空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
よく晴れた、とてもいい日だった。
洗濯物は乾き主婦もにっこり、子どもたちは外に駆け出していってはしゃぎ回る。外回りの会社員も汗ばむ身体に辟易しつつも、こんな陽気なら仕方ないかと苦笑した。
クロスベルは活気に満ちている。交易も盛んで正しく貿易都市、この街が停滞することは大陸の停滞と同義だ。
故に、運命の歯車に踊らされ続ける。大陸の命運とクロスベルの命運は無関係ではないのだ。
よく晴れた、とてもいい日だった。そう、それは未来の視覚。
いい日だと思い返すことができるのは既にそれが過ぎ去ったからだ。だがそれは本来ありえないこと。多くの市民はただその温かい日の光だけで、その一瞬だけで、今日はいい日だと、いい日なんじゃないかと感じてしまったのだ。
それ自体に特に意味は無い、誰でも感じる当たり前の考えだ。
だがもし、もし本当に未来においてこの日を振り返ったならば――――果たして誰が、この日をいい日だったと考えるのだろう。
ウルスラ病院の研究棟、とある研究室にてヨアヒム医師はゆっくりと話し出した。あくまで噂に過ぎないと念を押して。
「――願いが叶う、というかね、身体の感覚や神経伝達が異常に発達して超人的な力を得るという効果を発揮する薬があったらしいんだ」
数年前、医療関係――特に薬学専門の人間周りでしか流れていない眉唾物だったが、今回ロイドらに渡された錠剤の所有者の近況を聞かされた彼はそれに思い当たったらしい。
「それは――」
「――グノーシス……」
ヨアヒムがその薬物の名称を答えようとしたとき、それを横から告げた者がいた。それはティオ・プラトー、何かを堪えるようにその双眸を閉じている。
エリィが異変を感じてティオを連れ出し、残ったロイドとランディが続きを尋ねた。
「グノーシスは、とある宗教団体が開発したと言われていた。その集団というのがね、何でも空の女神を否定して別の神を崇めているという集団だったんだ。その別の神も悪魔だった、とか言われていたね」
本来の効果は人間の潜在能力を開花させるというものらしく、それは何故か運すらも呼び込むほどだったらしい。ヨアヒムは手元にある釣り糸を手繰りながら思い出すように話す。
「グノーシスは碧い錠剤だったらしい。現物を見ていないから実在するかもわからないし何とも言えないけど、これとの共通点は多そうだ」
現在作り出されている薬の中にここまで鮮やかな青色をしたものはない。本来薬の色は口に含んでも抵抗がないような色に配慮して作られるのだが、この錠剤の色は人によっては抵抗感があるだろう。つまり、これは正規の研究によって作られたとは思えないのだ。
尤も、これが研究段階の試作品で、これから色について考えるつもりだったという可能性がないこともないのだが。
「いずれにしても成分分析には時間がかかるよ。一日は待って欲しいな」
「厚かましいお願いですができるだけ早くお願いします」
「わかってるさ。患者が増えるかもしれないからね、せっかくの釣りも放棄してやってあげるよ」
釣りの部分を強調し、なおかつ釣り針すら見せてヨアヒムは微笑む。その口に出さない不満に思わず苦笑するも、事態は一刻を争うかもしれないのだ。ロイドは気を引き締め再度頭を下げた。
「あ、そうだ。キミ達にプレゼントがあるんだよ」
ヨアヒムはそう言って足元からビンを取り出す。首をかしげるロイドにランディは得心したように言った。
「例の栄養剤っすか?」
「そのとおり。ようやく完成したんでね、大変だろうしあげるよ」
警備隊の分は既に届けているらしく、ヨアヒムもご機嫌だ。全部で五本、セルゲイも含めればぴったりだ。ちなみにこれは本来セルゲイの分ではなくあの時居合わせたワジの分だったりする。
「今回の件、キミ達が重要な鍵になる気がしてならない。その為にも叡智を――いや英気を養って欲しい」
