

 

 熱季が転校を決意し、住之江女子の転入試験を受けるつもりというのは、芽生と花歩経由で皆も承知していた。

 来年四月からの新たな仲間を、勇魚は手を合わせて心待ちにする。

 

「あっちゃんと一緒なんて嬉しいで! 夕ちゃんも仲良くしてあげてや!」

「私はその子に会ったことはないけど。どんな子なんや」

「んー、プライドが高くて……」

 

 花歩が思い出しながら、指を折って特徴を挙げていく。

 

「口が悪くて偉そうやけど、スクールアイドルには真剣。ってこれ夕理ちゃんや」

「え、私に似てるん?」

「あはは、実際の印象はだいぶちゃうで。あたしも文化祭で見かけただけやけど」

 

 つかさが覚えているのは香流と喧嘩していた姿だけに、夕理と仲良くなれるか心配ではある。

 でも、今の夕理なら何とかなるのだろう。

 転校といえば姫水は結局どうする気なのか……と、隣で微笑んでいる彼女を横目で見るけれど。

 思考を頭から追い払う。せっかく仲良くなれたのに、今は考えたくない。

 

 そして重い話を終えた花歩は、再び肉を食べながら気楽な顔を横に向けた。

 

「で、25日の方は特に用事はないんや。夕理ちゃん、ドイツのクリスマスマーケット行かへん?」

「梅田でやってるやつ? クリスマスに浮かれてる連中でやかましそう……」

「そ、そう言わずに。あの大きいツリーは一見の価値ありやで! 小都子先輩と勇魚ちゃんもどうですか」

「行く行く! うちもみんなとクリスマスしたい!」

「うーん、残念。私は堺の偉い人たちとのパーティに駆り出されるんや」

「あらら、そうですか……」

 

 花歩は引き下がるが、夕理は気に食わずにむっとする。

 何でいつもいつも、小都子が大人の都合に振り回されないといけないのか。

 別にクリスマスなんかどうでもいいけど、この人こそ幸せな聖夜を過ごすべきなのに。

 

「いくら親でも、嫌なら嫌ってはっきり言うべきです! 先輩が言い辛いなら私が言ってやります!」

「ま、まあまあ。こうやって協力しいひんと、もし選挙に落ちたら私も路頭に迷うからね」

「そのときは私が先輩を養って……いえ、すみません。無責任でした」

「ふふ、気持ちは嬉しいで。せやから……

 夕理ちゃんが友達とクリスマスを過ごしてくれれば、私も安心してパーティに行けるかなあ」

 

 夕理の左右では、花歩と勇魚がにこにこと答えを待っている。

 別に行きたくないわけではないし、小都子を安心させるためという口実もできた。

 焦げそうな野菜を引き上げながら、照れ隠しにぽそぽそと返す。

 

「……何時にどこへ集合?」

「もう夕ちゃん、学校帰りに直接行ったらええやん!」

「なんか不良みたいや……」

「あはは、いつの時代の設定やねん!」

 

 目的を達した花歩は、もう一人、安心させたい相手に笑顔を向ける。

 

「てことで夕理ちゃんのことは任せて、つかさちゃんは好きなだけ姫水ちゃんとラブラブしてきてや」

「いやあ、悪いねえ。えへへへー」

「うっわ、だらしない顔」

 

 上級生はともかく、一年生は皆が楽しいクリスマスを過ごせそうだった。

 それはもちろん嬉しいのだが、桜夜はつい愚痴が出てしまう。

 

「いいなあ、みんな……小都子だってパーティでは美味しいもの出るんやろ。私なんて勉強やで、勉強!」

「せっかくの泉先輩のご厚意やないですか。頑張ってくださいね」

「ううう、先輩にも久々に会えたのに、どこにも行けないなんて。

 ねー立火、今まで必死で練習してきたんや。一日くらい遊んでも……」

「アホか! 他の受験生から見たら、その練習が遊んでたようなもんやで。

 これからが私たちの本当の戦いなんや」

「とほほ」

「参考になりそうな人から、お祝いメールが来てますよ」

 

