ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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第31話 あなたの一番になれないなら
パート1 海の底にて ☆☆


 

「みんな、改めて今年もよろしくね。

 先輩たちはいないけれど、2019年の活動スタートや」

 

 小都子の言う通り、立火と桜夜は初日から欠席である。

 泉が明日には福岡に帰ってしまうので、今は必死で追い込み中だ。

 七人でのミーティングが始まり、姫水は隣に座るつかさに横目を向ける。

 

(今ここで聞いたらどうなるんだろう……)

 

『つかさの私への気持ちは、ライクではなくラブなの?』

 

 それはもう大騒ぎになるだろう。

 もちろん実行したりはしない。部活の時間中は真面目にやらないと。

 夕理が自信なさげにスマホを取り出した。

 

「何とか、二案作ってみましたが……」

 

 おお! と皆が声を上げる。ようやく一歩前進である。

 まず流れてきたのは、ひたすらノリと勢いに重きを置いた曲だ。

 

♪パララララパララララ パーラーラーラーラーラーラー

『1、2、3、それ!』と、夕理の少し恥ずかしそうな合いの手も入っている。

 

「あははは。これ、どんな顔して録音したんや」

「ほっといて! はい次の曲!」

 

 つかさの笑い声に赤くなりながら、夕理はスマホを操作する。

 

♪チャンカチャン~カチャンカチャンカ ピーヒャラ~

 

「Westa音頭や!」

 

 勇魚が嬉しそうに反応した通り、夏のお祭りで流れそうな曲である。

 季節感はともかく、精一杯の楽しい雰囲気は伝わってくる、が……。

 いつも怜悧な晴が、珍しく迷った表情だった。

 

「これで観客は笑ってくれるんやろか」

「わ、分かりません……」

 

 夕理も似たような態度である。どうしても、笑ってもらえなかった場合を考えてしまう。

 『滑る』 『冷える』

 ようやく手にしたアキバドームの舞台で、そんな結果になってしまったら。

 

「熱い曲あたりをやった方が、ファンの皆さんは確実に喜んでくれるでしょうね……」

 

 姫水もつい弱気なことを言う。

 少なくともそれなら、大火傷は絶対になく無難に終わらせられるのだ。

 予選突破の偉業をなした歓喜の一年を、最後に汚点を残したりせずに。

 

「せやけど!」

 

 と、強く反論するのは花歩である。

 

「それやとファンの人は喜んでも、それ以外の人はどうなると思う?

 たぶん次の日にはWestaのことなんて忘れてる!

 それに熱い曲いうても、あのDueling Girls!を越えるライブは今は無理やないか」

「……そうね。花歩ちゃんの言う通りね」

 

 皆の全身全霊に加え、つかさの暴走する想いを込めたあのライブは、たぶん二度と行えない。

 全国の場で劣化版を見せるくらいなら、別の道を進んだ方がいい。

 花歩もスマホを出して曲のファイルをコピーする。

 

「ありがとう夕理ちゃん。この二曲で歌詞を考えてみる。

 小都子先輩、もう少し時間をください」

「大丈夫、時間はたっぷりあるからね。そうなると、他の議題は……」

「アンコールの曲はどうする?」

 

 身の程知らずなことを言い出す晴に、小都子は怪訝な顔をする。

 全国大会で優勝したグループは、アンコール後にもう一曲歌えるのが通例であるけれど。

 

「優勝の可能性はゼロや言うてたやん」

「あくまで私の予想や、外れる可能性もある。準備は不要というならそれでもええけど」

「うーん、おこがましいけど考えるだけはしておく?

 笑いの曲をWestaらしさと位置付けるなら、なにわLaughing!が締めにはええかな……って」

 

 うっかり乗せられた小都子は、我に返って思わず大声を上げた。

 

「私が決めることとちゃうやろ!? 立火先輩が来たらその時に聞いて!」

「もちろん確認はするが、お前も部長の立場に慣れていい頃や」

「小都子先輩、なかなか貫禄ありましたよ~」

 

 つかさに誉められ赤くなる小都子だが、確かにこの三学期、徐々に移行することになるのだろう。

 覚悟を決めて、小都子は立ち上がって号令をかけた。

 

「さ、お正月でなまった体を元に戻すで!

