空の碧は全てを呑みこみ、それでも運命の歯車は止まらない   作:白山羊クーエン

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閃光、静寂、そして――

 

 

 馬鹿な考えだとわかっていた。

 そんなこと、対峙した三人が誰よりもわかっていた。

 相手は剣帝、彼らが知る中で最強と言っても過言ではない人物、その絶技。それを前にして正面から立ち向かうというのは愚策以外の何物でもない。

 

 初撃の瞬間を見極め、回避。そして一瞬の技後を狙い、討つ。

 既に何度と見た技だ、集中力を極限にまで高めさえすれば成し遂げられる作戦だ。そうすれば無事に三人は帰還し、新たなる未来を手に入れられる。

 そんなことは三人ともわかっていて、故に、それを選ぶ者はいなかった。

 

 三つの軌跡が剣帝に肉薄するのは僅か一秒もない、初速から最高速に到達できないとはいえ時間は思いのほか少ない。その間に彼らは各々の思考を読み取り、各々の最善を実行しなければならない。

 

 しかしてその第一歩である最初の踏み込みは実現する。

 ヨシュアとレンはV字を為すように斜めに、エステルはまっすぐに突き進む。突進力のあるエステルと、速度で勝るヨシュアとレン、その分担は的確である。三方からの一斉攻撃ならばそれは確かに数の利を前面に押し出す形だろう。

 しかし剣帝の絶技は多対一を苦にしない攻撃範囲を持つため、三人が素直にそれを選ぶわけはない。

 

 エステルが倒れこむように螺旋を描いて加速した。鳳凰の光を纏ったそれは空気を切り裂き剣帝に迫る。

 同時、ヨシュアとレンが直角に急転換する。ヨシュアは白い闇の中に溶け消え、レンは黒い重力球を前方に発現、引き込まれるように加速する。

 鳳凰烈波、白夜光、レ・ラナンデス。彼らの持つSクラフトである。最短距離を貫く鳳凰烈波は攻撃力を落とさず、今までの暗殺術に剣聖の技術を組み込んだ白夜光は究極の速度を誇る。重力という逃れられない力を駆使するレ・ラナンデスは対象の自由を奪い、遍く命を刈り取る。

 一撃々々が必殺の威力を誇り、その攻撃は寸分の狂いもなく同瞬に剣帝を襲撃する。

 

 そしてそれらは、一つの洩れもなく剣帝の領域に呑みこまれた。

 

 三人の牙は剣帝に届く前に空間に固定される。地を離れていてもそれは変わらない、回避不能故の絶技。

 血液すら凝固したような感覚、指先を1ミリも動かせない。振りかぶったままに硬直するヨシュアとレン、螺旋の途中で停止させられたエステル。

 その表情に驚きはない、驚愕という反応を見せる前に三人の時間は停止している。

 その空間の覇者である剣帝はそんな様子すら見ず、もう一呼吸だけでその命を摘み取れる。そこに感情は一切ない、元々作られた存在であり、そのようなものを抱くことは余分だった。

 そして何より信じている。

 

 地に刺さったケルンバイターに力を込め、氷結した存在を破壊する力を込める。

 七耀脈を走るように伝わった衝撃に耐えられる者はいない。そうして全てを破壊してきたのが剣帝だ、今回もその動作に異常はない。

 目を閉じ、そうして祈るように終わりを込める。応えるようにケルンバイターは黄金に輝き――

 

 

 刹那、終わったはずの世界が動き出す。

 

 

 音が響く。それは時の止まった世界を砕く音、剣戟を振るう生の鼓動。

 エステルの左足が地に戻り、タクトを持った腕が動き出す。ヨシュアの振り上げた右腕がブリキの人形のように動き、両腕で十字を作る。レンの正面に紫閃が走り、彼女の顔に笑みが浮かぶ。

 

 

 そして、レオンハルトは微笑した。

 

 

