マドラス基地の執務室では、指揮官が海域攻略艦隊の編成に頭を悩ませていた。『ノーマル海域』と呼ばれる海域であればその悩みは多少......というよりかなり解消されるのだが、今回マドラス基地が攻略する海域は所謂『ハード海域』。艦隊を編成する際の艦種に制限が設けられ、艦を自由に編成することができないなんとも面倒くさい海域である。
第一艦隊の編成は既に決定しているのだが、悩みの種は第二艦隊......の主力艦隊。空母が1隻しか編成できず、その1枠を巡って赤城と加賀が執務室まで直談判をしに来たのだった。赤城と加賀が出撃する時、2人はほとんどセットであり、2人のどちらかが別の艦隊に組み込まれる、という事は滅多に無い。近頃の2人は練度をメキメキと上げており、加賀は自身の実力を指揮官と赤城に見せつけられる絶好の機会だと思っていた。
「指揮官様ぁ〜♡ 是非この赤城を出撃させてください〜 私を出撃させてくれた暁には、敵を綺麗さっぱりソウジしてご覧に入れますわ〜」
「姉様は私がいなければ1人で突っ走るだろう。私ならばそのような心配は要らないし、姉様以上の戦果を挙げてやるぞ」
「かぁーがぁー......?」
「例え姉様であっても、私から戦場を奪うことは許さん」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
赤城と加賀の間では赤と青の狐火がぶつかり合い、まさに一触即発。このまま執務室の中で「勝った方が出撃する」と言い出して取っ組み合いを始めてもおかしくない。普段は冷静な加賀だが、今回の海域はまだ攻略艦隊が出撃したことのない未開の海域であり、その出撃の一枠を奪い合う相手が赤城という自身の姉だからこそ、今の加賀には「より強い敵と死合いたい」「指揮官に今の自分の実力を見せたい」「姉様より自分を選んで欲しい」などの気持ちが渦巻いており、譲れないものがあった。
「加賀、貴女がここまで食い下がるのは珍しいけれど、だからといって私が譲るとでも思っているのかしら?」
「姉様こそ、自分が選ばれた気でいるのか? 狐が狸の皮算用とは、滑稽なものだな」
「ーーーそこまでだ。いい加減にしろ」
赤城と加賀から殺気が滲み出したのを見計らって、指揮官が二人をたしなめた。
「今からここで暴れられたらたまったものじゃない」
「指揮官様、この赤城がそのようなことをするように見えますか?」
「それを言うのはその爪を引っ込めてからにしろ」
「あら、いけません。うっかりしていましたわ」
赤城が指揮官の前で行う一挙手一投足は全て故意のものであることを指揮官と加賀は分かっていたので、2人は赤城の、実に白々しい台詞については触れない。すると、加賀は指揮官の机に突いていた両手を離した。
「......分かった。これ以上私と姉様の醜態を晒す訳にはいかん。お前がより強いと思う空母を選べばいい」
「そうか。赤城もそれでいいな?」
「......赤城は指揮官様が仰る事に従いますわ~」
「ふむ.........」
指揮官は手元にあった書類に再度目を通して複数枚の紙を何度も見比べていたが、そんな時間が数十秒程過ぎると、指揮官は手にしていた書類を机の上に戻して目の前の2人にこう言った。
「今回の第二攻略艦隊の空母は、アーク・ロイヤルに一任する」
「......一体どういうつもりだ。私でもなく、姉様でもなく、あのロイヤルの変態空母だと......?」
加賀は指揮官の意思ならば百歩譲って、自分ではなく赤城が選ばれても良いと考えていた。しかし、指揮官は自分でもなく、赤城でもなく、アーク・ロイヤルを選んだ。
「ーーーーー私達一航戦があのロイヤルの変態空母に劣ると、お前はそう言っているのか?」
今の加賀は、先程赤城と睨み合っていた時よりも激しく......実に激しく怒っていた。それは、自分が姉より劣ると言われるよりも、一航戦がロイヤルの空母に劣ると言われたことがなによりも屈辱だからだった。赤城は自分の横に立っている妹が戦場で敵と殺し合う時の殺気と同じものを感じ取っており、表情には出さないが、いつ加賀が指揮官に襲いかかるのかと心の中では加賀の怒り様に動揺していた。
「指揮官様も考えがあってそのような判断をされたはず。まずは指揮官様の言うことを聞きなさい」
一航戦の2人がマドラス基地に来てから暫くするが、赤城と加賀はほぼ同じスピードで練度を上げてきた。しかし、今加賀が指揮官に飛びかかったとして、赤城は妹を指揮官に傷一つ付けることなく止められるかと聞かれた場合、「はい」と答えられる自信は無い。赤城が加賀をたしなめたところで、指揮官はゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。