 今までの曲をもう一回練習してみようか。まずは最初のPVから……

 花歩ちゃんと勇魚ちゃんは三年生のパートをやってもらえる? 何となくでいいから」

「は、はいっ。あのときはサビだけでしたけど、今の私ならやれますよ!」

「うちは動画で見ただけだったので! 一緒にできて嬉しいです!」

「姫水ちゃんは一目見ただけで覚えたんやったねえ。好きなパートをやってええよ」

「ふふ、懐かしいですね。では、つかさのパートを」

 

 四月に時間が戻ったかのように。あるいは次の四月に時間が飛んだかのように、Westaは練習を開始する。

 立火と桜夜が本当にいなくなるまで、もうしばらく猶予はあるけれど。

 少しずつ心の準備をしておかないと……。

 

 

 *   *   *

 

 

「姫水ー、お茶して帰ろー」

「あ、うん」

 

 姫水がうなずくと同時に、夕理は無言でスタスタと部室を出ていった。

 

(いいのかな……)

(でも気高い天名さんは、私が気を使ったりしたら絶対怒るものね)

 

 勇魚と花歩とはまた明日と別れ、並んで喫茶店に向かう。

 姫水の隣で笑うつかさは、今日も幸せそうだった。

 

「次の日曜はどこ行こっか!」

 

 店内の席について、開口一番これである。

 もちろんつかさも、来年考えるという年末の言葉を忘れてはいないのだが。

 

(で、でも日曜までは冬休みやねんし!)

(もう少しだけ、このままでも……)

 

 そして、姫水も似たようなものである。

 

(日曜までは冬休みだものね)

(確認はもう少し待ってもいいわよね)

 

 今が楽しすぎて、どうしても問題を棚上げする方に動いてしまう。

 二人で紅茶を注文してから、目の前の休日のことを話し出した。

 

「みさき公園に行きたいの。時間があったら和歌山城の動物園も」

「白浜の帰りには寄られへんかったからなー。これで近場の動物園は全制覇?」

「あとは神戸どうぶつ王国と須磨水族館があるけど……

 神戸での思い出はもう十分作ったから、またの機会でいいかな」

「それやったら、次はいよいよ天王寺やな!」

 

 自宅から十五分くらいの動物園の名前に、姫水の表情は少しだけ曇った。

 

「あそこは……色々思い出のある場所だから、勇魚ちゃんと行きたいの」

「え、あ、そ、そう」

「もちろん、つかさが嫌でなければ一緒に行きましょう?」

「あ、あはは、どうしよっかなー」

 

 何も気付かなければ良かった、と姫水は一瞬思う。

 そうすればつかさの動揺も、独占欲が強くて可愛いなあ、くらいで済んだのに。

 いやしかし、それでは本当の友達ではない……。

 

 つかさの方は気分を挽回するように、近くの水族館の話を持ち出した。

 

「それより海遊館はどう? 前行ったときはアホみたいに混んでたんやろ」

「そうね。夏に勇魚ちゃんと行ったけど、魚より人の頭しか見えなかったような……」

「あそこはもう休日に行く場所とちゃうって。三学期が始まったら、学校帰りに行かへん?」

「え、そういうの有りなの?」

「平日の夜ならめっちゃ空いてるで~。あの大きな水槽を二人じめや!」

「行きたい! ぜひ行きましょう!」

 

 思わず身を乗り出した姫水は、もちろん魚が見たいのもあるけれど。

 つかさの気持ちを確かめるのに、最適な場所だと思ったのだ。

 

(引き延ばしても仕方ないものね……人がいないところの方が聞きやすいし)

 

 そしてつかさも、似たようなことを考える。

 

(そこで告白するかどうか決めよう)

(『そこで告白しよう』でないのが、我ながらアレやけど)

 

 何とか進む先に目処をつけて。

 二人は心おきなく、今だけの曖昧な状態を味わっていく。

 

