ラブライブ!WEST!!   作:ガテラー星人

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パート5 先輩の家にお泊まり ☆☆

「悪いけど、明日は模試やから部活は休むで」

 

 部活が始まる前の待機中に、立火から報告があった。

 そういう単語を聞くと、部長も受験生なのだなと実感してしまう。

 色々聞いていいのか迷う花歩だが、図々しい勇魚が先に聞いた。

 

「先輩はどこの大学を受けるんですか!」

「う……実はまだ決めてへんねん」

「は?」

 

 呆れた目を向けるのはもちろん夕理である。

 立火は冷や汗をかきながら、進路事情を説明する。

 

「私は公務員志望やからな。学部はどこでもええゆうたらええんや」

「公務員って、まさか……」

「もちろん大阪市か大阪府の職員や! 私の手で大阪をより良くするで!」

『おーー』

 

 長居組の三人は拍手するが、夕理の目は変わらず冷たいままだ。

 

「失礼ですけど、無駄な箱物を作りそうで不安なんですが」

「ほんま失礼やな! 住之江で反面教師を散々見てるんやから、そんなんせえへんって」

 

 まあ試験の倍率は厳しいが、そこは大学に入ってから必死に勉強するつもりだ。

 今はとにかく部活を頑張りつつ、入れる大学に入るしかない。

 魔法瓶から冷たいお茶を入れながら、持ち主へと問いを投げる。

 

「小都子は議員を継ぐの?」

「うーん、最近は世襲に厳しいですからねえ。性格的に政治家向きとも思えませんし……」

「いえ、小都子先輩のような清廉な人こそ議員になるべきです! 世襲なのはこの際目をつぶります」

「あ、ありがと夕理ちゃん。まあ、ゆっくり考えるつもりや」

「おはよー。何の話?」

 

 登校してきた桜夜に、全員の心配そうな目が向く。

 

「進路の話や」

「いたたたた。急にお腹が」

「お前、明日の模試ほんまに受けなくてええの?」

「だってどうせ、ろくでもない点数取るだけやし……」

 

 桜夜は鞄を下ろすと、姫水に近づいて猫なで声を出した。

 

「ねー姫水、私ってモデルとか向いてると思わへん? 可愛いし」

「芸能界に興味がおありですか?」

 

 姫水は少し嬉しそうに、自分がいた業界へと手招きする。

 

「桜夜先輩なら、モデルになるだけなら容易だと思います。

 でも大半は食べていけず、アルバイトをしながら続けているのが現状です。

 歳を取れば当然仕事も減っていきますし、安泰など望めないでしょう。

 それでも素敵なお仕事です。良かったら事務所を紹介しましょうか?」

「あ……ええと……またの機会に……」

 

 あっさり逃げに転じる桜夜に、姫水はそうですか……と残念顔だ。

 立火が呆れたように軽く手を振る。

 

「ムリムリ。桜夜にそんな厳しい世界が務まるわけないやろ」

「ほっといて! でもまあ、楽に稼げる仕事に就きたいなあ」

 

 甘ったれたことを言いながら、桜夜もお茶を入れて椅子に座った。

 まだ晴が来ていないのを見て、不毛な愚痴を始める。

 

「晴はIT系に進むんやって。あいつなら引く手あまたやろ。

 不公平やと思わへん!? 頭のいい奴は進路がいくらでもあって、顔のいい奴は何で狭き門しかないの!?」

「そこは金持ちの男をつかまえて玉の輿狙いでしょ……ってつかさちゃんなら言いそうですよね」

 

 本人は今日も休みなので、花歩がゲスな意見を代弁する。

 だが桜夜的にはその進路もあり得ないようだ。

 

「さすがに好きでもない相手と一緒になるのはないわー。玉の輿狙う人って、ある意味メンタル強すぎやろ」

「アホなことばかり言うてへんで、少しは真面目に考えや」

「へーい……」

 

 そうこうしている間に晴が来て、今日も活動が始まった。

 

 

