空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
たとえ、運命が二人を引き裂こうとも。
絆まで引き裂くことはできない。
***
宙を舞う一つの身体。それはおそらく急上昇する視界を理解できなかっただろう。
突然の衝撃が身体の中心を穿ち、たちまち空に投げ出される。翼を持たないそれに制空権はなく勢いのまま浮かぶだけ。
感じたことのない心地良さすら感じたことだろう。
しかしそれは一生に一度、行き着く先には死神が待っていた。
その存在に対してそれは何の感想も抱けない。そこに行き着くまでの知能がないからだ。
だからそれは本能でその存在を推し量り、そして震えた。
存在としての格の違い、強者と弱者。今までに感じたことのない力の差にそれは生を諦める。
弱肉強食、その中で生きてきたそれにとっては当然のことだった。
空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない
鈍く重い衝撃は、風とともに仄かに香る温かな匂いへと変化を遂げた。
ロイドは拒否していた認識を受け入れ直す。目の前に少女が立っていた。
茶色の髪を頭の両側で纏めたツーテール。全体的にオレンジの装飾で固めていて、左肩にあるエメラルドグリーンのプロテクターが映えている。
短いスカートからは健康的な足が見えていて女性らしさもある服飾だ。
しかし彼女を表す為には一語抜けている。
その両手に持つ赤い棒具、それこそが彼女の立ち位置を定めていた。
そんな彼女は今両の手で操る棒術具を天に捧げている。
それは何かの前動作ではなく、既に終わった形。ロイドを襲った巨獣の足を一瞬で払い、浮いたところを返す刀で持ち上げ吹き飛ばしたのだ。
そして持ち上げられた魔獣の先にいるのは黒髪の青年。琥珀色の瞳が眼光鋭く獲物を捉え、交差した瞬間には魔獣は細切れとなっている。
降り立った青年は少女の横に、二振りの刀を自然のままに下ろしているが、隙は一切ない。
黒地のシャツに肩口までしかない白の上着、腰元のバッグは激しい動きに左右されないよう短く止められている。灰色のズボンは線の細さを見せているが、その中身が引き締められていることを容易に想像させる。
少女と、青年。
導力バスの、特務支援課の窮地に現れたのは二人の遊撃士だった。
四人と魔獣の間に立った二人は自らの得物を油断なく構え、口を開く。
「今の見たでしょ。あなた達に勝ち目はないわ」
「去れば追わない。でもまだ人を襲う気があるのなら、排除する」
直接言葉をかけられているわけではないロイドは、しかし二人の背中から発されるプレッシャーに息を呑み戦況を見守ることしかできない。
エリィやティオも同じようで、ただランディだけは呑まれずにそこにいた。
二人の警告に対しゴーディアンは怯む。しかし去ることはなく互いに声を出し合って奮い立たせている。
ロイドたちは、その姿がまるでついさっきの自分たちのように見えてしまった。
「……そう」
少女は残念そうに呟く。暫時、次の瞬間には眼に強い意志を宿した。
「なら! 私たちが相手になるわ!」
言葉と同時に三体のゴーディアンは跳びかかる。ティオに体当たりを仕掛けたときと同じ跳躍、それを三体同時に行う。
体躯の差は歴然、しかしゴーディアンもわかっていたはずだ。
戦闘力の差は、それ以上であったのだと。
跳び上がったゴーディアンは対象を見続けていた。一瞬の隙が死に直結する、その覚悟を本能で以って察していた。
それなのに。
それなのに次の瞬間にはそれを見失う。それも当然、青年は彼らを超える跳躍で上を取り、少女は疾駆して既に背後を取っている。
青年は彼らの頭部を捉え、空を蹴って方向を変える。
そして、三体のゴーディアンは三身となった青年を見た。残像、それとも分け身か。呆然とする中、青年が彼らを切り伏せる。
空中でバランスを崩した彼らは推進力を失いそのまま真下に落ち始める。そして当然、待っているのは少女の戦闘区域。
ゴーディアンは同時に少女の姿を捉える。
左足を一歩前に、左手を前に添え、右手を引き絞る。姿勢を屈め、地を蹴り、彼女は大砲のように進撃した。
突進による加速、たった一本の棒術具による乱打の嵐は三体を満遍なく襲い空間に固定する。
