ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート6 崩れる虚構 ☆

「姫水さん、クランクアップおめでとう!」

「ありがとう、弥生さん」

 

 学内のカフェに連れていかれ、めでたくもないのに祝われる。

 

 全十一話の予定が八話での打ち切りが決まり、暗い空気の中で撮影は終わった。

 これが切望していた成果か。

 別に傷ついてはいない。ただただ空虚なだけだ。

 

(役者、辞めようかな……)

 

 その判断ができると思ったのだが、相変わらず自分が自分である感覚がない。

 続ける理由もないが、辞める理由もない。

 

「ずっとお忙しかったものね。少しはのんびりできるの?」

「来週には次の仕事があるの。ありがたい話だから不平は言えないわね」

「そ、そう、もう少し休んだ方が……。そうだ! 勇魚さんには会いに行かないの?」

「―――」

 

 この子はわざとやっているのだろうか。

 一瞬そう疑ったが、目の前の少女は純粋という単語そのままだった。

 

「大阪は遠いから……」

「そう? 新幹線で一本なのだし、日帰りできる距離でしょう?」

「そう――そうね」

 

 夏休み明けに、スイスのお土産だと言ってお菓子をくれたのを思い出す。

 よく海外に行く彼女からすれば、500kmの距離など大したことはないのだろうけど。

 姫水にとっては、地球上のどこよりも遠い場所になってしまった。

 

「一人前になるまでは、大阪には戻らないって決めてるのよ」

「まあ! 私から見たら十分一人前に見えるけど、姫水さんは謙虚なのね」

 

 弥生は目を輝かせているが、終わり時を見失った姫水には、何が一人前なのかも分からない。

 

『最後まで、ちゃんとやり遂げよう!』

 

 そんな言葉を聞いたのはいつだったか。

 限られた時間で終わるスクールアイドルと違って、女優業に終わりはない。

 底のない廃坑に、ベルトコンベアで運ばれていく気分だった。

 

 

 *   *   *

 

 

 追い打ちのように、勇魚から暗いメールが届いた。

 

『浦の星の廃校、決まっちゃった……』

『あと二人いたら存続したんやって』

『うちがもっと真剣に、入学すること考えたら良かったんやろか』

『遠いからって最初から諦めたりせえへんで……』

(でも、あと二人だったんでしょう。それなら勇魚ちゃんのせいじゃないよ)

 

 あと一人だったとしたら勇魚の責任ともいえるが、二人ならどのみち無理だった。

(――なんて、私って本当に、下らない人間になったな)

 打算と計算しかできない。廃止される学校に心を寄せることもできない。

 返信もせずに勇魚のメールだけ読むことにも、既に何の呵責も感じずにいる。

 

『こうなったら、ラブライブでAqoursが優勝できるように応援続ける!』

『うちもAqoursの曲聞いて、受験頑張るで!』

 

 ラブライブ。

 電車で数十分のドームで年二回開催されているにも関わらず、姫水が見に行ったことはなかった。

 一度くらいは行こうと思いつつ、自分のいる世界とはどんどん離れていく気がして、足は遠ざかる一方だ。

 

「弥生さんは、スクールアイドルに興味はある?」

 

 特別教室へ移動する途中、問われた弥生は正直に眉根を寄せる。

 

「私はあまり。あの光る棒を持って騒ぐスタイルが、どうにも合わなくて」

「あなたが好きなのはクラシックだものね」

「あ、でも姫水さんがスクールアイドル始めるなら、全力で応援すると思う!」

「ありがとう。今のところ予定はないけどね」

 

 微笑む姫水に、弥生も幸せそうに笑う。

 この子はいい人だ。

 本当に心から、姫水のことを慕ってくれている。

 残り少ない中学校生活、最後まで完璧に友人として振る舞わないと。

 

 

 クリスマス。弥生が贈り物をくれたので、こちらからも贈った。

 年賀状もちゃんと元旦に届くよう出した。

 バレンタイン、多くの女の子と大量のチョコを交換する中、弥生にだけメッセージカード入りを。周りの嫉妬を買わないよう、最大限譲歩した結果だ。

 

 そして三月――

 

 

 *   *   *

 

 

『とうとう明日で卒業や!』

『合格発表がまだやから、いまいち締まらへんけどね』

『姫ちゃんの方はまだ先かな?』

『中学校生活、あっという間やったね』

『ほな、卒業式の後にまた送るね!』

 

 暖かくなってきた庭園の、緑に囲まれた灰色のベンチで、昨日届いたメールをひとり読み返す。

 時折下級生が通りかかっては、姫水に目を奪われたように立ち止まる。

 手を振ってあげると、真っ赤になって逃げていった。

 

「姫水さん」

 

 どうしても一人にしてくれないのか、弥生がゆっくりと近づいてくる。

 

「そろそろお昼休みが終わるわよ」

「そうね、戻りましょうか」

 

 連れ立って優雅に校舎へ向かう。

 この一年で、二人はすっかり親友として周囲から見られていた。

 

