ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 お渡し会

「部長、明後日は7:45に登校してください」

 

 連休明けに、晴から立火へ妙な指示が出た。

 

「チョコはいつ持っていけばいいか、という問い合わせが来ているので。朝にお渡し列を作りましょう」

「ええ……もらうの期待してるみたいで恥ずかしいなあ」

「誰も来なかったら、それはそれでネタになりますからね」

「悲しすぎるやろ!」

 

 マネージャーらしく働く晴に、桜夜も尻尾を振って詰め寄った。

 

「私は? 私は? 問い合わせ来てる?」

「多少来てますが、先輩は朝は勉強ですよね。夕方の部ということで、四時半で告知しておきます」

「ううっ。早くもらいたいけど、しゃあないか」

「他のメンバーはどうする?」

 

 晴に尋ねられ、一年生たちは顔を見合わせる。

 花歩は思い出す。テレビで見たアイドルの握手会で、一人だけ誰も並んでいなかったのを。

 あんな状況を味わったら、ショックで寝込むことになりかねない。

 が、涼しい顔で手を上げたのは姫水だった。

 

「私は朝に来ます。今の人気なら、それなりには列もできるでしょう」

 

 自信満々で言われ、ぐぬぬとなったつかさが対抗して手を上げる。

 

「あたしもやります! 友達に頼んどくんで、ゼロってことはないはず!」

「サクラやんけ!」

 

 立火のツッコミが響く中、勇魚の元気な挙手が続く。

 

「うちもうちも! 誰も来ないならそれでもいいです。

 でも、もし万一うちに、チョコを渡しに来てくれた人がいたとき。

 その場にうちがいなくて、悲しませる方が嫌なので!」

「おお……さすが勇魚ちゃん、ファンへの神対応や」

 

 感心する花歩だが、とても同じようにはできそうもない。

 情けない顔で晴に頼み込む。

 

「もし私にって人が来たら、すぐスマホで呼んでください。飛んでいくので……」

「分かった。まあ、どうせおらへんから気にするな」

「はっきり言いすぎですよね!?」

 

 そして部員たちの視線は、残った小都子に集中する。

 チョコをねだるのは本人のキャラではないが、勇魚の態度も見習いたい。

 結局、口実をつけて早く来ることにした。

 

「立火先輩が大変そうやから、列の整理でも手伝いにきますね」

「またまたー。もうすぐ部長なんや、チョコの数でも私と並ぶ気でないとあかんで」

「さ、さすがに先輩にはかないませんってば。あ、ほら、早く部活を始めましょう」

 

 所在なさげな夕理に気付いて、小都子は話を終わらせる。

 気遣われてしまった夕理は、少し恥ずかしそうにしつつも先輩に同調した。

 

「全国大会はもう再来週なんです。皆さん緊張感を持ちましょう」

「ちょっと夕理ー、ひがんだらあかんで。もらえそうにないからって」

「どうでもいいです!」

 

 ウザく絡んでくる桜夜に反発しつつ、どうでもいいのは事実なのだろう。

 夕理の頭の中は、つかさへのチョコで一杯のはずだ……と小都子は思う。

 今は湖面のように落ち着いた心持ちで。

 

(私は何とか、自分のバレンタインを楽しめそうや)

(夕理ちゃんも、今回はいっぱいいっぱいやと思うけど)

(来年はきっとファンも増えて、後輩からも渡されて、また違ったバレンタインになるんやろな)

(っと、気い早すぎやな)

 

 この日は被服室に移動し、衣装作りを開始した。

 明後日に誰かがチョコを渡しに来ても、裁縫中なら影響も少ないという目論見である。

 三分の一ほど進んで本日は終わり。

 昇降口を出た小都子に、花歩が小声で話しかけてきた。

 

「い、いよいよカウントダウンですね。夕理ちゃん、大丈夫でしょうか」

「花歩ちゃんが緊張してどうするんや。後はつかさちゃん次第やで」

「うう、そうなんですけど……小都子先輩はさすが大人です」

「いやあ、昨日は色々あったんやけどね」

「え、何ですか?」

「あはは。いつか笑い話になったら話そうかな」

 

