ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート5 あなたの知る私じゃない ☆

 勇魚のメールが、徐々に重荷になってきた。

 

(――そんな事あるわけない!)

 

 最初は否定しようとした。

 けれど現実には、徐々に返信が遅れ、文字数も減っていく。

 正確には返信が重荷なのだ。

 

 嘘つきの姫水。

 周囲を騙し、幼なじみの来訪も拒んで。

 そのくせ白々しい、さも健全な日々を過ごしているかのような、そんな文面ばかりを送っている。

 それに耐えられなくなってきた。

 

『勇魚ちゃん、しょっちゅうメール送るの負担じゃない?』

『お互い中学生になって忙しいだろうし』

『無理しなくていいよ?』

 

 一気に書いて、送信ボタンに触ろうとする。

 でも結局これも、勇魚を気遣う振りをしただけの、欺瞞そのものだ。

 文章を削って、当たり障りのない内容に変えて返信する。

 

 逆に勇魚の方から、遅れを気遣ったメールが送られてきた。

 

『姫ちゃん、返事は無理せえへんでええよ』

『どんどん活躍が増えてきて、姫ちゃんも忙しいねんな』

『うちは喋らへんと死んでまう人間やから、勝手に送るけど!』

『ほんまに、無理しなくていいからね』

 

 その言葉に甘えてしまいそうになる。

<どうか繋いだ手を離さないでいてね>

 あの時のお姉さんは、今どこで何をしているのだろう。

 言いつけを守りたいのに、でもこの手を放してしまえば、いっそ楽になれるのだろうかと……

 

(返事を送らなきゃ)

(送らなきゃ、送らなきゃ――)

 

 

 *   *   *

 

 

『姫ちゃん、元気?』

『うちらも二年生やね!』

『新しいクラスで、新しい友達もできたで!』

『花歩ちゃんゆうてね、うちは花ちゃん呼んでんねんけど』

『双子のお姉さんやねん! 妹ちゃんにも会うたけどソックリやで!』

『うちもお姉ちゃんやから気が合いそう!』

 

 あれから、一度も返信していない。

 

(だって私が返信したら、催促したみたいになっちゃう)

(何も返事がなければ、勇魚ちゃんだってもう解放されるはず)

 

 そんな弁解を打ち砕くように、勇魚からのメールは続く。

 

『花ちゃん、割とおっちょこちょいやねん。今日も体育の時間に……』

 

『花ちゃんとみさき公園に行ってきたでー。海の近くでペンギンさんがね……』

 

 花歩ちゃんという子とは、ずいぶん気が合うようだ。

 羨ましいとは思うが、妬ましいとは思わない。

 今の姫水に、勇魚の友達である資格はないのだから。

 それなのに勇魚の方は、姫水を友達と信じて、一方的な友情を送ってくれる。

 

(もういいよ、勇魚ちゃん)

(もう十分だから……)

 

 自己嫌悪に苛まれながらも、それでもメールが届くたび、何度も読み返していた。

 

 

 秋になって、とうとうメールが途絶えた。

 

「!」

 

 いつものペースなら来る頃なのに、音沙汰がない。やっと諦めてくれた。

 でもまだ油断はできない。少し遅れているだけかもしれない。

 朝に晩に、新着メールがないかチェックする。

 

(うん、来てない)

(来てない……)

 

 その頻度は徐々に増え……

 ノイローゼのように、何度も何度も新着を確認した。

 

(勇魚ちゃん!)

 

 新着0。

 望んだ結果のくせに、いざ起きると発狂しそうだった。

 ベッドの上でのたうち回りながら、悲鳴のように詫びる。

 

「ごめん、ごめんなさい勇魚ちゃん」

「全部私が悪いの。いつか直接謝るから、償うから、だから」

「ロープを、離さ、ないで――」

 

 どれだけ勝手なことを言っているのだろう。

 先に離したのは自分のくせに、そちらは繋ぎ続けろなんて。

 

 スマホが鳴った。

 必死の願いを込めて、画面を確認する。

 泣きそうになる。勇魚からのメールだった。

 

 内容はいつもの日常報告。

 遅れたことについては特にない。もう読んでいないと思ってるのかもしれない。

 花歩に関する話が、普段より少し多かった。

 

 一気に読み終わってから、ベッドの上で一息つく。

 

