空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
複数のディスプレイを眺めながらキーボードを叩く。その指使いは淀みなく、瞬く間に切り替わる画面をしかし瞬時に把握しては吟味する。それはクロスベル自治州の範囲を超え、外国の趨勢にすら到達する。ただそれはクロスベル内で把握されている情報だ、つまりは今それを閲覧している彼以外に知っている人物がいることを表す。
しかしそれは関係がない。彼が欲するのは依頼された情報、必要な情報を必要な場所に送ることこそが重要なのだ。導力ネットワーク計画により生じる新たな犯罪、ハッキング。その巧者がここにいる。
今日はそこまで彼を興奮させる情報はなかったらしい、故に彼は予てから計画していたものを実行しようかと悩んでいた。IBCへのハッキングか、それとも
しかしここで一通のメールが届く。彼が不法占拠している端末に送られてきたことから十中八九依頼であろう。彼はどんな内容かとメールを開き、そして嗤った。何とも楽しそうな依頼に喜悦が零れた。
空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない
黒月の支配下から出た四人は、しかし黒月に囚われたままだった。ツァオ・リーの言葉は心の奥底に巣食い平穏をかき乱す。そのような状態で四人は今までのまとめを強いられていた。
「……黒月と銀は契約している、それは間違いなさそうだな」
「しかし黒月は脅迫とは関わっていない、ですか」
両組織の関係を考えればルバーチェの打診した海外公演を阻害する為に黒月が脅迫したという可能性は確かにある。しかしツァオはその行為こそ否定しなかったもののその手段には苦言を呈していた。更に銀という名前を出すことは彼らのように黒月に辿り着くための足跡を残しているようなものなのだ。
「となると、ツァオの言うように銀が個人的な理由で出したか、全くの別人か……」
しかし仮に銀個人が出したとしても黒月という契約主がいる状態で出す不自然さは拭えない。黒月が疑われることは必定、そしてそこにはメリットがないのだ。
そもそも銀という名をイリアが知らなかった以上その名に意味はない。仮に悪戯と判断せず現在のように捜査を依頼した場合でも、どちらにしても公演は中止にならないしイリアを害することも難しくなる。
ならば悪戯と判断させたかったのか。それでは送り主の名前を書く必要はないし、そもそも知らせる必要はない。公演の中止もイリアの悲劇も、通常のそれとは異なる脅迫状を出した時点で難易度を上げる結果になり、本当に実行したいのならば銀という名前は出てこない。
「銀には他の目的がある……?」
ロイドは思考の末に幽かに見えた解答を呟いた。これまでの情報を総合すると、脅迫状の内容を成功させるつもりがないように思えたのだ。そして更に、影に潜む暗殺者である銀が脅迫状を送ってまで達成したいものは何なのかを考えるよりも、他の答えのほうが自然に思える。
偽者か……
銀を騙る何者か、その確率がロイドの中で膨れ上がる。しかし全ては推測、何一つ証拠があるわけではない。
「クロスベルに銀がいて、銀はイリアさんを狙っている。もしそうなら――」
エリィが呟く。ロイドは思考を中断してエリィを見た。ランディとティオも見つめる中、エリィは目を伏せて言う。
「もしそうなら、私たちの手に負える事件じゃないかもしれない」
「エリィ……」
「イリア・プラティエはクロスベルのスター、警察も威信をかけて守るでしょう。でも私たちは? 私たちは、銀からイリアさんを守れるの……?」
それは三人に問いかけているというよりも、自分自身に問いかけているように聞こえた。話で聞く不老不死の暗殺者、その存在を楽観視してこのまま依頼を遂行していいのか。縋るような瞳は、ロイド・バニングスを見つめた。
「……ねぇ、ロイド。私たちは――」
「――お前達、こんなところで何をしている」
