ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート5 勝負のバレンタイン ☆☆

「さあ可愛い後輩たち! チョコを! カモン!」

 

 放課後に登校してきた桜夜が、満面の笑顔で催促した。

 被服室に全員が揃う中、チョコを持った姫水がにこやかに尋ねる。

 

「その前に先輩、報告することがありますよね? 今日、一校目の合格発表でしょう?」

「……見事に落ちました……」

「はあ……午前中に連絡がなかった時点で分かってましたけど。

 でも、まだまだ先は長いです。これを食べて頑張ってください」

「姫水ぃぃぃぃ!!」

 

 姫水が手渡したのは、Vの文字をかたどったおしゃれなチョコ。

 表面はトッピングシュガーで可愛くデコられている。

 

「ヴィクトリーのVです。必ず勝利を掴めますよ」

「うちからもどうぞ! ガッツのGです!」

「姫水ちゃんみたいに上手ではないですけど……ファイトのFです」

「ううう……私はなんて幸せ者なんや……」

 

 長居組から三個のチョコを受け取り、桜夜は鼻をすすって大袋を取り出す。

 

「どうせ立火は一口チョコやろ? 私のはじゃじゃーん! なんとキットカットや!」

「スーパーで買うただけやんけ。かかってる手間は変わらへんやろ」

「値段がちゃうやろ! ほら三人とも、好きなだけ持ってってええでー」

「い、いえ、一個でいいですよ。先輩のお渡し会用に残しておかないと」

「花歩は謙虚やなあ。値段といえば、つかさのに期待してるんやけど」

「いやー、そんな大したもんじゃないんすけどー」

 

 ドヤ顔のつかさが取り出したのは、見るからに高級そうな箱だった。

 開けた中には色とりどりのアソートチョコ。

 八個並んだそれに皆の目は吸い付けられ、桜夜が恐る恐る質問する。

 

「え、ええと……おいくら?」

「四千円っす。一粒五百円のチョコ、遠慮なくどうぞ!」

「……キットカットなんかですんまへん……」

「ちょっ、桜夜先輩が喜ぶと思って買ったんすよ!? 姉に援助してもらったから大丈夫ですって!」

 

 あ、そうなん、とけろりとした桜夜が、高級チョコを大事に口に入れる。

 他の部員もご相伴にあずかる中、姫水の綺麗な指がチョコをつまんで――

 この期に及んで目を奪われたつかさは、はっと我に返り、慌てて晴へと顔を向けた。

 

「晴先輩はいります?」

「いらない」

「じゃ、あたしも食べよっと。あれ夕理、取らへんの?」

「残った一個を箱ごとちょうだい。帰りに交換しよ」

「そう? ま、綺麗な箱やからなー」

 

 呑気なつかさが箱をしまう一方で、小都子、姫水、花歩には緊張が走る。

 あれと引き換えに渡される本命チョコは、つかさにどう扱われるのか……。

 小都子は少し深呼吸してから、ナイフを置いて明るく声を上げた。

 

「さ、ザッハトルテも切り分けましたよ。桜夜先輩からどうぞ」

「やったー! 小都子のお菓子を食べるのも、これが最後かなあ」

「そう寂しいこと言わずに、大学に行っても遊びに来てくださいね。お菓子出しますから。

 晴ちゃんも食べるやろ? 3×3に切ったからね」

「それやったら仕方ないな」

 

 先ほどから勇魚がちらちら晴を気にしているが、今はまだ桜夜のターン。

 ザッハトルテと紅茶で優雅な気分を味わった後、桜夜の手は最後に夕理へと向く。

 

「用意してあるんやろ? 恥ずかしがらずに出す!」

「どこまで厚かましいんですか……。どうぞ、ほんまに受験は頑張ってくださいね」

「おー! どんなんやろ。開けちゃえ」

「せめて開けていいか聞いてから……ああーもう!」

 

 ラッピングを解けば、出てきたのは星型のホワイトチョコに赤薔薇のデコレーション。

 得意そうな小都子と、興味のない晴以外から感嘆の声が上がる。

 

