空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
全ては、雑音に過ぎない。
それでも、その一つ一つが失いたくない大切なもので。
手を伸ばす。
触れるのは、冷たい、硬質な感触。
白の、宝玉。
ロイド・バニングスは目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだ。
あれは、自身が幾つの時であろうか。
「……………………起きよう」
ゆっくりとベッドから離れる。背伸びをすると寝癖のついた髪が腕に触れた。身長よ伸びろと言わんばかりに伸びると、反動で一気に収縮する。
「――――――はぁ」
肺の古い空気を出し、新鮮な空気を飲み込んだ。
その肺の上、寝巻き用の薄いシャツの上に鎮座するのは白い宝玉。
「…………」
触れてみる。
硬質な、しかし滑らかなそれは温度を感じさせない。
冷たいという表現が適切であるはずのそれが何故か、元は温かかったのに今はそれが感じられないもの、という風に考えてしまっている。
「セシル姉に聞いておけばよかったな」
出所のわからない、不思議と落ち着くペンダント。
それを胸に大事に抱き、ロイドは任務へと向かう。
セルゲイの通信に従って執務室へと赴いた特務支援課はそこで客人である一人の女性と面会した。ピンクブラウンの髪をショートにまとめ、警備隊の制服に身を包んだ人物。
「おはようございます!」
ノエル・シーカー曹長は所定の座席に座るセルゲイの前で敬礼を行った。
客が来ているという呼び出しを受けた特務支援課が真っ先に思い描いた人物の一人である。
「おはようございます、やはりあなたでしたか」
返礼こそしないものの朝の挨拶を交わし、四人はセルゲイを見た。
さほど待っていなかったのかセルゲイはまだ煙草を吸っておらず、視線を受けての最初の行動がそれに火をつけることだった。
間を外されるというか、いまいちセルゲイが読みきれない四人だった。
「まぁアレだ。聞け」
それだけ言ってセルゲイは背もたれに寄りかかり、僅かに苦笑したノエルが言葉を引き継ぐ。
しかしその表情は途端に真面目に硬質化し緊張が走る。
「本日は以前依頼した捜査任務の報告をしていただきたいのですが、それ次第で新たな依頼もお願いしたいと思っています」
「新たな任務?」
「とりあえず報告しろ」
セルゲイに言われ、順序を守る形でロイドは捜査状況を報告する。
まだ最後の被害場所であるマインツに行っていないことを伝えた後、アルモリカ村で聞いた話、ウルスラ病院の魔獣侵入ルート等警備隊の調書を補完する形で伝えた。
ノエルは静かに聞いていたが、やがて口を開いた。
「…………なるほど、期待以上の成果ですね」
「なんだ、もうちっと驚くかと思ったんだがソーニャの秘蔵っ子のお眼鏡には叶わんか?」
セルゲイがつまらなそうに言うとノエルは苦笑した。
「いえ、ソーニャ副司令にそう言えと言われまして……」
「………………」
「ちなみに、新情報がなかった場合の発言もお聞きになられますか?」
「…………いや、いい」
「そうですか……」
少し残念そうなノエルにセルゲイも何故か笑いを堪えているような顔をしている。
なんだか置いていかれたような四人はエリィの咳払いで持ち直し、ノエルに問うた。
「それで、どうでしょうか。自分たちは新しい任務を与えられるに足りますか?」
「ええ、元よりお願いするつもりでしたから」
「…………えっと」
「え? あっ、さっきまでの流れは全部副司令からの命でしてっ」
ノエルは両手を顔の前で振ってワタワタと慌てている。
どうやら彼女は素直な性格のようで、これまでの相手を計るような言葉は全てソーニャ・ベルツ副司令の指示のようだ。
「コホン、実は、マインツ方面の警備強化を解くように言われてしまいまして、今朝を以って完全に撤収したところなんです」
「えっ、マインツのですか!?」
「まだ事件が起きて三日なのに」
エリィとティオが驚く。ロイドも声こそ出さなかったが同様のようだ。しかしランディだけは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「―――なるほどな、あのご立派な警備隊司令官殿のお達しだろ?」
