ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート2 復活の天神祭 ☆☆

「ようやく来た。見て見て、可愛いやろー」

 

 息を切らせた立火の前で、桜夜は浴衣を見せながらくるりと回る。

 

「さっさと話片付けて、屋台で何か食べよ! 花火の場所取りもせななー」

「桜夜……」

 

 社の向こうに祭の音を聞きながら、立火は息を整えた。

 冗談であることを願って尋ねる。

 

「ほんまに、引退する気なん?」

「立火こそ、何で引退せえへんの?」

 

 本気で疑問のように問い返され、思わず口ごもる。

 

「いや、だって、ここで投げ出すのも無責任……」

「部活って義務とちゃうよね?」

「……せやな」

「楽しむためにやるものやろ?」

「せや……」

「地区予選、辛い思いしかしてへんやないか!

 もう沢山や、割に合わへん!」

 

 キレた桜夜の言葉に、何も言い返せない。

『立火が辞めるまで、私は絶対に辞めない』

 あの日の指切りをずっと守ってくれた彼女を、泣かせてしまったのは事実だ。

 とはいえ桜夜も責めたいわけではなく、笑顔に戻って立火の手を握る。

 

「てことで一緒に引退しよ。残り少ない高校生活、適当に勉強しながら楽しく過ごそ! ね!」

「それは……」

「……あかんの?」

 

 ここへ来るまでの間、立火は何度も自問した。

 あんな目に遭って、まだ懲りないのかと。

 今も再度考えてみる。

 それでも――いざ引退と言われると、立火の魂は全力で抵抗した。

 

「ごめん、やっぱり引退したないのが本音や。

 アホと思われても、どうしても全国に行きたい。

 今の私にそんなん言う資格ないのは分かってるけど……」

「ふーん……」

「……分かってる、桜夜に強制はできひん。あの指切りは忘れてもらっても……」

「アホなの!? しまいには怒るで!」

 

 既に怒ってる桜夜の両手が、今度は立火の胸倉を掴む。

 目の前に近づいた顔は、泣き笑いのようにも見えた。

 

「今になって立火を見捨てるくらいなら、去年とっくにそうしてる!」

「桜夜……」

「つまり立火がまたラブライブに出るなら、私を地獄の道連れにするってことや。

 それを分かった上で、進むのかどうかを決めてもらうで!」

「ぐ……!」

 

 指切りは、今や呪いのようだった。

 桜夜に嫌々ついてこさせるなんて、絶対にできない。

 だとすれば、この先が地獄ではないことを――

 進む先にハッピーエンドがあることを、証明しなければならない!

 

「あ、あれや。負けるって決めつけることはないやろ。

 要は勝てばええねん。勝ちさえすれば何倍もの喜びになって返ってきて……」

「アホか、ただのギャンブルやないか!

 パチンコ屋のおっさんだって同じこと考えてるわ!」

「で、でも今回は最悪やったから、次は上がるだけで……」

「そう油断してたらもっと悪くなるパターンやろ!? 予備予選で負けたら私らどうすんの!? 死ぬの!?」

「た、楽しいこともあったやろ!? 歌やダンスはそれ自体楽しいやろ!?」

「ならラブライブには出なくてもええな! ファンだけ集めてライブやった方が楽しいし!」

「ぐぬぬ……」

 

 今日の桜夜はやけに冴えている。

 この先どれだけ頑張っても、全国に行けずに終わる可能性はある。

 努力が報われない可能性があるのは、立火も否定できないのだけれど……。

 

「……去年も全国には行けへんかったけど、ここまで辛くはなかったやろ」

「せやな。泣きはしたけど。

 まあ先輩たちが主役で、私ら脇役やったし」

「ちゃう……そういうこととちゃうんや」

 

 自分に何が足りなかったのか、ようやく立火も分かりかけてきた。

『精一杯やった。悔いはない』

 どこかで負けて終わる部活の大会で、ハッピーエンドがあるとすればそれしかないのだ。

 

 襟を掴まれている両手を握り、真っすぐに相方の瞳を見る。

 

「今回あかんかったのは、実力が足りなかったことでも、晴の提案を蹴ったことでもない。

 私に、迷いがあったことや!

 ふらふらして、信じることも諦めることもし切れへんかった。

 せやから今、めっちゃ後悔してるんや!」

 

 握った手が熱くなっていく。

 ただ一人の相方に、立火は懸命に説得を試みた。

 

「けど、こんな事はこれっきりや。

 冬のラブライブでは絶対迷わへん!

