ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

74 / 190
第18話 ラブライブ夏の陣
パート1 清き一票を ☆☆


 

「お久しぶりです! 佐々木勇魚、ただいま戻りましたっ!」

「おかえりいいいいい!」

 

 一週間ぶりに顔を出した勇魚に、桜夜は思い切り抱き着……こうとして、寸前で姫水に引っぺがされた。

 ジト目の姫水が先輩の耳元にささやく。

 

「勇魚ちゃんは物足りないんじゃなかったんですかっ」

「だってえ、可愛いことは可愛いし」

「二人とも、ほんま仲良くなったんやね! 動画見ました! あんなに胸がきゅんとするライブは初めてです!」

「せやろせやろー?」

 

 桜夜と同時に、立火も得意げに胸を張る。

 校内の評判もいいし、予備予選突破も確実と思われた、が……。

 

「でもNumber ∞もめっちゃ気合入ってましたね! 十五人もいて豪華なステージで!」

「せ、せやな」

「聖莉守も今回は趣向を変えて凉世先輩のアクションが入ってて、ほんま素敵でした!」

「うん……」

「光ちゃんは相変わらずすごいし! それに爽wingも……」

「わ、分かった。もうええから」

 

 二人とも、だんだん自信がなくなってくる。

 これから土曜の二時まで、投票結果を待ちつつ胃の痛い日々を過ごすしかない。

 晴が状況を分析した。

 

「ナンインはとにかく出る釘のゴルフラを叩き潰したいようですね。

 例年になく力が入っています。

 部員たちに一人十票集めるようノルマを課したようで、さすがに内部からも不満が出ています」

「戎屋はほんま相変わらずやな……」

 

 嫌なやつら同士で潰し合ってくれればいいのだが、あいにくこれは対戦競技ではない。

 両者に切磋琢磨されると、Westaが落ちていくだけである。

 それはそれとして、小都子が気味悪そうに尋ねる。

 

「晴ちゃんはどこからそういう情報をゲットしてるんや」

「蛇の道は蛇やからな。一方のGolden Flagやけど……」

 

 と、スクリーンに晴のパソコンが映し出される。

 

「キュレーションサイトでこんな情報が増殖しています」

 

==============================================

ラブライブ予備予選について!

 

 いよいよ各地で予選が始まりましたね。

 おすすめのグループを紹介します!

 

1.Golden Flag

 今回の大本命はこのグループです!

 瀬戸内の人魚姫、天才少女瀬良光ちゃんの勇姿をご覧ください!

(動画)

 投票はこちら→公式サイトへ

 

2.どうでもいいグループ

 うんたらかんたら

 

 いかがでしたか?

 投票の参考になれば幸いです。

==============================================

 

「これ完全に業者の手口やろ!?」

 

 例によって激怒した夕理が机を叩く。

 最近怒ってばかりで胃は大丈夫やろか……と心配になる花歩である。

 

「岸部先輩! 協会に通報して取り締まってもらいましょう!」

「残念ながら、いかがでしたかブログを作ってはいけないというルールはない」

「で、でもルール以前のマナーの問題として……」

「諦めろ。さらに有名ユーチューバーがゴルフラについて呟いてるし、そのうち配信でも紹介するやろな」

「どいつもこいつもえげつないなあ……」

 

 うんざりする立火だが、これも含めてラブライブである。

 幸い謎の技術により多重投票は完璧に弾かれる。

 純粋に気に入ってくれた人の数で勝負は決まるのだ。

 

「あいつらほど露骨でなくても、できる範囲で投票を呼び掛けてこ。つかさは友達多いから期待してるで」

「んー、一応声はかけますけど、当てにはしないでくださいよ。あたしフツーのJKですし」

 

 つかさが答える一方で、この件では全く役に立たない夕理が、気まずそうに目を逸らす。

 

(そ、そもそも宣伝なんてみっともない真似、私はしたくないんや)

(本当に良いものなら、宣伝なんてしなくても広まるはずや……)

 

 とはいえ、それを口にしないだけの分別はあった。

 晴がいつも頑張って、ネットで広報してくれているのは知っているから。

 複雑な顔をしている後輩の肩に、ぽんと部長の手が置かれる。

 

「話はここまで、練習始めるで!