 

 *   *   *

 

 

「おお……感無量や」

 

 始業式の日。立火の目の前で、慣れ親しんだ校舎に垂れ幕が踊っている。

 

『祝・全国大会出場 スクールアイドル部 -がんばれWesta-』

 

 記念に写真を撮っていると、後ろから景子が声をかけてきた。

 

「何を寂しいことしてんねん。ほら、貸して」

「おっ、悪いねえ」

 

 スマホを受け取った景子の手で、垂れ幕と部長がフレームに収められる。

 自分が撮った写真をまじまじ見つめてから、景子は首をひねってスマホを返した。

 

「こんなアホが全国大会やもんなあ。世の中わからへんわ」

「ほっとけ! けどまあ、バトンの件はほんまに助かったで」

「な、何や、姫水ちゃんのためやっちゅーねん。

 立火のことはすぐに忘れても、女優の姫水ちゃんはずっと追いかけるで!」

「……ああ、末永く応援してあげてや」

 

 と、横から下級生たちがおずおず話しかけてくる。

 

「す、すみません立火先輩、よかったら私たちとも写真を……」

「おっ、ええよ。てことで頼むでカメラマン景子」

「何でやねん!」

 

 景子はブツブツ言いながら、垂れ幕を背景に撮影の仕事をする羽目になった。

 

 昇降口で上履きに履き替えるのも、あと何回だろう。

 三階までの階段を上りながら、景子はふと尋ねる。

 

「立火は卒業旅行どうするん? 私は未波たちとヨーロッパ」

「はああ!? どこからそんな金が涌いてくるんや!」

「そう言うと思って誘わなかったんやけど。どこにも行かへんの?」

「うーん、桜夜と有馬温泉にでも行くかなぁ」

「近っ! まあ、ええとこやけどな」

 

 教室に入って皆に挨拶するが、どこか地に足がつかない空気だ。

 三年生の三学期は、実質的には一ヶ月だけ。二月からは自由登校期間になる。

 今は賑やかなこの階も、来月からは生徒が消える。

 立火と桜夜、まだ部活を続けている二人を除いては。

 

(せやけどブルーになるのは早い!)

(私には受験と全国大会という、大きな仕事が残ってるんや)

(終わりよければすべて良し。全てが終わるまで気を抜かずにいくで!)

 

 間もなくして未波が来て、紅白の2.5次元舞台について猛然と語り始めた。

 こいつは最後まで変わらへんな、と景子と一緒に笑い、時間になったので体育館へ向かう。

 

 

 *   *   *

 

 

 今日は始業式とホームルームで終わり。

 部室前の廊下で部長を待つ皆に、姫水とつかさは昨日撮った動物アルバムを見せていた。

 

「みさき公園は海が見えるのがいいですね。で、ここからが和歌山城の動物園でして……」

「そういえばあったねえ、お城に動物園」

「KEYsの部長が偉そうに自慢してきそう」

 

 小都子の後ろから覗いた夕理がそう言ってから、既に旬は引退したことを思い出す。

 合宿で一緒だった誰かが、新部長になったのだろう。柚以外は顔が思い出せないけど……。

 そして愛らしい紀州犬を見た桜夜が、ぶんぶんと腕を振り回す。

 

「ああーもう、私も動物園行きたい!」

「卒業後は好きなだけ行けるじゃないですか。

 私も引っ越しは三月の下旬ですし、それまでに一緒に行きますか?」

 

 姫水の提案は魅力的なものだったが、素直にうんとは言えない桜夜である。

 

「なんて言うか、卒業式で感動的に別れた後で、またノコノコと後輩と会うのもカッコ悪いっていうか……」

「そういう恰好の付け方は桜夜先輩には似合いませんよ。立火先輩ならともかく」

「ねえ勇魚! 姫水って病気治っても私にキツいんやけど!」

「えへへ、姫ちゃんは先輩が好きやからこういうこと言うんです!」

「ふふっ、そうですよ。私の愛です」

(ぐぬぬ)

 

