空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない 作:白山羊クーエン
イグニスを出た特務支援課は入り口見張りのディーノの耳に届かない場所にまで移動、それぞれの意見を出し合う。
「……どういうことだ」
「闇討ちの被害者はテスタメンツだけじゃなかったのね」
訝しがるのも無理はない。先のテスタメンツの話により抗争の理由を半ば決め付けていたのだが、ここで真逆の事実が出てきたのだ。真逆と言っても被害者加害者が逆になったわけではなく、被害者が二人であるというむしろ混迷を極める結果である。
「同じ日にそれぞれ闇討ちを受けている。争う理由としては納得ですが、これはどういうことなんでしょう?」
「…………」
同日に起こった闇討ち事件。どちらかが虚偽の証言をしているとは思えない以上、それは事実なのだろう。
しかし両チームの頭はどちらもが被害者を自称し、加害者の意識は欠片もない。ヘッドの両名が知らない部下の暴走という線も見た限り低そうだ。テスタメンツとサーベルバイパーは統制が取れている、絶対的な存在がいる以上単独行動は取らないだろう。必然この構図には何かが足りないことになる。
「俺たちの知らないピースがあるんだ。でも……」
それがどこにあるのかはわからない。二つの不良集団の抗争に関係があるものが他にあるのだろうか。互いの話を聞いてもその第三者を特定するどころか存在自体が状況推量に過ぎなかった。
「一度セルゲイ課長に話をしてみたほうがいいんじゃないかしら」
エリィがそう言い、反対の意見はなかった。しかし最善案ではない、足取りが重いのも事実だった。
倉庫群の間隙を通り抜け視界が開ける。するとそこに姿を現したのは、一昨日お世話にならされたクロスベルタイムズの女記者。
「ハロハロー、行き詰まってるようね~」
ひらひらと手を振り首に掛けておいたカメラのシャッターを切る。四人の眉間にしわが寄ったのを見て、職業病だから許せと言ってきた。
「グレイスさん、旧市街に何の用事ですか?」
「んー、ちょっと気になることがあったんだけど、聞きたい?」
「気になること?」
「そ。あなたたちが探してる最後のピースってところかな?」
「……っ?」
驚くロイドたちにグレイスは踵を返した。
「龍老飯店で待ってるわ」
言うなりさっさと小さくなっていくグレイスに呆然とした四人は、しかし我に返った後に慌てて出口へと向かった。
龍老飯店は旧市街を抜けたらすぐの東通りにある。視界とともに世界が開けたのかどうかはわからなかった。
空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない
「クロスベルタイムズの記者か。確かにあそこは情報が早いが、流石にピンポイント過ぎるな」
セルゲイは愚痴るかのようにぼやき、煙を吐き出した。
段々と室内が煙くなっている気がしたが生憎それを気にしている状況ではない。
「確かに偶然にしては出来過ぎですが、グレイスさんが貴重な話をしてくださったのは事実です。そしてその内容に関して課長にお聞きしたいんです」
「ほう?」
セルゲイは興味を惹かれた風に相槌を打った。彼自身ただ報告を聞いて終わりというのもつまらないと感じていたので渡りに船である。
「お聞きしたいのは“ルバーチェ”に関してです」
「――――なるほどな」
セルゲイはその名称を聞いて何ともいえない表情を出した。警察官としての感情だけではない何かがあったように見えたが、それを理解することができたのはティオ・プラトーだけであった。
セルゲイはそう言った後にしばらく沈黙した。四人はそんなセルゲイが言葉を欲していないように思えて同様に沈黙で応える。
時計の針の音がだんだんと大きくなっていく。今までもそれは変わらず鳴っていたが、それは意識の外の事象であるために聞き取ることはできなかった。
その音が聞こえるというのは、その小さい変化に気がつくほどに集中しているか、もしくはそれ以外に意を注ぐものがないかの二つであり、今は後者であった。
