空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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ロイド捜査官の失態

 

 

 

 鉱山町マインツ。

 錆色の鉄骨が各所に散りばめられている町造りは鉱山町というイメージに相応しい。山岳地帯にあるせいか高低差が激しく、町内にいくつも階段がかけられている。転落防止用には鎖と鉄棒が備えてあり重厚な匂いが感じられた。

 

 町に入った最初の架け橋は金網状で、故に下が窺えた。そこには巨大なパイプが張り巡らされていて今尚盛んな採掘を想起させる。

 マインツの誇る七耀石の採掘はクロスベルの名物であったのだが、採掘技術の発展により他地域でも採れるようになった結果昔ほどそれを巡る攻防が盛んに行われなくなった。とはいえ採掘量が減ったわけではないので、マインツの住民は今でもその採掘で生活を維持している。

 

 橋を渡ると左手に第一の階段があり、そこには雑貨店と山を一望できる見晴らし台、そして何より鉱山への入り口があった。階段を上らずに進むとちょうど二階の通路下にあたる場所に酒宿場があり、更に進むと町長の家がある。

 町長宅に向かって右には下へと続く橋があり、下っていくと民家があるようだ。

 

 マインツを訪れた特務支援課はその町並みに圧倒されて立ち止まる。クロスベル市ともアルモリカ村とも異なるマインツは、初見の人間には機械の町のように見えた。

「あら?」

 エリィが目端に捉えたのは駐車スペースのようなところに停まっている黒い導力車だ。ティオによると帝国・ラインフォルト社製の特殊運搬車らしい。最新型らしく、費用もバカにならないものだ。

「町長さんのものかしら」

「多分そうだろう。さて、町長に話を聞かないとな」

 魔獣被害の件と警備隊の代わりの警備についてである。果たして四人がマインツ独特の丸い宅を訪ねようと近づいたとき、横から鉱員の男が話しかけてきた。

 

「町長さんなら今話し中だよ」

「え?」

「なんでも魔獣被害に関してらしいけど」

 話し相手に対しては知らないようで、町長と面会するのは少し時間をおいたほうがいいということだった。なのでまず町民に話を聞くことにする。

 午前と同じ組み合わせで手分けし、魔獣の被害者である鉱員マックスからも黒い狼の証言を得ることができた。直裁の被害は彼だけであったが、事件の影響か鉱山入り口は封鎖されており現在採掘を行ってはいないようだ。

 

 一通り回った彼らは再び町長に話を聞こうと向かったが、そこで今までの話し相手が出てくるのを目撃する。それはサングラスをかけた全身黒ずくめの男。

「――おい」

「――――なんでルバーチェがこんなところにいる」

「鉱山町に何の用があるんでしょうか……」

 咄嗟に物陰に隠れた四人に気づくことなくルバーチェの構成員は消えていく。しかし、

「え……」

 彼らは先ほど停まっていた導力車に乗り込んだ。煙を吹きながら消えていく導力車を呆然と見つめてエリィは呟く。

「なるほど、彼らなら納得はいくわ」

「だな、クロスベルを牛耳るルバーチェならあれの費用なんざ捻出するまでもねぇだろうよ」

 事件が起こった町に突然現れたルバーチェは注目の的であるが、とにかくも町長に話を聞いてみるしかない。彼らの目的は町長との会話で明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 ビクセン町長とアンナ夫人に話を聞く。魔獣被害は規模こそ小さいが三件発生しており、そして遂に人的被害が出てしまった。既に話を聞いている鉱員マックスのことである。

 町長からの話は町民からの聴取で知ったことが大半であり真新しい情報はなかった。しかしそれはルバーチェの姿を見る前の話であり、それを見た今では真に聞きたいことは彼らの用件である。

「先ほどルバーチェの関係者がこちらを訪ねていたようでしたが」

「……彼らか。よくわかったの」

「そうですね、警察官としては彼らは目立つもので……」

 ビクセンはふぅと息を吐き、困惑した目でこちらを見た。

「警備隊が今朝方完全に撤退したじゃろ? そうしたら彼らがここの用心棒をやると言い出してな」

「用心棒? 彼らがですか?」

 首肯するビクセンはアンナと顔を見合わせ、続ける。

 