「見て、藤上さんと広小路さんよ」

「広小路さんて、名家のご息女なのでしょう?」

「本当にお似合いの二人よね!」

 

 以前は反発していた取り巻きたちも、意地でも姫水のそばを離れなかった弥生にとうとう白旗を上げたようだ。納得できる理由を勝手に追加している。

 弥生は意にも介さず、姫水のことだけを見ている。

 ここ最近、その視線が以前のような、憧れだけのものではなくなった気がするけど。

 それが慣れというものだろうと、勝手に納得していた。

 

「ねえ姫水さん、もうじき卒業ね」

「そうね。あまり実感はないけれど」

 

 隣の高等部の敷地に移って、似たような日々が繰り返されるだけ。

 弥生と別のクラスになれば楽だけど、同じなら同じでも構わない。

 

「あの……あのね、姫水さん」

「なあに?」

 

 昇降口まであと少しのところで、弥生の足が止まった。

 言い辛いことなのだろうか。

 小首を傾げ、続く言葉を待つ。

 どんなことでも、望まれた反応を返さないと。

 

「あのね――」

 

 いつも姫水だけを見て話していた弥生が、初めて目線を逸らす。

 苦しそうに。

 あと少しの中学生活を、安穏のうちには終わらせぬとばかりに、決定的な言葉を口にした。

 

「本当に私のこと、友達と思ってる……?」

 

 

 

 ”模範解答”はすぐさま浮かんだ。

 

『当たり前じゃない。どうしたの?』

『私、気付かないうちに、友情を疑われることをしていたのかしら』

『だとしたら教えてね。すぐに改めるから――』

 

 浮かぶと同時に、それが意味のない廃物と理解する。

 目の前の弥生は、自分の吐いた言葉に震えながら、それでも撤回する気はないようだ。

 姫水は、疑われているのだ!

 

「弥生――さん」

 

 どうしたらいい?

 表面的な取り繕いで納得するなら、最初から彼女はこんなことを言わない。

 騙しきれなかった。

 演じきれなかった!

 相手が幸せになれるなら、どんな嘘も正当化されると思っていた。

 でも、気付かれてしまった今、残るのは罪しかない。

 

「違――ちが、うの」

「姫水さん……?」

 

 こちらを向いた弥生の目は、不安と困惑に満たされている。

 完璧な返事を期待していたのだろうに、すぐに回答できなかった。

 校舎へ戻る途上の生徒たちも、不穏な空気に気付き始める。

 一秒一秒、時間が過ぎるほどに、失策は取り返せなくなっていく。

 自分の意思に反して、一人の名前が口から漏れた。

 

「いさなちゃん――」

「え? 勇魚さんが、どうかしたの?」

 

【挿絵表示】

 

 呼吸が苦しい。

 物心ついた時からの、幸せだった時間の記憶が、砂粒のようにこぼれていく。

 

「ちがう、わた、し、こんなはずじゃなかった」

 

『うちはおひめさまのおともだち!』

『ひめちゃん』

『うちらはずっとともだちや!』

 

 幼い懐かしい声が反響する。

 どうして、こんな遠くへ来てしまったんだろう。

 一体、どこで間違えて――

 

「こんな人間になりたいんじゃなかった。

 友達を大事にできる人間になりたかった。

 勇魚ちゃんみたいに、なりたかったのに――」

 

「姫水さん!? しっかりして、すぐ保健室に――!」

 

 尋常でない雰囲気に、弥生は質問を放棄して姫水の腕を掴む。

 その感触も既にない中、一つの思考だけを繰り返す。

 答えなきゃ。

 壁を作り非現実に逃げようとする心を、必死で繋ぎ止める。

 

『本当に友達と思ってる?』

 

 嘘が暴かれた今、その問いに、せめて本心で答えないと。

 弥生が何か叫んでいるが、頭に入ってこない。

 ただ、自分の中身を探そうとした。

 演技の殻を叩き壊し、どこかに残った自分の心を探そうとして――

 

(――ああ)

 

 殻の中の、がらんどうの空間に絶望する。

 何もなかった。

 東京での七年間のうちに、中身は全て、溶けて流れて消えてしまっていた。

 

 ぶつん

 

 脳内で何かが断絶し、全てを拒否するように暗転する。

 どこか遠い世界で、生徒たちの悲鳴が聞こえた。

 地面に体が叩きつけられたようだが、現実感ともども一切が消えた。

 

 せめて痛みを感じたら、罰になったのに――

 

 

 *   *   *

 

 

「姫水! ねえ姫水、何があったの!」

 

 車の中、母が必死で呼びかけるが、全く反応がない。

 暗く焦点の合わない瞳も、半開きのまま喋れなくなった口も、壊れた人形のようだった。

 学校側は何も分からないと言うし、一緒にいた子は取り乱していて要領を得ない。

 家に着き、何とか歩かせて自分の部屋まで連れていく。

 娘をベッドにもたれかけるように座らせるが、その後どうしたらいいか分からない。

 

(び、病院に連れて行く? 何科に?)

(……精神科!?)

