空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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オリジナルの呼称があります。公式設定が公表されたら修正します。


蒼月 ―月―


 

 

 遊撃士協会クロスベル支部に在籍する遊撃士は最近やってきたエステル・ブライトとヨシュア・ブライトを含めて七人いる。

 “風の剣聖”アリオス・マクレイン、“正鵠”のスコット・カシュオーン、“堅閃”のヴェンツェル・ディーン、“拳翼”のリン・ホンメイ、そして“慈悲”のエオリア・フォーリアである。

 彼らはB級以上の遊撃士であり、その実力は遊撃士協会の中でも指折りである。彼らは信頼を失ったクロスベル警察の代わりに日々あらゆる依頼に迅速に対処し、解決していく。

 依頼の膨大な量故に全てとまでいかないのが難点であるが、市民も理解は示しているのでギルドの評判が下がることはない。

 

 さて、そんな彼らと特務支援課の四人が出会ったのはそれぞれ異なる場所、異なるシチュエーションであった。

 彼らの目標であるアリオス・マクレインとの邂逅はさておき、四人が次に出会ったのはスコットとヴェンツェルのコンビである。同種の仕事内容だということで生来穏やかなスコットは四人の存在を快く歓迎し、一日でも早く一人前になることを願った。

 一方ヴェンツェルは彼の信条である『自己に厳しく、他者にも厳しく』に則って、四人に注意を喚起する。指摘に窮し、できる限りのことをすると答えたロイドを彼は両断し、

「できる以上のことをしなければ上達などしない」

 と訓戒を述べた。

 

 これは彼が特務支援課に不快を抱いているわけではなく、彼自身が常に抱いている思いを口にしただけの彼なりの激励である。

 こればっかりは初対面の相手にはキツいので、長年の相方であるスコットがフォローを入れる羽目になっていた。

 

 このように二人の男性遊撃士との出会いは別段珍しいものではなかった。先輩としての素直な感情である。

 しかし、肝心なのは次のリン・エオリアコンビとの対面である。彼女らは恐らく別の意味でアリオス並みの衝撃を四人に与えた。

 いや、これでは語弊がある。遊撃士リンは至極まともである。

 いやこれも語弊がある。遊撃士エオリアもまともである。

 

 ただ一点のみ、彼女の嗜好が原因なのだ。

 

 重ねて言うが、クロスベル支部の遊撃士は優秀である。だがそれは遊撃士に苦手意識を持ったが最後、優秀であるが故に厄介極まりないという評価にクラスチェンジする。

 少なくともティオ・プラトーはエオリア・フォーリアに最大級の苦手意識を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 

 リンは拳闘士だ。泰斗流というカルバード共和国の拳法を駆使し、身体全体を己の武器として扱う。

 その黒髪が短く纏められているのもそのためであり、また頭に巻かれている白い鉢巻も気合を入れるための愛用のものである。

 

 一方でエオリアは医療先進国であるレミフェリア公国出身の女性遊撃士で、そのため彼女の最も得意とする分野は医療にある。医師免許を取得している遊撃士はおそらく彼女だけであるために彼女は普段遊撃士が行わない依頼にも対応することができる。

 エリィのそれに紫を加えたような薄紫色の髪を肩口にまで伸ばし、その上に緑のベレー帽を被っている彼女は前衛のリンを援護する後衛系の戦闘技術を主流とするが、医師であるが故に生物の仕組みを理解しているという知識も彼女の武器だ。

 それを戦闘に流用することで生物的な弱点を突くこともできるので、単体での戦闘能力も優秀なのだ。

 リンとエオリア、この二人はスコット・ヴェンツェルコンビとうまく共存しあっている。

 

 特務支援課がリンとエオリアに出会ったのは、ちょうど二人が市外巡回のためにウルスラ間道に出ようと中央広場にやってきた時だ。

 特務支援課分室ビルから階段で中央広場へと上がった特務支援課は明らかに市民と服装の違う二人に気づき、それと同時にエオリアは叫んだ。

「か、かわいー!!」

「なぁっ!?」

 エオリアはまるで魔獣に遭遇した時のような俊敏さで即座に間合いを詰め、特務支援課の前から二列目、エリィ・マクダエルの隣にいた黒衣の少女ティオ・プラトーを襲撃した。

 正面から抱きすくめられて混乱したティオとそれを唖然として見つめるほか三人。

 

