パート1 地の底 ☆
(ちょっ、部長さん、しっかりしてくださいよ!)
呆然自失としている立火の姿が、つかさにとってはあまりに歯がゆい。
(分かり切ってた結果でしょ!? 何のために晴先輩がわざわざ警告してくれてたんや!)
表彰式に出る上位四校以外は、制服に着替えるためステージ袖から退場していく。
唯一着替える必要のない天之錦が正面の階段から降りる際、小梅は心配そうに振り向いた。
(立火、桜夜……)
やはり声をかけようと戻りかけたところ、胡蝶に止められた。
「あきまへん小梅はん。今はそっとしておくのが情けいうもんや」
「うう……久しぶりに会うたのに、何でこないなことに……」
「うちの順位は覚悟してたけどねえ」
葵が見上げる数字は27位。まさかWestaの隣になるとは思わなかった。
「せやけど、これも芸の道。時に地を這い苦汁をすすっても、それもまた芸の肥やしです」
「胡蝶が言うと重みがちゃうなー」
後ろ髪を引かれながら、着物のスクールアイドルは京都へ帰っていく。
「広町さん……」
「和音。私たちに言えることは何もないで」
聖莉守も似たようなもので、心配そうな和音を凉世が押し留めた。
その間に三年生たちが近づいて、今までの感謝を伝え始める。
進学校の天王寺福音では、彼女たちはこれで引退だ。
返事をしながら、凉世は内心で溜息をついた。
(前回と変わらず八位か。あんなに頑張ったのに……)
しかし勝敗にこだわらないポリシー上、それを顔に出すこともできない。
表面上は素晴らしいフィナーレだったという風で、部員たちと会話を交わす。
悔しがることは――今頃きっと、妹がしてくれているだろう。
袖に消える立火たちへ、表彰式のためステージへ上がった鏡香が冷ややかな目を向ける。
(アホか、何を一丁前に落ち込んでんねん)
(去年の冬に私が言うた通りやろ。ここに来られただけでもラッキーと思え!)
とはいえ鏡香も他人に嫌味を言える余裕はない。
地区予選四位などという情けない結果、OGに吊し上げられかねない。
(全国では絶対に好成績を残さへんと……)
同じくステージに上がった暁子が、退出する夕理と目が合う。
改めて悔しさがこみ上げた夕理は、目に涙を浮かべてキッとにらみつけた。
憎まれ役が板についた暁子は、肩をすくめて視線を外す。
(そう怒らんといてや。私は全国が終われば受験に集中。アンタらも私の顔は見ずに済むんや)
(……光は、どうなるやろな……)
出演前とは打って変わり、混雑する楽屋の中。
もう一校、話しかけるか迷っていた学校がいたが、こちらは実行に移した。
近くで着替えていた二年生に対して。
「ハーイ。かぶっちゃいましたネー」
「あ、はいっ! 恐れ入りますっ!」
金髪のイギリス人からいきなり声をかけられ、小都子は慌ててそんなことしか言えない。
代わりに隣の夕理が進み出て、ぺこりと頭を下げた。
「私たちの完敗です。特に私の曲は未熟すぎました」
「あなたは、一年生?」
「はい……」
「せやったら、一回目のラブライブが終わっただけやないの。あと五回もチャンスがあるんやね」
「え? は、はい」
いきなり関西弁になったヴィクトリアに、夕理は戸惑いながら返事をする。
「三年間見守りたいところやけど、私たちは卒業したら本国に帰んねん。
次のラブライブが、もう一度勝負できる最後の機会やな」
青い目を閉じ、彼女は今回の結果を噛みしめる。
Worldsは六位。あと一歩で全国へ行ける位置は、悔しそうでもあり、手ごたえを感じているようでもあった。
「せやから冬に必ず、またこの場所で会うてや」
「は、はいっ!」
「あの……関西弁、お上手ですね」
感心したように言う小都子に、着替えを終えた留学生はHAHAHAと笑った。
「普段の喋りはキャラ作りデース。あ、ちょっと深蘭、置いてかんといて!」
「何してんの、帰るよー」
仲間たちを追いかけながら、もう一人の留学生に話しかける。
「深蘭も『~アル』とか言うたらええのに」
「言わないよ! 前から疑問なんだけど、その語尾って何が発祥なの?」
「うう……日本人が勝手に変な語尾を作って申し訳ない……」
周りの神戸っ子に謝られつつ、Worldsも退場していく。
「立火先輩、行きましょう」
「あ、ああ……」
小都子に促され、蒼白のまま楽屋を後にする。
部長として、何か言わないといけないのは分かっているが、喉が干からびたように声が出てこない。
隣で泣いている桜夜にも何もしてやれない。
先代の泉部長は、負けたとき何て言っただろう。
『私たちは精一杯やった、悔いはない! せやろみんな!』
(今の私が、そないなこと言えるわけがない!)
