ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

158 / 190
パート3 9.5合目 ☆☆

「はい、今週はここまでや」

 

 小都子の声で土曜の部活は終わり、立火と桜夜も問題集を閉じる。

 夕理の手で曲は手直しされ、歌詞も半分くらいはできた。

 皆でおどけた動きをしながら、笑える振り付けも考えている。

 

 センター試験まであと一週間、曲は何とか間に合いそうだ。

 それまで何事もなければいいけれど……。

 

 

(……いよいよ、明日や)

 

 今日はその前に、勇魚の家で思い出を聞き出す日。

 お泊りセットを持ったつかさは、長居組と歩みを揃えた。

 たぶん来ないだろうなと思いつつ、夕理にも声をかける。

 

「一緒にどう? 一年生全員で帰れるチャンス、今回が最後かもやで」

「やめとく。それより大事なことの直前やろ。つかさ、頑張って」

 

 距離を置くように、夕理は今日も一人で帰っていく。

 

(天名さん……)

 

 共に下校した日を思い出して、姫水は少し複雑である。

 だが、まずはつかさとの決着をつけないと、彼女とぶつかることもできなさそうだ。

 

 

「つかさちゃんと一緒のバスって、なんや新鮮やなあ」

「ふーむ。この座席が、いつも花歩のお尻に触れてるわけや」

「またそーゆー変な言い方するー!」

 

 二人席に前後で腰かけて、いつも以上の賑やかな下校路。

 明日起こることを、一人だけ何も知らない花歩だけれど、普段通りに振る舞ってくれた。

 

 その花歩とバス停で別れ、三人で南へ歩く。

 姫水と勇魚が、何百日も朝晩歩いてきた通学路を。

 

(子供の頃だけとちゃう。高校に入ってからも、この二人はずっと時間を重ねてきたんや)

(あたしに太刀打ちできるんやろか……)

 

 けれど、と敢然と顔を上げる。

 太刀打ちできようができまいが、明日やることは変わらないのだ。

 

「……それじゃ、また明日ね」

「うんっ、楽しみやねー!」

「また明日、姫水」

 

 藤上家の前で手を振ってから、家に入りかけた姫水は、足を止めて振り返る。

 

「勇魚ちゃん、本当に隠さずつかさに話してね」

「姫ちゃん……」

「私が犯した過ちのことも、全部……」

「……うん、わかった」

(な、なんや、穏やかでないなあ)

 

 少し怖くなりながら、住宅地をもう少し先へ。

 ここが昔の姫ちゃんちやで、と勇魚が指した家は、今は知らない表札がかかっていた。

 そこから三軒隣。佐々木家の塀から、小さな顔がぴょこんと出てくる。

 

「つーちゃんやー!」

 

 よほど楽しみにしていたのか、汐里がつかさを見るなり飛びついてきた。

 

「やっほー、汐里ちゃん。外は寒なかった?」

「へーきー!」

「あはは、子供は風の子やなあ」

 

 喜ぶ妹の姿に勇魚も嬉しくなるが、それではいけないと声をかける。

 

「汐里、つーちゃんは今日は用事があってきたんや。せやから……」

「まあまあ、少しくらいは遊んでもええやろ。

 はい、お土産のプレミアムポッキー。関西と福岡でしか売ってないんやでー」

「わーーい!!」

「わ、なんや高級そう! つーちゃん、大丈夫?」

「平気平気、お姉ちゃんからお年玉いっぱいもらったから」

 

 佐々木家に入ると、勇魚の両親が温かく出迎える。

 二人とも、勇魚からよく話を聞いていたのはもちろん、地区予選のライブも記憶に新しかった。

 

「つかさちゃん、ほんまに大活躍やったねえ」

「勇魚も家で言うてたで。つーちゃんがMVPやったって」

「あ、あはは、どうも、恐縮っす」

 

 つかさとしては未だに少し心苦しい。いい加減に慣れないと……。

 と、汐里が赤い何かを抱えてきた。

 

「つーちゃん、これみてー」

「おっ、ランドセル! 汐里ちゃんもいよいよ小学生なんやなあ」

「うん! ぴかぴかやー!」

「ううっ。うちの定規とか、汐里が使うと思って取っといたのに。お下がりは嫌やって」

「そりゃ子供は新品の方がええやろ。ま、予備に置いといたらええやん」

 

 一応まだ一月ということで、三人でカルタや福笑いで遊ぶ。

 お風呂は三人が入れる広さではないので、つかさと汐里で入って。

 夕ご飯はみんなで鍋を囲んで……。

 