 轟音が響き、凍結した全てが破壊される。

 それは捉えられた三人も例外ではない。未だ固まったままの部位に衝撃が走り血が吹き出る。

 それでも、それでも三人は止まらなかった。止まることなどできなかった。

 初撃はもう終わっている、三人に次手の切り札はない。故にここからが本当の勝負、耐え切った身体の全てで以って剣帝の存在を打倒する。

 

 ヨシュアは進行ベクトルを真逆にして距離を取り、レンも同様に重力に引き寄せられて後退した。それは助走距離、二人と剣帝が一直線上に並ぶ。

 そこは三人だけの領域、そこに第三者は立ち入れない。

 だからこそエステルは跳ぶ。三人が届かない領域を目指して跳躍する。

 エステルの視界が晴れ、空が見えた。朝日が立ち昇らんとする暁の空だ。

 その光を浴びながら大地を見た。三人の姿が古の城を背景に浮かぶ。ヨシュアとレーヴェ、レンの姿が見える。

 視線は合わない、しかし始まりは同時だった。

 

 位置エネルギーを味方につけ、エステルが急落する。

 砕けた右足と腹部が耐え切れずに悲鳴を上げる。それでも螺旋を体現した、彼女はそれでしか彼に応えられない。

 鳳凰が宿る、エステルは全てに支えられている感覚に身を委ねた。

 

 ヨシュアは人形のような両足を強引に動かす。七耀の力で動くクラフトではない動き、ならばそれを動かすのは身体を凌駕した精神だ。

 無理なのは理解している、彼の冷静な思考はやめろと叫んでいる。しかし彼も止まらない。理性や理屈では測れない感情の発露がある。

 体重が乗った左足が破裂した、それでも役割は果たしてもらう。一直線に目指すのは憧れた義兄、今の自分の全てを叩き込む。

 白に溶け、加速する。

 

 レンは思う。彼との出会いがなかった場合自分はどうしていたのだろう、と。

 ロッジから救出された時、そこに彼がいなかったなら、自分はどうしていたのだろう。

 しかしそれは彼女の明晰な頭脳をもってしても描ききれない予想図で、故にレンはそのことへの感謝を込めて先を見据えた。

 ドレスが裂け、白い素肌が鮮血に濡れる。

 特別な存在だった。兄のような、父のような、もしかしたら恋という感情だったのかもしれないモノを抱いた青年。

 彼が全力で応えてくれたことに喜びを見出し、そしてレンは重力球を創る。

 剣を刺した状態のレオンハルト、その動きを止める球体は余波で小さく空間を乱し、その光景はまるで飛び立つ蝙蝠のよう。

 いや、それはもう蝙蝠にはならない。中途半端にはならない。全力で地を蹴った。柔らかい身体をしならせて鎌を振りかぶる。目指すのは銀の意志、家族となった二人とともに、記憶の中の彼と決別する。

 

 三人が迫る。それを肌で感じ取ったレーヴェだが、しかし迎撃の意志は湧いてこなかった。

 自身最後で最高の一撃、それを乗り越え迫る者に対し彼が取れる反応はただ呟くことのみ。

 万感を込めて、彼は、最期の言葉が自身のためではないという事実を素直に嬉しいと思った。

 

 

 ――――見事だ

 

 

 三つの軌跡が流れた。地上の二人が引き寄せあうように交差し、そして天より降り注いだ一つが終幕となる。それは三人で描く大地と剣、剣帝の一撃を表していた。

 

 故に――

 

「絶誼・明光剣――――少し強引かもしれないけど、でも受け取って」

「さよなら、レーヴェ。僕も会えて嬉しかった、今度はこんなことがないように頑張るから、姉さんと一緒に見守っていてほしい」

「レーヴェ……」

 レンはそのままの姿勢で固まっている。身体も限界で動くことも難しい、何かを堪えるように必死に顔に力を込めている。

 そんな少女の後ろから足音が聞こえてきた。地を踏みしめる音はだんだんと近く、小さくなっていく。

「あ…………」

 そして、少女の頭に手が添えられた。スミレ色の髪が優しく動く。

 それは次第に小さく、感触も薄くなっていく。もう時間なのだとわかった。

「――さよならレーヴェ。撫ででくれて……嬉しかったわ」

 青年が笑ったような気がしてレンはゆっくりと目を閉じた。雫が零れ、大地に帰っていく。

 それに背中を押されるように、過ぎし日の記憶は世界に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨアヒムの腕がしなり、四人を襲う。

