ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 開扉 ☆

 合宿の前々日である日曜日。

 勇魚は自室で宿題もせず、もっと大事なことに頭をひねっていた。

 

(姫ちゃんの病気は、どうやったら治るんや……)

 

 本人の申告によると、一時的にせよ現実感が得られたのは四度。

 うっかり羽鳥静佳の天才を直視した時。

 桜夜にいきなりキスされた時と、必死で懇願された時。

 夕理のあまりの潔癖さに感心した時。ただ、これは本当に少しだけだったらしい。

 それ以外はすべて勇魚絡みのことだけだ。

 

 強い想い、鮮烈な人の心が効果があるのは分かったが、結局すぐ元に戻ってしまう。

 もっともっと刺激がいる? それだけで何とかなる?

 難解な思考に知恵熱が出そうなところへ、後ろから小さな体が抱き着いてくる。

 

「おねーちゃん、あそんでー」

「ごめん汐里、お姉ちゃんは大事な大事な考え事をしてるんや」

「やだやだ、あそんでー!」

「うーん、しゃあないなー」

 

 妹に甘い勇魚は、あっさり相好を崩して汐里の方を向いた。

 

「何して遊ぼっか!」

「プリキュアごっこ!」

「お姉ちゃん、最近のプリキュアは分からへんからなあ」

「この前、ブラックとホワイトが出てきたで」

 

 廊下を掃除していた母が、開け放しの戸の向こうから言ってきた。

 母は娘と朝アニメを見るのが趣味で、勇魚が卒業した時はさんざん愚痴られたものだ。

 

「そうなん? 懐かしいなー」

「昔は姫水ちゃんと二人で、よく真似しとったなあ」

(真似……ごっこ遊び……)

 

 勇魚の頭に何かがひらめいた。

 ひらめいたと同時に不安も発生する。この案は本当に大丈夫なのか。

 だが頭の悪い自分だけで考えても仕方ない。賢い彼女が自分で判断してくれるだろう。

 

「汐里、ちょっと待ってて! 姫ちゃん呼んでくる!」

「ひめちゃん!? うんっ、まってるー!」

 

 

「光の使者! キュアブラック!」

「光の使者! キュアホワイト!」

『ふたりはプリキュア!』

「闇の力のしもべたちよ!」

「わーーー!」

 

 ブラック役の勇魚は自分の台詞も忘れて、妹と一緒に拍手していた。

 キュアホワイトこと姫水は微笑みながらも困惑している。

 

「すごーい姫ちゃん、そっくりやー!」

「そっくりー!」

「あ、ありがとう。懐かしいけど、こんなのでいいの?」

 

 その後、汐里が飽きるまでごっこ遊びに付き合わされた。

 遊び疲れ、昼寝を始めた妹にタオルケットをかけて、勇魚たちは居間に移動する。

 勇魚はもう迷わず、幼なじみに考えを述べた。

 

「姫ちゃん、演技をしてみたらどうやろ!」

 

 言われた方はますます困惑するしかない。

 

「私、演技のしすぎでおかしくなったんだけど……」

「ううん、姫ちゃんがいつも周りにしてるのとちゃうくて。

 見る人も演技って分かってる演技。役者さんの演技や!」

「それ――は」

 

 確かに、休業してからは一度も演じたことはない。

 でもそれは、どう考えても病気が悪化しこそすれ、改善するとは思えないからだ。

 勇魚の深刻な表情を見る限り、その危惧は分かっているようだけど……。

 

「うちはもしかしたら、危ないことを勧めてるのかもしれへん。

 でも、これ以上は外からの刺激を待ってるだけはあかんと思う。

 姫ちゃん自身が輝かなあかんのやと思う!」

「輝きって……勇魚ちゃんはその言葉が好きだけど、私に持てるとは思えないよ……」

「でも、姫ちゃんの一番得意なことがあるやろ!?

 やりたくてやったんとちゃうのは知ってるけど、それでも長い間、一生懸命頑張ってきたことやろ!?」

 

 それが――演技。

 母や周りに言われるままにやってきたことでも。

 これだけ時間を重ねてきたなら、壁を壊す輝きになるのだろうか?

