空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
創立記念祭三日目は捜査二課からの依頼で始まった。
毎年この時期になると偽のブランド商品が大量に出回るという。空港や駅、国境門に人員を手配してその摘発を行うのだが人手が足りないので特務支援課にタングラム門に入ってほしいということだ。捜査二課のドノバン警部から詳細を聞き、警察の信頼回復のためにもと四人は快く引き受けた。
ちなみにその偽ブランド業者がクロスベルに来るという情報は確定らしいので空振りという事はない。自治州法では軽犯罪に当たるものだが、せっかくの祭りに水を差す真似は一市民としても阻止したい所だった。
タングラム門でソーニャとノエルの協力を取り付ける。昼ごろに到着する旅客バスに紛れている可能性が高いので、そのバスの乗り換え時の休憩時間に乗客にコンタクトを取っていく方針だ。
「ここに来るまでに考えは纏めていたのでしょう? 良かったら聞かせてくれないかしら」
ソーニャが試すような視線で問うてくる。ロイドは頷いた。
「侵入経路の中でもバスという手段は荷物を多く運べません。なので偽ブランド商品は持っていないでしょう」
「現物による特定はできないんですね」
「そして業者は複数犯、ならば現物の運び出しというリスクを背負う仕事は下の者が行うはずです。そして最も安全な経路での侵入は上の、おそらくトップが利用すると思われます。現場指揮に上位の者が当たることを考えればバスにはおそらく一人、何食わぬ顔で乗っていると思われます」
「なるほど、単独の乗客に狙いを絞るのね」
ソーニャは頷いた。基本方針が固まっているのなら文句はない。
「そしてここが一番なんですが――」
「え?」
「クロスベルに来た理由、それを仕事だとは絶対に言わないはずです」
ロイドはそう言い、驚く二人を見てエリィに継いだ。
「これは私の経験ですが、悪事を働こうと考える人間はその悪事に関係する話題を避けようとする傾向があります。恐らくボロが出るのを避けるためなのでしょう、関係ない話だけをした方が無難ですから。つまり今回仕事でクロスベルに来る業者は、自分の目的を仕事ではないそれ以外のことだと言うと思うんです」
「創立記念祭中に来る人はたいていそれ目当てですから、仕事というよりは大多数に紛れると思いますし」
ティオが補足し、特務支援課の総意は終了した。ノエルとソーニャは暫し目を瞬かせていたが徐に微笑んだ。
「これなら大丈夫そうね」
「はい。私が補佐しますので、是非とも捕まえてください!」
お墨付きをいただき、そして任務は開始された。
タングラム門の食事処で全員と会話を交わした。その内単身で来ていたのは五人、共和国出身の黒髪の女性にそれを怪しげな視線で見つめる金髪の女性、貿易商の恰幅のいい男性と釣りのためにやってきた老人、そして息子家族に会いに来た老婆である。
その内黒髪の女性と男性は仕事だと言っているので除外、すると残りは暫定だが三人に絞れることになる。更に釣りのために来たという老人は最初理由を拒み、ランディに挑発されてやけくそが如く言っていたので印象的には犯人とは思えなかった。
とはいえ印象のみで判断することはできない。しかしロイドらは会話の中で明らかに不自然な点を見つけていた。
バスがクロスベルに戻る。乗客が次々と降りる中、エリィが小銭を取りこぼした。
「あ、すみませんっ」
そう言って通路を塞ぐ彼女、それに笑みを見せて優しげな言葉をかける老婆と、降りる寸前で振り返った黒髪の女性。そしてロイドは老婆に話しかけた。
「おばあさんは、確かお孫さんと遊園地に行くんでしたか」
「ええそうよ、本当に楽しみだわ」
「前回行ったのが三年前だっけ?」
「そうよ、でも昨日のことのように思えるわ」
懐かしむように目を細める老婆、そこで問いただそうとしたロイドだが思わぬ言葉が降ってきた。
「――あら、ミシュラムワンダーランドは二年前に開園したはずだけどあなたはどこに行ったのかしら?」
「え……」
老婆とロイドの言葉が被る。エリィも立ち上がって呆然としていた。黒髪の美しいその女性はそう言って微笑み、バスから消える。残った五人は呆気に取られていたが、しかし咳払いをしてロイドは問う。
