パート1 夕理とつかさ ☆
花歩が入部してから数日が経過した。
見学者は何人かおり、立火としては愛想よく対応したつもりだったが、入部には至らなかった。
「やっぱり私、怖い先輩と思われてるんかなあ」
「そ、そんな事ないですよ」
愚痴っている立火を、花歩が一生懸命慰める。
「クラスでも最近、いい方向で部長の話聞きますよ。めっちゃイケメンで素敵やって」
「ほんまに? 嬉しいけど話盛ってへん?」
「ほんまですって! ただそれとは別に、去年のことが噂になってます」
「うっ……」
「軍隊みたいやったとか、しょっちゅう怒鳴り声が聞こえてきたとか」
「ああ……うん……まあね……」
立火が目を逸らし、晴が渋い顔で首を縦に振る。桜夜にいたっては頭を抱えて震えだしている。
「それは厳然たる事実なのでどうにもならへんな」
「ううう……思い出したくない……」
その状況に、花歩は隣に座る小都子にこっそりと聞いた。
「そんなにスパルタやったんですか?」
「完全に体育会系やったねぇ。あと一人強面の先輩がいて、怒鳴ってたのはその人やわ」
(ひええぇ、入ったの今年でよかった)
「かといって先輩たちのせいにはできひん!」
立火は勢いよく立ち上がると、部員たちを見渡して宣言した。
「よし、明日はドサ回りに行こか!」
目をぱちくりした桜夜が、少し考え込む。
「どこ行くん? 私は沖縄がええな」
「行ってどうすんねん! そやなくて、一年生の教室へや」
「あー」
納得したように頷く桜夜。小都子と晴も同意する。
「そうですね。私たちの方から会いに行きましょう」
「作曲家も待ってて来るとは思えませんしね。鐘と太鼓ででも探さへんと」
上級生たちが合意したところで、一人ぽかんとしていた花歩へと立火が顔を向ける。
「というわけで昼休みに花歩の教室へも行くけど、びっくりせんといてな」
「え、あの、私も一緒に行かなくていいんでしょうか」
「ええでええで。花歩にこんなことさせられへんわ」
気遣いはありがたいが、まだ部の一員として認められていないのかと少し寂しくなる。
入ったばかりの一年生では仕方ないのだけれど。
* * *
「そういやさ、転入生が来るって噂、聞いた?」
昼休みの一年三組。花歩がグループの中でお弁当を食べていると、友人たちがそんな会話を始めた。
「こんな時期に? 四月に転入するくらいなら入学式から来るやろ普通」
「それがやな、実は芸能人で、仕事の引継ぎで遅れたって」
「嘘くさ! 東京ならともかく、大阪のこんなとこに芸能人来るわけないやん」
(せやなー)
花歩の口にはご飯が詰まっていたため何も言えなかったが、確かに芸能人が活動するなら東京だろう。
この学校に来てくれるなら、それはもちろん嬉しいけど。
と、ご飯を飲み込んだところで、隣の勇魚が気まずそうに目を逸らしているのに気付く。
「勇魚ちゃん、どないしたん?」
「う、ううん? 別にどうもせえへんよ?」
「そう?」
正直者の彼女がそう言うのだから、実際何もないのだろうけど。
次の一口をつまもうとしたところで、予告通り立火たちがやってきた。
「一年のみんな、昼休み中にごめんなー。食べながらでええからちょっと聞いてやー」
教室中の視線が教壇向こうの立火へ集中する。その隣には営業スマイルを浮かべている桜夜。
二年生たちは廊下で待っているようだ。
「私たちはスクールアイドル部や! 絶賛部員募集中なもんで、宣伝にお邪魔しにきたで」
立火の口から説明が語られる。全国を目指していること、ちょっと情報が混乱したが活動時間は決して厳しくないこと、スクールアイドルはとても楽しいこと等々。
(全国なんて言うからハードル上がるんとちゃうかなあ)
