空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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そして運命の歯車は廻る

 

 

 ベルガード門二階の一室でミレイユ・ハーラルは静かに息を吐いた。今日の勤務はこれで終了、ようやっと溜めていた息を吐き出せたところである。

 今日も今日とて彼女は部下の指揮と上司の尻拭いに奔走し、ろくに休むことなく一日を終えている。当然のことながら疲労は溜まっており、あろうことか部下にまでも心配されるほどだった。

 普段の自分なら部下に悟られるような真似はしない。そう思って今日の自分を恥じたミレイユだが、実は度重なる激務に業を煮やした部下がたまたま今日発言しただけであって今日も彼女はいつもどおりだった。

 その優秀すぎる能力と部下にとっては扱いづらい性格が、今日の彼女に無駄な疲労を蓄積していた。

 

「――ああ、そういえば」

 彼女はふと、本日付で届いた支給品を思い出して段ボール箱を漁った。ウルスラ病院からの治療薬である。そこには中身の大半を失ったケースもあり、彼女はその中に残っていた一本を取り出した。

 簡易のラベルには製作者とその効用、使われた材料とナンバーが刻まれている。ヨアヒム・ギュンター医師の最新の栄養剤である。

「これ、いつ飲んだほうがいいのかしら……」

 疲れた今寝る前に飲むべきか、それとも一日の始まりに飲むべきか。

 彼女は数秒考え、それを元に戻した。今は眠気が酷く、万が一それを吹き飛ばされたら敵わないと思ったからだ。

 よろよろとベッドに入り込み、目を閉じる。そうすると自然と今日の一日が思い起こされた。

 

 警備隊司令は何故か慌しく動き回っていた。しかしその行動はよく観察しなくとも意味のないものだとわかるなんとも不思議な行動であり、また彼を慌てさせていたのが司令室における通信のやりとりであったことをミレイユは知らない。ただ今回支給された最新の栄養剤は司令のお墨付きであり、こんなに早く届いたのも司令の尽力によるものだとか。

 権力にしか興味のない司令がどうしてこんな隊員を労うような真似をしたのかは定かではない。ただこれにより効率の上がった警備隊員の姿を議員に見せるだとかそんなろくでもない内容だったとしても、結果的にクロスベルの平和を維持する警備隊員の質が上がるのなら、それは間違いなく司令の功績になるだろう。そうなったらミレイユも、ほんの少しだけ司令を見直す気が湧くかもしれない。

 規律を重んじる彼女は現実に言葉にしないが、それでも頭の中では絶えず司令のことを考え苦悩している。タングラム門のソーニャ・ベルツ副司令が上ならばこんな苦労はないのに、とも思う。

 しかしそんな個人的思考の前に、彼女は誇り高きクロスベル警備隊准尉なのである。

 彼女は自身の責任を自覚しているので組織の軋轢になることは口にしない。だからこそこうして思うだけにしてストレスを持ち越さないようにする。それが例え焼け石に水でも、できることをする。

 

 そして最後に、彼女は寝る前に必ず口にする。銃を持つ自身を思い返しながら言葉に出す。

 迎えるであろう翌日が過ぎ去った昨日よりも平和になるように。

 自分のやるべきことを明確にする為に。

 

「――全ては、クロスベルの平和のために」

 

 するといつものように自然と意識が溶けていく。その単純さにまるで催眠術のようだと笑うも、もう体は言うことを聞いてくれない。

 そのまま委ねてもよかったが、本当の最後に、あの馬鹿はどうしているかなと年相応の思考を抱き、ミレイユはようやくその日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 誰もが息を呑み、言葉を失っていた。突如扉を開けてやってきた来訪者はそうして彼らの時間を停止させた。

 光の加減で銀にも金にも見える長い髪に碧の双眸、そして均整の取れた身体に纏う白銀の鎧――

「ど、どうして……」

 声を出したのと同時、少女の手元からコップが離れ、弾ける。その砕けた音に覚醒されたようにランディが吼えた。

「お前ら――ッ!」

「――く!」

 一喝に導かれるように全員が戦闘態勢を取る。

 キーアを後ろに隠したロイドは額に浮かぶ汗を止められない。エリィもティオもセルゲイもそれは同じ、そして何よりランディは手の震えを抑えられなかった。

 