「まだ完成していなかった場所に行けるなんて、おばあさんは何者なんですか?」
「い、いえ……そう! ちょっと間違えちゃっただけよっ」
「確かにそうかもしれません。ですが今クロスベルでは虚偽の申告をした方に厳しくしていまして、身分証を提示していただけませんか?」
捜査手帳を見せて言うロイドだが、もちろんそんな事実はない。しかしその通告に対し老婆はうろたえる。行動に移そうとしてランディが肩を掴んだ。
「どうした婆さん、疲れたのか?」
「な、いきなり何を――」
「運転手さん、扉を閉めていただいてかまいませんか?」
ティオが指示して退路を塞ぐ。改めてロイドは問いただした。
「ちなみにその息子さん夫婦の連絡先も教えていただけますか?」
「ふー、何とも癖の強い婆さんだったな」
警察署を出てランディが伸びをする。バスで身柄を拘束した老婆は現在二課による事情聴取の真っ最中だ。
あの後窓から脱走を試みた老婆をエリィが阻み、運転手の方に礼を言ってから運んだ。その間老婆は今までの様子から豹変して罵詈雑言の嵐を仕掛ける。対象を眠らせる導力魔法ローレライが欲しいと思った四人である。
二課も空港で現物を抑えたため証拠は十分、今回記念祭中に偽ブランド商品が出回ることはないだろう。
「今回のMVPはティオちゃんね」
「た、たまたまです」
エリィがティオに微笑み、ティオは若干顔を赤らめて早口で言った。
ミシュラムワンダーランドの開園時期に疑問を覚えたのはティオだ。マスコットキャラクターの猫みっしぃを愛する彼女は関連の知識に詳しいので老婆が言ったそれを覚えていたのだ。
「そういえばあの美人のお姉さんも知ってたな」
ランディが呟いたのは切れ長の瞳が印象的だった長い黒髪の女性。彼女も仕事で来たようだ。
「確か宝石を捜しにって言っていたけど、宝飾関係の方なのかしら」
「さてな。ただかなりの腕前だぜ」
「ランディ?」
「何気ない仕草にも隙がなかった。相当強いはずだ」
もしかしたら銀よりも、な……
心の中で思った言葉をランディは外には出さなかった。
ここで四人はアルカンシェルへと足を運んだ。理由は一つ、支援要請である。なんでもイリアにストーカーが現れたというのだ。前回世話になった、かどうかはわからないが四人とも新作公演のチケットをもらっている。力になって当然だった。
「やっほー弟君たちっ」
「あ、皆さん」
イリアとリーシャが練習を中断して迎えてくれる。劇団長のアバンも交えて依頼内容を尋ねた。曰く、留守中に荒らされていたらしい。
「大変じゃないですかっ!」
「でも別に何かなくなってたわけじゃないし、元から散らかってるしー」
「イリアさん……」
リーシャが哀しげにため息を吐いた。度々お邪魔しているらしいリーシャはその度に片付けているが、次の時には元通りになっているそうだ。
「でも、それだと現場検証はイリアさんの自宅になってしまいますが……」
「あ、じゃあ鍵あげるから行ってきてよ」
「い、いいんですか?」
もちろん、と言って鍵を取りに楽屋に戻っていくイリア。
そういえば、とティオが口を開いた。
「リーシャさん、エステルさんたちに会ったんですよね?」
「え? は、はいそうですけど……どうして皆さんが?」
「ああ、エステル達が紫の髪の子を探しているって聞いて思い出したのがリーシャでさ」
結局は人違いだったんだけど、とロイド。リーシャはそれを聞いて得心する。
そっか、だから……
リーシャは二人の遊撃士を思い浮かべ、その輝きに眼を晦ませる。それが想像の中の出来事だとしても、彼女には彼らを直視することはできなかった。
やがてイリアが戻り、鍵を渡された四人はイリアの自宅、西通りのアパルトメント『ヴィラ・レザン』へと足を運んだ。
ベルハウスの向かいにある緑の建物、それがヴィラ・レザンだ。高級物件らしく、入居しているのは建築家だったり元政治家だったりとそれに相応しい人物が揃っている。その中でも最上階の三階に住んでいるのがイリア・プラティエである。
スターの彼女はそれ故に住居を公開していない。それは徹底されているらしくヴィラ・レザンの掃除をしていた女性も彼女が住んでいることを知らなかった。三階には一室しかなく迷うことはない。