 

(私には、分からないけれど……)

 

 でも今、姫水が最も信じられるのは目の前の幼なじみだ。

 優しい彼女が敢えてリスクを取れと言うなら、自分も覚悟して踏み出すべきだった。

 

「分かった、やってみる。

 演技に飲み込まれず、演技を自分のものにするよう頑張ってみる」

「うん! 危なそうならちゃんとうちが止めるから!

 それやったら、何の役をする? やっぱりプリキュア?」

「さすがにそれだと効果は薄そうね」

 

 苦笑しながら、姫水の頭には既に一人の人物が浮かんでいた。

 

「そういうことなら、演じてみたい人がいるの。

 たぶん、一石二鳥になると思う」

 

 

 *   *   *

 

 

 大広間の真ん中で、姫水は優雅にお辞儀をした。

 ん? と立火は違和感を覚える。

 既にこの時点で、いつもの姫水とは違っていた。

 

「いつも通りの私やし、そう大したものは見せられませんけど……。

 少しの時間、お付き合いくださいな」

 

 波一つない湖のような、静かで圧倒的な空気を発しながら、どこかで聞いた台詞を告げる。

 その場の四人の三年生が、同時に驚愕する。

 見覚えがありすぎる。何度も煮え湯を飲まされた相手……。

 

(げえ! 羽鳥!!)

 

 羽鳥静佳を演じる役者が、唖然とした視線の中で歌い始める。

 

『この惑星(ほし)に落ちた 数多の生命の中で――』

 

(ちちち、ちょっと待って!)

 

 立火がおののくほど、良くできた贋作だった。

 大阪城ホールを魅了した歌姫が、再現映像のように目の前にいる。

 声真似はもちろん、歌い方、動き、表情、全てを使って、あの天才の歌声のように錯覚させていた。

 

『また一つ 命は巡り――Eternal Planet』

 

 歌が終わり、得意顔の勇魚を除いて、一同が呆然としていた間だった。

 深い湖のような姫水の瞳は、瞬時にどこかの海に変わった。

 

「どうしたの、みんな声が出てないよ!

 宴はまだまだ続くけえ、盛り上がっていこう!」

(ええええええ!?)

 

 天真爛漫な姫水の笑顔に、今度はつかさたち一年生が愕然とする。

 もはや本人の台詞ではなく、『本人が言いそうな台詞』がすらすらと役者の口から出ていた。

 

「ここは山の中だけど、今だけは瀬戸内の海じゃけん! 『サニー・アイランド』!」

 

 今度はダンスだった。

 天才少女があのとき見せた動きが、そのまま畳の上で再生される。

 オブジェを使った動作は無理とはいえ、それ以外は俊敏な動きも、楽しそうなジャンプも、あの日の予選そのままだった。

 

(ダ、ダンスは私の方が上のつもりやったけど)

 

 立火の自信が揺らいでくる。

 他者を演じる姫水の姿は、むしろ本人の時より生き生きしているような――

 

「――以上です。お粗末様でした」

 

 狐につままれたような空気の中で、隠し芸は終わり、そこには普段通りの姫水がいた。

 真っ先に、素直に反応したのは桜夜だった。

 

「すっ……すごすぎやろ! 羽鳥と瀬良の合わせ技なんて!

 もう姫水だけで全国優勝できるんとちゃう?」

「突然だからごまかせましたけど、実際に見比べると単なる劣化版ですよ。七割くらいの出来だと思います」

「そ、そうなん? やっぱそこまでうまい話とちゃうか」

「でも、芸としては面白いと思うのですが、いかがでしょうか岸部先輩」

 

 名指しされた二年生は、満足そうにうなずいた。

 

「確かにネットに上げれば、結構な話題になりそうやな。

 学校に戻ったらさっそく撮影して公開しよう。

 Westaはオワコンとか言われてる中で、格好の反撃になる」

「え、そないなこと言われてるんや……」

「一部でですけどね」

 

 ちょっとショックの立火だが、だったらなおさら発信は必要である。

 文化祭までの空白期間に良い場つなぎになるはずだ。

 だが一方で、隣のグループから声が飛んだ。

 