(せめて「読んでる」の一言くらい返すべきかな……)

(でも、それじゃ次のメールの催促になっちゃう……)

 

 悩んでいるところへ、部屋の扉が叩かれた。

 

「姫水! 姫水!」

 

 開けると、母が喜色満面で立っている。

 

「どうしたの、お母さん」

「事務所から電話があったの! この前のオーディション、受かったって!」

「そうなんだ」

「今までで一番大きな役よ! いやあ、頑張ってきたかいがあったわねぇ」

 

 何を無邪気に喜んでいるのだ。

 自分がこんなことになったのも、元はといえばこの人のせいだ。

 殴ってやりたい。罵ってやりたい。

 けれどそんな怒りですら、他人事のように遠ざかり……

 いつもの惰性で、相手が望む通りの反応を返した。

 

「嬉しいな。私、一生懸命頑張るね」

「ううっ、姫水ったら立派になって。あなたは自慢の娘よ!」

 

 母が去ってから、机に座って頭を切り替える。

 受かったのは『Rな女』という、全国ネットで放送されるドラマだ。いつか望んだ通り、勇魚にも見てもらえる。

 今度こそ成果と言えるはずだ。

 それを得るために、ここまで色々と犠牲にする必要があったのか、今となっては疑問だけれども……

 とにかく高校生になる前に、一つの結論は得られそうだ。

 

 

 *   *   *

 

 

『姫ちゃん、雑誌で見たで!』

『こっちでも放送されるんやね』

『テレビの画面越しでも、姫ちゃんに会えるのめっちゃ嬉しい!』

 

 中学三年生が始まる日の朝。

 途切れないロープに安堵するが、気の重いことが二つある。

 直接勇魚に伝えるべきなのに、雑誌経由になってしまったこと。

 そして本来ならもう撮影に入っているはずが、諸事情とやらで遅れていることだ。

 待ち望んだ成果なのに、先行き不安でしかない。

 

 エスカレーター式の中学では、最後の年でもあまり緊張感はない。

 新しいクラスで、周りの子たちと卒なく挨拶を交わす。

 姫水の内面とは裏腹に、外から見る彼女は順調そのものだ。

 大きな役を控え、好意と激励がクラスメイトたちから注がれる。

 それが一段落した頃、後ろの席から上ずった声がした。

 

「ふ、藤上さん!」

 

 振り返ると、長い黒髪を真ん中で分けた子が、上気した頬でこちらを見ている。

 

「ああ、初めましてよね。私は……」

「藤上姫水さん! この学校で、あなたを知らない人なんていないわ」

「そう? そんな事はないと思うけど、でもありがとう」

「わ、私、広小路弥生っていいます。ずっとあなたに憧れてたの。こんな近くになれるなんて夢みたい」

「え……」

 

 後に姫水にとどめを刺すことになる存在が……

 清楚な少女の姿で、振り絞った勇気を言葉にした。

 

「私と、お友達になっていただけませんか?」

 

 

 *   *   *

 

 

「あなた、藤上さんに馴れ馴れしいんじゃない!?」

「全くよ。お友達だなんて、抜け駆けする気!?」

 

 校舎裏で、弥生が女生徒に囲まれている。

 ここは歴史ある有名校だったはずだが、やってる事が不良と変わらない。

 木陰に隠れた姫水は、その少し上空から俯瞰しながら、どうしたものかと考えあぐねていた。

 

 弥生はといえば気弱そうな見た目と裏腹に、強い意志の瞳で反論した。

 

「ひ、姫水さんとお友達になって何が悪いの!? あの子は友達を作るなって言うの!?」

「下の名前で呼ぶなんて、どこまで厚かましい……!」

「藤上さんは容姿端麗、成績優秀。スポーツも得意で、何よりプロの女優さま!」

「貴方とも私とも、住む世界が違うの!」

「そんなの、勝手に壁を作ってるだけよ! わ、私は一年生の時からあの人を見続けてきたの。絶対、友達になることを諦めないから!」

「このアマァ~!」

 

 助けに行かざるを得ない。

 校舎に無数ある窓の、どこから誰が見ているか分からない。

 ここで離れたら、ああまで言ってくれる子を見捨てたと、噂を立てられる可能性がゼロではない。

 