 煙に巻かれたような顔で、花歩は勇魚たちを追って帰っていく。

 今はああして友達を心配している花歩も、立火に渡すときは心ときめかせるのだろう。

 既に夕理に渡してしまった小都子は、当日はちょっと退屈かもしれない。

 

(やっぱりもう一つ、特別なチョコを作ろうかなあ)

 

 そんな理由で渡すのも何だけど。

 彼女なら、きっと喜んでくれるだろうから。

 

 

 *   *   *

 

 

 さらに一日が経過し、とうとう前日。

 春に比べると皆の裁縫は早くなり、明日には衣装も完成しそうだ。

 

「では、朝のお渡し会の面子は時間に遅れないように。

 全国大会に向けて、最後のファンサービスや」

 

 晴に念押しされ、部員たちは三々五々帰っていく。

 電車の吊り革につかまりながら、つかさは浮かない顔だった。

 

「あたし、何個もらえるんやろ。姫水にボロ負けしたらへこむで」

「地区予選で主役やったんや。印象には残ってるやろ」

「ならええんやけどー」

 

 こうやって表に出しているライバル心は嘘ではないのだろうけど。

 その裏に何もないのか、夕理は気になって探ってしまう。

 

「……姫水さんに、特別なチョコは渡すん?」

「んー……実はちょっと考えたんやけど。

 でも未練がましいし、やめた。皆と同じチョコ」

「そ、そう……」

 

 普段は鋭いつかさなのに、夕理が明日企んでいることには、まるで気付いていないようだ。

 クールタイムは一ヶ月で足りたのだろうか。

 表に出さないだけで、心の奥には今もずっと、あの子だけがいるのだろうか。

 

(でも……そうやとしても後には引かれへん)

 

 もう一ヶ月待っていたら、三年生は卒業してしまう。

 立火と桜夜が、そして姫水がいる今のWestaのうちに、できれば決着をつけたかった。

 天名夕理にとって、最も重要な関係性に。

 

 

 全国大会が終われば、すぐに学年末テストだ。

 夕理が自室で勉強していると、花歩から何度目かのメッセージが来た。

 

『告白の台詞は考えた? 何なら歌詞担当の私が添削するで』

『いらんわアホ! いい加減に鬱陶しい!』

『がーーん、心配してるのに』

『気持ちは嬉しいけど、明日の今頃にはもう結果は出てるんや』

『うん……あ、芽生の話なんやけど。

 天王寺福音はチョコ持ち込み禁止なんやって。バレンタインも何もないで』

『ふうん。まあ学業に関係のないものやからね』

『えー? つまらないやろー?』

 

 結局そのまま、しばらく雑談をしてしまった。

 会話を終えてから、少しスマホの画面を眺める。

 小都子と姫水は、さすがにこの期に及んであれこれ言ってはこない。

 そして蚊帳の外にしてしまった勇魚には、終わったらすぐ報告しよう。

 

(ふう……)

 

 天井を見上げて深く息をつく。

 机の引き出しを開けて、宝石箱をそっと取り出した。

 

 中身は中学一年生の時間の全て。

 つかさと写った十枚の写真。つかさが初めてくれたリボン。

 そして――生まれて初めて、バレンタインに渡されたもの。

 何の変哲もない友チョコの、ラッピングだけを後生大事に取ってある。

 

『はい夕理! ハッピーバレンタイン!』

『おっ、なんや夕理も用意してあるやん。恥ずかしがらないで出して出して』

『あはは、えらい気合いの入った友チョコやなあ。めっちゃ嬉しいで!』

 

 独占できた頃のつかさの笑顔は、思い出すだけで胸が締め付けられる。

 振られるよりも嫌なのは、また依存する自分に戻ることだ。

 でも、大丈夫。そうならない自信はある。

 Westaでの一年間で、彼女に告白する資格だけは得られたはずだ。

 

 台所の冷蔵庫から、小都子がくれたトリュフチョコを持ってくる。

 あれから少しずつ大事に食べて、これが最後の一個。

 口に含んで、ビターな外側と、甘い内側をゆっくり味わった。

 この栄養を使って、明日は一世一代の勝負にいよいよ臨むのだ。

 

 

 *   *   *

 

 

(ほんまに列作るほどチョコもらえるんか?)

