パート1 後始末 ☆☆☆
「はいこれ、昨日のライブの感想」
「え!?」
ライブ明けの日曜日、花歩の部屋。
今日は何をしようか考えていると、芽生がレポート用紙四枚を差し出してきた。
そういえば昨晩、机に向かって熱心に何かしていた。
「うわ、ありがとー! 昨日これ書いてくれてたんや」
「記憶の新しいうちにと思って」
芽生らしく細かいところまで、詳細な感想が書かれている。
特に気になったので、夕理の新曲への評価を読んでみた。
『うちの部長は誉めていましたが、私はそうは思いません。
自分の理想ばかり追求して、地に足がついていない印象を受けました。
もっと聞く人のことを考えてください』
「……もうちょっとこう、手心というか……」
「手心を欲しがるような子とちゃうんやろ?」
「まあ、そうなんやけど……」
ぱらぱらと紙をめくって、最後の一文が目に留まった。
『丘本花歩をステージに上げるべきです。
花歩の愛らしさは天下に響き渡るほどですので
実力はともかく、観客を和ませること間違いなしです』
「うおおい! 何書いてんねん!」
「まあ、その部分は冗談やけど」
「け、消して提出するからね!」
焦る姉に、妹は紅茶を飲みながら楽しそうに笑う。
一生懸命消しゴムをかけていると、質問が飛んできた。
「花歩は今日は何するん?」
「うーん。中間テストが不安やから、少し勉強しようかなあ」
「そう、分からへんとこがあったら教えるからね」
「で、できた妹すぎる……」
双子にしてくれた神様に感謝しつつ、他のメンバーの休日を思う。
夕理はまた頑張って曲を作っているのだろう。
部長は受験勉強だろうか。
勇魚と姫水は、暇なら勉強会に誘ってみようかな……。
* * *
いつもの現実感を欠いた朝を迎え、母が用意してくれた朝食を口に運ぶ。
ライブの動画を見たらしき母が、目の前で感激している。
「やっぱり姫水はステージに映えるわね! 輝きが違うっていうかね!」
「そう、ありがとう」
「あ、で、でも無理に役者へ戻れとは言ってないからね? 姫水の好きにしていいのよ?」
「うん、言われなくてもそのつもり」
あれ以来、母はやたらと神経を使って、腫れ物のように娘に接してくる。
そのくせ心の底では、ステージママの夢を諦めきれないのがダダ漏れだった。
なのでスクールアイドルについては大歓迎らしい。
自室に戻り、自分でも動画を確認する。
正確には動画へのコメントを見て、参考にしようとしたのだが……
そのうちの一つに、少し現実に引き戻された。
『大阪でも頑張っている姿を見られて嬉しいです。心から応援しています。弥生』
(弥生さん!?)
この弥生とは、あの広小路弥生なのだろうか。
アクセス元は分からないが、でも内容的に、姫水に向けたとしか思えない。
東京でただ一人、姫水の演技が通じなかった子。
今回も同じで、だから姫水のパフォーマンスには何も言及していないのかもしれない。
でも、その上で応援すると言ってくれて、少し心が温かくなった。
スクールアイドルをしていれば、こういう接点もあるのだと。
「姫ちゃん姫ちゃん!」
インターホン越しに勇魚の声が響く。
玄関を開けると、勇魚が動画の映るスマホを掲げてきた。
「この弥生って、前に姫ちゃんが言うてた!」
「うん、たぶん弥生さんだと思う」
「そっか! 良かったね姫ちゃん!」
「うん……」
演技でなく微笑む姫水に、勇魚も嬉しそうだった。
現実感を持つまでには至らなくても、少しでも心動かされる相手が、勇魚以外にもいるのだ。
家に上がり、姫水の部屋に向かいながら希望を口にする。
「うちも会ってみたいな、やっちゃんに!」
「そうね、私も会って欲しいけど……そういう呼び方になるんだ……」
箱入りお嬢様のあの子が聞いたら、目を丸くして驚きそうだ。
その光景を想像して、姫水はつい笑ってしまう。
彼女の方も、いつか勇魚に会いたいと言ってくれていた。
あの時は全く余裕がなかったけれど、今なら素直に受け取れるから――
まずは姫水自身が、現実の彼女と会えるように頑張らないと。
* * *
「一緒に遊んでくれるのは嬉しいねんけどー」
若者の街をブラブラしながら、友達はつかさの顔を覗き込んでくる。
「ライブの後で疲れてるんとちゃうの?」
「平気平気。疲れるほど真面目にやってへんから」
「ならええんやけど」
ここは難波の北西にあるアメリカ村。
一時は廃れかけていたが、最近はインスタ映えで盛り返している。
「つかさも良かったけど、やっぱり藤上さんやなあ」
姫水と同じ六組の奈々が、両手を組んでうっとりとしている。
「あの衣装も藤上さんデザインなんやろ? もうマジで天才! まさに神!」
「奈々は完全に信者やな。まあ、つかさがあんな可愛い恰好したのは超ウケたで。藤上さんに感謝や」
「ほっとけ!」
晶に笑って突っ込みながらも、その実姫水の名前が出るたびに、つかさの内心は屈辱に燃えていた。
(マジでムカつくあの女!)
