ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート4 二年生の二つの話(後) ☆

 翌日、練習後のミーティングにて。

 小都子の方を見もせず、晴は淡々と皆に提案を述べた。

 

「そ、その話は四月に終わったんとちゃうの?」

 

 今さら練習時間を延ばすという案に、桜夜は困惑気味だ。

 立火も何で蒸し返すのかという顔をしている。

 

「お前、四月は逆のこと言うてたやないか」

「あの時は部員を集める必要があっただけです。

 今は既に集まっていますし、あの場にいなかった一年生にも聞くべきです」

 

 晴の三白眼は、木曜で出勤していたつかさへ向いた。

 

「つかさはもちろん対象外やから、気にしないでくれ」

「は、はあ……そうさせてもらいます」

「うちは賛成です! さすが晴先輩や、もっともっと練習したいです!」

 

 深く考えてなさそうな勇魚が、満面の笑顔で手を上げる。

 

「うち、新曲もなかなか上達せえへんし! 確かに今の倍は練習せな、地区予選のステージなんて立てません!」

「ち、ちょっと勇魚ちゃん。気持ちは分かるんだけど」

 

 と、姫水が割って入ってくる。

 

「朝は一時間早く家を出るってことなのよ? 汐里ちゃんと一緒に朝ご飯食べられないわよ」

「あ、そっか。汐里は寂しがるやろか……でも全国行くためやし……」

「それに岸部先輩。長く練習すれば良いわけではないという調査結果もあると思いますが」

「もちろんダラダラ薄い練習はせず、効率的にやるのは大前提や。

 しかし効率的に一日四時間練習するグループと、二時間しか練習しないグループ。

 勝つ可能性が高いのはやはり前者やと思う」

 

 そう言われると、姫水も明確には反論できない。

 今だって土曜や夏休みは四時間練習しているのを、平日にも適用するだけだ。

 ガイドラインには反するけれど、どうせ強豪校はどこも守っていないのだろうし……。

 

「花歩ちゃんはどう思う?」

「え!? そ、そうやなー」

 

 振られた花歩の頭の中では、先ほどから天使と悪魔が争っていた。

 

『確かに今までちょっとぬるかったと思う!

 私みたいな凡人は死ぬ気で努力しないと、結局何にもなれへんねん。

 ラブライブは遊びとちゃうんや!』

『えー、でも、六時半に家出なあかんし……。

 お母さんにそこまで負担かけられへんから、お弁当も自分で作るんやで……キツい……』

 

 争いに決着はつかず、先輩たちに丸投げする。

 

「わ、私は、部で決めたことなら不満はないかなー」

「そう……」

 

 特に反対の出ないまま、晴の視線は夕理へと向く。

 

「夕理はむしろ、自分から提案するかと思ってたんやけど」

「た、確かに努力を尽くすのは大事なことですが」

 

 でも、いくら対象外といっても、つかさがますます居辛くならないだろうか。

 それに、先ほどから押し黙っている小都子が気になるけど……。

 しかし『お前がスクールアイドルにかける想いはその程度なのか』と言われそうで、夕理も反対はできなかった。

 

「そうですね……勝つ可能性は上げられるとは思います」

「え、みんなOKな感じなん?」

 

 立火はううむと腕を組む。

 それならむしろ、やらない理由はない。本気で全国を目指すならば。

 受験はかなり苦しくなるが、部長が弱音は吐けない。

 隣の桜夜も仕方なさそうにしている。

 

「小都子はどうや」

 

 晴の言葉に、立火が慌てて顔を上げる。

 確かに、去年既に経験しているとはいえ、改めて確認すべきだ、が……。

 普段柔らかく微笑んでばかりの彼女が、今は顔色悪く、膝の上でぎゅっと拳を握っていた。

 

「小都子?」

「わ、私は……」

 

 怪訝そうな立火に、返す声がわずかに震える。

 

(晴ちゃん……)

(これが目的やったん……?)

 

 選べというのか。

 去年は流されるままだった自分に、今度こそ明確に選べと。

 小都子自身はあの時から何も変わってないのに。

 

 でも、去年とは根本的に違うのは……。

 真っすぐで、嘘を嫌う潔癖な後輩が、心配そうにこちらを見ていることだった。

 

「私は……反対です……」

「え……」

 

 だから正直に言うしかないし、言うことができた。

 驚いている立火に、小都子は自分の非力を正直に晒す。

 

「ごめんなさい。そこまで練習時間を増やされると、勉強と両立できません」

「去年と同じ時間やないか」

「――っ!」

 

 晴が容赦なく追い詰めてくる。

 確かに小都子の言いようは、皆に一つの疑問を持たれる。

 去年は両立できていたのか、と。

 