 夕理、勇魚に『羽ばたけ』を聞かせたろやないか」

「そ、そうですね! 先週でかなり形になりましたし」

「花ちゃんから聞いたで! 夕ちゃんがスクールアイドルを好きな気持ちが、目いっぱい詰まった曲なんやろ? うちも早よ聞きたかったんや!」

「うん。佐々木さんには一番響くと思う」

 

 そしてジャージに着替えたメンバーが披露した新曲は、観客の勇魚と花歩を大いに沸かせた。

 投票結果が出た後は、すぐに期末テスト前の部活禁止期間が来る。

 今週中にとことん練習しなければ!

 

 

 *   *   *

 

 

 今日の昼もお弁当箱を持って、夕理は隣のクラスへ行く。

 お邪魔している立場なので、基本的には空気を壊さぬよう沈黙している。

 口を開くのは、勇魚に話を振られたときくらいだ。

 それでも、一人で食べるよりは良いのかなと思っていた。

 

「勇魚、そのミートボールおいしそうやな」

 

 きっかけは、同席する一人がそう言い出したことだった。

 勇魚はすぐに笑顔で弁当箱を差し出す。

 

「よかったら一個あげるで!」

「ほんま? なら私のミニトマトと交換しよ」

「こらこら、どう見ても釣り合うてへんやん」

 

 他の友達から突っ込まれたその子は、笑いながら軽く言った。

 

「えー、別にええやんかー。代わりにWestaに一票入れてあげるから」

 

 夕理の箸が止まる。

 一瞬だけ躊躇したが、やはり黙ってはいられなかった。

 

「冗談でも、そういうこと言うのやめて」

 

 冷ややかな声に、げっ、と花歩が内心で叫んだ。

 一気に下がった温度の中、トマトを渡そうとしていた女生徒が、確認のため聞き返す。

 

「え……何? 天名さん」

「こっちは真剣に取り組んでるんや。ミートボールで買収できるような言い方しないで」

「いや、ただの冗談やろ?」

「せやから、その冗談がおもろないしセンスもない言うてるの」

 

 空気がどんどん険悪になっていく。

 あわあわしている勇魚の前で、級友たちの目は釣り上がっていった。

 コイツ何でいるの? という態度を何人かが取る。

 

「天名さんて、何でそう喧嘩腰なわけ?」

「別に喧嘩をする気はないし、言うべきことを言うただけや」

「あんなあ、それでもスクールアイドルなの?」

 

 発せられた単語に、夕理の体が強張った。

 それを効果的と取ったのか、女生徒は一気にまくし立てた。

 

「どんどんWestaを応援する気なくなるんやけど。

 そういう態度を取るなら、マジで投票せえへんで?」

「はああ!?」

 

 そう言えば引き下がるとでも思ったのだろうが、全くの逆効果だった。

 ぶち切れた夕理は、烈火の勢いで立ち上がる。

 

「票をもらうために媚びた態度取れ言うてるわけ!?

 努力したパフォーマンスは評価されなくて、教室でのゴマすりが評価されるの!?」

「い、いや、私はただ……もう少し愛想よくしてくれたらなって……」

「それやったら投票の話なんか持ち出す必要ないやろ!