「おおー! 夕理ってほんまは私のこと好きなんとちゃう?」

「木ノ川先輩だけに気合い入れたわけじゃありません! みんな同じです! 広町先輩もどうぞ」

「おっ、おおきに!」

「勇魚と姫水さんも」

「ありがとー! 夕ちゃんにもらえて、めっちゃ嬉しい!」

「ふふっ。仲良くなるタイミング、ぎりぎり間に合ったわね」

 

 それぞれもお返しを渡し、次々とメンバー間でチョコが交錯する。

 花歩は少し身を固くして、失敗を経て完成させた作品を差し出した。

 

「部長、私の感謝の気持ちです! 明日の合格発表、吉報になるって信じてます!」

「花歩……ありがとう。大事に食べるで」

 

 袋の中身は、赤と黒の二つのハートチョコ。

 自分と桜夜なのだろうか、と一瞬考える立火だが、当たってても違ってても聞くのは無粋だ。

 代わりに後輩の手を取って、一口チョコをしっかり握らせた。

 

「ほんまは十個くらいあげたいんやけど、ファンに申し訳が立たへんからな。

 せやけど、感謝の気持ちは花歩と同じくらいこもってるで!」

「ぶ、部長ぉ……!」

 

 ホワイトデーの頃には、立火はもうこの学校にはいない。

 たくさんのチョコの中の特別な一つを、花歩は大事に鞄にしまった。

 そして――

 

「晴先輩! 受け取ってください!」

 

 勇魚の大声に、部室内の空気が固まる。

 冷ややかに向いた晴の視線の先で、勇魚はペンギン型のチョコを真っすぐ差し出していた。

 三度目の正直。怖気づくことのない後輩に、晴はすぐには拒絶しなかった。

 

「……受け取る理由は特にないな」

「せやけど、小都子先輩のチョコは食べはりましたよね!」

 

 さっきのは小都子が地ならしをしてくれたのだと、勇魚は勝手に思っている。

 その小都子は受け取ってあげたら? と晴に言いかけたが、すんでのところで止めた。

 これは勇魚の勝負なのだ。

 立火たちも黙って見守る中、晴の声は一層低温になる。

 

「私からのお返しはないで」

「はいっ! 最初から期待してないです!」

「特に感謝もしない」

「受け取ってくれるだけで十分なので!

 あ、でも捨てられたらめっちゃ悲しいで。食べてくれたら十分です!」

「厚かましいんだか謙虚なんだか……」

 

 晴は小さく溜息をついて、壁の時計を見上げた。

 そろそろ夕方のお渡し会の時間だ。ここまで迷った時点で、もう負けたようなものだと……

 手を伸ばして、ひょいとチョコを取り上げた。

 

「純粋に食糧としていただいていおく。チョコはエネルギー豊富やからな」

「は……晴先輩ぃ……!」

 

 泣き笑い状態の勇魚の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。

 そしてくるりと後ろを振り返って、一年生の仲間たちに飛びついた。

 

「みんな、やったでー! うちの気持ち届いたー!」

「うんうん! 良かったね、勇魚ちゃん!」

「いやあ、勇魚の粘り勝ちやなあ」

(あの先輩、本当にお礼の一言もないのね)

 

 少し不満な姫水だが、幼なじみがこんなに喜んでいるのだから良しとしよう。

 微笑んでいる夕理にも、小さな勇気を与えられたようだし。

 

 そして上級生たちの生温かい視線の中、晴は無表情でチョコを鞄に入れ、何事もなく事務連絡をした。

 

「お渡し会の時間です。校門に行きましょう」

「そうやな。桜夜はちゃんと応対するんやで」

「分かってるって。それにしても卒業間際に、晴が少し優しくなるのを見られるなんてねえ」

「そういうのではありません。勇魚のチョコ、桜夜先輩に回らなくて残念でしたね」

「もー。チョコより後輩の笑顔の方が、嬉しいに決まってるやろ!」

 

 そんな様子を見ながら、小都子は少し思いにふける。

 

(晴ちゃんも一応私には特別な人やし、何か作っても良かったかな?)

