空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
少女がクロスベルに戻ったのはとある組織についての情報が欲しかったからだが、それとは別に、彼女に生を与えた存在が今どうしているのかを知りたいという欲求もあった。組織についての情報はともかくとして、後者の存在については全く情報を得ていなかったわけでもない。
かつてクロスベルを離れてから一度だけ、少女はその存在を見た。二人で仲良く身を寄せ合い、そして片方の腕には生まれたての赤ん坊がいた。
傍から見れば幸せの一ページとも言えるそれを眼前にした少女。恨みはあったしその場で首を刎ねることなど造作もなかったが、しかしもう自分には関係のないことだと割り切っていたので何もしなかった。その時傍にいた青年が渋い表情を浮かべていた、というのも見逃した理由の一つだろうか。
少女はその存在、実の両親と弟に背を向けて去っていった。両親は、こんなところに娘がいるとは欠片も思っていなかった。
そして現在、少女はあの時割り切っていたはずの自身の心のうちが、どうしてか信用できなくなっていた。それは、あの時の自分が時の流れに沿うように変質したからだ。
少女は思う。今の自分は間違いなく彼の存在に影響されている。
何も知らないその人に近づき仲良くなり、裏切った少女。そんな自分をそれでも抱きしめてくれた一人の遊撃士に。
その遊撃士は今彼女を追って同じ街にいる。それがとても疎ましく、そして同じくらいに嬉しい。
そんな相反する感情と実の家族に対するおかしな感情を引き連れて、そして少女は迷子になった男の子を探しに街を出た。
レンが突き止めた運送会社に連絡を入れると、コリンが潜り込んでしまった運送車の運転手が血相を変えた様子で少年がいなくなってしまった旨を告げてきた。場所は西クロスベル街道、一刻の猶予もない状況である。
「レンも一緒に行くわ」
本来なら置いていくはずの少女の願いを聞き入れて支援課と少女は先を急ぐ。ティオのサーチで運搬車の位置を特定し、距離が短いこともあってすぐに辿り着いた。
事情を聞くとともに数個の質問をする。まだ最悪の事態に陥ったわけではないようだ。
「ティオ、コリン君は特定できるか?」
「やってみますが、魔獣の反応に紛れてしまって特定は難しいかと。ツァイトに頼るほうが早いです」
ティオはツァイトにコリンの所持品であるみっしぃのぬいぐるみを嗅がせる。車内を出た後で、更にあまり時間が経っていないのだから風向きさえ気をつければ容易に到達できるはずだ。
ツァイトは一声唸ると先導するように足を進ませる。五人も置いていかれないように走った。
走りに走りちょうどベルガード門と警察学校との分岐点、バスの停留所の場所でツァイトは立ち止まり鼻を働かせる。左手である南にも右手である北からも匂いがある。しかし風上は南、つまりは警察学校方面に行ったはずである。
「ウォン」
「よし、急ごう」
ツァイトが道を譲るように後方に退き、ロイドが促した。彼の出番がないということは目標に近いということ、ティオのサーチにも反応があったようでどうにか発見することができたようだ。
期待を裏切ることなく、少し進んだところで蝶を追いかけている赤毛の少年が見えた。ふらふらと蝶のように歪む歩みは空に繋ぎとめられた視線も合わさって危険極まりない。しかしようやく見つけた姿に安堵する思いだった。
「…………」
レンはその男の子を平淡な眼で眺めている。感情が読み取れなかった。
「皆さんっ!?」
突然のティオの叫びに全員が硬直する。驚きのままに視線を上に向けると、それに呼応するように高所から黒い影が飛び降りてきた。
四体の黒き狼、しかしそれはかつてのルバーチェに使役されていた魔獣ではない。完全なる純粋種、西クロスベルにおいて危険度及び稀少度が図抜けている魔獣。
四足と口周りを純白に染めたスラッシュウルフはその本能に従いコリンの前に舞い降りた。
「あー、犬ー!」
コリンは目前の危険性に気づかず無防備に声を出し彼らを見ている。スラッシュウルフにとって格好の標的だ。
「まずい!」
全員が全員そう思い、それぞれの武器を構え、
「――――っ!」
見かねた少女もどこからか大鎌を呼び出した。
「な」
思考が凍結する。突然現れたという現実よりも、少女の身の丈以上もある歪な曲線が多くの命を刈り取ってきたことを一瞬で理解してしまった。
黄金の大鎌、実際は琥珀色の棒術具に刃を取り付けたようなもの。柄の先端は刃より飛び出していて鋭い槍のよう。刃自体は黒く、縁取るように刻まれた黄金は正しく刈り取る部位を示している。
