空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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大輪の華、真黒の影

 

 

 

「レースも終盤ですね。遊撃士ペアと旧市街ペアが一位争い、警察ペアは何かアクシデントでもあったのか若干のタイムロスがありましたがどうなんでしょうか?」

「……でもそれ以降のランディ先輩の勢いは凄まじいですね、これは遊撃士ペアに相当する速度です。前の二組が衝突するならまだ可能性はあります」

「確かに。ランディ選手はその一撃でセットを壊していますからパワーも上がっているんでしょうね。今までと違い先行しているようですが、チェックポイントのタイムロスがあるからロイド選手が追いつけているような印象を受けます」

「元々先輩の方が足は速いはずですが、それでもこの驚異的な速度は予想外です。ロイドさんのトップスピードで追い上げているわけですから前の二組も油断はできません」

「そういえば妨害工作も設置型のものはありませんね」

「そんなものを用意する暇は正直ありませんから追いかけたほうが速いです。そもそも武闘派が集まってやっているわけですし」

「楽しみをなくす方法は取りませんね――――おおっとここで遊撃士ペアが反転、迎撃態勢を取っています! このまま走れば勝利のはずですが……!?」

「忘れずに楽しみたいんでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エステルのわがままに振り回されることに慣れているヨシュアは、お決まりのようにため息を吐いて待ち構えた。

 ロイド・ランディペアとは少しの刃合わせを行ったが、これから来る旧市街ペアとは行っていない。そもそも発端はこの二人から始まったわけだし、ここで戦わずに終わることはありえない。

「来たわね!」

 エステルの言葉通り、ワジとヴァルドが既に目の前にまでやってきていた。ヴァルドが乱れた息でなお鼻息を荒くする。

「フン、わざわざ、待っていたってわけか」

「まぁね、せっかくだし」

 

「ふふ、それなら僕も楽しませてもらおうかな」

 そう言ってワジはヨシュアを見る。その見定めるかのような瞳にヨシュアは今日一番の集中を自身に望んだ。

 半身となり、腕を直角に曲げる。そこには一切の力も感じられない自然体だが、そこに蛇のようなプレッシャーを感じる。ヨシュアは双剣を手にワジの動向を注視した。

 隣ではエステルとヴァルドが得物をぶつけている。ヴァルドの実力はエステルに遠く及ばない、心配する必要はなかった。

「し――ッ」

 故にヨシュアは神速の踏み込みで以ってワジの左腕を狙う。ゆらゆらと揺れていた最近距離の腕への一閃は、しかしその鞭のような腕で剣の腹を打ち据えられ防がれる。

 右腕が衝撃で痺れ、弾かれる。その勢いに従い振り上げた左の蹴足砲を右腕で相殺したワジは、ぶつかり合った腕を絡ませて自分に有利な体勢へと移行させる。

「っ!?」

 左足を絡め取られて姿勢を崩したヨシュアにワジの左足が迫る。思わず左の剣で受け――

「な――」

 衝撃が手に走り剣を飛ばされた。

 更に迫る左腕、足を絡め取っていたワジの右腕を土台にして空中に回避する。同時に飛ばされた得物を受け止め、降下。

 それを待ち構えていたワジに双剣を振るった。

「…………」

 着地したヨシュアの腕は痺れているが、それを億尾にも出さずにワジを見つめる。その先の少年もやはり普段の佇まいでヨシュアを見ていた。

 

「やっぱりやるね、お兄さん」

「………………君も、ね」

「はぁ!」

「ちィ!」

 隣ではエステルに吹き飛ばされたヴァルドが木箱を砕いている。ヨシュアの隣に降り立ったエステルはヨシュアを見て、そしてワジを見た。

「……どうしたの?」

 いつになく神妙に尋ねるエステルに、なんでもない、と返したヨシュアはそのままエステルを促してゴールへと向かう。その脳内には様々な考えが生まれていた。

 

「――っ!」

「エステルッ!」

 刹那、同時に反応し跳び退る。入れ替わる形で空から人が降りその得物を叩きつけた。

「うらああああ!!」

 スタンハルバードが唸りを上げその場にいた四人の中心部を蹂躙する。乾燥した旧市街の大地を震わせ土煙を生み出し、更に四人に衝撃の余波を与える。

 体勢の崩れていたヴァルドはそれをもろに浴びて膝を着き、ワジはちゃっかり退避していた。そのワジの後ろからロイドが攻め込む。

「はぁあ!」

「――っと!」

 ワジは反転して受け止めるが、その勢いに押されて立ち位置を逆転される。

「走れ!」

 ランディの言葉にロイドは追撃をやめて走り出す。ランディの奇襲を免れた遊撃士ペアも既に走り始めており最後の追い上げだ。

 その場から四人が走り去る中、ワジはゆっくりと立ち上がるヴァルドを一瞥し、後を追った。

 

