空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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水色模様

 

 

 

 そして、少女は話し出した。

 自身の身の上、その中で出てくる一人の青年。それは彼にとって無視できない存在であり、また少女にとってもそうだった。

 青年の名残はその意志と小さな贈り物。

 物に執着しない少女が初めてそんな感情を抱き、そして今も大切にしているそれ。そして、少女が今ここにいる理由。

 

 ティオ・プラトーは水色の少女。それは過去の惨状を物語る。

 ティオ・プラトーは無色の少女。それは未来を、現在の自身を明確に定められていないからなのだと、ロイド・バニングスは初めて知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メガロクイーンを打倒した後の道のりは極めて簡単だった。実質上の支配者のようなものだったのだろう、魔獣は姿を見せなくなり周囲は静けさを取り戻す。

「…………」

 そして、二人の会話もまた途切れていた。ティオは考えることがありすぎて生来の無口さに拍車をかけ、ロイドはそんなティオを鑑みて口を開こうとしなかった。黙々と歩くだけ、それはなんとも不思議な光景だった。

 

 階段を上ると開けた場所に辿り着く。正面と右手にそれぞれ更に階段があり、おそらくは直進すれば乗降装置を見ることができるだろう。

 つまり彼らの目的地である端末制御室は右手、視線を交わし、二人はそこに入った。

「……暗いな」

 そこはヨナのいた部屋と同じようで、幾つもの画面とキーボード、傍に控える機材で囲まれた電子の世界だった。しかし異なるのはその明度。起動していないために光を灯しておらず室内は薄暗かった。

「ロイドさん、ヨナに連絡を。エリィさんたちから連絡があるといけないのでわたしのエニグマを使いましょう」

「わかった」

 ヨナにかけると今回の趣旨を話してくれる。何でも自身と同等クラスのハッカーの出所を掴みたいとのことだ。

 黒猫を模したインターフェースを用いているのでキティと呼称している。高性能の端末を使っているので一人では無理なのだそうだ。

 ティオの協力を仰ぐくらいなのでよほど尻尾を掴みたいのだろう。自分の出番はないなとロイドはエニグマを置き、やがてエイオンシステムを起動したティオの作業を隣で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 ティオが力を抜いたのと同時、彼女は少し上体を傾けた。

「ティオ、平気か?」

「……えぇ、少し疲れただけです」

 子猫の尻尾は彼女のエイオンシステムとヨナの意地によってなんとか掴むことができた。そして手に入ったものはしかし、ヨナを椅子から転げさせる要因に変化する。

『Congratulation!』の言葉とそれを飾るウサギの絵。キティから送られた賛辞である。しかしそれは同時に彼女に居場所をハッキングされたのと同義である。

 祝福の言葉は瞬時に皮肉となり、更に割り出したキティの居場所がネットワーク圏外のマインツ山道、ローゼンベルグ工房だというのだから彼の衝撃は計り知れないものだったのだろう。

 キティの言葉、そしてその居場所からロイドとティオはとある少女を想起したが、しかし詮無い事だと思考を打ち切った。ティオに関しては疲労が強かったのかもしれない。

 

 静かに目を瞑り身体を椅子に預けるティオにロイドは何か話しかけようとして、ふと彼女のエニグマに目がいった。ミシュラムのマスコット、猫のみっしぃのキーホルダーが付けられている。

「随分――」

 

「――ロイドさん」

 

 話題を振ろうとした矢先、不意にティオが話しかけてきた。ロイドは戸惑いながらも聞き返す。するとティオは閉じていた瞳を開いて彼を見た。

「不思議でした」

「不思議?」

「どうして急にコンビクラフト、と。そもそもエニグマに登録していないのにできるはずはありません」

 現在登録されているのはロイドとエリィのスターブラスト、ランディとティオのグレイシャルビートだけである。この二人のものはないのだ。

 でも、とティオは続け、

「あの一瞬、抱えられているときにわたしはその映像を幻視しました。魔獣を倒した、あのクラフトです。そしてわかったんです、ロイドさんもあの映像を見たんだって」

「…………」

「でも、わたしたちはあんなことしたことがない。それなのにまるで初めてじゃないかのようにぶっつけで成功しました。本当に、頭に湧いて出た映像だったのに、それが当たり前であるかのように」

