ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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第36話 さらば姫水
パート1 転校生と新入生 ☆☆


 

『姫水の方は勇魚に、どういう感情を抱いてるのかって話や』

『引っ越すまでには、私と勇魚ちゃんの関係にも決着をつけるわ』

 

 

 つかさの恋が終わった後、交わしたその会話は姫水も忘れていない。

 その引っ越し先も決まり、下旬には東京に戻っている未来に、母は既にうきうきしている。

 

「お母さん、少しくらい大阪への未練はないの」

「まあ佐々木さんとお別れするのは少し寂しいけどね。

 でも輝かしい将来が待ってるんだから、姫水もしっかり勇魚ちゃんとお別れするのよ」

「分かってるわよ……」

「も、もう電話を邪魔したりはしないから!」

「うん……」

 

 それはそれで、毎日勇魚に電話してしまわないか、自分が不安になる姫水である。

 つかさの想いを断ってまでしがみついた、『一番大切な幼なじみ』という存在。

 その関係に決着をつけるまで、残る時間は一ヶ月もない。

 

 

 *   *   *

 

 

「みんな、テストお疲れ様」

 

 四日間の学年末テストを終え、声をかけた姫水の先には、一年生四人が部室前で待っていた。

 二年生は少し遅れるそうなので、姫水が鍵を取ってきたのだ。

 おつかれー、と言葉を交わしながら、さっそくつかさが花歩をいじる。

 

「ここは花歩が取りに行くとこやろ。部長の座を狙ってるんやったら」

「別に狙ってるとかとちゃうから! 姫水ちゃん、ありがとね」

「どういたしまして。つかさもからかわないの。

 それより勇魚ちゃん、テストはどうだった?」

「姫ちゃんのおかげで結構できたで! ほんまに一年間おおきに!

 二年生になったら、夕ちゃんに助けてもらって頑張る!」

「相変わらず厚かましいやっちゃな。

 助けるのはええけど、勇魚が努力を尽くすのが前提やからな」

「えへへ、分かってるって!」

 

 賑やかに話しながら、一年生たちは部室に入って先輩を待つ。

 あの卒業式からもう一週間。

 テスト中の出来事といえば、桜夜のラストチャンスである後期試験が実施されたことくらいだ。

 たぶんできた、という自信なさげな報告を思い出し、姫水は去った先輩に思いをはせる。

 

「桜夜先輩もようやく長い戦いから解放されて、今頃のんびりしてるのかな」

「でも結果が出るまでは気が気ではなさそうやね。そうそう、試験といえば」

 

 と、花歩が思い出したように口を開いた。

 

「芽生から聞いたんやけど、今日のうちの学校、転入試験もやってるんやって」

「てことは、剣持が来てんの?」

 

 つかさが尋ねるのと、部室の扉が荒々しく開くのは同時だった。

 

「たのもう!」

 

 ぼさぼさのポニーテールに、天王寺福音学院の制服。不敵な顔の少女がそこに立っていた。

 勇魚がさっそく嬉しそうに駆け寄る。

 

「わー、あっちゃんや! うちのこと覚えてる? 聖莉守のファーストライブで会うたやろ?」

「……それは覚えてへんけど、この前の全国大会は見たで。佐々木勇魚」

 

 その言葉に喜んだ勇魚が、熱季の手を取って部室に引き入れる。

 他の四人の視線の中で、挑戦的な熱季の目が部員たちを見回した。

 花歩は凉世と和音から頼まれているので、一応歓迎の笑顔を作る。

 

「いらっしゃい。転入試験は昼休み? 受かるとええな」

「ふん。天王寺福音に通ってた私が、住女ごとき落ちるわけないやろ」

 

 その進学校についていけなかったのは棚に上げ、熱季が向いた先は姫水だった。

 ある意味、バトンを受け継ぐ相手になる。

 微笑む姫水の美しさに一瞬気圧されていたが、すぐ気を取り直して指を突き付けた。

 

「藤上、私はお前の穴埋めのつもりはないで!