と花歩は思うが、そこは立火として外せない点なのだろう。
そして最後に、部としての切実な要望を口にした。
「知ってる人は知ってると思うけど、ラブライブに出るにはオリジナル曲が必要やねん。よってうちは作曲者を必要としてる! 少しでも経験のある人は、ぜひ入部してほしい!」
宣伝は終わり、騒がせたことを詫びてから、先輩たちは教室を出て行った。
扉をくぐるとき、立火が少しだけ花歩に手を振ってくれたのが嬉しかった。
その姿が完全消えた途端、友人たちの視線が花歩へと集中する。
「え? え? 部員あんまり集まってへんの?」
「実はまだ私一人やねん……」
「えー意外。そりゃ厳しすぎるって噂は立ってたけど、誰か入るのかと」
「そう思うならみんな入ってよ!」
「い、いや、やっぱり自分がやるのは……ねえ」
結局こうやって尻込みされてしまう。あんなに魅力的な部なのに、みんな覇気がなさすぎる、と少し前の自分を棚に上げる花歩である。
(やっぱり、私も一緒に行こう)
そう考えて、急いで弁当をかき込み始めた。
隣の勇魚が、先ほどから静かなのが少し気にはなったけれど。
* * *
特に手ごたえのないまま、一年二組まで来てしまった。
あとニクラスしかない状況に、不安になった立火が晴に尋ねる。
「作曲の話せえへん方がいいのかなあ。『やっぱりスクールアイドルには特別な技能が必要なんや』って思われてる可能性が」
「とはいえ言わな、作曲できるやつの探しようがないでしょう」
「まあ、そうなんやけど……」
結局妙案も浮かばず、そのまま二組へと突入する。
「一年のみんな、昼休み中にごめん!」
そうして、これまでの四クラスと同じ光景が繰り返される。
作曲者の話をしようとして、一瞬躊躇したが、やはり言わざるを得なかった。
「ラブライブに出場するにはオリジナル曲が必要なんや。誰か作曲やったことある奴おらへん? 音楽に詳しいってだけでもこの際構へんで。ひとつ頼む!」
特に反応はない。
大半の一年生は、自分には関係のない話と、昼食や雑談に戻ろうとしている。
その中で――
教室の一番後ろで、向かい合って食事をしている二人の少女の口が動いた。
「ああ言うてるけど、どうするの?」
「別に……興味ないし」
それ自体は小声の、普通なら誰の耳にも届かない会話だった。
だがこの時は、教室の入口で晴が目と耳を研ぎ澄ませていた。どんな兆候も見逃すまいと。
「失礼。自分、作曲できるん?」
素早く教室の後ろに回り、忍者のように近づいて声をかけた晴に、一年生二名はびくりとする。
「い、今の聞こえたんですか?」
「悪いな、こっちも必死やねん」
「ごめん夕理。あたしいらんこと言うたわ」
「つかさのせいとちゃうよ。私もこの人たちには、ひとこと言うてやりたかったとこや」
「どうしたどうした」
立火と桜夜も早足で近づいてくる。教室中の注目が集まる中、少女は箸を置いて静かに立ち上がった。
セミロングの髪の右側に、白く細いリボンが揺れている。
その目は上級生相手にも物怖じすることなく、何故だか少し不機嫌そうだ。
「弁天中出身、
「おお! もう部活は決まってるん? まだやったら是非ともうちに……」
「お断りします」
あっさり言われ、数瞬硬直した立火が、慌てて身振り手振りを交えて翻意を迫る。
「あ、あのな? これでも一応地区予選まで行ってんねん。よかったら検討くらいは……」
「知ってます。入る学校のグループくらい事前に調べてますし、入学式のライブも見ました。その上で言わせてもらいます――」
夕理と名乗った少女は、すぅと息を吸い込むと……
気合と勢いを込めて、立火たちに指を突きつけた。
「アンタ達はスクールアイドルとちゃう!