不意に放たれた言葉。振り返ると、そこには以前百貨店で会ったスーツの男がいる。
「あなたは……」
「捜査一課のダドリーだ、ついてこい」
言い捨てるなり踵を返す男性に唖然としつつも、確かに黒月前で話すことではないので後を追っていく。
中央にある公園を迂回しちょうど黒月と点対称の位置にまで来ると、そこには紺の導力車が停まっていた。ダドリーと名乗った男性はその傍で控えている。どうやら捜査一課に支給されている導力車のようだ。
「話せ」
「え?」
再び突然放たれた言葉に反応できないロイド、ダドリーは苛立たしげに告げた。
「黒月に入って何を話したのか、それを包み隠さず言えと言ったのだ」
「……これは支援要請の内容に触れます、安易に話すことは――」
「黒月は一課が一ヶ月近く警戒している存在だ。状況によればその案件も我々が引き継ぐことになるだろう」
「なっ!?」
「早く話せ。これ以上無駄口を叩くようならセルゲイさんに捜査妨害を受けたとして抗議する」
一切の予断もなくダドリーは追求し、ロイドは仕方なく今までの経緯を話す。するとダドリーは結んでいた口元を緩め、笑った。
「――ふん、ようやく尻尾を出したか」
「……それは、銀のことですよね」
「お前達に話す必要はない」
ダドリーは警察内部で大多数を占めている特務支援課否定派の存在であるようだ。エリート集団である捜査一課としてのプライドもあるのだろうが、とにかく支援課に益するものを与えないつもりである。
「……黒月は監視しても、ルバーチェは放っておくんですね」
ティオが皮肉のように告げると、当然のように監視の旨を返してくる。自分たちの瑕になるようなものには真っ向から反論してくるようだ。
「旧市街のものや軍用犬の件も事前にある程度の情報は得ていたが、そんな小さなことに割く時間と人員はないからな」
「小さい……!?」
「小さいな、小さい。このクロスベルという偽りの安寧を守るためにはそれ以上の重大犯罪を阻止する必要がある。殺人、人身売買、スパイ、他にも挙げればきりがない。正義が守りきれないこの街で秩序というものを維持し続ける、我々一課はその全てを防ぐことに全力を注いでいるのだ。お前達にこの苦労がわかるか?」
ダドリーの言葉は真実だ。それをロイドとエリィは誰よりも理解している。それでもクロスベルの闇に触れる機会が少なかったために、その理解は伽藍のものだった。
それを今回、ルバーチェと黒月、そしてクロスベル警察に告げられた。その理解が顕現した。
「クロスベルの平和と繁栄、それは薄皮一枚の上に成り立っている……」
エリィは呟く。彼女の声にはもう力はない。
「ルバーチェも黒月も、議員との繋がりがあるために手出しができん。だがそれでも我々がすべきことは変わらん、たとえ根本的な解決が不可能だとしても可能な限り事態を収束させる」
言葉に力が入る。彼が真実そう思っていることの表れだ。それ自体は支援課にとってもいいが、しかしダドリーは終わりを告げた。
「――本件は捜査一課が引き継ぐ。お前達も無理なことを理解しているだろう? アルカンシェルへの通達は任せてやる」
何を言うこともできず、ただ導力車が走り去っていくのを見つめる。今の四人にダドリーの鉄の意志を乗り越える術はなかった。
「……言うだけ言って行きやがった」
「導力車でというのがどうにも受け付けません」
ランディとティオはそれぞれやり場のいない不満を口にし、エリィは目を閉じて沈黙していた。彼女は彼女なりに何かを思っているのだろう。
「……俺たちは、どうすればいいんだろうな」
ロイドはそう零した。自分たちを信用して相談してくれたリーシャ、任せてくれたイリア。その二人の期待に沿うようなことはできず、こうして捜査一課に仕事を奪われた。そしてそれを心のどこかで納得している自分。理性と感情が交差している。
「俺たちの解決できる範疇にあるかどうかわからない。なら確実な一課に任せることも一つの道だと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ロイドッ!」