 アンタは今、全てのスクールアイドルを侮辱したんや!!」

 

 しん……。

 教室が静まり返り、無関係な生徒たちの視線も集中する。

 夕理は立ったまま手を伸ばすと、半分残った弁当箱に蓋をした。

 今まで椅子を貸してくれた見知らぬ人に感謝しつつ、弁当箱を手にして花歩に告げる。

 

「……明日から、もう誘わなくてええから」

「ゆ、夕理ちゃん!」

「夕ちゃん!」

 

 よく持った方だと思う。

 花歩に誘われてから二か月間。それなりに楽しかったけど、結局こうなった。

 二度と来ないであろう三組の教室を、夕理は無言で後にする。

 

「ま、待って、夕ちゃん!」

 

 立ち上がろうとした勇魚を、花歩が手で制した。

 目の前では、先ほど言い合った子が気まずそうにしている。

 

「ここは私に任せて」

「花ちゃん、でも……」

「大丈夫!」

 

 強く言って、急いで夕理を追いかけた。

 二組の教室に入りかける彼女を、すんでのところで捕まえる。

 

「……何しに来たんや」

「もー、夕理ちゃんは諦めが良すぎや」

 

 今まで気に入ってくれていたなら、少しくらい執着してもいいのに。

 どうしてこう割り切ってしまうのだろう。

 

「仲直りするって選択肢はない?」

「必要ない。また同じようなことがあれば同じ結果になるだけや」

「もうちょっと言い方気を付けるとかさあ……」

「言ってる内容は変わらへんのに、表現だけ取り繕っても意味ないやろ!?」

 

 生徒たちの目もはばからず、悲鳴のような叫びが廊下に響く。

 

「私は! 間違って! ない!!」

(こ、困った子やなあ……)

 

【挿絵表示】

 

 困った子だが、これが夕理なのも分かっている。

 花歩が決断するのに、何秒もかからなかった。

 

「うん、分かった。先に二組に戻ってて」

「は?」

「私はお弁当取ってくるから。これからは二人だけでお昼やな」

「ま、待って花歩!」

 

 意図を理解した夕理が、戻ろうとする花歩の腕を慌てて掴む。

 その表情から怒りは消え、過去から来る怯えが浮かんでいた。

 

「そんなこと頼んでへん!」

「頼まれてへんけど。でも夕理ちゃんが一人ぼっちでお昼してたら、私のお昼もおいしくないし」

「前に……似たようなことがあったけど」

 

 うつむいて、かすれそうな声の夕理が指す話は、もちろん花歩も覚えている。

 だからこそ余計に、こんな事をしようと思ったのだ。

 

「私、大事な人をクラスから孤立させて、苦しめて……せやから、あんな事はもう……」

「勇魚ちゃんならそうなるかもね。せやけど私なら、つかさちゃんみたいにはならへんよ。いてもいなくても同じようなもんやし」

 

 自虐を込めつつも花歩は明るく笑う。

 体育祭での活躍以来、勇魚の人気は大いに上がり、今はクラスの中心だ。

 一方の自分は、お昼のグループも勇魚に便乗して入れてもらってるだけ。

 先々週の日曜も、勇魚はクラスの子に誘われたけど、花歩は誘われなかった。(それでまた勇魚が気を使って、ひと悶着あったのだけれど)

 こんな状況が続くよりは、夕理にとってのたった一人になりたかった。

 

「夕理ちゃんが嫌ならしゃあないけどなー。あーあ寂しいなあ」

「い、嫌とは言うてへんやろ。まあ……勝手にすれば」

「ん!」

 

 短く返事をして、自分の教室へ戻る。

 事情を説明した花歩に向けられたのは、裏切り者に対する怒り……などではなく。

 面倒な子を押し付けられたことへの、同情の視線であった。

 

「丘本さんも大変やなあ」

「さっきは私も言い過ぎたわ。天名さんに謝っておいてくれる?」

 

 原因を作った子に大人の態度で言われ、花歩はもちろんと受け合う。

 そして、泣き出しそうな勇魚に目を向けた。

 

「じゃあ勇魚ちゃん、私は行くね」

「花ちゃん……」

「私たちはバスでも部活でも会えるやろ。大勢に囲まれてた方が勇魚ちゃんらしいで」

 