 ちょっと傷つくつかさである。

 恋人同士になれれば、目の前で他の女の子を好きとか、言わなくなってくれるのだろうか。

 

(って、あかんな。あたし束縛女やないか……)

(やっぱり、今くらいの関係の方がいいのかなあ)

 

 そうこうしている間に、立火が鍵を持ってやってきた。

 

「晴は生徒会と遠征費の話をしてるから、少し遅れるで」

「結構お高いホテルとか泊まれるんですかね?」

「花歩! 遊びに行くんとちゃうで!」

「あわわ、ごめん夕理ちゃん!」

 

 怒られてる花歩に笑いながら、立火は扉を開けて部室に入る。

 

「公立やからあんまり期待はできひんけど。

 でも朝に大阪を出れば、向こうで半日は観光できるやろ。行きたいとこ考えといてや」

「やったー! 東京やー!」

 

 特に勇魚は大喜びである。姫水を助けに行ったときは、観光どころではなかったから。

 一方で小都子は少し心配そうだ。

 

「立火先輩、東京の人を怒らせるような言動は慎んでくださいね?」

「せえへんって! はいはい誉めればええんやろ。東京、ええとこでおますなあ」

「やっぱ美味しい店とか高いビルとか、いっぱいあるんやろなあ」

 

 と、桜夜が流れを作ると、立火もあかんとは思いつつ乗ってしまう。

 

「はー!? そんなん大阪にも山ほどあるっちゅーねん!

 そもそも東京にあって大阪にないものなんて何があるんや! 上野の西郷さんくらいやろ!」

「ねーみんなー、立火はここに置いてこかー? 部長は私がやるからー」

「この終盤になってクーデターされた!?」

「そう、それです!」

 

 いつもの漫才に、いきなり花歩が割って入った。

 みんな座って、なし崩しにミーティングを始めながら、新曲の状況を説明する。

 

「やっぱり歌詞だけで笑わせようというのは無理がありまして……。

 間奏のところで台詞を入れる曲って、結構あるじゃないですか。

 そこで先輩たちに漫才をしてもらえば、笑ってもらえるんじゃないかと!」

「な、なるほど」

「ってただの丸投げやんけ。先週の自信はどこへ行ったんや」

 

 つかさに冷静にツッコまれ、花歩はたまらず机に突っ伏した。

 

「すみませえええん! 私にギャグセンスなんてありませんでしたあああ!」

「ま、まあまあ。花歩に頼まれたからには、五万人を笑わせるネタを考えてみるで! な、桜夜」

「でも私たちのコントってほんまに面白いの?

 いつも本気で笑ってくれてるのって、小都子だけの気がするんやけど……」

 

 桜夜の今さらの疑問に、小都子は飛び上がって一年生にフォローを求める。

 

「な、何言うてるんですか、いつも抱腹絶倒ですよ! ね、勇魚ちゃん!」

「はいっ、めっちゃ大爆笑です! ねっ、姫ちゃん!」

「………」

「何で目を逸らすんや!?」

 

 お約束の反応をしてから、ごめんごめん冗談よ、と言おうとした姫水だが。

 扉を開けて晴が入ってきたので、タイミングを逸してしまった。

 

「すっかり芸人集団になってるようやな。夕理はほんまにええんか」

「……今回はこれも経験です。次に全国へ行くときはまた違いますけど」

「なら結構。部長、宿泊先は普通のビジネスホテルになりました」

(とほほー)

 

 花歩が密かにがっかりする一方で、晴は何やら渋い顔をしている。

 

「生徒会長はともかく会計がしみったれた人で……

 『新大阪を始発で出ればぎりぎり間に合うから、前泊でなくても良くない?』とか抜かしてきました」

「新大阪までどうやって行けっちゅーねん!」

「会長にも協力してもらって押し返しましたが。

 小都子、次の予算会議は気合いを入れなあかんで」

「そうそう、私たち全国出場なんやからー。今の五倍くらい予算もらってええやろ」

 

 調子に乗ってる桜夜に、小都子はいえいえと控えめである。

 