(けど突き返されて平気でいられる自信はないなあ……)

(やっぱり、そういう挑戦は勇魚ちゃんに任せよう)

 

 嬉しそうに晴に話しかける勇魚を眺めつつ、あと一年、二人の関係に夢ふくらむ小都子である。

 

 

 花歩と夕理を留守番に残し、朝と同じ面子は外に出ていった。

 二人は黙々と衣装を作り、花歩の方が一足先に完成した。

 

「できたー! 地区予選の鎧に比べたらめっちゃ楽やった。

 ……勇魚ちゃんには悪いけど、ほんまに全国大会これでええんやろか」

「花歩は目立ちたいんやろ。どうせ周りは豪華な衣装やから、逆にこういう方が目立つんとちゃう」

「あはは、それもそうかも。ちょっと着てみよっと」

 

 一人で着替えるのも恥ずかしいが、思い切って制服を脱いだ。

 衣装を身にまとうと、気分までピエロになってくる。

 おどけた動きを試しつつ、ただ一人の観客に向かって、明るく声を張り上げる。

 

「さあさあお立合い。夕理ちゃんの世紀の告白まで、あと一時間ちょい!

 私たちがついてるんや、絶対絶対大丈夫!

 迷わず笑顔で突き進めー!」

 

 笑いというのは難しい。一歩間違えれば相手を不快にする、サーカスのような綱渡りだ。

 花歩も内心冷や冷やだったが、幸いにも夕理はくすくすと笑ってくれた。

 

「まったく、花歩はアホやなあ」

「あ、あはは。誰がアホやねーん」

「……ねえ花歩。私と友達になってくれて、ほんまにありがとう」

 

 花歩はピエロらしく、のけぞる全身で驚きを表現した。

 入学式の日、気難しい顔でこちらに気付きもしなかった女の子は、今は深い友情を瞳に宿していた。

 

「ど、どうしたんや急に」

「これからは、ちゃんと口に出して言おう思て。好きな人、好きなもののこと、全部」

「そっか……私も夕理ちゃんのこと、大好きやで」

「……チョコ、今渡せば良かったやろか」

「渡し直す?」

「それはちょっと寒いやろ」

 

 笑い合いながら、朝に交換したチョコを取り出し、一口食べる。

 夕理の凝ったチョコに比べて、花歩のは夕理のYをかたどった単純なチョコ。

 来年はもっと頑張らないとなあ、なんて考えていると、夕理の幸せそうな声が聞こえた。

 

「凝るのはただの趣味。大事なのは込められた気持ちや」

 

 

 *   *   *

 

 

 三十分ほどして、お渡し会を終えたメンバーが戻ってきた。

 桜夜がほくほく顔で抱えてきたチョコに、花歩の目が見開かれる。

 

「桜夜先輩もめっちゃ多いですね!」

「もー、今日ほどスクールアイドルやってて良かったと思ったことはないで。

 可愛い女の子たちが! 私のためにチョコを!」

「よ、良かったですね~。部長も結構追加がありましたね」

「爽wingの国枝も来てくれたで。ありがたいなー」

「恵と叶絵もチョコくれた! 受験中なのに! そういや立火のクラスメイトは?」

「あいつらが来るわけないやろ……」

 

 三年生が盛り上がる傍ら、姫水と小都子も受け取ったチョコを大事にしまう。

 そして追加ゼロだったつかさは渋い顔だ。

 

「留守番してれば良かった……。恥ずかしい……」

「まーまー! つーちゃんのファンは早起きさんが多かったんや!」

「別にええし……。昼休みにあたし推しの先輩からもらったし……」

 

 そんな後輩たちに笑いながら、立火と桜夜はふと気づく。

 お互いの手にある、余ったお返しチョコに。

 

「……いる? 桜夜」

「ちょっとむずがゆいけど……一応交換しとこか。

 けどキットカットと一口チョコは釣り合わへんやろ。なんか追加でちょうだい」

「そうやなあ。ホワイトデーに、合格祝いも兼ねて何か贈るで」

「う、うん」

 

