パート1 つかさ初出勤 ☆☆
「彩谷さん!」
放課後に花歩が廊下に出ると、ちょうどつかさが歩いてきたところだった。
先方もこちらに気付いて、フレンドリーに話しかけてくる。
「今日からよろしくね。つかさでええよ」
「うん、よろしく! えっと私は」
「花歩やろ。あんな自己紹介聞いたらさすがに覚えるわ」
「あはは。夕理ちゃんも一応覚えてくれたみたい……」
昨日の出来事を思い出しつつ、部室に向かって並んで歩く。
話題はどうしても夕理のことになった。
「夕理のこと、悪く思わないであげてね。ちょっと人に慣れてないだけやねん」
「もちろん! 今日のお昼も一緒に食べたよ」
「あ、そうなんや」
隣のクラスへ見に行ったら今日も一人だったので、三組に連れていってお昼のグループに入れた。
食べる暇もなく勇魚に一方的に話しかけられて、かなり閉口していたようだけど。
それでも最後まで付き合ってくれたあたり、本人も努力しようとしているのだろう。
「……あたしが言えた義理でもないけど、ちょっと気が楽になった感じ」
「でもやっぱりつかさちゃんが一番みたいやから、また一緒に食べてあげてね」
「まあ、気が向いたらね」
夕理と、友達になる。
その状況は、どうしても二日前に聞いた昔話を思い出す。
話に出た本人が眼前にいるのが何だか不思議で、自然と感想が口から出た。
「つかさちゃんは凄いなあ」
「え、何が?」
「中一の時のこと。クラス中を敵に回しても夕理ちゃんを選ぶって、普通できひんよ」
「えー、夕理そんなことまで喋ったん?」
困ったような顔のつかさに、花歩は素直に気持ちを伝える。
「全部話してくれたよ。私感動したもん」
「あはは……まあ、一年しか持たなかったわけやけどね」
「そ、それでも十分凄いってば! 私がそこにいたら、大勢のクラスメイトの側やったろうし……」
改めてつかさの姿を見る。
スタイルはいいし、背も花歩より高い。何より態度が大人っぽくて、堂々としている。
自分との差に落ち込みそうになるが、しかし花歩も入学当初の花歩ではない。
「でも私も根性さえ出せば、きっと主人公になれるから!」
「そういうものなの?」
からかうようなつかさの声だが、花歩はいたって真剣だ。
「せやで、いつまでも普通のままとちゃうで」
「普通は嫌なんだ」
花歩は真剣だったがゆえに。
つかさの声が少し苛立ちを含み始めたことに、全く気付いていなかった。
「誰だってそうやろ。でもどんな普通の子でも、スクールアイドルなら絶対輝けるんや! あ、これ友達の受け売りで、その友達も別のグループの受け売りなんやけど」
「へえ」
「だから私たちもラブライブで優勝できれば、きっと特別な存在に――!」
「別にフツーで良くない?」
一瞬、別人が現れたのかと思うほど、冷ややかな声だった。
「え……」
「仮にラブライブで優勝したところで、いい大学に入れるわけでもないし。せいぜい内申書が少し良くなる程度で、結局行きつく先は普通のOLか何かやろ」
「それは……そうかもしれないけど」
「ああ、ゴメンゴメン」
雰囲気が即座に元の、気さくなそれに戻った。
明るく笑いながら、何事もなかったようにひらひらと手を振る。
「別に水差したいわけとちゃうねん。花歩が頑張るんやったら応援するよ」
「う……うん」
「あ、もう部長さん来てるやん」
視聴覚室前に着くと、立火が鍵を開けているところだった。
つかさは花歩を置いて、早足でそちらへ近づく。
「おっ、つかさ。今日からよろしく頼むで!」
「はーい、お手柔らかにお願いしまーす」
放置された花歩は、ゆっくり歩きながらも複雑な心境だった。
(私”たち”って勝手に一緒にしたのがまずかったのかなあ……)
それにしても、夕理から聞いた話とは少し印象が違う気がする。
彼女が美化していたとは思いたくないけど。
* * *
「あんたが噂のつかさちゃんやな。私は木ノ川桜夜。美少女先輩って呼んでもええよ!」
掃除当番で遅れてきた桜夜は、期待の新人の手を握ってぶんぶんと振った。
「桜夜先輩ですね。よろしくでーす」
「いやー、おしゃれの話できる相手が入ってくれて助かるわ。この部のやつら、みんな流行に疎くってなあ」
「着倒れなんて京都の奴らに任せとけばええやろ。私はそんな金があればウマいものを食う」
