空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
ティオ・フィナーレ
「……一つ言わせろ」
「な、なんだよ……」
「ランディ?」
はぁ、とため息を一つ。それとともに空気が重いのか軽いのかわからなくなる。どうでもよさそうな表情で見つめるティオを他所に深刻な表情でランディは言った。
「お前らデキてるだろ」
「な」
「ん」
「だってぇーっ!?」
訂正、間違いなく軽かった。ちなみに最後は二人同時である。
事の始まりはこうだ。
無事脅迫状事件、もとい市長暗殺未遂事件を解決に導いた特務支援課。この手柄はクロスベルタイムズにも大々的に取り上げられ、一夜にして彼らの待遇を変えた。
捜査一課というクロスベル警察のエース部署が警備していた場所での実績ということが箔をつけたのだろう、支援要請で市民に会っても反応が良かった。
そんな彼らだが、とにかく銀にこっぴどくやられたことが頭から離れない。故に今度会ったら同じ目に遭わせる、とまで強がることはできないにしてもこちらの要求を無視できない程度には強くなっておきたかった。
ということで前回のおさらいである。
まずランディとティオがすぐに脱落したのでその後の展開を所望する。エリィはエリィで戦いには参加できずに暫く蹲っていたのでその間の戦況は知らずロイドにスルー。しかし当のロイドもノエルが脱落してからの流れを良く覚えておらず、結局なし崩し的に最後の一撃にスポットが当たるのは当然のことだった。
しかしこの説明こそが問題だった。ロイドとエリィは口を揃えて一言。
『スターブラスト』
である。疑問符しか浮かばない二人のためにとこのお惚けコンビは説明を加える。曰く「私がロイドに向かって撃って」「それに合わせて殴った」である。
ああそうか、根本が間違っているんだな。
ティオがそう思うのも無理はなく、ランディがため息を吐いてもっとと詳細を強請るのも仕方のないことなのだ。そしてやっと理解のできる説明が零れ落ち、しかして結論はこうである。
「ロイドがタイガーチャージを避わされたから銃で撃って範囲内に押し込んで、乱打が終わるタイミングでロイドの背中から魔力弾を撃つ。それを屈んで避けたロイドがトンファーを後ろに流してその魔力を吸収させて最後に止めの一撃を放つというコンビクラフト」
人差し指を立ててまるで出来の悪い生徒に向けて話す教師のような格好をするロイドとエリィに青筋が浮かぶのを抑えられなかったランディをどうして責められようか。
そして無事に賽は投げられ、冒頭に戻る。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ、どうしてそうなるんだよっ!」
「そ、そうよっ、話が摩り替わっているわっ!」
「反応が一緒ですね。これはもう現在の心境も同じなのではないですか?」
「ティオちゃんっ!」
ティオは失礼しました、と言ってあらぬ方角を眺める。
あ、鳥……
「いいか? コンビクラフトっつーのは連携の極みみたいなもんだ。前にエステルちゃんとヨシュアがやってたアレみたいにな。通常のSクラフトとかと違って他者との呼吸も合わせる必要があるし、何よりそれはただの連撃だとか同時攻撃だとかと同じ威力じゃねぇんだぞ。そんなもんをぶっつけ本番で成功させるコンビ、いやカップルがデキてないなんて俺は認めないね」
ふーん、とこちらも彼方を眺めるランディ。腕を組んだ様は心のガードを表しているかのようだ。
しかしそんな対応をされてもロイドとエリィには解決のしようがない。結局真実は頭に思い描いた動作をしたらそうなった、という身も蓋もないものなのだ。それにおそらくあの時は極限状態における火事場の馬鹿力のようなもので、今もう一度成功させろと言われてもできる気はしない。
大事なことなのでもう一度。あの時は極限状態における火事場の馬鹿力のようなもので、今もう一度成功させろと言われてもできる気はしない。
「――っ!」
「――っ!」
そして二人は同時に閃き、それを見てティオは先と同じことを思った。そんな彼女を知ってか知らずか二人は怖い笑みを浮かべて捲くし立てる。
「そ、そう! 今やってもきっとできないから今から練習をしようと思うんだっ!」
「だから二人も一緒にコンビクラフトを考えてみないっ!?」
ランディとティオの疑いを晴らす方法を同例を出現させる以外には思いつかなかった二人はそう言ってそれぞれ腕を引っ張っていく。ずるずると引きづられていくランディとティオ、こちらはこちらで、これぐらいで許してやるか……とシンクロしたように同じことを考えていた。