「皆さん、これは何の集まりかしら?」

「ひいっ! 藤上さん!」

 

 狼狽する女生徒たちをよそに、弥生の顔には歓喜が浮かぶ。

 

「姫水さんっ……!」

「ち、違うのよ藤上さん」

「この子が図々しいから、貴方の負担になる前に釘を刺そうと……」

「どうしたの、貴方たちらしくもない。こんな校舎裏で隠れてやってる時点で、後ろ暗いことは自覚しているのでしょう?」

 

 何人かの生徒はそれでしゅんとなるが、もう何人かは納得できない顔をしている。

 藤上さんのためにしているのに!とでも思っているのだろう。

 姫水は頬に手を当て、哀しみの顔を貼りつけた。

 

「ああでも、困ってしまうわね」

「な、何か?」

「いえ自分のことで恐縮なのだけど、こんな場面を雑誌に撮られでもしたら、世間からどんな目で見られるか……。役を降ろされてしまうかも……」

「ひいぃ!」

 

 実際にはパパラッチが出るほどの知名度はないが、生徒たちへの効果は絶大だった。

 姫水の信奉者たちは残らず狼狽し、口々に謝罪を吐き出す。

 

「ごめんなさい! もう二度としません!」

「そうしてもらえると助かるわ。それではご機嫌よう」

「ご、ご機嫌よう~!」

 

 逃げていく女生徒に目もくれず、姫水は校舎の壁に使づくと、腰が抜けかけている弥生を助け起こした。

 

「ごめんなさいね弥生さん。私のせいでこんなことに」

 

 呼んでくれと頼まれているので、下の名前で呼ばざるを得ない。

 

「と、とんでもないっ! こんな風に助けてくれて、まるで白馬の王子様みたい!」

「私のそばにいると、また貴方に迷惑がかかるわ。これからはもう……」

「そんな悲しいことを言わないで!」

 

 穏便に距離を置きたいという姫水の内心を、弥生は純粋な善意で拒絶した。

 彼女は幼稚園から有名私立の、箱入りのお嬢様と聞いている。

 純度100%のその瞳は、うっとりと夢見るように潤んでいた。

 

「一年生の春、あなたのお芝居を見に行ったわ」

「あの劇、見てくれたの。小さい劇場で、あまり話題にもならなかったのに」

「でも私には、世界が一変したようだった。高校生や大人たちの中で、同い歳の子が一番輝いて見えた」

「光栄だけど、買い被りよ」

「ずっとお近づきになりたかった。いつも周りの言いなりだった私が、初めて持った願望なの」

 

 両手を組んでずずいと近づいてくる好意は、ある意味悪意より厄介だった。

 

(残念だけど弥生さん、貴方の目は節穴よ)

 

【挿絵表示】

 

 今の姫水に輝くものなんてあるわけがない。そう見せかけているだけ。人形に恋をしたようなものだ。

 それでも善意ではあるので、無下にはできない。

 そこまで望むなら、友達を演じてあげないと。

 

「――ありがとう弥生さん。あなたとお友達になれて嬉しいわ」

 

 中学校最後の一年間、せいぜい騙されて、気分よく卒業してもらおう。

 

 

 *   *   *

 

 

『最近はAqoursってグループの曲をよく聞いてんねん』

 

 以前からスクールアイドルの話は時々出ていたが、近頃特にはまったようだ。

 高校受験を控え、勇魚にも心の支えが必要なのだろう。

 

『伊豆の田舎にある小さな学校で、廃校から救おうと頑張ってるんやって!』

『姫ちゃんが教えてくれたμ'sと一緒やね!』

『うちも千歌先輩を見習って、勉強頑張るで!』

 

 なのに心の支えどころか、傷つけるしかできない自分は何なのだろう。

 一度だけ会ったμ'sの姿が、ずっと遠くに感じる。

 自業自得とはいえ、かけ離れた場所に来てしまったものだ。

 

「姫水さん、メール? どなたから?」

 

 唯一の精神安定剤なので、学校でもつい読んでしまったところを、後ろの席から弥生が声をかけてくる。

 

「………」

「ご、ごめんなさいっ! つい立ち入ったことを……」

「ううん、別にいいのよ」

 

 そう答えるしかない。本当にこの人は、おずおずしながら結局は立ち入ってくる。

 クラスメイトからも苦々しげな視線を浴びているが、当人の目には姫水しか映っていなかった。

 