「ほらこれやで。小都子はなーんか地味な服しか買わへんし」
「私に派手な服なんて似合いませんて」
立火と小都子が反論する中、つかさは如才なく桜夜を持ち上げる。
「桜夜先輩みたいな綺麗な人やったら、どんな服着るのも楽しそうですよねー」
「もー、上手いこと言うんやからこの子は! まっ、お世辞のひとつも言えないよりはずっとええけどなー」
「………(イラッ)」
ちらりと夕理を見ての桜夜の当てつけを、ぐっと堪えてスルーを決める。
夕理からするとただの嫌な先輩だが、つかさと趣味が合いそうなのは確かだ。
友達の楽しい部活動のために、不本意ながら許容するしかない。
と、つかさから立火に質問が飛んだ。
「そういや部長さん、この部ってピアスOKです?」
「別に構へんけど、つけてんの?」
「普段は髪に隠れてますから、ただの自己満足ですけどね」
つかさが髪をかき上げると、シルバーに輝く小さな金属が、その耳で光っている。
桜夜はついまじまじと見てしまい、後輩から獲物を見る目でロックオンされた。
「桜夜先輩はつけないんですか?」
「え!? いやその、痛いのはちょっと……」
「えーもったいない。先輩こんなにカワイイのに」
つかさの手が桜夜の右耳に伸び、軽く耳たぶを撫でる。
石像のように硬直した桜夜の顔に、くすくす笑うつかさの唇が近づいた。
「あたしが開けてあげましょうか」
「ひいいいい!」
「こらこら、あまり年上をからかわない」
「はーい」
立火にたしなめられ、ぱっと手を放す。
桜夜は自分の耳を抑えたまま、赤くなって動揺している。
(ひとまず、格付け完了っと)
つかさが笑顔の裏でそんなことを考えているなど、部員たちは気付きようもなかった。
* * *
恒例の通り、小都子はつかさを連れて資料室に向かう。
「先輩、今日はずいぶん物静かなんですね」
後輩の問いかけに、先輩は照れくさそうに笑った。
「いやお恥ずかしながら、昨日はちょっと熱くなっちゃったかな。こっちが私の素やねん」
「そうなんですか。でも約束は守ってくださいね」
「そ、そやね」
いきなり釘を刺したつかさは、立て続けに釘を打ち込む。
「夕理のこと、大事にしてあげてくださいね。あたしのことは別にいいんで」
「ねえ、つかさちゃん」
足を止める。
小都子はつかさの顔を真っ直ぐに見ると、落ち着いた声で言った。
「夕理ちゃんとはもちろん仲良くするけど、あなたもこれからは大事な後輩なんや。後輩に順番付けたりはせえへんよ」
「うーん、普通なら素敵な先輩ですねって言いたいとこやけど」
軽く笑った直後に、つかさの目は真剣になった。
「でもやっぱり、夕理のことを一番に考えてください。それくらいでないと、あの子は心を開きませんよ」
「……納得したわけではないけど、心には留めておくね」
「お願いします」
「そちらから踏み込んだんやし、私からも踏み込んでいい?」
「どーぞどーぞ」
妙な緊張感を漂わせながら、二人は歩行を再開する。
「結局つかさちゃんは、夕理ちゃんからの好意をどう思ってるの?」
「うわ、マジで踏み込んできましたね」
小都子としても少しやり過ぎとは思うが、これから夕理に接する上では大事なことだ。
いくら交友を広げようとしているとはいえ、夕理の中で大部分を占めるのはつかさなのだから。
「まあ一応好かれてるわけやし、悪い気はしないですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
「そう。ぶしつけなこと聞いてごめんね」
「いーえいーえ」
二人で呼吸を合わせて緊張を解く。
その後は和やかに話しながら資料室へ向かった。少なくとも表面的には。
* * *
同時刻に部室の中では、部長がつかさの立場について説明していた。
「……というわけでつかさはよく休むし、練習も真剣にはやらへんけど、私はそれでいいと了承した。決して責めたりしないようにと、自戒を込めて言うとくで」
「今の人数では、どんな態度であれ頭数があるに越したことはないですからね」
晴の言葉に、立火は過去のことを思い出す。
昨年は逆に、やる気の足りない人間は退部に追い込まれた。
それはやる気も実力もある三年生が、五人もいたからできたことだ。
結果的に部内の意識は統一されたし、辞めた子たちも別の高校生活をエンジョイしていると信じたい。