***
両者の声が木霊する。二人は同時に息を吐き目の前にいる訓練用の攻撃対象を見た。
「あれ?」
その案山子はロイドの打撃を受けて腰を曲げ、エリィの銃撃によって焼け焦げている。それは今行った二人の攻撃の性質に違わぬ防御創である。
しかし二人の反応は鈍い。それもそのはず、銀を打ち抜いた一撃を再現したはずのそれが見事にばらばらの攻撃になって威力が分散していたからである。
「ふぅ、やっぱりね。もう少し練習しないとあの時のようなことにはならないわね」
エリィが銃で案山子を突っつく。
そもそもコンビクラフトは通常のクラフトと同様にエニグマに登録する必要がある。コンビクラフトは今までになかった概念で、それまでの世代の戦術オーブメントでは登録などできなかった。それは一つのオーブメントでは二人以上の人体を操作することなどできなかったからだ。
もともと一人一種のオーダーメイド、使用者以外に効力を発揮するものなど存在しない。
しかしエニグマは内蔵された導力通信機能を利用してエニグマ間の繋がりを作ることによって二つ以上を同期することに成功した。故に同様の登録を行った場合、一定以上のCPが両者に存在するならばどちらかのコマンドによってその二人を動かすことができるようになったのだ。
当然行う場合、使用者同士のコミュニケーションが今後の人間関係にとって重要になるのは言うまでもない。
そして今回、ロイドとエリィが偶発的に行ったコンビクラフト『スターブラスト』は登録以前のもの、そしてその登録にも失敗していたのでもう一度再現しないとクラフトにはならないのである。
しかし現状それも失敗、二人してどこが原因かを悩んでいるところである。
「エリィ、使っているのはこの間のものと同じなのか?」
「いいえ、あの時は銀に破壊されてしまったから予備のものを使っていたの。流石にアルカンシェルの警備前に新調したから今はそれね。元々予備の銃は性能に偏りがあって使い所が難しいの、だから普段はバランスを重視したものなのよ」
元々競技用の銃だが戦闘用に仕上げたものだということでエリィにとってはそれが一番らしい。そしてあの時の予備の銃は端から戦闘用、それも対物理型魔獣用らしい。
「だから私としては普段の銃で成功させておきたかったんだけど、確かに成功しない現状ではまずその率を上げないといけないわね」
そう言ってホルスターから予備である真っ白な銃を取る。装飾の一切がないシンプルなものだ。
「よし、それじゃやってみようか。あっちも何かやっているみたいだし」
ちらと後方を見て呟くロイド、その先には二人をからかった大小が協議を重ねている。
「ちょっと楽しみね」
エリィは銃の簡易チェックを済ませて微笑んだ。
ロイドが視線を向けた先でハルバードを肩に担いだ彼は、だから、と念を押すように言ってから続けた。
「俺がこうクリムゾンーって時にティオすけがエーテルバスターをだな……」
「えっ、撃っちゃっていいんですか?」
「いや俺を撃てとは一言も言ってないからなっ!?」
心底驚いた表情のティオにランディは慌てて否定する。少し残念そうな少女は表情を真面目に切り替え、
「無理です、コンビクラフトがただの同時攻撃じゃないって言ったのランディさんですよ。わたしのエーテルバスターは属性という志向性のない純粋魔力ですからランディさんの攻撃のベクトルに合わせた乗算は不可能です」
「ん? じゃあその志向性を合わせりゃいけんのか?」
尋ねるランディにティオは頷き、
「ランディさんの攻撃属性は大体火属性ですよね、だからわたしがその火を増加させる風の魔法とか、上位属性系の魔法を火の猛威性で高めるか。もしくは――」
ティオはランディのハルバードを見る。
「スタンハルバードの振動に属性付加を与える手数補助的なものがいいのでは?」
全部で三つ、それを指で示すティオにランディはふむと黙り込み、やがて立てられた薬指を掴んだ。
「じゃあこいつにしてみるかっ」
「セクハラです」
「なんでだよっ!?」
冗談です、と呟く彼女。最近何故かティオのからかい頻度が高まっている気がする。それはそれで慣れてきたのだと思うし良い傾向だとも思うが、ランディ的には少し不満も残る。一応最年長として纏め上げたいので、どちらかといえばからかう側に回りたいのだ。そう、纏まるためという至極全うな理由である。断じて性格的な何かではない。
「見てろティオすけ……くく」
これは少し灸を据えねばなるまいと笑みを深めた。