 *   *   *

 

 

『フラワー・フィッシュ・フレンド 私たちは友達

 フラワー・フィッシュ・フレンド 輪になって踊るよ』

 

 サビの部分、センターの立火を中心に、花歩と勇魚がくるくると回る。

 だが、じっと見ていた晴が何回目かの停止をかけた。

 

「勇魚、今度は手の向きが逆や」

「あ、しもた! えへへー、すみません」

(勇魚ちゃん、ほんまに大丈夫かなあ……)

 

 まだ時間はあるとはいえ、本人が前向きすぎて危機感に欠けるのがちょっと不安だ。

 衣装案も見せてもらったが、ひまわりがついた半魚人みたいな格好で、心を鬼にして駄目出しした。

 それでも一切めげないのが勇魚の良いところではあるけど……。

 

 そして午前の練習は終わり、部室でお弁当を食べている最中。

 

「部長、最近面白い漫画ってありますか?」

 

 何気なく尋ねた花歩だが、直後に後悔した。受験生に何を聞いているのか。

 だが聞かれた方はノリノリで答える。

 

「今一番アツいのは、キン肉マンやな!」

「は……はあ」

「ジャンプの連載が終わってから24年ぶりにWebで復活したんやけどな。

 これが連載中以上に面白くて、この前なんて昔は雑魚やったキン肉マンビッグボディが、幻の必殺技メイプルリーフクラッチで敵をマットに沈め……」

「そ、そうなんですか」

「作者のゆでたまご先生は、なんと住之江小学校の出身なんやで!」

 

 熱く語ってから、引き気味の周囲に小声になる立火である。

 

「あ……ごめん。花歩は少年漫画とか読まへんかった?」

「そ、そんなことないです。ワンピースとかナルトとか読んでますよ!」

「そうか! なら絶対おすすめやで!」

「確か、通天閣に展示がある作品ですよね」

 

 先日勇魚と一緒に登ってきた姫水が、思い出しながら尋ねた。

 

「そうそう。大阪出身の縁で新世界100周年のイベントに出たんや。スパワールドにもあるで」

「いきなりムキムキの男性像があって驚きました」

「まあ、プロレス漫画やからね……」

 

 ムキムキと聞いて少し不安になる花歩だが、せっかくの部長のおすすめだ。

 それに好きな人が好きなものには、自分だって触れておきたい。

 

「きんにくまんですね! 今度、漫画喫茶で読んでみますね」

「い、いや、ちょっと待つんや」

 

 一巻から読み始める花歩を想像して、立火は思わず止める。

 正直、初めの方はあまり面白くないのだ。

 

「連載開始が1979年やから、今見るとめっちゃ古いねん。

 しかも当初ギャグ路線やったのが、途中から格闘路線に変わった口で……」

「あ、よくありますよね」

(どうする……初期は飛ばして超人オリンピックから読ませるか……?

 でもブロッケン真っ二つとかグロいしなあ……。

 第2回もペンタゴンとかラーメンマンの流血を、花歩に読ませていいものか……)

 

 悩んだ立火は、ぽんと膝を打って結論を出した。

 

「よし花歩、今度うちに泊まりにきたらええわ」

「え……えええええ!?」

「うちに全巻揃ってるから、私がフォローしながら読むのがええやろ」

「い、いいんですかっ!」

「今さら何を遠慮してるんや。部員は誰でもウェルカムやで」

 

 漫画の話から思わぬ展開になった。

 お泊りという大イベントに、勇魚と姫水も祝福を送る。

 

「花ちゃん、良かったね!」

「めいっぱい満喫してきてね」

(漫画喫茶代わりだけに満喫やね……いや、これ言うたら姫水ちゃんに呆れられる)

 

 小都子が姫水との距離を測りかねてる一方、不満そうなのは桜夜である。

 

