パート1 クールタイム ☆☆
「ねえ夕理ちゃん。つかさちゃんと姫水ちゃんのことは残念やったね」
「ち、ちょっと花歩ちゃん」
花歩のぶしつけな言葉を、はらはらしながら小都子が遮る。
だが言われた方の夕理は、未だ心ここにあらずという感じで、もくもくとお弁当を食べていた。
今日のお昼はこの三人。
人に聞かれたくない話なので、夕理と一緒に部室にやってきた。
念のため小都子にも来てもらって、これで態勢は万全である。
(夕理ちゃん、めっちゃ怒るんやろなあ……)
しかし昨日一晩考えて、芽生にも相談に乗ってもらった上でのことだ。
夕理の友達として、これ以上黙っては見てられない。
バナナジュースを一口飲んで、花歩はおもむろに話し始めた。
「けどもう過去には戻れへん。私たちは先に進まなあかんねん」
「……?」
「夕理ちゃん、はっきり言うで……。
つかさちゃんがフリーになった今こそ、告白するチャンスや! ずっと好きやったんやろ!?」
「アホか!!」
案の定激怒した夕理は、椅子を蹴って立ち上がった。
花歩も負けじと立ち、目の前の距離でにらみ合う。
「私は今まで、本気でつかさの恋を応援してきたんや!
それが潰えた途端、手のひら返してつかさを狙おうなんて……
そんなハイエナみたいな真似ができるわけないやろ!」
「ハ、ハイエナの何が悪いんや!
ハイエナさんだって大自然の中で懸命に生きてるんや!」
「か、花歩ちゃん。何だか話がずれてるで」
小都子に突っ込まれるが、花歩はそのまま話を続ける。
このために信頼できる先輩に来てもらったのだ。
やりすぎたら無理にでも止めてくれるだろう。
「私はずっと不満やったんや! なんで夕理ちゃんばっか我慢せなあかんねん!
自分の気持ちを押し殺して、つかさちゃんに協力ばかりして……。
そろそろ報われたってええ頃やろ!」
「なっ……何でや花歩! 今までそういう話、全然してなかったやないか!
お昼のときも他愛ない雑談ばかりで、せやから私も安心してっ……」
「それは言っても仕方なかったから!
つかさちゃんは姫水ちゃんに夢中で、どうにもならなかったから!
けど今は状況が変わった! 夕理ちゃん、これ以上は単に、自分の気持ちから逃げてるだけやで!」
「なっ……私が、逃げ……!?」
「はい一旦ストップ。座ってご飯食べようね」
小都子に言われて二人とも座る。
もそもそとお弁当を食べてから、花歩の声は今度はしんみりと流れ出した。
「私たち一年生五人、誰の想いも上手くいってへん……。
まあ、勇魚ちゃんは諦めて正解やったと今でも思うけど、それはともかく。
せめて夕理ちゃんだけは、一番好きな人と両想いになってほしいんや……」
「花歩……」
夕理の怒りが少し鈍る。花歩の想いはもう望みがない。
それに比べて、夕理には可能性だけはあるのだから。
が、小都子が横から冷静に指摘する。
「けどね花歩ちゃん、それって告白して成功すればの話やないの。振られたら夕理ちゃんが傷つくだけやで」
「うっ、そうではあるんですが。
で、でも挑戦しない限りは、可能性はゼロかなって……」
「つかさはきっと、今でも藤上さんが好きや。私の入り込む余地なんてない」
「だったらなおさら!