鋭さを強調する為か製作者の美意識か、三日月のような刃にはそれぞれ二つの楕円が蝕むように存在している。彼らは知る由もないが、その大鎌は剣帝のそれに酷似していた。
少女を除く全員の視線がそれに吸い込まれた時、その繰り手であるレンは風と共に駆け出した。同年代どころか常人を凌駕した疾走、それは跳びかかった魔獣の一体が獲物に喰らいつくまでの間に30アージュもの距離を踏み切って両者の間に割って入った。
「この――ッ」
鎌を振り上げる。レンの思考は恐るべき速さで対象の急所を見抜き、そこまでの軌跡を視覚化、筋肉の動かし方までもを脳内で言語・想像化する。
スラッシュウルフの速度と自身の実行速度を鑑みれば排除は容易い。レンは、殲滅天使は魔獣の遥か上の戦闘能力を持っている。
そう、彼女にとって背後の少年を守ることは容易いことなのだ。少年、自身の弟である、幸せな少年は――
「あ…………」
不意に、どうして自分がこんなことをしているのだろうと考えてしまった。
それでも行動に移すまでの時間が短かったならば問答を後回しにして魔獣を消し去っていたことだろう。しかし少女の優秀すぎる頭脳はその疑念に対して残された時間でありえないほどに思考を展開してしまう。
レンは……
* * *
どうしてここまでするのか。
ロイドの問いに笑みを返したレンは、しかしその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
自分の今までを振り返ると筆舌に尽くしがたい。両親に捨てられ、誘拐され、実験動物になり、醜い大人の相手もした。
自分自身を守るためにはレンは『わたし』でなく『レン』になるしかなかった。様々な自分が『レン』の代わりになってくれた。
そんな彼女はとある組織に救出された。救出と言っても単純にその組織にとって目障りな集団を排斥したというだけの話で、レンが救い出されたことは偶然の結果でしかない。それでもレンはその組織に感謝していたし、救い出してくれた二人の人物には特別な感情を抱いていた。
やがてその組織でも特別な存在になったレンはある時両親を見つけた。幸せそうな顔で赤ん坊を抱いている。
「いいのか?」
傍らの青年が呟いた。恩人である彼に向かってレンは言った。
「何のこと? レンには関係のないことだわ」
体が両親とは正反対の方向を向き、歩き出す。青年も暫し立ち止まっていたが後についてきた。
そう、レンには関係ない……
“でも、わたしにはある”
もうあんな人たちいらないわ……
“でも、必要だわ”
必要? どうして?
“だって、愛してくれた人だもの”
……愛されてなんか、ない。
“でも、レンは思ったじゃない”
“羨ましい、って――”
成長したあの子を見た。男の子だから、血縁上は弟になる。
何も知らないあの子は無邪気でいつもいつも楽しそう。世界の穢れを一切知らない無垢な存在。
でもその横には絶えずあの人たちがいる。自分を捨てた、世界の穢れのような人たち。
だからあの子もやがては汚くなっていくんだろうが、それを見るのは何故か、心苦しくもあった。
あの子を見ると、ふと疑問が湧いてくる。あの頃の自分は、あんな存在だったのだろうか。
いつも楽しそうで、世界の汚さなど微塵も感じていない、そんな幸せな存在だったのだろうか。
そんな思考をし、そしてその度にそれを掻き消す。
そんな問いかけが生まれる時点で昔の居場所にこだわりを持っているのと同じなのだ。
羨望しているのと同じなのだ。
教団の情報は順調に集まってきている。それとは関係なしにクロスベル市に定期的にやってきていた。
世話になっているローゼンベルクの工房前では面白そうな人物に出会ったし、クロスベルはやはり楽しい場所なのだろう。ブルブランが気に入っているのも頷ける。
住宅街には入らない。万が一遭遇してしまったら何をするのかわからないから。
それでも貿易商という仕事の都合上様々な場所に赴く父親の姿は遠くから観察していた。順調なようで笑顔が絶えない。
それでも、ふとした時に浮かぶ沈んだ表情が気になった。
母親は育児に専念しつつ近所付き合いも円滑に行っている。評判の良妻賢母だ。特に息子には過保護とも言える対応を行っている。
あの子が知らぬ間に見えないところに行こうものなら半狂乱になって探し、見つけては安堵し抱きしめる。過剰な反応は涙という水になって現れていた。そんな様子も、気になった。
“わかっているくせに”
……そんなこと、ない。
“――――――嘘つき”
どうしてレンはコリンを助けようとしているの?
