空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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決意の花

 

 

 

 夜の帳は降りて、星と電飾が対を為す海を作る。

 人の気配は少なくなり、しかし真昼とは別の活気が確かにあった。

 

 宛がわれた部屋の簡易ベッドに寝転がったロイド・バニングスはぼんやりと天井を眺めていた。外界の頭上とは比べるべくもない質素なものだったが考え事をするには相応しい。余計な情報を入れないほうが思考の整理は容易かった。

 遊撃士の真似事をするくらいなら始めから遊撃士を志すほうが建設的である。捜査官資格まで取ったロイドには当然その気はなく、辞退することが妥当な選択であることはすぐに理解できた。

 それでも迷っているのはどうしてなのか。まずそこからロイドは考えた。

 自身の目的、それは確かに胸のうちにある。

 警察官として、捜査官として自分なりの正義を追い求めること。いや――

 

 ――いや、兄であるガイ・バニングス捜査官を殺害した犯人を見つけること。

 ――それがロイド・バニングスの全てだ。

 

 ならば市民の要望に応えるという遊撃士紛いのこの部署に用はない。用はないはずだ。重要なことはわかる、だがそれでは納得しない。やはり警察しか道はない。

「…………」

 しかし、ロイドはクロスベルに来てからの自分に自信が持てなかった。それはある二点からそうなった。

 

 一つは……そう。走力の変化だ。

 最初の魔獣との交戦、あの時自身の身体能力に違和感があった。予測到達時間の僅かなズレ、増している速度が不思議だった。

 そして二つ目は、あの巨大な魔獣が出てきた時。

 あの時ロイドは確かに判断したのだ、自分だけ戦って他を逃がすしかない、と。しかし現実ではロイドは仲間に指示を出し全員で戦おうとした。それは何故なのか。

 何かが琴線に触れた気がする。遠く、泡沫のような何かが自分の中にあるのかもしれない。正体はすなわち、泡沫に過ぎないのだが。

 

 今までがむしゃらにやってきて、友人こそいたものの仲間と呼べる人はいなかった。

 この変化が今日会ったばかりの仲間によるものだと言うのなら、それはこのまま特務支援課としてやっていくことへのメリットになるのかもしれない。自分の変化が明瞭にわかるというのならそれは迷うに足る理由だ。

「…………違う、よな」

 否定。全て確認作業に過ぎない。

 そんな小難しいものではないのだ。

 単純に、ロイド・バニングスはあの三人を気に入って、直感的にこの仲間とやっていくんだと理解してしまった。ただそれだけなのである。

 

「考えすぎるのも考え物だよな」

 起き上がり、写真を眺める。

 兄であるガイと、その婚約者のセシル・ノイエス、そして昔の自分。

「――三人はどうするんだろう」

 この迷いに決着を着けるため部屋を出た。

 

 

 

 

 空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない

 

 

 

 

 

 予感はしていた。だからこそロイドは三人の元に向かったのだろう。

「ようこそ、俺様の城へ」

 隣室に当たるランディの部屋を訪ねたロイドは、既にかつてとかけ離れた部屋を見て得心した。

 オレンジのソファーやグラビアポスターなどは彼の印象に合っている。

「もう決めたんだな、ランディは……」

「まぁな、面倒なデスクワークも少なそうだし上司もアレだし気楽そうだからな」

 

「はは……そういえば警備隊にいたって言ってたけど、どうして警察に?」

「お、覚えてたのか流石は捜査官。しかし―――聞きたい?」

 もったいぶるランディに、これで聞かないとは言えないよなと内心苦笑しつつ促す。神妙な顔をするランディ。

「女絡みで首にされた」

「…………ありがとう、それじゃ」

 ロイドは踵を返した。

「ちょっと待てって。お前さんの本題がまだだろうがっ」

 慌てているのか苦笑しているのかわからなかったが、確かに用は済んでいなかったので立ち止まる。

「折角の捜査官資格を無駄にしそうだもんなぁ」

「――それもあるけど、目標と離れていきそうな気がして、ね」

「ふむ……」

 ランディは真顔で言葉を咀嚼し、しかしソファーにもたれかかった。

 