そう告げたヨアヒムの真面目な口調は、彼の赤い瞳と相まって寒気のするくらい心に留まった。
夕闇に覆われる頃、エリィとティオはセシルの私室にいた。プロテクターの外されたティオはセシルの厚意でベッドに横たわり眠っている。
備え付けの椅子に座っていたエリィが遅れて入ってきた二人に対し静かに状態を告げた。セシル曰く、精神的な疲れが原因で、一晩ぐっすりと眠れば幾分楽になるだろうとのことだ。
ティオの頭を優しく撫でながらエリィは目を細めて言う。少し気落ちしているようだ。
「もう少し気をつけてあげてればよかった。ティオちゃんの様子がおかしいことには気づいていたのに……」
「自分を責めたってしょうがねぇ。俺たちも同罪だし、言わなかったティオすけもそうだ」
警察という社会に組している時点で自己責任は常に纏わり付く。今回は不調を言わなかったティオにも非はあった。
それでもエリィは自身を責めずにはいられない、彼女はとりわけ同性の少女を気にかけていた。まるで妹であるかのように親身に、情愛を持って。それが今回、ほんの少しだけ事態に追われて遅れてしまったのである。
レンとの会話によって拍車がかかっただろう少女に対し、なんら行動を起こさなかったことも確かだったのだから。
「レンとの会話の内容は知る由もないけど、ティオが倒れた直接の原因はやっぱりアレだろうな……」
ティオが体調を崩した場所はヨアヒムの研究室、ちょうどとある薬物の話をしている時だった。
そこで限界値を超えてしまったのか、それともそれ自体が衝撃だったのか。それは少女の反応で後者だとわかる。
「グノーシスを知っていたわね、ティオちゃんは……」
「ああ、もしかしたら……」
ロイドは開きかけた口を閉ざした。言ってしまえば最後、それが現実になってしまうのではと感じられた。おそらくエリィもランディも同じことを考え口を閉じているのだろう。
闇が押し寄せ、世界が暗転した。そこにいるのは少女を心配する人物のみ。
そんな世界だからこそ、そんな仲間だからこそ、ティオ・プラトーは話すことができる。
「――気にしないで下さい」
ゆっくりと目を開け、上半身を起こす。ティオはすぐに支えてくれるエリィの手に自身の手を添え、静かに口を開いた。
「大丈夫です。いつか話そうとしていたこと、それが今になっただけの話ですから」
「でもティオちゃん、無理しないで。まだ起きたばかりだし……」
「ありがとうございます。でもエリィさん言いましたよね、わたしが話したいときに話してくれればいいって。今がその時なんだと思います」
特務支援課が初めてウルスラ病院を訪れた時、ティオが病院にいた詳細を話そうとしてエリィに止められた。状況に流されるまま聞かされたくないと説かれた。
今も状況に流されていないとは言えない。しかしあの時の仲間ではなく何度も壁を乗り越えた今の仲間になら、ティオは話してもいいと思えた。
知って欲しいと、素直に思えた。
「……わかった、聴かせてちょうだい」
エリィは嘆息し、頷く。ティオはふうといつものように息を吐き、そして語りだした。
* * *
ティオ・プラトーは六年前、ロイドの兄ガイ・バニングスによって救出された。当時の少女は衰弱しきっており、実家に戻るまではウルスラ病院で入院していた。
さて、彼女が救出された場所はカルバード共和国アルタイル市のとある山間である。
どうして彼女はそこにおり、また救出されたのか。それは当時起こっていた連続誘拐事件と放火事件に起因する。
S級遊撃士カシウス・ブライトの指揮の下、大陸全土を巻き込んだ誘拐事件はそのいくつもの拠点を同時に襲撃し一網打尽にしたことで解決した。ロッジと呼ばれるその拠点の一つがあったアルタイル市を担当したのがガイ・バニングスであり、セルゲイ・ロウであったのだ。
彼らは向かってくる犯人グループを退け誘拐された子どもがいるであろう場所に辿り着く。しかしそこには生き残りはただ一人しかいなかった。