誰かがアタックしない限り、つかさちゃんはずっと姫水ちゃんを……引きずるんやない?」
花歩もだんだん自信がなくなってきた。
無責任に煽って、夕理まで失恋仲間に叩き込むだけかもしれない。
でも、つかさだって夕理を特別に思ってはいるだろうし、そこまで望みがなくはないと思うのだけど……。
「何にせよ、クールタイムが必要やね」
小都子の穏やかな声が、一年生たちを落ち着かせる。
「傷心のつかさちゃんを今すぐ狙うのは、確かに行儀としてどうかと思うで。
つかさちゃんやって、気持ちを整理する時間は必要やからね」
「な、なるほど! 夕理ちゃんも、時間さえ置けば倫理的には問題ないやろ?」
「まあ……倫理的には」
「先輩、具体的にどれくらい空ければいいでしょう!?」
「え? ええっと……一ヶ月くらい?」
「と、いうことは……」
今日は1月16日。
頭の中でカレンダーをめくり、花歩はおお! と声を上げた。
「バレンタインで決着をつけろということですね! さすがは小都子先輩です」
「え、別にそういうつもりは……。ちょっと短かった? 半年くらいにする?」
「そんなに待ったら、他の誰かがつかさちゃんを狙うかもしれないやないですか。
バレンタインデーや夕理ちゃん! お菓子会社の陰謀とか言わへんよね?」
「断じて言うで。お菓子会社の陰謀や」
「まあまあ、クリスマスだって楽しかったやろ!」
勝手に盛り上がる花歩だが、気乗りしなさそうな小都子の顔を見て、再び自信がしぼんでいく。
「あの……小都子先輩は賛成でない感じですか?」
「別に反対というわけでもないんやけどね。
ただまあ、無理につかさちゃんを狙わなくても。
夕理ちゃんは今でも十分幸せなのかなって、私は思ってるけど」
「も、もちろんです! 私は恵まれています。
花歩。今度の日曜、私は先輩とクラシックのコンサートに行くんや」
「うっ、二人でそんな約束してたの……。
でもそれは、つかさちゃんへのアタックと両立すると思うんやけど……」
「とにかく、一ヶ月待ってから、ね」
小都子に言われ、はいと言うしかない花歩に、夕理は少し済まなそうに続ける。
「花歩が私のために言うてくれてるのは分かるで。
でもつかさの頭の中には、もう私という選択肢はないと思う。
元々私の方から、依存しないように、普通の友達でいられるように努めてきたんやから」
「そうやねえ。急に方向転換されても、つかさちゃんも戸惑うやろうねえ」
「で、でも夕理ちゃん」
乗り気でない二人に、花歩だけ必死で方向転換を後押しした。
「今の夕理ちゃんなら、つかさちゃんと結ばれても依存なんて絶対せえへん。
それだけは、友達の私が保証する!」
「……とにかく一ヶ月後までに、考えるだけはしてみる」
夕理の返事でお昼は終わり、部室を出る。
鍵を返すため別れた花歩は、小都子と並んで戻る友達を見送った。
(私の余計なお節介なんやろか……)
(でも姫水ちゃんも勇魚ちゃんも、あれから時々元気がない)
(つかさちゃんが幸せになってくれれば、二人も安心できると思うんや……)
もちろんそのために、夕理に無理しろと言う気はないけど。
でもこの機を逃したら、夕理とつかさの関係は完全に固定される気がする。
中一のときからずっと続く想いが、何とか報われてほしかった。
(つかさちゃん、お願いや……。今すぐは無理でも、あの子を見てあげて)
(今の夕理ちゃんは一人ではないんや)
(せやから、安心して好意を受け取っても大丈夫や)
小都子と花歩だけではない。夕理を取り巻く全てのことが、彼女を支えてくれている。
全ての、ことが……。
(あ、ひらめいた)
花歩に浮かんだのはもう一つの課題、新曲のことだった。
* * *
「『オール・ザッツ・何ちゃら~』なんていいと思うんですが。どうでしょう曲名」
一日置いて木曜日。三年生が参加する日。
曲のタイトルを決めるべく、花歩はミーティングで提案する。
その瞳の向く先で立火は破顔した。
「集大成らしいし、なんか漫才ぽくてええな! 年末にやってそう」
「あ、あはは、それはそれで。
で、何ちゃらに当たるいい言葉はないでしょうか? smileとlaugh以外で」
「ふっふっふっ」
いきなり腕組みして笑い出したのは桜夜である。
自分では知的になったと思ってる目をきらりと輝かせる。
「受験勉強の成果を見せたるで! ここで使うべき単語は『funny』!
