時は遡り、アーク・ロイヤルが秘書艦を務めていた時のことである。
指揮官とアーク・ロイヤルが委託任務の報告書に目を通して整理していると、彼はアーク・ロイヤルに「相談がある。君の意見を聞かせて欲しい」と頼み込んだ。
「閣下が私に相談......?」
アーク・ロイヤルはその性癖故に、自身のことで駆逐艦達が指揮官や他の艦に相談することはあれど、自身が誰かに相談をされるというのは滅多にないことだった。
「わ、私が閣下の望むような助言を出来るかは分からないが......このアーク・ロイヤル、全力で答えよう!」
「君は戦場以外でも頼もしいな。本題なんだが......」
指揮官の相談は、『委託任務における駆逐艦達の士気の維持・向上の方法』だった。この頃のマドラス基地は所属する艦船少女の数が増え、それに伴って委託任務の受注数が増えて委託の難易度も上がっていた。指揮官は海域への出撃よりも委託任務への参加が多くなってしまいがちな、練度の低い駆逐艦達の士気が下がってしまうことを危惧しており、ここ数日頭を捻っていた。
そこで白羽の矢を立てたのが、アーク・ロイヤルその人である。
確かに、彼女の駆逐艦に対する言動には問題があるが、そんな彼女だからこそ、駆逐艦の子達が喜んだりやる気が出るようなアイデアを考えてくれると踏んだのだ。
「むぅ、成る程。駆逐艦の妹達の士気を損なわないように......か。閣下は今のところ良い案はあるのか?」
「初めは委託をこなした数を自他共に可視化できるようにしようとも考えたが、それでは効果的な子とそうでない子の差が大きいだろうと......」
「確かに、その方法だと「負けないぞ!」と意気込む子と、一方で劣等感を感じる子が出る。なんにせよ、順位を付けるような方法はあまり好ましくないな」
「やはりそうなる、か」
指揮官は、椅子の背もたれに背中を預ける。だいぶ煮詰まっている様子である。
「なら、委託任務をこなす毎に何かお菓子をあげる、というのはどうかな」
「お菓子か......悪くないと思うぞ。褒美を与えるのは良い案だが、少しありがたみに欠けるというか......」
「ううむ.........」
「努力に見合った褒美.........ハッ!!」
またもや話が振り出しに戻るかと思われたその時、アーク・ロイヤルに電流走る。
アーク・ロリコンと呼ばれる彼女は、伊達に24時間も駆逐艦達のことを考えていない。
「『スタンプカード』だ......!!」
「スタンプカード?」
「そうだ! 委託任務をこなす毎にスタンプが1個貯まり、一定数貯めればお願いを聞いてもらえる、というものだ!」
「ーーー成る程、確かにそれなら苦労と見返りが釣り合っているし、達成感も伴う。ただ、『お願いを聞いてもらえる』というのは少々自由度が高すぎるような......」
「流石に、何でも叶えていたら閣下も大変だろう。だが、駆逐艦の子達は閣下が困るようなお願いはしない筈だ。アーク・ロイヤルがこの身に誓おう」
アーク・ロイヤルの指揮官を見つめるその目は、自信と駆逐艦への一方的な信頼に満ち溢れており、艦隊の旗艦を務めた時のそれと同じだった。指揮官はアーク・ロイヤルのその目を見て、彼女の提案を実行することに決めた。
「君の提案を参考にしよう。早速明石に言ってスタンプカードとハンコを用意してもらおう」
「私の意見が参考になって良かったぞ。駆逐艦の妹達はどんな可愛らしいお願いをするのだろうな......フフフフフ」
得意げに、かつ満足げに微笑むアーク・ロイヤルだが、指揮官はそんな彼女へある提案をした。
「アーク・ロイヤル、私からも提案があるのだが」
「うん...? 何だろうか」
「スタンプカードにハンコを押す係は、アークロイヤル、君に一任しても構わないだろうか」
「なん......だと......!?」
瞬間、アーク・ロイヤルの脳裏には、スタンプカードを持った駆逐艦達が自分を囲むように集まり、「お姉ちゃんありがとう!!」と満面の笑みを向ける楽園のような光景が広がっていた。
「か、かかか閣下! そのような駆逐艦達を労うような役目は、閣下の方が相応しいのでは......」
「委託任務を終えて疲れているだろうに、わざわざ執務室まで足を運んでもらうのは彼女達に悪いだろう。それに、君は相談に乗ってもらうどころか素晴らしい案も出してくれた。これくらいの役得があってもバチは当たらない筈だ」
「閣下...! このアーク・ロイヤル、一生ついていきます!!」
その後、マドラス基地に導入されたスタンプカード制度は駆逐艦を中心に好評となった。今ではスタンプカードはこの基地の日常の一部になっている。駆逐艦達が指揮官へ「頭を撫でてもらう」などの可愛らしいお願いをしていると「駆逐艦だけずるい」という声が他の艦種の艦船少女達から上がり、今では全ての艦船少女が各々のスタンプカードを所持している。指揮官への「お願い」がどれ程のものまで許されるのかを競うチキンレースが一部の艦船少女達の間で行われていたのは、また別のお話。
