パート1 side USJ ☆☆
ユニバーサルシティ駅、朝七時。
待ち合わせ時間より少し早く、つかさと夕理は駅前に到着した。
家の最寄駅から十数分乗っただけで、そこはテーマパークへの玄関口。
見た目アメリカ風の商業施設の前を、USJへの道が伸びている。
「九時に開園なんやろ? 何でみんなこんな早く来てるの?」
駅から吐き出される人々を見ながら、呆れたように尋ねる夕理に、つかさが笑って答える。
「土日はたいてい早目に開くねん。今日も四十分くらい早いんとちゃうかな」
「開園時刻の意味がないやないか。いい加減な……」
「まあまあ、それで上手く回ってるんやから。今日は楽しも?」
「う、うん……」
つかさと外へ遊びに行くのはいつ以来だろう。
今まで遊ぶ時はつかさに任せっきりだったが、今日は他に三人いる。
上手くやれるのだろうか……と不安な夕理。
それを気にしつつも、つかさは姫水のことを考えていた。
(夕理には付き合わせて悪かったけど、一本早い電車でマウントを取れた)
(服もオフショルで気合いを入れた)
(後はあたしが遊び慣れてて、頼りがいがあるってとこを見せれば……)
(藤上さんも、あたしと仲良くしたいって思うはずや!)
(そのためにも――)
つかさは内心で握り拳を作り、強く決意する。
(今日は絶対、藤上さんに見とれたりしない!)
「二人ともお待たせー!」
朝から元気な勇魚の声が響く。
時刻通りにやって来た三人に、夕理も挨拶を返そうとしたが……
「みんな、話は後や! 早くゲート前へ!」
やけにテンションの高い花歩が、せかせかと足踏みしながら先を促す。
「朝のUSJは戦場なんや! 一分一秒の差が生死を分けるんやで!」
「そんなに怖い場所だったの?」
「あはは、姫ちゃんも行けばわかるで!」
そう言ってUSJへ向かう三人を――正確には私服姿の姫水を、固まったつかさの瞳だけが追う。
夕理は小さく溜息をつくと、友達の服を引っ張った。
「つかさ、行くって」
「え、あ、うん……」
我に返ったつかさが、恥ずかしさと悔しさの入り混じった状態で後に続く。
夕理も早足で歩きながら、落ちる気分を払うように宙を見上げる。
キングコングの看板が、片手でぶら下がりながら二人を見下ろしていた。
* * *
一度ゲート前の列に並んでから、つかさだけを残して他の四人はチケット列に移動する。
1200円引きで入園券を買うため、勇魚たちの同伴が必要なのだ。
後はチケットブースが開くのを待つだけとなって、花歩にも周りを見る余裕が生まれる。
「夕理ちゃん、それ堺のときと同じ服……」
「だから?」
「いや、別にええんやけど……せや、二人の私服見るの初めてやろ? どう?」
花歩に促され、笑顔の同行者たちに目を向ける。
勇魚のオーバーオールと姫水のカーディガン。
夕理の口から率直な感想が漏れた。
「なんか小学生と女子大生がいる」
「もー夕ちゃん! 冗談きついで!」
勇魚の手がばしばしと夕理の背中を叩く……直前で、ぴたりと動きを止めた。
手を引っ込め、ごまかすように笑う。
「え、えへへ……」
「?」
疑問符を浮かべる相手の前で、勇魚は今日、花歩に言われたことを思い出していた。
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「勇魚ちゃんは、夕理ちゃんのことは好き?」
早起きして乗った電車の中で、急に花歩が尋ねてきた。
当たり前の事実に、勇魚の顔がぱあっと明るくなる。
「うんっ、めっちゃ大好き!
夕ちゃんっていつも一生懸命で、真剣で頑張り屋さんやもん!
あんなに素敵な曲をいっぱい作れて魔法使いみたいや! 尊敬してる!」
「わ、分かったから、ちょっと落ち着いて」
こんな純粋な勇魚に、真実を告げて本当に良いのだろうか。
しかしそれも親友の役目だと、花歩は重々しく口にした。
「残念やけど、夕理ちゃんは勇魚ちゃんのことウザがってるっぽいんや……」
「え――」
「花歩ちゃん、それはどういうことかしら」
「待って姫水ちゃん! 怒らんといて!」
氷のような目になる姫水に、慌てて花歩は事情を説明する。
「ほ、ほら勇魚ちゃんて馴れ馴れし……もとい、人との距離が近すぎるとこがあるやろ?