その乱打の締めは一歩の後退、その溜めにより威力を増した強打。そのまますり抜けるような一回転の薙ぎが三体を襲い、魔獣の視界は明滅して景色が歪む。
奥義――
気づけば青年は少女と対極の位置に降り立っている。中心は魔獣で、互いに背を向けていた。
「太極」
二人が振り返る。
その次に待つのは至高の一撃。長き時を過ごした二人だからこそ作れる双武の極致。
「―――無双撃!!」
回転からの波濤の様な降打、疾駆からの一閃。
その両撃が同時に身体を包み、ゴーディアンは意識を飛ばす。空に上がる感覚と恐怖と、安堵を覚えて。
***
「すごい……」
「見えませんでした……」
「…………そうか、お前らが」
四体のゴーディアンが消え去る時を呆然と眺めていた四人はそれぞれの反応を示す。
二体に梃子摺り、強敵さながらの感覚で戦っていた四人。相反し、四体に完勝し、圧倒的なまでの力の差を見せ付けた二人。その違いは明確だった。
ランディの呟きで得心する。クロスベル市を出る前に聞いた話の主、クロスベル支部に配属になった二人の新人遊撃士。
「大丈夫だった?」
「加勢させてもらったよ」
件の二人が振り向き、目を合わせた。そこには疲労など微塵もなく、ただ綺麗な笑顔があった。
四人は呆け、しかしロイドが代表して応えた。
「―――あぁ、いや、ありがとう。助かりました」
「君達が警察の人だね。交通課の方に事情を聞いて来ました」
「初めまして。私はエステル・ブライト、クロスベル支部の遊撃士よ」
「同じくヨシュア・ブライトです。よろしくお願いします」
丁寧な物言いにロイドも警察官として挨拶する。エリィ、ティオ、ランディと続いたが、エステルと名乗った少女はそれに反応した。
「知り合いにティオとロイドさんがいたから。あ、でも全然似てないけどね」
そう言って笑う彼女はとても親しみやすい。
自然と距離が近づいてしまうタイプとでも言うのだろうか、そういった親近感が時間関係なく溢れてくる。
反対にヨシュアと名乗る青年は落ち着いた理知的な話し方で意思の伝達が容易だ。情報交換等の事務的な話はやりやすいだろう。
彼らは特務支援課を知っていたが、概ね好意的なようだった。曰く、
「同じ志を持っているなら仲間でしょ?」
である。
導力バスのエンジントラブルもヨシュアが担当することになり、二人の厚意に甘えて四人は医科大学へと進むことになった。
「あ、そうだ」
エステルが思い出したかのように呟き、言う。
「ロイド君たち、紫色の髪をした女の子を知らない?」
「紫色?」
ロイドの脳裏に蘇るのは、アルカンシェル他多数で見かける少女の姿。
「あ、もしかしてあの子かな?」
「っ!? み、見かけたの!? どこで!?」
「あ、あぁ。知ってると思うけどアルカンシェルって劇場とか、百貨店とか……」
しどろもどろになって答えるロイドにエステルは興奮した様子で喜色を隠しきれない。
「ヨシュアッ、いたっ! やっぱりあの子クロスベルにいるのよ!」
「本当かい!? でもこんなあっさり見つかるなんて―――」
「いいじゃない別にそんなことっ、こりゃさっさと終わらせて探しに行かないとねっ!!」
むんっと両の手を握り締めて気合を入れるエステルは、はたと気づいてロイドの手を握った。
「ありがとうロイド君! 凄く助かっちゃったよぉ!」
ぶんぶんと上下に振り続けるエステル。
ロイドは少し痛みがあったが、その太陽のような笑顔にそんな些細なことは彼方に置き去られてしまう。
「ど、どういたしまして……」
「お知り合いなんですか?」
エリィの問いにエステルはハンドシェイクをやめて答えた。
「うん、ちょっと事情があってね。ずっと探してたの」
「―――そうですか、じゃあ私たちも会ったらエステルさんたちのことを伝えておきましょうか?」
その言葉に深いものを感じてエリィはそこで立ち止まる。
ただ何かの役に立つようならと申し出るが、エステルは―――
「ううん、いいの。きっとあの子は私たちのことなんてもう気づいてるはずだし、それに―――」
その前にやることがあるし、と目を伏せて断った。
それでもうその話題と会話は終わり。
これからの手順を考えつつ離れていく四人に笑顔で手を振るエステルに愛想笑いを浮かべながら、四人は二人が見えなくなるところまで進んだ。
途端、全員が立ち止まる。考えることは同じだった。