 ティオは続ける。映像の共有などできないのにそれを為した、というのは百歩置いても構わない。しかしロイドがそれに驚いていなかったこと、それだけは確認したいのだと。

 

「――初めてじゃないんですね? エリィさんとも同じことがあった。もしかしたらランディさんとも」

「…………ああ」

 ロイドは自身の掌を見た。自分自身が信じられない場合彼はこの行動を取る。自分の手が確かにあるという安心感を得たいのかもしれない。

 ロイドはエリィと、そしてランディとも同じことがあったと話した。

「ランディさんは気づいていたんですか?」

「多分。旧市街のレースの時だったから試したことはないけど」

「理由に心当たりは?」

「……わからない」

 そうですか、と呟くティオ。それ以上追求しないのは彼女自身計りかねているのだろう。ロイドも何も言えず、また沈黙が続いた。

 

「――あ、そういえばティオはみっしぃが好きなんだな」

 唐突に話題を変え、言い損ねた言葉を綴る。ティオもそれに乗った。

「そうですね、確かにみっしぃは好きですが、それとは別に思い入れがあるんだと思います」

 エニグマのキーホルダーを弄びながら、

「――これはガイさんにもらったものですから」

 そう、告げた。

 

「え…………」

「ガイ・バニングス。ロイドさんのお兄さんですよね? わたしはとある事情で五歳から親元を離れていましたが、ガイさんに連れられて九歳のときに実家に戻りました。その時に頂いたものです」

 ロイドは動揺する自身を落ち着けるように過去の一幕を思い出していた。急に女の子のエスコートだと言って出かける兄。当初はセシルがいたのにも関わらず別の女性とデートにでも行くのだと思って突っかかった記憶があるが、確かにガイはロイドより年下の少女だと言っていた。つまり、その少女こそがティオだったのである。

「そうか、じゃあティオの出身はレミフェリアなのか……」

「ええ、暫く帰っていませんが……」

 そして少女は琥珀色の瞳で青年を見た。

 

「――わたしが普通と違っていることは知っていますね?」

「なっ、そんなこと――っ!」

「事実ですから…………わたしの持つ力は故郷での生活を壊してしまった。それに耐えられず、気づいたら列車に乗っていたわたしが求めた人、それがガイさんでした」

 常人に聞こえない音、世界に広がる属性の気配、人の感情。それらを理解してしまうティオ・プラトーは普通の世界にいられなかった。

 両親の精一杯の愛情は異常に勝てず、壊れ始めた世界に対して抱いた少女の感想がそれに止めを刺してしまった。

 そんな少女が頼ったのは異国の青年。自分を助けてくれた青年なら自分を受け止めてくれるだろうと身体が動き、そして彼女はその地で青年の死を知った。その時偶然知り合った人物に誘われ、彼女は今ここにいる。

 

「きっとわたしはガイさんに会って、そして言ってほしかったんだと思います。いつか交わした約束の言葉を」

「約束?」

「幸せになれなかったら、その時は俺を頼れ。不幸の原因をぶち壊してやるから」

 その言葉に少女がどれほど救われたのか、それを言った青年は気づいていなかっただろう。しかし事実として少女はその言葉に引かれて動き、助けを求め、そして何の因果か青年の弟にそれを話している。

「……ごめんな、約束を守れない馬鹿な兄貴で――――。兄貴もらしくないことするなよな、女の子との約束を破るなんてさ」

 万感を込めたそれは空に呟かれて消えていく。それでもその過程で少女に届き、少女は一つの感想を口にした。

 

「ロイドさんはガイさんに似てないけれど、確かにどこか似ています。きっとロイドさんが思う以上に似ていて、そして別人です」

 あなたはガイさんにはなれない。

 兄を目指している弟は、決して兄になることはない。

「……確かに、そうだな。俺は兄貴みたく優秀じゃない、セシル姉も幸せにしてやれない」

 それでも、できることがある。ロイドはティオの頭を撫でた。驚きの表情で見つめるティオ。

「ティオ、その約束さ、俺に叶えさせてくれないか?」

「え?」

「兄貴に頼ることはもうできないけど、でも不幸の原因をぶち壊すことは俺にもできると思うから。俺、頑張るから。頑張って、兄貴の約束を嘘にしないから」

 らしくないことをする兄なんていないんだと、そう思いたいから。兄はできなかったんじゃなくて、任せられる弟がいたからこそしなかったのだと、そう思いたいから。

 だからロイドはその約束を達成してみせる。今もまだ過去に囚われているけれど、それでもこの少女が幸せになれるように。

 