夕理ちゃん、たぶんそういうのが苦手なんやと思う。
どっちが悪いとかやなくて! 相性が悪いっていうかね!」
「それは……」
さすがに姫水も、幼なじみが馴れ馴れしい点は否定できない。
そして真実にショックを受けた勇魚は、揺れる電車の中で涙目になっている。
「う、うち、ずっと夕ちゃんのこと傷つけてたんやろか……」
「いやいやそんな大げさな。夕理ちゃんて嫌なことは嫌って言うし、何も言わへんてことはそこまでではないんや。せやから、今日一緒に遊んで仲良くなろう!」
「せ、せやな! うち、夕ちゃんに好きになってもらえるように頑張る!」
「まーこの花歩ちゃんにどんと任せなさいって。姫水ちゃんも協力してね!」
「わ、分かったわ。何ができるのかは分からないけど……」
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とにかく、あまり馴れ馴れしくしてはいけないらしい。
夕理と少しばかり距離を取って、にこにこしながら行列で待つ。
何や気持ち悪いな、と言いたげな彼女の視線を浴びながら。
* * *
「ただいま~」
チケットを買えたのでゲート列に戻り、後ろの人に会釈しつつ列に復帰する。
夕理は改めて、先ほど入手した1dayパスポートを手に持った。
(ぐっ……こんなものに6700円……)
遊ばないので貯金はある方だが、無駄なことにはビタ一文使いたくないのが夕理である。
今さら貧乏性なことを言っても仕方ないのだが……。
そしてつかさは、何度も脳内でシミュレーションした通り、さり気なく会話を始める。
「藤上さんって、やっぱディズニーはよく行ってたん?」
いきなり話しかけられた姫水も、ごく自然に言葉を返した。
「レッスンが忙しくて、そんなには行けてないの。ランドが二回とシーが一回だったかな」
(よし、予想通り!)
正直ディズニーリゾートには憧れがあるので、何十回も行ってますなどと言われたら平伏するしかないが、これなら対等の立場で話を続けられる。
「ええなー、あたしもいずれ行くけどね。なんか優先券がタダなんやろ?」
「ファストパス? そうね、一日に二つ三つくらいはあまり並ばずに乗れるわよ」
「ええなあああああ!!」
唐突に花歩が人目もはばからず絶叫した。あまりに羨ましすぎて。
「USJはそれ有料やねん! 三つ乗るだけで五千円やで! 高校生には手が出えへんわ……」
「まあまあ、その分ユニバは年パスが安いやろ。ディズニーは六万円とかするらしいで。ねえ?」
「そうらしいわね。さすがに中学で持ってる人はほとんどいなかったかな」
「そうなん? やっぱりおいしい話ばかりとちゃうか……」
「あはは、でもいつかみんなで行きたいね!」
と、笑顔で話に入った勇魚は、逆に入れてない夕理に気付く。
さっそく仲良くしなければと、元気よく話しかけた。
「ね、ね、夕ちゃんもディズニー行きたい?」
「あそこはブラック企業やから絶対行かない」
入園前にして、早くも空気が凍り付いた。
夕理も一瞬気後れするが、自分を偽っても仕方ない。行きたくないものは行きたくないのだ。
「やりがい搾取でバイトに過重労働をさせるなんて、絶対許せへん」
「あ、天名さん。確かにそんな訴訟もあるみたいだけど、判決が出てから語るべきでは……」
「まー夕理には合わへんかもね。ところでディズニー言うたら」
「ちょっと彩谷さん」
姫水が少し困って、つかさを引っ張り小声で尋ねる。
「天名さんが不愉快そうだけど、この話続けていいの?」
「平気やって。聞かれたから正直に答えただけで、他人の話を邪魔する子とちゃうから」
「そうなんだ……さすが慣れてるのね」
「まあ付き合い長いし(って近い近い近い! 藤上さんがこんな近くに! なんかいい匂いがする!)」
だがそれ以上ネズミの国の話が続くことはなかった。
前方がざわついたと思うと、クルーからのアナウンスが響いたのだ。
『間もなく開園しまーす!』
花歩が少し屈伸してから、全員と目標を共有する。
「みんな、フライングダイナソーまで全力疾走や! スクールアイドルの体力見せたるで!」
「全力は危ないって。ジョギングくらいで、くれぐれも怪我したりさせないように」
「う、うん、つかさちゃんの言う通りやな。夕理ちゃんは場所わかる?」
「一応……」
「勇魚ちゃんも迷子にならないで!」
「大丈夫やって。今日は姫ちゃんもいるし!」
「そうね。私が勇魚ちゃんを見失うわけがないもの」
その言葉に少しイラっとしたつかさだが、計画は順調だからと思い直す。
かつてないほど自然かつ大量に、姫水と話をした気がする。
しかも入園前なのにだ。
(ま、あたしにかかればこんなもんや。藤上さんと友達になるくらい簡単簡単……)
慢心しているつかさの前で、ゲートは開き客がなだれ込んでいく。
いよいよ、心待ちにしていた一日が始まる。
* * *
ゲートから一番奥にある、フライングダイナソーまで700m。
姫水は走りながらも、周囲の光景に目が移る。
一瞬見えた人形は、ハローキティとスヌーピーだろうか。
だが、後で見れば良いのだと、並走する幼なじみを意識しながら目的地へ急いだ。
恐竜世界風のエリアへと、姫水と勇魚、つかさ、花歩と夕理の順に到着し、五人で列に並んだ。
待ち時間は――30分!