意味は『こっけいに面白い』。私たちにぴったりやろ!」
「あ、はい、それも考えたんですが、形容詞なので……」
「え……形容詞だとあかん?」
「ちょっと文章としてどうでしょう」
「むむ……姫水!」
「はいはい。後ろに『days』をつけたらどうかしら。
私たちの面白かった日々、その全てをライブに込められたらなって」
おお、と沸く部員たちの頭に、そのタイトルが浮かぶ。
『オール・ザッツ・ファニー・デイズ』、略してATFD!
夕理の顔は少し明るくなり、クールなつかさと晴も特に異論はない。
「なかなかええんとちゃう。ちょっと長いけど」
「去年のAqoursも四単語で優勝した。長さは問題にはならへんやろ」
Aqoursと同じと聞いて嬉しそうな勇魚に、立火は続けて指示を出した。
「よし、曲は一気に完成に近づいた。あとは勇魚! 笑える衣装を頼むで!」
「はいっ! 日曜に道頓堀へ行って、ちょっと取材してきます!」
「え……道頓堀に何かあったっけ?」
「えへへ、週明けのお楽しみですっ!」
まさかカニかフグの衣装でも作る気じゃ……。
と危惧する部員たちだが、本人が言っているのだ。楽しみに待とう。
その後は歌詞の残りを詰めて、曲としてはいったん完成した。
しかしこれだけで笑わせられるとは誰も思っていない。
全国大会まで一ヶ月と少し。ここから笑えるライブを作る、試行錯誤が始まるのだ。
部活終了後、立火から連絡があった。
「明日は三年生は半日授業やから、部活は休ませてもらうで」
下級生たちに緊張が走る。
明日はセンター試験前日。その次の日はいよいよ本番である。
立火はどうでもいい情報を披露した。
「おととしまでは三年生を体育館に集めて、校長が激励とかしてたんやけど。
それで風邪引いた奴が出て、去年から中止になったんや」
「この学校はアホしかいないんですか……」と呆れ顔の夕理。
「でも実際、風邪には気を付けてくださいね? では、校長先生とはいきませんけど……」
そう言った小都子はそのまま立ち上がり、後輩たちに目配せした。
立って次期部長の後ろに並ぶ一年生に、立火と桜夜はなんやなんやと目を丸くする。
応援団のように手を掲げた小都子が、目いっぱい声を張り上げる。
「フレー! フレー! せ・ん・ぱ・い!」
『フレ! フレ! 先輩! 頑張れ頑張れ! 先輩!!』
一年生たちも唱和し、冬の部室にエールが響き渡った。
桜夜は滂沱の涙を流し、立火は風邪でもないのに鼻をすする。
「み、みんなあ……」
「お前たち、ありがとう……熱いエール、確かに受け取ったで!」
感動シーンをカメラに収める晴の前で、立火は改めて決意した。
センターで良い点を取っておけば、二次試験も余裕をもって臨めるだろう。
逆にここでダメなら、全国大会への練習にはあまり参加できないかもしれない……。
スクールアイドル生活の締めのためにも、必ず結果を出さねば!
「やるでー! ここまで応援してもらったんや、私はやったる!」
「うんうん、頑張るんやで立火」
「お前も来週後半から試験やろ! 何を余裕こいてるんや!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。六校も願書出したんやから、数撃ちゃ当たるって」
フラグのようなことを言っている桜夜に、夕理は心底不安しかない。
「恥ずかしながら応援団の真似までしたんですから、しっかりしてください」
「あはは。フレフレ言ってるの、夕理にしては可愛かったで。もう一回やって」
「絶対に嫌です!」
(この二人、何だかんだで仲良くなってきてるのかな?)