ティオと二人、隣り合わせに立つ。魔導杖を起動して魔力を高める黒衣の少女は目で合図してきた。
エニグマを駆動すると登録ができない、故に自分自身でハルバードを生き返らせ、跳躍する。頂点に掲げられたハルバードに向けてティオは高めた魔力のままアイシクルエッジに似た氷刃を放つ。目を閉じたティオはエイオンシステムを起動し準備に入り、そのまま向かったそれはハルバードに纏うように常駐する。
「オッケーだっ! 行くぜぇ!」
作り上げた氷の斧を勢いのまま案山子に振り下ろした。留まっていた氷の息吹が標的を凍結し、衝撃が内部からその氷柱を破壊する。そのまま振り切ったランディに従うように案山子は氷の残骸に変化して地に横たわった。
「ほー、こりゃエグいな」
パワースマッシュでは衝撃による麻痺と吹き飛ばしが付加効果だが、これはそれ以前に破壊してしまう。凍結に耐性がなければ一撃でおしまいだ。思わずにやりと笑い、
「成功、だな」
「いえ、失敗です」
後ろからティオが否定した。
「あん、なんでだ?」
「コストパフォーマンスが最低です……」
首を傾げるランディにコスパを説き、ふぅと息つく。
「わたしは魔力上昇に魔法制御でいっぱいいっぱい、なのにランディさんは普通に殴っただけ。割に合いません」
「い、いやいや、だがそれがチームプレイっつーヤツじゃ」
「納得いきません」
その後はぎゃあぎゃあと口の応酬、しかしティオも実用性自体に文句はなかったのでいつの間にか登録を済ませてコンビクラフト名に議題が移っていた。なんだかんだで仲がいい二人である。
***
時が経つのは早いもので、いつの間にか夕食である。ツァイトの前に運ばれたのを最後に全員が席に着き食事が始まった。セルゲイは黙々と食べていたが流石に耳に入ってくる言葉には敏感である。手を止めて四人を見た。
「なんだ、今日は訓練に成果があったのか」
「あ、はい」
ロイドも手を止める。一応報告するべきだろう。
「今日はコンビクラフトを考えていまして」
「ほう、つまり完成したのか」
「当たり前じゃないッスか!」
ランディが胸を叩き、ティオがジト目で眺めた。セルゲイが促すとランディが得意気に言い放つ。
「俺とティオすけの華麗なコンビクラフト! その名も――」
「『グレイシャルビート glacial beat』です」
「ちょ、てめ――」
決め台詞を奪われたランディの叫び、しかしティオはつーんとそっぽを向いて食事を滞らせない。その様子を見たエリィは疑問符を浮かべた。
「でもなんでティオちゃんは機嫌悪いの?」
「あぁ、じゃんけんで負けたからな」
尚更わけがわからないというエリィに説明する気がないランディとティオ。セルゲイがそんな彼女を見た。
「エリィ、お前はどうなんだ。その組み合わせならロイドとなんだろうが……」
「あ、はい。そうですね、以前の焼き直しですからなんとか」
二人のほうもなんとか呼吸を合わせて成功させはしたが、実際のところ銀に使用したものより劣化している。どうしてもタイガーチャージとの誤差が埋まらず、仕方なくアクセルラッシュにランクが下がったからだ。
しかしいざそれでやってみるとすぐに上手く行き、最初からこっちだったんじゃと不思議に思う二人だったりする。
「そうか、まぁ実力が上がるに越したことはないからな」
満足したのかセルゲイは食事を再開する。ロイドとエリィはランディとティオのコンビクラフトの詳細を知らないのでそれについての会話を重ね、そうして夕食は瞬く間に過ぎていった。
* * *
「おはようございます……」
翌日、いつもどおりの挨拶で一階へと下りてきたティオ・プラトーを出迎えたのは朝食当番であるエリィ・マクダエルだ。あらティオちゃんおはよう、といつものように爽やかな優しい笑みで迎えてくれる彼女に何の疑問も持たず、手伝いはいいからツァイトの相手をということでツァイトと安らかな時間を過ごす。
やがて起きてきた男二人の足音が聞こえ、すわ朝食かと顔を上げたティオ。
「おはようエリィ、今日もかわいいよ」
「あらやだロイド、そんな貴方もかっこいいわ」
「お、ツァイトの兄貴、おはようございまッス!」
「は…………?」
ティオは呆けた。
「今日はエリィの朝ごはんか、毎日でも食べたい美味しさだよ」
「うふふ、元々貴方の朝ごはんを用意するのは私の仕事よ」
「兄貴! 俺今日どうッスかね? 兄貴みたく王の風格ありますかっ!?」
「…………」
ツァイトが我関せずなのは変わりない。でもロイドとエリィとランディの様子がおかしい。ティオは目をぐしぐしと擦った。
夢…………?