息を整えた花歩が、おもむろに勝利宣言をした。
「よし、朝のミッションは成功や!」
「ばんざーい!」
勇魚が両手を上げ、姫水とつかさが笑顔で拍手している。
そして夕理は、げんなりしたように正直に呟く。
「え、こんなことのために、朝早くから並んでたん……?」
「何を言うてるんや夕理ちゃん!」
夕理の暴言に、花歩がむきになって熱弁する。
「これ、昼間は2、3時間待ちが普通なんやで!? さっきも言うたけど優先搭乗は五千円や!
それに30分で乗れるんやから、つまり五千円得したようなものと」
(もう帰りたくなってきた……)
「ま、とにかく乗ってみよ? 面白いかはともかく、マジで怖いから」
「うん……」
つかさの言葉にうなずいたと同時に、上空から悲鳴が聞こえる。
翼竜に掴まれた設定の客たちが、うつ伏せの状態で高速移動していく。
しばらく待った後、一年生たちはうつ伏せで空を駆け回り、38mの高さを頭から急降下し……
『ぎゃーーーー!』
地面に激突! と思いきや地下の穴に潜ってまた上昇。3分間の飛行を終えて、ふらつきながら外に出た。
隣のジュラシックパークの待ち時間が少ないと見るや、そちらも片づける。
『うわーーーー!』
盛大にかかる水しぶきを雨合羽で防ぎ、四人は笑いながらライドを降りる。
もちろんパーク内の四百円もするやつではなく、百円ショップで事前に買っておいたものだ。
そして夕理だけは、その合羽を丁寧に畳みながら、内心で苦悩していた。
(何が面白いのかさっぱり分からへん……)
さっきのダイナソーも、今回のライドも、確かに少し怖かったが、何でお金を払って怖い思いをしているのだろう。
皆が楽しめるものを楽しめない自分が、皆と一緒にいて良いのだろうか。
明後日に迫る花歩の誕生日も、何だか不安になってくる……。
「ねーねー夕ちゃん!」
ぽつんとしている夕理を見て、勇魚がまた声をかけてくる。
「さっきの……」
が、さすがに学習したのか、皆まで言わずに口ごもる。
夕理としても、そのまま聞かないでほしいと思う。
『楽しかった?』と聞かれれば、『全然楽しくない』と答えるしかない。
「えっと……いい天気やね!」
「せやな」
「え、えへへ……」
勇魚からすれば、どこに地雷があるのか分からないのだから、話すのも一苦労だろう。
無理に話しかけなくてもいいのに……。
(うーん)
その様子を横目で見ながら、つかさは内心で苦笑いする。
夕理には合わないと思って、中学の時は一度もこの場所には誘わなかった。
でも今日は花歩の誘い。大変そうだけれど、これも人付き合いと思って頑張ってほしい。
(ま、少し休憩入れよか)
(後で夕理向けのも用意してるから、それまで我慢してや)
(そういえば……)
(夕理と遊びに来た時に、他の子がいるのは初めてなんやな……)
少し考え込んでから、続いて姫水へと目を向ける。
(それにしても藤上さん、ダイナソーでも平然としてんねんな)
(少しくらい怖がってくれたら可愛げもあるのに)
TDRのどんなアトラクションよりも怖いと噂のコースターも、姫水の涼しい顔は変えられなかった。
楽しんではくれたようだから、贅沢を言い過ぎかもしれないけれど……。
(まあええわ。後で少し動揺させたる)
「つ、次はどこ行こう!? 早よせな、どんどん待ち時間が延びる!」
「ストップ花歩。ちょっとカフェで一休みしよ」
「えええええ!?」
つかさの提案に、花歩がわたわたと抗議する。
「な、何言うてんの? せっかくUSJに来たのに、無駄に時間を潰すなんて!」
「そうやってあくせくしてたら、楽しめるものも楽しめへんやろ?
特に今日は初めての子が二人もいるんやから。
心の余裕を持ってないと、いい思い出にはならへんで」
「う……。せ、せやな、ごめん……」
素直に納得してくれる花歩は、普通にいい子だとつかさは思う。
夕理は安堵の息をつき、勇魚は尊敬の目で見てくれている。
肝心の姫水は、いつも通りの顔だけれど……。
(べ、別にこんなことで点数稼ごうとか思てへんし!)