 なおさら合格するしかなくなったと、こっそり意志を固める桜夜である。

 照れくさそうに一個ずつ交換してから、衣装作りを再開した。

 ときおり渡しに来る女生徒に、手を止めて応対しつつ、ピエロ服は次々完成していく。

 三年生も最後の衣装を着て感慨にふけっていると、スマホを見ていた晴が立火の方を向いた。

 

「SNSで連絡が来ました。和歌山市駅からチョコを渡しに向かっているので、何とか受け取ってもらえないかとのことです」

「和歌山!? えらい遠くから来てくれるんやなあ。せめて天下茶屋まで迎えに行くで」

「分かりました。後は片付けておきますので、すぐに出発してください」

「すまん!」

 

 どのみち終了時刻も近づいていたので、今日の活動はここまで。

 慌ただしく帰り支度をした立火は、部室を出る際に部員へと振り向く。

 

「合格発表は明日の10時や。みんな授業中とは思うけど、気にせず連絡するからよろしく!」

 

 後輩の元気な返事を浴びながら、立火は早足で帰っていった。

 他の部員も被服室を片付け、衣装を視聴覚室に運んで解散となる。

 部室の鍵を持っていた桜夜に、小都子が声をかけた。

 

「先輩、鍵なら私が返しますよ?」

「んー……私にやらせて。最後に少しくらいは、副部長の仕事をね」

「あはは、それやったらお願いします」

 

 後輩たちは昇降口を出て、それぞれの帰途につく。

 チョコの数は少ないものの、目的を達した勇魚が一番嬉しそうだった。

 

 そんな友人の姿に微笑みながら、夕理はつかさと西へ向かい。

 その夕理に視線でエールを送って、花歩と姫水は東へ向かう。

 そして小都子はもう振り返らず、自転車置き場へ歩いていった。

 

 ――いよいよ、その時が来た。

 

 

 *   *   *

 

 

「冷静に考えたら、あたしがこんなにもらってええんやろか」

 

 夜の下校路を歩きながら、つかさはエコバッグの中身を再確認する。

 

「お姉ちゃんに半分あげる約束で、高級チョコのお金出してもらってん。

 せやけど、あんなに嬉しそうに渡されたからには、あたしが全部食べるべきなのかなあ」

「つかさ……」

 

 夕理の頬がほころぶ。何やかんやで、つかさもスクールアイドルらしくなってきた。

 競技への情熱はなくても、ファンの応援は素直に喜ぶ子で良かった。

 

「一口でも食べてあげれば、想いは受け取ったことになると思うで」

「そうやなー。一個ずつお姉ちゃんと半分こしようかな。

 ま、バレンタインも終わって、もうイベントもないんや。

 あとは東京観光……やなくて、全国大会だけやな!」

「もう、どっちがメインやねん」

 

 笑いながら、夕理が決めた目的地が近づいてくる。

 あと少しというところで、つかさは思い出したように鞄を開けようとした。

 

「そうそう。まだ夕理にチョコあげてへんやん」

「つ、つかさ。ちょっとだけ公園入っていい?」

「え、こんな時間に? なんや、渡すとこ人に見られるの恥ずかしいん?」

 

 歩道を外れて、夜の住之江公園に入る。

 遊び場には子供の姿はなく、大きな日時計が街灯に照らされている。

 その街灯の下まで来て、夕理は足を止めた。

 さすがにつかさの声も怪訝なものになる。

 

「夕理?」

「つかさ、チョコあげる」

「あ、うん。みんなと同じのやろ? 何を大げさに……」

 

 夕理は鞄を足下に置き、地面にしゃがんでファスナーを開けた。

 中にあるのは、誤解しようのない大きなハート型チョコ。

 これがつかさの視界に入った瞬間、もう後には引けなくなる。

 

 少し震える手をぎゅっと握って、大事な人たちの声を頭に響かせた。

 

『ずっと好きやったんやろ!?』

 不興を買うのを恐れずに、扉を開けてくれた花歩。

 

『つかさを、幸せにしてあげてほしい』

 同じ女の子を好きになって、だからこそ託してくれた姫水。

 

『晴先輩! 受け取ってください!』

 傷ついてもめげない根性を、目の前で見せてくれた勇魚。

 

『心から応援してる』

 そして小都子と一緒に作った、このチョコレートさえあれば、恐れるものなど何もない!