“それはコリンが、前のレンと同じだから”
どうしてレンは魔獣に立ち向かっているの?
“コリンがいなくなったらあの人たちが哀しむから”
“レンがいなくなった時も、あの人たちは哀しんだから――――”
ならあの子は――コリンは、レンと一緒。あの子は――コリンは、レン。
じゃあ、幸せなコリンは、幸せなレン?
レンは、幸せなの……?
コノコヲマモッタラ、レンハシアワセニナレルノ――――?
「ああ」
気づいた時には、少女は少年を抱きしめ蹲っていた。少年は――コリンは何もわからず、ただ少女の温もりに抱かれていた。
少女は魔獣を引き裂くことなく得物を放し、その男の子を掻き抱いた。まるで幼い自分自身を守るかのように。
一瞬の思考・行動は致命的、次の瞬間には少女は魔獣の牙に散るだろう。しかしいくら経とうともその悲劇が起きることはなかった。魔獣は、そんな二人を傷つけることはなかった。
天使の鎌を逃れた魔獣が何故そんな二人を見逃したのか、それは魔獣自身の意志ではない。ただ一瞬の恐怖が全身を駆け抜け硬直してしまったのだ。
硬直したのは跳びかかった一体だけではない、その四体全てが一つの方向を見て彫像となった。
「――――」
そこには白の鬣を持つ蒼き神狼がいる。頭を下げ肩を怒らせ、剥き出しの敵意を向けている。その大きすぎる意志の顕現にどうして魔獣が耐えられようか。
「ヴォン!」
空間固定を放棄するその一声、ただそれだけでスラッシュウルフは地にめり込むように身体を伏せる。
絶対的な存在、それを前にして上げる頭などない。スラッシュウルフはそうして、ただ一つの存在に完敗した。
唖然とする特務支援課、しかしツァイトに促されてゆっくりと歩き出す。スラッシュウルフにもう戦う気力はない。ただひたすら怯え、その身体を震わせていた。
「レンちゃん……」
エリィが蹲る少女に語りかける。レンは伏せた顔を上げることなく口を開いた。
「あなたは――」
「おねえちゃん、いい匂い」
コリンは顔をこすり付けるように身を委ねる。
「――ママみたい」
「――――――」
何も、言えなくなった。
少女は弟をあやすように背中を撫で、その温かさと安らぎに少年は目を閉じる。やがて安らかな寝息が聞こえてきた。
「レン、君は」
「迷子は見つかったわ、行きましょうお兄さん」
ロイドの言葉を遮ってレンは立ち上がる。その腕の中には何も知らない小さな子。
緊急支援要請『迷子の捜索』は、ただ一人の姉によって安全に完了した。
――しかし、まだ全てが終わったわけではない。
西通りに戻ってきた支援課、ヘイワース夫妻を呼ぶためにティオとランディが住宅街に向かい、残りは分室ビルに戻る。
どうして直接向かわないのか、それは帯同する少女が理由であった。帰還途中決して解かれなかった腕が解かれるのはヘイワースの家ではない。それは少女がそう言ったわけではなく、しかし全員が思ったことだった。
ロイドの私室に寝かせる。直に夫妻もやってくるだろう。
コリンの安らかな寝顔、顔にかかっていた髪を除くレン。それを後ろで見守る二人。
「……それじゃあ、レンは行くわね」
レンが振り向き、そう言った。
「レン……」
「レンちゃん、いいの?」
何を、とは聞かない。少女は首を振った。
「レンはお呼びじゃないもの。お姉さんたちには感謝しているわ、この子を助けてくれて」
レンは笑う。それはとても柔らかな表情だった。
「コリン君を助けたのは君だ。ヘイワース夫妻から感謝されるのも、コリン君にお礼を言われるのも君のはずだ」
「レンは感謝されたくてやったわけじゃないわ。ただ、レンはレンのために助けたの。お礼なんて、必要ない」
エリィはロイドを見る。その瞳が訴えるものを読み取り、彼は頷いた。
「理由なんて、結局は夫妻には関係ないはずだ。君はコリン君の恩人、その事実だけで余りある」
「確かにそうかもね。でもレンにはそれを受ける権利はあっても義務はないわ。二人に時間を稼ぐことはできても、レンを強制することができないのがその証拠よね」