 勇魚の望むような、友達全員が仲良くする状況は作ってあげられなかった。

 でもいくら中学からの親友でも、勇魚の周りには大勢の人がいる。

 対して夕理には自分しかいないという、この特別感には抗えない。

 

 弁当箱を持って二組に行くと、夕理は食べずに待っていてくれた。

 

「さっきの子、夕理ちゃんに謝っておいてって」

「どうせ表面的な社交辞令やろ」

「はあ、まったく……あと勇魚ちゃんは泣きそうやったで」

「……板挟みにして悪かったとは思ってる」

 

 二人とも少し悄然としながら、弁当箱を開けてランチを再開する。

 先ほどまでの賑やかなグループに対し、今は周りから奇異の目を向けられ、完全にアウェイだ。

 

「前にも一度だけ、こんなことあったよね」

「私が入部する前やな。あの時は、何やねんこのモブって思った」

「ひっどいなー夕理ちゃん」

「今はまあ……一緒にお昼食べてくれる、私の友達やけど」

 

 言ってから照れたようにご飯をかきこむ夕理の姿に――

 花歩は珍しく、自分の行動に自信が持てた。

 気が大きくなって、こちらを見ている二組の生徒に手を振ってしまう。

 

「こんにちは、Westaでーす。よかったらラブライブの投票頼むでー」

「ちょっ、花歩!」

 

 振られた相手は慌てて目を逸らし、夕理は困った顔で赤くなっている。

 

「何してんねん、恥ずかしい!」

「恥ずかしくはないやろ。せっかくみんなが良いライブをしたんやから、見てもらいたいやん」

 

 箸を動かしながら、花歩は少し寂しそうに笑う。

 

「今の私には、こんなことしかできひんからね」

 

 

 その日の部活で、夕理は票を減らしたかもしれないことを正直に報告した。

 でも悪いことをしたつもりはないので謝らない。

 

 桜夜からは文句を言われ。

 落ち込んでいる勇魚には、佐々木さんは悪くないからと言い聞かせ。

 私も一緒にお昼を……と言い出す小都子には、友達を大事にしてくださいと押し留め。

 そして立火からは呆れ顔をされた。

 

「この前の地震のときは、ずいぶん丸くなったと思ったんやけどなあ」

「私もそんな気がしていましたが、気のせいでした」

 

 もっとも、昔の自分なら花歩の好意もはねつけていたろうから、好意的な相手にだけ丸くなったのだろう。

 そんな夕理を温かい目で見ている花歩に、後ろから声が届いた。

 

「花歩、ありがと」

 

 振り返ると、つかさがそそくさと離れていく。

 その表情は見えないけど、安心してもらえた気がした。

 

(憧れのつかさちゃんに、少しは近づけたのかなあ……)

 

 

 *   *   *

 

 

「とかやってる間にもう投票の締め切りや!」

 

 金曜日の夜。花歩は自分の部屋で頭を抱えていた。

 今日の24時までが投票期間だが、まだ動画は半分しか見られていない。

 正直、玉石混交の石の方に酷いのが結構多くて、見る気が削がれる。

 

「せめて最低限の練習はしてから参加してほしい!」

「花歩、なんだか天名さんみたいになってきたんとちゃう」

「ううっ」

 

 芽生に言われて少したじろぐ。

 一緒にお昼を食べているせいで、何か伝染してきたのだろうか。

 その夕理は先入観を与えるからと、投票先は頑として教えてくれない。

 

「ちなみに私はWestaに投票したで」

「あ、そうなんや。ありがと」

「だからって聖莉守に投票しろとは言わへんけど」

「プレッシャーかけないで!」

 

 笑った妹は読書を中断し、自分のスマホを取り出す。

 

「逆に聞くけど、どんなグループに入れたい?」

「うーん、有名どころはみんなが入れるから、無名でもキラリと光るとこに入れたいなあ」

 