「もー、家近いからって立火ばっかズルいで。

 ねえ花歩、私んち泊まって少女漫画読もう! 水沢めぐみ先生の最高傑作はおしゃべりな時間割とか、そういう話しよ!」

「あ、あはは。またそのうちに……」

「桜夜が読む漫画って、惚れたの腫れたのばっかやないか」

「それ言うたら立火が読むのって、戦ったり必殺技撃ったりばっかやろ!」

 

 そうして漫画談義をしながらランチの時間は終わる。

 ずっと黙っていた夕理に、最後に立火が声をかけた。

 

「夕理も良かったら読みに来てええで」

「高校生にもなって漫画なんか読みません」

「言うと思った!」

 

 

 *   *   *

 

 

(か、髪型変とちゃうかな……)

 

 とんとん拍子で話が進み、翌日いきなり泊まることになった。

 部活を終えて皆が帰った後、誰もいない視聴覚室で立火を待つ。

 何だかロマンティックな状況だ。

 

 落ち着かずに歌の自主練などをしていると、ほどなくして立火が現れた。

 

「お待たせ! いい美声が聞こえてきたで」

「あわわわ。お恥ずかしいところを」

 

 迎えに来てくれた先輩は、普段にもましてイケメンに見えた。

 

「も、模試はどうでしたか?」

「まあまあの手ごたえや。

 地区予選のせいで期末テストはボロボロやったから、ここから調子上げてかんとなあ」

「私は何もできませんけど、応援してますから!」

「あはは、百人力やな! りくろーおじさんの店寄ってっていい?」

「あ、はいっ」

 

 大阪では有名な焼きたてチーズケーキを買って、徒歩数分で広町家。

 泊まるのは初めてだが、家自体にはファーストライブ以降何度か寄っている。

 出迎えてくれた立火の母と祖母も既に顔なじみだ。

 

「今日はお世話になります! これ、岐阜の田舎で買った栗蒸し羊羹です」

「あらあら、わざわざありがとうね」

「ま、狭い家やけど、ゆっくりしていきや」

 

 部屋へ行き、こもっていた熱気に、立火はすぐにエアコンをつけた。

 

「昔は扇風機とうちわでしのいでたんやけどな。さすがに最近はあかんわ」

「やっぱり地球温暖化なんですかねえ」

「せやなあ。飲み物入れてくるから、座って待っててや」

 

 先輩の部屋に一人残され、何だか緊張する。

 前に来たときも上げてもらったが、相変わらずシンプルな部屋だ。

 装飾は阪神の選手のポスターくらいしかない。

 

(そこの机でいつも勉強してはるんやなあ……)

(あのタンスの中に部長の服が……)

(私がつかさちゃんやったら、家宅捜査や~とか言うて勝手に開けられそうやけど)

(……ううっ、私にはそんな度胸はないで)

 

「お待たせ~」

「はいいいいい!!」

 

 心臓が飛び出しかけた後輩の前に、立火はニヤニヤしながらお盆を置く。

 

「ん~? 家捜しでもしてたんちゃうか?」

「してません! してませんってば!」

 

 チーズケーキとアイスティーをお供に、さっそく読書タイムに入った。

 本棚に並んだコミックスから、立火が取り出したのは第八巻である。

 

「このへんから読むのがええやろ。興味が出たら前の巻も読んだってや」

「はいっ」

「登場人物は超人といって、人の力を超えたヒーロー的な存在で……」

 

 残虐なシーンは立火が注意しながら、正義超人たちの戦いを読み進めていく。

 最初は古さに戸惑ったものの、そこは往年の名作。すぐに花歩も夢中になり始めた。

 数冊読み終わったところで、もう大丈夫やろと、あとは自由に読ませる。

 勉強を始めた立火の後ろで、しばらくして声が聞こえた。

 

「ああっ、ウルフマンが死んじゃった……。ええ人やったのに……」

(すぐ生き返ったりまた死んだりするのは黙っておこう……)

 

 

 *   *   *

 

 

「花歩ちゃん、先にお風呂入ってええで」

「あ、はーい。部長、お先に失礼します」

「ゆっくりするんやでー」

 