「……そのとおりです」
「ランディ、知っているのか?」
「あぁ、副司令はタングラム門勤めだが司令はベルガード門だからな。尤も、いつもお偉いの接待だとか抜かしていねぇんだけどよ。なんでも帝国派の議員と繋がってるらしいが」
警備隊司令の言によると、広範囲の魔獣被害は確かに問題だが、被害の規模が小さく、また二週間以上もかけて未だ犯人の魔獣を処理できないということから無駄と判断したらしい。
「そんな……」
「ち、腰巾着野郎が……」
吐き捨てるように言うランディは司令の顔が浮かぶのか、他三人よりも顔に負の感情が浮かんでいる。
そんな四人を見てノエルは穏やかに笑い、
「―――なので、皆さんには鉱山町方面の警備をお願いしたいのです」
「あ」
「そういうことだ」
セルゲイは煙草を灰皿に押し付ける。
「ちょうどマインツに調査に行くんだろう、ついでに見回りでもしてこい」
四人は顔を見合わせ、頷く。セルゲイはニヤリと笑い、ノエルを見た。
「そういうことだ、安心して他の業務に回れ」
「はいっ、ありがとうございます!」
ノエルは満面の笑みで敬礼をする。セルゲイはそうだ、と呟き、一番に言うべき言葉を流した。
「こいつはソーニャの補佐も務めるノエル・シーカーだ」
「あはは、改めまして。ノエル・シーカー曹長です! よろしくお願いします!」
再度敬礼し、ノエルは威勢よく言う。その気持ちのいい挨拶に四人は笑顔になる。
「よろしく、曹長。フランから話は聞いているよ」
「あ、そうですか。フランはよくやっていますか?」
「えぇ、いつも助けてくれているわ」
「ふふ、姉としては心配だらけですけど」
そこでティオが彼女に聞くべきことを思い出し、尋ねた。
「―――そういえばノエルさん、調書に白い狼を見たと書いてありましたが」
「え? あぁ、その話ですか」
ノエルは問いに歯切れの悪そうな口調で返す。明朗な彼女にしては妙な態度だった。
「どうかしたんですか?」
「……自分でも、妙だとは思うんですが。違う気がしたんです……」
「違う? 何がだ?」
ランディの言葉になお居心地の悪そうな顔をした後、ノエルは自分を掻き抱いて答えた。
「普通の魔獣とは違う、それはすぐわかったんです。でもそういうことじゃなくて、私を見る眼が、その、まるで懐かしいものを見ているような、そんな感じがして」
そこでノエルは言葉を止める。彼女以外は皆一様に黙っていて不思議な静寂が訪れた。
やがてノエルが続きを話し始める。
「―――それで暫く見詰め合って、でも気づいたらもういなくて……なんか白昼夢を見ていたように現実感がないんです。だからごめんなさい、見たってことすら確信を持って言えないんです」
ノエルが見た幻なのか、それともトルタ村長の言う神狼なのか、それとも別の何かなのか。
それ以上聞くこともできず、やがて気を取り直したノエルが妹をよろしくお願いしますと言い残し、退室する。セルゲイもそれ以上何も言わず、四人は沈黙した。
そしてセルゲイが見守る中、四人は顔を合わせる。
ロイドは言った。
「―――さぁ、支援要請をこなそうか」
空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない
端末に記されていた支援要請は、クロスベル駅の臨検官補佐、旧市街の廃アパート内の魔獣駆除、そしてマインツ山道の魔獣退治である。
「この三件は絶対にやり遂げよう」
ロイドの言葉に三人は頷く。鉱山町マインツの警備も頼まれているが、今までの魔獣被害は太陽が沈んでからの深夜であるので最悪夕刻にでも着けば十分だ。
「手配魔獣が山道に出ているのね。行きがけにやるとなると、今回も徒歩のほうがいいのかしら」
手配魔獣の位置は自治州地図に記されている地名などであるので正確な位置はわからない。それは魔獣が動くので仕方のないことかもしれないが、少なくともその明記された場所に一歩踏み出した瞬間から警戒が必要になるのである。
「フォールワシ、鳥型の魔獣か。専用目薬の所持が推奨されているな」
「……鳥目防止ですかね」
「夜に狩るわけじゃねぇが、似たような特殊攻撃があるのかもな。お嬢、在庫はどうなんだ?」