ただの芸人や!」
しん……と教室中に静寂が広がる。
立火の握った手が、わなわなと震えている。
「わ……私たちが芸人やとぉ……!」
ショックを受けたように大げさによろめいた立火は……
すぐさま腰に手を当て、笑顔でふんぞり返った。
「全くその通りやな!」
「って認めるんかーい!」
すぐさま手の甲でツッコんだ桜夜が、眼前の冷ややかな視線に気づき、はっと我に返る。
「い、いや、コイツはともかく私はちゃうで? こーんな超絶美少女桜夜ちゃんが、人から笑われるなんてそんなそんな」
「あなたが一番お笑いっぽいですね」
「何やねんこのガキ!」
「どうどう桜夜」
何やら大変なことになってきた。
混乱している立火たちを前に、夕理は目を閉じてとうとうと語り始める。
「別に芸人さんを下に見てるんとちゃいますよ? それはそれで立派なお仕事やと思います。しかしアイドルとは別物である!と強く主張したい!」
「ファンが楽しめるなら何だってええやん……」
「良くないです! 何ですかいい加減な! そういう態度がスクールアイドル界の劣化を招くんですっ!」
(うわぁ……意識たっかぁ……)
どうやら相当に面倒な相手のようだ。
隣の桜夜からはすっかり笑顔が消え、代わりに青筋が浮かんでいる。
「ちょっとコイツどついていい?」
「超絶美少女さんが物騒なこと言うのやめーや」
「桜夜先輩は一時退場をお願いします」
一歩下がっていた晴が、見かねて桜夜の前に割って入った。
「邪魔せんといて晴! こういう奴はいっぺんシメたらなモガガ」
「し、静かにしてくださいねー。うちのイメージが落ちますので」
小都子に後ろから口を塞がれ、桜夜は廊下に引きずられていく。
それを冷めた目で見送る夕理に、晴は軽く咳払いしてから会話を開始した。
「要するにあれかな、μ'sみたいなのがええんやろ」
「方向性としてはそうですね。まあ廃校阻止のためにスクールアイドルを利用したことは気に入りませんが、緊急事態やったんでしょうしその程度は許容します。私もそこまで狭量ではないので」
「めっちゃ上からやねキミ……」
「なるほどなるほど」
呆れ気味の立火を無視して、晴は得心したように何度か頷く。
と見せかけて、即座に反撃に打って出た。
「しかしその思考こそ、一つのタイプのみを許容し多様性を認めない、スクールアイドル界を劣化させる道そのものやないか」
「なっ……!」
理論的に反撃を受けるとは思っていなかったようだ。
こいつ攻撃ばかり達者で防御はザルやな、という晴の見立て通り、焦った夕理はもごもごと口ごもる。
「た、多様性と言えば何でも許されるわけでは……」
「許される。皆が皆μ'sみたいな正統派ばかりやったら、スクールアイドルはここまで発展したやろうか? 確かに色物や王道を外れたものもあるが、それも含めてのラブライブや。生徒が自由に発想できることが重要なんや」
「そ、それはその……」
「スタージョンの法則というものがある。あらゆるものの90%はクズであるというものだが、それがあってこそ残りの10%も存在すんのや。そもそも素人がプロアイドルの真似事をして始めたのがスクールアイドルやろ。その前提を忘れて変に意識の高い純化精神を持ち込もうなど笑止千万」
「う……ううう~!」
「あ、これ口では勝たれへんパターンや」
不意に夕理の後ろで呟かれた声は、彼女と一緒にお弁当を食べていた子だった。
それまで面白そうに眺めていたのを中断して、軽やかに立ち上がる少女。
少しパーマのかかった明るい色の髪が揺れる。
制服の襟元もきちんと締めず、何か遊んでいそうな印象を受ける。