結果を見れば、現実を直視できず夢みたいなことを言い、有能な参謀の意見を退けた。
幸村どころか、秀頼と淀君の悪いところを合わせたような選択をしてしまった。
(私は、私はっ……!)
* * *
「立火先輩!」
ロビーに出たところで、勇魚が立火の胸に飛び込んできた。
潤んだ目で先輩を見上げながら、彼女は力強く言う。
「順位は残念やったけど、気持ちは観客みんなに伝わったと思います!
この悔しさをバネに、また冬に向かって頑張りましょう!」
「勇魚……」
その言葉をどこか空虚に感じてしまう自分を、立火は殴りたくなった。
部長が何も言えないから、勇魚が代わりに言ってくれているのに。
その後ろにいる花歩と晴に対しては、とてもではないが顔を直視できない。
(立火……ああーもう!)
立火がちっとも復活しないので、桜夜の涙は引っ込んでしまった。
こういう時こそ副部長の出番だ。
場を和ませる冗談のひとつも言わねば!
「け、けどあれやな。下から三番目って、ほんま中途半端やな。
いっそ最下位の方がネタになったやろ」
と、引きつった笑顔で言ったところ、帰りかけの一人の女生徒が足を止めた。
そのまま後ろ歩きで戻ってきて、いきなり桜夜の胸倉をつかむ。
「なら代わったろか!? ああん!?」
「ひいい! ま、まさか最下位の方ですか!」
「その通りや! これから打ちひしがれて明日香村に帰るとこや!
私たちはネタか!? 面白いんかコラ!?」
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「まーまー
同じ学校の子が、のんびりした声でなだめる。
「飛鳥時代からの歴史に比べたら、一回のラブライブくらい大したことないでー」
「アンタはそうやって呑気なことばっか!
それやから奈良県民は商売が下手って言われるんや!」
28位、明日香女子高校『mahoro-pa』の二人は、言い合いながらホールを出ていく。
何とか解放された桜夜に、もうギャグを言う気力はなかった。
他の上級生が頼りにならないので、仕方なく前に出たのは晴である。
「部長。ラブライブも終わりましたし、三日くらい休養を取りませんか」
「あ、ああ。せやな……」
終わり、という言葉にまたダメージを受けた立火は、弱々しく了承するしかない。
晴は表情を変えず、一年生たちに向き直った。
「ということで、来週の月火水は休みにする。各自夏休みの課題を進めるなり、天神祭を楽しむなりしてくれ」
「勉強する気分じゃないんですが……」
「そんな気分になる日はどうせ来ないやろ。いつかやらなあかん事は、暗い時こそ進めておけ」
花歩の愚痴は一蹴され、晴の目は夕理と姫水へ向く。
「たとえネタかぶりがなかったとしても、姫水が本調子だったとしても、順位はせいぜい三つ四つ違った程度や。余計な責任を感じないように」
「は、はい……」
「はい……」
「夏休み中の活動時間は土曜と同じや。
木曜に今後の方針を決める。それまでには部長も復活してるやろ。
では解散。今日はお疲れさま」
『お疲れさまでした……』
外に出た途端、むわっとした蒸し暑さが一気に襲ってきて、ますます気が滅入る。
駅に入り、内回りのホームに行こうとしたつかさが、反対側の桜夜を怪訝そうに見た。
「桜夜先輩はこっちとちゃうんですか?」
「ん……一応、立火の家までついてく」
(さすがは嫁さんですね! ひゅーひゅー!)