少し思うところのある姫水だが、今は心に秘めておく。
そして――センター試験の日がやってきた。
* * *
「おはよっす、広町さん」
「おはよ。お互い気合い入れてこ」
隣の区にある大学で、同じクラスの子と挨拶する。
家から近いし、祖母の言葉がなければここを受けるつもりだった。
全身のポケットに入れた、初詣のお守りに護られながら建物に入る。
「隣やな。よろしくー」
「うん、よろしく……って!」
試験会場に座り、隣の子に挨拶すると、向こうはいきなり驚いてきた。
「Westaの立火さん!?」
「おっ、知っててもらえて光栄やな」
「そら全国行ったスクールアイドルやん! え? 試験なんか受けててええの?」
「いやいや、いくら全国行けても、試験は受けないと浪人やで」
「あ、あはは、それもそうやな。アイドルと思うとつい」
『え、広町さんが!?』
『同じ部屋で!?』
たちまち部屋は大騒ぎになり、握手やらサインやらを求められてくる。
立火が気さくに応じていると、一画から声が上がった。
「ねー、ちょっと一曲歌ってもらえへん?」
「って何調子乗ってんねん! 試験官につまみ出されるわ!」
即座に近くの子が突っ込み、場は笑いに包まれる。
緊張なんて完全に吹っ飛び、皆は着席して試験開始を待った。
(ほんま、大阪人はノリがええなあ)
他県の人からは不謹慎と見られるのかもしれないが、立火には心地よい空気だ。
でも、だからこそ一度は離れねばならない。
名古屋人というのはどういう人たちなのか……
それを確認するためにも、立火は鉛筆を握って戦いを開始する。
* * *
「部長から連絡、きいひんなあ……」
土曜のお昼休み。スマホばかり確認している花歩に、つかさが呆れ顔を向ける。
「いちいち昼に報告なんかせえへんやろ。ちっとは信じてドンと構えたらどうやねん」
「ううっ、小心者でごめん」
「まあまあ。それより、明日の日曜だけど……」
と、姫水がお弁当箱を置いて花歩に尋ねる。
「予定がなければ、アメリカ村と堀江に行かない? 服でも見に」
「あたしも一緒やでー」
「え、姫水ちゃんとつかさちゃんと? うん、大丈夫やけど」
色々あったばかりの二人に誘われて、ちょっと緊張する花歩である。
とはいえこの機に探れるかもしれない。今のつかさが夕理をどう思っているのか。
花歩の視線はその夕理へと向く。
「で、夕理ちゃんは小都子先輩とコンサート」
「先輩がいてくれて助かったで。一年生はこういうの一緒に行く人いいひんから」
「あ、あはは。一時間くらいで終わるなら行くんやけど」
「うちは一時間も無理や! 三十分で寝るで!」
自慢にならないことを笑顔で言う勇魚は、姫水がぴくりと反応したことに気付かない。
その勇魚はボランティア部の人と道頓堀で遊ぶそうで、充実した休日に、花歩は少し後ろめたい。
「部長がセンター試験受けてる日に、私たちは遊んでてええのかなあ」
「あたしらが家でじっとしてたからって、部長さんの点数が上がるわけでもないやろ」
「来年、再来年は我が身やからね。今のうちに青春を謳歌しておかないと」
つかさに続いて小都子の言葉に、皆も確かにと納得する。
桜夜は講習に行っていて今日はいない。
下級生たちは今はジャージ姿。一足先にライブの練習を始めているが、センターがいないとやはり締まらない。
合格さえ決まれば、逆に授業がなくなる三年生の方が、練習時間は多く取れるのだけど……。
* * *
『一日目の自己採点は、やらん方がええんやって』
『もし結果が悪いと明日の試験にも影響するから』
『てことで二日目が終わってからまとめてやるで』
昨晩届いた立火のメッセージを、花歩は姫水と一緒に地下鉄で読み直す。
参考になるなあ……と言いたいところだが、残念ながら参考にできるのは小都子までである。
(なんで入試制度改革なんて、余計なことするんやろなあ)
(しかも問題点多いみたいやしグダグダになりそう……ってやめやめ。せっかくの日曜や)
「そういや姫水ちゃんは大学行くの?」
「どうしよう。一応行っておいた方がいいのかな。
まあ、役者のお仕事が軌道に乗るか次第ね。乗らなかったら行くしかないし」
「うーん、芸能人も大変やなあ」
待ち合わせの四ツ橋駅には既につかさが来ていた。
会うなりじろじろと、花歩を値踏みするように眺めてくる。
「相変わらず大都会大阪の人間とは思えぬ、芋っぽい恰好やな」
「ほっとけ!」
「そんな花歩でも東京に行って恥ずかしくないように!
