ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート6 君を教えて ☆

 一緒にいたくないだろうと別々に帰ったのに、そのつかさが会いに来てくれた。

 制服のまま急いで玄関を開けると、彼女がタッパーを持って立っている。

 

「これ、肉じゃが……お母さんが持ってけって」

「あ、ありがと……」

 

 理由が分かって少し落胆するが、贅沢を言える立場ではない。

 温かいタッパーを受け取り、儀礼的な言葉を吐く。

 

「おばさんによろしく伝えて……」

「……うん」

 

 一瞬だけ互いに言葉が続かず、沈黙が下りる。

 少し上がってく?と聞いていいのだろうか。

 でも、つかさはお母さんに言われて、仕方なく来ただけかもしれない……。

 

「夕理」

 

 今度は、つかさの方から先を制した。

 来た本当の理由を――罪悪感を隠すように、複雑な笑みを浮かべながら。

 

「晩ご飯、一緒に食べる?」

 

 

 止める暇もなかった。

 ぽろ、と夕理の目から雫が零れ落ちる。

 ぽろぽろと、続いていく涙を押し留めようとして、危うく肉じゃがをこぼしかけた。

 

「あ、あの、でも」

 

 タッパーを両手で持ち、泣きじゃくりながら夕理は立ち尽くす。

 

「私、みんなに迷惑かけて、優しくしてもらう資格なんて全然なくて」

「お邪魔します」

 

 問答無用で、つかさは家に上がっていた。

 この瞬間だけは、姫水のことも小都子のことも頭から消え失せて。

 こんなところで一人泣いている友達を残して、他にどこへ行けるというのか。

 晩ご飯を一緒に食べることに、どんな資格が必要だって!?

 

(つかさ……つかさ……)

 

 台所へ向かう彼女を、夕理は雛鳥のように追いかける。

 テーブルにタッパーを置いて、ようやく涙を拭うことができた。

 こちらに背を向けたまま、つかさが寒々しい台所を見て尋ねる。

 

「晩ご飯、何作る気やったん?」

「食欲ない……」

「食べなあかんやろ。明日もライブなんやから」

「うん……」

 

 勝手に冷蔵庫を開けたつかさの目には、少量の野菜しか見当たらない。

 夕理が身を固くする。晩ご飯の買い物、なんて下らない嘘は簡単に崩れた。

 それでもつかさは何も言わず、キャベツとピーマンを取り出した。

 

「野菜炒めでいっか。肉じゃがあるし」

 

 続けて冷凍庫を開けると、平たくして凍らせたご飯が一パック。

 

「解凍しちゃっていい?」

「あの、でも一人分しか……」

「うちでお母さんも夕飯作ってるから、あたしは一口もらえたらええよ」

「そ、それやったらコーヒー入れるね」

「ん」

 

 キャベツを切り始めたつかさの隣で、やかんに水を入れ火にかける。

 台所に並んで立っているだけで、胸が温かくなる。

 つかさと一緒に暮らせたら、どれだけ幸せだろう。

 朝起きたら挨拶をして、一緒に食卓を囲んで、二人で出かけられたら、どんなに素晴らしい日々だろう。

 でも、儚い夢でしかないことも分かっていた。

 望んではいけない、自分には過ぎた夢だと。

 

 一方のつかさも横目で夕理を見る。

 できることなら際限なく優しくしてあげたい。

 一緒にお風呂に入って、一緒に寝てあげたい。

 でも、その後の責任が取れない。

 全てを引き受ける器もないくせに、無責任に仲良くした結果が、中学の時のあのザマだった。

 

 微妙な距離を保ちながら、夕餉の卓は完成していく。

 タッパーの肉じゃがを皿にあける。

 本当は母が持って行けと言ったわけではなく、つかさから頼んで分けてもらったのだけれど……

 この程度の嘘は、つかさとしては調味料みたいなものだった。

 

 

「割とそれっぽくなったやん」

 

 野菜炒めと肉じゃが。ご飯とインスタントみそ汁。

 テーブルについて、二人でいただきますを言った。

 つかさは夕理の皿から、野菜炒めを一口いただく。

 そうしてコーヒーを飲みながら、目の前の光景を眺めていた。

 一生懸命、もぐもぐと食事を続ける友達の姿を。

 

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「なんか可愛い」

「っ!?」

「あ、いや……」

 

 赤くなる夕理を見て反省する。こういうことを言うから依存されるのだ。

 ジゴロか!と自分に突っ込み、言い訳に転じる。

 