 そして、過去を遡る時間がやってきた。

 

「汐里、お姉ちゃんたちは話があんねん」

「ごめんね、汐里ちゃん」

「うー……うん」

 

 汐里はこくんとうなずいて、両親と一緒に居間でテレビを見始めた。

 良い子やなあ、そうやろー!? なんて話しながら、二人で勇魚の部屋に入る。

 

「アルバム、用意しといたでー! はい、これが最初の!」

「いっぱいあるなあ……って、ヤバ!」

 

 写真の中には、幼い頃の姫水がいた。

 あまりの愛らしさに、つかさの声も震えざるを得ない。

 

「こ、こんな子が目の前にいたら……思わず声をかけて通報されかねへん!」

「あはは、つーちゃん大げさやなあ。

 この頃の姫ちゃんは引っ込み思案で、うちの後ろによく隠れてたんや」

「そっかあ。会いたかったなあ……」

 

 彼女の存在も知らなかった当時、その写真には常に勇魚が一緒に映っている。

 つかさだって、10kmも離れてない場所で生きていたのに。

 どうして会いに行かなかったんだと、幼い日の自分に理不尽に憤ってしまう。

 

 たくさんの写真と、勇魚の長いお喋りで時間は過ぎる。

 どこか悲しそうな八歳の姫水を最後に写真は途切れ、引っ越した後の話へ移った。

 話題が中学生時代になると、勇魚の顔が少し陰り、来たかとつかさは身構える。

 

「あ、あのね、うちとしては、姫ちゃんは全く悪くないと思うんやけど」

「擁護しなくていいから、事実だけ教えて」

「……夏休みに会いに行こうとしたら、またの機会にって断られて」

「え……」

「メールの返事もだんだん遅なって……とうとう返事が来なくなって……」

「な、何で!?」

 

 あの幼なじみ至上主義の姫水が、そんな仕打ちをするとは信じられない。

 言いづらそうに勇魚から語られた理由を聞いても、すんなり納得はできなかった。

 成果を得るため演技を始めて、それを勇魚に知られたくなかったから、なんて。

 

「その頃にはもう病気が始まってたみたいやから! そのせいもあったと思うで!」

「……でも姫水自身は、そうは思ってへんのやろ」

「うん……何度も謝られたし、今も気にしてるんやと思う……」

「そう……」

 

 そのことに対して、つかさが何か言うことはできない。

 ロープを繋ぎ続けたことと、救出したときのことを黙って聞いて、長い話は終わった。

 

「……勇魚は、ほんまに優しい子やな」

「えへへ、花ちゃんが背中を押してくれたからやで!」

「うん……花歩もほんまにいい奴や」

「けど、つーちゃんがうちやったら、きっと同じことをしたやろ?」

「―――」

 

 勇魚が返事のない友達にメールを送り続けた中学二年生の頃。

 つかさはといえば夕理を裏切って、世間に迎合して暮らしていた。

 それだけ比較すれば、姫水が勇魚でなくつかさを選ぶ理由など皆無だけれど。

 

(……けど、完璧と思ってた姫水も、あたしと同じやったんや)

(友達を傷つけて、深く後悔して反省して、今この時間を過ごしてる)

 

 自分だって昔とは違う。

 姫水と出会い恋をして、生まれて初めて本気になって、あのライブで振り向かせた。

 もう自虐的になるのはやめにしよう。

 

「ありがとう、話してくれて。それで、明日の動物園なんやけど」

「うんっ」

「あたし、姫水に告白するつもりやねん。恋人として付き合ってほしいって……そう言うつもり」

「え……」

 

 姫水に輪をかけて鈍感な勇魚は、全く気付いていなかったようだ。

 でも直接知らされた今、浮かぶ表情は満面の笑顔だった。

 

「わー! そうやったんやー!

