空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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ツァイトとコッペと大明神

 

 

 

「はい、ご飯ですよ」

 ティオは山盛りにされた皿を彼の目の前に置く。

「――え、もう少し少なくてもいいんですか? でもお腹空くんじゃ……」

 ティオは彼を気遣うように言ったが。

「あ……ありがとうございます。でも日陰者でもお給料とか捜査費用は頂いていますから大丈夫です」

 逆に気遣われていた状況にティオは微笑み、水の入った器も持ってきた。

「さ、ご飯にしましょう。ツァイト」

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 

 さて、セルゲイ・ロウ追放事件の顛末を記すとこうである。

 マインツ鉱山町から半分徹夜で帰ってきた特務支援課の四人は、ビル前で煙草をふかすセルゲイの姿を見て驚いた。この上司にも部下を労う精神があったのかと驚いた。

 しかしセルゲイはそんな期待に満ちた四人の視線・言葉に真っ向から叛逆する。

 扉を親指で指し、お前らに客だと言ったセルゲイ。どうして客人が来て課長が外にいるんだと考えた四人。

 確かに客人ならばもてなす必要があり、セルゲイはここにはいないだろう。果たしてその疑問は中に入ると氷解する。

 

「ガウ」

 客は客でも人ではなく狼だった。紛うことなき神狼である。

 そういえば課長もセルゲイ・ロウだったな、などと仕様もないことを考えたロイドだが、神狼は何故か語りかけるように声を発した。そしてティオは口を開く。

「暫く居座るそうです」

 

 こうして神狼ことツァイトの特務支援課暮らしは幕を開け、セルゲイ・ロウ追放事件は幕を下ろした。課長は狼だからはぐれ者なのか、と考えたロイドの思考はもちろん現実逃避である。

 その横でエリィは苦笑し、ランディは大口を開け驚愕し、ティオは新たな同居人に夢を膨らませた。

 なんといっても彼の意思がわかるのはティオだけだ、半強制的に世話係のようなものになるだろう。そのうち一緒のベッドで寝ることもあるかもしれない。ネコ好きのティオだが、犬も捨てがたかった。

 

 そして現在、特務支援課の四人とツァイトは中央広場の百貨店にいる。お得意様だが特別扱いを嫌うエリィのただ一度の特別扱い、すなわちツァイトの入店許可である。

 四人の目的は裸の王様ツァイトの身の回りのものの調達だ。

 特務支援課の分室ビルでペットを飼うわけにはいかないため、どうやらツァイトは警察犬の登録をされることになるそうだ。犬ではないとツァイトは反論したそうだがそれが通じるのはティオのみ。

 彼も郷に入りては郷に従えの考えでなくなく承諾し、それに相応しい格好をする必要ができたというわけだ。

 

 ただ今は一階の階段付近の雑貨コーナーで物色中である。

 必要なのは第一に首輪、第二にリード等を付けられるハーネス(胴輪)、第三に足用プロテクター、第四にトリートメント、そしておまけのおやつ……はいらないか。

 とにかくその四種である。

 

「首輪はシンプルなのがいいな、一応警察犬のタグが付けられる予定だから」

 ロイドが手に持ったのは薄い青色の首輪、しかしティオが反論した。

「待ってください。ツァイトは白と蒼の狼、それに青の首輪では埋もれてしまいます。それにその色はロイドさんの趣味ですっ」

 ロイドは鬼気迫るティオに圧されて縮こまる。するとエリィが手に持つ首輪を元の場所に戻していた。その色は白である。

「お、これなんかいんじゃね?」

 ランディは赤の首輪を取り出した。メタリックな意匠で派手さが満点だ。

「確かに赤は首輪の定番色ですが、さっきロイドさんがシンプルなものだと言ったじゃないですかっ。そんなトゲトゲちっくな首輪は怖がられるだけですっ」

「お、おう……すまん」

 ランディはその持つにも注意が必要な代物を棚に戻す。するとティオがひょいと一つ手にした。

「ツァイトにはこの薄茶と金のものがいいです。これならシンプルでかつ色も自然ですし、タグがついても問題ありません。どうですか、ツァイト?」

「ガウ」

「完璧です……!」

 恍惚とした表情のティオ、どうやらツァイトも満足なようで二人はすぐに次の場所に向かってしまう。

 大きな犬と少女、そう見える一人と一匹の周りに人はいない。皆遠巻きに見ているのだ。それを遠くで眺めていた百貨店のオーナーは、逆に客引きとしていいのかもしれないと思い始めていた。

 

 次に来たのは二階の衣装コーナー、その中でも上着を専門に扱う場所にてハーネスを探す。

「はーねす、ですか……? 少々お待ち下さい」

 そう言って店員は奥へと消えてしまった。

「ま、当然だよな」

 胴輪などというコアなものを扱っているとは思えないが、即答はせず奥に消えるあたりは流石といったところか。これでごめんなさいされても一応は納得できる。

 しかしエリィは何故か険しい表情をしている、今までにそう目にしていない顔だった。

「エリィ?」

「…………」

 心配になったロイドは声をかけるが沈黙しか返ってこない。代わりにツァイトが吼えた。

 