 スクールアイドルを途中で投げ出す奴に用はないんや。

 勝手に東京で役者でも何でもやっとけ!」

「ふふ。私だって代わりを務めてもらおうとは思わないわよ。

 剣持さん。聖莉守で鍛えられたあなたの実力、遠くから見せてもらうわね」

「はっ。せいぜい恐れおののくんやな」

「相変わらず態度のでかい奴やなあ」

「部室がまた騒々しくなる……」

 

 つかさが苦笑いし、夕理が溜息をつく前で、熱季は大股で部室の前へ行った。

 そのまま部員たちへ振り向いて、教壇にダン!と手を叩きつける。

 

「ええかお前ら。全国大会に出場した以上、次の目標はもちろん優勝や!

 ついて来られへんやつは置いていくで!」

「何で熱季ちゃんが仕切ってんねん!」

 

【挿絵表示】

 

 花歩が反射的にツッコむが……

 熱季はなぜか、感動に目を潤ませていた。

 

「おお……」

「ど、どうかした?」

「いや、聖莉守の人ってあんまりツッコミ入れてくれなかったから……なんか新鮮やな……」

「あ、そう……」

「あら、熱季ちゃんが来てるん?」

 

 と、扉を開けて入ってきたのは小都子と、その後ろから晴。

 途端に熱季の態度は一変した。

 背筋をぴんと伸ばし、小都子へ深々とお辞儀をする。

 

「橘先輩、いつぞやは大変お世話になりました!

 不肖この剣持熱季、お言葉に甘えて転校させていただきます!」

「うん、来てくれてほんまに嬉しいで。これからよろしくね」

「おっ、なんやなんや」

 

 急に丁寧になる熱季の姿に、つかさがニヤニヤとからかい始めた。

 

「小都子先輩の前やと、借りてきた猫みたいになるんやなあ」

「う、うっさいわ! 私はこの先輩に恩義があるんや!」

(……多少はまともなところもあるみたいやな)

 

 夕理がそう安堵していると、晴が挨拶もせず、いきなり実務的な話を始めた。

 

「どうせ参加するなら早い方がいい。春休みになったら練習に来たらどうや」

「あ、それは……」

 

 熱季は申し訳なさそうに目を伏せた。

 ちらりと小都子を見て、正直な本心を話す。

 

「すみません。今月の末日までは、天王寺福音の生徒でいさせてもらえませんか。

 死ぬほど苦労して入った学校ですし……

 書類上だけでも姉が生徒である間は、同じ学校にいたいんです」

「熱季ちゃん……学校とお姉さんへの気持ち、よく分かるで。晴ちゃんもええやろ?」

「無理強いはできひんからな。四月一日からの参加ならええか?」

「はい、その日なら! よろしくお願いします!

 ――橘先輩、少し廊下で話いいですか」

「ん、私とだけ? 構へんよ」

 

 熱季の言う通りに二人で廊下に出る。

 よほど聞かれたくないのか、部室から少し離れて、転校生は小声で話し始めた。

 

「さっきは舐められたくなくて、でかい口を叩きましたけど。

 ほんまは一年生の中で、私が一番劣ってるのは分かってます」

「ええ? そ、そないなことはないと思うけどねえ」

「だって私だけ、アキバドームに立ててへん……」

 

 この子が実力重視なのは、蛍との一件で小都子も理解している。

 全国大会へ行った面々の中で、自分だけ予備予選止まり。確かに劣等感を持っても仕方ない。

 とはいえただ落ち込むだけの熱季ではなく、強い意志をもった瞳を向けてきた。

 

「けど聖莉守を退部してからも、自主トレは欠かさず続けてきました。

 Western Westaもマスター済みで、入学式のライブもバッチリです。

 来月から死ぬ気で頑張りますから、どうかご指導ご鞭撻をお願いします!」

(う~ん、体育会系やなあ)

 

 いい子だけれど、名前の通り暑苦しい部分もある。

 後で失望されるよりはと、小都子は正直にWestaの雰囲気を話した。

 

「うちはそんなにスパルタとちゃうからね。ぬるくはないけど、活動時間は他の部と一緒や」

「ええ!? 全国行ったのにですか!?」

「ひとつ前の代は死ぬほど厳しかったんやけどね。

 でもそのせいで何人も退部して、私も成績が落ちて、毎日ボロボロの生活やった。

 あれを繰り返すのだけはしたくないんや」

「そ、そうですか……」

 

 そう言われてしまうと、熱季も強くは出られないようだ。

 小都子は表情を緩めて、相手の肩に手を置いた。

 