そして鍵を開けようとしたロイドはそれに気づいた。
「鍵穴に疵がある、ピッキングの跡だ」
どうやら侵入されたのは確からしく、気を引き締めて中に入った。
「うわぁ……」
そしてロイドは反応を間違えなかった。
イリアの居室は晩酌の名残や脱ぎ捨てられた衣服などリーシャの証言通りの有様だった。ストーカーの知らせを受けてスターの家に入り、この惨状を見れば十中八九ストーカーの仕業だと判断するだろうが、イリアの性格を知りかつ有力な証言があれば彼のような呆れとも衝撃ともつかない発言が漏れるのは仕方のないことである。
「えっと、どうする、ロイド?」
エリィが尋ねる。彼女は部屋を片付けたい衝動に駆られているのか手をわきわきさせていた。
「一応このままで。難しいとは思うけど犯人の手がかりと違和感を覚える箇所がないか探してみよう。ティオ、魔導杖で何か調べられないか?」
「危険物限定とはいきませんが、金属探知はしておきます」
危険性の高い物体に関してはティオに任せ、ロイドは散らかっているものを一つずつ確認していく。
「しっかしこりゃ俺たち男には名状しがたい何かが立ち上ってくる光景なんだが……なぁロイド?」
「……ノーコメントで」
「安心して、女も一緒だから」
テーブルに置かれたいくつもの酒瓶は一夜のものだし、ベッドに脱ぎ捨てられた衣類は朝の光景を想像させる生々しいもの。これは有名人ではない彼らにとって別世界のもののようだ。
ティオの探査も終わり、彼らは現場の確認をする。爆発物などの危険性の高いものはなく、また散らかっていた各私物にも目立った痕跡はない。窓は閉まっていて開閉装置は埃がかぶっていた。やはり侵入経路は玄関一択、しかしその目的まではわからなかった。
「普通に入って満足してしまったんでしょうか」
「それか惨劇に失望したのか」
「先に同業者に入られたと思ったかもしれないわね」
「いずれにせよ玄関に絞られたのは幸いだ、建物内の人に聞き込みをしよう」
二人ずつに分かれて聞き込みを行った後、許可を得て建物の構造を確認する。ヴィラ・レザン自体の入り口は正面玄関が一つと一階階段下にある裏口だ。裏口を抜けると文字通り建物の裏へと続き、その細い隙間を通っていくと住宅街や西クロスベル街道の入り口脇の小さなスペースに辿り着く。
「ん?」
ランディが左手にある柵の疵を見る。割と新しいものだ。
「大抵正面玄関脇の長椅子に座っているお婆さんは住民以外の通行を確認していないそうです」
ティオが聞き込みで得た情報を合わせるとどうやらここが侵入場所の可能性が高そうだ。
「しかしこれは結構高さがあるな。中々動けるやつじゃないのか?」
「どちらにしても帽子を被った少年ってこと以外さっぱりだ。ここはイリアさんの許可を得て現行犯で捕まえるしかないな」
「あまり長く居座ると迷惑がかかってしまうわね。なんとか次の犯行日がわかればいいんだけど」
「もう来ないかもしれませんし、大変ですね」
犯人に関する情報が身体能力だけだと正直に言って確保するのは不可能だ。目的もわからないので罠を張ることもできず、ならば張り込みを行うしか今のところ手段がない。
「直接的な被害がないのが幸いかしら……」
無断侵入以外に被害がないことは幸いなのかもしれないが、それが逆に手がかりの少なさに直結している。イリアに現在の進捗状況を伝え、可能ならば張り込みをする以外はなさそうだった。
ヴィラ・レザンを出るとロイドのエニグマに通信がかかってきた。緊急支援要請かと身構えたロイド。しかし――
「僕だよ、ヨナ・セイクリッド!」
「なんだヨナか……ってなんで俺の番号知っているんだ!?」
ハッキングしましたね、というティオの呟きが聞こえる。頼みたいことがあるというヨナに苦笑しながら答える。
「そりゃ依頼自体はいいけど、まだ先になるぞ。今も依頼の真っ最中なんだ」
「あんたらの欲しい情報、やるよ? 黒の競売会とかさ」
「――!」
ロイドの表情が変わる。三人も表情を引き締めた。そんな反応が見て取れたのかヨナは笑い、
「ジオフロントのA区画にある端末室で協力して欲しいんだ。ティオ・プラトーは絶対連れてこいよ!」
言うなり通信を切るヨナ、ロイドもエニグマを仕舞って話の内容を伝えた。
「ジオフロントA区画、その使ったことのない移動装置で向かうのか……」
