ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 つかさと姫水 ☆☆

 部活は春休みになり、姫水の残り時間もカウントダウンが始まった。

 

 一日目、藤上家と佐々木家合同で、ひらパーこと枚方(ひらかた)パークへ。

 どちらかというと子供向けの遊園地だが、汐里との思い出作りだ。

 ジェットコースターに並びながら、繋いだ小さな手を優しく握る。

 

「汐里ちゃん、私も妹ができたみたいで楽しかったわよ」

「うう、ひめちゃん……ほんまにいってまうん……?」

「ごめんね。でも汐里ちゃんも、小学校でいっぱい友達ができるわよ」

「おねえちゃんみたいに?」

「うん、勇魚ちゃんみたいに」

 

 帰り際、姫水の母が勇魚に昔のことを謝っていた。

 なのに当の勇魚は、冷たくされたことが全く記憶にないようで、見ていた姫水は思わず吹き出してしまった。

 

 

 二日目。静佳との約束を守るべく、滋賀県は草津市の琵琶湖博物館へ。

 他の一年生も付き合ってくれて、仲良し五人組で魚や貝を見て回る。

 レストランで花歩が驚きの声を上げた。

 

「わ、ブラックバス料理やって! おいしいんやろか?」

「これは環境のためにも食べる必要がありそうね」

 

 つかさ以外は滋賀へ遊びに来るのは初めてとのことで、石山寺や瀬田唐橋にも寄ってみた。

 関西にはまだまだ行っていない場所が多いのだと実感する。

 いったん最後になりそうな夕理と、帰りの電車で隣に座った。

 

「いつか言ったように、もっと仲良くなる可能性は捨ててないわよ。またどこかへ行きましょう」

「……とりあえずは、夏休みにやな」

 

 

 三日目。部屋の片付けに充てていた日だが、思ったより早く終わった。

 勇魚はボランティアへ行っているので、丘本姉妹を誘って長居植物園へ。

 少しずつ咲き始める春の花の中、芽生とはこれでお別れになる。

 

「聖莉守のライブ、実はかなり好きだから楽しみにしてるわよ」

「確かに姫水さんの好みに合ってそうやな。

 勝ちにはこだわらないから、アキバドームで見てもらうのは無理そうやけどね」

 

 熱季が去り、聖莉守は今のまま続いていく。

 それが性に合っている芽生は、姉とともに戦い抜いた姫水へ問いを投げた。

 

「女優の世界では、姫水さんはトップを目指すの?」

「うーん……そっちでは芽生さんに近くて、自分が納得できる演技ができれば十分と思ってるけど。

 でも誰かライバルになってくれる人がいたら、競ってみたいかもね。

 スクールアイドルで初めて戦ってみて、本当に楽しかったから」

「彩谷さんが聞いたら喜びそうやね」

「明日本人に言うてあげたら?」

 

 同じ顔の二人に言われ、嫌よ恥ずかしい、と姫水は笑った。

 

 

 そして四日目――。

 つかさとの約束の日だ。

 

 

 *   *   *

 

 

「おっはよー」

 

 約束通り御堂筋線に乗っていると、本町駅でつかさが乗り込んできた。

 行き先はまだ聞かされていない。

 

「もったいぶるほどすごい場所なの?」

「そういうわけではないんやけど……行けば分かるから!」

 

 そんな姫水も、梅田を過ぎ、新大阪も通り過ぎれば、何となく予想はついた。

 

「ははあ。勇魚ちゃんと船に乗るなら、こっちは飛行機やー! ていう……」

「え、ええやろ細かいことは! はい、千里中央で乗り換え!」

「はいはい」

 

 モノレールに乗り換えて、いつぞやニフレルへ行ったのとは逆方向へ進む。

 終点は大阪国際空港。通称伊丹空港である。

 

「まあ、めっちゃ面白い場所ってわけではないけど」

 

 展望デッキの金網に寄って、飛び立っていく機体を何度か眺めてから、つかさはおもむろに口を開いた。

 