などと囃し立てられる状況ではなく、つかさはすぐに来た電車に乗り、夕理と一緒に去っていった。
反対側に乗った七人も、重い空気は変わらない。
天王寺で六人が降り、一人残った車内で小都子は溜息をつく。
(私が部長やとしたら、今日何ができたんやろ……)
(やっぱり晴ちゃんが次期部長の方がええんとちゃうかなあ……)
乗り換えた地下鉄の駅で、上りと下りの分かれ道に来た。
長居組とはここでお別れだが、未だに立火の心は浮上しない。
それでもこのままは帰れないと、必死で声を絞り出す。
「か、花歩!」
終わってから一言も話していない後輩は、まっすぐに部長を見た。
思わず視線を逸らした立火は、あまりの情けなさに吐き気を催す。
「ごめん……カッコ悪い部長で……」
「………」
勇魚と桜夜がはらはらしている中、下りホームに電車が入ってくる。
その轟音に、花歩の泣きそうな声が重なった。
「そーですね! 今の部長はカッコ悪いです!」
「ははは花ちゃん!?」
「でも、すぐに元の部長に戻ってくれるって信じてますから!
今の分を取り返すくらい、またカッコいいところを見せてくれるって信じてますからね!」
「花歩……」
「……今日は、ゆっくり休んでくださいね」
微笑んで、ホームに降りていく後輩の姿を、立火の潤んだ目が見送った。
電車に乗ってから、当人は頭を抱えてしゃがみ込む。
「あああ~! 偉そうなこと言っちゃったあ~!」
「そんなことないで! 花ちゃんグッジョブや!」
「そうね。花歩ちゃんは素敵な後輩よ」
保証した姫水は、約束を裏切った上に慰めることもできなかった桜夜を思った。
(……少なくとも、私なんかよりずっと)
「引退しますか? 続けますか?」
住之江公園駅で別れる際、晴がそのものずばりを聞いてきた。
立火は思わず息をのんで、むきになって言う。
「つ、続けるに決まってるやろ!
このまま引き下がれるわけないやろ。負け犬のまま終わりなんて……」
「また負けるとしてもですか」
立火も桜夜も、一瞬脅えたように身を固くした。
「冬に全国へ行ける可能性も、残念ながら低いでしょう。進学を危険に晒してまで、本当に続ける意味がありますか」
「晴……」
立火はすぐに答えを返せない。
冬――。
晴の案に従っていれば、冬に勝つ可能性を高められた。
いや、勝つ勝たないはいい。少なくとも、冬に繋げたという自己満足だけは得て帰ることができた。
こんな、苦労ばかりして何の成果もない現実よりはずっと……。
「ごめん晴。言う通りにしていれば……」
「部長!」
珍しく大声を上げた晴は、耐えるように強く拳を握る。
「私も今回は、自分自身の非力さにはらわたが煮えくり返る思いです。
ですが、こういう時こそ冷静にならないといけない。
あと四日のうちに、身の振り方をきちんと考えてください」
晴はお辞儀をすると、ニュートラムの駅へ去っていった。
最後に残った桜夜が、軽く息をついて顔を上げる。
「ほなら、私も帰るね」
「あ、うん……」
家まで来てくれるのとちゃうの? と思ったが、すぐに理由は分かった。
同じ電車から降りた女性が、少し離れて立っていた。
帰っていく桜夜と二言三言を交わしてから、彼女は立火に近づいてくる。
「立火、お疲れさま」
「お母ちゃん、見に来てくれてたんや……」
「うん。ライブは普通に良かったと思うで」
「……普通じゃあかんねん。普通じゃ……」
地区予選ともなれば、一定以上のレベルは当たり前のこと。
病弱な母が猛暑の中を来てくれたのに、不甲斐ない結果を見せてしまった。
うつむく娘の頭を、母は優しく撫でる。
「人生、勝つときもあれば負けるときもある。
今までだって、何度も負けたことはあったやろ?」
「それは、そうやけど……」
去年のラブライブでも負けたし、野球で負けて悔し泣きしながら帰ったこともあった。
でも、その時は気楽な一兵卒だった。
今は自分がリーダーであり、部長なのだ……。
(四月からこっち、私は五人の一年生を勧誘した)
(それは、こんな想いをさせるためやったんか……?)