 

 晴の指示より早く家を出ながらも、立火は未だ半信半疑だった。

 去年の三年生は、この日にはそもそも登校してこなかった。

 何人かぱらぱらと、渡してくれという生徒が部室に来ただけで、結局手分けして家まで配りに行った。

 全国へ進んだとはいえ、あれから急に増えるものだろうか……。

 

 などという疑念は、校門に近づくと吹き飛んだ。

 

「立火先輩や!」

「好きです! 受け取ってください!」

「全国大会めっちゃ楽しみです!」

「はい列を崩さない。通行の邪魔にならないよう並んで」

 

 二十人くらいはいるだろうか。既に晴が列の整理をしている。

 ぽかんとしている立火へ、その三白眼がじろりと向いた。

 

「ちゃんとサービスしてくださいよ。寒い中を来てくれたんやから」

「あ、ああ、みんなおおきに! 私からのお返しはお徳用の一口チョコやけど、堪忍してや!」

『はーい!』

 

 快く了解されて心苦しいが、全員に普通のチョコを返していたら破産してしまう。

 せめて心を込めて、握手し、サインし、お礼を言う。

 隣に立つ晴が持った袋から、一口チョコの包みを一個一個渡した。

 

「わ、さすが立火先輩ですね」

『藤上さんやー!』

 

 感心しながら到着した姫水にも、すぐさま人が群がっていく。

 駅の方からも次々人が来て、勇魚が嬉しそうに列作りを手伝った。

 中学生の子が、憧れに目を輝かせながらチョコを渡す。

 

「絶対大女優になってください!」

「ありがとう、全力を尽くすわね。はい、私からもどうぞ」

「え、手作りですか!? メッセージカードまで!」

(姫水、マメなやっちゃなあ)

 

 横目で見ながら、今度は立火の方が感心する。

 確かにカードくらい作るべきかもしれなかったが、今は受験中なので許してほしい。

 プロ女優に会える機会とあって、列は途切れることはなく……

 

「うげっ」

 

 時間通りに来たつかさは、その列を見て渋い顔だ。

 とはいえ自分に駆け寄ってくるファンの姿に、すぐさま営業スマイルを用意する。

 

「つかさ先輩、地区予選の決闘マジ最高でした!」

「あはは、ありがとねー。あたしが先輩かあ」

 

 そして自転車を置いてきた小都子が、立火の後ろからひょいと顔を出した。

 

「えらい列ですねえ。手伝いましょうか」

「何言うてんねん。自分のファンに対応しいや」

「小都子にチョコを渡したい方! こちらへどうぞー!」

 

 晴が声を張り上げると、遠慮がちに遠巻きにしていた女の子たちが、何人か近づいてくる。

 

「私、小都子さんの歌声が好きで……ソロバージョンも出してほしいです!」

「あ、あらあら、おおきにね。需要があるなら歌ってみようかなあ。はい、私からもどうぞ」

「うわあ、綺麗なチョコ! 手作りですか!?」

「うん、一応ね」

『橘さんのお手製チョコ!?』

 

 晴が何度もブログに上げた結果、小都子のお菓子作りの腕は知れ渡っている。

 立火の列の最後尾にいた子たちが、顔を見合わせ、こそこそと列を移った。

 視界の端で見ながら苦笑する立火である。

 

(あはは、小都子にファンを取られてもうた)

(……けど、なんや嬉しいな)

(地味で優しいだけと思われてた小都子も、今は色んな魅力が世間に伝わってるんや)

 

 しかしこうなると、一つももらえていない勇魚が気にかかる。

 本人は気にせず、仲間たちの人気を見てにこにこしているが……

(部長として歯がゆい! めっちゃいい子なんや、もっと伝わってや!)

 という念が通じたのか、姫水に渡して帰ろうとした上級生が足を止める。

 

「勇魚ちゃん、もらえてへんの?」

「はいっ、うちは人気がないので!」

「それも可哀想やな……こんなんで良かったらいる?」

「いいんですかっ!? わーい! ファンの方から初めてのチョコやー!」

「い、いや、チロルチョコでそこまで喜ばれても……」

「うちからもどうぞ! 手作りですよ!」

「な、なんか申し訳ないで……」

 

 ファンは恐縮しながら帰っていくが、勇魚は純粋に喜んでいる。

 横目で見ていた姫水も、頬が緩むのを止められないようだ。

 立火もほっとして、引き続きチョコを交換していく。

 

