艦船少女達の戦闘能力の目安は主に『レベル』という数値で表されるが、レベルとは異なり『好感度』と呼ばれるものがある。好感度はその艦船少女と指揮官の親密度を表しており、最も低いのが「失望」、例外を除き最も高いのが「愛」である。
上記のレベルは艦船少女の基本的な戦力を表すものだが、好感度が上がると艦船少女の戦闘能力が向上することが確認されている。つまり、彼女達は指揮官との絆を深めることで、より実力を発揮することができるのだ。それ故に、指揮官は艦船少女の指揮だけでなく、彼女達のメンタルケアの役割も担っている。
そして、艦船少女とさらに強い絆で結ばれることができるのが『ケッコン』である。好感度が「愛」に達した艦船少女に『誓いの指輪』を渡すことで、指揮官は艦船少女とケッコンすることができる。......「結婚」ではなく『ケッコン』と表記されている理由はお察しいただけるだろう。それによって艦船少女との絆がさらに深まり、より戦闘能力を発揮できるようになる。
『誓いの指輪』は本部から支給される他に、明石という重桜の工作艦が経営している学園内の施設『ショップ』でも購入することが可能であり、購入数や所持数は特に限度が決められていない。つまり、最愛の者に操を立てるのも、皆に広く愛を振りまくのも指揮官次第ということである。
ーーーしかし、このマドラス基地の指揮官は、ケッコン可能な艦が何隻も所属しているにも関わらず、誰ともケッコンしていないのである。
本来は艦隊の中で最初の1隻の好感度が「愛」に達すると本部から『誓いの指輪』が支給されるのだが、この指揮官に関しては支給されたのかされていないのかも定かではない。
今回艦船少女達の間でこのような会議が開かれたのは、
「まず、現在も継続している『当艦隊指揮官における指輪の所持の有無について調査』の報告を重桜から頼む」
エンタープライズの声を聞いて、加賀が書類を手に取る。
「私から報告する。先月から重桜の忍に調査を行わせているが、簡潔に言って成果は出ていない。執務室にはどこにも指輪は無いことはこれまでの調査で明らかになっているが、唯一、指揮官の私室に関しては調査が不十分なので可能性アリ。今後は自分達の良心と戦いながら調査を継続するとのことだ」
『良心と戦う』というフレーズに一同が心の中で首を傾げたが、会議は何事も無かったかのように進行する。
「報告感謝する。今後も調査の進展に期待しているぞ」
「エンタープライズさん。私から一つよろしいでしょうか」
エンタープライズが会議の進行を取り持つ中、フッドが手を挙げる。
「フッド、貴女は指輪の所在について何か知っているのか?」
「いえ。指輪については私も存じ上げません。指揮官様についてですわ」
開始早々、フッドが会議の流れを大幅に進めようとしていた。他の面々はフッドの発言に注意深く耳を傾けている。
「以前ロイヤルのお茶会の中で、指揮官様がケッコンなさらないことに絡めて、指揮官様の女性の好みについて話したことがありましたの」
「続けてくれ」
「この艦隊にはここにいる皆さんを含めて、個性溢れる魅力的な女性が多いと思いますわ。一般的な殿方であれば、私達の誰一人も好みに合わない、ということは無いかと。ですが、指揮官様はどなたにも指輪を渡さない......」
「つまり、アナタは何が言いたいワケ?」
フッドの言い回しが多少回りくどいと感じたのか、プリンツ・オイゲンが彼女を急かした。
「あくまで可能性の話ですが、指揮官様は幼い少女に好意を寄せているのではないかと思いますの」
瞬間、会議室がざわつく。本来の彼女達であれば「まさかそんなことは」とただの冗談になっていたが、実際問題として指揮官が麗しい女性達に対して鼻の下を伸ばさないことは事実であった。
これまで何人もの艦船少女達が
「私のことをこんなに理解できる人はあなた以外にいない」
「指揮官との時間を独占することを、他の子に譲る気は無い」
「24時間あなたの身の回りの世話をする」
「私を連れていってほしい」
「私の恋心をあげる」
「なんでも受け入れる」
「婿として迎える」
など「軟着陸」が挑発レベルに思える程の猛アタックを仕掛けてきたが、その全てを流され、あえなく撃沈。女性としての自身を失いかけた艦もいるとか。
とにかく、指揮官の女性への好意の無さは異常であり、最悪の場合、指揮官が同性愛者であってもおかしくないのだ。それ程までに、このマドラス基地の艦船少女達は色々な意味で窮地に立たされていた。
「フッド。確かに貴女の言うような可能性はあるだろう。しかし、もし本当にそうなら、指揮官はとっくに駆逐艦の誰かに指輪を渡しているのではないだろうか」
会議の冒頭で確認した対象艦の中には駆逐艦もいたので、エンタープライズがフッドに言ったことは間違いではない。だが、今の彼女達はどんな可能性も考慮する必要がある程真剣だった。