 そこに遅れてリンが歩み寄ってきた。

「こらエオリア、いきなりはやめろって言ったじゃないか」

「うーん、すりすり」

「こーらっ」

「あんっ」

 リンはエオリアの首根っこを掴んで強引に引き離す。ティオから離れてしまったエオリアはまるで親から無理やり引き離された子どものよう。

 しかしその視線の先にいるのは息も絶え絶えなティオである。

「てぃ、ティオちゃん……大丈夫?」

「はぁ、はぁ……」

 エリィはティオを心配そうに見つめるが、ティオはそれに答えることなく静かに呼吸している。エオリアの奇妙なテンションはティオに多大なダメージを与えていた。

 

「すまなかったね、平気かい?」

 リンはエオリアの代わりに謝罪の意を述べ、ティオの代わりにロイドが受け取った。

「だ、大丈夫ですけど……あの、あなた方は――」

「あたしはリン、こっちはエオリア。遊撃士だよ。あんたらは特務支援課だね?」

「やはりそうでしたか。初めまして、特務支援課捜査官ロイド・バニングスです。ギルドに伺った時にはお二人はいませんでしたね」

「ま、あたしらも忙しいんでね。あんたらのことはミシェルさんから聞いてるからさ」

 遊撃士協会の受付の顔を思い浮かべたロイドは内心で苦笑しつつ、クロスベルの先輩である二人に決意を語る。

「自分たちもできる限りのことを、いえ、できる以上のことをやっていきたいと思います」

 以前ヴェンツェルに言われた言葉を引用して。するとリンは笑い、それに付け加えた。

「状況にもよるさ、何でもかんでも挑戦されて仕事が増えるのも良くない。機を見て、そして判断することだね。ひよっこ」

 鼻で笑われたわけではなく彼女も支援課の存在に期待しているようで、ロイドはその言葉に力強く返事をした。

 

 しかし、後に続かないのが今の混迷の状況である。

 

「――エオリアさん、俺はいつでもダイブ歓迎ですよ?」

 ランディはエオリアを口説いていた。彼女はランディ的素敵な女性ランキングでセシルに次ぐ順位を手に入れたらしい。

「え、無理」

「瞬殺ぅ!?」

 しかしエオリアは気にしない。彼女にとって重要なのはリーダーとして話をしていたロイドより口説いてくるランディより、すぐ傍でようやく落ち着いた小動物のような彼女なのである。

「ね、ねぇ。私はエオリアって言うんだけど、あなたは?」

 いつの間にかリンの拘束から抜け出していたエオリア。ようやく平静を取り戻したティオに追い討ちをかけるべく間合いを詰めていた。エリィは瞬間移動したような彼女に驚き声が出ない。ティオもまたお化け屋敷にいるような反応を示したが、エオリアの顔に圧迫されて勢いで名前を言ってしまった。

 

 途端、エオリアはティオの両手を握り締めて蕩けたような顔をした。ティオは青ざめた。

「ティオちゃん……なんて素晴らしい名前。キリリとした顔立ちに残るあどけなさに静かなイエローの瞳と水色の髪、少女が大人になりかけているような体つきに瑞々しいプニプニした肌………………いい」

「ひっ!?」

 最後の一言に怖気が走ったティオは逃げようとしたが、しかし両手は捕まっている。遊撃士だけあって女性でも力は強い。そのまま懐にまで持っていかれ、胸のプロテクターが柔らかい胸に埋もれた。

 肩口に当てられた口でもごもごと何かしらを口走るティオ。しかしエオリアには届かない。

 