「これからどういう部にするのか、まだはっきりとは決めてへんのや。

 新入部員の意見も聞きたいし、熱季ちゃんも今度こそ満足いく部活動になってほしい。

 あなたが何をしたいのか、四月までに考えておいてくれる?」

「は、はい!」

「良かったら、お昼一緒に食べてく?」

「いえ、午後の試験もありますし、あまり緩むのも良くないので。今はこれで失礼します!」

「うん、分かった。試験頑張ってや」

 

 熱季は笑顔を残して、元気よく帰っていった。

 遠ざかるポニーテールを見送りながら、小都子は新たな一年生五人組を想像する。

 自分たちがどう思おうと、世間では熱季を姫水と比べて、あれこれ言う人がいるかもしれない。

 

(けど、それは私たち全員の力で覆すんや)

(この一年間、姫水ちゃんがWestaにいてくれたことは、まさに奇跡やった)

(四月からはもう頼れなくなる分、熱季ちゃんも含めた皆で奮起して……)

(姫水ちゃんが心置きなく女優に打ち込めるようにするんや)

 

 固く決意を込めて、新部長は皆が待つ部室へ戻る。

 もう正午が近くなってしまった。まずはランチにしよう。

 

 

 *   *   *

 

 

 お弁当を食べながら、一週間ぶりの部活動が始まる。

 そしてあと一週間と少しで三学期は終わり。

 珍しく晴が同席しているのは、食事ついでにスケジュールを確認するつもりなのだろう。

 小都子としても先送りにしても仕方ないので、単刀直入に問いを投げた。

 

「姫水ちゃん、部活はいつまでできそう?」

 

 一年生たちに緊張が走る中、当の姫水はにこやかに投げ返す。

 

「25日が引っ越しの日なので、その前日まででしたらいつでも。

 退部してご迷惑をおかけする立場ですから、部の都合を優先してください」

「そ、そう。いや迷惑とか思う必要はないんやけどね」

 

 小都子は壁のカレンダーを見ながら慌てて思案する。

 卒業ライブのPVを撮り終えたら、次は入学式ライブの練習。参加しない姫水は出席の必要はない。

 かといってあまり早く来るなと言うのも、追い出すみたいで感じが悪い。

 逡巡していると、副部長から叱られた。

 

「決断が遅い。正解なんてないんやから、スパッと決めたらええんや」

「そ、それなら20日まででどうやろ! その後は一週間、部活の方も春休みにするから」

 

 21日は祝日なのでどちらにせよ休みだ。

 引っ越すまでの4日間で、勇魚たちと最後の思い出を作れたらいい。

 そんな部長の気遣いに、姫水は深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。それではあと10日ほど、よろしくお願いしますね」

「部活の最終日には、もちろんお別れ会ですよね!?」

 

 勢いよく身を乗り出すつかさに、横から困り笑いを向ける姫水である。

 

「そこまでしなくていいわよ。この前もんじゃ焼き屋で盛り上がったし……」

「あれは三年生のお別れ会やろ。姫水とは別! ねー、やりましょうよ小都子先輩~」

「あはは。つかさちゃんがそこまでやる気なら、幹事はお願いしようかな」

「よっしゃ。今後も宴会担当はあたしでいいっすよ」

 

 練習の時よりよっぽど熱心やな、と花歩に突っ込まれ、つかさは笑って当たり前やろーと返す。

 先ほどから口数の少なかった勇魚は、そんな友達の姿に自然と頬が緩んだ。

 

(つーちゃん。あれだけ姫ちゃんのことが大好きなのに、笑ってお別れしようとしてるんや)

(うちもしっかりと姫ちゃんを送り出さないとあかんで!)

 

 小学二年生の頃は、色々あったにせよ、最終的には明るく見送ったのだ。

 なら今回もできないはずはないと、勇魚は気合いを入れてお弁当をかきこんだ。

 

 

『湿っぽいのは似合わないから 私たちは陽気にいこう』

 

 午後の練習で、勇魚は感情と歌詞が完全に一致していた。

 ひときわ大きく響く歌声に、部長の誉める言葉が飛ぶ。

 

「勇魚ちゃん、心がこもってるねえ」

「えへへ、湿っぽいのが一番似合わへんのはうちですから! 姫ちゃん、陽気にいこうね!」

「うん……勇魚ちゃん」

 