「そうすると他の部が削られてしまいますし……お互い思いやりを持ちませんと」

「もー、小都子は優しすぎ!」

「よし、話はこんなもんやな」

 

 立火が頃合いと見て立ち上がる。

 センター試験間近だが、三学期の初日くらいは部活に打ち込んでもいいだろう。

 

「新曲を考えたいのは山々やけど、私も桜夜も受験勉強で脳がしなびてるんや。

 まずは体動かすのを優先させてや」

『はいっ!』

 

 それからお昼を挟んで二時までは、ここで敢えての基礎練習とランニング。

 そして新曲について一時間ほど議論して活動を終えた。

 最後にそれぞれ連絡事項を伝える。

 

「部長、これ大吉のおみくじです!」「うちからも桜夜先輩に!」『ありがとー!』

「離人症は二週間再発しなかったので、寛解とみて良いようです」『おめでとー!』

「すいません、あたしと姫水、明日は一時間早退させてください」『おっ、デート?』

 

 海遊館っすよー、明日からは空きそうやし、とヘラヘラしているつかさに、姫水の内心は渦を巻いている。

 明日確かめる。絶対に確かめる。

 それで、つかさとの関係が壊れたりはしないはずだ……。

 

 

 *   *   *

 

 

 翌日からは授業も再開し、通常の学校生活が始まる。

 部活もいつも通り……と思いきや、さすがに三年生はフル活動とはいかなかった。

 

「当面は月曜と木曜だけ参加する。

 ここで勉強してるから、何かあれば声かけてくれてええけど。

 基本的には小都子、お前に任せるで」

「は、はい! とにかく新曲を、センター試験が終わるまでに用意します」

 

 まだ二週間もある。大丈夫大丈夫……。

 夕理と花歩だけに任せず、皆のセンスを総動員して笑える曲を作るのだ。

 小都子を中心に笑いを追求する中、部室の後ろで勉強していた桜夜が、ひょいと首を伸ばす。

 

「ねー、いいネタ浮かんだんやけど」

「桜夜! 集中できひんのやったら、図書室に移動するで」

「ううう、分かったってば……」

 

 そんな先輩たちに悪いと思いつつ、五時になるとつかさと姫水は早退した。

 

「お先っすー」

「すみません、お先に失礼します」

『楽しんでくるんやでー』

 

 見送る部員たちは、いつものイチャイチャだと思っている。

 二人が事態を動かすつもりだとは、誰も予想はできない。

 

 姫水がニュートラムに乗るのは団結会以来だ。

 少し日も長くなった一月。この時間でも辛うじて夕焼けの残滓が見える。

 

「これが、つかさがいつも見ている通学の風景なのね。……天名さんと一緒に」

「夕理とは帰りだけやけどなー」

 

 つかさが楽しそうに喋っているのを聞きながら、眼下を思い出のフェリーターミナルが流れていく。

 大阪港駅で降りてから少し歩き、天保山に着く頃にはだいぶ暗くなっていた。

 そして同時に、姫水の目が見開かれる。

 

「綺麗……!」

「あはは、ここもなかなかのもんやろ?」

 

 冬のイルミネーションはこの場所でも行われていた。

 光り輝く観覧車の下で、水族館へ続く道が青く照らされている。

 まるで海の中の通路のように。

 

「驚かそう思て黙ってたんや」

「うん、驚いた。つかさは本当に、遊びの達人ね」

 

 素直に喜んでくれる姫水を、つかさはますます愛おしく思えた。

 目の前の商業施設で夕食を済ませ、再度外に出るとすっかり夜だ。

 いっそう鮮やかになったイルミネーションを楽しみながら、二人は海遊館に突入する。

 

 

 *   *   *

 

 

「すごい、本当に誰もいない!」

「そうやろー? ま、先の方に進めばさすがに客もいるけど。

 今この場は、あたしと姫水だけの水族館やで!」

 

 休日は家族連れでごった返すトンネル型水槽で、今は好きなだけ魚の写真が撮れる。

 一見楽しそうな姫水の内心までは知らず、つかさは夜の海を進んでいく。

 

【挿絵表示】

 