「周りの目を気にしているだけの可能性もあるかと。何隻もいる中で駆逐艦とケッコンしたらどう思われるか......などと考えているかもしれませんよ?」
フッドの言うことにも一理ある。それを否定する材料が無いので、会議に参加している者、中継を見ている者達の中で不安や期待が渦巻く。そんな中、暫しの静寂を破るように提案をしたのはユニオン代表、クリーブランドだった。
「指揮官がその......ロリコンかどうかを確かめるなら、一つ提案があるんだけど......」
それはある者の不安を払い、ある者の期待を打ち砕くような提案だったが、会議が開始早々煮詰まってしまうよりはマシだと思ったエンタープライズは、クリーブランドの発言を促す。
「クリーブランド、聞かせてくれ」
「思ったんだけど、指揮官がロリコン......かどうか分からないなら、本物に聞けば良いのかなぁ......って」
クリーブランドが言った「本物」という言葉の意味を計り兼ねる者や「あぁ、成る程」という者が入り混じる中、おそらくその「本物」がいるであろう陣営の代表がクリーブランドの考えを理解した。
「つまりアーク・ロイヤルに、あの庶民がロリコンかどうか判断させればいい、って話ね! 良いと思うわ!」
「成る程。餅は餅屋、ということか」
「餅...? が何かは分からないけれど、私から重要参考人として、アーク・ロイヤルの召集を申請するわ」
クイーン・エリザベスはエンタープライズが使ったことわざの意味が分からなかったようだが、クリーブランドの考えを汲み取って賛同した。
「ロイヤルからアーク・ロイヤルの召集が申請されたが、他の陣営の面々は構わないだろうか」
「グレイゴーストから重桜のことわざが出たのは意外でしたけど、私は賛成しますわ。まぁ、指揮官様がロリコンなどということは断じて無いと思いますけど。フフフフフ......」
そう言った赤城の目には僅かばかりの炎が揺れて見えたが、クリーブランドとクイーン・エリザベスの提案に異を唱える者はいなかった。
「決まりだな。アーク・ロイヤルの召集を許可する」
クイーン・エリザベスはエンタープライズが許可するや否や、中継カメラにビシッと指を指した。
「アーク・ロイヤル! 女王命令よ! 今すぐここに」バンッ!
クイーン・エリザベスが威勢よくアーク・ロイヤルを呼んだ瞬間、大講堂の扉がクイーン・エリザベスの号令よりも勢い良く開かれた。
突然のことに会議室の面々は驚き、中には艤装を展開している者もいたが、扉を開けた張本人の姿を見て胸を撫で下ろした。
「陛下。このアーク・ロイヤル、召集に応じ馳せ参じたぞ」
クイーン・エリザベスは数秒程ワナワナと震えていたが、アーク・ロイヤルの方へ向き直って怒りを露わにした。
「ちょっと、アーク・ロイヤル! 私の『女王号令』が台無しじゃない! 空気を読みなさいよ!!」
「陛下。どうか気を落とさないでください」
今はむしろ早く来てもらったほうがよっぽど空気を読んでいる、と大半の者が思ったが、フッドに慰められているクイーン・エリザベスに悪いと思ったのか、心の中に留めておくことにした。
「それにしても早い登場だったな、ロイヤルの変態空母。ロリコンと聞いて、居ても立っても居られなくなったか?」
「ロリコン疑惑の話が上がった時、私が呼ばれると思ってあらかじめこちらの方に歩いて来ていたんだ」
アーク・ロイヤルの単純な登場の早さが気になった加賀から暴言が飛び出したが、その暴言を浴びせられた当人は意に介さない様子だ。
「ま、まぁ、会議の円滑な進行への協力を感謝する」
エンタープライズは涙目になっているクイーン・エリザベスを余所にして会議を進める。
「さて、アーク・ロイヤル。貴女の目から見て、指揮官には幼女趣味の気があるのだろうか」
全員の目線がアーク・ロイヤルに集まる。
「無いな。閣下は私のようなロリコンではない」
即答。彼女は断言した。言っている人物が人物なので、その説得力には凄まじいものがある。
「物凄い説得力だが、一応根拠になるようなものがあれば教えてくれないだろうか」
「分かった。そうだな......あれは駆逐艦の妹達が風呂...ではなくて......」
エンタープライズに促されたアーク・ロイヤルは、自身の駆逐艦に関する桃色の記憶の中からさらに、指揮官と駆逐艦に関する記憶を掘り起こしていく。
アーク・ロイヤルは艦隊の中でも比較的古参であり、この場にいる者の中ではエンタープライズに次いでこのマドラス基地に着任した古株の艦であった。艦隊や指揮官の昔の話というものはそれだけでも貴重であり、指揮官に好意を寄せる者が古参の艦にエピソードを尋ねる風潮があった。アーク・ロイヤルも例に漏れず、駆逐艦達にそのような話を教えて欲しいと言われて話すことがよくある。ーーー彼女からしてみれば役得である。
この場にいる者達も指揮官の昔の話に興味があるようで、彼女達は会議が始まってから最も集中していた。
「ーーーあぁ、そうだ。駆逐艦の妹達が、委託後に......」