「ティオは自分が役に立っていないかもって思ったかもしれないけど……でも俺はティオがいてよかったって思っている。目に見えづらいかもしれないけど、ティオがいてくれたから俺たちは今にいるんだ。ティオがいない今はここにはないんだ」

 撫でていた手を止めて、その小さな手を取った。

「この手が俺たちをいつも幸せにしてくれている。だから気張らなくていい、俺たちはいつだって助け合い補い合っていくんだ。背伸びせず、できることをやっていけばいいんだ。それが仲間だろう?」

 少女の手は柔らかくて冷たい。青年の手は少し硬くて、温かい。重なった場所はその中間、だからこそ暖かくも冷たくも感じられる。

 温めたいなら青年の手を使えばいい、冷やしたいなら少女の手を使えばいい。特務支援課はそういう場所なんだと、少女は感じ取れる感情と温もりで理解した。

「ティオ?」

 笑みが零れる。なんともクサイ台詞だと耐え切れず、そしてそれを大真面目に語っているのだから始末に置けない。

 しかしこういう部分は実にガイと似ていた。

 

「――ロイドさん、もう一つ、約束してくれますか? ガイさんとの約束を果たしてくれるのは構いません。ですがそれとは別に、ロイドさんとの約束がほしいんです」

 すぐでなくて構わない、それでもいつかその約束を口にしてほしい。

 ティオは初めて個人的な願いを仲間に打ち明け、ロイドはそんな少女の願いに頷いた。

 

 

 もうすぐ夜の時間がやってくる。二人はこうして今日の仕事を終わらせた。後は成果の確認である。

 

 

 

 ***

 

 

 

 合流した四人は端末の前で子猫捕獲の報酬を眺めていた。ヨナから受け取ったメモリークオーツ、そこにはルバーチェに関する情報がまとめられている。当然会長であるマルコーニの項目もあり、彼らは初めてその姿を確認した。

 そしてその次の項目はルバーチェの営業本部長――

「ガルシア・ロッシ、元猟兵団所属。西風の旅団の部隊長、か……」

 その言葉にランディは目を瞑り納得する。肌で感じた戦闘能力の裏づけが取れた。

「西風の旅団は大陸西部で最強を誇る猟兵団だ。猟兵王の異名を持つ団長の力は世界最高クラスだろう。その部隊長なんだっつーからやっぱやばいぜ」

 正確には最強ではなく、もう一つの猟兵団赤い星座としのぎを削る間柄だがそれは特に重要でもない。

「キリングベア、殺人熊ね。確かにすごい体格だったし」

「黒の競売会についてはどうなんだ?」

「隠してありますね。わたしが気づくかどうか試したんでしょうが――」

 いい度胸です、と不敵に笑うティオ。ヨナにはからかう相手を判断する能力が欠如しているようだ。

 

「ハルトマン議長の邸宅で行われているパーティー、か……」

 クロスベルの一等地であるミシュラムにあるハルトマン議長邸を会場とし、毎回多くの有力者が集まっているらしい。そこで競りに出される品物は全て黒い物で、ルバーチェの重要な資金源となっている。

 商品が黒いということ以外は後ろめたいものはなく一般人の安全にも問題がない。だからこそ遊撃士協会も動けず、そして当然のように圧力で警察が動くことはできない。

 招待客は皆黒の便箋に金の薔薇の刺繍が入っている招待状を持っていて、それ以外の人物は入ることもできないようだ。

「毎年、こんなことが行われているなんて――っ!」

 エリィの言葉に怒気が入る。ハルトマン議長はクロスベルの代表の一人だ、そんな責任ある立場の人間がするような行いではない。こんな人物に父が潰されたと考えるだけで感情が膨れる思いだ。

「これがあれば会場に潜れるけど……」

 

「――やめておけ」

 不意に背後から聞こえた声に四人が振り向くと、そこには煙草を加えたセルゲイが立っていた。紫煙を一度吐き出した後、彼は四人を執務室へと誘う。そこで言われるであろう言葉はわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝食は詳細を省いていた前日のそれぞれの仕事の報告会であった。イリアのストーカー事件に子猫の捕獲までの過程、それらを共有した四人は本日の支援要請を確認する。