エリィが思わずと言った風に口を開いた。その眼には大きな感情が揺らいでいた。
「貴方前に言ったじゃないっ、今度は自分たちが応えようって! それなのに貴方がそんなんじゃ――!!」
「いきなりどうしたんだよお嬢、お前さんだって本部に任せたほうが、とか言ってたじゃねぇか」
エリィの突然の行動にランディが驚き宥めようとする。ティオも目を見開いて吃驚していた。
「あ……」
その言葉を聞いてエリィは我に返ったように静まり返った。事実、彼女は何かを見失っていたのだろう。普段の冷静な態度がどこかに跳び退ってしまったようだった。
「…………ごめんなさい、少し疲れているのかも」
エリィはそれきり押し黙る。三人は彼女を気にかけながらも声はかけず、アルカンシェルへ報告しに足を動かした。
***
活気に満ちた歓楽街が今は少し辛い。
そんな中劇場の前に辿り着くと扉が開き、一人の老人と男性が中から出てきた。二人ともスーツを着ており、老人のほうは白いスーツに白い髭を生やし、手には歩行補助用の杖を持っている。男性は若く、若葉色のスーツに無造作だがどこか気品のある形に纏まっている茶色の頭髪を持っている。
二人は四人に、いやエリィに気づくと声を上げた。エリィも面識があるらしく同様に反応する。
「おじいさま、アーネストさん」
「エリィ、久しいな」
「エリィお嬢さん、どうしてこちらに」
「はい、仕事の関係で」
どうやら老人はエリィの祖父であるらしい。そう言われてみると、老人の気品とエリィのそれは同質のもののように思える。
エリィの祖父は不意にロイドらを見た。
「そちらは、同僚の方かな」
「初めまして。クロスベル警察特務支援課のロイド・バニングスです」
「ランディ・オルランドっす」
「……ティオ・プラトーです」
「これはご丁寧に。私はヘンリー・マクダエル、エリィが世話になっているね」
年配の方に礼儀正しくされると背筋が正される思いである。
ロイドはそう思いながら言葉を告げようとして、重大なことに気づいて声を失った。むしろ今まで気づかなかったことに驚愕していたと言っていい。そんなロイドを置いて会話は進んでいく。幸いなことにエリィの近況が話題になっていたようで、ロイドは礼を失することはなかった。
会話は恙無く終わり、老人は最後に口にする。
「エリィ、自分の信じた道を行きなさい。公私混同はできないが、できる限りのことはしよう」
「おじいさま、ありがとうございます」
「さて行こうかアーネスト君、次は商工会会長との打ち合わせだったね」
「はい、五時からになります」
二人は連れ立って歩き、傍に停められていた黒い導力車に乗っていく。それは高級な導力車の中でも更に高級な代物のようだ。
走り去った導力車を見てランディはぼやく。
「はぁー、お嬢の実家って本当の金持ちなんだな」
「そうですね、これはちょっとお目にかかれないくらいの――ってロイドさん? どうしたんですか?」
ティオはやっと異常に気づき、ロイドを見た。するとロイドは固まっていた口を投げやりに動かした。
「……クロスベル市の市長なんだから当たり前だろ」
「へ?」
「市長?」
「ふう」
三者三様の反応を示し、エリィは苦笑した。
「もっと早く気づいてもよかったんじゃない?」
「い、いや、確かに苗字は同じだけどさ……」
ロイドは両手を振って慌てる振りをする。どんな形であれエリィに笑顔が戻ったことに気を取られていた。
「それで、その市長さんがアルカンシェルに何の用なんだ?」
「そうね、アルカンシェルの新作公演はクロスベル市の創立記念祭の時期と被るから、その時の打ち合わせに来たのかもね」
創立記念祭は五日間に渡って行われるクロスベル最大のイベントだ。市民はもちろん旅行者も大勢参加するこの祭事は年々規模が増大していっている。そこに合わせて催し物を企画する側も大変なのだろう。
思わぬ人物との遭遇に面を食らったが、改めて劇場を眺める。
アルカンシェルの新作公演、そのための報告だと言い聞かせて四人は劇場に入った。