その少女の名前はティオ・プラトー。少女は、誘拐事件の被害者だったのである。
ガイが少女を見つけた際、少女の全身には電極が貼り付けられていた。それはさながら実験体のようであり、そしてそれは真実だった。
犯人グループが子どもを誘拐した理由、それは彼らが信奉する神を出現させる為に必要な薬物の研究だった。そしてその為には、一定条件をクリアした子どもが必要だったのである。
一定条件、それはある特殊技能と言えばいいのか。感応力と呼ばれる外界とリンクし情報を制御する能力が非凡である存在こそが彼らのターゲットになっていた。それは彼らの目標への進捗状況を示すのに最も適した能力だったからだ。
誘拐された子どもたちは様々な実験を行い、そのたびに壊れていく。高めすぎた能力に身体が耐え切れずに自壊するもの、精神が吹き飛び人形同然になるものなど様々だった。
そんな中、ティオは生き残り続けた。日々消えていく子どもたちの姿に恐怖しながらも実験に耐え続けた。
彼女がいたアルタイルロッジの実験が彼女に合っていたからだろう、結局救出されるまで彼女は生きた。想像を超える感応力という結果を与えられて。
ここで、その犯人グループに話を向ける。
彼らは空の女神を否定し、とある存在を神と祀っていた。その狂おしいほどの信奉ぶりは異端に他ならない。しかし彼らにとっての神を体現するためには一般社会に背くことになど何の痛みもなかった。
彼らは多くの被害者を出しながら目的のために邁進し、その完成度を高めていった。結局彼らが諸組織の介入を経て滅ぼされるまでの間にそれが完成することはなかったが、その地獄を生き残ったティオの脳内にはその目的物の名称は刷り込まれて消えることはなかったのである。
それこそがグノーシス――真なる叡智と呼ばれた薬物であり、それを求めた集団こそをD∴G教団と呼んだ。
* * *
「――わたしは、今もまだ答えが見つかっていません。自分がどうして死ななかったのか、どうして生きているのか。結果としてあるこの生の意味すらも……」
それを示してくれるはずだったガイ・バニングスはもうここにはおらず、導いてくれるはずだった手はいつの間にか外されて取り残されてしまった。少女は未だ教団の齎した闇の中でもがいている。
「ガイさんの息吹を感じるクロスベルに来たのも、それが見つかるかもしれないと淡い期待を抱いたからかもしれません」
そう言って、ティオは長い話に終わりを告げた。余計な相槌を打たず、三人の聞き手は黙ってそれを受け止め。
そして耐え切れなくなったエリィは少女を抱きしめた。その温もりを、まるで現実感のないように少女は受け止める。
「エリィさん……」
「いいじゃない、わからなくたってっ……」
顔を見ることのない姿勢で、エリィは堰を切ったように話し出した。
「私も同じよ……自分自身の生きる意味なんて、そんなのっ、誰もがわかるものじゃないものっ……」
「ティオすけよぉ、それを言うなら俺だって同じ闇の中にいるぞ。いや、同じっつったらお前に悪いかもしれないがな」
ランディが優しさを湛えた瞳で抱擁を見つめる。ロイドが頷いた。
「ティオ、皆一緒なんだ。生きている意味なんて難しいもの、そう簡単に見つけられるもんじゃない。自分で定める大切な目標はあると思う、でもそれが自分の意味なのかって聞かれたら、そうだ、なんて言える人は少ないんじゃないかな」
ロイドは少女に説きながら自身を思い浮かべる。
彼の目的は兄の命を絶った存在の究明にある。それは自分がやらなければならないことであり何より重要なものだが、それが彼のいる意味かと問われれば即答はできない。
クロスベルに来た理由にしてクロスベルにいる理由ではあるが、ロイド・バニングスという存在がそのためだけにあるということではないのだ。
「ゆっくりと、この先時間をかけて見つけていこう。俺たちも一緒になって考えるからさ」
「うん、そうね。私も考えるわ。だからティオちゃんも私の生きる意味を一緒に考えて」