 少なくとも自分がそういうグループなら、一票でも入れてもらえれば嬉しいと思う。

 芽生はスマホを操作して、すぐお薦めを教えてくれた。

 

「それやったら、No.15とかええんやない」

「15番、っと……」

 

 公平を期すため、一覧の並び順は投票者ごとにランダムだ。

 番号を直接指定して動画を開くと、まだ見ていないグループだった。

 四人しかいないが、確かに一生懸命で光るものを感じるライブに、芽生が補足する。

 

「ツイッターに書いてたけど、まだ同好会の状態で、あと一人集めて部にしたいんやって」

「それは確かに応援したい! よーし、これも何かの縁や。ここにしよっと」

 

 ポチリと投票し、Westaにも入れ忘れてないのも確認し、これで安心して眠れると思ったが……。

 スマホを消すと、別の不安が湧きだしてくる。

 

(私が一票入れなかったせいで、聖莉守が落ちたらどないしよ……)

(いやでも、聖莉守は勝敗にこだわらないし、別にええよね?)

 

 ちらりと妹を見ると、思考が読まれたのか、くすくすと笑われてしまった。

 

 

 *   *   *

 

 

 いよいよ運命の土曜日。そして六月の最終日。

 発表の二時が近づき、八人の部員は練習を中断してパソコンの前に集まる。

 勇魚は今週末もボランティアだ。

 

 緊張する面々の中、花歩は雑談のつもりで尋ねた。

 

「つかさちゃんはどこに投票したん?」

「動画20個くらい見てギブアップしたからなー。その中で一番良かったとこ」

「やっぱり多すぎて辛いよね。部長はどうですか?」

「私は爽wingや。ああいうすがすがしいのが私好みやねん」

 

 よりによって自分たちと当落を競いそうなところに入れるとは、さすがの男前である。

 その選択が裏目にならないことを花歩が祈る間に、晴の声が響く。

 

「時間や」

 

 一同息を飲むが、画面は真っ白のまま動かない。

 

「サーバーが重いみたいやな」

「もどかしい!」

「ツイッターで誰かが貼ってるかもしれへん」

 

 晴が検索すると、心の準備もないまま、結果が目に飛び込んできた。

 

 

 

1. Number ∞

2. Golden Flag

3. 聖莉守

4. Westa

5. 爽wing

 :

 

 

 

「あっぶな!」

 

 部内に響き渡ったのは、立火の正直な叫びだった。

 他の人も同じ結果を貼っているので、デマではない。

 ぎりぎり四位での通過。

 何とか切符は確保したものの、部員たちは素直に喜べず、特に桜夜が口をとがらせる。

 

「あんなに頑張ったのに四位~? なんでゴルフラの方が上やねん」

「絶対、業者のステマのせいや! 引っかかる方も引っかかる方や!」

「でも天名さん。個人単位で見れば瀬良さんが優れてたのは確かだし、一概に宣伝の力と決めつけるのも」

「藤上さんはこれが純粋な民意やって言うの!?」

「まあ、瀬良が一位でないだけマシやな。あたしがナンインに感謝するなんてなあ」

「と、とにかく通過はできたんやから、ねえ」

 

 喧々囂々の状態を小都子がなだめていた時だった。

 パソコンで通知が鳴り、晴から部長に伝えられる。

 

「部のアドレス宛にメールが来ています」

「誰からや?」

「爽wingの国枝さんです」

「!」

 

 立火の指示でスクリーンに映すと、以下のような内容だった。

 

『広町、Westaのみんな、予備予選通過おめでとう!

 悔しいけど、自分らやったら負けても納得できるで!