「大阪の……幼なじみなの」

「えっ。姫水さんが大阪にいたのって、ずいぶん前なのでしょう?」

「もう六年前になるわ。記憶もかなり薄れてしまったけれど」

「それなのに連絡を取り合っているの? 素敵! 素晴らしい友情ね!」

「――ええ、そうね」

 

 弥生にその気はないにせよ、とんだ精神攻撃だった。

 意識を覆う膜が厚くなり、現実を遠ざける。

 この頃になると、さすがに姫水も薄々気づいていた。

 今起きている感覚は、見たくない現実から身を守るための防衛行動なのだと。

 

「お名前はなんておっしゃるの?」

「佐々木――勇魚ちゃん」

 

 その防衛行動をもってしても、彼女の名前を呼ぶのは神経が切り刻まれた。

 どれだけ長い間、口にしたことがなかっただろう。

 できれば心の奥底にしまっておきたかったのに。

 

「可愛らしいお名前ね。私もいつかお会いしたいわ」

「――そうね、機会があったらね」

「藤上さん、少しよろしいかしら」

 

 他の子が声をかけてきたので、何とかその場を切り抜けた。

 返信について、来訪について、もし聞かれたら上手く誤魔化せるだろうか。

 もっと演技に集中しないと……。

 

 

 *   *   *

 

 

 ようやく撮影が始まったが、どう見てもスケジュールに無理があった。

 直前に送られてきた脚本も、明らかに辻褄が合っていないし、登場人物の言動も不快きわまる。

 姫水が観察する限り、スタッフたちの認識は一致しているようだった。

 

『このドラマはコケる!』

 

 それでも姫水に現実感はないので、特に痛みもない。

 ここ最近、疎外感はほぼ常時発生していた。

 全体を俯瞰しながら、姫水という名の操り人形を外から操作し続ける。

 自分自身がどんどん削られていく感覚があるけど、これが最後かもしれないから。

 

 そしてぎりぎりに完成した第一話が放送され……

 

「この糞脚本家がぁぁぁぁ!!」

 

 家で一緒に見ていた母が、テレビの前で絶叫した。

 

「せっかくの姫水のキャリアに! 何てことしてくれてんねん!」

 

 姫水は事前に内容を知っていたので、今さら感想はない。

(お母さんはずるいな)

 まだ大阪弁を使える母に、そう思ったくらいだ。

 自分はもうすっかり忘れてしまったのに。

 

 部屋に戻り、ネットで炎上している評価を眺めていると、勇魚からメールが来た。

 

『姫ちゃん、綺麗になったね!』

 

 気を遣ったわけではない、素直な感想であることは、六年経った今でも信じられた。

 

『昔も綺麗やったけど、もっと見違えた感じや!』

『背も伸びてんねんなー。うちは全然伸びひんねん』

『演技もめっちゃ上手やし、いっぱい頑張ったんやねって思う。うちも頑張らな!』

『あ、ドラマはつまんなかったけど、目的は姫ちゃんやからOKや!』

 

 正直な言葉に、力なく笑ってしまう。

 一方で翌日の学校では、腫れ物のような扱いだった。

 

「藤上さんの演技『は』素晴らしかったわよ!」

「そうそう、儚さの中に強さを秘めた姿が……」

 

 気を遣いながら誉めてくれるクラスメイトに、当たり障りなくお礼を言う。

 多少は落ち込んでいる風を装って。

 

「姫水さん、大丈夫?」

 

 演技が過ぎたのか、弥生から本気で心配されてしまった。

 

「大丈夫よ。私は私の役を、精一杯務めるだけだから」

「そ、そう。でも辛い時は言ってね」

「ありがとう、そうさせてもらうわね」

「……あのね、姫水さん」

 

 弥生はまだ何か言いたそうにしていたが、上手く言葉にできなかったようで、困ったように笑った。

 

「まだ撮影は続くのでしょう? 無理はしないでね」

「ええ、弥生さんは本当に優しいのね」

 

 話を打ち切るように前を向く。

 この子に助けてもらうことなんて何もない。

(あなたに私の何が分かるというの)

 自分で隠しておきながら、そんな勝手なことを考える姫水の後ろから……

 弥生の視線は注がれ続けている。

 

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