 めっちゃ嬉しいで! つーちゃんと姫ちゃんなら絶対にお似合いや!」

「……応援してくれる?」

「当たり前やないか! 二人とも、うちの大事な友達やもん!」

 

 予想通りの反応は、つかさにとってもう一つのプラス要素だ。

 幼なじみを取られようとも、勇魚に嫉妬は全くない。

 勇魚から姫水への気持ちは、純然たる友情で、家族愛なのだ。

 

(だからこそ――勇魚に姫水は渡せへん)

 

 もちろん種類が異なるだけで、勇魚の想いが劣るわけでは決してないけれど。

 応援すると言われた以上は、もはや気後れすることは何もない。

 ほうと息をついて、つかさは肩の力を抜いた。

 

「ありがと勇魚。正直あたし、明日は玉砕する気やってんけど。

 今日話したおかげで、1%くらいは望みが持てそうや」

「もー、弱気すぎるで。つーちゃんなら絶対大丈夫や!」

「あはは、あいつの幼なじみがそう言うてくれるなら、信じてみようかな。

 さて、あとは汐里ちゃんと遊ぼうか」

「うんっ、呼んでくるでー」

 

 廊下に出ていく勇魚を見送り、つかさは改めて部屋を見回す。

 想い人が何度も訪れたであろう、この場所を。

 

 準備は整った。

 結局選ぶのは姫水なのだけれど、つかさも万全の態勢で臨める。

 どんな結果になろうと、きっと受け止められる――。

 

 

 *   *   *

 

 

 運命の日が到来した。

 顔を洗った藤上姫水は、沈みがちになる気持ちを懸命に引き上げる。

 

 ここ数日、考えに考え抜いて。

 つかさに返す答えは決まったはずなのに、まだ迷ってしまう。

 少なくとも、彼女が望むものではないのは分かっているから。

 

(いっそ何も考えずに断った方がマシなんじゃ……)

(……ううん、何度も自問して、これが私の気持ちだって認めたじゃない)

(桜夜先輩、私に勇気をください……)

 

 今は勉強中であろう先輩を思いながら、出かける準備をする。

 完了して待っていると、玄関からチャイムが鳴った。

 

「ひーめーちゃーん、あーそーぼー!」

 

 物心ついたときから、何度も何度も聞いた声。

 自然と安心感があふれ、元気に立ち上がったところへ、変に色っぽい声が続いた。

 

「ひーめーちゅわ~ん、あっそびましょ~」

 

 思わずずっこけそうになる。

 玄関を開けてジト目を向けた先に、にやにや笑っている彼女がいた。

 

「朝から変な声出さないでよ……」

「あっはっはっ、一度言ってみたかったんや」

「二人とも今日も仲良しさんやね! あんまり寒くないしいい日になりそう!」

「うん……そうね勇魚ちゃん。それじゃつかさも、行きましょう」

「あ、うん……」

 

 ちらちらと、影になっている右手を気にしているので、苦笑して指輪を見せた。

 赤くなるつさかの左手にも、もちろんお揃いの指輪がある。

 そして胸には、緑色に輝く翡翠のブローチも。

 

(USJの時のあれって、もしかして私と関係してたのかな)

(だとしたら……ずいぶん前から私を好きだったんだ)

(本当、私って鈍感だったな……)

 

 二人の間で感情が渦巻く中、勇魚だけが純粋に動物を楽しみに、一同は駅へと出発する。

 

 

「てんしばの方から行かへん? だいぶ変わってるし、姫水も見てみたいやろ」

 

 昔はいつも動物園前駅の方から行っていた、という話を聞いて、つかさがそう提案してきた。

 うがった考えが姫水に浮かぶ。過去に執着するな、新しいものを見ろと言いたいのだろうか。

 

(考えすぎね。つかさはそんなこと一度も言ってないじゃない)

(私が勇魚ちゃんを大好きな気持ちを、ちゃんと尊重してくれている……わよね?)

 

 天王寺駅で降り、聖莉守のライブでは北へ行ったところを西へ向かう。

 かつてはホームレスも多かったという天王寺公園。

 姫水が物心ついた頃には、既に無許可カラオケ等は撤去され、このあたりはあまり印象に残っていない。

 それが東京に行っている間に、「てんしば」として芝生広場と商業施設に生まれ変わり、今日も賑わっている。

 

「ちょうど汐里が外遊びする頃にできたから、うちも助かったで! 春は混み過ぎてて遊べへんけど」

「来年にはまた新しい施設ができるんやって。バーベキューとかアスレチックとか」

「そうなんだ……本当、何もかも変わっていくのね」

 

 後ろを振り返れば、五年前に建ったあべのハルカスにより、姫水の記憶の風景とは一変している。

 世界が子供の頃のままでないことくらい、姫水にも分かってはいるが……。

 

 芝生の横を通り過ぎ、動物園の入口に到着した。

『ゾウはいません』

 看板に書かれた注意書きに、つかさはやれやれと肩をすくめる。

 

