ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート2 善意と悪意 ☆

 難波に向かう地下鉄の中で、勇魚は一方的に喋り続けた。

 どれだけ晴が塩対応だろうとお構いなしに。

 

「というわけで、うちはAqoursのおかげで高校受かったんです!」

「ふーん」

「先輩って頭いいんですよね! うちは悪いから、先輩みたいな人って尊敬します!」

「あ、そう」

「姫ちゃんも勉強できるんですよ! うちに姫ちゃんの半分でも脳みそがあればなー」

「姫水の病気はその後どうなんや」

 

 ようやく反応した晴の重い話題に、勇魚の勢いは消失し、しゅんとして下を向く。

 

「特に変わりはないみたいです。良くもならず悪くもならず……」

「そうか……」

 

 このまま治らなければ部としては来年も助かるが、さすがにそれを期待するほど晴も外道ではない。

 現実感を取り戻した上でどうするのか決めて欲しいし、その点では勇魚の思いと一致していた。

 

「全力でライブやったら治るかもしれないですね! スクールアイドルにはそんな力があると思います!」

「あるわけないやろ、非科学的な。けどまあ、治療法が分からない以上、色々やってみるしかないか……」

 

 難波駅を降りると、今日も人でごった返している。

 最近は外国人観光客も増えて、スーツケースが周囲を行き交っていた。

 ひらめいた勇魚が、子犬のように晴にすり寄る。

 

「先輩先輩! 手、繋いでいいですか!」

「何で?」

「うち小さいので! 迷子になったら困りますし!」

「知らん。はぐれたら遠慮なく置いていく」

「とほほ……」

 

 駅から歩いて数分。戎橋筋商店街の一角に生地屋がある。

 一階から三階まで全部生地という大きな店だ。

 結局はぐれることもなく到着した二人の間で、まずは指導が始まる。

 

「ええか、大事なのは一も二もなく値段や。

 布の品質なんて、ライブで遠目に見ている客には大して分からへん。

 安い布で節約すれば、残った金で装飾を増やせる余地も出てくる」

「なるほど! けどライブ中に破けたりしないですか?」

「この店なら一番安いのでもそこまでヤワとちゃう。破れるとしたら、むしろ縫製がいい加減な場合やな」

「うち縫い物は結構得意です!」

「それは何より」

 

 店に入ると、とにかく大量の生地サンプルが所狭しと吊してある。

 勇魚は大喜びで、その小さい体で布の間を元気に歩き回った。

 

「先輩、この色でチェックは高いのしかありません!」

「ボーダー柄で代用するしかないな。姫水には諦めてもらおう」

「ううっ、堪忍や姫ちゃん。みんな貧乏があかんねん……」

「そういう人情芝居はええから」

 

 店員を呼んで必要な長さを伝え、店の奥で裁断されるのを待つ。

 無事必要な量を確保し、レジで会計を済ませようとした。

 

「7236円になります」

「はい」

 

 一人分なら大したことはないが、六人分となると一気に値が張る。

 いずれ八人分になるのだから、今以上に切り詰めなければ……と考えながら晴が財布を開いた時だった。

 隣で見ていた勇魚が、いきなり身を乗り出してレジのおばさんと話し始めた。

 

「おばちゃんおばちゃん! うちら部活で衣装作んねん!」

「へえ、部活やったん。演劇部とか?」

「スクールアイドル部やで! えへへー、せやから少しまからへん?」

「お、おい勇魚」

 

 いきなり値切り始めた後輩に、さすがの晴も少し慌てる。

 いくら大阪が値切りの文化とはいえ、こんな大型店でやる奴は見たことがない。

 店員も困っているところへ、勇魚は手を合わせて愛嬌を振りまいている。

 

「お願いおばちゃん、この通りや!」

「うーん、そうやねぇ……」

「うちらあんまり部費ないねん! でも綺麗な生地で衣装作って踊りたいんや!」

「しゃあないなぁ、学生さんやし……ほな七千円でええわ」

「やったー! おおきにおばちゃん!」

「す、すみません……」

 