「いや、小都子先輩がね?」

「先輩が?」

「夕理のこと、可愛くて仕方ないって感じやん。ほんま愛されてるなーって」

「そう……なんやろか。まだよく分からへん……」

「もう、そんなん言うたら先輩が可哀想やで」

「うん……」

 

 もちろん小都子には深く感謝しているけど。

 もぐ、と肉じゃがを咀嚼しながら、正確に現実を理解する。

 

(早く小都子先輩に引き渡して、私から解放されたいんやろな……)

 

 それは夕理も同じだ。一刻も早く、つかさを解放したい。

 今もみっともなく泣いて、結局甘えてしまったことに、忸怩たる思いはある。

 食事を半分終えた夕理は、いったん箸を置いて顔を上げた。

 

「ありがとう、つかさ。もう大丈夫や」

「そう? なら帰るけど、辛かったら呼んでもええよ」

「平気。泣きごと言うてる場合とちゃうねん」

 

 上手くできているか分からなかったけど、いつもの強気の表情を作る。

 

「私に今できるのは、明日のライブを完璧にこなすことだけや!」

「……夕理らしいね」

 

 少し眩しいものを見るように、つかさは微笑んだ。

 

 

 見送りを断って、夕理のマンションを後にする。

 止めておいた自転車を出して、空のタッパーをかごに入れる。

 夕理はもう大丈夫。

 それより、自分の心配をしないといけなかった。

 

(明日また藤上さんとライブやもんなあ……)

 

 藤上さん。

 彼女の名前を思い浮かべるだけで、かあっと頬が熱くなる。

 自転車にまたがって、全力で漕ぎ始めた。

 

(こっ……これは何かの気の迷いや!)

(あんなやつ好きでも何でもないし!)

(せや! ライブ終わったら彼氏作ろう!)

(女子校で女にばっか囲まれてるから妙な気分になるんや!)

(合コンでも行って、適当にイケてる男子と……)

 

 シャカシャカとペダルを回しながら、空気が顔に当たる中で、世迷言が勝手に口から出る。

 

「でも藤上さん以上の男なんているわけないしなあ……」

 

 はっとして片手で口を塞ぎ、電柱に激突しそうになった。

 自分にいい加減呆れながら、安全運転で家へと帰っていく。

 

 

 

 食器を片づけ、お風呂に湯を張って身を沈める。

 心身とも疲れ切っていたことに今さら気づきながら、夕理は目を閉じ湯船に顔をつけた。

 

(つかさ……)

(好き……大好き……)

 

 減らそうと頑張ってきた気持ちが、今日一日で元の木阿弥になってしまった気がする。

 でも、彼女が来てくれなかったら何も食べられなかったし、きっと一睡もできなかった。

 

 それに今後はもう、それほど頑張らなくてもいいように思えた。

 つかさに好きな人ができたら、自分は否応なく離れるしかないのだから……。

 

 

 *   *   *

 

 

 昨年も一昨年も、ファーストライブは普通に楽しかった。

 客の数は今日ほどではなかったが、特にトラブルもなく盛り上がった。

 それが立火が部長になった途端、この有様である。

 

「やっぱり部長の責任やろな……」

 

 自室で寝転がって天井を見ている立火に、泊まりに来た桜夜が不服そうに言う。

 

「いやどう考えても夕理のせいやろ」

「またお前はそういう」

「……あのさ」

 

 桜夜は少し後ろめたそうに口ごもったが、結局は口を開いた。

 

「姫水に作曲やらせるのはどう?」

「……お前なあ」

「だ、だって姫水やったら、一カ月くらい勉強すれば作曲も簡単にやれそう……」

「どれだけあいつに頼んねん! 姫水はドラえもんとちゃうんやで!」

 

 バン!

 立火は起き上がると、畳を思いきり叩いた。

 

「夕理を入部させた時のことを思い出したらどうや!

 嫌がってたのを無理に頼み込んで、一日ライブまでやって……。

 それを用が済んだらポイ捨てって、人情のないことができるか!」

「せやけどラブライブはどうすんねん!」

 

 ドン!

 桜夜も負けじと、畳を拳で打って反論する。

 

「夕理の曲で予選突破なんかできるわけないやろ!

 私たち全員、あいつの曲と心中するの!?