そしてその変化の乏しい空間を吹き消すように長い長い煙を吐いたセルゲイがグレイスとの会話を促し、ロイドは話の続きを外化した。
龍老飯店は異国情緒溢れる東通りの中でも有名な料理店である。それはカルバード共和国の流れを汲んだ東通りの中で料理店が一つであるとかマスターの腕が一流であるとか理由は様々だが、どちらにしろ東通りで最も名前が出てきやすい店であることは確かである。
カウンター席と六つのテーブル席という有名店にしてはあまり大きくはない店だが、ここは同時に宿泊客も取っている。味は上等で上客も多くいるが、マスターが目指すのは一般向けの店であるためにお手ごろ価格だ。
そうした敷居の高くない雰囲気が一般客も呼び、繁盛も呼んでいた。
特務支援課は辺りを見回し、既に料理が並んでいるテーブルに一人で座るグレイスを見つける。その豪勢振りは金額の不安を煽るが、前述したとおりに格安である。
それにしてもそこまで時間はなかったはずなのに料理が揃っているのはどういうことなのか。もしも彼女が予めこの場をセッティングしていたというのなら、彼女の記者としての実力は相当なものだろう。
「ほらほら、早く座って」
「おーうまそうだなぁ!」
「でしょ? 龍老飯店のおすすめ料理ばかりだから遠慮しないでね!」
「グレイスさん、俺たちは警察ですからそういうのはいただけませんよ」
断りを入れるロイドにグレイスは頬を膨らませて人差し指を立てた。
「ロイド君、そういう固さが取れないと立派な捜査官にはなれないわよ。ガイさんだったら喜んで食べてるわ」
ロイドは耳にした名前に驚き、その顔を見てグレイスは微笑する。
「ガイさんにはお世話になったわ。だからこれはそのお礼ってことでどう? 情報あげないぞ?」
感謝しているのか脅しているのかわからない言葉であったが、他三人は乗り気であったのでロイドは折れ、全員が席に着いたところで食事が始まった。
ランディが酒を望み、止められるのは予想のとおりである。
「――ふむふむ、不良チームの抗争ねぇ。互いの闇討ちが原因、と」
「グレイスさん、あなたが仰った最後のピース。教えてもらえますか?」
エリィが言い、グレイスは蓮華を置いた。
「んー、それよりちょっと取材いい?」
「さて、行こうか」
「ええ、失礼します」
「うまかったっスよ」
「……ご馳走様でした」
「ちょっ!? 冗談だってば!!」
席を立とうとする四人に泡を食って呼び止めるグレイス。四人はしぶしぶ上げかけた腰を下ろした。
「ちょっと余裕がないわねぇ、もっと遊び心を持たないとこの先やっていけないわよ?」
「……余裕を持っていられるほどの立場じゃありませんから」
「――まぁいいか、これは私の仕事じゃないしね。さて本題だけど、“ルバーチェ”って知ってる?」
グレイスが出した名称にロイドとエリィが同時に声を漏らす。ティオとランディは二人に顔を向けた。
「知ってんのか?」
「……えぇ、この町に住んでいる人なら皆知っているはずよ」
ルバーチェ商会。クロスベルの貿易に関して絶大な影響力を持つそれは、表の顔と裏の顔を持つ。表が全うとは言いにくい貿易会社だとすれば、もう一つはクロスベルの裏社会を牛耳る巨大なマフィアである。
事実、警察や遊撃士協会はルバーチェ関連の案件をいくつも解決していた。それでも尻尾を掴むまでにはいかないのが実情である。そこには政界の圧力も関係していると思われた。
「その関係者が最近旧市街でよく見られるようになったらしいのよ。どう?」
グレイスは得意気な顔で見やり、ロイドは立ち上がった。
「――ありがとうございました、グレイスさん。おかげで先に進めそうです」
「…………」
ふと見るとグレイスはぽかんと口を開けている。
「どうかしました?」
「ねぇ、ちょっぴり悔しかったりしないの? キミ。キミみたいな新人の捜査官は何でも自分でやろうとして、私みたいな外部者の助力に渋い顔をするものよ。そういう子達にそれは思い上がりよーって諌めるのが私の密かな楽しみだったのに……」
どんな趣味してるんだと四人は思ったがそれを口にすることはせず、代わりにロイドは質問に答えた。