「去年の、部活動は……」

 

 きっと立火と桜夜を傷つける。

 だから誰にも言わず、墓場まで持っていくつもりだったのに。

 

 ……ああ、だから晴は怒っているのか。

 仲間だ友達だと言いながら、心を隠して周りに良い顔ばかりしている自分に。

 そして夕理も、知ればきっと怒るだろう……。

 

 それを認識した時、小都子は栓が抜けたように一気に話し出した。

 

「――私にとっては、生き地獄でした」

 

 

 *   *   *

 

 

「そ、そう。七恵も辞めたいんや」

「うん……もうついていかれへん……」

 

 十一ヶ月前、朝から晩まで練習漬けの夏休みはようやく終わった。

 しかし二学期になったら、今度は授業と並行しての厳しい日々。

 我慢の糸が切れたように、友達が相談に来たのは文化祭の前だった。

 

「でも私が辞めたら一年生は小都子だけやろ? それが心残りで……」

「ま、まあ、晴ちゃんもいるから」

「あいつは練習してへんし、用がない時はさっさと帰るやないか。

 ねえ、小都子も一緒に辞めない? 一年生なのに全然気遣ってくれへんし、部長ひどすぎや」

「私――は」

 

 迷う振りはしたが、小都子に選択肢はなかった。

 だってWestaに入るために、住之江女子へ来たのだから。

 部を辞めてしまったら、何のために父の反対を押し切ったのだろう。

 この後の二年半、自分はこの学校で何をすればいいのだろう。

 

「私は……もう少し頑張ってみる。七恵のこと、私から部長に言うとこか?」

「いいの? ありがとね、小都子はほんま優しいなあ」

 

 文化祭でのデビューは無事こなして、先輩たちからも褒められたが、小都子の心に喜びはなかった。

 四人いた一年生が一人になって、どうして嬉しく思えるだろう。

 それでも上手に作り笑いを浮かべ、日々の猛練習に消耗していく。

 勉強のためには睡眠時間を削るしかなく、そして中間テストの後――

 

 

「今すぐ部活を辞めなさい」

 

 12位。

 ついに二桁に落ちた成績に、父は問答無用にそう言った。

 言い返したかったが、喉がひりついたように何も声が出ない。

 何より小都子自身も順位がショックで、落ちくぼんだ目と真っ青な顔を、母が心配そうに覗き込む。

 

「小都子。あなた最近ずっと辛そうやないの」

「そ、そんなことは……」

「楽しくない部活に何の意味があるんや。こんな無理を続けて、一体何になるの」

「た、楽しいで? みんな一生懸命頑張ってて、私はその一員で……」

 

 全国へ行くため、毎日必死で努力する部員たち。

 それは漫画やドラマなら美しい物語で、感動的なラストが待っているはずだ。

 なのに小都子の憔悴しきった顔は、親に対して何の説得力もなかった。

 父が苛立たし気に椅子から立とうとする。

 

「もうええ! お前が言い辛いんやったら、わしから学校に抗議してやる!」

「ま、待ってお父さん!」

 

 立ち上がる前に、小都子が床のじゅうたんに身を投げ出した。

 震えながら土下座する娘に、両親ともに絶句する。

 

「小都子……」

「お願いします。次は頑張るから……。

 ずっと入りたかったWestaなのに、辞めたら私には何も残らへん……。

 お願いします、お願い……」

 

 半泣きになっている小都子は、傍から見ても相当危うかったのだろう。

 これ以上追い詰めるのはまずいと思うほどに。

 

「……勝手にしなさい」

 

 それだけ言って部屋を出て行ったのは、両親の優しさだったと思う。

 片側の圧力がなくなったお陰で、小都子は辛うじて窒息せずに済んだ。

 

(私は、Westaが好き)

 

 そう自分を洗脳しながら、生き地獄は冬に地区予選で負けるまで続いた。

 

 三学期は何となく四人とも手持ち無沙汰で、練習時間は元に戻り、生気も徐々に回復していった。

 そして新しい年度――。

 

 

 *   *   *

 

 

「去年以上に練習を増やすと、立火先輩が言い出した時は血の気が凍りましたし。

 翌日に撤回された時は、心から安堵しました」

 

 堪えきれず、涙が一筋だけ目から落ちる。

 ずっと頑張ってきた立火に、こんなことを言いたくはなかったのに。

 現に言われた側は、顔面蒼白になって震えている。

 苦しいのは、自分一人で良かったのに……。

 

「小都……子……」

 

 椅子から立った立火だが、歩くことはできずにその場へ崩れ、正座の状態で深々と頭を下げた。

 

「ごめん……私は、そんなこと全然気づかへんで……。

 小都子は根性あるんやなとか、呑気なこと考えてて……っ」

 

 小都子は口を抑えて、ふるふると首を横に振る。

 これ以上は、何を話しても泣き出してしまいそうだった。

 桜夜もまた、打ちひしがれてやるせなく叫ぶ。

 

「たっ……確かに私たちも悪かったけど!