「勇魚とは八歳のときに港まで行って、今回その先へ船に乗るんやろ?」

「うん……」

「あたし達も今回はここまでやけど、いつかは飛行機でもっと遠くまで行こう」

 

【挿絵表示】

 

 真剣な顔で、つかさは小指を差し出してくる。

 こうまでして勇魚と張り合うのは、どうなのと思わなくもないけれど。

 それでも姫水のために一生懸命なところは、やはり可愛くて、強く小指を絡めた。

 

「約束ね。もっとも、出発は羽田にしてほしいけど」

「あはは、そこは要相談ってことで。姫水はどこに行きたい?」

「うーん、釧路がいいな。野生の丹頂鶴がいて、動物園も北海道最大なのよ」

「ほんま好きやなあ。でも北海道はええな。ならあたしは沖縄!」

 

 指を離し、今日もお揃いの指輪を目に映しながら、姫水は笑う。

 

「勇魚ちゃんと同じだと、八年後の出発になるわよ?」

「二十四歳は遠すぎやで。半分にまからへん?」

「四年後、二十歳になるまで……うん、それがいいわね」

 

 実は姫水は、一度も飛行機に乗ったことがない。

 どうしても乗る用事があれば別だけれど、そうでなければ……

 つかさと乗るまで、初めては取っておいてもいいかなと思った。

 

 

 お店をぶらぶら眺めていると、もうすぐお昼。

 スマホで誰かと連絡していたつかさに、レストランエリアへ連れて行かれる。

 待っていたのは大人の女性だった。

 

「おーい姫水ちゃん、やっほー」

「お姉様でしたか。今日はつかさをお借りしてます」

「ええよええよ、何なら永久に貸してあげても」

 

 何度かライブに来ているので、彩谷姉の顔は知っていた。

 そういえば、ここ豊中市に住んでいるとつかさに聞いた覚えがある。

 

「今日はこの社会人の姉に、高いお昼をご馳走してもらおうって寸法や」

「つかさって本当に、おごってもらうのが好きよね……」

「まあまあ姫水ちゃん。こんなん言うてるけど、自慢の友達を私に見せたかったんやと思うで」

「なるほど。可愛い妹さんですね」

「ほんまにねー」

「ちょっ、二人して勝手な想像で盛り上がらないで! ほら、そこの店や!」

 

 焦るつかさに促され、高級うどんすきの店に入った。

 店員さんが具材を鍋の中へ丁寧に並べる。

 生きたエビも入れられるとのことだが、姉が怖がったので茹でて入れてもらった。

 

「姫水ちゃんと会ってから、ほんま別人みたいに変わったねえ。うちの妹は」

 

 出汁のしみたうどんをすすりながら、姉がしみじみと話す。

 つかさは照れ、姫水はにこやかに微笑んだ。

 

「お姉様から見て、良い方向への変化でしたら嬉しいのですが」

「それはもちろん! あんなに一生懸命なつかさを見られただけで、姉をやってる甲斐があったで。

 あ、以前のつかさもそれはそれで好きやったけどね?」

「も、もう、お姉ちゃんは姉バカすぎや」

「いやいや、ここは大阪なんやから姉アホと……あっつ!」

 

 エビの殻をむこうとした姉が、悲鳴とともに指を引っ込める。

 姫水が動くよりも早く、つかさが大急ぎで氷入りのコップを差し出した。

 

「ああもう、ドジなんやから! ほら、指冷やして!」

「えへへ。最近はこんな風に、私にも割と優しいんや」

「ふふ。素直に愛情を表に出せるようになった、ということでしょうかね」

「分析しなくていいから! べ、別に姫水のおかげとちゃうし、汐里ちゃんのおかげやし……」

「汐里ちゃんなら、この前ひらパーで遊んできたわよ。写真見る?」

「おっ、見たい見たい」

「お姉ちゃんにも見せてやー」

 

 ひとしきり写真を見て、私も子供ほしいよお、と言う姉に何とも返しようのないまま、食事は終わった。

 車で空港の下のトンネルを通り、伊丹市側のスカイパークまで送ってもらう。

 