「――――」

 その白の女性は何も言わず、彼らを見、そしてその瞳は青年を捉えた。

「ぐ――――ぁ」

 ノイズが走る。

 ロイドは気絶しそうな頭の痛みに苦悶の表情を浮かべ、今すぐ折れそうな膝にそれでも強引に芯を入れ、そして必死に女性を睨んだ。

 知っている、この女性を知っていると語りかけてくる神経パルスを抑え付け、後ろで呆然とする少女のために沸騰する身体で堪えていた。

「――なるほど、やはりそうですか」

 伸びやかな、しかし鋭利な声が響く。その一言だけで身体を襲う重力が増えたような錯覚すら受ける。

 

 勝てない――

 

 例え彼女が何もしなくとも、自分たちは負ける。そんなイメージを一瞬で刻み込まれた。

 

 

「……お前さん、何者だ」

 セルゲイが銃を構えて問うた。銃を向けられていることを気にした風もなく女性は答える。

「今はまだ明かす気はありません。そして今宵、ことを為す気もありません」

 質問に答えず、ただ無害であることを証明する彼女はその雰囲気を弛緩させた。

 瞬間、崩れるようにティオとエリィがしゃがみこむ。それを無様だと罵る者はいない、おそらくこの場にいた誰もがその欲望を持っていたからだ。

 しかしセルゲイとランディはその責任と経験から耐え、ロイドも二度目だという経験と背後の少女の存在によって支えられていた。

 

「あなたは――」

 キーアが言う。その言葉に女性は僅かな笑みを浮かべた。

「御子殿、久しぶりですね」

「…………あなたも、そうなの…………?」

「いえ、厳密には異なります」

 女性はゆっくりと歩を進め、引き合うようにキーアも前に出る。キーアの前に跪いた彼女はただ敵意もなくそこにいた。

 ロイドは何もできず、ただ硬直している。しかしそんな彼とは対照的にキーアは身の危険を感じておらず、しかし女性の存在にただ驚いていた。

 女性はキーアの頬に手を伸ばし、笑う。

「どうして来たの……」

「そうですね、御子殿の意志を尊重した忠告です」

 女性は立ち上がり、そして次の瞬間にはその手に何かが握られていた。それは全部で五本のビン、支援課が先まで持っていた栄養剤である。

 そしてそれを、そのまま手放した。

 割れる音が響き、中身が撒かれる。それを至近距離で受けたはずの女性だが、しかし一滴の雫もかかることはなかった。

 

「――御子殿、恐ろしいのはわかりますが、世界に任せるままでよいというわけではありませんよ」

「え……」

 女性は改めてキーアを見た。その碧の瞳にはキーアの姿が映りこんでいる。

「御身の意志を一番に為すのは他でもない自身であるということ、ゆめゆめお忘れなきよう――」

 立ち上がり、今度はキーアを庇うロイドを見た。激しくなる頭痛に明滅する視界、その中で彼女が伸ばした手は彼の胸元に寄せられる。

「綺麗な石ですね。よく、似合っています」

 素直な感情を思わせる一言。そして、六人の視線を受けたまま、その存在は立ち去った。

 いつものように音を立てて閉まる扉。それを一分ほども見つめ、そこでようやく残っていた三人も崩れ落ちた。

「………………」

 誰もが力尽きて視線を落とす中、ただ一人少女だけは過ぎ去った残影を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 嵐が過ぎ去ったという言葉がその状況には相応しかったが、実際のところやってきたのはそんな自然災害すらも凌駕する存在だったことを知るのは少女一人しかいない。

 少女はその存在に言われた言葉の意味を汲み取ろうと懸命に思考を動かしていたために動くことはできない。故に状況を動かしたのは吐息にも似た呟きだった。

「くそ……」

 ランディ・オルランドは悪態を吐く。それは自身の力を以ってしても動くことすらできない、瞬間に見えた未来の情景が絶対のものだと感じてしまったことによる感想である。

 赤い星座の部隊長を務めたというのは彼にとって動かせない事実であり、故にそれを支えにする戦闘能力への自信がある。しかしそんなものが木っ端の役にも立たないことに苛立ちを覚えた。