 

 *   *   *

 

 

(くそう……まだ姫水の列の方が長いで……)

 

 つかさも一人一人のファンに感謝はしているが、それはそれとして姫水には負けたくない。

 現時点で差は六個。

 八時を過ぎると、住女の生徒たちが登校してきた。

 伸びそうになる立火の列に、すぐさま晴が制御に走る。

 

「住女生は後で教室で渡してください! 今は外から来てくれた人が優先です!」

(部長さんとこはえらいことになってるなあ)

 

 逆につかさの方は、とうとう列が解消してしまった。

 校門で手持ち無沙汰にチョコを待つというのは、非常に情けない気分である。

 勇魚に話しかけようとしたが、ちゃっかり他の人にチョコをもらっている。

 と、響いたのは待ちわびた声だった。

 

「つかさー! お待たせー!」

「奈々! 首尾はどうやった?」

「昨日みんなから集めた分と、私たちのも合わせて、友チョコ十個!」

「よっしゃー! これで逆転やあー!」

 

 遠くを見れば晶と楓が、少し呆れ顔で昇降口に入っていく。

 ちょうど姫水も最後の一人から受け取り、苦笑いをつかさに向けた。

 

「相変わらず下らないことで張り合うんだから」

「うっさいわ、そっちは何個やねん。計算ではあたしが一個多いはず!」

「このチョコ一個一個に想いがこもってるのよ。数で語れるものじゃありません」

「くわー、この優等生めえ。あたしに負けるのが怖いんやろー」

「あはは、相変わらず仲ええなあ。で、つかさには悪いんやけど」

 

 と、奈々が鞄からチョコバーを取り出す。

 

「はい、藤上さん。ハッピーバレンタイン!」

「ありがとう、三重野さん。私からもどうぞ」

「ちょっ、奈々あああ! あたしを裏切る気!?」

「二人とも大好きやでー。ついでに言うなら、この後は六組の全員、計43個が藤上さんにプラスされるから」

「ふふ。圧勝してしまって悪かったわね」

「うぐぐ……ええの! さっきの一瞬だけは勝ったから!」

 

 楽しく騒ぎながらも、つかさの胸は多少ちくちくとする。

 本音では姫水に特別なチョコをあげたいし、姫水から特別なチョコをもらいたかった。

 

(あたしの恋が終わって一ヶ月経った……)

(友達兼ライバルとして、じゃれたり張り合ったりできてると思うけど)

(好きな気持ちはほんまに減ってるんやろか)

 

 正直なところ自信はない。

 夕理のように厳しく自分を律することは、やはり無理なようだ。

 もしかしたら一生、果たされなかった想いを抱えて生きていくのかもしれない。

 

(他人から見れば不毛なんやろな……けどしゃあない、なるようにしかならへん)

「つかさ? 私からの分は部活で渡すわよ」

「あ、うん。部員が揃ってからの方がええな。

 てことで奈々にはお返しのチョコクッキー。助かったから三枚あげるで」

「ありがとー! それじゃ私は用事があるから、先行ってるね」

 

 奈々が去ると同時に、お渡し会を終えた立火が声をかけてくる。

 

「さて撤収や。おっ、つかさも随分もらってるやないか」

「いやあ、友達に頼んで水増ししてまして……って部長さんこそ、なんすかそのチョコの山」

「あはは、私もビックリやで。全国大会さまさまやなあ」

「ほんま、ありがたい事ですよね」

 

 そう言う小都子も予想外の数だったようで、クラスメイト用のブラウニーまで放出していた。

 姫水はさらに多く、勇魚に半分持ってもらっている。

 それをも上回った立火は、チョコで満たされたバッグをしみじみと見つめた。

 

「これが、私のアイドル活動の到達点なんやな。

 多くの人に助けられながら、こんなに応援してもらえるところまで来た」

 

 あと十日で引退する部長の述懐に、部員たちはとっさに言葉もない。

 後輩たちに感謝の目を向けながら、立火が声をかけたのは、一個のチョコも持たないマネージャーだった。

 

「特に晴、私をここまで押し上げてくれてありがとう。

 今日のお渡し会も、晴が頑張って宣伝したからこんなに集まったんや」

「私は皆に周知しただけ。その先は部長自身の魅力ですよ。

 それにバレンタインとなると、カッコいい系の女子の方が有利ですからね。

 ということで……」

 