「君達の航空攻撃の素早さはこの艦隊随一だ。敵の主力艦隊が攻撃する前に航空機を発艦させて制空権を奪い、2人の航空攻撃の連携で敵艦隊を灰燼に帰すことができるだろう」
「そこまで私達一航戦の実力を認めていながら、何故奴を選ぶ」
指揮官は加賀から睨まれながら、平然と話を続ける。
「君達も知っているように、今回の第二艦隊には空母が一隻しか編成できない。そこで私は、当艦隊の空母の単艦航空攻撃能力を重視した」
「確かに一航戦の航空攻撃は魅力的だ。だが、それは2人の連携に依る部分が大きい。2隻の空母の航空機による高速発艦及び制空権の獲得は君達の強みだが、赤城か加賀のどちらか片方の出撃となると、現状ではその強みは半減どころかそれ以下になってしまう」
「君達はその能力をそれぞれ別の空母と発揮できる程、他の空母とは連携が取れていない。......これは私の編成指揮の問題でもあるな」
指揮官はそう言って机の上の書類に目を向けると、1枚の書類を手に取る。
「今回の海域攻略にあたって、偵察艦隊を出撃させていた。......これがその報告だ。これまでの海域よりも駆逐艦や軽巡洋艦の数が多いことが判明している。このような場合、編成に制限がかけられていることも考慮すると、第二艦隊の空母には面制圧力が求められる」
指揮官は次に赤城と加賀の詳細が書かれた書類に目を通した。
「単艦の空母が面制圧力を発揮できるのは、戦闘機と爆撃機による爆弾の投下と、攻撃機による航空魚雷だ。この内、航空魚雷は一点に向かって進む重桜式と、進行方向に対して列を成し、平行に進む汎用式があるのは君達も良く知っているだろう」
「先程も言った通り、今回の空母には面制圧力が求められる。つまり、この場合は重桜式の航空魚雷よりも汎用式の航空魚雷の方が適していると言える。君達2人は重桜式航空魚雷の扱いには長けているようだが、まだ汎用式航空魚雷の扱いには慣れていない」
「私が君達の実力を測り違うことは、君達の命の危機に直結する。ーーー先程述べたことを考慮し、君の言葉を尊重した結果、君達よりも練度の高いアーク・ロイヤルに決めた。分かってもらえただろうか」
ぐうの音も出ない。
指揮官は赤城と加賀の一航戦としての得手不得手だけでなく、2人の航空機の扱い方まで把握していた。
指揮官の考えを一通り聞いていた加賀の怒りはいつの間にか収まっており、平常時の冷静な彼女に戻っていた。
(『お前がより強いと思う空母を選べばいい』)
「ーーーーーそうか......そうだったな。元より私はお前に征服され、力を振るう相手、力を振るう場所をお前に決められた身だ」
加賀はそう言うと指揮官に背を向け、執務室の扉の方へ足を進めていた。
「今回は見逃してやるが......次は出撃させてくれ。それに見合う強さを身につけて、お前の目に焼き付けてみせよう」
「期待している。私の方でも他の空母との編成や装備について再考しておこう」
加賀はそのまま何も言うこと無く執務室を後にした。その顔が満足げに微笑んでいたことに気付けたのは、横に立っていた赤城だけだった。
「ーーーーーー指揮官様、ありがとうございます。一航戦として、あの子の姉として、感謝致します」
赤城はそう言って頭を下げた。普段の彼女は指揮官の前でその愛を抑えることが出来ずに直線的な言動をとっていたが、今の彼女は執務室に指揮官と二人きりなのにも関わらず、普段の言動が嘘の様である。
「感謝...? 私は君達の出撃したいという熱意を踏みにじってしまった。恨まれこそすれど感謝される覚えは無い」
「いえ、出撃なら今後幾らでも出来ますわ。それに、指揮官様は私達に強くなる機会を与えてくださいました。今更ながら、現状の未熟な力を指揮官様に御覧に入れようとしていた私が恥ずかしいですわ」
「そ・れ・に、あそこまで怒った加賀をたしなめるだなんて......赤城、もっともっと指揮官様を愛してしまいますわ~~~♥」
赤城の普段とは違うお淑やかな態度は、ほんの数十秒程で終わってしまった。
「ーーーーーーとにかく、今回の海域攻略については先程言った通りだ。君にも期待している」
「はい♪ この赤城、指揮官様への愛をさらに磨いてきますわ~~~」
その後、赤城と加賀の稽古は二航戦の蒼龍、飛龍を巻き込んで熾烈を極め、五航戦の翔鶴、瑞鶴が艦隊に着任してからは地獄絵図と化した。
一航戦の2人は他の陣営の空母とも出撃するようになり、汎用式航空魚雷の扱い方などを学んで吸収し、今でもその練度と実力を高め続けている。