 でも言うてもらわな分からへんやん! 辛いって、ひとことでも言うてくれてたら私だって……!」

「……私は、この部のことが好きです」

 

 小都子はやっとの思いで、かすれた声で言う。

 

「大好きやから、嫌いになりたくなくて。

 辛いなんて認めたくなくて、ずっと……」

 

 みなまで言い終わる前に、桜夜は泣きながら小都子を抱きしめていた。

 

「ごめんね小都子、ごめん……」

 

 泣き虫の桜夜のせいで、小都子の最後の堰も溶けていく。

 ぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽を始めた彼女を、一年生はそれぞれの表情で見つめる。

 

【挿絵表示】

 

 そしてこの場で一人だけ――

 やっと残していた宿題を終えたように、晴がかすかに微笑んでいた。

 

 

 *   *   *

 

 

「全部、計算通りやったん?」

 

 まだ少し赤い目のまま、帰りの昇降口で晴にかけた言葉は、感謝とも恨みともつかなかった。

 靴を取り出しながら、いつもの鋭い眼がじろりと向く。

 

「そんな事はない。あの提案が勝つために有用やったのは確かや。

 小都子が嘘を続ける気ならもう知らん。遠慮なく勝利を目指すつもりやった」

「ほんま、ひどい人やねえ」

 

 そう言いながらも、小都子は吹っ切れたように笑う。

 無理ですと正直に言った結果、練習時間は今まで通り。

 このせいで全国行きの可能性は下がったのかもしれない、けど……。

 ずっと抱えていたものを吐き出して、身が軽くなったことを否定できなかった。

 

「ねえ晴ちゃん。私は……」

「お前が我慢ばかりしていたのが、三年生がそれを知らないままでいたのが、個人的に気に食わなかっただけや。

 すべては私の勝手な押し付け。

 せやからお詫びに陶器市に付き合ったやろ。それで勘弁してくれ」

「……もう、かなわんなあ」

「ところでそこの二人、立ち聞きはあかんで」

 

 下駄箱の影から、照れ笑いを浮かべた勇魚と、不満そうな夕理が出てきた。

 夕理は無念の表情で、尊敬する先輩に話す。

 

「小都子先輩の過去の闇は薄々感じてましたけど。

 踏み込めないうちに岸部先輩に先を越されました。私が解決したかったです」

「い、いややねえ大げさな。その気持ちだけで十分やで」

「でも一番悪いのは去年の部長ですよね! 今からでも文句言うたらええと思います!」

「……まあ、地区予選の後に謝ってくれたからね」

 

『特に小都子は、一年生なのに負担かけてすまんかったな』

 

 泉部長がどこまで把握していて、どの範囲までの謝罪だったのかは分からないけど。

 去年の三年生へのわだかまりも、先ほどの涙と一緒にもう消えていた。

 そんな小都子と晴を見比べながら、勇魚が朗らかな笑顔で言う。

 

「やっぱり晴先輩は、小都子先輩を大事な友達と思ってるんですね! なんだか嬉しいです!」

「何を勘違いしているのか知らんけど、私に友達はいないし必要もない」

「あっそ。私は晴ちゃんを友達やと思ってるけどね」

「それは小都子の勝手や。けど、まあ……」

 

 表情も声も特に変わらないのに。

 晴の言葉は、いつもより少し柔らかく聞こえた。

 

「小都子は私が今まで会った中で、最大級に良い奴やからな。

 客観的に見て、幸せになってしかるべきとは思ってる」

 

 勇魚は嬉しそうに、夕理は実にごもっともという顔でうなずいている。

 そして小都子は微笑みながらも、少しだけ影があった。

 

 

 自転車置き場で二人きりになった途端、晴の背中に、小都子はとんと頭を載せた。

 

「小都子?」

「私、そこまで良い奴とちゃう」

「………」

「勉強で晴ちゃんに勝てないのが悔しい。

 私がおろおろするしかない時、いつも冷静に対処できるのが悔しい。

 今回も結局、一方的に助けてもらっただけなのが悔しい。

 ……あなたが羨ましくて、妬ましい」

「お前は誰からも人望があって、顔は美人で、家は金持ちなのに?」

「無いものねだり、なんやろか」

「無いものねだりや」

「うん……」

 