 全国へ行ければそれが一番。

 でも行けなくても、後悔だけはせえへんようにするから!」

「立火……」

 

 ほだされかける桜夜だが、慌てて頭を振る。

 そんなもの、確実な保証とは言えない。

 

「口先だけやろ! 言うだけで後悔せずに済むなら誰も苦労せえへんわ!

 ほんまに立火は辛い思いをしない?

 ほんまに私たちは幸せになれるの!?」

「なれる!!」

「っ!」

 

 立火の腕は、無我夢中で桜夜を抱きしめていた。

 必死だった。

 どうしても、この子と一緒に先へ進みたいと――

 そのためにできる保証は、ただ叫ぶことしかなかった。

 

「私が責任を持って、桜夜を幸せにする!!」

 

【挿絵表示】

 

 必死だったので、立火は気付かない。

 抱きしめられた桜夜が、耳まで真っ赤になっていることを。

 しばらくそうしていたが、あまりの蒸し暑さにどちらともなく体を離す。

 

「ど……どうやろ」

「え? あ、うん……」

 

 恐る恐る尋ねる立火に、桜夜はもじもじしながらうなずいた。

 

「ま……まあ、立火がそこまで言うなら……」

「ほんま!? 続けたいって思ってくれる!?」

「さすがにプロポーズされたらね。断れるわけないやん」

「うんうん……うん?」

 

 一瞬聞き流しかけた立火だが、聞き捨てならない単語があった。

 少し冷や汗を流しながら、まだ赤い桜夜を問い詰める。

 

「ちょっと待て。プロポーズって何の話や」

「いやー、熱烈やったな。一生を懸けて私を幸せにしてくれるんやなー」

「一生なんて誰も言うてへんやろ! 部活の話や部活の!」

「まーまー。そんなに照れへんでも」

「えーい、もうやっとられんわ!」

 

 この件はギャグとして流して、立火は小指を差し出した。

 いつかとは逆の、左手の側を。

 

「ほな……冬のラブライブも頑張るってことで!」

「しゃあないなー、ほんま立火は私がいないとあかんねんから。

 約束通り、どんな結果に終わったとしても、私たちを幸せにしてね!」

 

 二つ目の指切りが結ばれる。

 これで両手とも繋がって、完全に運命共同体だ。

 せっかくなので、目の前の小さな鳥居にも柏手を打つ。

 ラブライブ前の重圧からも、その後のどん底からも、ようやく解放された気分だった。

 

「これからどうする? そのへん散歩する?」

「その前にやることあるやろ。女の子の誘いを断るなんてサイテー」

 

 きょとんとする立火の前で、桜夜は一切躊躇せず、スマホでどこかへ電話をかけた。

 

「もしもし花歩? 立火を連れ出したで!

 合流して、一緒にお祭り楽しもう!」

 

 その名前に、立火は思わず身じろぎするが……

 桜夜の手がスマホを相方に向ける。

 流れてくる後輩の声は明るかった。

 

『良かったです!

 夕理ちゃんにも振られて凹んでたんですよー。

 すぐ三人でそっちに向かいます!』

 

 場所を指定してから電話は切られ、立火は小さく息をつく。

 一方の桜夜は口をとがらせていた。

 

「ほんま夕理って付き合い悪いやっちゃな」

「まあまあ、騒がしい場所は嫌いなんやろ。せや、つかさも来てるかも」

「連絡してみる!」

 

 さっそく電話するが、返ってきたのは慌てふためいた声だった。

 

『どうぞお二人でお幸せに! お邪魔はしませんので!』

 

 それだけ言って一方的に切られて、二人で顔を見合わせる。

 

「なんや今の」

「やっぱり結婚しろってこと?」

「いつまでそのネタ引っ張んねん!」

 

 何にせよ、天神祭はまだまだこれから。

 陸渡御も全て出払い、少し静かになった天満宮で、並んで歩く相方を見る。

 顔を上げて、また挑戦に付き合ってくれる彼女を。

 

「あのな桜夜。まだ言うてへんかったけど」

「ん、何?」

 

 ありがとう、とか、お陰で立ち直れたとか。

 改めて言うのは、やはり照れくさかったから。

 別の言葉で、色んな思いを代弁した。

 

「……浴衣姿、可愛いで」

 