「わしらとしても魔獣の恐怖からはまだ逃れられなんだが、だからと言ってそう簡単に首を振れるものでもないからの」

「……ビクセン町長、彼らは見返りに何を求めたのですか?」

 エリィが核心を尋ねた。ルバーチェがわざわざやってきて仕事を持ちかけてくる、それには利益がなければならない。それこそが彼らの目的なのだから。

 ビクセンはあぁと記憶を掘り起こして言う。

「なんでもその間は七耀石の取引を独占させてほしいそうじゃ」

 

 七耀石の採掘は所有者であるクロスベル市の許可の元行っているが、原則的に誰に買い取ってもらうかはマインツの独断で選ばれる。

 七耀石には大陸でレートが決まっているため無闇に取引することはしないので取引量は一定であり、仮にそれをルバーチェ単体に限定すると、今までに取引を行ってきた馴染みの商人たちとの取引ができないことになる。

 マインツとしてはそれらの商人との縁が切れることは実益的にも心情的にも避けたい。かといって警備隊が撤収した今、魔獣の恐怖を拭える方法は限られている。

 その板ばさみの状態故にビクセン町長はルバーチェに即日での回答はせず、一日置いた所存であった。

 

「…………ビクセン町長、今夜は自分たちもマインツに泊まります。警備隊に警護を依頼されていますので」

「なんじゃと? 警備隊は何故自分たちでやらずにお前さんたちに――」

「とにかく、今夜は魔獣についてはご安心下さい」

「むぅ……そ、そうか。ではよろしく頼むぞ」

 ビクセンは何か言いたそうだったが、ロイドはそれを遮って話を終わらせる。

 酒宿場である赤レンガ亭にて今夜は過ごすことになる。ビクセンが気を回してそちらに連絡してくれるとのことで宿代は気にしなくても良くなった。

 

 

 町長宅を出た後、四人は赤レンガ亭へと足を運ぶ。

 酒場より一階分したにある宿泊スペース、その一番大きな部屋を与えられた。部屋は一階部分にベッドが二つ、二階部分にベッド一つと丸テーブルがある。

 特務支援課はテーブルを囲んでいる椅子に座り最後の話し合いを始めた。

 

「まず魔獣事件に関してだけど、あまり有力な情報はなかったわね」

 今までに得られた情報と大差はなかったが、ただ黒い狼という情報への信頼性は上がった。言い伝えの神狼やノエル・シーカー曹長が目撃したという白い狼とは別物だと考えていいだろう。

「事件が起こった時間帯はどれも深夜だっつーから、今のところは問題ないだろうしな」

「さて、ここで新たにルバーチェというピースが出てきたわけだけど、町長の話の時点でルバーチェが臭いとみんな思ったはずだ」

「そうですね、警備隊が撤収したその日に用心棒を買って出てくる、というのはタイミングが良すぎです。おそらく警備隊司令と繋がっているんでしょう」

 警備隊司令はランディの話や今回の通達で読み取れる人物像的に賄賂をもらっていてもおかしくはない。警備隊員が歯がゆい思いをするのもお構いなしなのだろう。

 

「ただ、実際に事件を起こしたのは黒い狼だ。ルバーチェが魔獣事件にかこつけて七耀石を狙ったということも考えられなくはない。だからまず魔獣事件の不可解な部分を考えていこうと思う」

 ロイドは備え付けのメモ帳を破り、事件における四つの枠組みを説明した。それは事件の構成を四つに分類化するという手法である。

 『犯人』『目的』『手段』『結果』、これら四つに適切なキーワードを入れることで、複雑に見える事件を単純化させて考えることができるのだ。

 四枚に枠組みを、そして残りに一枚ずつキーワードを書いていく。

 

「まず『犯人』は魔獣、『結果』はそれぞれの被害だな」

 ランディは一番簡単な場所を書いた。

 これは彼が楽をしようというわけではなく、彼が仲間内での役割を理解しているからである。

「『手段』はそうですね、狼の身体能力、というところでしょうか」

 狼の道具は狼自身だ。病院の侵入経路を考えるに手段はその類の単語が当てはまるだろう。

「そして『目的』、でも……」

「…………」

「…………目的ねぇ」

 ロイドは目的の字を指で叩く。

「そう、この四つの枠組みの中で『目的』だけがすぐには思いつかない。結果である被害を見ても、共通項は被害が軽いということくらいだろう。だがそれが目的であるならば、トルタ村長の言うように神狼の警告ぐらいでしか説明できない」

「……神狼が闇に染まったとかで黒くなったんですかね」

 ティオの台詞に三人は何とも言えない表情をした。

 