 そして五分後。

「あの、こんなものしか……」

「ってあるんかいっ!」

 女性店員が携えているのは先ほど購入した首輪と装飾のハーネスである。試しにツァイトに付けてみるとぴったりだった。

「やっぱりね……」

 エリィは自身の予感が的中したことを理解した。

 およそ服飾に類するものならばたちどころに用意する。この百貨店を任されている者はそんな人員なのである。

 

 彼女はかつて友人と来た時のことを思い出した。その時はその友人が無理難題を言い出したが、むしろそれを完遂させた店員を見た時の友人の顔が忘れられない。

 そしてその顔を今ロイドとランディが表現していた。物まね芸だったなら喝采ものだとエリィは思った。

 

 次は同階の靴屋である。流石にプロテクターはサイズに合うものはなく、いやそもそもプロテクターがあることのほうがすごいのだが、仕方なくオーダーメイドになった。

 後日連絡が来たら取りに行く形である。

 

「――どうして店内に犬がいる」

 不意に聞こえてきた声に四人が振り向くと、そこにはスーツを着た長身の男性が立っていた。四角い黒縁眼鏡がその性根を表しているようで、切れ長の目はその鋭利さを助長させている。

「あ、すみません。許可はいただいていますので……」

「フン、結構なことだな。ん……お前達は――」

 エリィの言葉に憮然とした様子で返答した男性だが、四人の顔ぶれを見て様子を変える。

「えっと、どうしたんですか?」

「……なんでもない。買い物とは余裕だな」

 そう言い捨てて男性は靴屋の店員と話をし始める。どうやら常連のようだ。

「行きましょう」

 用事は済んだので長居は無用。四人とツァイトはオーナーに礼を言い、百貨店を後にした。

 

「警察の人間か?」

 開口一番ランディは尋ねる。ロイドとエリィはおそらく、と同意した。

「俺たちを見て様子を変えたし。ランディはなんでそう思ったんだ?」

「懐にでかい銃を持っていたからだ、おそらく軍用の導力拳銃だろう」

「確かに武器の反応はありましたね」

 ティオがわかるのはいつものことだが、懐の僅かなふくらみで武器の所持を看過するランディも相当の眼力である。後々会うことになるだろう相手を記憶し、ビルへと戻る。

「あ、トリートメント……」

「西通りに行きましょうっ」

 ティオに急かされ大急ぎで買ってきた。

 

 

 

 

 

 

 なんとなく忘れていたツァイトのご飯も同時に買ってビルに戻ってきた四人と一匹は、今度はツァイトの水洗いを敢行する。風呂場に四人は入れないのでティオとエリィが水洗い班、ロイドとランディは料理班ということになった。

 もちろん彼らの昼食である。そしてその料理中に暴走したのはランディだった。

「せっかくだから新しい料理に挑戦しようぜ」

 彼のせっかくの理由はもちろん残飯処理がいるからである。ロイドはため息を吐きながらも確かに挑戦はしてみたかったのでそのまま。

 料理名は特製ビーフシチュー。材料は灼熱火酒、王様ポテト、号泣オニオン、天晴ニンジン、霜降りヒレ肉である。

「ビーフシチューを作るには時間が足りないんじゃ……」

「細かいこと気にすんなって。オレ様に任せとけよ!」

 胸をドンと叩き大船を表すランディ。しかしロイドにはその大船に穴が開いているように見えた。

 

 

「きゃ、ティオちゃん冷たいわっ」

「でもエリィさん、ツァイトは気持ち良さそうですよ」

「私はツァイトと一緒じゃありませんっ。えいっ」

「わぷ。え、エリィさん……」

「お返し。うふふっ」

「やりましたねっ」

「バウ」

 

 

 号泣オニオンで目を赤くしたロイドは、材料の入った鍋をかき回すランディの後姿を眺めている。後は任せろとロイドを端に追いやった彼は、残りの灼熱火酒の投入を今か今かと待っていた。

「ッ! 今だッ!!」

 目を見開き、火酒のビンを逆さまにするランディ。ドボドボと消えていく酒を見て、何故かロイドは諦念を覚えた。

「料理は爆発だっ!」

 ランディの言葉はまるで呪文のように鍋に乗り移り、そしてランディは爆発した。

 

「ランディィィ――ーー!!」

 そうロイドには見えた。しかし当然爆発したのは彼ではなく料理である。やがて視界が晴れ、ロイドはランディの亡骸を見た。

「そ、そんな……ランディ……」

「いや生きてるっつの! 勝手に殺すな!」

「いやわかってる。でも現実逃避くらいさせてくれ、完全に失敗じゃないか」

 腰に手を当ててむくれるロイド。その母性本能をくすぐりそうな顔を見てランディは憤る。

「お前のそーゆーところが弟貴族の表れなんだよっ!」

「何言ってるんだランディ、今考えるべきはこれをどうするかだろ。食材を無駄にしたことがバレたら、バレたらエリィが…………」

 ロイドは自分の台詞が耳に届いて絶句した。ランディも震えている。このままではかつてのエリィ大明神様が再臨なされてしまう。

 