 桜夜は再び真っ赤になってから、ぽかぽかと立火を叩き始めた。

 

「もー! 何でいきなり誉めるんや!」

「何やねん! 誉めなかったら怒るくせに!」

 

 

 *   *   *

 

 

「び、び、びっくりしたあ」

 

 つかさは冷や汗をかきながら、通話を切ったばかりのスマホをしまった。

 普段クールな晶もちょっと焦っている。

 

「覗いてたのバレてた?」

「そうではないみたい。いやー、それにしても……」

 

 立火が深刻な顔で急いでいるのを見て、声もかけられず、つい後をつけたのが少し前。

 誰もいない神社の裏で、いきなり抱き合って幸せにするだの叫び始めたのには、さすがに仰天した。

 晶が困惑気味に天満宮の方を振り返る。

 

「何なん? あの先輩たち、デキてんの?」

「うーん、ただの漫才コンビと思ってたんやけど……。やっぱりデキてんのかなあ」

「うひゃー! うひゃー!」

 

 まだ興奮している奈々が、急に拳を握って悔しがり始めた。

 

「くっ、録画しておけばよかった! それをおかずにご飯十杯はいけたのに!」

「こらこら、盗撮はあかんで。ていうか、藤上さんのファンとちゃうんかい」

「それとこれとは別腹や! イケメン立火先輩と美少女桜夜先輩、大好物に決まってるやんか!」

「奈々ってほんまミーハーやな……」

 

 呆れる二人だが、興奮して暑くなったので、かき氷でも食べようと屋台へ向かう。

 その途上、つかさは脳内で合掌した。

 

(かわいそうな花歩……)

(武士の情けや。この件はあたしの心の内に留めておくで!)

 

 

 *   *   *

 

 

 同情されているとは露知らず、部長に会うため花歩はウキウキで大川沿いを歩く。

 一緒にいるのは昨日までボランティア続きで、さすがに休めとあちらの部長に言われた勇魚と姫水。

 そして夏期講習を終え先ほど合流した芽生である。

 

「ほら姫水さん、あれが船渡御(ふなとぎょ)

 

 芽生の指し示す先、川べりの柵に群がる見物客の向こうを、一隻の船が遡上してくる。

 浴衣の老若男女が船上に座り、岸へと手を振り、太鼓を叩いている者もいる。

 その後からも、神輿やお囃子を乗せた船が次々と。

 

「あれがそうなのね。やっぱり、子供の頃に見てたかも」

「見覚えあるやろ? うちら一緒に見に来てたんや!」

 

 幼い日の記憶を呼び覚ましながら、幼なじみたちは笑い合う。

 それを見ている双子も微笑んで、屋台で賑わう川べりを歩いていた時だった。

 

「部長!」

 

 真っ先に見つけたのは花歩だった。

 六時を過ぎ、夕暮れが迫る人ごみの中に立火はいた。

 少し気まずそうなものの、予選前と同じ元気な姿で。

 

(桜夜先輩……)

 

 姫水の瞳には、隣にいる桜夜も映る。

 笑顔を作るのに少しだけ努力しつつ、話しかけようとしたのだが……

 その先輩は姫水の横を通り過ぎ、真っすぐ芽生に駆け寄った。

 

「うわー、双子ちゃん! ほんま花歩にそっくりや!」

「初めましてですね。芽生です、よろしくお願いします」

「うんうん、可愛えなー。やっぱり時々入れ替わったりするの?」

「してみたいんですが、なかなか機会がなくて」

「……先輩」

 

 いきなり後ろから、姫水の手に頭を鷲掴みにされた。

 恐る恐る振り向くと、後輩が氷点下の微笑を向けている。

 

「こっちはどんな顔で会うかずっと考えてたのに、スルーですかそうですか」

「そ、そうやったの? もう予選から四日も経ってんねんしー、引っ張りすぎやって!」

「先輩は三歩歩けば忘れるニワトリですか?」

 

 ますます温度が下がる姫水を勇魚がなだめるのを、立火と花歩が笑って見ている。

 と、不意に二人の目が合った。

 立火はもう視線を外すことなく、大事な後輩と向かい合う。

 

「言い訳はせえへん。花歩を失望させた分は、今後の行動で取り返すで」

「し、失望なんてしてないですよ!? 私こそ、何もできなくて歯がゆくて……」

「そう? 罵ってくれてもええねんで、このダメ部長!って」

「言いませんってば! とにかく、元気になってくれて良かったです!」

 