「いなくなってからもう一年やで。神戸にも京都にも負けてて情けないなー」

「仕方ないわよ。ゾウは世界的に保護の意識が高まってるから。

 動物園はあくまで、自然に負荷をかけない範囲で楽しませてもらわないとね」

「そうやでつーちゃん! うちはどんな動物さんも大好きや!」

 

 笑顔の二人に、つかさも思うところがあったのか。

 園内に足を踏み入れるや、いきなり幼なじみたちに謝ってきた。

 

「せっかくの思い出の動物園やのに、こっちの都合で振り回してごめん。

 あたしの用事は後でええから、まずは一回りして動物を見よう?」

「え、つーちゃんの方が先でええよ?」

「まあまあ勇魚ちゃん。せっかくこう言ってるんだから」

 

 仮に二人の関係が不幸に終わったら、お通夜状態で歩き回ることになりかねない。

 動物たちを見終わるまで、問題は棚上げしよう。

 八年ぶりに訪れた、姫水の大切な場所なのだ。

 

「さっ、まずはあの大きいゲージに行きましょう。

 昔と何も変わってない、鳥の楽園へ!」

 

 

 *   *   *

 

 

「姫水~、そろそろ次行かへん~?」

「待って! もうちょっと!」

 

 渓流から鳥が飛び立つ瞬間を撮ろうと、姫水は先ほどからスマホを構えている。

 にこにこして待っている勇魚は、邪魔しては悪いとつかさの方に尋ねた。

 

「つーちゃん、姫ちゃんが狙ってる鳥は何ていうん?」

「さあ。青いからアオサギちゃう?」

「これはゴイサギよ。アオサギはそこの岩の上にいる脚の長い鳥」

「灰色やんけ! 文字通りの詐欺やな!」

「年を取るともう少し青みがかって……ああっ」

 

 解説している間に、目当ての鳥は飛び去ってしまった。

 仕方なく飛翔する姿をカメラに収めてから、ごまかし笑いを浮かべる姫水である。

 

「灰色つながりで、次はコアラを見に行きましょうか」

 

 

「うーん、見えづらいで!」

 

 ユーカリの木の上にいるようだが、ちょうど葉の影になって見えない。

 少しだけ出ているコアラの手を撮影しながら、姫水が例によって解説する。

 

「四頭いた神戸に比べると少ないけど、屋外で飼育しているのは世界的にも珍しいのよ」

『へえー』

「でもこのアーク君を最後に、飼育からは撤退するのよね……」

「京都のライオンも、あれが最後なんやったっけ」

 

 つかさが年老いたライオンの姿を思い出す。

 年末に二人で京都市動物園へ行ったときは、力なく寝そべったままだった。

 動物園を取り巻く環境もなかなか厳しいものがあるが、勇魚はやはり前向きだ。

 

「今日会えて良かったやん! コアラがいなくなっても思い出は残るで!」

「その通りね、勇魚ちゃん」

「思い出いうても手しか見えへんけどなー」

 

 しばらく待っても動かないので、仕方なく次へ行く。

 

 キツネザルやマンドリルを見てから、中に入ったのは夜行動物舎。

 暗い建物の中にアライグマや、神戸でアピールしたキーウィがいる。

 コウモリの大群に少し怖がった後は、ふれあい広場で羊や山羊と遊んで。

 ペンギンに手を振ったりしながら、いよいよツル舎へ。

 

「素敵!」

 

 すっかりテンションの上がった姫水が、七種類の鶴たちに張り付いている。

 ここは三年前にリニューアルしたので、姫水の記憶にはない展示だ。

 そんな新しい場所でもここまで喜ぶのだから、つかさには少しだけ自信になった、が……。

 

「お~い、何時間いるつもりや」

「もう少し。もう少しだけ!」

「あはは。今日のつーちゃん、お父ちゃんみたいやな」

「ピチピチのJKなんやけど!」

 

 とはいえ周りは親子連ればかりだ。

 やっと満足して鶴から離れた姫水と、ほっとしたつかさの間に入って、勇魚は両側の手をしっかりと繋いだ。

 

「パパー、ママー、次はどこ行くー?」

「こんな騒々しい娘を持った覚えはないっちゅーの」

「ふふっ。勇魚ちゃんちのおばさんみたいな包容力は、まだ持てないかな」

 

【挿絵表示】

 

 でも、と二人の胸に同じ考えがよぎる。

 本当に勇魚が自分たちの娘なら、何も問題はなかったのに。

 姫水が勇魚を一番に考えても、つかさだって文句はなかったろうに。

 無意味な空想とは分かっているけれど。

 