「芸としては面白いかもしれやんけど」

 

 腕組みして見ていた旬が、真面目に否定的な意見を述べる。

 

「ラブライブでは何の意味もない。他人の真似なんて、あの場では誰も評価しやんやろ」

「確かに一人二人の真似ではパクリと言われるだけでしょうね。

 でも十人、百人をコピーして、それを自在に操れるようになればどうでしょうか」

「ひ、姫水?」

「立火先輩。八月の最後の土曜、部活を休ませてください」

 

 どちらの部長も、その日程は聞き覚えがある。

 自分たちがどうしても行きたかったのに、行けなかった場所――。

 

「アキバドームへ行って、直接吸収してきます」

 

 もはや立火は、こくこくとうなずくしかない。

 この子は一体、どれだけ進化してしまうのか……。

 そんな空恐ろしさすら感じる一方で、そんなものとは無縁の桜夜が軽く尋ねる。

 

「ねー。もっと他のモノマネもできるの?」

「もちろんやでー。この超絶美少女姫水ちゃんに、何だってお任せや!」

「ぶっ」

 

 桜夜が噴く目の前で、明るいアホになった姫水がいた。

 可愛く自信に満ちた性格をまとい、立火の隣にしゃがんで肩に手を置く。

 

「ねー立火ぁ、もうちょい私を大事にしてくれてもええんとちゃう? こんなに可愛い相方なんやからー」

「うわあ、ウザいほど似てるで……」

「え、え? 私ってこんなん!?」

「こんなんです。少しは鏡を見て反省してください!」

「ぶっ」

 

 今度は夕理がお茶を噴き出した。

 姫水は立ち上がると、偉そうにメンバーたちへ指を突きつける。

 

「そもそも皆さんは真剣さが足りません! 合宿は遊びとちゃうんや!」

「な、何を勝手に真似してんねん! 同一性保持権の侵害や!」

 

 焦って変な法理論を言い出す夕理に、姫水はくすくす笑いながら勇魚のところへ行った。

 幼なじみも立ち上がり、二人で同時に手を突き上げる。

 

【挿絵表示】

 

「これがうちの最大の武器や!

 今までは封印してたけど、もう手段は選んでられへん。

 全国へ行くため、遠慮なく使ったるで!」

「こうなった姫ちゃんは無敵やでー!」

 

 両グループの拍手を浴びながら、隠し芸のコーナーは終わった。

 これで本当に、病気が治るのかは姫水も分からないが……

 駄目なら駄目で、少なくとも予選の失態への償いにはなるはずだ。

 

 

『このデザートのはっさくも和歌山が日本一の生産量である。そのシェアはみかんより圧倒的で七割近い』という旬の演説を聞きながら、夕食も終わった。

 空になったお膳を台所に運ぶ途中、花歩は尊敬の目で隣の姫水を見る。

 

「羽鳥先輩のこと心配やったけど、まさか逆手に取っちゃうなんてね」

「これでも大阪生まれだもの。転んでもタダでは起きないわよ」

 

 後ろについているつかさは複雑だ。

 姫水はやっぱりすごい子で、また届かない高みへ行ってしまった。

 でも、今はそれは考えない。これから待ちに待った時間なのだ。

 

「部活の話はここまで!

 あとは消灯まで自由時間や。こっからが合宿の本番やな!」

「つかさちゃん、生き生きしてるなあ」

「あたしは夜の女やでえ」

「なんかいかがわしい……」

 

 

 *   *   *

 

 

 倉庫部屋から布団を運び、敷いた上でお喋りやらゲームやら。

 そんな夜の始まりに、立火はまず晴に尋ねていた。

 合宿につきもののイベントについて。

 

「このへんに肝試しできる場所ってないやろか」

 

 が、返ってきたのは呆れきった目である。

 

「ここをどこやと思ってるんですか。霊なんか即座に成仏させられますよ」

「ま、まあそうなんやけど、それっぽい雰囲気だけでもええで」

「なら奥の院への参道はどうですか。明日の昼に行きますけど、夜もツアーをやっているようですし」

「ああ、大名の墓が並んでるってやつ?」

 