 姫水も幼なじみと心を合わせ、練習に身を入れる。

 晴が外れ、元の六人でのライブとなった『私たちらしい別れ方』。

 このPVを撮り、全国大会で知ってくれた人にアピールするのが、姫水の最後の活動だ。

 

 

 *   *   *

 

 

 その日の晩の丘本家で、熱季が合格したと芽生から聞かされた。

 

「へー、転入試験って当日に結果が出るんやな」

「落ちたら生活への影響が大きいからかもね。姫水さんは来週やったっけ?」

「うん、月曜。何度も東京行って大変やなあ」

 

 姫水が落ちることはあり得ないし、新しい生活へ皆着々と進んでいく。

 熱季と上手くやれそう? と尋ねる妹に、花歩は腕組みして苦笑した。

 

「あの性格やから、夕理ちゃんとは何度かぶつかりそうやなあ。

 でも小都子先輩のことは尊敬してるみたいで良かった。何かあっても先輩が収めてくれそう」

「橘先輩が卒業した後は、花歩部長が収めてくれるんやろな」

「も、もう、それはまだ決定とちゃうから!」

 

 くすくす笑っている妹に、当分これでからかわれることを覚悟する姉である。

 とはいえ悔しいのでこちらからも反撃に出た。

 

「それより芽生のライブは? もう三学期も終わるで!」

「ごめんごめん、ほんまはもっと早い予定やってんけど。

 蛍の状況を改善するのにだいぶ手こずってて」

「あ……そうやったん」

 

 クリスマスの音痴な歌声を思い出す。

 自分には、あれをどうにかする方法は思い浮かばない。

 でも普段は淡白な芽生がやる気になった以上は、何とかするのだろう。

 

(もし部長になったら、熱季ちゃんや蛍ちゃんみたいな子を、私がどうにかできるんやろか……)

(うーん、また自信がなくなってきた)

(とにかく今は、目の前のことを頑張ろう!)

 

 

 *   *   *

 

 

 翌日の土曜も、朝からPVのための練習。

 卒業式で一度披露しているだけに、すぐ完成すると思っていたのだが……

 

「小都子、今回はファン向けなんや。卒業生二人への私情は少し抑えた方が」

「うーん、もっと広く薄くな感じ?」

 

 実際やっていくうちに、あれこれ改善したい部分が出てくる。

 外から見ていた晴が注文を付け、中からも意見が出て、またひと味違うライブになっていく。

 あるいはみんな、姫水との練習をもっと続けたかったのかもしれない。

 

 結局一日をを費やしても終わらず、撮影は翌週に持ち越しとなった。

 

「ま、別に急ぐものでもないからね。ほな、次は三日後やから少し間が開くけど」

 

 小都子の言う通り、来週の月曜は高校入試の日だ。

 校内は中学生に明け渡され、在校生は手伝い要員以外は立ち入り禁止になる。

 その手伝いに立候補した勇魚と夕理へと、部長の目が向く。

 

「私は家の都合で行かれへんけど、忍のこと助けてあげてや」

「はいっ! 未来の後輩たちを応援してきます!」

「勇魚。応援するのはいいけど、心の中だけにするんやで」

「え、夕ちゃんなんで? 激励のために一曲歌おうかなって思ってたのに」

「アホか! 受験生の調子を狂わせてどうするんや!」

「あかんかー」

 

 笑う部員たちの中で、小都子は同じ日に転入試験となった姫水へも向く。

 

「姫水ちゃんのことやから全く心配はしてへんけど、しっかりね」

「はい。これで落ちたら、決意も台無しですからね」

 

 これで今週の活動は終了。昇降口へ向かいながら、つかさが姫水へと誘いをかけた。

 

「試験は日帰りってことは、明日の日曜は暇なんやろ? どっか遊びに行かへん?」

「もう、何言ってるの。さすがに試験前日は勉強するわよ」

「え~? 今さら姫水に勉強なんて必要ないやろ~」

 

 子供みたいに口をとがらせる彼女に、姫水は可愛いなあと笑ってしまう。

 手を伸ばしてよしよしと頭を撫でた。

 

「引っ越すまでに、つかさと二人で遊ぶ日もちゃんと作るから。ね?」

「そ、そう? まあ、姫水があたしと遊びたいならしゃあないかー!」

「全くもう……嬉しさが顔に出てるわよ」

 

 そうやってじゃれている二人に、花歩は夕理を肘で突っつこうとしたけれど。

 実行に移す前に、夕理の方から一歩踏み出した。

 