一方アーク・ロイヤルは、それまでの駆逐艦達の「ロイヤルのおかしな空母」という印象が「スタンプカードのお姉さん」に変わり、ハンコを押して駆逐艦達と交流できる喜びに震えて涙を流していたという。だが、ハンコを押す時の緩みきった変態じみた笑顔は今でも変わらないらしい。
このスタンプカード制度が「早朝に駆逐艦達に体操をさせ、その姿を眺めた後、スタンプカードのハンコを自分がつく」という妄想から生まれた産物であることは、妄想していた本人だけが知るところである。
「......と、こんなことがあったんだ。もし閣下が本当にロリコンならば、駆逐艦の妹達にハンコを押す役目を私に任せたりはしなかっただろうな。駆逐艦の子達を見る閣下の目は私のような目ではなく、慈しむ目だ」
「ふーん、あのスタンプカードってアナタの発案だったのね」
「アーク・ロイヤル、そういう事はもっと早く教えなさい! さっきのあなたの無礼を許してあげるわ!」
「さて、彼女の証言で指揮官はロリコンではないことが明らかになったな。本題に戻ろう」
プリンツ・オイゲンとクイーン・エリザベスはアーク・ロイヤルがスタンプカード制度を作ったことを知って感心していると、エンタープライズが会議を次の段階に進めた。すると、プリンツ・オイゲンはここまでの話を踏まえてある仮説を提唱する。
「ねぇ、ロリコンでもないなら、指揮官ってホモなんじゃないの?」
プリンツ・オイゲンが冗談で放った一言は、さながらツァーリ・ボンバの如く、ロリコン疑惑の時よりも強い衝撃を与えた。
しかし、ロリコン疑惑の時とは異なり、それを否定する材料は会議に参加している者の中から出てきた。
「それはありませんわ。一昨日、指揮官様が執務室で寝落ちてしまった時にそこのメイドが膝枕をして、指揮官様は満更でもなさそうでしたから」
「.........」
クイーン・エリザベスの後ろに立っている『膝枕』をした張本人は、大講堂の中で自分以外の全てを敵に回していた。ある者は全身の毛を逆立てて狐火を揺らめかせ、ある者は艤装を展開して鋼鉄の牙から火花を散らしている。もはや、赤城が何故それを知っているのかを聞こうとする者はいない。
「静粛に頼む。運が彼女に傾き、彼女がそれを自身の実力で掴んだだけのことだ」
大講堂の中に広がっていた、吸い込むだけで命を手放してしまいそうになる程の殺気は、エンタープライズの一声によって発生源へと還っていった。これらの殺気を放っていた者達とそれを身一つで受け止めていた者が熟練の手練であり、会議の司会が彼女達と同等かそれ以上の強者であるからこそ、この場は全員の度量の広さによって収まったのだ。
「気を取り直して会議を進めよう。他に何か意見はないか?」
「あの庶民は誰かとケッコンするのに怖気付いてるんじゃないかしら」
先程の殺気に満ちた空気がまるで冗談だったかのように、クイーン・エリザベスはいつもの調子で呆れたように言った。
「笑わせる。それは違うぞ、ロイヤルの女王よ」
ここにきて、グラーフ・ツェッペリンが初めて口を開いた。
「指揮官は我が卿と呼び、我が選んだ強者だ。臆病者とは言わせん」
「グラーフ・ツェッペリンの言う通りだ。あいつは私を征服するに足る強き者だ。もしあいつが弱き者ならば、あいつに征服されている私は犬畜生か何かだろう」
「つ、つまりグラーフ・ツェッペリンと加賀は、指揮官が指輪を渡せないんじゃなくて、指輪を持っていないと思ってるってことか?」
あの一航戦の加賀が、例え話とはいえ自分を「犬畜生」と言ったことに何名かが驚いたが、クイーン・エリザベスに反論したグラーフ・ツェッペリンと加賀の言葉をクリーブランドが解釈して、確認するように質問を投げかける。そしてその答えは......
「そうだ」
「『そうだ』って、最初から分かりやすく言ってくれよ.....でも、加賀がそこまで言うなんて、よっぽど指揮官を認めてるんだな」
「......まぁ、な」
「折角だからさ、何か指揮官のこと聞かせてくれよ。何か分かるかもしれないし。良いだろ? エンタープライズ」
「私も是非聞いてみたいものだ。クリーブランドの言う通り何か気づくことがあるかもしれない。話を聞かせてくれないだろうか」
「.........はぁ」
気付けば既に、加賀が話をする空気になっていたので、加賀は渋々話すことにした。
「私も一航戦の話を是非聞かせてもらいたいものだ」
((まだ居たのか、変態空母......))
「そうだな、確かあれは......」