 納得した立火は、にやにや顔で桜夜の肩を叩く。

 

「てことで一緒に行く?」

「なななな何言うてんの? ききき肝試しなんてそんな、ここ子供のやることやろ!」

「ははは、桜夜は恐がりやなあ。小都子はどう? 文化祭でお化け屋敷やるんやろ」

「うーん、そうですねえ……」

 

 小耳に挟んだつかさが、近くの花歩を肘で突っつく。

 

「聞こえてたやろ? チャンスやで!」

「ええ!? わ、私も怖いのはちょっと……」

「何言うてんねん、それがええんやろ! 怖がるついでに抱きつくくらいでないと……」

 

 桜夜先輩には勝てへんで、とまでは口にしなかったけど。

 背中を押された花歩は、思い切って立火のところへ行く。

 

「あ、あの部長っ。私も行ってみたいです!」

「おっ、花歩もなかなか度胸あるやないか」

(花歩ちゃん……がんば!)

 

 内心で親指を立てた小都子が空気を読んで辞退し、結局二人だけで行くことになった。

 晴が虫よけスプレーを投げてよこす。

 

「念入りに塗った方がええで」

「え、虫多いんですか!?」

「山の中やから当たり前やろ。こういう場所なんやから、あまり殺生はするなよ」

「ううう、蚊の方から避けてくれますように……」

 

 制服に着替えた二人が出て行き、つかさは改めて室内を見渡した。

 夜が自分の本領発揮な一方、今度は夕理が浮く時間帯だ。

 消灯まで三時間も耐えられるだろうか。

 

 と思いきや、当人は布団の上で腕組みして、ちらちらとKEYsの方を見ている。

 その先では内気そうな子が、話しかけてくれる周りのお陰で、何とか会話に混ざれていた。

 

(夕理、あの子が気になるんやろか?)

(あの夕理が成長したなあ……)

(これは手助けしたらあかんやつやな。あたしは藤上さんとトランプでも……)

「ねえねえ、お土産くれたあなた」

 

 と、声をかけてきたのはKEYsの二人のメンバーだった。

 

「あ、はい、えっと……」

「あ、私たちは二年生や。梅田の阪急はよく行くん?」

「さすがに高級すぎるんで、たまにですねー。北欧の雑貨見に行ったりとか」

「すごーい! おっしゃれー!」

 

 シティガールつかさに興味津々の上級生たちに、完全につかまってしまった。

 見れば姫水もさっきの今で、KEYsの子たちに囲まれている。

 勇魚は逆に、積極的に向こうへ声をかけている状態だ。

 旬は不満そうだが、さすがに部員たちの邪魔まではしない。

 

(……まあええか。夜は長いし)

 

 せっかくの機会なのだし、つかさも他校との交流を楽しむことにした。

 

「次は何が流行りそうなん?」

「そーっすねー。あたしの予想やったら次に来るのは……」

 

 

 そうやって、気の緩んだ空間で両校が混じり合う中。

 

(――あ)

 

 夕理の視線の先で、柚は無風地帯のように、全員の意識から外れた。

 旬はみゆきと話し込んでるし、他の部員もWestaの子と歓談している。

 

「あ……あう……」

 

 こうなると、柚はおろおろするだけで何もできない。

 仲間にすら話しかけられないのだから。

 端で小さくなって、誰かが気付いてくれるのを待つしかない。

 

(~~~~~! 何をしてるんや、あの子!)

 

 イライラが最高潮に達し、ちょっと言ってやろうと立ち上がる。

 足を一歩進めるが、そのまま突進する前にさすがに躊躇した。

 

(いやでも、いきなり知らない奴から文句言われても困るやろ)

(昼に台所にいた以外の接点はないし、合宿が終われば二度と会わへん相手やし……)

 

 とはいえ他のみんなは、そのいっとき軌跡が重なっただけの他校生と、仲良く話している。

 自分のような不愛想な人間でも、他校と交流できるチャンスなのかもしれない。

 

(だ、大丈夫。ちょっと話すだけや。冷静に冷静に……)

 

「ねえ、そこのアンタ」

「へ? はい……ってひうう!?」

 