「ま、一晩じっくり考えてみろや。目標を知らない俺がどうこう言っても仕方ねぇし、お前も納得しないだろ? この続きは正式にお仲間になってからにしようや」

 そう言って彼は目を瞑る。もう話す気はないようだ。

 ロイドは礼を言って部屋を退去した。

 扉が閉まる音を聞いて、ロイドは立ち止まる。

 話を振ったのは自分だが、その答えで場の空気を変えたランディの気遣いは少しだけロイドの心のうちを軽くした気がする。

 さて、と次に訪ねるべき人を決めて階段へと向かったロイドは気配を感じて立ち止まる。

「こんばんは、ティオ」

「……こんばんは、ロイドさん」

 二人目は寡黙な少女だった。

 

 

 

 

 一階に降り、執務室の横でてきぱきと機材を組み上げていくティオを眺めるロイドには疑問のマークが浮いていた。

 それはティオの行動に対するものではなく、彼女が組み上げているものがさっぱりわからなかったからである。ティオはため息を吐いて振り返った。

「ロイドさんは『導力ネットワーク計画』についてどこまでご存知ですか?」

「えっ、雑誌で見た限りのことだな……」

 その内容もあまり覚えていないとは言えなかった。

「……まぁそれはおいおい話しますが、これはそれにより使用できる汎用端末です。これにより遠方からでも情報伝達が可能になります。専ら警察本部からになると思いますが」

 

 ティオは早口で言い放ち、また作業に戻る。

 専門的な用語があまり混ざらなかったのは気遣いなのか偶然なのか、どちらにしろ内容を理解したロイドは確認する。

「つまり、ここから指令が届いたりするのか?」

 頷くティオにホッとして、ようやく聞きたかったことを聞くことができた。曰く、どうして出向してきたのか。

 ピタと手が止まり、沈黙する。ロイドはその反応に嫌な予想をした。

「まさか無理やり出向させられたのか? もしそうならちゃんと嫌って言わないとダメだぞ! 俺も協力するから――」

「違います」

「へ?」

「ふぅ……この出向はわたし自身の意志です。わがままと言ってもいいくらい」

 あからさまにため息を吐くティオには非難の感情が見て取れる。ロイドはしゅんとなった。

「ごめん、早合点だったな」

「やれやれです、捜査官ならしっかりしてください。だから自分の気持ちもわからないんじゃないですか?」

「……っ、そうだな、そのとおりだ」

 自分の意志すら固まっていないというのは自分の足で立っていないということに他ならない。

 おんぶに抱っこの状態で他人に介入しようというのは無理があるというものだ。

 ロイドは顔を伏せ、その場を後にする。自室に戻ろうとする背中に言葉が響いた。

「わたしにはここにいる理由があります。ロイドさんはどうなのですか」

 

 

 

 

「今、紅茶を入れるわね」

 現金なもので、ティオに投げかけられた言葉が最後の一人に会う活力を与えてくれた。

 そんなロイドは三階に上がってすぐのエリィの部屋で紅茶を待っている。

 本当ならこんな時間に会ったばかりの女性の部屋に押しかけあまつさえ紅茶をもらうなんてことは流石にしないロイドだが、何故か今はその厚意に甘えてしまっている。彼の思考が螺旋を描きすぎているのかもしれない。

「おまたせ」

 ティーカップをロイドの前に置き、エリィはその向かいに座った。

 立ち込めた湯気を何気なく眺めていると心地良い香りが漂ってきてなんだか安心する。

「落ち着いた? っていうのもなんだか変ね」

 クスクスと笑うエリィに視線を注ぎ、ハッとしてロイドは礼を言った。

「……もうエリィも決めてるんだな」

「まぁね」

「なんでだ?」

 具体的な質問ではなかった。それでもエリィは考え込み、適温にまで冷めた紅茶を口にする。

 