 先輩との約束は守れなくてええの!?」

「それは……」

 

 このままではお先真っ暗なのは立火も分かっている。

 夕理への人情も大事だが、いつかの指切りを守り、ずっと立火についてきてくれている、目の前の女の子への人情も大事だ。

 畳に座り直し、説得を試みる。

 

「姫水に作曲させるとして、どんな曲を書かせるんや」

「それはもう灼熱みたいに、熱くて盛り上がる曲を」

「忘れてるみたいやけど、去年はそれで予選落ちやってんで」

「う……」

 

 世間受けする曲は競争率も高く、他のグループと競合する。

 ましてや大衆への媚びにおいては最強のNumber ∞も立ち塞がるのだ。

 ライブで一時的に盛り上がれても、四位以内に入れる保証はない。

 

「確実に予選突破できる方法なんてもんはどこにもないんや。それやったら、夕理に色々やらせるのもええと思うんやけどな……」

「………」

 

 相方はまだ納得いかないようだったが、階下から祖母の声が響いた。

 

「桜夜ー! お風呂先に入ってええでー!」

「あ、はーい!」

 

 常備してあるパジャマと下着を持って、部屋を出ていく彼女をぼんやり見送る。

 

(婆ちゃん、すっかり桜夜のこと孫扱いやなあ)

 

 再び寝転がった耳に、階下で母が桜夜と話す声が聞こえた。

 

「あ、桜夜ちゃん。おばさん、明日のライブ見に行くからね」

「ほんまっ? 私めっちゃ張り切るでー!」

(呑気なもんやなあ……)

 

 心の中で愚痴って、ごろりと寝返りを打つ。

 努力が必ず報われるわけではないが、それでも頑張ってきた夕理には、やはり報われてほしかった。

 自分は部長として何ができるのだろうか……。

 

 

 *   *   *

 

 

 翌朝、夕理はLINEでつかさへメッセージを送る。

 

『先に部活行くね』

 

 いつもより30分早く出かけた。

 別に早出したから罪が消えるわけでもないが、昨日の失態の後で、普段通りに登校するのは気が引けた。

 

『鍵開けます』

 

 今度は部のLINEグループに流し、土曜で人のいない学校を歩く。

 誰もいない部室に入り、イヤホンをはめて自分の曲を聞く。

 今や失敗作となった曲を聞くのは辛かったが、逃げるわけにはいかない。

 

「おはよう。早いな」

「お、おはようございます……」

 

 最初に来たのは晴だった。

 挨拶以外は会話もなく、彼女はいつものようにパソコンを叩いている。

 

(私もこれくらい徹底できたらええのかな……)

 

 この人は裏方に徹することで、ある意味やりたいようにやれている。

 マネージャーならファンの好感度など関係ない。

 自分も曲作りだけに専念した方が、まだ迷惑をかけずに済むのかもしれない。

 その作曲が不評だった時点で、それも怪しくなってきたけれど……。

 

「夕理ちゃん!」

 

 途中でメッセージを見たのだろう。小都子が息せき切って駆けてきた。

 

「大丈夫? ちゃんとご飯食べた?」

「大丈夫です。つかさが一緒にいてくれました」

「あ……そ、そう」

 

 安心すると同時に、堺市との物理的な遠さを小都子は少し恨んでしまう。

 そうとは知らず、夕理は真っ直ぐに尊敬する先輩を見た。

 

「昨日の先輩の言葉、忘れていません。誰かの心を動かすために、今できることを頑張ります」

「うん……そやね、頑張ろうね。あ、晴ちゃんおはよう」

「おはよう」

 

 そして立火と桜夜が、長居組の三人が、最後に時間ぎりぎりにつかさが、それぞれ部室に入ってくる。

 つかさはひたすら、姫水を視界に入れないことに集中する。

 まだどこか微妙な空気の中で、朝のミーティングが始まった。

 

「さて夕理。どんな処分でも受け入れる言うたな」

 

 立火の言葉に部内に緊張が走る。

 その話はなくなったのでは?と花歩たちが思う中、夕理の面持ちは粛然としていた。

 

「はい。あんな失態を犯した以上、償えるなら何でもします」

「よし。それやったら部長として命じるで」

 

 一年生たちが息をのむ中、立火の口から処分が下された。

 

「あの曲――『若葉の露に映りて ~growing mind~』。

 夕理の口から、あの曲について解説してくれ。

 お前が何を思い、どんな考えで曲を作ったのか。

 私たちにも分かるように、全部話してほしい」

 

 

 ……部員たちの誰も、予想していない命令だった。

 桜夜だけは聞いていたのか、妙にさばさばした顔をしている。

 あまりの意外さに夕理がぽかんとしている隣で、小都子が勢いよく立ち上がった。

 

「立火先輩、それは!」

「言うな小都子。承知の上や」

「芸人さんに自分のネタを解説しろと言うようなもので……!」

「酷なことを言うてるのは分かってる。けど、私たちも昨日みたいな失敗はしたないんや」

 