 それに反応することはできない、予想の範囲外からの攻撃が既に彼らを包んでいるのだから。

 果たして希望の光だった碧は消え、その一撃で彼らの命は潰える。それで終わり、この喜劇は終幕するのだ。だが、

「む……っ!」

「――悪いが、そういうわけにもいかない」

 

 

 それを空の女神は許さない。

 

 

「貴様、何故ここにいる――ッ!」

 ヨアヒムの身体は大蛇のような鎖で縛り上げられ硬直する。それを為した存在――銀は静かに地に降り立ち、鎖を地面に縫い付けた。

「真なる叡智とやらに至ったのならわかるだろう? それとも、もうそんな余力は残っていないか?」

「…………」

 金属が壊れる音がして、ヨアヒムの鎖が解かれる。それを為したのは紛れもなくヨアヒム自身だが、しかし挑発にも取れる銀の言葉には反論しない。ただ何かを思考するように沈黙している。

「銀……どうして」

 エリィが呆然と見やり、しかし目を逸らすなという忠告に視線を変える。

「とある人物からの依頼は、まだ完了していなかったのでな」

「依頼……それはいったい――」

「話す義理はない」

 そのまま大剣を構える銀に釣られるように全員が再び戦闘態勢を取る。しかし碧の光は潰え、霧散している。先までの全能感はない。

 

「――それでも、俺たちは行かなきゃいけないんだ。この先にある始まりに」

 ロイドが呟く。それは誰に対して呟かれたのかわからない。ただ彼の胸元にある白が輝いた。

「もう許されないんだ。立ち止まることは、膝を着くことは――――もうできないんだ……ッ!」

 碧の光がロイドを包み込み、四人が目を見開いた。同時にそれは拡散し再び全員を纏っていく。初めてそれに包まれた銀は仮面の下にある顔に感情を如実に表し、そして懐かしいようなそれに暫し我を忘れた。

「ロイド・バニングス、貴様…………」

 力が溢れてくる。いや、流れ込んでくる。今の自分が出せる限界を凌駕し、本当の全力すら上回る力が。

 それは間違いなく彼が睨んだロイド・バニングスの力。二属性という異常の源。それが自分にまで干渉してきて、故に彼は理解した。

 

 ――これは、ただの…………

 

「ぐぅ……っ!」

 ロイドが歯を食いしばる。操作しきれない強大な力の奔流に身体が付いていかない。

 仲間に流れるそれは余波に過ぎない。万能を感じられる力の大本はロイド自身の身体を駆け巡っていて、そのたびに切り刻まれるような激痛が伝わってくる。

 それでもこの力はヨアヒム打倒のためには必要だ。ならばこの痛みなど乗り越えてしかるべき――いや、この程度の力を操れなければ先はない。

 そうして懸命に耐える彼の左手に、優しい温度が添えられた。

「ロイド、無茶しないで」

「エリィ……」

「私もそれを受け入れたい。きっとこれは、持っていてもいい気持ちのはずだから」

 手と手が繋がる。絶えるように結ばれた彼女の口から苦悶の声が上がり、ロイドは僅かに和らいだ痛みを認めた。

「なら、わたしもそれを受け取っていいですよね」

 魔導杖が背中に触れる。うめき声とともに痛みが小さくなった。

「……ま、これもお兄さんの仕事かね」

 ハルバードが肩に触れる。痛みが更に小さくなった。

 

「な――――準備はいいのか?」

 なら、と同調しそうになった口を強引に停止させて銀は見守った。今は伝説の凶手である自分がそれに乗るのはおかしいが、本当なら、その中に入っていきたかった。

「……ありがとう、みんな」

 自分ひとりで耐えなければならない時はある。それでも今はその時ではない。

 こんなに支えてくれる仲間がいるのなら、自分は――あの誓いを知っている自分は、それを果たすときだけ一人でいればいい。その時までは、こんな仲間と一緒にいればいい。特務支援課のロイド・バニングスでいいのだ。