 ランディは鍋の爆発物を容器に移した。

「こ、コッペにあげてくる……」

「よせっ! 死ぬぞ!!」

「大丈夫だ! ロイド言ってただろ、アイツはずっとここにいるんだ。修羅場くらい何度も潜ってるさ!」

 サムズアップして消え去るランディ。ロイドは慌てて追いかけるが、ランディは荷物を抱えているにも関わらず速い。いや、速すぎる!

「くそ、ランディのほうが足は速いかッ」

「悪いな、ロイド! 警備隊なめんな!」

 ロイドは勝ち誇るランディに歯噛みしながらも階段を駆け上がる。ちなみに目標であるネコ、コッペは屋上だ。このネコは分室ビルがクロスベルタイムズであった時からの住民である。

 名付け親はティオで、よくご飯をあげている。

 

 白熱した走力戦はランディの勝利、ロイドが屋上に辿り着いた頃にはコッペ用のご飯皿に山盛りのビーフシチュー(地獄)が盛られている。

「さぁ喰え、コッペ」

「みゃ~~ご」

 その時ロイドは直感した。

「ん、どうした? 喰わねぇのか」

「にゃ~おん」

「――ランディ、俺の勝ちだ!!」

「あん?」

 勝ち誇るロイドと不思議がるランディ、ロイドのそれを証明するようにコッペは食事に見向きもせずに去っていってしまった。

「何っ!?」

「ランディ、たまねぎ使ってるからとかそんな普通の理由じゃないぞ。あれは誰だって危険を覚える」

 たまねぎは猫の赤血球を破壊する成分を持つために死の危険がある。しかしコッペはただ見た目と匂いで判断したとロイドは知っていた。おそらく誰もがわかっていた。

 

 がくりと膝と腕を着き崩れるランディ。その姿は間違いなく敗者のそれである。

「そ、そんな……これじゃ何ももらえねー……」

 

 コッペは義理堅いらしく何か物を献上するとどこかに消えて何かを持ってきてくれるという謎の性質があった。それは彼らが驚くようなクオーツであったり、はたまた魔獣の残りだったりする。

 黒猫コッペは本当に不思議な猫なのだ。本当に猫なのかと疑問に思わないでもないロイドたちである。

 

「諦めろランディ。お前は負け、そして俺たちも負けた……」

「へ?」

 ロイドの言葉に違和感を覚えてランディは見上げる。心なしかロイドの声が震えている気がしたが、彼の危険察知本能が強制的にシャットアウトしていた。

 しかしそれも無駄なこと、ランディの眼球が彼女を捉えた瞬間に終わるのだ。

 

 

「――あら二人とも、食事の準備は終わったの?」

 

 

 美しいパールグレーの髪が棚引いている。それが風のせいなのか、それとも湧き上がる気炎が見せる幻影なのかはわからない。

 一つ確かなこと、それはランディが己の終焉を理解したことだ。

「は、はははは……いやお嬢、これはよ……」

「問答無用」

「………………」

 沈黙する二人を見つめていたエリィだが、しかし何もせずに去る。だが二人が安堵を覚えることはない、ただ後回しにされただけなのだ。

 

「ろ、ロイド……」

「…………ふー、空が青いな」

 エリィがいたのはロイドの真後ろ、そのプレッシャーで気がふれたロイドは穏やかな表情で空を見上げている。

 空は青く、全てを呑みこんで、俺も呑みこんでくれたらいいのに。

 

 ロイドの呟きにランディも諦めがついた。故に――

「……はは」

 屋上唯一の出口である扉が開かないとしても、それは仕方のないことだと割り切った。

 もうお昼時。出口はなく、空腹の二人と猫用の器に盛られた元料理がそこにはある。

「………………」

 ランディは午後を休憩に当てることを決めた。ロイドはただ空を見上げていた。

 

 

「エリィさん、ロイドさんとランディさんはどうしたんですか?」

「なんでも二人で港湾区のラーメンを食べに行くそうよ」

「え、どうして――」

「ふふふ」

「…………ふぅ、いただきます」

「いただきます」

「ガウ」

 君子危うきに近寄らず。ティオは疑問の芽を自ら摘み、ツァイトは仕様もないものを見るように天を仰いだ。

 お昼はエリィ特製の会心カルボナーラ、二人と一体は舌鼓を打っている。

 

 本日は晴天、何事もない休日の一時である。

 

 

 

 

「――あ、ティオちゃん。今日ギルドに寄ってほしいって連絡があったわよ?」

「そうなんですか?」

「ええ、エオリアさんから」

「ッ!?」

 

 

 

 

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