 スマホを確認していた晴の言葉に、皆も部のメールアドレスを確認する。

 花歩たちには見知らぬ名前だったが、桜夜と立火は嬉しそうな声を上げた。

 

「波多野先輩と小松先輩!」

「さっきまで予備校やったんやな。やっぱり浪人は大変やなあ」

 

 五人の卒業生のうち残る二人だ。

 今はアパート借りて一緒に暮らしてるんやと、小都子が一年生に説明した。

 大学には落ちたけれど、割と楽しく過ごしてそうではある。

 

「……まあ、そういう人生もありやとは思うけど」

 

 スマホをしまって、立火は残り少ない肉を並べていく。

 

「やっぱり家への経済的負担を考えると、一浪もしたくないんや。頼むで、桜夜」

「わ、分かってるってば。急に真剣な顔しないで!

 はあ……この祝勝会が、最後の休憩かあ」

「目いっぱい楽しみましょう! もっとお肉頼みますか?」

 

 勇魚がメニューを渡してくれるが、最初はあれだけ喜んだ肉が、今は脂を見るとうっとなる。

 テーブルに目を向けると、そろそろ終盤の宴の中で、オレンジ色の物体がまだ残っている。

 桜夜はおずおずと、後輩に話しかけた。

 

「……ねえ夕理」

「何ですか」

「かぼちゃ食べたい……」

「はああ!? あれだけ野菜に文句言っておいて!」

「し、しゃあないやろ! ちょっと肉ばっか食べすぎたんや!」

「全くもう……」

 

 口をとがらせながらも、夕理は焼けたかぼちゃをもう一あぶりする。

 神戸で自分がした無茶な提案を、皆は最高の形で実現してくれた。

 困った先輩の桜夜だけど、あのエーリアルを見たときの安心感は、きっと記憶に残り続ける。

 だからかぼちゃを小皿に取って、素直な気持ちを口にした。

 

「今日は活躍してくれましたから、特別です。広町先輩もどうですか」

「おっ、それやったらキャベツもらおか」

「消化にいいですからね。木ノ川先輩にもあげます」

「えー、それは別にいらない」

「高三にもなって好き嫌い言うんじゃありませんっ!」

 

 部員たちが笑っている。

 終わりが近づく祝勝会で、その光景を、喧騒を、脳に焼き付けるのは姫水だった。

 

(桜夜先輩って、本当に可愛いなあ)

(それを現実味を持って感じられるのが、こんなに嬉しいなんて)

 

 同時に、だからこそ今さら怖くなってくる。

 これは一時的な高揚なのかもしれない。

 明日の朝になったら、元の離人症に戻っているのかもしれないと。

 

(嫌よ……)

(この暖かさを、かけがえのない現実を、二度と失いたくない)

 

 24日の野暮用というのは診察だ。祝日に開いている病院で助かった。

 早く診てもらって安心したい。

 隣を見ると、つかさが『ん?』と微笑んでくる。

 微笑み返しながら、残ったご飯を口に片付ける。

 早く、彼女に伝えたい。私を救ってくれてありがとうと――。

 

 仲間たちはメニューを開いて、最後のデザートを選び出した。

 姫水もつかさと一緒に、甘い空気に包まれながらあれこれ悩んでいく。

 

 

 *   *   *

 

 

「いやー、食った食った!」

 

 皆はそれぞれの駅で降りていき、乗り換えなしで帰れる弁天組だけが車内に残った。

 伸びをしたつかさは、姿勢を正して覚悟を決める。

 

「さて夕理、言いたいことあるんやろ。しっかり聞くで」

「それやったら遠慮なく」

 

 夕理は少し息を吸ってから、厳しく本日の総括をした。

 

「ラブライブは皆が努力の成果を発揮する場や!