 忘れてください、というティオに、咳払いしてロイドは進める。

「だけど、この四つのどれかにルバーチェが入るなら全てが変わるはずだ」

 ロイドは新たな紙にルバーチェを書き入れる。そして新たに枠組みに入れ始めた。

「ルバーチェが入るのは、『犯人』」

 犯人の隣にルバーチェ。

「それぞれの被害は、変わらずよね」

 結果の横に、それぞれの被害。

「……では『手段』は、魔獣……いえ」

 ティオは魔獣の字を消し、新たに書き加える。

「黒い狼、ですね」

 手段を示す、黒い狼。

「なら、残りは……」

 目的は、狼の身体能力。

「――決まりだな」

 ロイドは呟いた。三人もそれを眺め、同意する。

 

「黒月との戦闘に備えて不良を集めようとしたが失敗し、今度は魔獣に手を出したわけか」

 戦闘員の確保に失敗したルバーチェがもう一つの案を実行に移していると考えれば納得はいく。ランディの言葉に頷いたロイドは、更に付け足した。

「シズクちゃんが聞いた甲高い音、あれこそが狼を操っているんだろう」

「犬笛ですね。人間にも聞き取れる範囲の音でしか命令は出せないそうですから、それでシズクさんが聞けたんでしょう」

「じゃあ、確認しないとね」

 エリィはエニグマを取り出し席を立つ。どこかに連絡を取っているようだ。その間にランディはティオに尋ねた。

 

「七耀石の取引云々は黒月と関係なくないか?」

「一応資金調達と考えられなくもないですが、あくまでついででしょう。それならばマインツだけを襲わせればいいはずです」

「いや、それだと警備隊も撤収しないだろう」

 二人の会話にロイドが口を出す。

「今回の事件は被害が広範囲に及んだという事象が大きく影響しているんだ。マインツだけとなると警備は一箇所ですむから人員も少なくてすむし、何より遊撃士が出張りやすくなる。連中がどこまで考えていたかわからないけど、少なくともマインツが目当て、ということはないと思う。ただ、マインツだけが複数回被害にあっているという状況は目先の利益に目を奪われている証拠かもしれないな」

 ふーん、なるほど、と互いに反応を返し、ランディは再びティオに尋ねる。

 

「そういやティオすけ」

「なんですか?」

「お前さんは狼の声とか聴いてないのか? あのレンって嬢ちゃんが言ってたが……」

 ローゼンベルグ工房前で出会った少女、レン。彼女は狼の遠吠えらしきものを聴いたというが、特務支援課の四人は全く以って聴いていない。

 ティオは呆れたように言った。

「ランディさん、レンさんがいつ聴いたのか覚えてますか?」

「あん? そりゃ――」

「わかるわけないです。レンさんも覚えてないそうですから」

「…………頭良さそうとか言ってたな」

「そうですね、本当に頭がいいなら人語もしゃべりそうですね」

「――二人ともじゃれてないで。クロよ」

 エリィが椅子に戻り、結果を報告する。

「事件の日、ウルスラ病院でルバーチェの姿が確認されたわ」

 

 エリィがウルスラで見つけた痕跡は、森林部からの魔獣の侵入とは相反するものだった。しかしルバーチェというキーワードを病院に当てはめると説明が利くのである。

 西側にあったフェンスの傷は魔獣がそこから入った痕跡の可能性があったが、通常の魔獣なら不可能だ。しかし今日見たルバーチェの導力車を踏み台にすればそこから到達できる。

 現に駐車場は侵入された二階ベランダの真下にあるのだ。

 

「――だがどうする。証拠がないぜ?」

 ランディの言葉は事実である。今まで集めた情報から犯人の目星こそつけたものの、明確な証拠はないのだ。

 魔獣を操っている場面でも捉えられればいいのだが、次に狙われる場所は想像がつかない。

「黒い狼と一緒にいる現場を押さえられればいいんでしょうけど、普段狼がどこにいるかもわかりませんし」

「いや、今回は曹長に感謝だな」

 ロイドの言に三人は彼を見る。ロイドは先ほどの町長の話を脳内で反芻し、口を開いた。

 

「町長の人柄を見るにルバーチェと契約は結ばない、それはルバーチェ側も薄々感づいているはずだ。だからこそ、今動く。揺れている、決断をしていない今再び魔獣が現れれば町長も流される可能性が高い。警備隊もいない、遊撃士とも連絡をとっていないこの現状と思わぬ利益が転がり込む可能性という二つの観点こそが、次の標的がマインツであり襲撃時期が今日であることを示しているんだ」