 善意と人情の生暖かさは、晴にとっては苦手な状況だ。

 気まずい思いで会計を済ませ、そそくさと店を出た。

 人が行き交う商店街の中、呆れた目を後輩に向ける。

 

「お前ほんま厚かましいやっちゃなあ……」

「えへへー、けど一円でも節約するのがマネージャーなんですよね!」

「まあそうやな……今回は助かったと素直に認めとくわ」

「わーい! 晴先輩に誉められたー!」

 

 万歳している勇魚に、晴はやれやれ顔で歩き出す。

 駅へ戻ろうとしたところで、ドラッグストアの前で足を止めた。

 

「おっと、蚊取り線香も買うとかな」

「え、部室に蚊が出るんですか?」

「窓閉めててもどっかから入ってくんねん。ちょっとそのへんで待ってて」

「うちが買うてきますよ!」

「ええから、荷物番しとけ」

「はいっ」

 

 通行の邪魔にならないよう路地裏に身を潜ませ、店に入る晴を見送る。

 布地の入った紙袋を、しっかり番犬のように握りながら。

 見上げた空は五月の快晴だ。初めてのお使いは楽しかったし、今日はなんていい日だろう……

 

「あれ、勇魚やないか」

 

 不意に名前を呼ばれた。

 はっと我に返ると、三人の女子高生がこちらを見ている。

 その改造しまくりの制服は、住之江女子のものではない。

 

「あ……ひ、久し振りやね。元気やった?」

 

 勇魚の、中学時代の友達――

 友達のはずだった。

 

 三人は冷ややかな目で、ぞろぞろと路地裏に入ってくる。

 

「何しとんねん、こんなとこで」

「あ、部活の買い出しやねん。今ちょっと先輩と……」

「そういや住之江女子行ったんやったっけ」

「勇魚の分際で生意気ー」

「え、えへへ……そういう言い方しなくてもええやん」

 

 少し引きつった笑みを浮かべる勇魚を、女子たちが取り囲んだ。

 通行人から勇魚を隠すようにして、うち一人が顔を近づけてくる。

 

「ところでさあ、ウチらちょっと困ってんねん。お金貸してくんない?」

「え、でも……」

 

 笑顔を貼り付けながら、勇魚は目を左右させる。

 逡巡したのは怖いからではなく、相手を不快にさせないかという不安からだが……

 少しうつむいて、何とかして絞り出すように言った。

 

「あの、前に貸したお金、まだ返してもろうてへん……」

「ああ!?」

 

 いきなり大声を出され、小さな体がびくりと跳ねる。

 もう一人が勇魚の肩へ手を置くと、猫なで声でにじり寄ってきた。

 

「あのさあ、ウチら友達やろ?」

「も、もちろんや! 仲良しさんやで!」

「勇魚は友達のためなら何でもしてくれるんやろ? ほんま友情にあつい子やもんなあ?」

「それは……」

 

 後ろで三人目がプッと吹き出している。

 その目が勇魚の握る紙袋へと止まり、怪訝な顔で指さした。

 

「ん、何それ」

「あ、それはスクールアイドル部の……」

 

 勇魚が止めるも、体格差もあって簡単に奪われてしまう。

 袋の中身を見た女子たちは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「なんや、ただの布っきれやないか」

「けどまあ、ネットで売れば多少は金になるんとちゃう?」

「ま、待って! それだけは!」

 

 悲鳴じみた声で、勇魚は必死に懇願する。

 

「お願い、それは大事な生地やねん。みんなで衣装を作って、ライブをするための大事な……」

 

 だが相手には何も響くことはない。

 三人はニヤニヤと笑いながら、嫌味たらしく責め立ててきた。

 

「何、友達より部活を取るの? うっわサイテー」

「悲しいなあ。女の友情なんてしょせんそんなモンなんやなあ」

「う、ううう……」

 

(どうしよう。どうしようどうしよう)

(一応財布は持ってきたし、うちがお金出したら丸く収まるんやろか)

(でも、ほんまにそれでええんやろか)

(晴先輩……!)