ライブは成功したというのに、昨日は悔しくてよく眠れなかった。
こちらはアイツのことばかり考えているのに、アイツはこちらを気にも留めていない。
こんな不公平があっていいのだろうか。
(いやまあ、逆恨みなのは自覚してるけど……)
(理由はどうあれ、自分のパフォーマンスを犠牲にしてまで、あたしのこと助けてくれたのは確かやけど……)
(……優しいな、藤上さん……)
(ってちゃう! そういうことではなくて!)
姫水を頭から追い払うため、今日は二人を呼んだのだ。
タイミングを見て、さっそく用件を切り出した。
「ところで聞きたいんやけど、近いうちに合コン……」
「あれ!? このお店閉めちゃうんや」
奈々が声を上げた先では、アクセサリー屋が閉店セール中だった。
50%オフという張り紙に、彼女は大いに惹かれている。
「ちょっと見てこ?」
「ええよ」
「うん……(あんまりアクセ買う気分とちゃうけど……)」
店内に入ると、つかさが見る限り大した品はなさそうである。
が、商品台の一角にある、二千円のブローチが目に留まった。
そこに輝く、緑色の宝石が。
(
「何かええもんあった?」
話しかけてくる晶に、ついびくりとしてしまう。
「あ、いや、これ二千円って、本物の翡翠とちゃうよね?」
「どうなんやろ? 一応天然石とは書いてあるけど。翡翠好きなの?」
「は!? ヒスイなんて全然好きとちゃうけど!?」
「え、そう……」
変な反応を返してしまい、ごまかすように視線を左右する。
目ぼしいものはなかったのか、奈々がガッカリ顔で戻ってきた。
三人で店を出ようとするが、つかさの後ろ髪が引かれる。
引かれすぎて、首が折れそうになり……
二人には先に出ていてもらって、結局、翡翠のブローチを手に取った。
会計を済ませる間、内心で頭を抱えていた。
(あああああ!! あたしキモい!!)
(あいつと同じ名前ってだけで!! 欲しくなるとか!! マジどうかしてる!!)
しかし買ってしまったものは仕方がない。
後生大事に包みを抱え、そそくさと二人のところへ戻る。
晶が不審の目で見ているっぽいのは、きっと気のせいだろう……。
タピオカドリンクを買って、三角公園に座って写真を撮る。
一口飲んでる間も、先ほどのブローチの重みを感じる。
我ながら頭がおかしいと思う。
なので今度こそ待ったなしで、用件を切り出した。
「奈々さあ、近いうちに合コンとかない?」
突然言われて奈々はむせかけたが、嬉しそうにつかさへと向く。
「えっ、つかさ来てくれるん? そういうの興味ないと思ってた」
「まあ、そろそろ彼氏の一つも作らなあかんかなーって」
「わー、つかさが来てくれるなら百人力や! さっそくセッティングを……」
「どういう心境の変化?」
いきなり晶が、真剣な目で問いかけてくる。
思わず視線を逸らしてから、つかさは半笑いで返事を投げた。
「せ、せやから彼氏の一つでも」
「そういうの面倒っていつも言うてたやん。最近のつかさ、何かおかしいで」
「いや、ちょっ……」
「もー、何やねん晶! つかさが行きたい言うてるんやからええやろ!」
「ほんまに行きたいならええけどさあ……。もしかして、好きな奴できたんとちゃう?」
かあああああ……
抑える間もなく赤くなる頬が、回答を如実に物語っていた。
奈々まで釣られて赤くなり、大声を上げる。
「ええー!? つかさが!?」
「ち、ちゃうっ……あんなやつ全然っ……」
「うっわ、つかさ超可愛い」
恥ずかしさに両手で顔を覆うつかさに、遠慮のない評価が下される。
同時に、当然のように浮かぶ疑問が、奈々から晶へ投げられた。
「んん? でも好きな人ができたのに、何で合コン?」
「よくあるパターンやったら、手の届かへん相手を好きになって、諦めるためにって感じか」
つかさの目の前が真っ暗になった。
晶に言葉にされたことで、改めて認識する。
(手の届かへん、相手……)
分かってる。
何でも完璧なあの子に対し、自分は何一つ勝てないし、真剣になれるものもないチャラい人間。
手が届くことも、振り向いてもらえることもない。
そんな相手を好きになったなんて、絶対認めたくない。
姉がいつもしているような不毛な恋なんて、自分には無縁のはずだったのに!