「私には目的がある。その目的を達成する場所としてはこの部署は最適かなって思ったの」

 どうぞ、と勧められロイドは紅茶を含む。温かさと仄かな甘味が喉を突き抜けていった。

「貴方は新人でありながら困難な捜査官資格まで取った。それだけの目的があったはずよ。それがここで追い求められるか、それが大事だってことはもうわかっているのよね」

 ロイドはカップをテーブルに置き、頷いた。不安を消したいように両手の指を絡ませる。

「わかっているんだ、全部。もしかしたら既に心は決まっているのに、それを認められないのかもしれない」

 情けないな、と自嘲する。こんなに悩む性格だったのだろうか。

 比較対象である兄はどこまでも真っ直ぐだったから余計にそう思うのかもしれない。

 それとも、のっけから調子を狂わされて怖気づいているだけなのか。

 

「……貴方の事情を、私はまだ聞く立場にないから私の意見を言わせて貰うけど。私は、貴方にいてほしいと思っているわ」

「え……」

 ロイドはエリィの瞳を見る。とても綺麗で普段なら顔を背けたくなるような、真っ直ぐな瞳。

「急だったけどリーダーとして皆を纏めて引っ張ってくれたし、それにリュウ君を見つけたときにすぐに私を頼ってくれたでしょう? 貴方の力なら飛び込んでも良かったはずなのに、会って間もない、自分の力ではない私を頼ってくれた。それがただただ嬉しかった」

「…………」

「だから私は貴方と一緒にやっていけたらって思う。信頼してくれる人だから」

「………………そっか」

 ロイドは心にストンと言葉が落ちてきたのがわかった。

 今一番欲しかったのはその言葉。ただ一緒にやっていきたいと言ってほしかっただけなのだ。

 目標から遠ざかるかもしれないけれど、自分が思ったことと同じ気持ちを持っている仲間がいるだけでよかったのだ。

「簡単だなぁ、俺は」

「ふふ、そうかもね。でも貴方らしいわ」

「そうかな」

「そうよ」

「そうかもな」

「ええ、それでいいのよ」

 二人で笑って、紅茶を飲んだ。

 

 

 

 

 

 翌朝、再び執務室に集合した四人はセルゲイから意志を問われていた。

「俺は問題ないッス。てか俺を警察に呼んだのはアンタでしょうが」

「愚問ですね。それが約束ですから」

「私もここで厄介になります。よろしくお願いします、セルゲイ課長」

 ランディ、ティオ、エリィはそれぞれ所属の意を示し、そして矛先はロイドに向いた。

「さて、最後はお前だロイド・バニングス。新人にして捜査官試験を合格したお前はどの課にいってもそこそこに活躍できるだろう。翻って特務支援課は警察の人気取り、半年後にはなくなって経歴に傷をつけるかもしれん。考えるまでもないことだと思うが?」

 ロイドは昨夜の会話を思い出し、その問いに対する答えを出した。

 

「そうですね。でも俺は特務支援課に配属しようと思います」

「へぇ……」

「ロイド……」

「…………」

 三者三様の反応を見せ、セルゲイはつまらなそうにぼやく。

「なんだなんだ、もっと若者っぽく悩む姿を期待してたんだが」

「悩みましたよ。それはもう期待に副えるくらい」

「だな」

「……ですね」

「ふふ」

「なんだ、そうなのか?」

 セルゲイはその様子に昨夜何があったのかを察し、内心で鼻を鳴らした。

「まぁいい。それじゃあ今日一日は休暇だ。明日から馬車馬の如く働いてもらうから覚悟しておけ」

 セルゲイの脅しにも似た言葉に四人は笑顔で頷いた。期待する反応がなかなか見られずセルゲイは少し不満顔である。

 しかし彼にとっても待ち望んだ部署の始動、笑い出したいのを堪えて思い出したように言った。

 

「おっとこれはやっとかなきゃなぁ――――ロイド・バニングス」

「はい!」

「エリィ・マクダエル」

「はい」

「ランディ・オルランド」

「うッス!」

「ティオ・プラトー」

「……はい」

「本日09:00を以ってこの四名は特務支援課に配属となる。以上だ」

 クロスベル警察特務支援課の初期メンバーが決まった瞬間だった。

 

 

 

 