 慣れないスマイルで声をかけたつもりだが、引きつった顔で逆に怖がらせた。

 

 柚の声に、KEYsの部員たちはしまったという表情で振り返る。

 うっかり一人にしたのは失態だったが、見れば何やらWestaの子と交流している。

 ならば少し見守らねば……。

 と、遠巻きに視線を送る旬たちが、なおさら夕理を苛立たせる。

 

 隣に座り、直接は目を合わせずに会話を始めた。

 

「昼からずっと見てたけど、周りに守られてばっかやな」

「え、ずっと見てたって、私を……?」

「そ、そこは本題とちゃうやろ! 話を逸らさんといて!」

「す、すみませんすみませんっ!」

 

 旬の目が険しくなる。いけない、これではただの迷惑な奴だ。

 少し深呼吸して、一番聞きたかったことを尋ねてみる。

 

「スクールアイドルには自分からなったの? それとも誰かに流されて?」

「あ、それは一応自分から……」

「そうなんや!」

 

 夕理の顔がぱっと明るくなった。

 そこにどれだけの葛藤があったのかは知らないが、自分から一歩を踏み出せたのなら、十分見込みはあるはずだ。

 

「やっぱり、純粋さや一生懸命さに魅せられて!?」

「というか……小泉花陽さんや黒澤ルビィさんの話を聞いたから、私もそんな風になれるんやろかって……」

「ま、まあ他人への憧れから入るのもありやな」

「でも……」

 

 二人のようにはなれなかった少女は、膝に顔を埋めてか細い声を上げる。

 

「スクールアイドルになっても、結局何も変わらんやん……」

「はあ!?」

 

 思わず上げた大声に、柚はびくりと萎縮する。

 だが、ここに至ってはもう夕理は止められなかった。

 

「当たり前やろ、スクールアイドルは魔法の万能薬とちゃうわ!

 自分の努力が足りないのを、スクールアイドルのせいにしないで!」

「ひうう……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「おい」

 

 夕理が我に返るのと、頭上から声が響いたのは同時だった。

 顔を上げると、旬が不満と困惑の混じった顔で見下ろしている。

 

「柚を気にかけてくれたのは嬉しいが、そういうことしか言えやんのやったらもうやめてくれ」

「あ……わ、私……」

「柚の問題は私たちも分かってる。一学期の間にも色々なことがあった。

 その上で今こうなってるんや。ちょっと一断面を見た程度で口出ししないで欲しい」

「……はい……すみません、でした」

 

 今回ばかりは夕理も非を認めるしかない。

 KEYsの内部のことだし、人を不快にし傷つけてばかりの自分なんか、関わらない方がいいに決まってる。

 潔く撤退するべきだ。

 

 頭では分かっていて立ち上がりかけたのに、その動きが止まる。

 このまま去ったら、この細い縁は途切れて二度と交わらない。

 自分でも驚くほど、諦めの悪い口が勝手に動いた。

 

「も、もう一回だけチャンスをもらえへんやろか……」

「ひう……?」

「あなたと話がしたい。ほんまにそれだけなんや。

 わ、私、本堂にいるから、気が向いたら来て!」

 

 見苦しさを自覚しながら、夕理は逃げるように大広間を出ていった。

 ぽかんとしている柚と、困り顔の旬の傍らで、みゆきが頬に手を当てて言う。

 

「難儀な性格してそうやったけど、何やかんやで情熱的やねえ。さすが大阪や」

「みゆき先輩……」

「こればかりは柚ちゃんが決めることや。気が進まんのやったら、私が断ってきてあげるからね」

「うう……はい……」

 

 柚にしてみれば、なんであの子が急に話しかけてきたのかさっぱり分からなかった。

 ただ、僅かな会話から分かったことといえば……。

 

(スクールアイドルのことが、ほんまに好きなんやな……)

 

 

 *   *   *

 

 涼しい夜の中、立火と花歩は高野山を二人で歩く。

 観光地の車道は、この時間はあまり通る車もない。

 蒸し暑い下界を思うと、ここに大阪が来てくれないかと思ったりする。

 