* * *
花歩が家に着くと、父が居間のテレビで高校野球を見ていた。
準々決勝で、片方のチームがボロ負けしている。
「……ただいま」
「おお、お帰り……その顔はあかんかったか」
「その負けてる方の学校も、結構強いんやろ?」
「それはまあ、準々決勝まで来るくらいやからな」
「おかしいやん!!」
無性に理不尽に感じて、いきなり怒鳴る娘に父は驚く。
「私たちだって大阪市で四位やで!? あんなにあるグループの中で四位!
十分すごいのに、何で一回負けただけで全否定されなあかんの!?
上に進んだら、どこかで負けるに決まってるやないか!」
「……誰かに何か言われたんか?」
「そっ……そういうこととちゃうけど……」
全否定しているのは自分たち自身だ。
楽しかった予備予選も、今日負けただけで上書きされてしまった。
必ずバッドエンドで終わるなんて、理不尽なシステム過ぎる……。
「確かに上に進めばどこかで負けるけどな。
それを怖がるようなチームは、そもそも上へは行かれへんのとちゃうかな」
「……うん……」
父に諭され、とぼとぼと部屋に戻る。
スマホを見ると、芽生は聖莉守の人たちとパーティーだそうだ。
今朝誘われたことを思い出すが、こんな事になってもやっぱりWestaが好きだった。
妹が帰ってきたら、いっぱい愚痴を聞いてもらおう……。
あびこ駅から帰る途中、まだ生気のない幼なじみを、勇魚は覗き込む。
「姫ちゃん。晴先輩も言うてたけど、責任感じることないで」
「違うの……それよりもっと悪い」
頭を振る姫水に唯一あるのは、自分自身への嫌悪感だった。
せっかく得た現実感で逆に酷い目に遭い、反動でまた夢の中へ逃げ込んだ自分の脳への。
「私のせいで負けたのに、それすら他人事みたいに思ってる。
先輩たちが辛そうなのを見ても、私の心は何も動かない。
ねえ勇魚ちゃん。私は本当に病気なのかな。
ただ単に性格の悪い人間で、それを病気のせいにしているだけなんじゃ……!」
「姫ちゃん!」
落ちていく姫水の思考を、勇魚は叫んで引き戻す。
「まず、病気を治そう」
「勇魚ちゃん……」
「今までただ治るのを待ってたけど、何も変わらへんかった。
でも今日は、えらい目にあったとはいえ現実感が戻ったんや。
これまでのことを整理して、もう一回考えよう」
「うん……」
「うちは頭悪いけど、一生懸命考えるから!」
未来の看護師はにっこり笑って、幼なじみと手を繋いで歩き出す。
ずっと昔の夏、アイスを落として泣いたときも、この道をこうして手を繋いでくれた。
記憶をよすがに、姫水のリハビリは続いていく。
「正直、負けてほっとしてんねん」
弁天町で降りて別れる直前、つかさが吐露したのはそんな言葉だった。
「アキバドームって、全スクールアイドルの憧れなんやろ? よく知らんけど」
「うん……」
「そんなとこに、あたしが行っていいわけないやろ。
まだ初めて数か月の、真面目にやってもいないあたしなんて、行けないのが正解やって」
「………」
「……夕理は怒るかもしれへんけど……」
「怒らへんよ……怒れるわけない……」
うつむいて聞いていた夕理は、顔を上げてつかさを見る。
その顔は微笑んでいるのに、泣き出しそうに見えた。
「巻き込んでごめん……」
それだけ言って、夕理はきびすを返して家へ走っていく。
つかさは呆然としていたが、もやもやした何かに押され、思わず地面を蹴りつけた。
(何やねん、それ!)