 よその家のお風呂というのはさすがに緊張する。

 体を洗いながら、ついシャンプーの銘柄などをチェックしてしまう。

 

(部長も毎日、このお風呂に入ってるんやな)

(ちょっとドキドキ……)

(……あんまりせえへんな)

 

 よく考えたら合宿でも一緒に入ったのに、特に何もなかった。

 他にも大勢いたというのもあったけれど。

 

(やっぱり私の部長への気持ちって、ただの憧れなのかなあ)

(……恋とか、私にはよく分からへん)

 

 湯船に浸かりながら、ぼんやりそんなことを考える。

 立火のことが好きだ。

 先輩として尊敬してるし、一緒にいるだけで楽しい。

 

 だったら今は、それで十分なのかもしれない。

 恋が幸せなだけのものではないって、それこそ漫画でよく読んだことだし……。

 

 

 夕食前に、立火の父が仕事から帰ってきた。

 

「よっ、いらっしゃい」

「お邪魔してます! 高野山の時はありがとうございました」

「いやいや、お安いご用や。

 それにしても周りが女ばっかでおっちゃん不安やで。花歩ちゃん、優しくしたってや」

「は、はあ……」

「アホなこと言うてへんで、早よお風呂入ってきて!」

「ははは」

(相変わらず親子で仲ええなあ)

 

 夕ご飯は花歩が好きな鶏の唐揚げを出してくれた。

 話の中心は当然花歩になり、大人たちから質問攻めにされる。

 部活楽しい? 歌詞ってどうやって書くの? 得意教科は? 立火はちゃんとやれてる?

 そのへんにしとき、と立火が止めるも、あと一つだけ、と母が近い未来のことを聞いた。

 

「文化祭、花歩ちゃんのクラスは何するの?」

「縁日です。輪投げとか的当てとかですね」

「ええなあ。こんなおばさんでも遊びに行っていい?」

「是非いらしてください! そういえば、部長のところはどうなんですか?」

「あ……しもた。まだ聞いてへん」

「ええ……」

 

 あの時は地区予選に追い詰められて、それどころではなかった。

 ごまかし笑いを浮かべながら、相方のことに話題を変える。

 

「もうすぐ登校日やからその時に聞くわ。桜夜のとこはたこ焼き喫茶らしいで」

「まさかあの子、自分で焼くんとちゃうやろな」

 

 祖母の渋い顔に、花歩は桜夜の料理の腕を察した。

 もっとも本人の性格的にはウェイトレスの方だろう。

 たこ焼きの話題が出たところで、父が時事ネタを繰り出した。

 

「何にせよ、脱税さえしなければ問題ないやろ!」

『あははは……』

 

 先月、大阪城内のたこ焼き屋が、一億円以上を脱税して告発されたのだ。

 他のみんなは苦笑していたが、ひとり口をとがらせているのは立火である。

 

「アッッッホやなあ、あの店! 税金くらい払えっちゅーねん!

 あそこが閉店したせいで、大阪らしい屋台が全然なくなったやないか」

「天守閣前の店もミライザに移りましたもんね」

「今の大阪城はスタバだのイタ飯屋だのが出来て……あんなん大阪城とちゃうわ」

「頭の固い孫やなあ。若い子はたいてい喜んでるやないの、スタバ」

「私は嫌やねん!」

 

 普段の部活よりちょっと子供っぽい立火は、家族の前だからだろうか。

 何だか新鮮な花歩の傍ら、祖母はしみじみと言う。

 

「時代ってのはそうやって変わってくもんやで。

 あたしゃグランフロントよく行くんやけどね、花歩ちゃんはどうや?」

「あ、私も妹と時々行きます。最初できた時は、大阪にもこんな場所が!って感動しました」

「ええー? あんな東京っぽいお洒落なビル、大阪には似合わへんわ」

「立火、お前ねえ」

「古き良き大阪が失われていく……」

「十八年しか生きてへん小娘が、なーにが古き良き大阪や!」

 