「……でもレンちゃん、あなたはそれでいいの? 事情はわからないけど、でも、それでもあなたは――」
「エリィお姉さん、事情を知らないならこれ以上踏み込まないで。きっと後悔することになる」
レンは扉に手をかけた。後は開くだけ、開くだけ。
「エステルとヨシュアはどうなんだ?」
「…………」
「二人は、君の事情を知っているんじゃないか?」
ロイドはエニグマを取り出す。二人のエニグマの番号は以前交換したので知っている。エリィもそれに倣った。
「……いいの? 通信が届くまでにレンは帰るけど」
「俺たちには君を止める権利はないからね、これ以上のことはできない」
「レンちゃん。確かに私たちはあなたの事情を知らないけど、でもあなたに幸せになってほしいとは思うわ。それはいけないこと?」
コール音が部屋に響く。レンもドアノブに手をかけたまま動かない。
ただその音が木霊するだけの時間、それを破るようにロイドのそれは途切れた。
「ロイド君どうし」
「――ッ!」
魔獣を前にした時と同速で動いたレンはロイドのエニグマを奪って通信を切る。次いでエリィのも奪い取った。
空手のまま二人はレンを見る。レンは二つのエニグマを持ったまま固まっていた。
沈黙を破るように二人のエニグマが鳴る。エステルとヨシュアだろうが、手元から離れている二人には何もできず、レンもまた取る気はない。やがて途切れたそれを契機として再び沈黙が舞い込んできた。
「私も両親に会うことは難しいわ」
エリィが口を開いた。レンとロイドが見つめる中続ける。
「私の家族はクロスベルで壊れてしまった、だから私と会うとその記憶が戻ってしまうのでしょうね。でも、レンちゃんの家族はここにいるのよね。レンちゃんが会えないとしても、ここにいるのよね? 私は事情を知らないから、レンちゃんがどうして家族と会おうとしないのかわからない。でもそれって、もう叶わない人にとっては、なんて哀しいことなんだろうって思うの」
「そうだな。俺ももう血の繋がった家族はいないから、まだ話すことのできる君が羨ましくもあるよ」
エリィはレンの事情を知らないが、それでもその推測を事実として話し、ロイドもそれに同意した。
ロイド・バニングスの両親は既に他界している。彼にはそんな両親の記憶が乏しく、言ってみれば兄のガイと姉代わりのセシルが二親であったと言っても過言ではなかった。
「会いなさい、なんて偉そうなことは言えないわ。でもこうして私たちの言葉に耳を傾けてくれている貴女はきっと、どこかであの人たちとの絆が欲しいと思っている。違うかな?」
「…………」
時計の針が音を刻む。それは確実に流れていく外界の時間の証明だ。
そしてそれに従うように、慌しい足音が聞こえてきた。
レンは、それに気づかないふりをした。エリィは一つ息を吐く。少女はそれを望んでいるように思えた。
「そこにクローゼットがあるわ、そしてあっちには窓。どちらを選んでもヘイワース夫妻には会わない」
視線で二つの選択肢を示し、そしてエリィはその答えを迫った。
* * *
「――私たちには、娘がいたんです」
ハロルドは呟き、ソフィアは頷いた。
連絡を受けて大急ぎでやってきた彼らは荒れる息を整えもせずに眠っているコリンを抱きしめ得がたい存在の感触を確かめた。支援課に深々と頭を下げた夫妻は、抱擁によって目覚めたコリンからスミレ色の少女の話を聞いて眼の色を変える。
一連の中夫妻の様子に違和感を覚えていたランディが切り出し、彼らはヘイワースの過去を話し始めた。
「仕事に失敗し多額の債務を負った私たちは、債権者に追われていました。そんな生活に娘を巻き込みたくなかった私たちは信頼できる共和国の知人に娘を預け、死に物狂いで働きました。全ては娘と生きていくためです」
しかし、その結果が彼らから娘を奪い去った。
八年前の共和国では連続放火強盗事件が横行しており危険な場所だった。その手口から同一犯であると判断されたそれは異例の捜査体制で以って解決に至ったが、しかしそれまでの犠牲は計り知れなかった。
彼らが借金を返済し迎えに行った先には娘の姿はなかったのである。