 

「なんと警察ペアの奇襲が成功! 旧市街ペアを置き去りにして遊撃士ペアとの一騎打ちに持ち込みました!」

「流石です。しかし遊撃士ペアは奇襲を回避していますからね、その点が勝敗を分ける形になりそうです。最後のチェックポイントの折り返し地点がラストチャンスですね」

「旧市街ペアは脱落でしょうか?」

「先と同じですね。前二組が争えば、ということです」

「なるほど! しかしヴァルド選手だけダメージが大きいのが気になりますね」

「あの体格ですから大丈夫だとは思いますが速度は落ちるでしょう。やはり彼、えっとワジ……君ですか? が鍵ですね」

 

 

 

 

 いきなりじゃんけんと言われ、咄嗟に出したものが読まれていることは仕方ない。そう思いながらヨシュアは走った。ちなみにエステルは最後のチェックポイントであるイグニスまでの通路に仁王立ちして警察ペアの足止め役である。

 チェックポイントでのタイムロスを帳消しにするとはいえ、残された一人は二人の相手をしなければならないのが唯一にして最大のネックである。しかし今回二人が行ったじゃんけんはむしろその直接ぶつかる役を決めるじゃんけんであった。

 なので負けたヨシュアは単純に走る役、その顔には不満も出よう。しかし彼の顔に現れている苦笑はそれだけが理由ではない。同時にエステルが全力を出すという予測ができてしまっているからだ。

 

 彼女の名誉のために言うと、以前の訓練でも彼女は手を抜かず本気だった。しかし全力ではなかった。

 今回彼女が全力を出すのは自分のためだけではなく、良きライバルとなってくれるであろう特務支援課に対する激励の意味もある。

 ヨシュアはそのために自分は全力の疾走をしなかった。手を抜いたわけではないのである。

 

「ッ! エステル!」

 ランディとロイドがイグニスの扉を視界に収めると同時、エステル・ブライトはその世界に入っていた。右足を引き半身で構える姿は前と同じ。しかし纏う空気だけは完全に別物だった。

 ロイドが気づくと同時にランディはその異質を感じ取り、故に限界の速度で駆け寄った。何かされる前に動きを止める、この異常な気を発する彼女を止めるにはそれしかなかった。だがその目的は、実力差という階段において上にいる彼女には届かない。

「――とっておきを見せてあげる!」

 飛び込んだランディの視界からエステルが消えた。しかしその残像だけは捉えているので行く先はわかる。

 頭上を仰ぐとそこには螺旋を体現する彼女、竜巻のように身体を回転させたエステルはそのベクトルを大地へと変化させる。重力に身を任せて飛び込む先はランディとロイドの中間点。ちょうどランディの奇襲と同じポイントだ。

 その激突は二人を容易く呑み込む――。

「な!」

「くッ!」

 地を揺らす猛威に二人の身体は空に浮く。その自由意志の利かない空間を漂う中、着地したエステルの回転が静まったことを確認した。

 しかし同時に身体を襲うのは怖気、嵐の前の静けさであるそれである。

 紫電が走り、エステルは地を指していた棒術具をしならせる。身体の望むままに周囲を巻き込む大回転、エステル・ブライトが編み出した彼女の天性の証明。その牙となる相棒に風を纏わせ――

「絶紹・太極輪!!」

 その身を台風に昇華した。

 

 

 * * *

 

 

 

 夕暮れが辺りを包む中、レースを終えた二人がその場で倒れていた。そんな二人を見つめるエリィとティオ、そしてノエルはなんともいえない表情をしている。

「全く、これだから男の子って……」

「単純で意地っ張り、ですね。女の子も一人いましたけど」

「あはは、でも白熱したいい試合でした」

 息も絶え絶えな二人を半目で見た後、飲み物を買いに東通りに消えていく。二人でも十分だったがノエルは気を利かせたのか共に消えていった。

 そんな中、ようやく息を落ち着けたロイドとランディは上半身を起こして一息ついた。

 

 結局レースはエステル・ヨシュアペアが優勝、次いでゴールしたのはワジだった。しかし最後にゴールしたのはヴァルドであり、一位以外がどのような順位であるのかは判断がつかなかった。どちらにしても本来の目的だった港湾区の件の鎮圧は達成されたので彼らの勝利と言える。