 呆れ切った祖母は、茶碗と箸を置いて真面目な顔で言った。

 

「立火、前から思ってたんやけどね。

 お前は視野が狭すぎや。大学は大阪の外、いや関西の外へ行った方がええわ」

「ち、ちょっと婆ちゃん。いきなり何を言い出すんや」

 

 うろたえる立火だが、両親まで『うん確かに』とうなずいている。

 実家暮らしを続ける気満々だった娘は、焦って抗弁した。

 

「うちにそんなお金ないやろ? ちゃんと家から通える範囲で考えて……」

「お前、俺の稼ぎを舐めすぎやろ。まあ多くはないけど……娘を一人暮らしさせるくらいはあるわ!」

「お母さんが入院費ばかりかかって、今まであまり贅沢させられへんでごめんね。

 でも、もうずっと体調もええんや。立火がいなくても大丈夫」

「お母ちゃんまで何言うてんの!?」

「もちろん無理に出て行けとは言わへんけど、でもね……」

 

 そう言って、母はちらりと花歩の方を見た。

 

「この家は高校に近すぎる。ここにいたら、あんた部活に顔出したくなるやろ?」

「そっ……それは……」

「ああ、それはあかんわ。引退したのに顔出すOGなんて鬱陶しいだけや」

「そ、そんなことないです!」

 

 祖母の言葉に、花歩は思わず反論する。

 全員の目が向く中、赤くなりながらも正直に言った。

 

「鬱陶しいなんて全然思わないです。部長が部長でなくなっても、毎日遊びに来てほしいです……」

「ありがとう、花歩ちゃん。うちの娘をそこまで慕ってくれて」

 

 儚い雰囲気の立火の母は、しかし引くことなくきっぱりと言った。

 

「でもね二人とも、けじめはつけないとあかんよ」

 

 立火も花歩も、息をのんだまま何も言い返せない。

 

「本気で好きになれる部活が見つかったのは、とても素晴らしいことやと思う。

 だからこそ、けじめはきちんとつけなあかん。

 ――高校を卒業するっていうのは、そういうことなんや」

 

 

 *   *   *

 

 

「大阪を出る、かあ……」

 

 部屋に戻った立火は、寝転んで天井を見つめた。

 パジャマに着替えた花歩が、その隣にちょこんと座る。

 

「ごめんな。せっかく遊びに来てくれたのに、変な話して」

「いえいえ滅相もない! むしろ部長の人生を決める岐路に、私なんかがいてすいませんっていうか」

 

 そう言いながらも、少しでも関われるのは正直嬉しい。

 大人たちの言ったことは、寂しいけれど間違ってないと思う。

 後輩としてできるのは、背中を押すことなのだろうか……。

 

「よ、他所に行くとしても四年だけですよね! 大学を卒業したら大阪に戻ってくるんですよね」

「そうやな。他の都市の文化も学んで、それを武器に公務員試験を受けるのもええのかもな……」

 

 呟くように言ってから、すぐにごろんと横を向く。

 

「でも東京だけは行きたないなー」

「なら間を取って名古屋とか?」

「名古屋か! なかなか良さそうやな、よく知らんけど」

 

 がばっと勢いよく身を起こす。

 大阪と名古屋。微妙に近いだけに旅行の対象にもならず、一度も行ったことがない。

 

【挿絵表示】

 

 いきなりその気になる部長に、花歩は慌てて手を振った。

 

「い、いえ、私が適当に言うたことで決めないでください! 晴先輩に相談したらどうですか?」

「確かになあ。ちょっと待っててや」

 

 慣れた手つきでスマホを操作する立火は、晴には相談し慣れているのだろう。

 少し羨ましいが、頭の出来を考えると仕方ない。

 

『てことで全国二位の大阪人として、三位のとこを偵察に行くのもええかと思うんやけど、どうやろ?』

 

 晴も慣れているのか、すぐに返信が届いた。

 

『勘違いがあるようですが、愛知県のGDPは大阪府を抜いています』

「嘘ぉ!?」

 