 花歩はそう言って、再び両手を差し出した。

 あの日の安居神社と同じように。

 

「もう一度、ここからスタートですね!」

 

 立火は胸が詰まって言葉にならず、黙って両手をぱしんと乗せた。

 四日前、同じ動作から始まった一日のことは忘れない。

 苦い感情とともに、何度も思い出すのだろう。

 だとしても――敗北を糧にして、部活というものは続いていくのだ。

 

 手を離し、桜夜たちに声をかけて、花火の会場へと歩き出す。

 隣では祭の船たちが、ゆっくりと川を航行していく。

 

 

 *   *   *

 

 

 混雑を避けて、銀橋から少し遠くに来た。

 花火からは遠いが座れる空間で、立火と双子姉妹は腰を下ろして待つ。

 近くでは勇魚にちょっかいを出そうとした桜夜が、例によって姫水に阻止されている。

 

「そうか。小白川と剣持も続けるんやな」

 

 待つ間、芽生から聖莉守の話を聞いていた。

 

「二人とも確実に推薦をもらえますからね。受験は心配ないようです」

「くっ、羨ましい……と、簡単に言えるもんでもないか」

 

 これも普段の積み重ね。それがない立火は地道に頑張るしかない。

 鏡香もエスカレーターで難波大学へ行くのだろうし、引退はしないだろう。

 次の冬、十二月に、今度こそ三人で最後の勝負が行われるのだ。

 

(今回はすっかり差をつけられたけど……次はこうはいかへん)

 

 ライバルを思う部長の横顔に、花歩も同い年の子のことを考える。

 

「熱季ちゃんは、お姉さんと一緒のステージに上がれるんやね」

「それだけを目標に頑張ってきたからね。

 瀬良さんには負けへんって、よく居残りで練習してるで」

「ひ、光ちゃんに!?」

「そう。同じ一年生、あいつにできることが自分にできひんわけがないって。

 Westaはどう? そういう一年生はいる?」

「うう……」

 

 花歩と立火の目が気まずそうに合う。

 意識の高い夕理すら、そんなことは言ってなかった。

 乱暴な熱季だが、向上心は認めざるを得ない。

 

 日の落ちた夜の公園で、花歩は少し考え込んでから、背筋を伸ばして言った。

 

「部長に憧れてるだけの一学期は終わりました」

「あ、うん。やっぱり幻滅したやろな……」

「そ、そういうことではなくて!

 これからは、私もカッコよくなりたいってことです! いえ、なります!」

「花歩……」

 

 四ヶ月間の部活動を経た後輩を改めて見る。

 今まで、裏方や応援で頑張って支えてくれた。

 だが、確かにもう頃合いかもしれない。

 同じ舞台で共に戦う、次のステップのために。

 

「文化祭で、デビューしてみるか」

「え……」

「学校の中やし、一年生の初舞台には最適や。

 小都子も去年はそうやった。

 夏休み中頑張れば何とかなるやろ。もちろん、勇魚も一緒にや!」

「は……はい! やります! やらせてください!」

 

 妹が見守る前で、花歩の心は踏み出した。

 いよいよ――いよいよ、ステージに立つ日が来る。

 文化祭は九月の半ば。これからの夏休み、明確な目標ができた。

 さっそく勇魚にも教えようと、立ち上がりかけた時だった。

 

 ヒュルルルル…… パン!

 夏の夜空に、一つ目の花が開く。

 伊丹空港の関係で高さはないが、川を行く船渡御と相まって、独特の風景を作り出す。

 周囲からも歓声が上がる中、花歩は決意を込めて宣言した。

 

【挿絵表示】

 

「この花火みたいに、私の最初の花を綺麗に咲かせてみせます!」

「おっ、上手いこと言うやないか」

「えへへー、歌詞も諦めてませんし!」

「でも広町先輩、メンタルの方も鍛えてやってくださいね。

 花歩は昔から緊張しいで、小学校の時の演劇なんて……」

「も、もう芽生! 余計なことまで言わなくてええから!」

 

 花火は間を空けながら、次々大阪の夜を彩る。

 桜夜たちも隣に座って、一緒に光の祭典を見上げた。

 千年以上も続いてきた天神祭。

 その中の今日という日を、復活の狼煙(のろし)とするために。

 

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