***
「つまり、弟君たちの仕事はもう終わりってこと?」
本番の衣装に身を包んだイリア・プラティエが問う。太陽の姫の役柄に適した金色を基調としたそれは、露出度も高いがそれ以上に高潔さを感じられる。隣にいるリーシャ・マオのそれも、月の姫という役柄による色彩の変化を除けば大差はない。
四人がホールに入った時、彼女らは予想通り練習を行っていた。しかしその練習にすら圧倒されるものがある。
ロイドはこれを上回る本番を自分たちが守れないことが純粋に惜しいと感じた。
「はい、後は捜査一課が引き継ぎます。警察内部で最も優秀な人材が揃っていますから、舞台に影響を及ぼさないように完璧に警護してくれるはずです」
イリアはうんざりしたような表情を浮かべるが、それでも客の安全の為と割り切った。劇団長も安堵の表情である。しかしリーシャ・マオだけは納得していない様子でいた。
「そんな暗殺者がクロスベルに……ロイドさんたちは、本当にもう」
「すまない、相談を受けた俺たちは直接の警備に着けないけど、それでも間接的に助けられればと思ってるよ」
申し訳なさそうな気配が伝わったのか、リーシャは押し黙る。しかし何かを呟き、その顔にプラスの感情はない。劇団長がこれまでの礼としてチケットを手配すると言い、それに喜ぶランディやティオの傍で、エリィはリーシャと同様の顔をしていた。
普段着に着替えたリーシャに見送られて、四人は劇場を後にする。その時ランディが放った言葉はロイドの知らない公演についてのものだった。
「え、プレ公演なんてあるのか?」
「おう、本番の前にお偉いさん集めてな」
「マクダエル市長を主賓として各界の方や記者の方をお呼びして行うんです。私も初めてなので緊張しますが」
不安を隠せないリーシャを励ますランディを余所にロイドの脳内にこれまでの情報が蘇っていく。銀の存在、ルバーチェと黒月の現状、リンの言葉。黒月を出たときに考えたことが綱となってそれらを繋いでいく。
しかし、ロイドはそこで我に返った。仲間が歩き出している中、リーシャが話しかけてきたからだ。
「ロイドさん」
「え?」
「私が皆さんに相談したこと、間違っていたと思いますか?」
突然の問いにロイドは咄嗟に答えられない。いや、予め覚悟していても答えることはできなかっただろう。そうして沈黙した彼をリーシャは真剣な瞳で見つめ、
「……私は、そうは思いません」
そう告げる。そして踵を返しリーシャは劇場に戻っていった。
すぐにでも練習を始めたいはずの彼女がその時間を割いて問いかけたことの意味。それがわからないロイドではなかった。リーシャもきっと彼が答えられないことをわかっていて問うたのだ。あくまで自分の考えを言っただけ、それでもロイドの中に蟠っていた何かが払われた気がした。
「おい、置いてくぞっ」
「あ、悪い」
ランディの声に振り返り、走り出す。心も身体も疲れきっていたが、その足だけは軽かった。
特務支援課分室ビルの前に人影が見えた。そこを縄張りとしているツァイトではなく、それは劇場前で会った市長秘書のアーネスト・ライズである。エリィが理由を問うと、アーネストは気遣うような視線でエリィを見た。
「エリィ、警察を辞めて戻ってこないか?」
「え?」
「君自身の考えで警察に入ったのは理解している。それでもそんな迷った子どものような目をしているのなら市長を助けると思って戻ってきてほしい。あの御歳でこれ以降の激務は苦しい、エリィがいてくれたら市長はどんなに嬉しいことか」
アーネストは矢継ぎ早に言い、しかしエリィの困惑した表情に自制をかけた。
「すまない、少し気が急いていたみたいだ。それでもエリィ、よく考えてほしい」
真摯な瞳で見つめるアーネストにエリィはたじろぎ、激情を堪えるように目を瞑った。
「……少し、時間をください…………」
エリィは休む旨を伝えてビルへと消えていった。