それは、正答ではなかったのかもしれない。もっと他にいい言葉があったのかもしれない。しかし今の少女にとってそれ以上の言葉はなく、いや、どんな言葉でも、この三人がくれる言葉こそが答えなのかもしれなかった。
「――でも、ティオがどうして死ななかったのか、どうして生き残ったのかっていう答えだけは言えるよ」
「え……?」
呆ける少女、ロイドはティオを見つめ、エリィを、ランディを見た。そして頭の中で出会った全ての人の顔を思い浮かべ、そして笑った。
「ティオはさ、クロスベルでたくさんの人たちと出会うために、何より俺たちと出会うために生き残ったんだよ」
「――――」
言葉が、出なかった。
「……そうね、ティオちゃんは私たちに会うために生きてくれたのよね」
「はは、何とも気恥ずかしい感じだが、俺もそう思うぜ」
エリィも、ランディもその言葉に同意する。そして同様に綺麗な笑顔を浮かべた。
「………………あはは」
ようやく漏れてくれた言葉は言葉ではなく、ただの感情の吐露だった。
俯き、笑い声が零れる。それはおかしいはずなのに。普段の自分なら間違いなく眉間にしわを寄せて目を細めて、そして文句を言う言葉なのに――。
「お二人とも、ロイドさんに中てられたんじゃないですか……?」
涙が零れるのが抑えられない――。
「そんなクサイ台詞、考えられません……っ」
でも、とても悪くない気分です――。
そうして、頬を伝う雫に構わずにティオは笑った。それは、少女が初めて見せた本当の笑顔なのかもしれなかった。
「ティオちゃんも同じよ、きっと」
「そうだそうだ、お前もロイド菌にかかってるぜ!」
「おいランディ、何だよそのロイド菌って。まるで俺が病原体みたいじゃないか!」
「クサイ台詞を何でもないように言う症状ですか、嫌ですね……」
「そうね、特に感染源は見境がないから」
「ティオ、エリィまで…………わかった、わかりました。俺が全部悪いから許してくださいっ!」
ロイドが頭を下げる。するとそこに手が伸び、優しく撫でた。その小さな掌を感じながらロイドは微笑む。
「――いいのか、うつるぞ?」
「……ええ、今はそれも悪くありません……」
水色の少女は穏やかに目を閉じてそう告げた。
曇天の中ウルスラ病院を辞した特務支援課はセルゲイに結果を報告、彼の口からティオとの関連を改めて聞かされた。当時の彼はアルタイルロッジ突入班班長の肩書きを持ち、ガイ・バニングスとアリオス・マクレインの二人を引き連れロッジを制圧したのだという。
ここで初めて、アリオスが元警察官であったことを三人は知った。
一身上の都合でアリオスは警察を離れセルゲイ班は解散、ガイは捜査一課に引き取られた結果になったが、今でもこの三人の班は警察内部で伝説とされている。それもアリオスの実力を考えれば当然とも言えた。
しかし何より、あのアリオスを従えていたというセルゲイの実績・能力に驚くことになったのだが。
「まさか、ここで教団の名を聞くことになるとはな……」
紫煙を吐き出し、セルゲイはぼやく。
彼自身決着を着けたとは言えなかった事件の首謀団体とはいえ、それでもこんな短期間に復活するとは思えなかったのだ。全ては成分調査次第とはいえ、それでもセルゲイは背筋を走る寒気を拭えずにいた。
「教団、グノーシスと来たらもうお前達にばかり任せてはおけん。俺も前線に出よう――――と言いたい所だが」
セルゲイは言葉を切りロイドを見た。ロイドもわかっていたように頷く。
「教団の狙いがキーアかもしれないと、課長も思うんですね……」
「当たり前だ。あいつの素性は一切わからないが、ルバーチェ主催の黒の競売会にいたという事実だけで警戒するに足る。キーアの失われている記憶が重要になるかもしれん」
教団の残党がいるかもしれない事実を、セルゲイは三年前に考えていた。三年前、それはガイ・バニングスが殉職した時である。