 穏やかな空気が流れる中、ランディは自嘲するように呟いた。

「……悪いな、いきなりキレちまってよ」

「ランディ……」

「オレの中にはあんなヤツがいる。その一方で、今までお前らといた俺も存在する。結局よ、わからねぇんだ。どっちが本当のおれなのか、たったの二年でさっぱりだ」

 夕焼け空を仰ぐ。赤く染まるその天蓋に、かつて見た情景が広がった。

 

「ランディは、警備隊に入る前はどこにいたんだ」

 今まで聞いていなかったこと、それを尋ねたロイドは隣の彼を見る。底の知れない何かが見えた。

「――地獄のように熱く、闇のように冷たい唾棄すべき場所………………なんてな」

 そして彼は今までのように明るく振舞った。空を見上げたままに続ける。

「ちょっとそれっぽかっただろ? 冗談のようなそんな大したことない場所っつーことだ」

「ランディ……」

「今の俺は支援課の頼れるお兄さんのランディ・オルランドだ、あんま過去のこと気にすんな。これはお前にも言えることかもしれねぇぞ?」

 そう笑顔で答えたランディに対しロイドは俯き、何かを思う。

 夕陽を受けて赤く染まる白い珠玉。それを眺めていたら自然と言葉が溢れてくる。

 

「俺には捜査官の兄貴がいたって知ってるだろ? その兄貴にさ、ランディは似てるんだ」

「あん?」

「いつも俺やエリィやティオのフォローをしてて、どっしりと構えて空気を明るくしてくれて、すごく助かってる」

「…………」

「俺はまだまだ未熟で、ランディの隣を歩けるほど強くないけど、それでもいつか並んで歩いていきたい。ランディが何かを抱えているなら、その助けになりたい。だから、その時が来たら聞かせてくれないか? ランディの話を聞けるように頑張るからさ」

 レース中にいつの間にか置いていた手の理由がそこにあるのかもしれない。

 そう感じたからこそ、そしてそれ以上に男として尊敬できる青年と信頼できる関係でありたいと思ったからこその言葉だった。

 それをストレートに伝えることができるからこそ、彼はロイド・バニングスなのかもしれない。

 

「…………はは」

 そしてその言葉を受けたランディは、以前のエリィの件を思い出して笑う。

 なるほど、こりゃ確かに……

「かぁー、全くお前ってヤツは……!」

「な、何すんだよ……っ」

「何でもねぇよっ!」

 照れ隠しのようにロイドの頭を掴み揺さぶり大声で笑う。それまで感じていた暗い感情が消えていた。そんな自分と、そうした弟分がおかしくてなおさら笑いが止まらない。

 ロイドはそんな様子に圧されてされるがままになっていた。

「――いつまでもじゃれてないの」

 いつの間にか戻ってきていた三人から飲み物をもらい、一気に飲み干す。そんな様子にため息を吐いたエリィにティオがちょっかいをかけた。

「エリィさん、妬いているんですか?」

「なっ、や、妬いてませんっ」

「え、そうなんですか!?」

 驚くノエルに違うのよ、と弁明するエリィ。こっちはこっちで交流を深めていたようだ。

「悪いなお嬢、所詮弱肉強食なのさっ」

 そう言ってランディは煽り、ロイドの胸をポンと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノ。

 

 イ。

 

 

 

 ズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか?」

 ティオの言葉に意識を引き戻し、ロイドとランディは顔を見合わせた。

「…………」

「…………」

 両者は沈黙、しかしロイドは同様の現象を以前にも体験していたために復帰が早い。

「い、いや、なんでもない」

「ロイド……?」

 エリィが何か思ったのか話しかけ、しかし大丈夫と答える。釈然としないエリィだが、そこにテスタメンツとサーベルバイパーがやってきて話をぶった切った。

 それぞれレースに対して感想を言った後に去っていく。しかしすぐに引き上げたサーベルバイパーとは違い、テスタメンツのワジはそこにいた初対面の彼女を値踏みするように見ていた。

「な、なに……?」

「……ふーん、お姉さんなかなか面白そうだね」

「……ちょっと君、いきなり初対面の人に面白そうなんて言わないほうがいいよ。私はいいけど、それを良くない方向に捉えちゃう人もいるだろうから」

「え、でもお姉さんはいいんでしょ? ならいいじゃん」

「あのねぇ、私は君の今後の為を思って言ってるんだから。大体何ですかその格好、お腹なんて出して……」

「いやぁ僕ってミステリアスな感じが売りだからさ」

「お腹は関係ないでしょ!」

「いやいや、マダム達には好評だよ」

「ま、マダム……? ちょっと君、一体何をしているのっ? まさか如何わしいことなんて言わないよねっ!」

「うん? ちょっとバーで話しているだけだからお姉さんも来るといいよ。僕、お姉さんみたいな人に叱られるのも好きだし」

「な、何を言って――!」

 いつの間にか始まったノエルとワジの会話はそのほとんどがワジのせいだが熱を帯びていたので慌てて止める。

 水を差されたのでワジは踵を返すが置き土産も忘れない。しっかり最後にノエルをからかって去っていった。

 