「生きる意味をなくしました。死ぬことすら、それで娘に会えるのなら構わないと、そう思っていました。ですが、その時にはもう私たちにはそれが許されないものとなっていました」
絶望に苛まれていた時、ソフィアの中に新たな命が生まれていることを知った。その存在は心中という道を途絶えさせ彼らに活力を与えた。
自分たちだけの命でなくなったこと、そして何より娘の弟であったからである。
「手堅く堅実な商売のみを追及し、コリンを幸せにする。それが今の私たちの願いです。虫のいい話ですが、コリンは娘が与えてくれたのだと信じています。だから私たちは娘のためにあの子を幸せにしなければならない。そして私たちも幸せにならなければならないのだと」
幸せになる義務、それがヘイワース家の持つ因果である。
彼らは過去の出来事からそれを受諾しなければならない存在になった。それは何も知らないコリンも同様である。
しかし同時に、その義務には後悔が寄り添っていた。
「ですがそれすらも私たちの身勝手な解釈です。娘は許してくれないかもしれないと常に思います。結局のところ、私たちが娘を手放し、殺してしまったことは事実なのですから」
「どんなに苦しくとも、辛くとも、あの小さな手を放さなければよかったのだと、今更ながらに思います。ですがもうあの手を掴むことはできません。私たちにはもう、互いの手と、あの子がくれたコリンの手しか掴めないのですから」
ソフィアは涙が流れぬように天を仰いだ。組まれた手は空の女神に祈るかのようであり、娘に許しを乞うているかのようでもある。
「……長々とすみませんでした。これが、私たちの罪です」
ほうと息を吐き、ハロルドは終わりを告げた。
その重すぎる過去を四人は厳粛と受け止める。それでも与えられた衝撃は大きかった。
「そのお嬢さんと連絡がつきましたらお願いします。あの子も――レンも、私と同じスミレ色の髪をしていました。あの子が天国から救ってくれたのかもしれませんね」
少し寂しそうな笑みを浮かべたハロルド、彼は失くさずにすんだ家族とともに安息の場へと戻っていった。
クローゼットを開けると、膝に顔を埋めた少女がいた。四人はその姿を見つめる。
「レンちゃん」
問いかけにも反応しない。ただそれは拒絶の意志ではなく、そこまで対応できないという様子だった。
「暫くここにいるか? 嫌なら反応してくれ」
ロイドの言葉にも反応することはない。彼は頷き、ゆっくりとその扉を戻した。四人は目配せしてロイドの部屋を出る。そのまま一階に下り、ソファーに身体を預けた。
「因果なもんだ。あの嬢ちゃんに何があったのか、それは俺たちが知ることのできない深い事情みたいだな」
レンの諸々の能力は図抜けている。身体こそ小さいがおよそ考えられる限りの力が常人を越えていた。
ネットワーク上の能力はティオがその装備をフル回転しても追いつけず、エリィのように知識も豊富で判断能力は捜査官のロイドの更に先を行き、身体能力はランディを凌駕する。大鎌を突然呼び出すなど理解できない現実も見せ付けた。
その全ては恐らく、彼女がヘイワースを離れた後に身につけたのだろう。
「あんな小さな子がどうして……」
膝上の手がきつく握り締められる。エリィには想像もつかない過去が彼女には存在している。ティオは視線を逸らし、ランディは説得するように言い放った。
「誰にだって理解できない現実なんざいくらでもある。俺たちにできることってのはそんな現実を理解して受け止めることくらいだ」
畢竟それに尽きる。
知らないことに対しては何もできないのだ。すべきことは、まずそれを既知のものにすることである。
「……今は、あの子をどうするのか、か」
ロイドの呟きを最後に会話は途切れる。
誰もが自分の意見を言えない状況にいた。四人が作る世界は膠着したのである。
「失礼しますッ!」
――そして、外界の使者がそこに介入し、事態は大詰めとなる。
ツァイトを先頭にしてやってきたエステル・ブライトとヨシュア・ブライトは緊迫した雰囲気を発しながら支援課に駆け込んできた。