 

「言葉が出んな……」

 セルゲイが紫煙に似た息を吐く。

 彼も幾度の修羅場を潜ってきた自負がある。しかしそんな彼でもランディと同様に立っていることしかできなかった。銃口こそ向けたが、引き金を引ける気など微塵も感じられなかったのだ。

 そもそも正体の知れぬ人間にその雰囲気だけで銃を向けることはご法度なのだが、過ぎ去った脅威はそんな倫理観すら霞と化すものだった。

「あの人は、何……?」

「わかり、ません……」

 息も絶え絶えのエリィとティオもようやく声を出せた。そのプレッシャーに立つことすらできなかった二人は未知の存在との邂逅に対して感想を抱けない。

 ただ、その疑問しか浮かばなかった。エリィは今まで見てきた人間の中で最も底が知れない相手に畏怖を抱き、感応力に優れたティオは女性の異常性・特異性に脳内をズタズタにされた。

 そして――

 

「――――アリアンロード」

「え?」

 

 そしてロイド・バニングスは彼の存在を知っていた。キーアも含め全員の視線が釘付けになる中ロイドはただ呆然と呟き、そして意識を失う。

 ただその呟きを、白の宝石は確かに受け取っていた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 走る。走る。走る。走る。走る。

 ただひたすらに走った。それは焦燥と期待という火が自身を追い立てているから。

 その体躯から得られる理論上最速で以って整備されたアスファルトを蹴って行く。残像すら見えるほどの加速は夜の闇を纏っていて悪魔のようにも見えた。

 その数は三、一つが先行し、残る二つはそれに僅かに遅れて追従する。

 

「……っ」

 鉛色の雲と時の流れ、その二つによって人通りの少なくなったクロスベル、その中央広場にてレン・ヘイワースとヨシュア・ブライト、そしてエステル・ブライトは特務支援課分室ビルをひたすらに目指していた。

 東通りのアカシア荘、そこで床に着こうとした三人を襲った既視感に似た感覚、その元凶の気配までわずか1分で辿り着こうとしていた。

 

 そして彼らが区画中央に位置する鐘を完全に視認した時――。

 

「――――来ましたか」

 

「あ……」

 大鐘を見つめる白の女性が、待っていた、と呟いた。少女の期待と落胆の感情はそれに掻き消された。

「だ、誰……?」

 エステルに心当たりはない。ただ彼女が発する気配に懐かしいものを感じたのも事実だった。レンも、ヨシュアも、そう感じ取っていた。そして二人も彼女を知らなかった。

「あなたは、誰ですか?」

 ヨシュアが問う。そこでようやく鐘に定められていた視線が三人を射抜いた。忘我するほどの美しい瞳、そこに敵意は感じなかった。

「漆黒の牙に殲滅天使、そして剣聖の血縁者ですね」

「――ッ!? ってことは――!」

「そこまでにしておきなさい。今はまだ、その先を口にしてはなりません」

 

「……どういうことですか」

 エステルは突然の制止に吐きかけた言葉を呑みこみ、代わりにヨシュアが問う。言葉を遮るという行為に意味があるとは思えなかった。

「殲滅天使、あなたならばわかるのではないですか?」

 レンはジッと女性を見つめ、そして笑みを浮かべぬまま答える。

「……レンにもわからないことはあるわ。でも、どうしてあなたからレーヴェを感じるのかはわかる。あなたでしょ、レーヴェが届かないと言っていた剣士は」

「…………謙遜を。あなたなら私に届き得たはずです。ただ運命がそれを許さなかっただけ」

 それは空に向かって放たれる。今はいない存在に対する最大級の賛辞だった。

「レーヴェが敵わない相手……」

 エステルは義兄の姿を思い浮かべてその事実に驚愕する。

 彼女の知る最も強い存在の一人であった男性が勝てない相手など想像がつかなかった。ましてやその人物が今目の前にいることなど考えもつかなかった。

 