「ほなね姫水ちゃん。引っ越してもつかさを忘れないであげてや」

「忘れられるわけありません。私のことも大いに変えてくれた人ですから。

 おうどん、ごちそうさまでした」

 

 車を見送ってから、また照れているつかさと公園を散歩する。

 こちらは展望デッキより遠いが、柵なしで飛行機の離発着を眺めることができた。

 売店でアイスを買ってベンチで食べながら、つかさは突然空に向かって叫んだ。

 

「あー! お金稼ぎたい! 姫水と飛行機乗ったり高いもの食べたりしたい!」

「全くもう……アルバイトはもうしないの?」

「無理やろなあ、あたしWestaのエースやし。せやから今叫んだことは、あと二年は封印や」

「もし私が女優として売れたら、おごってあげてもいいわよ」

「姫水におごられるのは嫌! おごるならあたしの方!」

 

 こういう時だけ意地を張るところに姫水は笑って、つかさの方も笑い出して。

 二人の前に広がる青空を、飛行機が離陸していく。

 北西に消える機体を見送り、姫水がぽつりと言った。

 

「……つかさは卒業後、東京に来る予定はないの」

「んー、前は漠然と憧れもあったけど……」

 

 溶けそうなアイスを口に押し込んで、つかさも空を見ながら静かに言う。

 

「でも立火先輩を見てたら、あたしも大阪で頑張ろうかなって」

「ふふ。先輩が聞いたら、泣いて喜びそうね」

「ま、まあ具体的な進路は何も決めてへんねんけどな。お姉ちゃんみたいにOLかもしれへんし。

 姫水はずっと東京?」

「ううん、たぶん無理だと思う」

 

 そう首を横に振る姿に驚かれたが、姫水としては冷静な分析だった。

 

「さすがに生涯女優でいられるほど、私には才能はない。

 現実的に考えて、どこかで引退することになると思う。そのときは大阪に戻るつもり」

「そっ……か」

「何十年後かは分からないけどね」

「そうやな、二十年くらいはいけるやろ! その後は……あたしと一緒にお店でも開く?」

「いいわね、つかさだったら商売も上手そう」

 

 何のお店にしようか、なんて夢みたいな話をしながら、空を舞う飛行機を眺め続ける。

 四年後はともかく二十年後は遠い。この話を覚えていられるだろうか。

 そう考える現実的な二人は、それでも少なくとも今は、覚えていることを心に誓った。

 

 

 *   *   *

 

 

 阪急で梅田に戻ってから、HEPファイブで服を見たり観覧車に乗ったり。

 お土産に果物を買った姫水を連れて、つかさはいよいよ自分の家へ向かった。

 両親が大歓迎で待ち受ける。

 

「いやあ、間近で見るとほんま美少女やねえ!」

「恐れ入ります。これ、つまらないものですが」

「何とまあ、気の利く子やなあ。うちの嫁にほしいで!」

「お母さんもお父さんもはしゃぎすぎ! 今日はあたしのお客なんやから、あんまり構わなくていいからね」

 

 なんて言っても聞くことはなく、出前の寿司を食べながら質問攻めにしていた。

 ようやく解放された姫水は、苦笑しながら腹をさする。

 

「最近ちょっと食べすぎかしらね」

「気にしすぎやって! さーて、後は朝まで二人きりやで」

 

 そう言いながら部屋に招き入れた。

 親がいないときに入れたことはあったが、泊めるのは初めてだ。

 ベッドに腰かけた姫水の、綺麗な手が枕を撫でる。

 

「今夜はつかさの寝顔を堪能できそうね」

「そ、そんなん見なくていいから! ほら、お風呂入ってきて!」

「ふふ、はいはい」

 

 先日温泉に入ったばかりとあって、一緒のお風呂などは今さら求めない。

 交代でつかさも済ませ、用意した飲み物を前に、パジャマ姿で向かい合った。

 くつろいだ姿勢ながら、姫水の目は真剣だ。

 