 

 チョコレートを両手で持って、勢いよく立ち上がる。

 案の定、つかさの目は驚愕に見開かれた。

 でも分かっていたことだ。ならば花歩に言われた通り、笑顔で突き進もう。

 抑えつけてきた想いを、ついに開放できる喜びを込めて。

 

 

「愛してる、つかさ。四年前からずっと!」

 

 

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 差し出されたチョコの前で、数秒経っても、つかさは石のように固まっていた。

 せめて反応くらいしてほしかったが、それなら仕方ない。チョコを掲げたまま身を乗り出す。

 

「私と付き合ってほしい! 将来的には結婚してほしいんや!」

「ま、ま……待って! ちょっと待って!」

 

 つかさの状況は、混乱の二文字そのものだった。

 ようやく上げた声は、どこか抗議のようにも聞こえた。

 

「今まで、そういう流れとちゃうかったやろ!?

 夕理は少しずつ成長して、あたしの手から離れていって。

 あの二人きりの日々には戻らず、広い世界に羽ばたくんやって……」

「自分で言うのも何やけど!」

 

 つかさにしてみれば、いきなりUターンして突撃してきたように見えるのだろう。

 やっと他者との関わりへ歩き出したはずが、また元の古い場所へと。

 

 でも違う、夕理の心はずっと変わっていない。

 重すぎる気持ちを減らそうとしただけで、好きだという事実は何も変わらない。

 心臓は爆発しそうで、でも頭は落ち着かせて、一生懸命に説明する。

 

「私は以前に比べたら、だいぶマシな人間になったと思う。

 花歩たちと仲良くなれたし、尊敬する先輩もできた。

 自分が作りたい曲で、周りを喜ばせることもできるようになった!

 まあ……クラスの人とはあんまり話せてへんのは課題やけど……。

 でも、今の私なら、どちらの答えでも大丈夫や」

 

 少し息をついてから、まだ呆然としている彼女に対し、改めてチョコを突き付けた。

 赤裸々な心を、何も隠さず鮮明に。

 

「――返事を、聞かせてほしい。

 つかさが私を好きになっても、私はそれに溺れたりはしない。

 つかさが私を振ったとしても、私はそれで絶望したりはしない。

 せやから、正直な気持ちを聞かせて……!」

 

 

 木々の向こう側から、車が行き交う音が響く。

 言うべきことは全て言った。

 覚悟して、結果がもたらされる瞬間を待つ。

 

 目を左右させているつかさは、何とか器用に収める方法を考えていたのだろう。

 でも、チョコを差し出した夕理の腕が、震えながらも決して下がらないのを見て……

 諦めたように目を伏せた。その口から、正直な言葉がこぼれ落ちた。

 

「ごめん」

 

 

 本当に、夕理を傷つけたくなかったのだろう。

 つかさの方こそ泣きそうになりながら、それでも嘘のない、本心を返してくれた。

 

「受け止められへん……ごめん……」

 

 

「そっ……か……」

 

 だらんと、夕理の腕が下がる。

 頑張って作ったチョコは、役目を果たせず手から落ちかけた。

 

<潔く諦めよう>

<見苦しいことはしたくない>

 

 夕理の中の潔癖な部分が、しきりにそう言い立てる。

 この状況も当然覚悟はしていた。

『ありがとう。すっきりした。これからも友達でいてや』

 そんな回答も用意はしていた。

 

 でも頭をよぎったのは、姫水と勇魚のことだった。

 一敗した程度ではくじけないと言って、そのおかげで友達になれた子。

 今の夕理よりよほど冷たい仕打ちを受けながら、決して諦めなかった子。

 

 みっともないのは分かっているけど。

 もう少し……もう少しだけあがきたい……!