 

 

「おい」

 

 路地裏に響いたのは、氷点よりも低い声。

 不良たちが振り返ると、目つきの悪い女子高生が凍てつく視線を向けていた。

 

「お前ら、うちの部員に何しとんねん」

 

 

 *   *   *

 

 

「あー?」

「晴先輩!」

 

 勇魚の声に相手の正体を理解し、三人は舐め切った態度を返す。

 

「へー、先輩っすか。ウチらは勇魚の友達やねん」

「これは友達同士の話なんや。部外者は引っ込んでてくれます?」

「なー勇魚?」

「え、えと……」

 

 肩を抱かれ、確認を求められた勇魚は答えることができない。

 友達ではない、なんて口が裂けても言えない。せっかく晴が助けに来てくれたのに。

 だが当の晴は勇魚の返事など待つ気はなく、さっさと端的に決め付けた。

 

「嘘をつけ」

「はあ!?」

「ほんまに友達やったら、そんな脅すような態度や馬鹿にした目を向けるわけないやろ。

 勇魚はお前らを友達と思っているかもしれないが、お前らは勇魚をカモとしか思っていない」

「な、ちょっ……」

 

 ずばずばと本当のことを言われ、さすがに不良女子たちも狼狽する。

 それを相手にせず、晴は自分の後輩を見て質問を投げた。

 

「勇魚、事実だけを話せ。こいつらにいつから何円貸してるんや」

 

 晴の視線に温かさなど全くなく、勇魚に対しても怒っているように見えた。

 蛇に睨まれた蛙のように、正直に言うしかない。

 

「半年前に、五千円です……」

「それを未だに返していない、と」

「な、何やねん、文句あるんか!?」

「いつでもええって言うたのは勇魚やで!」

 

 晴は呆れたように嘆息する。どうせ督促も全くしていないのだろう。

 勇魚も悪いが、その百倍はこの三人が悪い。

 

「民法591条1項により、期限のない借金は相当の期間を定めて返還の催告ができる。勇魚、一週間以内に返せって言うとけ」

「え、でも……」

「こいつらがこんな風になったのは、お前にも多少は責任がある。

 お前の方だけでも友達と思ってるんやったら、少しは当人のためになることをしろ」

「あの、でも、ほんまに困ってるのかもしれへんし……」

「せ、せやでー勇魚。ウチらマジで困って」

「深刻に困窮している人間が難波で遊んでるわけないやろ。常識的に考えろ」

 

 ぐうの音も出ない正論に、勇魚は少しの間迷っていたが、ようやくおずおずと言うべきことを口にした。

 

「あ、あの、やっぱり半年も音沙汰ないのっておかしいと思う……。一週間、ううん一ヶ月以内でええから……」

「勇魚てめえ!」

 

 三人は激高するが、勇魚を相手にしても無駄だと思い直す。

 この状況の原因――晴に向けて、敵意を込めて一歩近づいた。

 

「おい先輩、調子こくのもええ加減にせえよ」

「こっちは三人いるんやで! そんな細腕で勝てると思てんのかコラア!」

「アイドル部やったっけ? 暴力事件なんて起こしたら、一気にイメージダウンやろなあ!」

「なっ……や、やめて!」

 

 勇魚が泣きそうな顔で止めようとする。みんなの夢、ラブライブ全国出場が、もしこんなことで駄目になってしまったら……!

 だが晴は平然としたものだ。

 何ら表情を変えず、射るように言葉の矢を繰り出した。

 

「日本は法治国家や。そちらが暴力を振るうなら、私は躊躇せず被害届を出す」

「んなっ……」

「お前らの名前も学校も、勇魚経由ですぐ特定できることを忘れるな。警察の追及をかわす自信があるなら止めへんけどな」

「こ、このアマぁ!」

「ね、ねえ、もう行こ? こいつちょっとヤバいで……」

 

 ようやく一人が気付いたようだった。晴が一般的な女子高生ではないことに。

 あとの二人も、歯噛みしながら目を右往左往させていたが……

 