 続けざまに三件も襲わせる連中だ、決め手となるなら喜んで魔獣を差し向けるだろう。警備隊からの依頼がなければクロスベル市に戻る必要が出てきたかもしれないが、今日は任務だから仕方がない。

「ということで、俺たち特務支援課は警備隊の依頼に従い、これを迎撃する準備にかかる」

 異論はないな、と見回して、ロイドはゆっくりと方針を話し出す。

 

 夜が更けるまではまだ時間がある。地の利はこちらにあるようだが、未だ魔獣の性能を彼らは知らないでいる。

 

 

 

 

「でも良かったわ。昨日ロイドに聞かせてもらった仮説、あれが本当に仮説で」

 エリィはホッとした、と書かれた顔でそう呟き、ロイドは苦笑した。

「まぁ、病院に行った時点で可能性は低かったし……ちょっと恥ずかしいけど」

 ロイドとしては外れていて良かった仮説だが、今考えると外れているので恥ずかしい。捜査官としてのレベルの低さが如実に現れたようなものだ。

「あぁ、あれか」

「……あれですね」

 ランディとティオも思い出し、うんうん頷いている。ロイドは笑うしかない。

 

 昨日の夜の話である。

「実はアルモリカ村の時点ではもしかしたらハロルドさんが関わっているんじゃないかって思っていたんだ」

「ハロルドさん……って」

「あのお人よしの貿易商さんですか?」

「おいおい、そりゃちっと穿ちすぎじゃねぇのか」

 三人は懐疑的で、ロイドもそこは頷く。

 

「でも、あの事件で得をした人はハロルドさんだけだっただろ?」

「得? えぇっと、農産物が荒らされて、ハロルドさんが二割増で買ったんじゃなかったかしら。得になってないわよ?」

「いや、アルモリカ産の農産物は売れることは確定しているし、二割程度のお金で信用が買えるんだ。目先の利益と長期的な利益、二つで考えるなら得をしているだろう?」

「……ちょっと強引過ぎないか?」

「そもそもあの時点では人が絡んでいることも特定していませんし……」

 再び二人が突っ込む。ロイドも顔を赤らめて叫んだ。

「だからっ、アルモリカ村の時点でって言ってるだろっ? 病院の一件ではハロルドさんは得をしないから、もう違うなって思ったんだよっ!」

 

 三人と同様に思い出したロイドは、なおも想起するように上を見上げる三人を叱った。

 私情が入っていたことは言うまでもない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 マインツの象徴である鉱山が封鎖されて何日経ったのか、ガンツは覚えていない。それは鉱員としての仕事に愛着を持っているがために憤慨しているということではなく、単に酔っているだけである。

 仕事場を取られた鉱員が入り浸る場所などマインツには赤レンガ亭しかなく、ウェイトレスのリュッカにちょっかいをかけ歯牙にもかけられないという行為を繰り返した後、彼は道連れの相棒を連れて酩酊状態で帰路に立つ。

 

 そしてそんな人間を、狼が襲わないわけがない。

「え」

 唸り声に振り向いた時には既に三体の黒き狼は2アージュにまで近づいている。一足飛びで余る距離、酔いは一気に醒め、顔は青ざめ、震えがくる。

 背中合わせになったのは互いに守ろうとしたわけではなく、むしろ無防備な背中を押し付けて助かろうという本能によるものだった。

 ガンツの頭にマックスの姿が浮かび上がった。彼のようになることを恐れるが、同時に彼ぐらいで済んでほしいという諦めも生まれた。

 

 前方に二体、後方に一体。ガンツのほうが酷い目に遭いそうだ。カジノで運を使わなきゃよかったと彼が思った瞬間に狼達は跳びかかる。

 その牙と爪が襲い掛かるのを恐慌状態ながらどこか冷静に見つめ、

「目ぇ瞑れ!」

 ――その言葉に本能が従った。

 

 咄嗟に目を閉じると一瞬後に太陽が落ちてきたような音と閃光がガンツを襲う。やがて光が消えても目は閉じたまま。しかし体は誰かに引っ張られて移動した。

 身体中から安堵が漏れてくる中ガンツはゆっくりと目を開け、もがく狼と自分たちを守る四人に気づいた。

「早く中にっ」

 パール色の髪をした少女に促され、訳もわからないまま避難する。扉を開け家に入り、その扉を閉める彼の耳に最後に聞こえたのは、猛々しい唸り声と金属音だった。

 

 

 

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