 爬虫類生態館では、巨大なヘビやワニに悲鳴混じりの歓声を上げ。

 サバンナゾーンでは、立火先輩に見せたいねと話しながら、トラの前で写真を撮る。

 カバ、キリン、オオカミ、シマウマ……。

 一つ一つ、動物を見終わる度に、その時は近づいていく。

 

 

 *   *   *

 

 

 空のゾウ舎にはゾウの遺影があって、三人で合掌した。

 

「えーと、あとはホッキョクグマくらい……」

 

 園内マップを見ている姫水の言葉で、終わりが近いのが分かる。

 緊張が高まってきたつかさは、楽しそうな勇魚に困った視線を向ける。

 カッコつけて連れてきてしまったけれど、本当にこの子の前で姫水に告白するのか。

 

『姫水を幸せにできるのは勇魚でなくあたしや! 結婚して!』

『そんな、勇魚ちゃんの前でなんてことを……。

 でも幼なじみへの執着はもうやめないとね。つかさ、今からはあなたが一番よ』

『さすがはつーちゃんや! 後は任せたで!』

 

(なんて都合のいいことが起きるわけないやろ!)

(ううっ、正直やりづらいけど……でもやるしかないんや……)

 

「うわーーん!」

 

 不意に子供の泣き声が聞こえた。

 弾かれたように反応した勇魚が、迷うことなく走り出す。

 つかさと姫水がとっさに動けずいる間に、泣いている女の子の前にしゃがみ込んだ。

 

「どないしたん? ママとはぐれたん?」

「うう……うん、どっかいっちゃった……」

「お姉ちゃんが来たからには大丈夫や! すぐに会わせてあげるで!」

 

 勇魚の太陽のような笑顔に、その子もほっとして泣きやんだ。

 立ち上がって女の子と手を繋ぎつつ、友人たちを振り返る。

 

「迷子センターまで行ってくるから、二人はちょっと待っててや!」

「勇魚ちゃん、私も一緒に……」

「うちだけで大丈夫! ほな行こか。飴ちゃん食べる?」

「ママが、しらない人からものをもらっちゃいけませんって……」

「ううっ、世知辛いけど正しいで!」

 

 情けない笑いを浮かべながら、勇魚は女の子と歩いていった。

 心配そうに見送る姫水の後ろで、つかさは少し深呼吸する。

 

(……ほんま、勇魚っていい子やな。迷わず誰かに手を差し伸べられて)

(負けを認めるみたいで何やけど、この状況も巡り合わせや)

(勇魚が戻ってくる前に、ここで決めよう――)

 

 また自分を視界から外してる彼女へ、引き戻すように声をかける。

 

「ちょっと座らへん? 大事な話があるんや」

 

 姫水は一瞬びくりとして、ゆっくりと振り返った。

 どこか固い微笑みを浮かべながら。

 

「うん――いいわよ」

 

 

 主なきゾウ舎の入口前にあるベンチで、並んで座った。

 お互い目を合わせず、来園者たちが眼前を行き交う。

 けれど無駄に費やす時間はない。

 つかさの口から流れ始めたのは、一番最初の気持ちだった。

 

「恥ずかしながら、一目惚れやねん」

 

 少し動揺した姫水は、こちらを向いてはくれなかったけれど。

 つかさはそのまま話し続けた。

 四月の下旬から始まった、とある小さな恋の軌跡を。

 

「姫水が転入してきた日。そっちはあたしに気付かなかったろうけど。

 あたしにとっては、世界が変わるくらいの衝撃やった。

 こんなに綺麗な子がこの世にいるんやって、ずっと目を離せなかった」

「……つかさ……」

「あたしも初めての経験やったから、しばらくは戸惑っててさー。

 マウント取られたくないとか、下らないこと考えてたんやけど。

 決定的やったのはファーストライブや」

 

 懐かしむように、つかさは目を細めて空を見上げる。

 

「あの時、動けなくなったあたしを助けてくれて、完全に恋に落ちた」

「そん……なの。終わった後に言ったじゃない。

 私はライブのためにやっただけで、あなたのことなんて全然……」

「ほんまやで! めっちゃ腹立った!