「かわいい、かわいすぎる。ねぇリン、この子持って帰っていいかしらっ!」

「ダメ、我慢しな。それにこれから巡回だよ」

 えぇーと不満の声を上げるエオリアにリンはため息を吐き、常々思っていたことを口にする。

「――なぁエオリア、どうしてそう見境がないんだ? 遊撃士たる者、自制はあって然るべきだろうに」

「何を言っているのリン。自制があるからこうなのよ?」

「………………」

 リンは何も言えなくなった。優秀なのに、彼女はどうしてこうなのか。

 

「あの、そろそろティオちゃんを解放していただけませんか? 窒息してしまいます」

 たまらずエリィが進言し、エオリアは思い出したようにティオを解放した。彼女にとってティオを抱きしめることは無意識に行える動作なのである。

 ロイドとショックから立ち直ったランディも顔を向ける。そろそろ状況を動かさないといけない。

「お互い依頼がありますし、ここらで」

「そうだね、あたしとしてもエオリアをもう引っ張っていきたい」

「ちょっと待ってよリン。もう少しだけだからっ」

 なおも食い下がるエオリアだが、流石に突発的行動に割ける時間は越えている。しぶしぶ頷き、リンの元に戻っていく。

「それじゃ、しっかりやりなよ!」

「はい、お二人も気をつけて」

「誰に言っているんだ」

 リンとロイドは良好な関係を抱けたようだ。ランディもエオリアに突っかかることはコミュニケーションの一つであるし、エリィも相性は悪くなく、むしろ一番親しくなれそうだった。

 

「――――」

 しかしティオはこれからが不安になった。

 いつ何時、あの人間砲弾が飛んでくるかわからない。ティオは市内でも警戒を怠らないことを誓った。

「ティオちゃん、またねっ!」

「………………………………はぃ」

「かわいいは正義っ! よ!!」

 謎の台詞を残し、リンとエオリアは駅前通りへと消えていく。その姿が人ごみに消えていくとティオの足から力が抜けた。

「ティオちゃんっ!?」

「……エリィ、さん…………」

 ティオは下を向いていた顔をエリィに向け、笑った。

「もう少し、早く……助けてほしかった」

「ティオちゃんしっかりっ! まだ依頼は始まってもいないのよっ!」

 

 そんな二人のやりとりを見ていたランディは言った。

「羨ましい。なぁロイド」

「……そう、かな?」

 ティオの姿は痛々しいだけな気がする。ランディはまだショックが抜け切っていないのだとロイドは判断した。

 

 ちなみにエオリアが去り際の言葉を放った時、何故か電撃のようなものを感じた人物が二人リベールにいた。

 工業都市ツァイスの女性博士と商業都市ボースの女性遊撃士である。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなな回想を終え、そして現在、エオリアに呼ばれたティオは遊撃士協会の扉の前で躊躇している。これがエオリアでないならばこんなことはないのだろうが、エオリア故に困っていた。

 遊撃士協会からの要請であるために断ることはできない。ティオに逃げ場はないのだ。よしと心の中で僅かな気合を入れたティオはその扉を開いた。

「こんにちは、特務支援課ティオ・プラトーです」

「いらっしゃい、よく来てくれたわね」

 覚悟に反して彼女を迎えたのは受付のミシェルだけだった。相変わらず小麦色の肌に白い歯が映える彼だが、ティオは意外と嫌いではない。ありのままの自分を許容しているような、そんな生き様が見えるからだろうか。

 

「早速仕事の話をしたいだけど、いいかしら」

「はい……でもその前に、あの、エオリアさんは――」

「――呼んだ、ティオちゃん?」

「ッ!?」

 何時の間にか背後にいたエオリアにようやく気づき、ティオは小さく悲鳴をあげた。そんな彼女にエオリアは普段の微笑を湛えた穏やかな態度で佇んでいる。

 ティオはそんな彼女に呆気にとられていた。

「今回あなたに手伝ってもらいたいのは、動物の説得なのよ」

「はぁ……」

「まず確認したいのは、あなたが動物とのコミュニケーションが取れるかどうか。周りの証言は得ているから一応だけれど、猫の言葉とか犬の言葉とかわかる?」

 ティオは確かに人語を解さない生物の意志が感じ取れる。それは彼らの言葉がわかるというわけではなくなんとなく言いたいことが理解できるということだが、コミュニケーションが他者より円滑に行えるという点では間違いではない。