「でもヨナ君はまだ無断占拠しているのでしょう? 警察官がそれに協力するのは……」
エリィが渋る。彼女も心情的には協力したいが打診した相手が違法スレスレでは即答とまではいかない。
「――今回はヨナの居場所は知らなかったということで、とりあえずA区画に行きませんか? 黒の競売会の情報は欲しいですし」
「ティオ、でもイリアさんのストーカーの件が終わっていない。少なくとも全員では無理だぞ」
「わかっています。ヨナはわたしを指名していますしわたし一人で行きます。A区画は強い魔獣はいませんし」
ティオはそう言うが、流石に旧市街とは違って一人で行かせるわけにはいかない。イリアへの報告やストーカー対策の張り込みなど、やるべきことを考えて人員を分ける必要があった。
「張り込みは体力勝負だけど女性の家だしエリィはイリアさんの方に」
「妥当ね、とすると貴方とランディをどちらに回すかだけど……」
「――ロイド、お前はティオすけと一緒に行け」
ランディが言う。曰く自分のほうが身体能力が高いので逃げられる可能性を消せる上、捜査官としての仕事は既に終わっているからだと。
「ま、この弟ブルジョワジーを早々イリアさんと会わせたくないしな」
「……そうね」
リーシャさんにも、と内心で思うエリィがジト目で睨み賛同する。ロイドは謂れのない嘲笑を浴びている気分になった。
「ま、まあ決まったんなら俺に文句はないけど……いや理由にはあるけど」
「決まりだっつのっ、ほら行った行った!」
追い払うようなランディにロイドは釈然としないままティオと歩いていく。その姿が消えるのを確認してランディは嬉しそうに笑った。
「よし、これでイリアさんに堂々と会えるぜ!」
「はぁ、ランディ、それが目的?」
おうよ、と歯を輝かせるランディ、エリィは彼を置いて歩き出した。
「お兄さんは大変ね」
「…………そんなことねぇさ」
後ろ手を組んでいるエリィを見ながらランディは頭を掻いた。鋭いのも考え物だと仲間を賞賛しつつ苦笑して。
ジオフロントA区画、使っていなかった装置を起動させる。降下した舞台を降りて扉を潜った。
錆びた鉄のような色に包まれたその世界を二人して歩く。位置的には過去に潜った場所が上層ならばここは下層、当然魔獣も上層とは異なった種類が徘徊している。
「…………」
「……ティオ、知っていたんなら後でお仕置きだぞ」
「………………」
ティオは沈黙で答え、ロイドはため息を吐いた。
ダークコロイドとパラサイトプリマ、それが新種の魔獣である。前者は不気味な触手を持つイソギンチャクのようなもの、後者は鮮やかな羽根を持つナニカである。
「……バイオ兵器みたいです」
「ティオ?」
なんでもないですと返し、二人は先を進む。上層と比べて部屋と狭い通路の繰り返しのようなここは迷路のような印象を受ける。身が縮まるような感覚だった。
それにしてもジオフロントの魔獣率は高く、いかに普段人が入っていないかを感じさせる。訓練を受けていない普通の人では進めない魔窟だった。
「長いな……これも知っていたのか?」
「…………」
お仕置きが決定した瞬間である。
とはいえこの二人、いつにも増して会話が少ない。それはティオが何故か話したくないようなオーラを発しているからで、ロイドも気まずい雰囲気に困惑していた。普段ならこんな状況を打開するのは大抵ランディであるが、それが望めない現状では彼の大きさを思い知らされる。
いや、だからこそ、だ……
旧市街のチェイスでの会話を思い出し、ロイドは口を開いた。
「――ティオ、確か前に支援課にいる理由があるって言ってたよな」
「……」
「……あれ」
話したくないオーラが壁を形成した。
間違いなく地雷を踏んだ。意気込んで話しかける内容のチョイスが間違い過ぎだった。
「はぁ」
肩を落とすロイドにティオは振り返り、呆れた様子でやっと口を開いた。
「……ロイドさん、それは明らかに選択ミスです」
「う……ごめん」
「やれやれです」
そう言い放って再び前を向いたティオにはしかし僅かの笑みが浮かんでいる。だが彼はそれに気づかず自身のミスに落ち込んでいた。
そして少しだけ良くなった空気に彼が気づかぬままにティオが新しい扉を潜り、
「え――」
突然の襲撃に硬直した。