「ちゃうって言うてるやろ! 何度も言わせないで!」
「ち、ちょっと落ち着いて……」
奈々の制止も聞かず、切羽詰まった顔でつかさは叫んだ。
「とにかく奈々、合コン開いて!
あたしこの歳で処女やから、あんなやつに惑わされるんやと思う!
もういっそのこと、適当な相手で捨てちゃおうって……」
「つかさのドアホー!!」
「へぶっ!!」
思いっきりビンタされ、三角公園の宙をつかさの体が舞う。
追いすがった奈々が、泣きそうになりながら、つかさの胸ぐらを掴んできた。
「何を自暴自棄になってるんや! もっと自分を大切にして!」
「だ、だって……」
「こんなつかさを、合コンになんて絶対行かさへんからね! 男に渡せるわけないやろ!」
「奈々……」
つかさの頭も多少は冷静になった。
奈々はミーハーで男好きだが、根は優しくて友達思いの子だ。
そんな彼女が本気で怒っているのだから、自分の方がおかしかったのだ。
そして晶も、タピオカを噛みつつ黙考してから、現実的な提案をしてくる。
「とりあえず、お友達から始めたら?」
「え……」
「なんやハードな相手っぽいけどさ。まずは友達を目指したらええやん。それならまあ可能性はあるやろ?」
「そ……そうなんやろか……」
ベンチに座り直し、気を落ち着かせようとドリンクを飲む。
(友達……)
それで自分の心は満足できるのだろうか。
奈々の前で例えが悪いけれど、例えば六組の生徒たちと同じ扱いになるのが、それが本当に望みなのか。
勇魚のような、特別な一人には決してなれないのに。
だが、晶と奈々が心配そうにつかさを見ている。
これ以上は我が儘も言えず、つかさは妥協したように笑みを浮かべた。
「せ、せやな。お友達目指して、ちょっとアタックしてみるわ」
「私らにできることがあれば協力するからさ」
「私も! 私もやで!」
そう言ってくれる二人の存在は本当に嬉しい。
藤上姫水が現れて以来、すっかり挙動不審なつかさなのに、変わらず友達でいてくれる。
だからせめて今だけは、器用な遊び人に戻らないと。
「よし、目標もできたしこの話は終わり!
今日は全部忘れて、思いっきり遊ぶで!」
「おー!」
立ち上がるつかさに合わせて、奈々も立って右腕を上げる。
その瞳が、片側だけ赤くなったつかさの頬を捉え、慌てて軽く手で触れた。
「た、叩いちゃってごめんね。痛かった?」
「平気や。奈々の愛のムチで、すっかり目が覚めたで」
お礼とばかり、つかさの手も奈々の頬を撫でる。
「こんなあたしやけど、これからも仲良くしてくれる?」
「う、うん……」
その頬は両側が赤くなり……
微笑ましく見ていた晶が、横からつかさに茶々を入れた。
「何? 女落とす練習?」
「ちゃうわ!」
* * *
夜まで遊んで、帰宅するなりベッドに倒れ込む。
今日一日楽しかったけれど、連続ライブの翌日にこれは、さすがに体力がゼロになった。
寝たままの姿勢で、手元に残ったブローチを取り出す。
(これ、どないしよ……)
友達になりたいだけなら、こんなものを持っているのは気持ち悪いと思う。
でも使ってもいないアクセサリーをゴミに出すのは、おしゃれ好きとして許容できない。
姉にあげようかとも思ったけれど、いてほしい日に限って実家にいない。
(しばらく、持ってるしかないか……)
翡翠、ひすい、姫水……。
その名前が混じりながら、つかさは眠りに落ちていく。
テストが終わったら、あの子を遊びに誘ってみよう。
とりあえず、お友達から始めるために。
彼女と出会ってから一か月。彼女が東京に去るまで十か月。
残る時間で、自分の望むものに手は届くのだろうか――。