ガイの殺害犯が教団関係者ならば、本当の意味で教団を滅ぼしたことにはならないのだ。
「キーアちゃんを狙ってくる可能性、そんなに高いの?」
エリィが問うが、ロイドはわからないと告げる。ただ少女が今ここにいる現実が、どうしても偶然とは思えなかった。
ルバーチェの構成員の突然の強化はガンツの症状に似たものがある。ルバーチェもグノーシスを使った可能性が――いや、ルバーチェこそがグノーシスを撒いた可能性があるのだ。ならばルバーチェの懐から現れた少女が本件と関わりがないとは断定できない。
ふむ、とセルゲイは立ち上がり執務室を出る。四人もそれに倣って動き、そしてセルゲイはホワイトボードを取り出して説明を始めた。
「お前達も知っておけ」
D∴G教団、そのDが何を意味するのかはわからないが、GはグノーシスのGだと言われている。記号の意味も踏まえると、D故にグノーシス――真なる叡智、ということだ。
制圧作戦の折、彼も多くの信者と相対したが、彼らは死を恐れず、むしろ自身の死を以って足止めを為すほどの気概だった。おそらく彼らをそこまで信じさせるほどの何かがあったのだろう。
結局セルゲイらが手に入れた成果は生存者一名とロッジの壊滅というだけで、彼らの言うDとは何かという疑問の答えは得られなかった。
「Dが何を意味するのかはわからん。奴らの信じる神がDを冠するのかもしれんが、それが俺たちの知る名称にあるかどうかすら定かじゃない。他のロッジでも制圧は完了したが何せ規模が大きすぎた。生き残りがいても不思議じゃないほどにな」
それでも大部分を駆逐したことは確かで、彼自身ガイが殺害されるまで残党は虫の息だと思って忘れきっていた。しかし今、その足音が聞こえてきているのを感じている。
「とりあえず今日は休め。先生の話では明日にでも結果が出るんだろう? 話はそれからだ」
そう、結果次第では全てが杞憂に終わる。しかし彼は、いや特務支援課は確信していた。その結果は予想通りとなり、最悪の事態になるのだと。
「みんな、寝ないの?」
キーアが瞼を擦りながら下りてきた。その無防備な姿に五人の表情が和らぐ。
「ごめん、起こしちゃったか?」
「んーん、平気」
「きっとロイドの部屋に行ったらいなかったからよね……羨ましい」
エリィがジト目でロイドを見やる。キーアはいつの間にかロイドのベッドにいることがあった。おそらくは今回もそうしようと動き、そこに彼の姿がなかったので起き出したのだろう。
「よ、よし、皆、もう寝ようっ」
旗色が悪くなるのを感じたロイドはそう言ってキーアの背中を押しながら二階に逃げ込もうとする。しかしそれを遮るようにランディが声を上げた。
「お、そうだ。これ飲んどこうぜ」
ランディが取り出したのはヨアヒム謹製の栄養剤である。彼はてきぱきと四人に渡していく。キーアが目を丸くした。
「ランディ、何それ?」
「キー坊にはまだ早い、大人の飲み物だ!」
「お酒?」
「違うよ、元気が出る飲み物だ」
ロイドが訂正し、光に透かして中を見る。淡い紫色のようだ。
「警備隊御用達のやつだ、それグッといけグッと!」
ランディが煽り我先にと口にしようとするがエリィが止める。彼女はキッチンへと急ぎ、オレンジジュースを片手に戻ってきた。キーアだけ除け者にする気はないらしい。
何故か乾杯のような形になってしまったのでロイドが音頭を取ることになった。咳払いを一つ、彼は少し悩んでから口を開く。
「どんなに大変なことでも、きっと乗り越えられる。俺はそう思う」
「クサい、クサいぜロイドッ!」
「茶化すなよ…………うん、だから今日はその約束だ。キーアと一緒に、これからを幸せに生きられるように」
「…………」
キーアは嬉しそうに、しかし哀しそうに微笑んだ。その表情に気づく者はいなかった。
「乾杯!」
ビンを鳴らすと、鐘のような音が響いた。まるで、僧院で聞いたような音が――。
皆がビンを傾け、それを嚥下し――。
「――――夜分に失礼します」
そんな、涼やかな声が響いた。