 練習を無視して勝手なことして、それがたまたま観客にウケたからって何なんや!

 真面目に練習してきた他のグループに対して、私は正直心苦しい!」

「はい、その通りです。ごめんなさい」

「はっきり言うけど運が良かっただけやで!

 あと数歩ずれていたら、誰かに激突してケガしてたかもしれなかった!」

「ごもっともです。心から反省しています」

 

 深々と頭を下げるつかさの真剣な声に、夕理の気勢もいったん収まる。

 不本意な勝ち方だったけど、でも――

 

「でも、つかさのおかげでアキバドームへ行けるのは事実や。

 学ぶ機会を与えられたと思って、しっかりと吸収してくる。

 そして来年こそは、必ず実力で予選を突破する!」

「……うん」

 

 本当に、夕理はいつだって夕理だった。

 つかさは顔を上げて、相手のまっすぐな瞳をまぶしそうに見る。

 

「来年はあたしの方が、夕理の理想のために協力する番やな」

「……部活続けるの?」

「え!? そ、そりゃあ、これでサヨナラするほど薄情とちゃうし。

 みんなに助けてもらったのに、このまま恩を返さへんわけにも……」

「もちろん私は続けてほしいけど、だからって義務感や罪悪感で続ける必要はないで」

 

 あれだけ必死に勧誘したのに何だけど。

 区切りがついた今、それが夕理の本心だった。

 つかさもその意をくんで首を縦に振る。

 

「……そうやな。

 姫水と仲良くなれた今、あたしにスクールアイドルを続ける理由はもうないんや。

 休みの間に、ちゃんと考えてみる」

「うん……そうして。

 小都子先輩も気にしてるやろうけど、受け入れてくれると思う。つかさが真剣に出した答えなら」

 

 電車は弁天町に到着した。

 手を振ってつかさと別れ、一人きりの家に帰宅する。

 ネットで予選結果への反応を見ながら、改めて勝利を実感した。

 

 激動の一日が……いや、ずっと続いてきた、戦いの日々がいったん終わる。

 もたらされたのは全国大会の切符と――

 これから続く、つかさと姫水の仲睦まじい日々。

 

(って何や今さら! 全ては覚悟の上や!)

 

 コルクボードに目を向けると、既に八枚が貼り替えられている。

 祝勝会の写真を貼れば、あとは今はなき舞洲ゆり園での一枚だけだ。

 

(……花歩はどうしてるんやろ)

 

 何だか無性に声が聞きたくなった。

 好きな人が他の人と結ばれるのを耐えた、それどころか背中を押した、大事な友達の声を。

 

 雑談のために電話するのは初めてだけど……

 予選を突破した今、昨日までの自分とは違うのだと、思い切って連絡先を押す。

 

『もしもし夕理ちゃん~? どうかした~?』

「いや特に用はないんやけど……気の抜けた声やな」

『今は寝転がってダラダラしてるとこ~。

 もーほんまに頑張ってきたからね。明日も家でダラダラと……

 え、なんや芽生? 分かってる、部屋の片付けもするから!』

 

 夕理の口から、つい笑い声がこぼれてしまう。

 自分もベッドに寝転んで、取り留めない話を続ける。

 

「ちょっと気が高ぶって、話がしたくなっただけ」

『そうやな~。ほんまに最高の一日やったもんね。

 あ~、週明けの学校が楽しみや~。私たちは住女の英雄やで~』

「もう、あんまり増長するんやないで。

 ところで北陸予選の結果は見た? 密かに目を付けてた新潟のグループが……」

『ほんまにスクールアイドルが好きやなあ。はいはい、とことん付き合うで~』

 

 決戦の一日は、そんなお喋りで幕を閉じていく。

 忘れ得ぬ12月22日。

 様々な心の交差を、記憶のフィルムに強く焼き付けながら。

 

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