「すごく悔しいですが、もう諌められてますので」
席に着いたままのグレイスに見送られながら四人は龍老飯店を出る。入り口から少し歩くとそこは露天商が集う市場だ。
活気に満ちたそこを通りながら、ランディが口を出した。
「しかしロイドよ、お前誰に諌められたんだ? 教官かなんかか?」
「さっきの話のことか? えっと……」
「……おい、まさか」
「………………おかしいな、誰だっけ」
「ガクッ、おいおい大丈夫かぁ」
ランディがオーバーリアクションする中、ロイドは記憶の中を掘り進めていた。
一人で全部やろうとする、一人でやろうとして叱られる。
そんなことを自分自身であったり仲間であったりが経験したような気がしていたのだが、そんな思い出が思い出せない。
「そうだ。ジオフロントに最初に入った時だ」
あの時は自分が仲間を守らないと、と思っていたのに結局は自分だけ何もしなかったという恥ずかしい結果になったのだ。そこできっと自分が全部やる必要がないと思ったのだろう。
ロイドは疑問が氷解してもやもやが晴れた。いつの間にか東通りを抜け中央広場に入るところだった。
考え事をしていながらよく人にぶつからなかったなと少し自分を褒めて、仲間と共にビルへ急いだ。
長い話が終わり、ロイドは一つ息を吐いた。眼前のセルゲイは煙草の灰を灰皿に落としながら今までの話を脳内で纏める。
やがて彼は引き出しから何かしらを取り出し机に投げ、音を立てて背もたれに寄りかかった。
「――そうだな、この件はお前らに任せた」
「は?」
「と言うのは簡単だが、まぁアドバイザーは紹介してやろう。西通りのグリムウッド法律事務所だ、色々話が聞けるだろう」
そう言ってセルゲイは煙草をくわえながら煙を吐き出す行為を繰り返す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいセルゲイ課長っ」
「……いきなり放り投げすぎです」
エリィとティオの言にちらと視線を向けたが、しかしセルゲイは変わらず煙草を堪能する。
「俺がやめろと言えばお前らはやめるのか? それならやめろと言うが、そうじゃないんだろ?」
「……!」
「ならさっさと行って解決してこい」
机に投げ出された名刺を取り、四人は頭を下げて部屋を辞した。
セルゲイは四人が去った扉を気だるげに見つめる。
「………………」
その瞳には扉以外の情景が映されていたが、彼以外がそれを知ることはなかった。
中央広場から西通りに入るとベーカリーやベルハイムなどがあり、そこから階段を一つ上がると住宅街に繋がる道へと入る。
階段を上ってすぐの右手には雑貨屋があり、更に進むと行き止まり。
その行き止まりはグリムウッド法律事務所と呼ばれていた。
法律という鉄の掟に関わる建物ということで内装もシンプルで落ち着きを与えてくれる。入り口から見える扉は二階に続いているようだが、応接間はすぐ側にあるのでおそらく私室になるのだろう。
四人が訪ねると本棚の整理をしていたピートと名乗る少年が応対し、すぐにこの場所の主であるイアン・グリムウッドが姿を見せた。
「おぅ……」
思わずランディが声を漏らしたのは、イアン・グリムウッドの風体が正にあだ名通りであったからだ。
四角い眼鏡をかけた温和な顔立ちにこれでもかというような髭の装飾。大柄な身体はカジュアルなスーツを着こなしているというよりは服に詰まっているという印象だ。
「おや、お客さんかね。私がここで働いている弁護士のイアン・グリムウッドだ。キミ達若いようだが今日は何の相談だね? 借金かい? 喧嘩かい? それとも全員で起業したいのかな?」
「い、いえ……俺たちは」
「そうだ名刺を渡さないとね。ああどこにやったかな……ピート君、お茶を用意してくれないか?」
「そ、そのですね……」
ロイドがなんとか話そうとするもののイアンはあれこれと忙しなく動く。しかしその動作はどうもゆっくりだ。まるで熊のようであり、故に彼は“熊ひげ先生”なのである。
イアンは困った笑みを浮かべながらロイドたちに振り返り、そしてふと思い出したような顔をした。