 執務室を辞した四人は今日の休暇をどう過ごすかという話題に花を咲かせる。一端の区切りが着いたせいか、それは弾んでいる。

「……わたしは明日に備えて午後に端末の整備をします。午前中はその準備ですね」

「そう、なんだかティオちゃんだけ仕事しているみたいで悪いわね」

「大丈夫です。好きでやっていることですから」

 エリィとティオが話す中、ランディはロイドの肩に手を回して小声で話した。

「……なぁ、実は結構綺麗なねーちゃんがいる店を見つけてな。一緒に行かねぇか?」

「いきなりだな、ランディ」

「応よっ、何せ警備隊にいるときはなかなか行けなかったからな、精々満喫させてもらうさ。で、どうだ?」

 ロイドは苦笑し、丁重に断った。

「警察に入って早々にそういう店には行かないほうが良いんじゃないのか?」

「む、一理あるな。仕方ねぇ、カジノにでも行ってくるか。で、お前はどうするんだ?」

 ランディの問いにロイドはああ、と応え、

「……ちょっと教会に行ってくるよ」

「――そうかい、そいじゃまたな」

 ランディはあっさりとロイドを解放し、二階へと消えていく。ロイドはエリィとティオに先に戻ると言い残してその後を追った。

 

 

 

 

 西通りの店で鮮やかな青の花を買った。クロスベルは青が似合う気がするし、ロイド自身も好きな色だ。

 落ち着いた静かな青というよりはっきりと主張する青を選んだのは、その方が喜ぶと思ったからだった。

 

 西通りから住宅地へ、そしてマインツ山道に抜ける。

 そのまま北上すれば見事な滝と七耀石の発掘で有名な鉱山町マインツがあるが、ロイドの目的地は市街を出てすぐにある七耀教会である。

 教会ではミサは勿論、15歳までの子どもが通う日曜学校が行われている。ロイドも日曜学校で馴染みのある教会であり、その時にとあるシスターには世話になったものである。

 坂を上って見えた大聖堂は圧巻だ。左手に見える建物は寄宿舎らしく、シスターや司祭が居を構えている。そのまま大聖堂に入ってみてもいいが、ロイドの用事はその大聖堂の向こうにある。

 

 古びた石造りの門を越え、敷地内に入る。左には小さな小屋、正面奥には石碑がある。

 そしてそれ以外は無数の墓碑で埋められていた。

 

 緑の絨毯の中を歩き一つの墓にたどり着く。

 ロイドは感慨深くそれを見つめ、買っておいた青い花を供えた。ガイ・バニングス、そう書かれてある。

 

 

 ロイドは以前来た時のことを思い出した。

 誰もが黒い喪服を着て別れを惜しんでいる。その人たちの前にいてソレを見下ろす自分。その横には憔悴しきった憧れの人。

 その人は愛する人にもう会えないという辛さを堪え、自分を心配してくれた。

 突然の肉親の死去もそうだが、その顔こそが何よりも堪えたのかもしれない。

 結果自分は三年の月日を共和国で過ごし、そして三年越しに兄の墓参りを行っている。

 

 頼ってくれと言ったその人に意地を張っていた自分が間違っていたんだと今ならわかる。しかしそれを今更覆すことはできない。

 時間は元に戻らない、過ぎたことはやり直せない。

 だから未来の今の自分は、それを精一杯償おうと思う。

 

 兄、ガイ・バニングスはもういない。その兄を葬った事件は謎に包まれたままだ。

 そして、ロイド・バニングスは捜査官としてクロスベルに戻ってきた。

 未熟で、まだまだ兄に及ばないことを自覚している。それでもきっと事件の真相を暴き、真実を見つけてみせる。

 それはロイドがやらなければならないことだ。兄の墓を見て、決意を固くした。

 特務支援課は未知数の部署だが、それでもロイドが全力で以って臨むことは変わらない。真摯に事に向き合えばそれは真実への一歩になる。ロイドはそう信じている。

 

 太陽は柔らかな光を注ぎ、微風が頬を撫でた。

 青い花が嬉しそうに揺れていた。

 

 

 

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