 照れ隠しなのかそうでないのか、晴は軽く流して話を後輩に向ける。

 

「つかさは部長のカッコいい路線を受け継ぐんやったな。

 三年生になる頃には、今回の部長を越えるチョコを集めるものと期待してるで」

「ちょっ、ハードル高すぎっす!」

「あはは、つかさちゃんはうちのエースやからねえ」

 

 小都子にまで言われ、姫水と勇魚もエース! エース!と笑顔で手を叩く。

 困り顔で昇降口へと向かうつかさに、立火が並んで歩いていく。

 手から下げたチョコの袋が、つかさには少し重くなったように感じた。

 

「……あたし、ファンの期待に応えようとか、ご立派なことは考えないですよ」

「私だってそんなに殊勝ではなかったで。プロとはちゃうしな。

 やりたいようにやって、それで応援してもらうのが一番や」

「もー、虫のいいアイドルやなあ」

 

 笑いながら、五人のスクールアイドルたちは校舎へ入っていく。

 この後は教室と部室で、普通の学生らしいバレンタインを楽しむために。

 

 

 *   *   *

 

 

 その少し前。花歩はお渡し会とは逆側の校門から、こそこそと校内に入った。

 ご指名の連絡が来る配は全くない。

 気落ちして昇降口に行くと、下駄箱で夕理に出くわした。

 平然としているものの、やはりチョコはもらえていない。

 

「私たちって何があかんのやろなー」

「登校前にチョコ渡しに来るって、よほど熱狂的なファンだけやろ。

 そこまでではないだけで、普通に花歩が好きな人はいると思うで」

「ううっ、ありがとう。せやけど熱狂的なファンも欲しい」

「贅沢ばかり言わない! ほら、これあげるから」

 

 夕理が差し出したのは、丁寧に箱に入ったチョコレートだった。

 大喜びで受け取った花歩は、透明な袋入りの赤い物体を取り出す。

 

「ありがとー! はい私からはこれ」

「ルビーチョコ使ったんや」

「最近流行りやからね。夕理ちゃんはホワイトチョコやろ。開けなくても分かるで」

「まあ……白は好きやし」

 

 お祭り気分に浮かれる校内を歩きつつ、別れる寸前に花歩は尋ねた。

 

「つかさちゃんにはいつ渡すん?」

「……帰りに」

「そっか、やっぱり二人きりの時がいいよね。がんば!」

「別に頑張ることとちゃう。ここまできたら、粛々と想いを伝えるだけや」

 

 そう言いながらも、夕理の声が少し固いことに花歩は気付いてしまう。

 夕理は二組に入り、花歩も三組へ行こうとした時だった。

 ふと予感がして、二組の中を覗いてみると……

 夕理に向かって、曲を誉めてくれたあの二人がチョコを差し出していた。

 

「あ、天名さん、ハッピーバレンタイン」

「これ、全国大会への応援も兼ねて……迷惑でなかったら」

「ええ!?」

 

 完全に予想外らしかった夕理は、大慌てのまま両手で受け取る。

 

「あ、あ、ありがとう。あ、私のチョコ余ってへん……。

 ホワイトデーにお返しするから! 必ず!!」

「い、いや、私たちが贈りたかっただけやから」

「天名さんの気持ちだけで十分やで」

「そうはいかへん! 全国大会もホワイトデーも、必ず相応しいものをお返しする!」

(夕理ちゃん、良かったなあ)

 

 心が軽くなって、花歩も自分の教室に入る。

 お菓子作りが得意な子が、机の上にチョコマカロンを広げていた。

 

「花歩ちゃん、おひとつどうぞ」

「おっ、それなら遠慮なく。私のも見て見てー、失敗チョコ」

「失敗なん!?」

「最初は部長のために作ってたんやけどね……」

 

 花歩が鞄から取り出したのは、赤くうねる毛のような不気味なブツだった。

 クラスメイトたちが気味悪そうに覗きこむ。

 

「何やこれ、イソギンチャク?」

「聖火の形にしようとしたんや! けどそんな型ないやろ?

