パート1 まずは自己紹介 ☆
抱きしめられた感覚が、まだ残っている。
動悸が完全には収まらないまま、長机のひとつに着席させられた。
「まあひとつ、お茶でもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お団子頭の先輩が差し出した湯飲みを口に運んで、ようやく一息つく。
四人の先輩たちは花歩を取り囲むように座って、にこにことその様子を見守っている。
「いやー、ついにうちの部にも新入部員かー」
「え? え? もしかして私が最初の一人やったんですか?」
「実を言うとそうやねん」
「てっきりもう何人か入ってるのかと……」
「こ、これから大勢集めるから! そんな帰りたそうな顔せんといて!」
焦った部長が取り繕ってから、こほんと咳払いして宣言する。
「ほな、まずは自己紹介やな!」
「はっはいっ! 長居中出身、丘本花歩です! どうかよろしくお願いしますっ!」
「わー!」
何の特徴もない自己紹介だったが、先輩たちは大喜びで拍手していて、非常に恥ずかしい。
「カホってどう書くの?」
「あ、花に歩くで……オカは簡単な方で」
「長居からやと地下鉄は遠回りやろ?」
「そ、そうですね。バスで来てます」
「たこ焼きとお好み焼き、どっちが好き?」
「たこ焼きですかね食べやすいし……ってその質問必要ですか!?」
「いいツッコミやな! ってところで私たちの番やけど」
質問の雨を経て、上級生たちの自己紹介に移る。
まずは先ほど勧誘してくれたばかりの、かっこいい先輩だった。
「私は部長の広町立火。生まれも育ちも住之江や。家はここから徒歩五分やで」
「近いですね!」
「花歩も遊びに来てええよ」
「は、はい……えと、そのうちに」
さすがに今日知り合ったばかりでお邪魔はできないが、先輩の家に遊びに行く、というシチュエーションはなかなか青春的だ。
いつか気軽に行けるくらい、仲良くなれたらと思う。
「運動神経にはそこそこ自信あるけど、純運動部員にはさすがに負けるかな。新米部長やけどよろしく頼むで! はい次」
「私は木ノ川桜夜! 一応副部長やけど、特に何もしてへんで」
「何を堂々と言うとんねん!」
「あはは、まあよろしくねー」
「は、はいっ」
改めて見ると、かなりの美少女だった。
まじまじ見るのは失礼と思いつつも、あまりに整った顔に目が離せない。
「ん?」
「いえ、あの、綺麗な人やなあって……」
「せやろー!?」
喜色満面、ドヤ顔で大声を上げる先輩に、花歩の脳内で美少女という単語にヒビが入った。
それを知る由もなく、桜夜はご満悦の表情で喋り続ける。
「いやあ、やっぱ一年生は素直でええな! もっと褒め称えても構へんで!」
「とまあこの通り、喋ると残念な奴やけど……」
「残念とは何や! 内面の美しさが言葉からも溢れ出てるやろ!?」
「はいはいもうええから。それじゃ次は小都子」
「あと桜夜って名前も綺麗やと思わへん!? 桜に夜って!」
「もうええっちゅーねん! 名前に中身が伴ってへんわ!」
騒々しい嵐が通り去った後、打って変わって落ち着いた雰囲気の先輩が話し始める。
「橘小都子です、これからよろしくね。私と、こちらの晴ちゃんは二年生や」
優しそうな先輩は、そう言って隣を向いた。
頭の後ろのお団子が、昇る月のように姿を現す。
そのまま後ろまで振り向いてから、何か銀色の筒を手に持った。
「好きなのはお笑いとお茶かなあ。この魔法瓶、毎日持ってきてるから、よかったら水分補給に使うてね」
「え、あの、いいんでしょうか……」
「うん、自分用の湯飲みだけ置いておいてもらえたらええかな」
「小都子が飲み物用意してくれないと、いちいち購買の自販機まで買いに行かなあかんからなー」
確かにそれは遠すぎる。ありがたく利用させてもらおう。
小都子は魔法瓶を撫でながら、感慨深そうにしみじみと言った。
「最近は四人しかいなくて、いつも余らせてたけど……また昔みたいに、これが空になるくらい飲んでもらえたらなって思う」