 

「理由をっ……聞かせてもらえへん!?」

「夕理……」

 

 困ったようなつかさの表情に、罪悪感で胸が痛む。

 それでも必死で踏み止まって、執拗に食い下がった。

 

「しつこいのは自覚してる。けど私の四年間の想い、あっさり終わりにはできないんや。

 私には他に相応しい人がいると思ってるから!? それとも、まだ姫水さんのことが好きやから!?」

 

 特に前者。姫水から聞いたそれが本当なら、こんな腹立たしいことはない。

 つかさは自問するように考えて、程なくして答えを出した。

 

「……両方や」

「そう……」

 

 夕理の口から小さく息が吐かれる。

 ここから先は茨の道だ。今までのように、片思いで満足した方が楽かもしれない。

 けれど胸の中の強い欲は、それを選ぶことはできなかった。

 天名夕理は――何が何でも、彩谷つかさが欲しいのだ。

 

「つかさ。それが理由なんやったら、私にあと少し頑張らせてほしい」

 

 すがってくる言葉に、つかさの足は後ずさりかける。

 それを追いかけるように、夕理は必死で懇願した。

 

「何年かかっても、絶対に振り向かせてみせる。

 私の一番はつかさだけや。他に誰もいないって分からせる。

 姫水さんへの気持ちを……変えるのは大変やとは思うけど。

 でも、挑戦する機会だけは与えて!」

「夕理……」

「……駄目、やろか」

「駄目とは……言えへんやろ。しゃあないな……」

 

 諦めない夕理に、つかさの方は諦めたように笑った。

 少しの感心も混ぜて、友達としか思ってない子に優しい目を向ける。

 

「気持ちは嬉しいし、夕理がアタックしたいなら止めはせえへん。

 けど、あたしは軽い女とちゃうで。ずっと応えられなくても……悪く思わないで」

「重々分かってる。つかさのことは、私が一番よく分かってんねん」

 

 夕理も笑って、持ち続けていたチョコに視線を落とす。

 今日、四年越しの恋が終わることも覚悟していた。

 けど違った。ここから、また――新たに始まるのだ。

 

「チョコだけ受け取ってもらえへん? 持って帰るのは悲しすぎるから」

「うーん、めっちゃ重いけど……ま、あたしは友チョコのつもりでもらっとく」

 

 深い恋と愛を込めたチョコは、片手で軽く受け取られた。

 いつか絶対、つかさも頬を染めて受け取るようにしてみせる。

 そう決意しながら、夕理の方からも手を差し出す。

 

「つかさのもちょうだい」

「ええ……なんや渡しづらいなあ」

「いいから。つかさから貰えるものなら、何でも嬉しいから」

「それやったら……。はい」

 

 高級チョコが一粒だけ入った箱が、夕理へと渡される。

 バレンタインの儀式はこれで終わり。

 そして……普段は空気を読まない夕理でも、この空気では一緒に帰れないのは分かっていた。

 

「私、ちょっと寄るとこあんねん。地下鉄で帰るから」

「そっか」

「けど今日だけや。明日からは、できる限りつかさの近くにいる」

 

 その言葉にも、返ってくるのはつかさの困り笑い。

 悪あがきして延長戦に持ち込んだけど、事実は変わらない。

 今日、つかさに振られたのだ。

 夕理はきびすを返し、少し早足で歩き出し、そして駅へと走っていった。

 

 

 つかさも帰ろうとしたが、公園から出たところで歩みを止める。

 本当に、これで良かったのだろうか?

 

(少なくとも、あたしが望んだ状況とちゃう……)

(夕理には、ちゃんと幸せになって欲しかったのに!)

 

 なのに先の見えない、報われる見込みもない長期戦に突入してしまった。

 やるせない憤慨に、つかさは思わずスマホを取り出す。

 八つ当たりとは分かっているけれど……

 夕理を任せたつもりだった相手に、猛然と電話をかけていた。

 

(どーなってんすか、小都子先輩!)

 


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