(そ、そんなの世間に知れたら、姫水の評判に傷が……)

 

 偏見丸出しでおろおろした母は、少し様子を見るという口実で、娘の部屋を出ていく。

 後には、動かない姫水が残された。

 

 

 

 鞄の中から振動音がする。

 ぴくり、と反応した姫水の手が、緩慢な動きでスマートフォンを取り出す。

 メールが着信していた。

 

「あ……あ」

 

 もう動かないと思っていた口から、か細い声が零れ落ちる。

 500kmの彼方から、こんな時でもロープが差し伸べられていた。

 

『卒業式、無事終わったで!』

『あとは合格発表を待つだけや』

『花ちゃんもうちも受かってますように!』

 

 中学生最後の平和な一ページ。

 自分との落差におののきながら、メールを読み進める。

 

『ねえ姫ちゃん、うちら高校生になるんやね』

『もっと早よ言わなあかんかったのかもやけど』

『メール、迷惑やったら言うてね』

 

(――ああああ!)

 

 また精神が砕けそうになる。

 どれだけ深い傷を、勇魚に与え続けてきたのだろう。

 資格がないのを承知しつつ、震える指でスクロールを続ける。

 

『うちってホンマしつこいなー。もう七年間も送ってんねんもん』

『でもうちは、今でも姫ちゃんを友達やって思てるから』

『迷惑って言われへん限り、ずっと送るね』

 

「いさな、ちゃん――」

 

 涙が落ちたように錯覚した。

 でも実際には、乾いた目からは何も流れ出ない。

 

『姫ちゃん、一度だけ弱音言うていい?』

『ごめん、堪忍して』

 

 少しだけ止まった姫水の視点が、苦しい呼吸の中、次の文章へ動く。

 

『姫ちゃんに会いたい』

 

 呼吸はかすれ、心臓はきしむ音を上げていた。

 

『うちね、姫ちゃんのこと忘れたくないねん』

『昔のアルバム見返したり、今載ってる雑誌集めたり、色々してんねんけど』

『やっぱり、うちの中の姫ちゃんはどんどん薄れてく』

『絶対に消したないけど、時々自信なくなって、怖い』

 

『会いたいよ』

『ごめんね』

 

 文面はそこで途切れている。

 

 

(いさなちゃん!)

(いさなちゃん、いさなちゃんっ……!)

 

 八歳の子供のように、姫水の内面は泣き叫んでいた。

 なのに、十五歳の実体は動けない。

 返事をしなきゃ。

 その意識だけはあるのに、操り糸が切れたように、体がうまく動いてくれない。

 苦労の末、何とか返信画面を起動する。

 

 伝えたいことや、資格があるのかなんて、何も考えられず……

 ただ四文字を、変換もできずに送った。

 

 

「たすけて」

 

 

 *   *   *

 

 

(情けないメール送ってもーたなー……)

 

 曇り空の大阪で、少し後悔するが、今さら言っても仕方ない。

 姫水に読んでいて欲しいのか、欲しくないのか、自分でもよく分からない。

 それでも……

 決してこちらから手を離さないことだけは、心に決めていた。

 

「汐里ー、お姉ちゃんと遊ぼ……」

 

 だいぶ大きくなった妹に呼びかけようとして、机の上のスマホが振動したのに気付く。

 あまり期待せずに画面を見て、差出人の名前に目を疑った。

 

(姫ちゃん!?)

 

 返信が途絶えてから、二年と何カ月ぶりだろうか。

 急いで読もうとして、一瞬躊躇する。

 何で……このタイミングで。

 先ほど自分が送った文面で、戻ってくる返事なんて一つしか思い浮かばない。

 

『メール、迷惑です』

『もう送ってこないで』

 

(それやったら……)

 

 それなら今までのことを謝って、それで最後にするしかない。

 覚悟を決めて、メールを起動した。

 

 

 返事はたったの四文字で。

 それでいて、勇魚の顔色を変えるには十分だった。

 

 

 ずっと登録だけしてあった連絡先を、電話帳から呼び出す。

 姫水の母の言いつけなんて、今は顧みる余地もない。

 

「もしもし、姫ちゃん!?」

『……いさなちゃん……?』

「どないしたん!? 何があったの!?」

 

 ずっと聞きたかった声。

 でもこんな、弱弱しい声を聞きたかったわけじゃない!

 

『ごめんなさい……』

「ごめんじゃ分からへん! 何か困ってるの!?」

『わたし、何もわからなくなっちゃった。

 わたしが誰で、なんのために生きてるのか。

 あの子を友達と思ってるのか、思ってないのか。

 もう、わからない……』

 

 ばたん!

 衝撃音に驚くが、恐らくスマホが床に落ちた音だろう。

 

「姫ちゃん! ねえ姫ちゃん!」

 

 いくら呼びかけても返事がない。

 時計を見ると一時半。

 行って帰ってくるには十分、いや……

 行ったままになろうとも、一向に構わなかった。

 

「待ってて姫ちゃん! うちが今すぐ――」

 

 手を離れたであろうスマホからも、思いが届くように、全力で叫ぶ。

 

「助けに行く!!」

 

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