残された三人はアーネストからエリィが政治家志望な事実を聞かされた。エリィが何を思って警察を志望したのは彼にもわからないが、エリィの意思を尊重してほしいと頼まれる。去っていくアーネストを見つめた後、エリィを抜いた三人はセルゲイに報告しに動き出した。
セルゲイの執務室にはツァイトが寝そべっている。初見こそセルゲイも銃を抜いて警戒したが、このようにまるで警戒なく寝転がられると毒気を抜かれてしまう。
そんなセルゲイは煙草を灰皿に押し付けて訊いてきた。
「で、泣き寝入りすんのか?」
「な、泣き寝入りって……」
「なんだ、違うのか? 捜査一課に依頼を持っていかれ、そこに協力を仰ぐこともできず完全な厄介払い。それでお前らはこの件にどう関わるつもりだ」
セルゲイが見るのは三人、ではなく、リーダーであるロイドである。理由こそあったが適当にリーダー指名をした割にセルゲイはロイドの言を支援課の総意とすることが多い。それが四人の中で事前に話し合われた意見でなくともだ。
それはロイドを評価しているということなのだろうか。
「……これは今までを通しての推測なんですが、脅迫状の銀は、黒月の雇った暗殺者の銀ではないかもしれません」
そして、ロイドは自分の仮説を語りだす。自信がなく他者に一切話さなかったものだ。それを今話す気になっている理由はロイドもわかっている。
「話せ」
セルゲイに言われ、ロイドは口を開いた。
話し終えたロイドは眼前のセルゲイを見やった。セルゲイは既に二本目の煙草を吸っていて、頬杖を着いている。
「――それが真実かどうかはさておき」
「ガクッ、おいおいいいのかよ」
「お前達がこの件に噛める道、それは独断でやることだ。特務支援課は本部からハブられているが、それは逆にある程度の裁量が任されているとも解釈できる。黙ってやる分には他の部署の縄張りを踏み越えるくらいわけはない」
確かにセルゲイの言葉は理解できるが、それは警察本部の、捜査一課の意向を無視することだ。それに対する不安はあるのか口元を結ぶ彼らに問題ないことを強調したセルゲイは、しかし彼らにその前に解決すべき問題があることを突きつける。
「尤もチーム一丸とならなきゃ問題外だが」
それは今この場にいない一人のことを指している。三人も言われるまでもなかった。
* * *
寝転がって自室の天井を眺める。無機質で余計な情報がないそれは考える時に最適な背景だ。そういえば特務支援課に入ることを決める時もこうして眺めていたな、と遥か昔の事のようにロイドは思った。
二ヶ月という時間を早いと感じるか遅いと感じるか、そう聞かれたならば前者と答えるだろう。毎日が慌しく大変で、それでも三人の仲間とともに頑張ってきた。
そして今、その内の一人が霧の中にいる。
あの日、ロイドは自分自身で結論を出すことができなかった。自分の目標と現実との齟齬、そして自分自身の齟齬。それに踊らされグルグルと渦を巻いていた思考を止めるためには三人との会話が必要だった。
「市長の孫、政治家志望……」
どれも知らなかった側面だ。前者はもっと彼女に興味を持っていればすぐに気づいた事柄だろう。当たり前のように共にいた彼女だが、その実自分は彼女のことを知ろうともしなかった。それが今ロイドを包む一番の後悔だ。そして、それは反省にしなければならない。
「よし」
ロイドは起き上がり、部屋を出る。
ロイドとエリィの停滞が同じものだとは思わないが、それでもロイドは自分を動かす最後の一押しとなった会話を今もまた望んでいる。あの時は悩んでいたロイド自身が動いたが、きっと彼女は自分から動くことはない。いや、動けないのだ。彼女はただ、誰かを待っているのかもしれない。
ふと、彼女の部屋での会話の一部分を思い出した。
貴方の事情を私はまだ聞く立場にないから私の意見を言わせて貰うけど――
その礼をする機会が今なのだと、ロイドはようやく理解した。エリィは自室にはいない。それこそが彼女の状態を示すものだ。
そしてロイドはその場所を訪れた。
クロスベルを俯瞰する、分室ビルの頂上。僅かな風に飛ばされてしまいそうなエリィ・マクダエルの背中が、そこにあった。