しかし彼女の願いも虚しくその光景が変わることはない。ロイドとエリィは新婚夫婦の如くいちゃいちゃし、ランディはツァイトの傍でまるで舎弟のように付き従っている。
ど、どういうことですか……
背景に雷が走り、ティオは固まった。
食器が触れる高い音が響く。ティオはそれ以外の音が聞こえないようになりたかったがそんな風に世界は彼女に優しくなかった。
「あ、ロイドっ。これ自信作なの、どうかな?」
「どれ……うん、やっぱり美味しいよエリィ! これならいいお嫁さんになれるな!」
「やだもうっロイドったらぁ!」
「いやいや、もう腹いっぱいになっちまうからその辺にしとけよお前ら。兄貴もそう思いますよね?」
黙々と食べ続けるツァイト。
「…………あ」
「あ?」
小さな呟きに一斉に振り返る三人。ちなみにセルゲイは朝早く出てしまっている。ティオは恐る恐る呟いた。
「……あの…………ロイドさんとエリィさんは、その……」
「私たちがどうかしたの、ティオちゃん?」
「どうしたんだティオ?」
顔を近づけるように揃って首を傾げた二人に開いた口が塞がらない。ティオはその言葉を止め、ランディに言及した。
「……ランディさんは、ツァイトのこと――」
「兄貴がどうした? はっ、まさかティオすけ、俺と兄貴の関係を疑っているのかっ!? 俺と兄貴との絆は強固過ぎて困ってるくらいだぜ!」
ですよね兄貴、と笑顔で笑いかけるランディと黙々と食事するツァイト。ティオはもう何がなんだかわからなかった。
視界がグルグルと回りだす。もうダメかと諦めたその時、ティオに天啓が閃いた。ぐわと顔を上げ、確信したように言った。
「――そうか、どっきりですね!」
そしてティオの目の前には見抜かれたと悔しがる三人、
「え…………」
の顔はない。三者が三者とも不思議な顔をしていた。
「ティオちゃん、大丈夫?」
「具合でも悪いのか?」
「なんだ、それならそうと言えばいいじゃねぇか」
「とりあえずランディ運んでっ」
「いや、俺よりツァイトの兄貴のがいいだろ」
「俺はエリィと一緒に何か作るよ!」
もう、ダメです……
ティオの視界がブラックアウトした。
「――なんて、もういいでしょランディ」
「え……?」
「そうだな、というか個人的にはもう限界……」
そこにはいつもどおりのロイドとエリィ。
「ま、これくらいで許してやるか」
そう言ってランディはティオの頭をがしがしと撫で、
「どうだティオすけ、面白かったか?」
これまでの事情を説明してくれた。
「つまりだな、正にどっきりだ。ちょいと仕返しをってな」
「ふふ、私も昨日はからかわれちゃったから」
ごめんね、と舌を出すエリィ。
「ま、結局のところランディに言い包められただけなんだけどな」
ロイドが苦笑し、そしていつもの三人に戻る。ティオは暫し呆然と三人を眺めていたが、やがて静かに笑い、そして頬を膨らませた。
「あ、ティオちゃんかわいい!」
「やめてくださいっ」
翌朝、ランディ・オルランドは多少の遅刻を大目に見てもらう気満々で一階へと下りてきた。
「はよーッス」
ボリボリと後頭部を掻き欠伸をかみ殺し、所定の席に着く。
静かだ。
「ん……なんだどうした?」
目の前にはロイドとエリィ、二人が姿勢よく慎ましやかに座っている。疑問は湧いたが特に顕著なことでもない。
そしてランディは厨房から出てきた今朝の食事当番を見て、
「おうティオすけ」
「なんだこのやろー…………です」
その口調に硬直した。
「ねぼうやろーに出すごはんはねー…………です」