「入口まで1kmくらいやって。練習で疲れてへん?」

「平気です! デビューのためならあれくらい!」

「花歩も頼もしくなったもんやなあ」

「えへへー」

 

 スマホの地図を頼りに左へ逸れ、参道入口である一の橋を渡る。

 ここから2kmの石道が御廟へ伸びるが、今夜は雰囲気だけ味わって帰るつもりだ。

 静まり返った木々の中、石灯籠の光が薄ぼんやりと道を照らしている。

 

 寺で借りた懐中電灯で道の両脇を照らすと、たくさんの墓や石碑が浮かび上がる。

 中にひときわ立派な墓所があり、その前には石でできた鳥居。

 根元には、説明用の木の杭が立っている。

 

『奥州 仙台 伊達家墓所』

 

「おっ、伊達か。政宗もカッコええなあ」

「あのOGの先輩、怖かったですね……」

「うーん、伊達先輩も根はええ人なんやけどな」

 

 それで恐怖心を思い出したわけではないが、先に進むにつれて花歩は不安になってきた。

 薩摩は島津家、甲斐は武田家の墓所を通り過ぎ、その先も墓、墓、墓。

 樹木の影は両側から覆ってくるようだ。

 

「な、なんか雰囲気出てきましたね」

「怖なってきた? それでこそ肝試しやで。花歩を連れてきて正解やな!」

「ううっ、そんなことで評価されても。ぶ、部長は怖いものとかないんですか?」

「雷もお化けも平気やしなあ。強いて言うならまんじゅうが怖い」

「はいはい、お茶も怖いんですね」

「あとグロいのは普通に無理やで」

「それが平気な人は少ないですよ……」

 

 羽虫がまとわりつくのを手で払い、少し広くなったところに先客がいた。

 観光客のナイトツアーのようで、お坊さんが懐中電灯を手に解説している。

 人の存在に少しほっとして、横を追い越していく。

 

「こんばんはー」

「Good evening」

「グ、グッドイブニング」

 

 暗い中で浮かんだ顔は、ほとんどが外国人のようだ。

 私英語苦手やねん、私もですー、なんて小声で話しながら、先へ進んだときだった。

 今頃になって、花歩は当初の目的を思い出した。

 

(そう! 怖がるついでに抱き着くんやった!)

(そもそも二人きりで夜の道なんやから、少しはロマンチックにせな!)

(とはいえタイミングが遅かったなあ……なんか一安心した後やし)

(ここからどう抱き着く展開に持っていくのか、考えるんや花歩!)

 

 足元がおぼつかないので、転んだ振りの方がまだ自然だろうか。

 しかし足がもつれた状態で、正確に抱き着ける自信がない。

 本当に転んで、石畳に顔をぶつけでもしたら目も当てられない。

 と、顔面に意識が向かったとき……

 

 べし

 花歩の顔に何かが当たった。

 2cmくらいの何かが、頬に張り付いている。

 そのチクチクした感覚は、まさか、もしかして。

 

(昆虫の、足……)

 

「$%&#<>*+@▽★!!??」

「花歩!?」

 

 この世のものとは思えぬ悲鳴に、立火が慌てて覗き込んだ。

 大パニックで暴れる手を止めさせて、代わりに頬の黒い何かを取り除く。

 

「何や、カナブンか。ほーら飛んでけ」

「うわあああん! 部長~!」

「よしよし、もう大丈夫やで」

 

 必死で抱き着いてくる後輩の頭を、優しく撫でる。

(こんな妹がいたら、ずっと一緒にいられたんやけどな)

 なんてことを、あと七か月でお別れする先輩は考えてしまう。

 と、先ほど追い越した団体から、僧侶が心配そうに懐中電灯を向けてきた。

 

「き、君たちどうしたの!」

「顔面にカナブンが突っ込んできただけです! お騒がせしました!」

「ああ……何や、そういうこと」

 

 僧侶が客たちに英語で説明し、夜の高野山にひとしきりの笑いが響いた。

 

「HAHAHAHA! Japanese girl is so cute!」

「ううう、恥ずかしいよぉ~……」

「あはは、ええオチがついたな。そろそろ戻ろか?」

 

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