誰もいない家で部屋に飛び込んで、夕理はベッドに顔を埋める。
Golden Flagのことさえなければ、結果を受け止めて猛省するだけで済んだ。
だが、あれだけ金を使ったグループを全国に押し上げる大会に、どう向き合えばいいのだろう。
あと何度、スクールアイドル界に絶望するのだろう。
(もうやだあ……!)
――それでも。
夕理のどん底は五分と持たず、むくりと起き上がると、半べそをかきながら机に向かった。
ノートを取り出し、五線譜に音符を書き込む。
あんなに辛い目に遭ったのに、また次の曲を作りたくなってしまう。
(病気やな。我ながら……)
惨敗した大会だとしても、何だかんだで刺激になった。
同じくスクールアイドルを愛するヴィクトリアと、またあの場所で会えるように。
良い曲を。もっと良い曲を……!
* * *
ラブライブ明けの日曜日。
外はうだるような暑さの中、立火は部屋にこもって受験勉強をしていた。
いくら落ち込んでいても、頭から布団をかぶって苦悩するような余裕は、今の自分にはない。
晴の言う通り、何をする気分でもない時こそ勉強しておかなくては……。
翌日も翌々日も同じ状況で、部屋から全く出てこない孫を、さすがに祖母が心配して見に来た。
「婆ちゃん。もう結構経つし、結果も出たから言うてええと思うけど」
立火は祖母の顔も見ず、問題集に目を走らせながら小さく言う。
「やっぱり私、部長向いてへん……」
「ふん、それやったらどないすんねん。他に任せられる奴はおるんかい」
「それは……」
こんな重荷を、優しい小都子に押し付けて逃げるのか。
今の状態で自分が引退したら、冬は予備予選も突破できないだろう。
先輩たちとの約束も守れない……。
「どっちにしろ、落ち込んでる時に言うたことなんて誰も聞かへんで。元気になってから言うんやな!」
祖母はそう言って、皿一杯のたこ焼きを置いていった。
もそもそと食べながら、立火の勉強は続く。
水曜日。
明日にはみんなと会わねばならないが、まだ言うべき言葉が見つからない。
昼過ぎに、花歩からメッセージが届いた。
『天神祭でぱーっと遊びませんか? 勇魚ちゃんと姫水ちゃんもいますよ!』
(ああ、今日やったか……)
京都の祇園祭、東京の神田祭と並ぶ、日本三大祭りのひとつ。大阪天満宮の天神祭。
そのクライマックス、本宮が今日だった。
でも、花歩にだけは会えない。
カッコいい部長は、あれからどこか遠くに消えたままだ。
『ごめん、受験勉強で忙しいんや。三人で楽しんでや』
『わかりました。あまり根を詰めないでくださいね!』
気遣う文面が胸に刺さりつつ、勉強を再開する。
四時頃、今度は桜夜から電話がかかってきた。
『まだ落ち込んでんの?』
「お前と違てデリケートなんや……」
『よー言うわ! ま、そんな相方を元気づけるために浴衣着てあげるから。
今すぐ天満宮に来て。そして可愛い私を誉めて!』
「切るで」
『わーっ! せっかく新調したのに!』
「……さっき、花歩の誘いを断ってもうたんや。
それでいてお前と遊べるわけないやろ」
『あーもーめんどくさい。ならええわ、本題を言うで』
桜夜の声色が不意に下がる。
今まで聞いたことがないほどに。
心臓に氷を押し当てられたような立火に、その言葉は告げられた。
『私、もう引退したい。
ラブライブなんて二度とごめんや。
話し合う気があるなら、今すぐ天満宮に来て』
* * *
大阪天満宮の境内では、大勢の見物客が何かを遠巻きにしていた。
(そうか、
御輿や御車、稚児や獅子舞などが、次々と天満宮を出ていく。
大阪の町を練り歩く、三千人の大行列だ。
だが今は見物する暇はなく、指定された待ち合わせ場所に向かう。
(ええと、参集殿の裏……)
皆は祭りに夢中なため、神社の裏はひっそりとしている。
喧噪を遠ざけながら、立火は参集殿の壁を回り込んだ。
「桜夜!」
浴衣を着た桜夜が、一人で立火を待っていた。
初めて出会ったときと同じ、愛らしい笑顔で。