 コツメカワウソなどの水辺の生物や、寝転がっているアザラシをしばらく眺め。

 最大の淡水魚であるピラルクも、好きな角度から観察できた。

 ちらほら客の姿も見え始めたが、魚を見るには支障ない。

 本当、大阪に住む高校生の特権だ。

 

(いい雰囲気や……)

(告白するならまたとないチャンス……やけど……)

 

 この雰囲気を壊したくない気持ちもあり。

 その一方で、近くでベタついているカップルが正直うらやましく。

 天秤のようにつかさの心は揺れながら、大水槽に到着した。

 

 

 海遊館の目玉である巨大なジンベエザメは、今日もゆったりと泳いでいる。

 その周りでは大きなエイや、何かの魚群が回遊していた。

 

「この赤い魚、ヒメフエダイだって」

「あはは、姫で始まるから姫水の仲間やな。

 でもこの時間の欠点は、エサやりとかはやってへんことやなあ」

「うん……でも、落ち着いて見られる方がいいかな」

 

 瞳をきらめかせながら、じっと水槽の中を見つめる姫水。

 魚よりもその横顔の方に、つかさの目は吸い付けられた。

 

(ほんま、綺麗や……)

 

 この顔に一目惚れした四月が、遠い昔に思える。

 そして病気が治った今、表情豊かな彼女は、あのとき以上に魅力的だった。

 何度生まれ変わっても、きっと恋に落ちると信じられるほどに。

 

 深海の底のような場所で、天秤はゆっくり片側に傾く。

 

 この想いは、墓場まで持っていこう。

 こんなに綺麗な姫水を、汚したくないし困らせたくない。

 何も変えず、変わらず、このまま時間が続いていけばいい――。

 

(――え?)

 

 その姫水が、おもむろに魚から目を離し、まっすぐにつかさを見ていた。

 少し寂しそうに、無邪気な時間は終わったのだと言わんばかりに。

 

「ひ、姫水?」

「つかさ、聞きたいことがあるの」

 

 この期に及んでは姫水に躊躇はない。

 少なくとも自分の方は友達と思ってるなら、遠慮などすべきではないと信じて。

 容赦なく、全力で直球を投げ込んだ。

 

「あなたは、私のことが恋愛的な意味で好きなの?」

 

【挿絵表示】

 

 つかさが理解するまで数秒かかった。

 あまりに身も蓋もない質問に、口をぱくぱくさせてから、頬が熱いことを自覚する。

 ようやく絞り出したのは、全く意味のない言葉の羅列だった。

 

「は、はいー!? ななな、何言うて……」

「違った? だったらごめんね、聞かなかったことにして」

「いやっ、そのっ、違わな……あ! そ、そうや!」

 

 わたわたと不審な動きをしてから、顔を伏せたつかさは早口で言った。

 

「あたし、急用があったんや! ごめん姫水、また明日!」

「え……」

「そっ、そのっ……それじゃ!」

 

 館内を走らないだけの分別はあったものの……

 かなりの早足で、つかさはその場から一目散に逃げていった。

 

 

 夜の水族館に、たった一人取り残され。

 姫水は溜息をついて、近くのベンチに腰を下ろす。

 

(そうなの……つかさ……)

(ちゃんと、自分の口で話して欲しかったけど)

(……分かりやすすぎるのよ、もう!)

 

 真っ赤に紅潮した顔も、今まで見たことがないほどの動揺も。

 言葉以上に如実に語っていた。いつからかは分からないけど。

 自分はつかさから、そういう風に想われていたのだ。

 

 そして間の抜けたことに、何も考えてこなかった。

 いざ事実がこうだったとき、具体的にどうするのかを。

 

(どうするのよ、藤上姫水……)

(あんなに私を想ってくれるつかさに、どう答えるのが正しいの?)

(……どうしよう、勇魚ちゃん……)

 

 頭上で泳ぐジンベエザメは、小さな人間の悩みなど気にもかけない。

 しばらくして、つかさからメッセージが届いた。

 

 

『ごめん』

『心の準備ができたら、ちゃんと話すから』

 

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