 アルミホイルでそれっぽく頑張ってみたんやけど、固まったらこんな惨状に……」

「あはははは! それで最終的には成功したん?」

「結局、無難にハート型にしたで。

 ま、これも味は変わらへんから。どうぞどうぞ」

 

 失敗チョコを適当に割って、周りの子に食べてもらう。

 女子校のバレンタインは、実にのどかなものだった。

 花歩がマカロンを味わっていると、教室の入口から声がする。

 

「花歩ちゃん、ちょっといいー?」

「お、奈々ちゃん。失敗チョコ食べる?」

「いや私はええわ。はいこれ、香流から」

「香流ちゃんが!?」

 

 奈々が手渡したパッケージは、どこかで見た覚えがある。

 確かコンビニで売っていたものだが、それでも十分に感涙ものだ。

 

「うわーい! ファンからの初めてのチョコやー!」

「あはは。本人は『アタシはチョコとか贈るキャラとちゃうのに』ってブツブツ言うててんけどね」

 

 正直なところ花歩もそう思ってたので、ありがたいサプライズだった。

 聞けばつかさが姫水に対抗するため、チョコをくれと懇願してきたので、それを買ったついでらしい。

 つかさの必死さに苦笑し合ってから、奈々は自分のクラスに帰っていった。

 香流にお礼のメッセージを送っていると、入れ替わりで勇魚が入ってくる。

 

「お渡し会終わったでー」

「おつかれー……って勇魚ちゃん、それ……」

「うん、三個ももらえたで! 花ちゃんも来たら良かったのに!」

「あ、あはは、私は勇魚ちゃんみたいな人気はないから……」

「ちゃうちゃう。このチロルチョコは可哀想やからってくれた分で」

「うーん、同情かー」

「こっちの二つは、Westa全員が好きな……何ていうんやっけ」

「箱推し?」

 

 と、近くのクラスメイトが助け船を出す。

 

「そうそう、それや! それで列がなかったうちに渡してくれたんや」

「そういうもらい方もあるんやな。それでもらえても少し複雑かなあ……」

 

 香流からのチョコを勇魚に見せると、一緒に喜んでくれた。

 勇魚は京都の胡蝶にチョコを郵送したので、今日到着したらええなあ、なんてことを話す。

 そしてクラスメイトに配り始めた勇魚に、同じだけの量が返ってきて。

 先生が来るまでの間、しばらくチョコレートパーティに興じていった。

 

 

 *   *   *

 

 

「ごめん! 思ったよりファンの方が多くて、全員分のブラウニーはないねん!」

 

 謝る小都子に、2-3の生徒たちは文句を言えようはずもない。

 たとえ小都子のお手製チョコを、ずっと楽しみにしてきたとしてもだ。

 

「小都子の人気が出て私たちも嬉しいで」

「そうそう、ブラウニーの権利はじゃんけんで決めるということで……」

「私はいらない。みんなで食べたら」

 

 忍が素っ気なくそう言ったのが、小都子へのフォローであることは明らかだった。

 だから小都子も、もはや迷いもなく包みを取り出せた。

 

「忍は気にしなくて大丈夫やで。はいどうぞ、いつもお世話になってます」

「え!? わ、私だけに!?」

「うん。忍だけに渡したいんや」

 

 誰にも差をつけるべきでないと思っていた。

 それが角を立てない方法であると。

 でも夕理という後輩と出会って、特別な気持ちを少しだけ味わって……

 思い切って踏み出した小都子に、クラスメイトたちは答えを返す。

 

「おー。忍はもらって当然やな」

「いつも小都子に尽くしてきたもんねえ」

 

 ――角なんてどこにも立たなかった。

 今まで何を悩んできたのだろうと、思わず笑ってしまう小都子の前で、忍は涙まで浮かべている。

 

「あ、ありがとう。ホワイトデーは3倍にして返すから!」

「もう、喜びすぎやって。別に本命チョコではないんやからね?」

「そ、そんなん分かってる! それでも、嬉しいんや……」

 

 温かい教室の中で、足りないブラウニーは半分こされた。

 小都子も他の子が持ってきたチョコを遠慮なくいただく。

 そして忍が幸せそうにトリュフを食べるのを、穏やかな気持ちで見ていた。

 

(私の小さな勝負は成功した。あとは夕理ちゃんの大勝負)

(どうか上手くいきますように……)

 

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