「―――あれが噂の新人遊撃士ですか……」
「新人って言ってもクロスベルではだけれど。Bランクらしいし、実力は折り紙つきね。ため息が出るくらい」
「ありゃあ相当な修羅場を潜ってるな。個人の実力も十分、連携も完璧。まいったね」
「エステル・ブライトにヨシュア・ブライト、兄妹かな」
「それにしては似てないけど……」
「今日からはあの二人が商売敵ですね」
「……そりゃキツイな」
「あの紫髪の子のことは気にしておきましょうか……」
「…………そうだな」
口々に出る言葉。
会話は尽きないが、未だ大学には着いていない。
言葉も程ほどに、足を進める。ちょうど後半分ほどである。
途中の浅瀬では釣り人が糸を垂らしていたが、相変わらず魔獣はいる。木々の間を抜けていくと森林地帯に棲んでいるであろう魔獣が顔を出したが、さして苦にもならずに進むことができた。
というより全員が強そうな魔獣に対する異様な気配察知を行っていたからである。
とにかくも木立を抜けると、そこには白い建物があった。
一気に景色が広がった先には自然ではなく人工物の姿。立派な門の前には警備員が立っており、それだけで重要な場所であることを示している。
挨拶をして敷地内に入ると一層開けた場所には適度な樹木とベンチ、右手には大きな池があり憩いの場所として機能していた。
正面玄関はこのまま真っ直ぐ行ったところか、左手にも建物はあるが、恐らくは従業員の寄宿舎であろう。ただ一階は解放したレストランらしく、看板が立てられていた。
「…………」
ティオは普段よりもゆっくりと歩いている。
彼女は病院が苦手だった。その旨は既に皆には伝えてあるので三人も歩みを遅くする。
「聖ウルスラ医科大学、随分と大きいな」
「医療先進国のレミフェリア公国の発案で作られたものだからかしら」
レミフェリア公国はクロスベルとも関わりが深い、クロスベルの北東に位置する国である。代表のアルバート大公も医師免許を持つというあたり、医療先進国の名に恥じない。
「確かウルスラは実在した人の名前ね。心優しき聖女だったことからそれに肖ってつけたらしいわ」
「……俺は、辿り着いたんだな。地上のオアシスに!」
ランディは迸る感情を抑えようともせずに辺りを見回しては奇声を上げる。
恥ずかしかった。
しかしランディの気持ちがわからないでもないロイドがいる。今見受けられる白衣の女性は皆美人で、かつ看護師である以上慈愛に満ちていることだろう。
不思議な興奮を覚えないでもなかったが、なんとなくエリィの視線が気になってそんな気持ちは失せた。
「さてと、まずは受付に行こうか。捜査許可を得ないと」
「確かここでは研修医の方が襲われたんだったわね。その方が黒い狼を見たとか」
「なら確認をしないとな。白い狼だったらシーカー曹長の目撃した狼かもしれないし」
流石に黒と白は間違えないだろうけど、と付けたし、四人はゆっくりと玄関に進んだ。
「うひょー、たまんねぇぜ!!」
台無しだった。
ロビーは清潔感と活気に満ちていた。しかし病院内は活気に溢れないほうがいいとも言える。
尤も評判がいいからこそここは人が多いのだ。クロスベル市民としては素直に医者の優秀さを喜ぶべきだろう。
見ると正面左に円を描いた受付カウンターがある。その両サイドに階段と奥へと進む入り口があった。
患者の邪魔にならないように受付へと進み、捜査の旨を話すと案内人を紹介してくれた。内線で呼ぶ声が聴こえる。案内人はセシル・ノイエスという看護師。
ばたばたと階段を慌しく降りる音が聞こえてきたと思うと、その主は姿と共に叫んでいた。
「ロイド……!」
「セシル姉! その、久しぶ―――と!」
ロイドが言い終わらぬうちにセシルはロイドに抱きつき、顔を埋める。
「な!?」
「あー!」
「……!」
三者三様の反応を示すがロイドには対応する余裕はなかった。
「ちょ、ちょっとセシル姉っ、みんな見てるから……」
「いいから、暫くお姉ちゃんに抱きしめられてなさいっ。ああもう、背もこんなに高くなって、出て行く前は私と同じくらいだったのに……」
「……三年、経ったからね」
その月日は、重い。
その長さも、その中身も。
セシルはようやっとロイドから離れ、涙を湛えて笑った。
「おかえりなさい、ロイド」
「―――ただいま、セシル姉」