「は、はいっ。それやったら遠慮なくいただきますっ!」
「ふふ、よろしくね」
そして最後に三白眼の先輩が、抑揚の薄い声で話し始める。
「マネージャーの岸部晴や。広報と雑用が主な仕事やな。後でホームページに載っけるから、写真撮らせてもらうで」
「わ、私の顔が全国に晒されるんですか!?」
「どのグループのサイトもメンバー紹介くらいあるやろ。個人情報には気を付けるから」
メンバーと言われて思い出す。そういえば入学式のライブ、踊っていたのは三人だったはずだ。
四人目はどこにいたのだったか。
「あ! 入学式の時、メガホンで案内してた方ですよね」
「私はこの通りの顔やし、ステージには上がらへんからな」
「か、顔ですか……」
「一回くらい上がれって言うてるんやけどなー」
隣で立火が苦笑しているが、晴は涼しい表情である。
聞かない方が良いと思いつつ、好奇心に負けてつい聞いてしまう。
「あの、スクールアイドルでも見た目は必要なんでしょうか……」
「必須ではないが良いに越したことはない。パフォーマンスが同じなら、誰でも美人の方に投票するやろ」
「し、知りたくない事実でした」
「花歩はまあ、平均的な顔はしてるから安心してええで」
「そ、それはどうも……」
複雑な気分でお礼を言う。喜んでいいのか悪いのか。
その顔面偏差値を一人で上げている桜夜が、横から割り込んできた。
「その代わり、こいつ頭めっちゃええからね。いっつも学年トップやし」
「まあ、桜夜先輩が見た目に全振りで、私が頭脳に全振りってことや」
「うんうん、見た目に全振り……って他に取り柄ないみたいやないか!」
「何かありました?」
「小都子~、晴がいじめんねん~」
「はいはい」
最後の方は締まらなかったが、とにかく全員の情報を知ることができた。
頭の中で再度反芻してから、一人ずつ手のひらで指し示す。
「広町先輩、木ノ川先輩、橘先輩、岸部先輩ですね!」
指でOKを作る一同。ちゃんと覚えられた。こういう場合は部員が少ないと助かる。
と、何か考えていた小都子が、立火に向って口を開く。
「立火先輩、ひとつ提案があるんですけど」
「ほほう?」
「ホワイト部活を目指すなら、もう少し親しみのある呼び方がええと思うんです」
そう言ってから、小都子は柔和に花歩へと振り向いた。
「花歩ちゃんはμ'sは知ってる?」
「あ、はい。名前くらいは」
確か伝説のスクールアイドルだ。活動していたのは六年くらい前なので、当時小学生の花歩には縁遠い存在だったが、勇魚はよく話題に出していた。
「あそこは先輩禁止にして、年上でもちゃん付けで呼んでたんやって。私そういうの憧れやねん」
「ええええ! さ、さすがに入部初日でそれはちょっと……」
「せやでー。あんまり無茶言うもんやないで」
助け舟なのか、腕組みした立火が難しい顔でうんうんと首を振っている。
「そもそもμ'sって東京の奴らやないか。何で東京モンの真似なんかせなあかんねん」
「そこですか!?」
「もー、今時東京コンプレックスもないやろ。秋葉原とか行ってみたーい」
「日本橋でええやろ日本橋で!」
立火と桜夜の間で言葉が交差する。ここでいう
もっとも最近はオタク街になっているあたり、秋葉原と似たような場所ではあるが。
「とりあえず東京をライバル視しとくのは大阪人のたしなみやで! 花歩もそう思うやろ、なっ」
「は、はあ……」
「冗談やから、真に受けなくてええよ」
今度は小都子の方から助け舟が出る。どこまで冗談かは分からないが、立火の前で東京を誉めたり持ち上げるのは控えた方がよさそうだ。
「あの、それで結局どうお呼びすれば……」
「まあ私も上下関係とか嫌いやし、ちゃん付けでもええよ。ちょっと呼んでみて」
「えええー……」
「はいどうぞ!」
「り、立火ちゃ……無理! やっぱ無理です!」
赤くなる後輩に、無茶ぶりした先輩はケラケラと笑っている。
と、それまで傍観していた晴が、軽く挙手して淡々と割り込んだ。
「立火ちゃーん」