「お店じゃないんですけど。そうね、確か十分にあったはずだから買い足す必要はないわね」
「ただ治療に時間がかかるのも事実だ、攻撃はアーツ中心のほうがいいかもしれない」
導力魔法の要はティオだが、彼女は回復系のアーツ構成となっている。属性値の上昇のためにクオーツを足したほうがいいかもしれない。
「あ、それなら私もアーツで攻めるわ。鳥は狙いづらいの」
オーバルストアに行く必要が出てきたので、まずはそこに寄ることにする。しかし支援要請の話も聞いておかなければならない。
ティオとエリィはゲンテンへ、ロイドとランディはそれぞれクロスベル駅と裏通りのアンティーク屋『イメルダ』を訪ねることにした。
というのも、魔獣が現れた廃アパートの持ち主がその店主イメルダ夫人なのである。
「二手に分かれられればいいけど、臨検官補佐の仕事に人手がいるかもしれない。ランディ、どっちに行く?」
「俺としては小難しそうな駅には行きたかないが、ロイドの指示に従うぜ?」
「じゃあ折角だしランディは駅に、俺が裏通りに行こう」
「ガクッ、言っておいて何だが交換しねぇ?」
「これも経験だ。人手がいるようなら連絡してくれ」
「じゃあ私は終わったら駅に向かうわ。ティオちゃんは待っててね」
「すると別行動の班は、わたしとロイドさん、ランディさんとエリィさんですか」
臨検官は列車内の乗客の手荷物と入国申請書を確認するのが仕事なのだが、14歳にして背も小さなティオがこれをやるとあらぬ苦労を呼び込みそうだとエリィが判断した為という隠れた事実があった。
当然エリィは口に出さないし、ティオもそこまでは考えず納得していた。
オーバルストアゲンテンに向かったエリィとティオはウェンディにスロットの開放を頼む。
先のゴーディアンから得られたセピス量は十分で、それぞれ一つずつ開放、それによりエニグマの内蔵するエネルギー量が増す。
そして今回の本題、クオーツの精製を頼むことにした。
「現在つけているのが、わたしはHP1・鷹目、エリィさんが回避1・行動力1ですね。エリィさんは行動力をつけてどうでしたか?」
「そうね、確かに今までよりは動けているだろうけど、私の場合はそこまで動く必要がなかったりするのよね。ただ回避1だけをつけていたよりは攻撃が当たりにくくなっていると思う」
「やはり属性値のほかにクオーツの能力の組み合わせも重要になるということですか……」
二人としては新しい攻撃用のアーツが欲しい。
現在のクオーツではアイシクルエッジとスパークルのみである。バリエーションに乏しいとこの先辛くなることは明らかだ。
ちなみにランディは攻撃1と防御1、ロイドは命中1と攻撃1をつけている。
「そうね、確かに属性の偏りはまずいかな。ティオちゃんとエリィさんは攻撃1を付けても武器の関係上意味は無いから、うーん。私は戦ってる時の役割分担を知らないから違うかもしれないけど……」
ウェンディはカウンターから離れ、デスクの上から一つのクオーツを持ってくる。それは銀耀石の輝きを放つクオーツ。
「情報のクオーツ。属性値は幻3、魔獣のデータが脳裏に浮かぶ。ティオちゃんは鷹目を付けているんでしょ? 鷹目は空2の幻1だから、これをつければ上位属性アーツが使えるようになるわ」
幻の属性値が同一ライン上に四つ含まれる場合、幻属性攻撃魔法『カオスブランド』が使えるようになる。
地水火風四属性に含まれない空・時・幻の上位属性は、上位と呼ばれるだけあって魔獣の中にこれらの耐性を持つものは存在しない。故にコンスタントにダメージを与える上、補助魔法に関してもその特性上戦闘において非常に有利になる。
「ただ、情報と鷹目を組み合わせると結構キツイよ。勧めておいてなんだけど、それだけで頭がこんがらがっちゃうこともあるかんね」
ウェンディはティオの持つ魔導杖を一度見せてもらっているのでその処理能力は理解している。だがそれでも人間であり幼い少女であることもあってか注意にも身が入る。
「後はエリィさん、エリィさんは行動力と回避の組み合わせはいいと思う。でも属性値で言えばあまりよろしくないのはわかっていますよね? それとラインが二つに分かれているから三つ目には風の属性値1しか加算されない。だから三つ目のクオーツは…………これ」