 ティオは頷き、ミシェルは手を叩いた。

 

「よし! じゃあこれより遊撃士協会クロスベル支部より、クロスベル警察特務支援課ティオ・プラトーに正式に支援を要請するわ。支援内容は『遊撃士エオリアと現地に赴き、動物の説得を成功させる』こと。お願いできる?」

「了解です」

「よろしくね、ティオちゃん」

 エオリアは笑って手を差し出す。普段の苦手意識は消失し、ティオは素直にその手を取った。移動の際にエオリアが詳細を語ってくれるとのことで、二人はそのまま行動を開始した。

 

 

「現地、って言っても行政区だからすぐに着くわ。ティオちゃんも見たことあると思うけど、警察署と市庁舎の間で工事を行っているでしょ? そこの人たちが今作業を中断しているの」

 エオリアが言うには、工事をする場所にいつの間にか複数の鳥が巣を作ってしまったらしい。取り除こうにも親鳥は執拗に抵抗するし、かといって雛たちを無視するわけにもいかないしで困った状況らしい。

 それにしても鳥のためだけに市が挙げる事業の手を中断するなんて、現場監督は相当のお人よしなのだろう。

「だからティオちゃんには、ここは危ないから巣をどけますよって説明してほしいのよ」

 お願いね、と微笑むエオリアにティオはやはり違和感を覚え、しかしそれは後でいいと感じて頷く。

 遊撃士からの要請は初めてのこと、それも動物のためだと考えればやる気がでた。

 

 

 結論から言うと、それはすぐに終わった。背の届かないティオを機械で巣の傍まで運び、交渉に入る。

 雛の危険を第一に説き、巣に触れることを許可してもらい、ティオはゆっくりと慎重に巣を手に取った。四匹の雛が変わらずに口を開いて鳴いている。

 それは軽かったが、とても重かった。

 そのまま機械を移動して安全な樹の上へと移す。事が終わると親鳥はティオの周りを飛び回り、彼女はそれを嬉しく思って笑った。

 

 

 支援要請はめでたく終了、ティオとエオリアは一度ギルドに戻るべく足を動かしている。そしてティオは東通りへ入る直前で口を開いた。

「エオリアさんは、どうしてわたしに協力をお願いしたのですか?」

 遊撃士ならばおそらく鳥達と意思疎通できなくとも可能な限りの最速で巣の移動を行えたはずだ。そのほうが工事も早く再開できるし、エオリア自身の時間も増えたはずなのだ。

 その問いにエオリアは笑う。しかしそれは今日の穏やかな笑みではなく、少しだけ寂しそうなものだった。

 

「……ほんの少しの時間でも、親から子を無理やり引き離すなんてしないほうがいいでしょう?」

 エオリアは後ろ手に前を向き、空を見上げた。

「私たち遊撃士はただ依頼を額面通りに達成すればいいわけじゃないわ。本当の意味で依頼者の要望を叶えること、それが私たちの、そしてティオちゃんたちのすべきこと、でしょ?」

 エオリアの中では、もしかしたら今回の依頼主は工事現場の人ではなくあの鳥達であるのかもしれない。ティオはなんとなくそう思った。

 隣を歩くエオリアは先に見せた寂しそうな表情を消して、今日会った時のような穏やかな顔をしている。

 

 それ以降、会話はなかった。ただその沈黙に、ティオは陽だまりのような暖かさを感じていた。

 苦手だったエオリアの、また別の一面。それはティオにとって安らげるものだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし。

「ティオちゃーんっ!」

「っ!?」

 それはあの日あの時だけ、相変わらずティオはエオリアが苦手である。

 ただ、それを眺めるリンと見守る特務支援課の三人には、彼女らがまるで姉妹であるかのように見えていた。

 

 

 

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