「さて、腹を割って話すのよね。最後に聞きたいことがあれば何でも聞いて」

「あ、うん……」

 

 つかさはぽりぽりと頬をかく。

 

(言うても、一番聞きたいことは聞けへんねんな……)

 

『あたしと花歩、どっちが好き?』

 

 勇魚が一番なのはもう仕方ない。でも花歩の次になるのだけは嫌だ。

 今の親密さなら自分の方と思いたいが、文化祭の後のことや、見送りのことを思うと不安になる。

 

(でも聞いたら完全にアホを見る目で見られるんやろなあ)

(姫水だって答えづらいやろうし……)

「つかさ?」

「え、ええっと……胸のサイズ」

 

 思考の迷走の末にそう言ってしまい、さすがに怒られるかと身構える。

 だが姫水の顔は、しょうがないなあと語っていた。

 

「何でもって言っちゃったし、今なら二人きりだからいいわよ」

「ほんまに!? 聞いてみるもんやなあ」

「他の人には言わないでね。ちょっと耳を貸して」

 

 ごにょごにょ……と耳にかかる声をくすぐったがりながらも、結果は面白くないものだった。

 思わずベッドに身を投げ出す。

 

「なーんや、ここまで引っ張って同じサイズかあ」

「これで気が済んだでしょ」

「そうや、細かく測れば違うかも! ちょっとメジャー取ってきていい?」

「そのまま戻ってこなくていいわよ」

「じ、冗談やって」

 

 ごまかし笑いで体を元に戻してから、今度は姫水にボールを投げる。

 にこにこと待ち構えるつかさに、相手は指を頬に当てた。

 

「そうね。やっぱり私の一番の関心事は……」

「うんうん」

「夕理さんのこと、どうするの?」

「それかー」

 

 再びベッドに横たわる。

 自室の壁を眺めながら、姫水が隣にいる今は、少しだけ素直に話せた。

 

「どうしたらええんやろなあ……」

「結構悩んでたんだ。飄々としてるから、成り行き任せなのかと思ってた」

「いや基本的に、自然な気持ちに任せようとは思ってるで。

 でもやっぱり、健気にアタックされると心苦しいなあって……」

 

 告白されてから一ヶ月以上経つけれど、気持ちはあまり変わらない。

 もっといい相手を見つけてほしい、などと未だに思ってしまう。

 そしてやっぱり、姫水のことが好きだった。

 

 自分から終わらせた恋なのだから。

 いい加減に未練がましい想いは、断ち切らないととは思うのだけれど。

 

「あたしと夕理がくっつけば、みんなが満足して丸く収まるんやろな」

「そんな理由で選ばれるのは、夕理さんが一番嫌うことでしょ」

「……姫水だって本音では、結ばれてほしいって思ってるんやろ」

「でも私がそういう圧力をかけたら、夕理さんは怒るもの」

「あーもう! ほんま夕理ってめんどくさい!」

「つかさだって人のことは言えないじゃない」

 

 くすくす笑って、姫水もベッドに寄り掛かる。

 姫水自身は知らないけれど、つかさが最悪のどん底だったとき……

 現実感がないと姫水に言われたとき、そこにいたのは夕理だった。

 あんな状況でも好きだと、そう言ってくれた同じ場所で、姫水の目は夕理と同じく優しかった。

 

「ただね。私はあなたを一番にしてあげられなかったでしょう?」

「姫水のせいやない。あたしが一番でないと嫌って我がまま言うたから」

「どっちでもいいわよ。ただその点については、彼女は誰よりも信頼できるってだけ」

 

 姫水の顔が近づいて、歌うように予言を口にされた。

 

「この先のあなたの人生で、夕理さん以上にあなたを想う人は、絶対に現れない」

 

 ……つかさはすぐには答えられず。

 少ししてから、拗ねたようにぷいと顔を逸らす。

 

「何やねん。あたしがこの先あんまりモテないみたいに」

「でも、つかさだってそう思うでしょう?」

「………」

 