今年はそうは言っていられない。つかさには何としても、この部の中でエンジョイしてもらう。
夕理も同じ考えのようで、全員に頭を下げた。
「私からもお願いします。やっぱり冷静に振り返ると、無理に入部させた感じが拭えないので」
「そ、そんなことはなかったと思うけど」
花歩がフォローしてくれるが、全てはこれから、つかさがスクールアイドルを楽しんでくれるかどうかだ。
「まあええんやないのー」
桜夜が呑気な声を上げる。自分は本来ならつかさと同じ側だと、桜夜自身は思っている。
「部活なんて趣味なんやから、そんな真面目にやらなくても。私もそうしよっかな」
「あっそー、好きにすればあ」
「ちょっと立火! 私の扱いが軽くない?」
「ん? だってただのギャグやろ? 桜夜は真剣にやってくれるって信じてるから」
「ずっるいなあ」
気心の知れたような三年生ふたりの会話に、花歩の胸が少しちくりとした。
自分が知らない過去二年間の活動。
これからの一年間が、その時間に少しでも追いつけるのだろうか。
* * *
「!!!!!!」
アイドル衣装姿で戻ってきたつかさを見るや、夕理は興奮し、床を転げ回り、椅子に頭をぶつけて悶絶した。
「~~~~~っ!」
「あのさあ夕理、ほんまに大丈夫?」
「だっ……大丈夫! 信じて!」
「あーキモいキモい」
「ぐっ……」
今回ばかりは桜夜の言う通りなので、何も言い返せない。
一緒に戻ってきた小都子が、何とか夕理の努力を評価しようとする。
「で、でも夕理ちゃんも依存しないよう頑張ってんねんな。今日は私があげたリボンつけてくれてるし」
部員たちの目が、夕理の髪に揺れるベージュのリボンに集中する。
「はい、折角いただいたので。あ、花歩のは明日つけてくるから!」
「別にそんな気を使わなくても」
「へー、あたしのはもう捨てちゃった?」
「捨てるわけないやろ! 明後日はつかさの……」
その瞬間に晴の目が細くなった気がしたが、小都子から事前に取りなしてくれたのだろうか、何も言われなかった。
立火が腰に手を当て感心している。
「そんな事になってたんやな。私からも買うたろか?」
「い、いえ、部費でいただいた分があるので……」
「ちょっとぉ、何で夕理なんかがモテモテやねん!」
いきなり話題の中心を夕理に取られて、桜夜は不服顔である。
「とっかえひっかえ日替わりリボンだあ!? ハーレム自慢か!」
「何をワケのわからないこと言うてるんですか。変な言いがかりはやめてください」
「ぐぬぬ……」
桜夜は唸り声を上げると、つかさの隣へ寄ってぽんと肩を叩いた。
「つかさ、あんたの友達な? 先輩への敬意ってもんがなってないんやけど」
「あー」
困り笑いを浮かべるつかさに、夕理の忍耐は弾け飛んだ。
せっかく許容してやろうと思ったのに、直接攻撃してきた挙句、つかさまで巻き込むならもう遠慮はしない。
「敬われたいんやったら、それに値する言動を見せるのが先やないですかね!」
「んなっ……!」
容赦のない言いように、花歩が慌てて横から声をかける。
「ゆ、夕理ちゃん、上級生やで!」
「だから何? たかが一年二年早く生まれたからって、何で無条件に尊敬せなあかんの」
「こ、このこのこの……」
「年に関係なく、小都子先輩みたいなまともな人やったら敬意を払います。小都子先輩の爪の垢でも煎じて飲んだらいかがですか」
「ちょっと小都子ぉ! いつの間に後輩から好かれてんねん、この裏切り者!」
「そ、そう言われましても……」
困りつつも少し嬉しそうな小都子に、桜夜は八つ当たりを諦め、再度つかさの肩に手を置く。
「とまあこういう状態やねん! つかさからも何とか言うてやって!」
「んー、あたしには難しいですね」
上級生の命令を、つかさはヘラヘラ笑いながらも明確に拒否した。
「あたし、基本的に夕理の味方なんで」
(つかさ……!)
胸がきゅんとなっている夕理を忌々しげに見つつも、あるいは先ほどの格付けが無意識下に作用したのか、つかさに何も言えない桜夜である。
場をまとめるように、立火が両手を打ち鳴らす。
「まあ、夕理も噛みつく元気が戻ったみたいで何よりや。桜夜だって、おとといみたいな落ち込んでる夕理よりは今の方がええやろ」
「おとといの方が百倍マシやった……」
「はいはい、それじゃちょっと踊ってみよか。みんな着替え開始!」