 額を相手から離して、小都子は精一杯の笑顔を作る。

 

「ねえ晴ちゃん。何か秘密を教えてもらえへん?」

「藪から棒やな」

「焼き物の話は桜夜先輩に知られてしもたやろ。代わりに何でもええから……私だけが知ってる晴ちゃんが欲しい」

 

 晴は無言で、自転車を押して歩き出した。

 やっぱりあかんか、と小都子が諦めかけるのと、晴の口が開いたのは同時だった。

 

「十歳の時に母が死んで、ずっと父子家庭なこととか?」

「え――」

 

 並んで歩きながら、晴は抑揚のない声で語り出す。

 

「別に悲しくはなかった。

 人はいつか死ぬものやし、本人の運転ミスによる事故死で、誰を責めようもなかったからな。

 でも葬式の場で、親戚一同からは一斉に非難された」

 

 言葉を失う小都子の隣で、彼女は自嘲的に笑う。

 

「人情の町大阪では、情のない人間はそれだけで悪らしい」

 

『親が死んでも涙の一つも流さへんなんて! この子ちょっとおかしいやろ!?』

『どこまで冷たい子なんや。何かの施設で矯正した方がええんとちゃうか――』

 

「父はかばってくれたが、『現実を受け止められないだけなんや』とか、ピントのずれた方向でな」

「そ、そう……」

「それからも父は、片親で寂しくないようにと、よく登山に連れていってくれたりしたけど。

 中学に上がった時に、正直に言った」

 

『父さんは親としての務めを立派に果たしていると思う。

 せやけど私は普通とちゃうんや。一人を苦にしないし、一人でも寂しくない。

 正直なところ、登山はあまり面白くない。お互い自由に行動した方が理にかなってる。

 薄情な娘やと自分でも思うけど……これが私なんやと認めてくれると嬉しい』

 

「晴ちゃん……」

「父は納得してくれて、今は子連れでは行けないような山を存分に楽しんでる。

 家の中で会えば挨拶くらいはするし、良好な関係やと思う。

 私の家庭事情はそんなところ」

 

 どう返せばいいのか迷っている小都子を、晴は自転車に乗りもせず、押して歩きながら待っていてくれた。

 校門を出たところで、ようやく何とか口を開く。

 

「……ありがとう。話してくれて」

「別に隠すことでもない」

「私も、晴ちゃんは晴ちゃんやって認めてる。否定なんてするつもりはないんや。

 でも……私からは大事な人やって、友達やって思うことも、認めてくれる?」

「さっきも言うたやろ。小都子の勝手や」

「うん……勝手にするね」

 

 友達へと差し出した右手を、晴は一応という感じで握り返す。

 別れの挨拶をして、自転車は別方向へ走り出した。

 

 夏の風を切りながら、小都子は心から思う。

 

(ああ――晴ちゃんがいてくれて、ほんまに良かったなあ)

 

 三年間を共に過ごす、ただ一人の相手。

 その事実だけは、お互いに変わらないのだから。

 

 *   *   *

 

 

 自分の部屋に戻り、一息つく。

 小都子にとっては激動の一日だった。

 一年生の前で泣いてしまったことで、少し恥じ入ると同時に、もう無理に笑わなくていいのかなとも思う。

 と、お手伝いさんが戸をノックした。

 

「今日は旦那様も奥様もいらっしゃいませんけど、お夕飯は食べたいものあります?」

「あ、それやったら、そうめんをお願いできますか」

 

 名家の夕食らしからぬ選択に、困ったような顔をされる。

 

「確かにたくさん残ってますけど、そないな気を使わへんでも」

「いえいえ、そういうわけやなくて、これ」

 

 昨日のままの包みを開けて、清水焼の蕎麦猪口を取り出した。

 笑顔のお嬢様に、お手伝いさんも目を細める。

 

「あらまあ、ええ器やねえ」

「なかなかいいでしょう? 昨日買うてきたんです――友達と一緒に」

「分かりました、最高のおつゆを入れますね」

 

 蕎麦猪口を受け取って、お手伝いさんは台所へ戻っていった。

 戸を閉めて振り向いたとき、今の自分が窓ガラスに映る。

 部のことが大好きな、本当の橘小都子だ。

 

「……よし、勉強するで!」

 

 部活と勉強の両立は、高校生にとって永遠のテーマだ。

 今回はこういう選択になったけど、決して諦めたわけではない。

 アキバドームも、親との約束である旧帝大も。

 

 小都子は猛然と机に向かう。

 いつか晴に勝つ日まで、今はただ頑張ろう。

 そして美味しいそうめんを食べて、この夏を乗り切ろう!

 

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