今日は堀江のセレクトショップで、おしゃれを追求しようというわけや」
「うふふ。花歩ちゃんは磨けばもっともっと光ると思うわよ」
「ええ……今日ってそういう趣旨やったの。
でも全国大会は部活なんやから制服やん」
「それ以外でも東京行く機会はあるやろ」
堀江へと歩きながら、つかさの目がふと遠くなる。
冬の空気の中で夏を見据えたかのように。
「夏休みになったら、あたしは姫水のとこに遊びに行くつもり。もちろん勇魚も連れてくで」
「私も今度こそ、東京の友達を紹介できると思う」
「つかさちゃん、姫水ちゃん……」
本当にこの二人は、結ばれこそしなかったけど大切に想い合ってるんやなあ……と花歩が感じていると。
お鉢は自分の方へ回ってきた。
「花歩ちゃんは来てくれる?」
「も、もちろんや! あ、でも予選突破できたら、夏休みも全国大会やで?」
「その場合は二、三泊延長する感じやな。交通費浮くし」
「あはは、それならお得やね。――帰りに、部長と桜夜先輩のとこに寄ってもいいかもね」
その部長が試験と格闘中のところを心苦しいが、将来の旅に相応しいセンスのため、花歩は力強く歩を進める。
が、目的地に着いた途端、その勇気も怖気づいてきた。
アメリカ村の西に位置する堀江。
特にオレンジストリートと呼ばれる通りには、おしゃれなブティックやカフェが建ち並び、道行く女子たちもハイセンスに見える。
「私にはハードルが高すぎる……。
服なんてショッピングセンターでしか買ったことないのに!
こういう店、何も買わずに出るのめっちゃ気まずいやん?」
「もう、花歩ちゃんは人を気にしすぎ。店員さんだって慣れてるし気にしないわよ」
「この前に奈々たちと来たとき、いい店があったんや。
ほら、あそこ。店員が話しかけてこないから、花歩にはちょうどええやろ?」
「うーん、それは助かるけど……」
観光地として混雑しているアメリカ村に比べ、堀江は落ち着いていて人通りもそこそこだ。
だからというわけではないが、つかさが指し示した店内には客の姿はなかった。
「めっちゃ入りづらい……もっと人のいる店にしない?」
「ええい往生際の悪い! 人がいたら落ち着いて服選べないやろ!」
「さ、花歩ちゃん。入って入って」
「あうう」
姫水に背中を押され、仕方なく店内に入る。
普段の花歩ならまず買わない、おしゃれ度の高い服がずらりと並んでいる。
まずは試着ということで、一番はしゃいでいたのは姫水だった。
「これとこれ、これなんかもいいんじゃない?」
「姫水ちゃん、楽しそうやね……」
「花歩ちゃんは可愛いんだから、もっとアピールすればいいのにって常々思ってたのよ」
そう言って姫水が選んでくれた服は実際可愛くて、花歩も悪い気はしない。
でもやっぱり……服に着せられてる気がする。
しばらくファッションショーを楽しんでから、頃合いを見てつかさが口を出した。
「さ、次は花歩が自分で選ぶ番やで。センスの見せどころやなー」
「うう、またそうやって難題を。そうやなあ……」
じっと動かない店員を気にしつつ、店内を見て回る。
花歩が手に取ったのは少し大人っぽい服で、姫水は目を丸くした。
「そういう方が好みだった? ごめんね、言ってもらえれば」
「う、ううん、さっきみたいな服も好きやで。
でもやっぱり、もっとイカした女の子になりたいねん。つかさちゃんみたいな」
「あら、聞いたつかさ? こんな向上心のある子の目標になるなんて、幸せ者ね」