「キミは……確か以前ここに住んでいなかったかな?」
「あ、はい。前はベルハイムに住んでいましたし、先生とも会ったことがあります」
「そうかそうか、ということはしばらくここを離れていたのかな?」
「ええ、ちょっと共和国のほうに」
若干緊張が抜けて会話を交えるが、ピート少年が紅茶を入れたのを確認してイアンはソファーを勧める。ようやっと本題に進むことができた。
「――なるほど。ルバーチェか……」
イアンは口元を締め、手を組んだ。彼は国際的にも有名な弁護士であるとともに、一般の相談も幅広く受けている。彼が担当した案件の中でもその名が出てくることは少なくなかった。
「ルバーチェというのは巨大な貿易商社で、近年のクロスベルの繁栄に彼らが貢献したのは間違いないが、それは正しい意味では決してない。裏の顔はマフィアであるということは知っているだろうが、ルバーチェはクロスベルの裏社会を牛耳っているからこそのルバーチェなのだ。政界との癒着により鎧を得た彼らは違法行為を次々と行っては私腹を肥やしている。市民にとって僥倖なのは、彼らが巨大であるが故に彼らの行為の対象も巨大であるということだ。目に見える被害は一般人には出にくい。だからこそ遊撃士協会も手が出せないんだろうね。同時にルバーチェもそれがわかっている。事実上、クロスベルで彼らを取り締まることは非常に難しい」
遊撃士協会は規約により民間人の安全を最優先としているが、それは同時に民間人に危険がない場合は手を出すことができないということである。クロスベルにおいて何よりも厄介な遊撃士協会を動かさないことに尽力しているルバーチェを、しかし警察はどうにもできない。警察の上層部、更にその上にも手を回しているからだ。
これがクロスベルの現状、ロイドやエリィはそのことをよく知っていた。
「彼らをなんとかすることはできないんでしょうか」
イアンはその問いにうむ、と頷いた。
「クロスベル全体という意味では今は難しい。しかし今回の件においては、更に今現在においては、あるいは対処できるかもしれないね」
イアンが語るのは、現在の裏社会についてである。クロスベルの裏を支配するルバーチェだが、最近になってその対抗馬が出てきたのである。
それは『黒月』。カルバード共和国の裏を取り仕切る巨大組織である。
そのクロスベル支部が港湾区のIBCへと続く坂の麓にできたのだ。黒月の力は当然ルバーチェも熟知している。故に最近のルバーチェは水面下で動き続けているらしい。
「黒月……」
クロスベルに新たな不安要素が現れたことに呆然とするエリィはその新勢力を呟き、しかし首を振って意識を集中した。
「今回ルバーチェが動いたのだとしたら、もしかしたらそのあたりに理由があるのかもしれないね」
イアンはそう言って紅茶を口にする。四人もそれに釣られて喉を潤し、気軽に相談に乗ってくれると言うイアンに挨拶して事務所を後にした。
「……ルバーチェに黒月、どっちも一筋縄じゃいきそうにねぇな」
ランディがため息を吐く。話を聞くだけでも生半可で立ち向かえるような組織でないことがわかるという規模にはそういう反応しかできないのだろう。ティオも難しい顔でなにやら思案している。
「どうする、ロイド。新しい情報が得られたけど、これが最後のピースになるかしら?」
「…………そうだな、一度支援課に戻ろう。集めた情報を組み立てる必要がある」
捜査官としてまだまだ未熟ではあるが、その未熟さでもこれでピースが揃ったことは感じ取れる。後はそのピースを当てはめて過去と未来を描くだけだ。
ロイドは三人を促しビルへと戻っていく。
ロイドはふと思い出していた。
捜査官であった兄ガイ・バニングス。彼もまた、イアン・グリムウッドに助力を求めていたのだと。過去の会話でそんな話をしていたのだと。
彼は兄も信用していた人物であり警察内部の信頼も厚い。
グレイス・リンとイアン・グリムウッド。捜査官としての兄の姿を知っている二人に捜査官として関わった自分が不謹慎だが嬉しく、故に今気力が湧いてきているのかもしれなかった。
今でもロイドは、ガイに支えられている。