 立火はそう言うと、一年生の前で深く頭を下げた。

 

「私たちみたいなアホは、聞いただけでは高度な芸術なんて分からへんねん。

 頼む夕理。アホを助けると思って、一肌脱いでくれ」

 

 部長の後頭部を見ながら、夕理の情とプライドがせめぎ合う。

 作者の考えは作品で表すべきものだ。

 後から解説が必要な時点で、作品としては負けたも同然だ。

 

(でも……)

 

 どのみち、昨日の時点であの曲は負けているのだ。

 ならばせめてもの供養として、全てを吐き出すのもいいのかもしれなかった。

 今日のライブを終えれば、たぶん二度と歌ってもらえないのだから。

 

「分かりました――では徹底的に説明します」

 

 

 *   *   *

 

 

 三十分後、最もヒートアップしていたのは桜夜だった。

 

「だーかーらー、一体どういうことやねん!?」

「何度同じことを言わせるんですか!? つまり若葉の露とは、周囲との関係性における一つの結実のメタファーであって……」

「あんなぁ、夕理は頭ええんやから~。もっと人に分かるように言えるやろ? 頑張って?」

「じ、自分の読解力のなさを棚に上げて……。もういいです、最初から説明します!」

(桜夜、この前の京橋の人にも同じこと言うて怒らせてたなぁ……)

 

 などと回想している立火も、実のところ理解できているとは言い難い。

 目の前の勇魚がわくわく顔で聞いているので、つい尋ねてしまう。

 

「勇魚は分かる? 夕理の話」

「はい! なんか半分くらいは分かったような気になっています!」

「それ全然分かってへんやろ!?」

 

 切れかけた夕理だが、深呼吸して落ち着いて、再度丁寧に桜夜に説明する。

 

「……というわけです。曲名に『growing mind』とある意味を考えてください」

「え、カッコイイから入れただけとちゃうの?」

「そんなわけないでしょう!!?」

 

 その隣では小都子がはらはらと、皆の様子を見守っている。

 

(わ、私から噛み砕いて説明してあげたいけど……)

 

 しかしそれでは意味がないのだ。

 この気難しくて、理解なんかされなくていいと思ってきた子が。

 部長命令とはいえ、他人から理解してもらうために頑張っているのだから。

 つかさも晴も同じ考えのようで、一切口を挟まず黙って聞いている。

 小都子はぐっとこらえて、夕理と三年生の対決を聞き続けた。

 

 そして花歩は、少しショックを受けていた。

 

(……夕理ちゃん、こんなに深く考えてたんや)

 

 この前の堺では、ここまで突っ込んだ話はしなかった。

 それも分からずに言葉が難しすぎるとか、単純に言っただけでは、夕理が受け付けないのも当然だったかもしれない。

 でも意見自体が間違っていたとは思わない。

 次は聞いてもらえるよう、ちゃんと話についていかないと――。

 

 

 喧々囂々の説明会は昼まで続いた。

 立火はちらりと時計を見る。もうすぐ正午。昼休み後はすぐライブの準備だ。

 完全に理解できたわけではない。そんなの永遠に不可能なのかもしれない。

 それでも、昨日よりはずっと分かった気がする。

 夕理が何を考え、どんな思いを曲に込めたのか……。

 

「そろそろタイムリミットや。最後に一つだけ教えてくれ」

 

 桜夜と激しく言い合っていた夕理が、ぴたりと動きを止める。

 椅子に座り直し、自分に相対する彼女に、立火は質問した。

 

「夕理は、この曲が好きなんやな」

 

 言葉に詰まった一年生は、困ったように口ごもる。

 

「べ、別に好き嫌いだけで書いているわけでは……」

「けど好きならそれに越したことはないやろ」

「……そうですよ! 私はこの曲が、こういう曲が好きです!

 世間には受け入れられなくても、私にとっては大事な曲です!

 でも……」

 

 真っ直ぐ三年生たちを見る夕理の目は、不安を隠しきれなかった。

 

「……でも、先輩たちの好みではないんですよね?」

「せやな。けど、そこは飲み込む。

 音楽の好みがバラバラである以上、全員を満足させるのは最初から無理なんや。

 それやったら最上級生が大人になるとこやろ。な、桜夜」

「へいへーい」

 

 しゃあないという風に、桜夜が頭の後ろで手を組む。

 学年は関係ない、と言おうとして、夕理は何も言えなかった。

 だって、自分が大人になることはできなかったのだから。

 

 十二時のチャイムが鳴った。

 もはや猶予はなく、二日目のステージが始まる。

 

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