 私は受験で引退やから、スクールアイドルとしてはここまでや。

 今までほんまに楽しかった! これからはファンとして応援させてもらうで!』

 

 桜夜が少ししゅんとなって、二年以上競ってきた相手に思いをはせる。

 

「どこまでも爽やかな奴やなあ……」

「国枝……」

 

 机の上で、立火の手がぎゅっと握られる。

 四位で文句を言える立場ではない。

 その陰には、ここで脱落となった多くの生徒たちがいるのだ。

 そして被災地にいる勇魚から、姫水へ電話がかかってきた。

 

『やったね姫ちゃん! うちら、先に進めるんやね!』

「ええ、そうよ。勇魚ちゃんが喜んでくれて嬉しい」

『こっちで、高槻のスクールアイドルに会ったんやけどね。

 地震のせいで最後の週は全然練習できなくて、本番でもミスして、悔いの残るラブライブになったって。

 でもその分、うちらに頑張って欲しいって言うてくれた!

 うちはまだ役には立てへんけど、それでもWestaみんなで地区予選、頑張ろう!』

「そう……そうね、勇魚ちゃん……」

 

 電話を切り、姫水は話の内容を部員たちに伝える。

 もはや後ろ向きな者は誰もなく、その目は未来へ向いている。

 国枝にお礼を返信してから、立火は全員に檄を飛ばした。

 

「私たちは大阪市の代表になった!

 悲願の全国行きに、今回も挑戦できるんや!

 祝勝会といきたいけど、そんな余裕はないで! もっと練習や!」

「でも、おやつの時間くらいは構いませんよね?」

 

 小都子が鞄から取り出した箱を開けると、焼けた小麦色の四角い板が現れた。

 

「アップルパイを焼いてきたんです。残念賞にならなくて良かったわあ」

「わあ! 小都子先輩、お菓子も作れるんですね!」

「さすがお嫁にしたい先輩ナンバーワンっすねー」

 

 花歩とつかさの感心の声に、小都子は照れながら堺産のナイフも取り出す。

 三年生たちもうんうんとうなずいている。

 

「小都子のお菓子はほんま絶品やでえ」

「ねえ小都子、私と結婚して! それで毎日スイーツ作って!」

「あはは。太った桜夜先輩なんて見たくないですよ」

 

 ナイフで三×三の九等分に切り、林檎の詰まった真ん中の一切れは勇魚に残しておく。

 紙の皿にパイを載せて、一人ずつ配った。

 

「はいどうぞ、夕理ちゃん」

「ありがとうございます、小都子先輩」

「はい晴ちゃん……どうかした?」

「ん、いや、何でもない。いただくで」

 

 珍しく少し上の空だった晴が、すぐに表情を隠した。

 小都子は怪訝な顔をするものの、こうなった晴から何かを聞き出すのは難しい。

 黙ってアップルパイを手渡した。

 

 

 *   *   *

 

 

 林檎パワーで練習を終え、その日の部活は終わる。

 立火が鍵を返して階段を降りると、踊り場で晴が待ち構えていた。

 

「部長、少しよろしいですか」

「おっ、何や。全国に向けて秘策か?」

 

 半ば本気で言ったが、雰囲気がおかしいことに気付く。

 あの晴が、どこか思いつめた顔をしている。

 初めて見る表情の彼女は、立火が同じ高さに降りたと同時に、口を開いた。

 

「単刀直入に言います。

 地区予選、我々に勝ち目はありません」

 

【挿絵表示】

 

 校庭の方から、既に負けて代替わりした運動部の、練習の声が聞こえる。

 立火は冗談めかして笑おうとしたが、上手く笑えなかった。

 

「いや……。

 もちろん大阪市でギリ四位なんやから、関西で四位に入るのが厳しいのは分かるで。

 けどそこを何とかするのが、奇跡の逆転ファイターで……」

「不可能です。四位どころか、上半分にも入れないでしょう」

「おい晴!」

「分かりやすく例えます」

 

 晴の細い瞳の中に、何かが滅ぶときの炎が映っている気がした。

 

 

「今の私たちは、言わば大坂夏の陣における豊臣方。

 

 このままでは、城を枕に討ち死にするだけです」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。