 スマホを見ていた立火と花歩が同時に叫んだ。

 立火の手が慌てて文字を打ち込む。

 

『大阪は三位ってこと!?』

『GDPの計算方法が変わったこともありますが。

 少なくとも二位だと偉そうに断言できる立場ではないですね』

『いつの間にそないなことに……』

『大阪の人間は総じて中京を軽視しすぎです。

 ちなみに貨物取扱で全国一位は名古屋港です』

『大阪港とちゃうの!?』

『大阪港は十位、東京港は八位です』

『割と大したことなかった!』

 

 やり取りを終えてから、二人は顔を見合わせる。

 

「愛知って結構な強敵やったんやな……」

「すみません、味噌カツのイメージしかありませんでした……」

「うーん、よし! 名古屋の大学で考えてみるか!」

「い、いいんですか!?」

「もちろん家族と先生にも相談するけど。

 花歩が来た日にこんな話になって、花歩が名古屋って言うてくれたのも何かの縁やろ!」

(わ、私が部長の人生に影響を……)

 

 ちょっと夢見心地の花歩に、立火の顔も自然とほころんでいく。

 

「よし、この話はここまで! 遠慮せず、漫画の続きを読んだってや」

「はいっ、それでは遠慮なく!」

 

 

 *   *   *

 

 

 夜も更けた頃。最強の敵、悪魔将軍を倒したところで一区切りをつけた。

 

「うう……感動しました。友情って素晴らしいです!」

「そうやろー? 友情の描写では、これを越える作品はないで」

「でもバッファローマンの乱入は反則とちゃうんですか?」

「ま、まあ将軍の体がないのも反則みたいなもんやから……あれでフェアな勝負になったってことで……」

 

 続きはまた泊まりに来た時に読むことにして、とりあえず布団を敷く。

 時刻は十一時。家族はもう寝ており、互いに小さな声だ。

 

「いつもは何時に寝てるん?」

「これくらいの時間です。でも夏休みですし、夜更かしもアリやと思います!」

「おっ、ええこと言うなあ。しばらくお喋りしよか」

 

 布団に転がり、お互いに笑い合う。

 取り留めなく話しながら、二人きりの夜を過ごしていく。

 中学生の頃のことを。小学生の頃のことを。

 

【挿絵表示】

 

 同じ大阪で暮らしながらも、ずっと関わりなく過ごしてきて。

 そして出会った今でも、二つの歳の差は縮められない。

 

(一年間しか一緒にいられへんけど)

(一年間でも一緒にいられるんやから)

 

 だからこの今を、何よりも大事にしないと――。

 

 

 得がたい時間だけど、あまり長引いても明日の部活に響いてしまう。

 そろそろ切り上げようかと立火が時計を見ると、隣からささやくような声が聞こえた。

 

「……今年は、最高の夏休みになりました……」

「こらこら、気ぃ早いやろ。まだ半分終わっただけなんやから……」

 

 立火の言葉は途中で消える。

 愛らしい後輩は、安心しきったように寝息を立てていた。

 思えば今日、自分が模試を受けている間も、この子は練習していたのだ。

 

(……ありがとう)

(花歩たちが頑張ってるから、私も頑張れるんやで)

 

 電気を消そうと立ったとき、先ほどの漫画の背表紙が目に入る。

 何となく、一度最終回を迎えた時の台詞を思い出した。

 元はワシントンの言葉だという。

 

『友情は成長のおそい植物である。

 それが友情という名の花を咲かすまでは

 幾度かの試練・困難の打撃を受けて 堪えねばならぬ――』

 

 この前の小都子との出来事を思う。

 きっとこれからも、Westaの中では色々なことがあるのだろう。

 それも全ては、花を咲かせるための試練だと信じて。

 立火は電気を消して、後輩の隣で目を閉じた。

 

 

「おやすみ花歩。

 明日からも、一緒に歩いていこな」

 

 

<第21話・終>

 


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