風耀石の輝き、回避と同じ属性のクオーツ。
「これは?」
「移動1のクオーツ、文字通り移動能力の上昇。つまりこれは能力の組み合わせを考慮した結果ですね。移動による行動範囲の拡大と行動力による移動速度上昇、それが回避の力を上げてくれるはず」
ウェンディは更に一つのクオーツを取り出した。地属性のクオーツ、防御1である。
「定番のクオーツとして防御1ももちろんお勧め。二人とも後方支援型、難しく考えなくても安全なのはこれですね。後は幻属性の精神1。これは魔法攻撃力が上がりますが、レベル1ならば大した効果は認められないでしょう」
どうしますか、という問いに、二人はそれぞれの結論を言った。
ランディは駅前通りからクロスベル駅に足を踏み入れる。
この中にいるのは利用客か従業員だけなので大雑把に考えれば二通りの人間しかいない。その中でランディは依頼主の臨検官を探す。
正面には階段、その両脇にはそれぞれホームへと続く改札口がある。手前左手にはカウンターがあり総合受付のような存在のようだが、カウンターから安易に出てくるようには見えない。
二階を見ると上がってすぐには巨大な掲示板があり、左右に通路が延びる。右手には女性従業員がカウンター内で導力放送をしており、どうやら違うようだ。
すると残り、二階左手の重々しい扉の前に苛立たしげに待っている初老の男性が今回の依頼主であろう。
「ちょいといいか、あんたが依頼主の臨検官さんかい?」
「む、なんだお前は」
「特務支援課のランディ・オルランドだ。臨検官補佐の仕事を頼んでいなかったか?」
「おお、そうか君達が……っとなんだ、お前だけか? これでは仕事にならんぞ!」
ランディの言葉に待ちわびた様子で早口で反応した男性だが、一人しか姿が見えない状況に憤った。
ランディは馴れ馴れしく宥めた後、現在の支援課の状況を伝える。
「ちっとばかし別行動してるだけだ、呼べば来るぜ? 何人いる?」
「多いに越したことはない」
「言い方が悪かったな、最低何人いる?」
「むぅ……そうだな、二人いればなんとかなる、か……?」
「オーケイ、じゃあ待っててくれ」
ランディはエニグマを起動し、ロイドへと通信をかける。すぐに出たロイドに事情を話し、こちらは二人でこなすことを報告した。
「―――よし、じゃあ仕事内容を聞かせてもらおうかね」
臨検官補佐ランディ・オルランドのデビューであった。
ロイドは裏通りへと足を運んだ。
相変わらずの雰囲気を漂わせるこの通りは、以前裏の者を視認した場所でもある。
今ならわかる、あれがルバーチェなのだと。
怪しげな客引きに警告を与えながら向かった先は、そのルバーチェ商会へと続く道の手前にある店。これがアンティークショップ『イメルダ』だ。
中に入るとそこは狭い。確かに狭い土地なのだが、店内には物が溢れかえっていて尚更スペースがない。
右には宝石の入ったショーケース、左には人形など様々なものが並んだガラスケースがある。
その物に囲まれた最奥にイメルダは座っていた。
「あなたがイメルダさんですか」
「ひっひ、あたしゃ確かにイメルダだが…………お前さんは特務支援課かい?」
「ええ、特務支援課捜査官のロイド・バニングスです。今回は所有しているアパートに魔獣が出現したそうですが」
紫の衣服、指先には宝石がごろごろついており、小さな丸眼鏡の奥に見える切れ長の眼は魔女を思わせる。ロイドは不気味な印象を持ちながらも失礼のない対応を心がけた。
イメルダは徐に何かを投げ渡した。一瞬セルゲイが頭に浮かんだロイドはそれを掴む。鍵だった。
「依頼内容通り旧市街のメゾン・イメルダに出てきた魔獣を退治しておくれ。いくら使ってない物件だとしても腐らすのは惜しい」
「は、はぁ……」
ひっひと笑うイメルダにロイドは愛想笑いも出せない。そのままイメルダは何も言わず、ロイドは諦めて踵を返した。
ドアが閉まり静けさが戻ると、イメルダはまた引き笑いを始めた。
「バニングスねぇ……」
薄暗い店内に不気味な笑いが響いた。
ロイドはそのままゲンテンへと向かう。そこには既に支度を終えたティオがおり、エリィは既に駅に向かったようだ。
「よし、旧市街に行こう」
「了解です」
ロイド・バニングスとティオ・プラトーの戦いが始まった。