その一年生が、夕理の頭に軽く手を乗せ、にこやかに上級生たちへ言葉を投げた。
「すいませんねー先輩。要はそちらさん、この子の好みとちゃうんで。勘弁してやってくれません?」
「そ、そうです。音楽性が違いますっ!」
「好みと言われてしまうと、理屈では何ともならんなぁ……」
夕理とは別方向で頭のいい子のようだ。さすがの晴も二正面は分が悪い。
ここまでと見た立火が、軽く晴の腕を引いた。
「晴、いっぺん出直そか」
「ですね」
「食事中にごめんな。また来るわ」
「入部しないって言うてるやないですか! もう来ないでくださいっ!」
「ほななー」
嵐を巻き起こした上級生たちは、そう言って二組の教室を出て行った。
注目していた教室内も徐々に元の空気に戻る。
そして夕理は、友達ともども席に座り直して、ぽつりと言った。
「あ、ありがと、つかさ」
先ほどの強気とは打って変わって、おずおずと顔を伏せ、少し頬を紅潮させて。
「あたしのせいやし、別にええよ」
つかさと呼ばれた少女は特に気にも留めず、昼食を再開する。
弁当箱のおかずを口に運んでから、ふと気になったように質問を投げる。
「けどあそこに入らへんのやったら、部活どうするの? 夕理ってスクールアイドル以外に趣味ないやん」
「そ、それはそうやけど……」
ようやく顔を上げた夕理が、無理に作った笑みと共に尋ねる。
「つ……つかさはどの部に入るの?」
「まだ決めてへんけど」
質問の意図を理解したつかさは、箸を止めて穏やかに聞き返した。
「……あたしと同じ部にするの?」
その声も目も優しいのに。
夕理は何も答えられないまま、気まずそうに食事を再開した。
* * *
小都子に口を押さえられたままの桜夜を先頭に、スクールアイドル部員たちは渡り廊下までやってきた。
周りに誰もいないのを見計らって、小都子が手を放す。
「はい、もういいですよー」
「何っ……やねんあのクソ生意気な一年!!!」
抑えに抑えていた桜夜の怒りが爆発する。
「この前まで中学生やった子やろ!? あれが最上級生への態度!?」
「言うても、こっちは頭下げて作曲頼まなあかん立場やで……」
「きーーっ!」
怒りの収まらない桜夜はその場で地団太を踏んでいる。
納得がいかないようで、八つ当たりのように疑問を口にした。
「ほんまにあんな子に作曲できんの!? 自分で言うてるだけやん!」
「でも嘘つく理由はないやないですか。できないんやったらそう言えば終わる話ですし」
「ぐぬぬぬぬ……」
小都子の反論に続いて、スマホをいじっていた晴も冷静に続ける。
「軽く名前で調べた限りやと、小学生の頃にバイオリンのコンクールに出てますね。賞は取れてへんみたいやけど、ある程度の音楽経験はあると見ていいでしょう」
「何であんな奴が! 世の中間違うてるわ!」
「性格はともかく作曲できる奴がいてくれたんや。むしろ奇跡と思って感謝すべきやろ」
「ううう……」
「あ、あの~」
ようやく桜夜が落ち着いてきたので、柱の陰から花歩がおずおずと顔を出した。
「おっ、もしかしてさっきの見てた?」
「は、はい。何だかすごい子でしたね」
「弁天中言うてたけど、誰か知り合いとかおらへん?」
「うーん、ちょっといないですね。周りにも聞いてみます」
「頼むで。花歩がいてくれて助かるわ」
「は、はいっ!」
嬉しそうに返事をする花歩に続けて、晴も部長に進言する。
「こちらもこちらで動きましょう」
「何か作戦あんの?」
「作戦てほどではないですけど、将を射るにはまず馬から言いますやろ」
「というと……」
少し考え込んでから、立火はぽんと手を打った。
「一緒に弁当食べてた子か!」