 碧の光が均等に四人に伝わり、同時に苦痛も共有していく。それでも驚くほどに痛みはなく、むしろ顔には笑みが宿っていた。

 

「ヨアヒム、終わりにしよう」

「……確かに、これで終わりのようだ」

 ヨアヒムが重い声で応える。不思議なことにそれまで行動していなかった彼は、再び両手に光を集めた。

 炎と氷、その相反するエネルギーを凝縮させて放つ最大の一撃は罵斗流怒愚魔。人間を蒸発させることすら可能な文字通り必殺の手である。

 それは恐怖を掻きたて、常人なら腰が抜けて立つこともままならない。

 だが今の五人には不思議な確信があった。死なないという絶対の自信があった。

 銀が掻き消えた。瞬間、ヨアヒムの身体に再び鎖が巻かれる。

 

 

 一際大きく心臓が鳴った。

 

 

 ロイドとランディが駆け、エリィとティオが詠唱を開始した。

 ヨアヒムは動かない。しかし既に変化は起きていた。青銅だった体躯はいつの間にか灼熱色をしている。マグマのようだった。

「コールドゲヘナ――ッ!」

 二人の声が重なり響き、頭上に光が放たれた。それは弧を描きヨアヒムの元に降り注ぐ。

 それは絶対零度のエネルギー、二人で初めて可能になる凍結系最強魔法。それは巨体を飲み込み氷柱に変える。

 この時点で勝負が決まっていてもおかしくはない、しかし小刻みに震えるオブジェはそれが決定打になり得ていないことを示している。

 だからこそそれを為すために二人は走った。ヨアヒムを挟み込むように位置取り、全体重をかけた足で跳ねる。

 ランディが暫時目を閉じた。思いの丈をその瞬間全てに費やしエネルギーに変える。

 

「バーニングレイジ――ッ!」

 二人の奏でる打撃音は確かに響いている。一撃ごとに氷ごとヨアヒムの身体が砕けていく。

 支援課の持つ最大の一手こそがこのコンビクラフトだが、それでも前撃はヨアヒムの体躯を砕くまでには至らなかった。しかし今は効いている、コールドゲヘナとともに確実にダメージとなっている。

 しかし今の乱打では終わらない、やはり最後の同時攻撃こそが鍵なのだ。そう思い、二人は一気に飛び退いた。それぞれの得物に光が一層集まり輝く。とどめの一撃は交差しつつ同箇所に、それで全てが終わる。

「アアアアアアアアアアッ――!」

 ランディの咆哮が聞こえる中、ロイドも全霊を込めて駆けた。残っている全ての力をこの一撃に賭けている。

 次手はない、正真正銘全てを賭けた一撃。

 

「――ッ!?」

 だが、それを待っていたのは彼だけではない。ヨアヒムは凍った上半身を一瞬で再起動しロイドに向き直った。依然として輝いていた両手は健在、それを集めて彼を睨む。

「ロイド!」

「ロイドさん!」

 二人が悲鳴のような声を上げるが動くことはできない。ランディも自身に背中を見せたヨアヒムに最大の一撃を繰り出すことしかできない。

 既に状況は固まった。ロイド・バニングスとヨアヒム・ギュンターの一騎打ちである。

「おおおおおおおおあああああああああ――!」

 体格差は十倍を軽く越える。傍目では既に決まった勝負。しかし当事者にその考えはない。

 完全に同格の、どちらに転ぶかわからない勝負だ。

 故にヨアヒムは人一人に向けるべきでないエネルギーを放ち、ロイドもそれに見合う力を噴出した。

 

 赤い光と碧い光が激突する。既に得物の大きさでは測れない力の奔流、ヨアヒムの高さほどにまで増大した光が互いを押し退けあう。

 ランディの一撃がヨアヒムを砕く。背面にクレーターができるも、既にヨアヒムには関係がない。赤の光が強まり碧を呑みこんでいく。

「ここで終われば幸せだッ、全てを忘れて眠るがいい――ッ!」

 全てを忘れる。それができればどんなに幸せなことか。

 