「おっ、なんや晴ちゃん?」
「ちょっとジュース買うてきて」
「何でやねん!!」
大声を上げる立火に少し驚くが、一応は花歩も大阪人だ。怒ったのではなく単なるツッコミなのは分かる。現に隣で小都子が笑いをこらえている。
「めっちゃ立場下がってるやんけ!」
「学年の壁を壊すにはこれくらいせなあきませんからね。私も断腸の思いです」
「ホンマかいな!!」
「ちょっとちょっと、いつの間に先輩禁止の流れなわけ?」
と、今度は桜夜が不満げに口を挟む。
「私、二年間も先輩にペコペコしてきたんやで。ここで先輩禁止にされたら損やないの。私も後輩から敬われたい!」
「心せっまいなあ自分……」
「いや別に堅苦しくしろって言いたいわけやないよ? あだ名+先輩とかええんやないかなあ。花歩、ちょっと言うてみて」
「どんどんハードルが上がってるんですが!」
「見た通りでええんやで。ビューティフル先輩ーとか、プリンセス先輩ーとか」
「何それ芸名?」
「芸名ちゃうわ!」
「………」
「と、とりあえず花歩ちゃんに衣装見せてきますね」
そろそろついていけずに目を回し始めた花歩を、小都子が手を引いて立ち上がらせた。
廊下に出た後も、部室の中ではまだ漫才が続いているようだ。
小都子が穏やかにフォローする。
「ごめんね騒がしくて。割といつもあんなノリやねん」
「い、いえっ。面白くていいと思いますっ」
「うん、私も先輩たちの漫才は好き。自分ではあんまり笑える話はできひんから、余計にね」
「あー、私も同じです。なんか関西人やからって笑いを期待されると困りますよね」
濃い人たちも好きだが、こういうまともな先輩がいてくれると非常に安心する。
失礼ながら見た目も地味だし、自らに一番近い人のように花歩には思えた。
「ところで私たち、どこへ向かってるんですか?」
「資料室や。衣装は視聴覚室には置いとかれへんから、全部そっちにまとめてるんよ」
「な、なるほど」
「入部してくれた子には、まず衣装を着てアイドル気分を味わってもらうのがうちの伝統やから」
(い、衣装かあ……)
歌もダンスもやったことがないのに、いきなりアイドルの恰好なんかしていいのだろうか。
形から入るということなのだろうけど。
職員室で鍵を受け取ってから、三階にある資料室の扉を開ける。
埃っぽい部屋は、所狭しと荷物が押し込められていた。
その一角に、『スクールアイドル部』と大書された段ボール箱が積まれている。
「うちの部は創部して六年目。過去五年分の資産が、ここに詰まってるわけや」
「はえー」
「ほんまはクローゼットが欲しいねんけど、うちの部だけで場所取るわけにもいかへんしね」
「あの変な着ぐるみもそうなんですか?」
「あれは演劇部のやね。そっちの本の束は漫研と文芸部、あっちのよく分からないオブジェは美術部……そろそろ生徒会に言うて、少し整理せなあかんな」
段ボール箱をひとつ降ろし、蓋を開ける。
わ、と花歩の口から声が漏れかけた。
色とりどりのアイドルの衣装が、花畑のように目に飛び込んでくる。
「いずれは花歩ちゃんにも衣装を作ってもらうけど、今日のところは先輩たちのお下がりということで」
「は、はい」
「好きなの選んでええよ」
そう言われて大いに悩む。自分が可愛いとは思っていないが、クール方面よりはまだ可愛い方面が似合いそうだ。
結局選んだのは、フリルのついた黄緑色の衣装だった。
「こ、これなんてどうでしょう」
「うん、花歩ちゃんにぴったりやね。ほな着替えて」
「え、先輩の前でですか!?」
「恥ずかしいんやったら外に出るけど、練習の時はみんな視聴覚室で着替えてるよ」
「ですよねー……」
結局小都子には外してもらって、いそいそと制服を脱ぐ。
衣装を持ち上げてじっくりと見る。顔も知らない先輩が作った、努力と青春が詰まった衣装だ。
さすがにクリーニングしただろうから、汗は染み込んでないだろうけど。
歴史を感じながら、袖に手を通した。
これで本当に――
(スクールアイドルの第一歩を踏み出した気がする!)