 その中で一つ、深刻なものがあった。それはアルモリカ村の宿酒場からの依頼である。

 とにかくもロイドらはアルモリカ村へと赴き、そこで事情を聞いた。何でも昨日泊まりに来たカップルが古戦場に行ってしまったというのである。

「古戦場、アルモリカ古道から逸れた道の先か……」

「比較的村から近いわね、でも確か暫く進入禁止になっていたはずだけど……」

「もう解禁されたようですね。ですがいくら名所とはいえ行くなんて無謀です」

 当然酒宿場のオーナー、ゴーファンもそう言っておいた。しかし彼らはそんな忠告を無視して消えてしまったのだ。

 古戦場、中世の時代の戦争における主戦場である。当時そのままにされているそこには一般の街道とはかけ離れた魔獣が生息しており、その凶暴性は折り紙つきだ。戦場という負の想念が魔獣に影響しているのかもしれない。

 

「状況はわかりました。すぐに向かいます」

 ロイドは承諾し、いざ古戦場へ。というところで酒宿場の常連の男性が駆け込んできた。遅れて入ってくる男性。

 茶色の髪に白のベスト、黄土色のプロテクターに灰色のズボン、皮のブーツを履いている。そして背中に携える一丁の導力ライフル。

「スコットさん!」

「ん、君たちか…………状況を察するにブッキングしたようだね」

 穏やかでありながら状況の切迫さを理解している遊撃士スコット・カシュオーンは支援課を見て呟いた。事態は一刻を争うとして、それぞれが別の組織に依頼してしまったのである。

 ロイドは頷き、スコットに共同戦線を申し入れた。スコットとしても民間人の安全のために是非もない。五人は揃って酒宿場を出た。

 

 

 

 

 古戦場はアルモリカ村からそう遠くない。的確に魔獣を無視して足を進めた。

 スコットの視野は広く、彼の先導の元容易に辿り着ける。遊撃士との共同戦線はティオを除けば初めてで、そのティオも戦闘に関しては経験がない。改めて間近に見るクロスベルの遊撃士は技量・経験共に抜きん出ていた。

 

 古戦場に辿り着くと空から降ってくるものがある。雨だ。

「恵みの雨かどうかは運次第、だね」

 スコットは呟く。

 降雨による影響は様々だ。視野は狭められ地はぬかるみ、降られ続ければ体温を奪い去ってしまう。しかし同時に魔獣たちの行動も一部を除いて沈静化するというメリットもあった。どちらにしろスピードが勝負である。

「ティオちゃん、反応は?」

「……半径100アージュに反応が複数。魔獣かどうかの区別は難しいです」

「兄さんはここに入ったことはあるのかい?」

「通行止めになる前に何度か入ったけど、確かに魔獣の脅威度は高い。物理攻撃を反射する魔獣もいるから気をつけて。カースシールド、緑のお面のような魔獣だ」

 魔獣の中には特殊な障壁を貼っているものもいる。物理・魔法攻撃の反射が最たるものだ。それに関してはティオが対応することになるだろう。

 

「古戦場は広いわ、二手に分かれる必要がある」

 エリィが言うように古戦場の広さはクロスベル市に匹敵するものがある。一般人の足を考えればそう遠くには行っていないはずだが、それでも探索に時間がかかることは否めない。スコットは頷いた。

「右の道の先には古代の遺跡があるから僕はそこを目指そう。これでも目には自信があるんだ」

「じゃあ俺たちは左ですね」

 前方には池があり、それを迂回するように道が二手に分かれている。

 何かあったら連絡をと再び推し、スコットは駆けていく。凹凸の激しい道だが慣れているのかスピードに翳りはない。

 

「俺たちも行こう。ランディが先頭、ティオは策敵、俺とエリィが後方だ――ティオ、いけるな?」

「はい、これがわたしの役目ですから」

 視線を交え、頷く。エリィは状況だけに真剣な表情をしていたが一瞬だけ頬を緩めた。ランディは濡れて貼り付く前髪をかき上げる。

「無事なら雨宿りってところか……俺は全体を見る、ロイドとお嬢は物陰を注視してくれ!」

「任せて!」

「ああ! 行くぞっ!」

 

 

 

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