「――此度の忠告、それはあなた達にもあります」

 ふと、女性は呟いた。ヨシュアとレンが顔を顰める中、エステルは素直に疑問が顔に出る。

 それに僅かに苦笑した後、結んでいた口から言葉が漏れた。

「我々が表舞台に立つのは今ではなく、少なくとも半年後となります。あなた達がその時この地にいるのかは定かではありませんが、それでも約束の日にはここで見えることになる」

 半年後と約束の日。二つの時の地点を明言し、改めて女性は口を開く。

「死力を以って立ち向かいなさい、剣帝の遺志を継ぐ者よ。世界の命運の一端はあなた達が確かに握っているのだから」

 三人は確かにその言葉を受け止めた。彼女との関係が敵対であることは明白だが、それが今回の言葉の受け取り方に影響を及ぼすことはない。

 忠告と言った彼女の言葉は不思議と信じられた。ただ発する正の雰囲気がそんな実直で誠実な気性を感じさせたのかもしれない。

 

 髪を棚引かせ、背を向ける。もう話すことはないと後姿で告げていた。

 レンとヨシュアはそれに倣い口を開かない。しかし彼女は、それでもエステルは最後に聞かなければならないことがあった。

 これを知らなければ始めることができなかった。

 始めは感情の赴くままに言おうとして言葉を遮られたが今度は考えた末の簡潔な問い、果たして遮られなかった。

「最後に聞かせて――――あなたは、誰?」

 空を覆う黒から雫が降ってきた。それは瞬く間に激しくなり周囲の音を掻き消す。

 世界がまるで四人だけになってしまったかのような錯覚、ただ水のヴェールの中にいて無駄なものは一切ない。

 滝のような雨が身体を打ちつけ体温を奪うのも構わず相対する四人。女性とエステルの瞳は確かに合っていて――

 

「――――」

 

 そしてエステル・ブライトはその名を聞いた。

 名を許してくれた女性の顔は雨に濡れ、まるで泣いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 気絶したロイドを病院に運ぼうとする三人に待ったをかけたのはセルゲイだった。曰く、別に心配することじゃないとのこと。

 その理由は至極簡単、顔色が良かったからである。

 そんな素人の判断でいいのかと思ったが、何故かキーアのほうも心配はいらないと告げ、ハンカチで額に浮かぶ汗を拭っていく。

 そんな少女の普通の行動、そこでようやくエリィが疑問を思い出し口を開いた。

「キーアちゃんは、あの人を知っているの?」

「…………」

 キーアは答えず、ただ手を動かす。やがてそれが終わり立ち上がった少女は静かに、うん、と肯定した。

 

「あの人は誰なんですか?」

「ロイドが言ったよ、アリアンロードって」

「それが名前か? つーかロイドも知ってるのかよ?」

「ううん、知らないよ。知らないけど、知ってるの」

 キーアの言葉は謎に満ちている。しかしこれらの言葉で知ることができる事実があった。

 エリィはゆっくりと屈み、キーアの瞳を見つめる。

「――記憶、戻ってるのね」

 少女も追及されることをわかっていたのか、その問いに対し口を結び、意志の灯った目で頷き返した。

 

「ほんとのこと言うとね、始めから、記憶はあったんだ。でもそれが、信じられなかったから……」

 訥々と少女は言う。それを傍にいた全員が聞いていた。

 始めから記憶喪失ではなかったのだ、薬による他症状などないし、法術でも思い起こすことはできない。

「ウォン」

 今までいなかったはずのツァイトまでもがいつの間にか姿を現している。まるで機を計った様な登場だが、その行動は今までにも数多くあった。

 今更この神狼に対して思うことでもない。それはこの存在がキーアを守ろうとしているように思える故に余計にそう感じるのかもしれないが、少なくともこれでロイド以外の全員が集まった形になった。

 キーアは目を閉じ言葉を選んでいる。やがて少女は聞かれる問いを理解しているかのように、彼らが聞きたい事実を答え始めた。

 