「つかさ。他に用事ないんやったら、私とUSJ行かへん?」

「ええ!? 夕理からあの場所に誘うなんて意外やなあ」

「シ、ショーを見たいんや! アルゼンチンの太鼓とか、インドのダンスとかがやってるって」

「そういや新しいショーが始まったんやな。なら行ってみる?」

「う、うんっ」

「夕ちゃん、ファイトー!」

 

 勇魚の素直な応援を浴びつつ、夕理は赤くなりながらつかさと帰っていった。

 微笑ましい気持ちでバス停へ行った長居組だが、バスに乗り込んだ姫水と花歩からは、つい愚痴も流れてくる。

 

「せめて半分の値段なら、もう一回くらい行くんだけどね」

「私も年パスの期限がもうすぐや……。部活もあるし、次はどうしようかなあ」

「あはは、それやったらひらパー行かへん? 安いで!」

「それもいいんだけど、勇魚ちゃん――」

 

 と、姫水は一瞬言いよどむ。

 花歩に悪い気もするが、しかし幼なじみではなくても、濃密な一年を過ごしてきた大事な友達だ。

 きっと分かってくれると、正直な気持ちをその場で話した。

 

「勇魚ちゃん。春休みに二人で、泊まりの旅行に行かない?」

「わ、ええな! 花ちゃんも一緒にどう? つーちゃんや夕ちゃんや先輩も……」

「いやいや、二人で言うてるやん。私たちのことは気にしないで、最後に幼なじみ同士、水入らずで過ごしてきたら?」

 

 さっそく花歩が空気を読んでくれた。

 内心で彼女のことを拝みつつ、姫水は身を乗り出して懇願する。

 

「お願い勇魚ちゃん。あなたと二人だけで行きたい場所なの」

「そ、そう? もう行き先決まってるん?」

「まず、家から自転車に乗るでしょう?」

「う、うん」

「それで西に向かうでしょう」

「うん……」

「右に曲がるとフェリーターミナルがあるから。

 そこから船に乗って、海に向けて出発しましょう」

『おお!』

 

 勇魚はもちろん、花歩も感嘆の声を上げる。

 何百日も繰り返したバスの中の雑談で、花歩に話したのはいつだったろう。

 八歳の二人が、岸壁まで行って何もできず帰ってきた話を。

 

「あのときに行けなかった港の先へ、今度こそ行こうってわけや! ロマンチックやなあ」

 

 花歩が感激してくれている隣で、勇魚も目を潤ませていた。

 

「姫ちゃん……」

「どう? 勇魚ちゃん」

「行く! もちろん行くで! あ、船の行き先は知らへんけど」

「福岡県の門司(もじ)よ。関門海峡の九州側にある街」

「へえー! うち、九州に行くの初めてや!」

「お土産楽しみにしてるで~」

 

 軽く言ってくれる花歩のおかげで、後ろめたさなく出かけられそうだ。

 姫水にとっては、大事なことに決着をつけるための旅。

 これを済まさなければ、つかさへのけじめが付かないし、弥生に会うこともできない。そういう旅になる。

 

 

「うっ……少し決断が遅かったわね」

 

 自室に戻った姫水は、フェリーの予約画面を見てうなっていた。

 行くとすれば部活の最終日以降だが、春休みと土日祝日が重なっていて、個室は満席だ。

 雑魚寝のエコノミー室なら空きがあるし、勇魚はその方が喜びそうだが……。

 

 少なくとも帰りは個室にしたかった。

 もしかすると、二人は結ばれているのかもしれないのだから。

 

(って、突飛なこと考えすぎかしらね)

(勇魚ちゃんとそういう関係になりたいのか、私自身もよく分からないのに)

 

 せっかく取り戻した現実感も、その答えは与えてくれない。

 半月後の旅に向け、ひとまず居間へと相談に行く。

 

「お母さん、ちょっといい?

 東京に引っ越す日、私だけ少し遅らせてもらいたいんだけど……」

 

 

 *   *   *

 

 

 高校入試の手伝いといっても、基本は黙って立っているだけ。

 誰かが消しゴムを落としたら、代わりに拾ってあげる程度のことだ。

 教室の後ろで見守りつつ、勇魚は東京で受験中の姫水と、会ったことのない弥生のことを思う。

 

(姫ちゃん、今はやっちゃんと同じ学校にいるんやな)

(それでも、まだ話はせえへんって言うてた……)

(大阪でやり残したことがあるって、何があるんやろ)

(………)

(暇やなあ)

(住女は楽しい学校やで! みんな頑張れ!)