 何の変哲もない一捜査官として、クロスベルという限られた世界の一助となる。それはきっと幸せなことなのだろう。

 幸せで、そしてとても全うな人生になるのだろう。

 

 でも――

 

「でももう俺には無理だ! 俺はもう、もう止まれない――!」

 

 運命の歯車は動き出し、もう止まることはない。それを知っている彼にはもう選択の余地はない。

 いや、既に選んでいるロイドにはもう選択肢すらありえない。

「終われない! 終われるものか――! 俺は、俺はぁあああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、誰も失いたくない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 支援課ビルの屋上は夜風が心地いい。日中は太陽が近いために日向ぼっこに最適でそれもまた格別だが、今のような心持のときは夜のほうが良かった。

 転落防止の手すりに身体を預け、空を見る。

 星が遠いように見えるのは、きっと前に見た時より立っている場所と自身の状態が低いからなのだろう。

 町のネオンを星空が落ちてきたようだと表現したのは誰だったか。今思うとそれはとても的確で、それが少し哀しい。

 星空に手が届かないように、目の前の町すらも朧と化してしまったみたいだったから。

 そう考えると今もまた、前よりも遠ざかっているということになるのだろうか。

 何から遠ざかっているのか、それを言葉に出すのは難しい。答えが抽象的なのか、それとも言葉にしたくないのか、そんな当たり前の気持ちすら他人のもののようにわからなかった。

 

「――眠れないのですか」

 隣から声がした。今までいなかったはずだが、そんなことに驚く余裕もなかった。

 眠っている彼らを起こさずに来たから、それはきっと別な誰かで、おそらく彼女だろう。彼女ならいつ現れてもおかしくないという印象がある。

 どうして現れたのか気になった。

「終わりを向かえ、そして始まった。それを見届けたからでしょうか」

 それとも御身の意志を問いたかったからでしょうか。そう告げる女性の髪が風にさらわれる。そんな自然な出来事すら届かないもののようだ。

 自身の行動理由を断言しないのは、おそらく自分に決めてほしいのだろう。

 もう既に始まっているのだ。始まってしまうのだ。

 

「怖いのですか? それとも、怖さ以上の何かを感じていますか?」

 恐怖。確かにそれはある。

 よく闇のような先の見えないものに例えられるけれど、今のそれはそんなものではない。

 ただ、広く深い。

 全てを容易く呑みこんでしまう指向性のない恐怖。それ故に実態がつかめず恐ろしい。

 でも同時に、正反対の意思もある。自分が動かなければいけないのだと。自分が変えるのだと。

 それがおこがましいことなのはわかっている。それでも、それでも、これ以上彼らを苦しめたくないから――。

 

「だから、私は決めたの。――――あなたはどうする?」

「盟主からは極力――」

「それはもう聞いたからいいよ。別な答えをちょうだい」

 隣人が沈黙する。言葉を選んでいるように瞑目している。そんな人間的な仕草がおかしくて、つい笑ってしまう。

「……私は、言ってしまえば貴方と似たような存在なのです。そして私の目的の中には貴方を守ることも含まれている。――――私は貴方の望むままに動きましょう。尤も、盟主に反することはできませんが」

「ありがとう。そう言ってくれるだけで十分だよ」

 最高の返事をもらうも、それは同時に突き落とされたことを意味している。坂道を下ってしまった以上、もう進み続けることしかできない。

 

 彼方を見る。暗い暗い夜空の中に、僅かな光が見えた気がした。希望を意味する夜明けの光だ。

 手すりから離れる。もう支えてはもらえない。自分の意志で、自分の力で切り開くのだ。

 

 

「――始めよう、アリアンロード。どうして私がここにいるのか、まだわからないけど。でも私はあの未来を変えたいと思う」

「御身にとって、この世界が最良でありますよう。碧の御子――――――キーア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 終

 

 

 

 

 

 


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