大股で歩くつかさに先導され、一同はカフェへと向かった。
* * *
(ハンバーガーセットが1890円!? 何やねんこれ!)
「夕理~、観光地価格に文句言うてもしゃあないで」
「わ、分かってる……」
よっぽど顔に出ていたのか、つかさにたしなめられてしまう。
勇魚はミニオン(というキャラクター)が好きだと言うので、ミニオンハンバーガーを1セットだけ。
あとはデザートを頼んで、五人で席に座った。
ドリンクバーを取ってきて、朝からの激動に小休止が訪れる。
一服入れてから、つかさは計画を実行に移すことにした。
「ところで、これは聞いとかなあかんと思うんやけど」
「なーに、つーちゃん」
ミニオンを手に嬉しそうな勇魚に一瞬たじろぐが、今さら後には引けない。
できるだけ爽やかな笑顔を作って、つかさは明るく尋ねた。
「みんな処女なん?」
ぶーー!
花歩が飲みかけのメロンソーダを吹き出す。
勇魚は耳まで真っ赤になって、石のように硬直した。
そして姫水は……
「彩谷さん」
一見するといつもの澄ました微笑だが、目は全く笑っていない。
「越えちゃいけない一線というものを考えましょう?」
「えー、何カマトトぶってんの? JKならこんな話フツーやろ?」
「や、やめてよつかさちゃん。勇魚ちゃんそういう話苦手なんやからー」
「い、いやほらっ、うちらまだ高一やし……。そういうのは早いかなって……」
「でも恥ずかしがるってことは、単語の意味は分かるんやな?」
「えと、そのっ……」
「どこで知ったん? ねえねえ勇魚ぁ」
「彩谷さんっっ!!」
「あはははは、藤上さんが怒ったー」
大騒ぎの四人を横目で見ながら、夕理はカフェオレをすすりつつ呆れ返っていた。
(しゃあないなあ、つかさは……)
* * *
店内にトイレがないため、外で済ませた夕理が戻ろうとすると、なぜかつかさが待ち構えていた。
「あたし、他の友達と遊ぶときは、しょっちゅうあんな話してんねんで」
その言葉に、先ほどの会話の意図を理解した。
ハンカチをポケットにしまい、ミニオンパークを横切りながら渋い顔で言う。
「あっきれた! そんなアピールのためにあんなこと言うたん?」
「まあ、幻滅されるなら早い方がええかと思って」
後について歩きつつ、頭をかいたつかさの目が、ふと遠くなる。
「夕理は覚えてないかもやけど、あたしはずっと前に警告してたからね」
『それならあたしは、そのうち夕理に嫌われちゃうかもね』
『あたしなんて純粋とは程遠いねんし』
悔しさに、夕理は奥歯を噛みしめる。
なんで、覚えてないと思うのか。
あの日のことを、夕理の世界が一変した舞洲での出来事を、忘れるはずがないのに。
「私は、つかさが他の友達といるのを、よく遠くから見てた」
振り向くことなく、三年来の想い人へ背中越しに言った。
「多分さっきみたいなことを話してるんやろうなって、想像しながら」
「夕理……」
「つかさは覚えてないかもやけど、あの時に私は答えを言ってる!」
『私は未来永劫、つかさのことが好きやから!』
つかさの足が止まる。
カフェに戻っていく夕理の後ろ姿から、目を逸らしてひとりごちる。
(覚えてるけどさ……。あんなの子供の戯言やろ……)
店内に入ると、なぜか夕理が席に戻らず、少し離れて様子をうかがっていた。
付け合わせのポテトを仲良く食べている三人、その中でもひときわ目立つ少女を。
追いついたつかさに気付いて、夕理が困ったような目を向ける。
「そもそも、藤上さんと仲良くなりたいんとちゃうの? あんなん言うたら逆に嫌われない?」
「べ、別に、軽い冗談やし……」
動揺したつかさが、少し思いつめたように内心を吐露する。
「それに、あいつに媚び売りたいわけとちゃう。
そのままのあたしと友達になってもらわな、何の意味もないやろ!」
「いや理想的にはそうかもしれへんけど……」
でも現実的には、と言いかけて、夕理は押し黙る。
何でつかさが理想論を語って、自分が現実論を口にしなければならないのか。
結局会話は続かず、二人は何事もなかった風に席に戻った。
「お待たせー、そろそろ出よか?」
「せやねー」
飲みかけのドリンクを片づけてから、一同は店を後にする。
その途上、花歩はつかさに尊敬の目を向けていた。
(あんな話題振ったってことは、当然とっくに経験済みなんやろなあ)
(しかもあの口ぶりからすると、相手は一人とちゃうで!)
(さすが大人やなあ……)
背後にそんな視線を感じて、つかさの背筋が少し震える。
(なんか妙な誤解を受けてる気がする……)