 

 結局トイレの案内をした程度で仕事は終わり、中学生たちはほっと解放されたように帰っていく。

 スマホを見ると姫水から合格報告が来ていた。

 合流した夕理も、まあ当然やな、とか言いながら嬉しそうだ。

 

 自分たちも帰途につきつつ、勇魚が今さら不思議そうに、夕理の顔を覗きこんだ。

 

「夕ちゃん、何で今日は手伝いに立候補したん?」

「……私も一年の間に、一回くらいは善行を成そうと思って。

 少しは人の役に立つことをしたかったんや。勇魚みたいに」

「夕ちゃん! えへへ~」

「いちいちくっつかない。歩きにくいやろ!」

 

 そして昇降口で靴に履き替え、外に出たときだった。

 

「先輩、お疲れ様です!」

 

 試験を終えた中学生が二人、校舎前で待っていた。

 片方はショートカットで、もう片方はロングヘア。制服は確か、ここの近くの中学校だ。

 勇魚が嬉しそうに駆け寄った。

 

「わー、おおきに! 調子はどうやった?」

「あ、あはは。そこそこ出来たんとちゃうかなって」

「あなたは見覚えのある子やな。確か広町先輩を追っかけてた」

 

 夕理に言われたショートの子が、背筋を伸ばして嬉しそうに答える。

 

「はいっ、立火先輩の大ファンでした! もちろんWestaの皆さんも好きです!」

「私たち、合格できたらWestaに入るつもりなんですよー」とロングの方も続ける。

「ほんまっ!? うちめっちゃ嬉しいで!」

「てゆーかあ……」

 

 ロングの子が目を細め、にこやかに微笑んだ先は夕理だった。

 

「私、夕理センパイ推しなので。今日はお会いできてラッキーでした」

「え!? わ、私?」

 

 言われ慣れていない夕理は思わず動揺する。

 良かったね夕ちゃん! という勇魚の声も耳に入らず、どうしてという疑問が先に立つ。

 真剣に取り組む姿勢を評価してもらえたのだろうか?

 などと考えている間に、当人の口から理由が述べられた。

 

「やっぱ人気のある人って、別に私が応援しなくてもって感じやないですか?

 なので私、不人気なアイドルの方が好きなんです!」

 

 

 …………。

 

「このドアホーー!!」

 

【挿絵表示】

 

 悲鳴を上げたショートの子が、相方の頭をひっぱたいた。

 叩かれた側は涙目で抗議する。

 

「痛い! 何すんねん!」

「何すんねんはこっちの台詞や! すすすみません先輩! こいつも悪気は全くなく!」

「あ、勇魚センパイも不人気寄りなので好きです」

「もうええから黙れ!」

 

 結局ぺこぺこと頭を下げた片方は、もう片方の腕を掴んで逃げるように去っていった。

 

「ああもう最悪や……。入部前から印象悪くしてどうするんや……」

「え、何で? 先輩のこと誉めたのに」

「あれのどこが誉めてんねん!」

 

 嵐のような中学生たちを見送りながら、夕理の顔は能面のようになっている。

 勇魚が引きつった笑顔を恐る恐る向けた。

 

「な、なかなか面白い子たちやったね!」

「あのロングの方は、入部したら徹底的に教育やな……」

「夕ちゃんお手柔らかに!」

 

 小都子のような先輩になりたい夕理だったが、ああいうのを見ると難しい気がしてきた。

 目標は目標として、やはり言うべきことは言わないと……。

 とはいえ早くも現れた入部希望者が、嬉しいのは二人とも同じだった。

 

「うちらにもちゃんと後輩ができるんやね!」

「当たり前やろ、全国で成功したんやから。大勢来てくれへんと頑張った甲斐がないで」

「うんうん!」

 

 視聴覚室だけでは手狭になるかも、なんて夢のある話をしつつ、二人で喫茶店に寄り道する。

 さっきの子も第一印象は悪くても、いつかはお茶する日が来るのかもしれない。

 最初は苦手だった子が目の前で笑うのを見ながら、夕理はそんなことを思う。

 

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