 何でこんな奴を好きになったんやって、自分自身にも」

「ご、ごめんなさい……」

「あはは、謝ることとちゃうって。

 素直に気持ちを伝えられない、あたしがいつも悪かったんや。

 今さらやけど改めて言わせてや。ありがとう。あの時の姫水、王女様で王子様みたいやった」

 

 隣を向いて彼女の横顔へ、あの日は言えなかった言葉をまっすぐに伝える。

 こくん、とうなずくしかない姫水に、つかさは照れたように胸のブローチを触った。

 

「この翡翠のブローチ、同じ名前やと思ったら衝動的に買ってたんや。我ながらキモいなあ」

「そんなことは……」

「USJで魔法をかけてくれたこと、帰りの電車で支えてくれたこと。

 姫水には何でもないことやったろうけど、涙が出るくらい嬉しかった」

「………」

 

 映画に誘おうとして誘えなかったこと。

 光に姫水を悪く言われて悔しかったこと。

 地区予選の姫水のピンチに何もできず、せいぜい怒らせるしかできなかったこと。

 合宿のお風呂で助けてもらって、好きで好きでどうしようもなくなったこと。

 部室で無防備に寝ていたところへ、こっそり告白しかけたこと。

 ぽつぽつと続く回想を、姫水は地面に目を落としたまま、一言もらさず聞いていた。そして――

 

「あたしはずっと、姫水の特別になりたかったのに。

 文化祭の後の屋上で、アンタは花歩を特別とか言い出して――。

 あ、立ち聞きしたの花歩にしか謝ってなかった。ごめん」

「……別に、いいわよ」

「うん……で、ヤケになって退部しようとしたら。

 化学室に呼び出されて、現実感がないって言われて。あとは知っての通りや」

「そう……だったの……」

 

 気付かれなかった重すぎる心に、姫水は押し潰されそうになっている。

 話す意味があったのかは分からない。

 でも、我がままだけど、知っていて欲しかった。

 ここで自分の恋が終わるのであれば、なおさら。

 

「ねえ、姫水」

「!」

 

 彼女は膝の上で拳を握って、ますます身を固くする。

 ここから先はもう、引き返せなくなる、けど……

 

(ああ……でも、このために頑張ってきたんや)

(一度は墓場まで持っていこうなんて、逃げようともしたけれど)

(やっぱりあたしは、こうしたかったんや)

(初めて本気になって、必死で届けようとしたのは、この気持ちなんやから――)

 

 好き、という単語は神戸で既に言った。

 だからつかさは別の言葉を持ち出す。

 誤解のしようもなく、友達以上を求めていると伝わるように。

 

 

「姫水、キスしたい」

 

 

 

 苦渋。

 

 顔を伏せたまま、姫水に浮かんでいた表情はそれだった。

 少なくとも、恋されて嬉しいというものではなかった。

 

(あかんかったかあ……)

 

 笑おうとしたのに、目の奥から涙がにじんでくる。

 無理だって分かっていたのに。

 1%の希望なんて持ったものだから、つかさはつい食い下がってしまった。

 

「駄目?」

 

 胸に手を当て、泣き笑いを浮かべながら。

 こちらを向いてくれない彼女に、必死になって訴えかけた。

 

「あたしじゃ駄目……?」

 

【挿絵表示】

 

「駄目じゃ……ない」

 

 ぽつりとこぼれたその声を、つかさは耳を疑って反芻した。

 姫水は目を左右させて、少し赤くなって言葉を続ける。

 

「あなたと、その……友達以上のことをする自分を、ここ数日で何度も想像したわ。

 私は決して、嫌じゃなかった。

 つかさとだったら、そうなってもいいって……私は思ってる」

「え……え……!」

「でも!」

 

 初めて、姫水の瞳がつかさを捉える。

 相手の舞い上がる心を押さえつけるような、険しく悲痛な視線で。

 

「私の一番大切な人は勇魚ちゃん! その一線だけは譲れない!

 あの子は私の命と同じで、何と言われようと切り離せない。

 それを認めてもらえないなら、誰であろうと一緒にはなれない!」

 

 怒濤のように言い放ってから、姫水は苦しそうに息をつく。

 つかさは混乱の極みにあった。

 つまり――どういうことなのだ?

 

 姫水は息を整えて、申し訳なさそうに……質問をしてきた。

 

「私にはこういう条件しか出せないけど……

 つかさは、どうする?」

 

 

 ようやく、つかさも理解した。

 こちらにボールが渡されるという、予想外の状況を。

 姫水が真剣な目で、つかさの答えを待っている。

 

 これが姫水にできる最大限の譲歩。

 どうしても譲れぬ一線がある中、どうにかできないか一生懸命考えて。

 

 

 二番目でよければ、付き合っても構わないと。

 そう、言っているのだ――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。