「キーアの家族はいないよ。それが“もう”なのか、“元々”なのかはわからない」

 それは今までの行いが徒労に終わる言葉。しかしそんな言葉から受けた感情はそんな落胆のものではなく、ただ少女に対する悲しみだった。

「あの時、鞄の中にいたのは誰かに運ばれたから。でもそれが誰なのかも、今までどこにいたのかもわからない」

 そして少女は嘘を吐いた。

 この真実を話す勇気は、まだ少女にはなかった。

「みんなの名前を知っていたのはね、ティオと同じだよ」

「え?」

「キーアも教団関係者だから」

「そ、それって……!」

 ティオが青ざめる。彼女が、いや全員が考えたことは一つ。キーアもまたD∴G教団の実験体だったということだ。

 しかしイアンによれば被害者の中にはキーアの姿はなかったという。それは彼の調べた情報に穴があったのか、それともそもそも被害者ではないのか。

 

 キーアは微笑した。それを儚いと感じてしまったのはティオだけではなかった。

「感応力、じゃないかな? ただキーアは世界から情報を知ることができるの。どっちかといえばレンみたいな感じ」

 レン・ヘイワースは自身の望むままに世界の情報を操作することができる。それと類似するように、キーアは世界から情報を汲み取ることができた。

 少女はそう言っている。

「じゃあ、アリアンロードって人のことは――?」

 エリィが口を開いたのは無駄ではない。少女は順を追って話していたが、彼の女性については聞かれない限り答えようとは思っていなかった。

 それは彼女の存在を説明することが一番難しかったからだ。

「……あの人は、前キーアを助けてくれた人。ロイドが知っていたのは、きっとキーアに触れていたから情報が漏れちゃったんだと思う」

「肉体の接触で情報が共有できるんですか……」

 

 ティオは以前考えていたことを思い出していた。

 ジオフロントに潜り自分が勝手をやらかしていた時の一連の流れ。あの時もロイドと自身は同じことを考えていた。その結果、初めてのコンビクラフトを完璧に行えたのである。あれもキーアの言う情報の漏れということなのだろう。

 しかし同時に疑問が生まれる。キーアの話しぶりでは自分に触れたから、というキーア主体での説明に聞こえた。しかし想起した過去の出来事にはキーアはいない。

 それはつまり――

 それはつまり、ロイドさんのほうにその力が――?

 

「――キー坊、一つ聞くがよ。それで今、お前が一番言いたいことってのは何だ?」

 ランディが言う。

 彼にとってキーアの過去を無理に聞く必要はない。少女の口調を聞けば、話す意志はあっても覚悟や自信はないように思えた。そんな口の重いものを聞こうとは彼は思わない。

 しかし折角少女が知らない事実を伝えようとしているのだ、彼女が一番伝えたいことを聞いてやるのは当然のことだった。

 ランディの言葉にキーアは一瞬驚き、再び瞑目する。

 エリィは依然キーアと目線を合わせて反応を待ち、ティオも待ちつつ思考をフル回転させていた。セルゲイとツァイトはそんな若者のやり取りを俯瞰し、大人としてしかるべき手助けをしようと状況把握に努めて口を出さなかった。

 そして――

 

 

「――――明日、全てが終わって、全てが始まる。だから、その始まりのときを無事に生きて欲しいの。キーアと一緒にいてほしいの」

 

 

「抽象的だな、具体的には言えないのか?」

「…………ごめんなさい。キーアには、まだ……」

 セルゲイはあくまで普段どおりに尋ね、申し訳なさそうにキーアは告げる。それを以ってセルゲイは煙草に火をつけた。もう口出ししないらしい。

 つまり、少女の言葉に返す言葉を持たないということだ。それはその役目を自身が持っていないことを自覚しているからである。

「キーアちゃん、ありがとう。言ってくれて、ありがとう」

 エリィがキーアを抱きしめる。少女の目が見開いた。

「それだけで十分ですよ、キーア。それだけで、わたし達は千人力です」

 ティオが少女の手を両手で包んだ。

「だいじょぶだキー坊。俺たちはキー坊にメロメロだからよ、お前と離れるなんて考えられねぇぜ!」

 ランディが頭に手を添え、優しく撫でる。

「…………」

 そんな三人の温もりにキーアは硬直し、そして涙を滲ませる。それは容易く決壊し頬を流れ、その顔をくしゃくしゃにする。

 次第に嗚咽を漏らし、顔を真っ赤にした少女は――

 

 ――目覚めてから初めて、胸の内を過ぎる記憶に泣いた。

 

 

 

 

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