「そ、曹長、なんかごめん」

「い、いえ、私も熱くなりすぎました……」

 恐縮するロイドとノエル、この二人は基本的な性格が似通っている為に似たような行動を取る時がある。今が正にそれだ。

「ワジさんは真面目に対応しちゃいけない類の人ですので気をつけてください」

「う、うん……確かに」

 ティオの言葉に頷くノエルはまだ先の熱が冷めていないのかワジが去ったほうを眺めている。ワジにとっては真面目タイプの人間は格好の獲物であるようだった。

 

「お疲れ様!」

 旧市街の面々が去った後、エステルとヨシュアがやってきた。ロイドとランディのように疲れている様子はない、基礎体力の差が出ていた。

「ああ、お疲れ様」

「負けたぜ、流石に凄いな」

「いえ…………時にランディさん、身体のほうは大丈夫ですか?」

 ヨシュアが口を開き、ランディは意外だという風に口を歪めた。

「へぇ、同じ匂いはしなかったけどな」

「正確には違いますが、似たような所ですので知識は」

「なるほどな……心配すんな、ガキの頃からだから慣れている」

 そうですか、とヨシュアは会話を止め、エステルはその雰囲気を変えるように口を開いた。

 

「そうそう、ありがとねロイド君。リーシャとは会ったよ」

「そうなのか?」

「うん、探していた子とは違ったけどリーシャすっごいいい子だから仲良くなっちゃった!」

 リーシャはやはり別人であったのかと事実を知ったロイドは、そこであの人形工房で会った少女のことを思い出した。あのレンという不思議で奇妙な少女、それが彼女らの探し人なのだと理解していた。

「もう一人いるんだ、紫髪の女の子。今度は12歳くらいでドレスを着ている」

「…………それは、どこでだい?」

 ヨシュアが聞いてくる。

「マインツ山道の三叉路の先にある、ローゼンベルグ人形工房前――」

「………………そっか」

 ヨシュアとエステルは礼を言ってその話を切り上げた。その様子は間違いなく当たりであったが、しかし前回のような喜びは感じられない。

 どのような心境の変化か、それを深く追求するほどの関係ではまだなかった。

 

「もう一つ、いいかな。黒の競売会(シュバルツオークション)、知ってる?」

「黒の競売会?」

「うん、なんでもこの時期になると行われているイベントらしいんだけど、問題なのは取り扱っている商品が密輸や盗品といった違法なところ」

 遊撃士協会としてもそんな催しを野放しにはできないが、しかし民間人に危害が加えられる恐れがない限りは遊撃士協会は動けない。それでも万が一のために全貌を解き明かしておきたいのだが、生憎そこまでの情報は得られていないらしい。ロイドたちも多聞にして知らなかった。

「あくまで噂だけど、こちらも信頼のおける筋からの情報だ。ほかにも情報が得られたら教えてほしい」

「ああ、わかった」

「私も、及ばずながら」

 ノエルも警備隊として見逃せるものではない、彼女も別の情報網で協力してくれることになった。

 

 そしてせっかく発言したのでノエルは遊撃士二人に話しかける。

「先ほどのレースでは見事でした。私も精進したいと思います」

「あはは、警備隊のホープに言われるとなんだか照れちゃうわね」

「シーカー曹長の話は聞き及んでいます。お互いに頑張りましょう」

 握手を交わした三人、エステルとヨシュアは仕事が残っていると言って去っていった。

「はぁ、すごいですねぇ……同じ年なのにあそこまで動けるなんて」

「全くだ、こりゃ俺たちも努力しなくちゃな」

「はい――――皆さんお疲れ様でした。私も休日を有意義に過ごすことができたと思います」

 ノエルが彼女らしく礼を言ってくる。せっかくの休日を楽しく過ごせたのならロイドたちにしても安心である。

「ノエル曹長、夕ご飯を一緒しませんか? せっかくですから」

 エリィの誘いにノエルは笑顔で頷き、彼らは伸びた影を引き連れて旧市街を出て行く。

 クロスベル創立記念祭二日目、交流としては文句のない一日だった。

 

「明日筋肉痛だとか言わないでよ、二人とも」

 しっかり釘を刺された二人は苦笑いを浮かべた。まるで兄弟のようだとノエルは思った。

 

 

 

 

 

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