「もー、恥ずかしいことを堂々と……。まだ憧れとか言うてんの」
「当たり前やろ。変わるわけないやん」
つかさと姫水の間に何があったのか、全てを知っているわけではないけれど。
最後までつかさが、好きな気持ちを貫いたのは分かるし、憧れはますます強くなった。
自分ではそんな風にできそうにないから、なおさら。
いくつか試着して、二人のお勧めも聞いて、ひとつの服が候補に残る。
今の花歩に似合うとは言えないけれど、似合うようになりたいと思える服。が……
(うげえ……七千円)
(普段の私なら即回れ右の値段や……)
他の店も見に行く? と二人に聞かれたし、見てみたい気持ちもある。
でも結局それをすると、いつもの優柔不断な自分で終わりそうだった。
(……ええい! 今はお年玉が残ってるんや!)
(お金をかければおしゃれになるとは思わへんけど)
(貧乏性でチャンスを見送るのはもう嫌や! 一期一会!)
「ありがとうございましたー」
店員の声を聞きながら、袋を抱えて外に出た花歩を、姫水が心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫? とんでもなく深刻な顔をしてたけど……」
「清水の舞台から飛び降りたとこ! 私はまた一つ生まれ変わったんや!」
「あはは。そこまで気合い入れて買ったなら、その服も幸せ者やな。
さて、あたしは今日は靴を見に来たんや。二人とも付き合ってや」
「私はちょっと家具を……」
「ええ!? 姫水ちゃん、家具買うの!?」
「見るだけよ。いいのがあれば後で母と来るけどね」
改めて、引っ越しちゃうんやな……と実感しながら、二人の買い物に同行する。
スタイリッシュな欧風家具店と同時に、老舗のタンス屋などもある堀江。
あれこれ意見を交わす姫水とつかさに、花歩も大いに勉強になった。
(やっぱり持つべきは、センスのある友達やな)
(これで私も、堂々と東京へ行けそう!)
* * *
三人が入ったのはこれまたおしゃれな、オーガニックな感じのカフェである。
「この後にアメ村も行くんやから、食べすぎるんやないでー」
『はーい』
つかさに返事してガレットなどを頼んでから、一息つく。
花歩の当初の目的――つかさが夕理になびいてくれそうかは、正直何とも言えなかった。
姫水とは普通に仲のいい友達に見えるけど。そう努力している感じがしないでもない。
(いっそ姫水ちゃんに協力を頼むとか……)
(って、先走りすぎやな。この服と同じで、まずは夕理ちゃんが選ぶことや)
「ねえ、花歩ちゃん、つかさ」
と、少し低い声で話し始めたのは姫水だった。
「私とつかさは最高の結果とはならなかったけれど。
過去には戻る気はないし、この結果を踏まえて先に進まないといけない」
どこかで聞いたようなことを言ってから、姫水は決然と顔を上げる。
「Westaの八人の中で、一ヶ所だけ欠けている輪がある。
それを繋いでこそ、全国大会に相応しいライブができると思うの。
つかさと決着がついた以上、もう私と彼女の間にわだかまりはないはず」
「そ、それってまさか……」
勢いに飲まれている花歩に向かって、願いが姫水の口から放たれた。
「何とか本番までに――天名さんと仲良くなりたい」
(どうにも話がややこしくなってきたで……)
夕理が好きな人が好きだった人が、その夕理と仲良くなりたいと言う。
この関係は、一体何と呼べばいいのだろう?