 そうなのだろうな、と思う。

 好きな人からは、どうしても一番に想われたい自分と。

 どれだけ交友関係が広がっても、あなたが一番と言ってくれる夕理。

 割れ鍋に綴じ蓋なのかもしれないけれど……。

 姫水にはこれ以上は言ってほしくなくて、つかさは話を打ち切った。

 

「ま、もう少し考えてみる。そういや東京ではどこに住むん?」

「お母さんに任せっきりだったんだけどね。やっぱり品川の近くで……」

 

 小一時間ほど他愛のないお喋りをした後、つかさははっと思い出した。

 

「あかんあかん、忘れるとこやった! 衣装デザインのコツ、あたしも教わっとこうと思ってたんや」

「え、つかさも衣装担当に?」

「ダメ? もちろん勇魚のことも手伝うけど、あたしもやってもええやろ?」

 

 おねだりするような声に、姫水も思わず破顔する。

 

「つかさがやる気になったのに、ダメなんて言うわけないじゃない。

 うん……つかさ一人でデザインした衣装も、見てみたいかも」

「よっしゃ、さっそく教えて。

 どうにもあたしが考えると、服屋で見るようなのになっちゃって」

「もっと他のグループのことも研究しないとね」

「そうやなあ……」

 

 スクールアイドル。

 姫水が遠くへ行っても、彼女と繋がり続けるためのロープ。つかさがあと二年間、唯一打ち込めるもの。

 ノートを広げてあれやこれやと学んでいる間に、思いのほか熱中して、気付くと0時を回っていた。

 

「おっと、姫水は引っ越しの作業があるんやった。もう寝ないと」

「荷物はまとめてあるけどね。東京に行ったら、最初に何をしようかな」

「ちゃんと親友作れるの? あたしみたいな気安いやつ、そうそういいひんやろ~」

「もう。そりゃ、つかさみたいな人はいないけど……会いたい人はいるわよ」

 

 そう言って、姫水はスマホで写真を見せてくれた。

 つかさとは正反対の、清楚で大人しそうな女の子だ。

 

「広小路弥生さん。私の演技を一人だけ見抜いた人」

「ふ、ふーん」

 

 そういえば勇魚の家に泊まったとき、そんな話も聞いていた。

 花歩や桜夜だけでなくて、姫水にはそういう相手もいるのか。

 

(……ねえ、結局あたしは姫水の何番目?)

 

 また聞きたくなるけれど、布団を運んでくる間も、敷いている間も、とうとう聞くことはなかった。

 そんなことに執着する小さな人間のままでは、姫水が安心して東京へ行けない。

 二年生に進級するのだから、もう大人にならないと……。

 

「それじゃ、電気消すで」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ、姫水」

 

 お泊まり会は静かに終わり、周囲は暗闇に包まれる。

 手を伸ばせば届く距離に、姫水が寝ていることは、二度とないのかもしれない。

 

 でも、今生の別れではないから。

 毎日は会えなくなるけれど。話したり笑い合ったりすることは、もう日常ではなくなるけれど。

 でも再び、こうして近くにいられる機会はあると、今は信じるしかないから――。

 

 自分に言い聞かせてぎゅっと目を閉じていると、ささやくような声が聞こえた。

 

「つかさ」

「ん?」

 

 闇に少し慣れた目に、部屋の中の姫水が浮かび上がる。

 表情までは分からなかったけど。

 幸せそうな微笑であることが、何となく感じられた。

 

 

「ありがとう。あなたに会えて良かった」

 

【挿絵表示】

 

 

 不意打ちだった。

 返事もできず、溢れてくる何かを抑えられず、必死で枕に顔を埋める。

 安心したような姫水の吐息と、しばらくして寝息が、つかさの耳へと聞こえてきた。

 

 彼女と出会ってから今までのことが、頭の中に次々と浮かぶ。

 このお泊まり会が、姫水の部屋でなかったことに安堵した。

 

 よその家の枕を、涙で濡らすわけにはいかないから。

 

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