「くそっ、覚えとき!」

 

 ありきたりな捨て台詞を残し、三人揃って逃げるように走り去っていった。

 そちらに目を向けることもなく、呆然としている勇魚に晴は尋ねる。

 

「五千円、どうする?」

「え……」

「自発的に返すとは思えへんし、取り返す気なら協力するけど」

「それは……いえ、もういいです……」

「そうか。まあ取り返すにもエネルギー使うからな」

 

 晴は淡泊に応じたが、勇魚は自分の言葉にダメージを受けていた。

 さすがにこの状況で、『きっといつか返してくれます! 信じて待ちます!』とは言えなかった。

 自分の善意が踏みにじられたことを、自覚するしかなかった。

 

「勇魚」

 

 地面に倒れている生地の袋を取り上げながら、晴は抑揚のない声で言う。

 

「あいつらは悪意が分かりやすいからまだ対処しやすかった。

 けど、善意を装って近づいてきたらどうするんや。

 本当に困ってる、助けてくれと泣きつかれたら金出すんか」

「だ、出します……友達が困ってたら、助けるのが当たり前やもん……」

「それで身ぐるみ剥がされて、裏で馬鹿にされながら散財されていたとしても?」

「……それは……」

「お前ほんまに、よく今まで無事に生きてこられたな……」

 

 本日何度目かの呆れ顔をするが、これ以上責めても仕方ない。

 とりあえずは今後のことについて忠告する。

 

「金のこと、どうせ花歩にも話してへんのやろ」

「し、心配かけたくなかったので……」

「自分が逆の立場やったらどう思うんや。

 今後は何でも花歩に相談しろ。あいつならいつでも常識的な意見を言うてくれるはずや」

「……はい……」

「ほな行くで」

「はい……」

 

 重い足を引きずるように、勇魚は歩き出す。

 数分前まで明るく元気に笑っていた子が、少しの悪意で簡単にボロボロにされた。

 だが、こんなことは現実にはよくあることだ。

 そう考えつつ、さっさと学校へ戻ろうとする晴だが……

 

「あ、先輩。荷物持ちます!」

 

 勇魚が慌てて駆け寄ってくる。

 こんな時までそんな献身か。

 軽く頭を振って、晴は蚊取り線香が入ったレジ袋の方を差し出す。

 重い布地は自分で持ったままで。

 

「じゃあこれ」

「あ……はい」

 

 勇魚も抵抗する気力はなく、レジ袋へと手を伸ばす。

 その手は、まだ小さく震えている。

 それを見たからか、元々そうする気だったのか。

 袋を受け取った後も、晴の手は差し出されたままだった。

 

「ほら」

「え?」

「手」

 

 意図を理解するまで数瞬かかった。

 恐る恐るその手を掴むと、軽く握り返してくれる。

 そのまま、手を繋いで歩き出した。

 

「今の精神状況で迷子になられたら、後が面倒やからな」

「先輩……」

「私はさっさと仕事を終わらせたいだけや」

 

 勇魚の暗く冷えていた心が、一気に温かくなっていく。

 それどころか、頬まで熱くなってきた。

 心臓が高鳴る中、じっと先輩の後ろ姿を見つめる。

 

「勇魚」

「はっ、はいっ!」

 

 前を向いたまま話しかける晴に、勇魚の声は裏返ってしまう。

 

「お前の善意は間違うてへんけど、世の中が間違うてるんや。

 ああいう手合いが一定数いるのはどうしようもないんや。

 せやから、善意を向ける相手はきちんと選ぶようにな」

「は……はい……」

「ん」

 

【挿絵表示】

 

 それ以上は何も言わないまま、彼女は後輩の手を引いて駅へと向かった。

 勇魚が誰かれ構わず向けていたのが善意なら。

 今このとき、自分がこの先輩に向けている気持ちは何なのだろう。

 明確な答えを得られないまま、勇魚はただ、この時間ができるだけ続くようにと願う。

 

 その恋が、わずか数日後に潰えるとは思わずに。

 

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